暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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必死に鍛練を続けるくーちゃん。

抱えている秘密も理由もかなり大きい。環境も悪い。

だからこそ必死です。

親からついだ才能なんて都合が良いものはありません。家庭環境は最悪の一言。

故に、命を絞り尽くす勢いで鍛えるのです。






2、力の守護者

リオネラがアトリエを出るのを、クーデリアは待っていた。ロロナはアトリエの中で作業を始めており、クーデリアが来ている事には、気付いていない。元々あの子は戦士としての素養が薄い。以前よりも勘は冴えてきているが、それよりもずっと、クーデリアが気配を消す方が、上手くなっている。だから気付かれない。

 

声を掛けると、リオネラは身を竦ませた。

 

既に顔合わせは済ませている。

 

同じロロナの周辺で、作業をする者同士だ。このプロジェクトの追加人員として、リオネラを紹介されたとき。

 

どうも気に入らないと、クーデリアは思ったのである。

 

今でもその考えに、変わりはない。

 

「計算付くかしら?」

 

「ち、ちがう……」

 

「此奴にそんな頭はねーよ。 あんまり虐めてやりなさんな」

 

「……」

 

ぬいぐるみの、ホロホロの方が応えてきたので、クーデリアは冷たい目で見返す。

 

金も此奴は何に使っているのか、よく分からない。衣装は前から持ち歩いているもののようだし、宿代についても今の時点ではさほど使い込んでもいない。金の流れは、クーデリアも見せてもらっている。

 

気に入らないのは、この女が、何を考えているか、分からない所だ。

 

自我を持ったぬいぐるみの仕組みについても、何となくは分かっている。

 

だが、ロロナと接触した今。

 

それを暴いても、意味がないことだ。ロロナが自身で気付かなければならないし、何よりそうすることに意義がある。

 

「多分、近いうちに、ロロナは外に採取に出る筈よ。 その時、声を掛けられる可能性が高いけど。 大丈夫なのかしら?」

 

「へいき……だとおもう」

 

「そう。 戦闘力については見せてもらってるから、心配はしていないけれど」

 

もう一度にらむと、クーデリアはその場を後にした。

 

これでこのリオネラという女、それなりに使える。かなり特殊な魔術の使い手で、自衛は充分に出来るほどだ。

 

話を聞く限り、アーランドではないが、辺境の出身であるらしい。とはいっても、大陸の反対側で、此処に比べるとモンスターの戦闘力も数もだいぶ少ないようだが。自衛能力が徒になり、よってたかってコミュニティ全体から敵意を向けられ、殺されかけていた所を拾ったという事だが。

 

こうも気に入らないのは、何故なのだろう。

 

リオネラは、それなりにやる気がある様子だ。今回の接触は偶然からきたようだが、それでも今後はロロナの好意を受け入れていくつもりなのだろう。ただ、何か妙な雰囲気を感じる。

 

考えすぎかも知れないが。

 

クーデリアは自宅に戻る。

 

今日も訓練をしっかりしておいた方が良い。

 

今回の課題で、ロロナはかなり難しい錬金術を行う必要がある。つまり、素材の収集に、時間を掛けてはいられない、ということだ。

 

クーデリアが足を引っ張っては、意味がない。

 

思ったよりも、ロロナはずっと錬金術の才能があるようで、二度目の課題も危なげなく突破できた。

 

だが、それはクーデリアが奮起したからではない。

 

今回はステルクも忙しくて同行はしてくれない可能性があるし、リオネラは信用できない所も大きい。

 

ならば、クーデリアが奮起するしかない。

 

自室で訓練の準備を済ませて中庭に出ると、エージェントの一人が来た。

 

最古参の一人で、騎士をしていた男である。眼帯をして左目を隠しているが、もの凄い傷で、顔の左半分が変色してしまっている。眼帯をするまでもなく、左目がどうなっているかは、一目で分かる。

 

大きな矛を自在に振り回す戦士で、現役を引退済みだが。故に、こういった所で、後進の育成に当たっている。

 

アーランド戦士は現役を退くと、まず後進の育成を行う。

 

国が支援したり、フォイエルバッハのような金持ちが招いたりして、技術の保全を行うのだ。

 

体が動かなくなってくると、国の補助金を受けて、本を書かされる。

 

自分の技術や戦歴を、そうして残すのだ。

 

クーデリアも見た事があるが、王宮にはそういった老戦士達の書き残した本が、山のように残されている。

 

言うまでも無く、それは。国の宝だ。

 

「クーデリア様。 訓練をはじめましょうか。 ただ、何か迷いがあるようですな」

 

「大した事じゃないわ」

 

「そうですか。 ただ、貴方はまだ半人前。 訓練とはいえど、迷いがある状態で、格上の戦士を相手にすることは感心しませんな」

 

その通りだ。

 

クーデリアは頷くと、頬を叩いて気を引き締める。

 

訓練用の棒を手にしたエージェントが、構えをとる。年老いたとはいえ、その気迫は現役時代とまるで変わるところがない。

 

アーランドでなければ、充分に一流の戦士として通用するだろう。

 

クーデリアも、訓練用の拳銃を抜く。

 

殺傷力のないペイント弾を発射する仕様になっている他、愛用している銃よりも少しばかり重い。

 

いつもより重いものを使う事で、より効率よく訓練をするのだ。

 

無造作に、エージェントが突きを繰り出してくる。

 

以前はこれがどうしてもかわせなかった。だが、今は少しずつ、避けられるようになってきている。

 

すり足で後ろに逃れながら、何発か牽制の射撃。

 

弾を全て棒で叩き落とされるが、今更それくらいでは驚かない。ジグザグに動きながら、立て続けに発砲。

 

エージェントも、弾を叩き落としながら、間合いを調整する。

 

クーデリアから、仕掛ける。

 

数発を連続で、全く同じ軌道で叩き込む。

 

エージェントが残像を残し、かき消えた。とても現役を退いているとは思えない動きである。

 

真後ろ。

 

抉り込むような一撃を、斜め上から叩き込んでくる。

 

前回りに跳躍して、一撃を避ける。振り返りつつ、掃射。だが、その全てをはじき返しつつ、エージェントが突進してきた。

 

顔を掴まれ、地面に叩き付けられる。

 

まずは一本。

 

立ち上がりながら、埃を払う。まだペイント弾は、相手に一発たりとて命中などしていない。

 

「少しはかわせるようになってきましたし、コツをお教えしましょう。 いいですか、このじいめは、現役の頃よりかなり腕が衰えております。 身体能力に関しても、しかり」

 

無言のまま、話を聞く。

 

アーランドで御法度とされる事は幾つかある。子供の成長の芽を摘むこともその一つだが。老人のアドバイスを無碍にすることも、一つ。

 

かっては修羅の国であり、戦士達が作り上げてきたアーランドだからこそ、作られた不文律だとも言える。

 

「そこで、一瞬に力を収束させ、爆発させるのです。 クーデリア様は、既に身体能力であれば、他のエージェントに引けを取りません。 貴方に足りないのは実戦経験と、瞬発的に己の全てを込める力です」

 

「本当に、他のエージェントに引けを取らないの?」

 

「ええ。 たとえば腕相撲をしてみて、相手に楽に勝たせていますか?」

 

確かに、腕力には自信がある。同年代の男の子にだって、そうそう勝たせはしないし、毎日鍛えているから更に力を増している自覚だってある。

 

だけれども。

 

エージェントとの訓練では、いまだ一勝もしたことがない。

 

だから、鍛え方が足りていないとばかり思っていた。単純な身体能力では、既に追いついていたというのか。

 

朗報と採るべきなのか。

 

いや、違う。

 

「具体的に、どうすれば瞬間的に力を発揮できるの? 教えて」

 

「実戦経験でコツを掴むのが一番なのですが、お嬢は頭が良い分、却って動物的な本能に従って力を使う方法を学び取るのは苦手でしょう。 そこで、じいめが良い方法をお教えしましょう」

 

まずは集中だと、老エージェントは言う。

 

意識を研ぎ澄ませて、相手の一挙一動を観察する。

 

最初は、一体の相手に対してで構わない。慣れてくれば、周囲の全てが把握できるようになるという。

 

頷くと、クーデリアは、老エージェントがいうように、訓練をはじめた。

 

老エージェントが、訓練用の棒を、ゆっくりとクーデリアに向ける。

 

棒の先端を見て、かわすようにするという。

 

しばらく、棒は動かなかったが。

 

ある瞬間で、いきなり毒蛇のように動き、クーデリアを貫こうと躍りかかってきた。かわすことは出来ず、おなかを思い切り突かれた。

 

吹っ飛ばされ、咳き込むクーデリアに、老エージェントは立つように言う。最初からまたやると。

 

分かっている。

 

今この老人は、戦闘における極意を教え込もうとしてくれる。

 

鍛えても鍛えても半人前を抜けられないクーデリアに、多分見るに見かねて、なのだろう。

 

それでも構わない。

 

強くなれるのなら、手段など選んではいられない。今後、ロロナに課せられる難題は、更に厳しさを増していく。

 

クーデリアがロロナの足を引っ張るなど、論外だ。最悪、アーランドの猛者共からロロナを守り抜かなければならない事を考えると、こういった好機は、一度だって逃してはいけないのだ。

 

また、棒に叩き伏せられる。

 

立ち上がる。

 

だが、今はわずかだけ、見きることが出来て、急所は外した。痛い事に変わりはないけれど。

 

老エージェントが不意に動く。

 

棒で、体の中心を打ち抜かれる。一度や二度では、流石に上達しない。だが、体を張ってロロナの前衛をいつもしている。そうで無いときは、自分なりに考えて訓練をしているし、実戦経験だって積んでいるのだ。

 

そう簡単には、へこたれない。

 

しばらくたたきのめされ続けて、気がつく。どうやら、何度目かで棒に突かれて、意識を失っていたらしい。

 

身を起こそうとするが、上手く行かない。本当に手加減無しで突かれて、全身が酷く痛んだ。

 

「まだまだ……!」

 

「いえ、少し休憩にしましょう」

 

茶を使用人が持ってきた。

 

使用人達も、クーデリアを見る目は冷たい。フォイエルバッハ家では、クーデリアだけが出来損ないの子供とされている。主人がそう広言しているくらいなのだ。使用人達も、クーデリアの事は徹底的に見下しきっている。

 

そう、クーデリアは思っていた。

 

事実、この使用人も、嘲るようにクーデリアを見ていた。

 

茶を腹に入れて、少し暖まると、気分も変わる。立ち上がる事も出来なかったが、ようやく身を起こして、埃を払うことが出来た。

 

「まだお休みなされよ」

 

「休んでなんて、いられないわよ」

 

「ご友人が心配なさいますぞ」

 

「……」

 

そう言われると弱い。

 

少し前も、ロロナはクーデリアのためとかいって、薬を作ってきた。それが周囲にばれたら、会議でどんな叱責をされるか、分かったものではない。クーデリアはロロナの護衛として準備されてきたから、今生きているようなものだ。

 

そうでなければ、フォイエルバッハの出来損ないとして、奴隷としてでも売り飛ばされていた可能性が高い。

 

かろうじて生きていられるのは、ロロナのおかげと言っても良い。

 

腰を下ろすと、老エージェントの話を聞く。

 

戦いのコツを掴んだのは、老エージェントもかなり遅かったという。確かこの老人は、幾多の戦場で武勲を上げてきた名誉の戦士の筈。それなのに、若い頃はむしろ出来が悪かったというのか。

 

この老エージェントは、必ずしもフォイエルバッハ家に雇われている戦士の中ではリーダーではないのだが。周りの戦士達からは、親父殿と言われて慕われている古株だ。それだけの歴戦を重ねている人物なのである。

 

そんな人の意外な過去に、クーデリアは驚かされた。

 

「わしに比べれば、クーデリア様はずっと先を行っておられます。 今は変に悩むこと無く、着実に力を伸ばしていけば良いのです」

 

「それでは、間に合わないのよ……」

 

「間に合いますとも。 わしが、このじいめが間に合わせましょう」

 

傷を手当てしてくるように言われたので、クーデリアは痛む体を引きずって、自室に。

 

貴族の娘のものとはとても思えない、粗末な部屋だ。他の兄弟の部屋と違って、使用人は掃除さえしない。したとしても、形だけ。寝台も粗末で、調度品もお古ばかり。庶民の部屋よりも、ささやかなほどだ。

 

諸肌を脱ぐと、ロロナにもらった薬を塗る。

 

痛みはすぐに消えるし、傷の治りも早くなる。ロロナが丹精込めて作ってくれた薬だ。効かないはずがない。

 

いや、そう思っているから、効きが早いのかも知れない。

 

傷の手当てを終えると、中庭に戻る。

 

今頃ロロナは、研究に全力投球している筈で、しばらく外出の護衛は必要ないだろう。クーデリア自身も、全力で修行に打ち込める。

 

老エージェントは腕組みして、座って待っていた。

 

また、集中力を高めるための訓練をはじめる。

 

 

 

数日間、激しい訓練を続けた。

 

実力が伸びたとは思わないけれど。老エージェントは、自分がクーデリアの訓練を見ると周囲にいったらしく。以前のような乱取りに等しい組み手の類はしなくなった。何度か、外に出て、実戦もした。他にも若い戦士を何名か伴った。クーデリアと、近くの森で一緒に戦った戦士もいた。これは或いは、他の戦士達に請われて、時々こういう訓練旅行をしているのかも知れない。

 

老エージェントの実力は、とても現役引退したとは思えない。熊くらいなら、視線で追い払ってしまう。ドナーンの突進を片手で食い止めると、そのまま捻って放り投げる。腕は未だに丸太のように太いが、それでも現役時代に比べると、身体能力はかなり落ちていると言う。

 

本当なのか。

 

こんな人が、昔は出来損ないだったのか。

 

若い戦士達は、すげえと素直に喚声を挙げている。クーデリアは、とてもではないが、彼らと同じようには思えなかった。本当に、少しはマシになれるのか。そう思って、不安しか感じなかった。

 

どんどん街から離れていく。

 

途中、野宿もした。

 

老エージェントは、キャンプスペースで、戦士達を見回す。

 

「クーデリア様。 貴方が、若者達の指揮をしなさい」

 

「あたしが?」

 

「そうです。 たき火を熾したり、夕食を作ったりという、些細なことからで構わないから、決断と判断をする癖を付けていくのです。 お前達も、もう少し年を取ったら、後から戦士になった者達の指揮をする練習をしていくようにな」

 

「分からないけれど、それに何か意味があるの?」

 

大ありだと、老エージェントは言う。

 

彼によると、判断と決断は、人間に大きな成長をもたらすという。クーデリアは身体能力を鍛えているが、それはあくまで内向きの話。戦闘を行う場合、どうしても外向きの力も必要になるという。

 

ましてや、誰かを護衛するという場合。その護衛チームが大きくなってくると、どうしてもスタンドプレイでは難しい部分が出てくるというのだ。

 

なるほど。思い当たる節が、確かにある。

 

以前大型ドナーンと戦闘した時などは、ステルクともっと上手に連携が取れていれば、被害を減らすことも出来たはずだ。ロロナが捨て身の大威力術式を使わなくても、もっと容易く屠れていた可能性も高い。

 

頷くと、クーデリアは、若い戦士達の指示をして、夕食を作らせる。火を熾すと、見張りの当番を決めていった。

 

若い戦士の中には、クーデリアに反発する者もいた。

 

そう言う相手とは、組み手を行う。

 

それで、意外な形で、自分の力の伸びを実感することが出来た。大剣を振るう若い戦士の懐に飛び込むと、腹に掌打を叩き込む。それだけで、相手の戦意を失わせることが出来たのだ。

 

以前より、格段に強くなってきている。老エージェントに鍛えられたからか。いや、そんなはずはない。

 

ひょっとして、今まで過酷すぎる修練に自分を置いていたから、成長に気付けていなかったのか。

 

周囲のエージェントが、戦士として飯を食っている強者達ばかりだから、成長が実感できなかったのかも知れない。

 

振り回される大剣だって、以前に比べて遅いようには思えなかったし、自分だって素早く動けるわけでもない。それなのに、すんなり動き、相手の急所に一撃を叩き込む事が出来たのだ。銃を使っていたら、もっと簡単だっただろう。

 

勿論、一発で伸びるほど相手も柔ではなかったが。

 

戦っても勝ち目がないと、相手は素直に認めて、クーデリアの指示を受けることに同意した。

 

その後は、スムーズに作業が進む。

 

何度か交代して、見張りをする。キャンプスペースでも、此処は野外という事を忘れず、警戒は怠らない。

 

遠くの空を、アードラの一種らしいモンスターが飛んでいるのが見えた。

 

此処はアーランド。

 

大陸でも最強レベルのモンスターが闊歩し、戦士も人外とまで言われる、煉獄の土地だ。ましてや、クーデリアは。

 

見張りの交代が来た。

 

眠っているときさえ、油断はしないようにする。

 

いつか来るXデーに備えるためにも。クーデリアは、のんきに眠ってなどいられはしないのだ。

 

 

 

数日北上し、旅人の街道と呼ばれる地域に出た。

 

アーランドの門と言われる危険地帯だ。

 

周囲には牧歌的な風車が回っており、多くの村人が暮らしているが。一方で、辺境で好き勝手しようともくろむ盗賊団が年中侵入を試みる場所でもある。また、街道と言いながら実際はモンスターの巣になっている場所も多く、グリフォンと呼ばれる者もいる。鷲の頭と翼を持ち、体は獅子という猛獣だ。性格は獰猛極まりなく、アーランド王国ではこれを盗賊よけにわざと討伐せずに置いている、という噂さえある。

 

一方で、この辺りは錬金術師達が何代かかけて緑化していき、今でも村人達が大事に緑を管理している地域でもある。

 

また、この街道では、彼方此方にリンゴの木が生えていて、名物となっている。

 

特にサワーアップルと呼ばれる黄金のリンゴは、他では滅多に見られないそうで、この近辺の名産として、輸出もされているという噂がある。ただ、たかがリンゴで数も少ないし、何より個性的な味なので、大した外貨にはなっていないだろう。

 

皆を集めると、老エージェントは手を叩く。

 

「これより、此処で今までとは一回り戦闘力が違う相手と実戦をする」

 

「待ってました!」

 

血の気が多そうな戦士が、喜びの声を上げた。

 

クーデリアは黙って、老エージェントの話を聞く。

 

アーランド人には、戦闘そのものを好む者も少なくない。特に若い戦士にはそれが顕著だ。

 

今此処にいるのは、クーデリアを除くと男の子が三人に女の子が二人。

 

面白い事に、一番血が騒いで仕方が無い様子なのは。魔術師の女の子だった。攻撃魔術を叩き込んで、敵をミンチにしたいと顔に書いてある。

 

残忍な話だけれど。戦士としては、その残忍さも、適性の一つだ。歴代の王の中には、狂戦士とさえ呼ばれた獰猛な人物も実在していた。彼らは戦場で敵の首を幾つ取ったというような武勲話を自慢とし、時には倒した敵の人骨を体を飾るアクセサリにさえしたという。

 

アーランドに錬金術師が来て、文明をもたらしてからは、少しは蛮行も減ったけれど。

 

労働者階級が力を伸ばしているとは言え、戦士が結局アーランドの基幹である事には変わらないのである。だから、老エージェントも、殺戮の興奮を隠そうとしない若い戦士達を、咎めなかった。

 

ただし、クーデリアは。

 

彼らのように、これからもたらされる血を、喜ぶ気にはなれなかった。

 

どうしてだろう。

 

戦闘の後、ロロナがあまり嬉しそうにはしていないから、だろうか。

 

最初に若い戦士達がよってたかって葬ったのは、ヴァルチャーだった。上位種のアードラで、風を操る能力を持つ。アードラに比べるとスカベンジャーとしての性質も強く、そのためか体が大きく、パワーもある。

 

まず弓を使う戦士が翼を射て、地面に落ちてきたところをよってたかって八つ裂きにする。

 

クーデリアは手を出す暇も無かった。

 

ヴァルチャーも、一匹ならば。そして、気付かせなければ大した事はない。元々鳥は体もそう頑強ではないのだ。

 

地面を走るタイプの鳥もいて、その中には非常に巨大で獰猛なものもいると言う話だけれど。

 

クーデリアはまだ遭遇したことがない。

 

そうやって、見かけたヴァルチャーを、順番に処理していく。

 

老エージェントが、とまれとハンドサインを出した。

 

全員が、すぐにとまって、物陰に隠れる。

 

クーデリアも、気付いて、銃の状態を確認。

 

いる。かなり大きい。

 

以前戦った、幼体のベヒモスほどではないが。そいつが発している威圧感は圧倒的だった。

 

此方に背中を見せてごろんとしているそいつ、グリフォンの背中には、大きな翼がある。腕は太く、獅子のものと比べても遜色がない。空を飛ぶ獅子。文字通り、王者との風格を備えたモンスターだ。

 

若い戦士達が、顔を見合わせ合う。

 

さっきはあれだけ興奮していたのに。怖じ気づいているのか。

 

彼奴を倒して、仕上げとする。

 

老エージェントが言ったので、クーデリアは頷いた。

 

全員に、指示を出す。

 

飛ばせてしまったら厄介だ。翼を集中的に攻撃して、地面に引きずり下ろす。その後は目を潰し、後は息が止まるまで攻撃を続ける。

 

シンプルな指示だけれど。

 

戦士達は頷いた。

 

指示が出て、きっと安心したのだろう。

 

グリフォンはおそらく、とっくに此方に気付いている。これ以上近づけば、確実に攻撃してくるはずだ。

 

魔術の類は使えないモンスターだが、パワーにしてもスピードにしても、この辺りにいる他モンスターとは全く比較にさえならない。たまに現れるベヒモスなどは話が別だけれど。

 

自分が囮になる。

 

クーデリアは、他の戦士達に言うと、物陰から出て、歩き出した。

 

ある一線を越えると、唸りながら、グリフォンが向き直る。

 

目が合った。

 

強烈な威圧感。それ以上近づくと、殺す。そう、視線は告げていた。

 

グリフォンだって、生き物だ。食物を得て、繁殖していかなければいけない。ましてやこの人外の辺境では、例え食肉目のしなやかな筋肉と、空を舞う翼を持っていたとしても、無敵とは言えない。

 

後ろ足二本で、グリフォンが立ち上がる。

 

クーデリアの、三倍は背丈がある。

 

前足には、それぞれクーデリアの掌ほどもある爪があって、磨きに磨き抜かれている事が、この距離からでも分かった。

 

ゆっくり、間合いを計る。

 

左側に、回り込む。

 

グリフォンは安易に向きを変えない。それどころか、数歩下がって、距離を取った。明らかに、此方の魔術師に気付いている。クーデリアに誘われて、安易に向きを変えていたら、その時点で無防備な側面を晒していたのだが。

 

わずかな時間、にらみ合いが続く。

 

均衡が、次の瞬間、破れた。

 

不意に翼を広げると、グリフォンが舞い上がったのだ。そして、その場から旋回して、離れて飛んで行ってしまった。

 

此方の人数と、それに控えている老エージェントの実力を見て、不利と判断したのだろう。

 

ため息をついて、銃を下ろす。

 

敵の方が、明らかに一枚上手だった。流石に、毎日修羅の野生で生きている獣ではない、ということだろう。

 

皆の所に戻る。

 

陣形を柔軟に変えていたけれど。老エージェントは、皆をそれでも叱責した。クーデリアも含めて、到らない点が多すぎるというのである。

 

一人ずつ、順番にしかりの言葉をもらう。クーデリアも怒られた。確かに、幾つか到らない点があった。

 

それから、昼の間、街道を徘徊。何体かのモンスターを倒した後、死体を担いで凱旋することとなった。

 

もっとも、この辺りの村の戦士達は、日常的に邪魔になるモンスターを狩っているのである。此処にいる半人前達よりも、ずっと力量は上だろう。グリフォンも、ほとんど苦にしないと聞いている。

 

或いは、人間との交戦は好ましくないと判断して、グリフォンは引いたのかも知れない。

 

アーランドに戻るまで、三日。城門で一旦解散となる。帰りの道中も、クーデリアは指揮を執ったが、不満は出なかった。

 

老エージェントには、いずれしっかりと礼をしたい。

 

少しだけだが。強くなったことを実感できたし、そのまま成長すれば、或いは半人前を今年中には脱出できるかも知れないからだ。

 

一度家に戻って荷物を整理。後は銭湯に行って、旅の疲れを癒やした。

 

同じ事を考えるものらしく、さっきまで一緒にいたひよっこの魔術師も、銭湯に来ていた。軽く話す。今後、仕事を一緒にしたいと言われたので、頷いておく。今のうちに人脈を作れば、損にはならない。

 

銭湯を出て最初に向かったのは、ロロナの家だった。自宅には出来ればすぐ戻りたくない、というのも事情の一つとしてあった。

 

ロロナはまだ参考書とにらめっこをしているかと思っていたが。状況は、思った以上に動いていた。

 

既に調合をはじめている。

 

試験管とフラスコを並べて、幾つかの薬剤を混ぜ合わせているでは無いか。中央の大釜で作っているのは、蝋か。

 

「あ、くーちゃん! お帰り!」

 

「あ、うん。 ただいま……って、何を作ってるの?」

 

「まずは一番簡単そうなのから。 色々調べて見たら、難しい技術を使って作ってるけれど、実際には中和剤による融合でどうにか出来そうだったから。 まずはこれから」

 

先に見せてもらってはいたが、内容からして癒やしのアロマとロロナが呼んでいたものか。

 

確かに、リラクゼーション効果があるアロマとなると、そう作る事は難しくないように思える。

 

蝋の品質を保つ事と、香りを閉じ込める事が難儀だけれど。

 

それさえ突破してしまえば、後は簡単なはずだ。

 

土産を、幾つかロロナに渡す。

 

帰りに、村に寄って、買ってきたものだ。モンスターの亡骸も、幾つか捌いて、内臓類や肉類も保存できるようにいぶして持って帰った。

 

ロロナは喜んでくれたけれど。

 

すぐに心配そうな顔をした。

 

「くーちゃん、無理はしなかった?」

 

「今回はベテランの引率がいたから、問題はなかったわ。 ただ、他の連れはみんなあんたやあたし以上のひよっこだったけど」

 

「うわ、大変だったね」

 

「複雑な気分よ。 散々今まで家族から雑魚だ弱いだって罵られてきたのに。 他の戦士と組み手したら、あっさり勝てたんだもの」

 

ロロナは、そんな事はないよと言ってくれるけれど。

 

クーデリアにとって、お前は無能、弱いと罵られるのは、日常のことだ。暴力も、言葉と一緒に振るわれることが多かった。親からの愛情を受けるのを、諦めたのはいつだろう。分かっているのは、親には何も期待していない事。そして、守るべきは、親などではなく、ロロナだと言うこと。

 

だから、いつも必死に努力を重ねてきた。

 

才能がないらしく、その努力も無駄になるばかりと思っていたけれど。

 

ようやく、少しは努力も意味が出てきたか。

 

少しずつ、良い香りがしてきた。

 

中和剤を使って、香りを出すものを、混ぜ合わせて言っているらしい。数日がかりの作業だったそうだが、これが最後だとか。

 

試験管に入っているグロテスクな色合いの液体を、ロロナが混ぜ合わせる。

 

試行錯誤の結果、造り出したものらしい。

 

勿論、例の魔術書の素材も、参考にしたのだろう。確かに、柔らかい香りが此処まで漂ってくる。

 

何だろう。随分立場は違ったはずなのに。少し、気分が楽になった。オールドミスの魔術師も、こうして心の疲れを癒やしてきたのだろうか。そうだとすると、親近感も沸く。

 

「この香り、イクセ君にアドバイスもらったんだ。 料理のプロだけあるね。 色々知ってたよ」

 

「へえ……」

 

「たくさん出来るから、くーちゃんにも少し分けてあげるね。 家で使って」

 

「……ありがとう」

 

あの料理小僧のアイデアというのは、少しばかり癪だけれど。

 

ロロナのプレゼントだったら、それは嬉しい。

 

最後に、出来た香りのエキスを、蝋と混ぜ合わせる。これがかなり難しいのだと、ロロナは苦笑いしていた。

 

単純に混ぜるだけだと、蝋と一体にならないのだという。

 

中和剤をまず柔らかい蝋に注いで、其処に香りのエキスを混ぜる。慎重にエキスを量っているのを見る限り、デリケートな作業なのだろう。

 

何となく、お菓子作りを思わせた。

 

やがて、青黒く染まっていく蝋を、釜から出す。ケーキのように切り分けて、容器に移していく。

 

釜から剥ぎ取り出すのはそう難しくないらしい。どうやら、事前に、釜の内側に蝋を弾く液体を塗っていたらしい。

 

まだ温かい蝋はつるつるしていた。

 

クーデリアも、此処からは作業を手伝う。

 

事前に購入していたらしい、工場製の小さな容器に、蝋を入れていく。そして、蝋の芯となる紐を立てる。

 

後はゆっくり冷やして完成だ。

 

二人で何度かに分けて、コンテナに運ぶ。冷やすのはまる二日ほどかかると言うことで、此処からはする事もない。

 

だが、ロロナの手際は、前に比べて明らかに良くなっている。

 

釜を洗い始めたロロナを見ていて、クーデリアは負けてはいられないなと思った。てきぱきと、片付けを行う。

 

すっかり片付いた頃には、夕方を廻っていた。

 

お茶にする。

 

ロロナがフルーツパイを出してきた。錬金術で作って、保存していたものらしい。焼きたてではないけれど、一応そこそこに食べられる。

 

というよりも。家で出てくる豚の餌以下の飼料に比べれば、ずっとましだ。あれは食い物じゃない。

 

「それで、何処か出る必要はあるの?」

 

「うん。 国有鉱山と、後リオネラちゃんから聞いたんだけれど、旅人の街道でちょっと欲しいものがあって。 国有鉱山は、グラビ石を取りに行きたいの。 研究して、やっと持ち帰れる目処がついたから」

 

国有鉱山に行くなら、ステルクもいて欲しいとロロナは言う。

 

確かに、クーデリアだけでは、彼処でロロナを守りきれないだろう。後、リオネラと一緒に行きたいと言いだしたので、クーデリアは危うく茶を吹きそうになった。

 

彼奴とは、今回の課題が始まる寸前のプロジェクト進捗会議で、実は事前に顔合わせをした。

 

その時に経歴も聞かされているけれど。どうも好きになれないのだ。

 

魔術師としての実力が墨付きなのは、クーデリアも理解している。だが、好きになれない。或いは、同族嫌悪、と言う奴かも知れない。

 

「くーちゃん、いや?」

 

「好きにしなさい。 でも、今必要なのは前衛のような気がするけれどね」

 

ロロナに頼まれると、嫌とは言えないのが、竹馬の友としての弱みだ。

 

だが、あのリオネラという女、個人戦では出来るだろうが。集団戦で、己を駒としてどれだけやれるのかは正直未知数。悔しいが、集団での戦闘経験がまるで無い場合、クーデリアだけでロロナもあの女も護衛する自信は無い。ステルクが来てくれることを祈るしかないだろう。

 

他人に頼るなんて、いやなのに。

 

これもそれも、結局は自分の力が足りないせいだ。

 

せっかく少しは自信がついてきたと思ったのに。まだ、先は長いと、今日も思い知らされる。

 

一人前になれるのは、いつなのだろう。

 

まだ、遠いような気がする。







本作では楽に生きている奴はいません。

誰もがギリギリの生を送っています。

ただ、まだまだこの時期は比較的マシ。

後に来る特大の災厄に比べれば、まだこれでも天国に等しいのです……




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