暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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リオネラさんの過去が少し分かり始めます。

原作同様、明るい環境で育てた子ではありません。






3、友達の形

リオネラは、暗いところで静かにしているのが好きだ。いや、それは好きとは言わない。なぜなら、そういう環境で育ったからだ。

 

静かにしているときは、怖くない。

 

リオネラに、自己主張は許されなかった。

 

今も、宿で静かにしている。隣の部屋でどたんばたんぎっしぎっしと音がしていたけれど、それも静かになった。

 

血気盛んそうな男の戦士が娼婦を引っ張り込んでいたから、何をしていたかは想像がつく。正直、興味も無かった。

 

この露出が多い服も、経験的に客を呼べると知っているから。

 

肌を見せれば、男が喜ぶことは、リオネラも理解していた。ただ、裸になるのは流石にいやだった。だから、申し訳程度に胸と腰だけを覆っている。

 

男の人は怖い。

 

良い思い出もない。目を合わせるどころか、本当は声を聞くのも嫌だ。女の人だって、それは同じ。

 

出来れば、土の中でずっと過ごせる生き物になりたい。そう思うこともある。

 

「なあ、リオネラ。 今日は稼ぎに行かないのか?」

 

「宿代は、貯まってる……」

 

「リオネラ、これは貴方の対人恐怖症を克服する意味もあるのよ。 あの村と違って、此処じゃ貴方の能力は怖れられないの。 あの子も、私達を見て怖がらなかったでしょう?」

 

「だからよ、こんな所でゴキブリみたいに暗がりに蹲ってないで、外に出ようぜ。 そのまんまだと、干涸らびちまう」

 

口々に、ぬいぐるみ達が言う。

 

分かっている。この子達は、リオネラの大事な親友で。芯から、リオネラのことを心配してくれているのだと。

 

それでも、怖いのだ。

 

思い出してしまう。

 

ある日、突然笑顔をくれなくなった両親の事。悪魔の子と罵られ、暗い部屋に閉じ込められて。

 

泣いても叫んでも、誰も構ってくれなくなった。

 

与えられる食べ物は、干涸らびていて。それでも空腹に負けて、口にするしかなかった。糞尿は全て垂れ流し。

 

壁を叩いても、ずしりと重い音。

 

出ようと思っても、どうにもならなかった。

 

ひもじくてつらくて、ずっと泣いていたけれど。いつ頃からか、涙は枯れてしまった。

 

外に出ることが出来た経緯のことは、思い出したくも無い。

 

でも、時々夢に見る。

 

自分のことで、お父さんとお母さんが、いつも罵りあっていた。どうしてこんな悪魔の子を産んだんだ。貴方の種でしょう。貴方が悪いのよ。巫山戯るな、この売女、どうせ外で悪魔とやってきたんだろう。ふざけないで貴方こそ、どうせ邪教の儀式にでも参加してきたんでしょう。ものを投げつけ合う音。悲鳴。怒号。

 

皺だらけのおばあさんが言う。

 

殺すと、祟る可能性がある。

 

かといって、悪魔の子を飼っていても、どんな禍があるか分からない。奴隷に売っても、いずれ復讐に来るかも知れない。

 

だから、儀式によって、灰も残らないようにして、焼き殺そう。悪魔の子は、神にゆだねるのが一番だ。

 

ああ、それがいい。そんな事が出来るなら。早く殺して欲しい。これは、不幸の子供だ。お父さんとお母さんも、満面の笑みで、賛同している。私を殺す相談に、安心しきった顔で、満面の笑みで、賛同している。

 

お父さんとお母さんだけじゃない。

 

幼い頃は優しかったとなりのおじさんおばさんも。友達だったはずの子達も。みんな、笑顔で、素晴らしい言葉に賛同していた。リオネラが死ぬ事を、心の底から願っていた。嗚呼。みんな、リオネラを殺したがっている。

 

誰も、味方なんて、いない。

 

頭を抱える。

 

実際に、リオネラは。

 

孤独だった。そして、今も。面と向かって殺そうという者はあまりいないけれど。それでも、孤独に変わりはない。

 

全身の体温が下がっていくのが分かる。震えが止まらない。周りがよく見えない。ぎゅっと身を縮めて、世界から自分を守る。

 

「リオネラ、おーい」

 

「駄目よ、発作だわ。 少しおとなしくさせないと」

 

「おいおい、せっかくまともな仕事が来たってのによお。 今回の仕事の雇い主、おっかないぜ。 仕事すっぽかしたりしたら、何されるか」

 

ドアがノックされる。

 

びくりと震えたリオネラが顔を上げると、やはりもう一回ノックされた。

 

「リオネラ様、お客様がお見えです」

 

「あの子じゃない?」

 

「ほら、お前と友達になりたいって言ってくれた」

 

嘘だ。

 

仮に本当だったとしても、リオネラの正体を知ったら、どんな風に掌を返すか、分かったものじゃない。

 

でも、ホロホロとアラーニャが言うように、今回のクライアントはとんでもなく怖い。もしも下手なことをしたら、きっと今度こそ、生き残ることは出来ないだろう。

 

呼吸を整えながら、客とやらの応対に出る。

 

隣の部屋から出てきた戦士は、満足そうな顔をしていたが。真っ青なリオネラを見て、小首をかしげた。

 

宿の外に出ると、その人は待っていた。

 

ロロナではない。以前、リオネラを此処まで引率した、エスティという女性だ。リオネラが今まで見た事もないほど強い人で、この人だけで小さな村くらいは短時間で滅ぼせるのでは無いかと思う。

 

つまり、自分より、ずっとずっと格上の使い手だ。

 

「あ、あの、なんで、しょうか」

 

「ロロナちゃんと接触したって聞いてね。 レポートを出してちょうだい」

 

「れぽーと?」

 

「ほら、最初に説明受けただろ。 用紙ももらったじゃねーか」

 

ホロホロに言われて、思い出す。

 

そういえば、何か紙束をもらっていた。書き方も覚えている。こういうときに、提出するものだったのか。

 

ため息をつくエスティ。

 

「分かった、私が手伝ってあげるから、今書きなさい。 貴方が外部招聘した人間で、なおかつ若い事は分かっているから、いきなり全部しっかりしろとは言わないわ。 ただし、何度も繰り返したら、いずれ私も怒るわよ」

 

「は、はい……」

 

言われるまま、部屋に戻る。

 

小さなデスクがあるので、其処を使った。エスティは、呆れたように言う。

 

「此処、最下等の色宿じゃない。 どうして戦士用の宿にしないの。 これじゃあ、休むに休めないでしょう」

 

「だって、おかね、いつなくなるか……」

 

「宿代もお給金に入っているのよ。 何か贅沢をしているのならともかく」

 

視線は怖くて、合わせられない。

 

エスティが良い宿を取るようにアドバイスしてくれたが。頷くばかりで、主体的な意思は出せなかった。

 

デスクにつくと、用紙を広げる。まず名前から記入して、護衛対象であるロロナについての印象や、今後しようと思うことなどを書いていった。

 

プロジェクトについては、聞いている。

 

酷いプロジェクトだとは思うけれど。それでも、仕事だとしか感想はない。

 

リオネラは、もっと酷い仕事だってして来た。これでも実戦経験者で、人を殺したことだってある。

 

というよりも、リオネラのような者は。

 

そうしなければ、生きていけなかったのだ。

 

幸い、村が辺境にあったから。大陸の中央部の人間は、リオネラよりもずっと弱い者が大半だった。

 

だから、仕事は出来た。

 

ホロホロとアラーニャも手伝ってくれたから、それほど苦労はしなかった。それに、何より。リオネラの能力なら、手を触れずに、人間を殺せるのだ。

 

レポートを書き終える。

 

内容を精査していたエスティが、何度か指摘を入れてきたので、その都度書き直す。リオネラは、字が殆ど書けない。この辺りの言葉は、幸い辺境で使われている標準的なものだから聞けば分かるけれど。字は、まだたどたどしい。

 

以前、買った本で、少し勉強して、やっと少しは書けるようになったのだけれど。

 

専門的な単語は殆ど綴りが分からないから、エスティに言われると、恐縮してしまう。

 

「こんな所ね。 早めに宿は移りなさい。 此処は余計なトラブルにも巻き込まれやすいし、貴方のような若い子は、無駄な誤解も買いやすいわ」

 

「世話人だなあ、姉ちゃん」

 

「あら、そんなに若く見える?」

 

エスティが嬉しそうに笑った。リオネラは言われたように、荷物をまとめて、別の宿に移る。

 

本当はもっとお金を貯めたかったのだけれど。

 

雇い主の意向には逆らえない。それに、この仕事がしっかり終わったら、アーランドの国籍と、土地も用意して貰えるという話なのだ。

 

勿論、今後は国からの仕事もあるだろう。

 

流浪せずに済む。

 

しかも、能力を怖れた者達から、あの時のような仕打ちを受けなくてもいい。それならば、リオネラは、頑張らなければならないだろう。

 

宿を移った後、ロロナのアトリエに出向く。

 

彼女は相変わらず、大釜に何かを入れて、棒を使って掻き回していた。招かれてから、何度か出向いているけれど。何をしているのかは、よく分からない。薬草についても知らないし、魔術もそもそもリオネラのは他の魔術師と系統が違う。

 

詳しくは知らない。

 

ただ、エスティは、なんとかきねしすとか言っていた。よく覚えていないが。

 

ドアを何度か躊躇った後、ノックする。

 

ロロナはすぐに気付いた。

 

「はーい。 この魔力は、りおちゃん? 入って良いよ-?」

 

りおちゃん。

 

そう呼ばれるように、いつの間にかなっていた。許可したら、それいらいずっとである。ドアを開けると、満面の笑顔で、ロロナはだが釜を掻き回している。振り返ったのは一瞬で、すぐ作業に戻るロロナ。

 

「今、調合が忙しいところなの。 ちょっとソファに座って待っていて」

 

「う、うん……」

 

何だか、アトリエの中に、凄い臭いがしている。

 

ロロナが掻き回している釜の中は真っ黒で、禍々しい液体が満たされていた。アレは一体、何だろう。

 

猛毒。

 

多分そうだ。でも、何に使うのだろうか。

 

「外からでも、魔力で、分かるの?」

 

「りおちゃんを包んでる魔力、人一倍強いからね。 それに、凄く色が強くて、特徴的だし」

 

「そう、なんだ」

 

この国は、優れた魔術師がたくさんいる。

 

ただ、殆どが戦闘向きの術者なので、文明の発展そのものには寄与していないという。ある意味、とても不可思議な話だ。

 

ロロナも、リオネラが見た中では、上位に入るほど魔力が強い様子で。リオネラの体調が悪いことさえ、魔力を見てぴたりぴたりと当ててくる。

 

逆の言い方をすると、リオネラはきちんと修行をしたことがないからだろう。魔力の使い方がなっていないし、何もかもダダ漏れと言うことだ。

 

調合とかが終わったそうで、ロロナが手を止める。

 

禍々しい色の液を、硝子の容器に移している。ただし、上澄みだけの様子だ。念入りに瓶で止めているところを見ると、余程強力な毒なのだろう。

 

釜の水を、庭に捨てはじめるロロナ。

 

庭で、凄い煙が上がっていた。

 

「井戸水、大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよ。 この辺りの井戸は、確か地下水道ってのから直接くみ上げてるんだよ」

 

古代の文明を発掘して、色々活用しているとは聞いているけれど。

 

アーランドは、或いは。

 

文明などとは無縁の、純粋な田舎に比べると。ずっと発展しているのかも知れない。ただし、その技術は全てがブラックボックスも同然だそうだけれど。

 

手を洗ったロロナが、茶を淹れてくれる。

 

アトリエの窓も戸も開けているのは、臭いが酷いからだ。茶がまずくなる。リオネラは殆ど喋らない。ロロナが、一方的に、色々話してくるので。場合によっては相づちを打ったり、或いははいとかいいえとか言ったり。

 

どちらにしても、リオネラは、主導権など、握れない。

 

ロロナによると、さっき作っていたのは、超がつくほど強力な眠り薬の、その前段階の中間生成物だとか。これを数日おいて、成分を安定させた後、仕上げに掛かるのだという。

 

リオネラと殆ど年も変わらないのに、難しい事を一杯知っていて、羨ましい。

 

恐縮してしまうことも多かった。

 

「それで、今度一緒に街の外に行くって話なんだけれど。 明後日、大丈夫?」

 

「そんなに早く……?」

 

「わたしの知ってる騎士さんが、その時しか開いていないっていうから。 ちょっと危険なところで、その人がいないと不安だから」

 

「……」

 

近々、この話が来る事は分かっていた。

 

袖を引かれる。

 

ホロホロだ。

 

「受けろよ、リオネラ」

 

「私も賛成。 今が良い機会だ」

 

「危ない事にもなるけど、大丈夫? りおちゃんが、思うように決めて。 わたしも、無理強いはしないし、出来ないから」

 

でも、来てくれると嬉しいと、ロロナは言う。

 

殺し文句のつもり、なのだろうか。

 

リオネラは、正直なところ。今の時点では、ロロナを信用していない。人間は基本大嫌いで、ロロナもその中の一人だからだ。

 

仕事だから話しているけれど。今だって、視線は合わせていない。話していて、怖いとしか思わない。

 

発作的に殺してしまいかねない相手と話しているよりは、だいぶ気分も楽だけれど。ロロナは身に纏っている魔力が強いし、肉体もリオネラの故郷の連中に比べれば遙かに頑強だから、その畏れがないことだけが救いだった。

 

頷くと、リオネラの手を取って、ロロナは喜んでくれる。

 

喜んでいるふりかもしれない。リオネラには、分からない。

 

 

 

二日後。

 

宿を移ってすぐであったから、あまり気分は良くなかったけれど。言われたとおり、アーランドの北門に出る。

 

先に待っていたのはステルクだ。ステルケンブルクという名前で、ステルクと呼んで欲しいと、会議の時に言われた。

 

続けて、クーデリアが来る。

 

三人が揃っても、しばし無言が続いた。最初に喋ったのは、一番会話が苦手そうな、ステルクだった。

 

「クーデリア君は腕を上げてきたな。 足運びや、体重の移動で分かる」

 

「まだあんたにはとうてい及ばないわ。 何だか馬鹿にされてるみたいで不快よ」

 

「いや、半年ちょっとでの成果にしては充分だ。 私も最初から、騎士団で名を上げていたわけではない。 君も騎士団に入れば、三十までには国家軍事力級の使い手と呼ばれるようになるやもしれんぞ」

 

「……そう。 なら良いんだけれど」

 

クーデリアは影のある女で、ロロナの前以外ではまず笑うことがない。リオネラと比べると多分何歳か若いはずだが、子供っぽさが感じられない。

 

この国の子供は、戦士としてはかなり早い段階から一人前扱いされると聞いているけれど。

 

クーデリアは、悪い意味で、子供らしくなかった。

 

ステルクは、リオネラにも話を振ってくる。鬱陶しいから、あまり喋りかけて欲しくないのだけれど。

 

ホロホロとアラーニャは、社交的に話に応じている。

 

人間と喋るのは苦手だ。

 

頭が痛くなる。

 

「エスティ先輩から聞いたが、色宿を使っていたそうだな。 確かにある程度安くはなるが、長期的には良くない選択だ。 場合によっては、騎士団の若者が使う寮を紹介しようか」

 

「あ、あの、え……」

 

「あんちゃんよお、此奴にはちいとそれはハードルが高いぜ。 話しているのでさえつらいみたいなんだし、少しずつやっていくから、勘弁してやってくれ」

 

「とても人見知りをする子なの。 ごめんなさい」

 

アラーニャとホロホロに謝られて、ステルクは眉をひそめた。

 

此奴も雷の魔術を使う戦士だ。或いは固有の能力かも知れないが、リオネラは知らない。どっちにしても、リオネラの纏う禍々しい魔力が見えていても、不思議では無いだろう。ロロナがそうであるように。

 

ロロナが来る。

 

荷車を引いていたけれど。なにやら、おかしな様子になっていた。

 

荷台に、びっしりと紙が貼られて、魔法陣が書かれているのだ。それだけではない。革袋が、幾つも積み込まれている。

 

「それが、グラビ石を持ち帰る準備?」

 

「そうだよ。 空気ごと持ち帰って、魔法陣で環境を保全するの。 そうすれば、持ち帰った後も、かなり長持ちするから。 それで、グラビ石の浮力そのものは、紐で結んで相殺するの」

 

「考えたわねえ」

 

分からない会話をしている。どちらにしても、リオネラには入り込めない話だった。

 

そのまま、西へ向かう。

 

国有鉱山に潜ると言うことだ。ステルクほどの戦士は、リオネラも旅をしてきたが、殆ど見たことが無い。

 

これほどの使い手が一緒にいるのなら、まず危険はないだろう。

 

だが、そうでも無いことが、話していて分かる。

 

「それにしてもロロナ君、悪魔の長老とはなしたいと言うのは、本当か」

 

「はい。 ステルクさんに立ち会ってもらって、駄目ですか?」

 

「何を考えているのか、私には分からん」

 

「グラビ石の事を知っていましたし、他の事も何か参考になる話が聞けたらな、って思って」

 

悪魔と、話すか。

 

故郷の村でそんな事を言ったら、ロロナは村人達に追いかけ回されて、殺されてしまうだろう。

 

いや、返り討ちか。

 

歩いているうちに、彼方此方から煙を噴いている、国有鉱山が見えてくる。今はオートメーション化されているが、昔は過酷な労働で、多くの死者を出したのだとか。

 

ステルクがいるから良いけれど。

 

ロロナやリオネラは、行き交う男からいやらしい目でかなり見られた。クーデリアは幼すぎる容姿が原因か、殆ど視線を集めなかった。

 

ステルクが話して、廃坑道に入る。

 

カンテラを手際よく付けるロロナ。

 

同時に、ステルクの雰囲気が変わった。さっきまでとは比べものにならない。クーデリアも、銃を抜くと、油断なく周囲を警戒しはじめる。

 

「リオネラ、貴方もよ」

 

「うん……」

 

ロロナは戦闘でも、後衛としての役割を果たすと、会議で説明は受けている。

 

リオネラは目を閉じると、集中。

 

全身の魔力を、練り上げていく。

 

リオネラの魔術は、固有能力に近く、使うのに詠唱は必要としない。その代わり幾つもの面倒な制限があって、好き勝手に使えるわけではない。

 

薄暗い坑道の中、リオネラの全身が淡く輝きはじめる。

 

同時に、リオネラの側を離れて、ぬいぐるみ達が周囲を飛び交いはじめた。その体は強い燐光に包まれていて、生半可な攻撃にはびくともしない。

 

これがリオネラが使う技術。自動防御だ。

 

本来リオネラは脆弱極まりない。ここ、アーランドの戦士達と比べたら、それこそゴミのような身体能力しかない。

 

それでも今回の任務に呼ばれたのは、この自動防御が極めて優秀だから、である。

 

ただ、この能力を使っているとき、ぬいぐるみ達と話す事が出来ない。それが、リオネラには酷くつらいのだ。

 

「りおちゃん、凄いね!」

 

「……」

 

ロロナは本当に嬉しそうに言うけれど。応えない。

 

というよりも、応えられないのだ。

 

この状態のリオネラは、他人との関わり合いで、常に緩衝材になってくれる二人のぬいぐるみを失っているも同然。

 

つまり、一番恐ろしい人間との間に、壁がないのだ。

 

だから、話など出来ない。

 

怖くて、人間の姿を見ることさえ、難しいのだ。

 

ロロナの側にいるのも本当はいやなのだけれど。こうして食い扶持を稼ぐしかない。土の中で暮らしたい。

 

人間と会わなくても良い生活をしたい。

 

凄い音がしたのは、自動防御に入っているホロホロが、何かをはじき飛ばしたからだ。見ると、いつの間にか、かなりの数のオオトカゲに囲まれている。二本足の所から見て、多分ドナーンだろう。

 

「リオネラ君は、ロロナ君の防御を担当。 後は私とクーデリア君に任せろ」

 

指示を出されたけれど、どうせそれしか出来ない。

 

ロロナは詠唱しながら、介入する機会を狙っているようだけれど。リオネラは、今は会話も難しい状態。

 

魔術も使えるが、正直な話、自爆する可能性が高い。

 

リオネラは、あくまで自身の身を守ることのみ、長けているのだ。

 

しばらく、周囲で剣撃の音が響く。

 

ステルクが文字通り蜥蜴の群れを蹴散らしている。凄まじい早さで走り周りながら、クーデリアが敵に向けて、嵐のような勢いで発砲している。

 

どちらにしても、手を出す暇も無い。

 

というよりも、辺境の戦闘を始めて見たけれど。これでは、大陸中央部の兵士達は、なすすべもないのではあるまいか。

 

ほどなく、ドナーンの群れは掃討された。

 

とはいっても皆殺しではなく、勝ち目がないとみて、逃げていった。ステルクも、そう相手が判断するように、誘導していたようだった。数頭が死んでいた。その全てに、クーデリアがとどめを刺して廻った。

 

濃厚な血の臭い。

 

自動防御で、ロロナに噛みつこうとしたドナーンが四回、はじき飛ばされた。

 

クーデリアが戻ってくる。クーデリアにも自動防御が発動しそうになって、慌てて意識を集中する。

 

「ちょっと、あぶないでしょ!」

 

「ご、ごめん、な、さい……」

 

「待て、クーデリア君。 見事な防御能力だが、負担が大きいのだろう。 通常時の警戒は私とクーデリア君で行うから、絶対防御は実戦時だけで構わない」

 

そう言われると、不意に気が抜けて、能力を解除してしまう。

 

ぬいぐるみ達が纏っていた燐光が消え、此方に戻ってきた。二人とも、疲れた様子である。

 

「ふいー、しんどいぜ。 あんなデカイ奴はじき返すなんて、オレってすげー」

 

「ホロホロ、自画自賛は見苦しいわよ。 それにリオネラがいないと、出来ない事でしょう?」

 

「そうなんだ、二人とも凄いね。 もちろんりおちゃんも」

 

無邪気に言うロロナは、何も疑っていない。

 

坑道の中は、血の臭いでむせかえるようだ。それに何だか、蒸し暑い。タオルを貸してくれたので、使う。

 

クーデリアが最後尾についた。

 

リオネラはやっぱり怖くて、視線を合わせられなかった。

 

 

 

どんどん、坑道の奥深くへと潜っていく。

 

カンテラが照らす路は、岩だらけで。時々光った石や、骨も見えた。訳が分からないモンスターも、たくさん生息しているようだった。

 

ロロナが、革袋を取り出す。

 

見ると、気味が悪い石が、空中にたくさん浮かんでいた。あれが、グラビ石とやらなのだろうか。

 

あんなものをどうするのか。

 

釜で煮込むのだろうか。どちらにしても、気持ちが悪い。錬金術というのは、見ていても分からないし、説明を聞いても分かりそうになかった。

 

「どう、いけそう?」

 

「試してみないと分からないけれど。 駄目だったら、またお願い」

 

「しょうがないわねえ」

 

クーデリアが文句を言いながら、周囲の警戒を続けている。リオネラは、手伝って欲しいと声を掛けられた。

 

革袋にグラビ石とやらを入れたものを、荷車に詰め込む。

 

紐が革袋に結びつけられていて、それを荷車に結ぶ。こうすることで、革袋が飛んで行ってしまうのを避けるのだ。

 

最後に、ほろのようなもので、荷車を覆う。

 

その上からゼッテルで作ったらしい覆いを掛けて、完成と言われた。

 

二人がかりで、荷車を覆う。周囲には、嫌な気配が充満していて、ずっと此方を見ているようだった。

 

いきなり遠くから咆哮が響いたので、リオネラは身を竦ませた。

 

怖い。何か、とんでも無い者が、いる様子だ。

 

荷車には、たくさん石が積まれていた。一部には、薄明かりを放つ茸や、虫の卵のようなものも。

 

ロロナは、このアーランドで育ったと言っていたか。虫を触るのも、おかしな石を積み込むのも、平気なようだった。

 

かなりの重労働で、少し手伝っただけで、リオネラは汗が流れたのに。

 

「ふえー、あんた細いのに、力持ちだなおい」

 

「そんな事ないよ。 力だったら、他の戦士達の方が、ずっと上だもの」

 

「恐ろしい土地ね」

 

「うん。 でも、だから、モンスターからみんなを守れるんだよ」

 

きっと守っているのは、モンスターからではないだろうけれど。リオネラは、何も言わなかった。

 

ステルクが、周囲の警戒を続けたまま言う。

 

元から顔が怖い人だけれど。

 

更に、強ばっているように、リオネラには見えた。ただ、怖れていると言うよりも、闘に臨んでいる戦士の顔になっている。

 

「どうも良くないな。 かなりの数のモンスターがいる」

 

「えっ!?」

 

「殆どはドナーンだが、この様子だと、近々処理をしなければならないな。 繁殖期で、一気に増えたのやも知れん」

 

つまり、これから更に血みどろの戦いになる、という事か。

 

だが、ロロナは怖れている様子が無いし、クーデリアは黙々と拳銃の手入れをしている。此奴らは、本当に戦士なのだ。

 

たまたま強い能力を得ただけの、リオネラとは違う。何代も掛けて鍛え抜かれた、生粋の戦闘生物なのであると、見ているだけで思い知らされる。モンスターでも、此奴らに比べたら、修羅とは言えないのではあるまいか。

 

「どうしましょうか。 戻ります?」

 

「君が決めてよい」

 

「じゃあ、少しだけ潜って、様子を見たら帰ります。 くーちゃん、りおちゃん、それでいい?」

 

「賛成」

 

クーデリアは、それだけ言った。

 

理由は聞きたくない。

 

リオネラは本当は反対と言いたかったけれど。怖くて、そうとは言えなかった。

 

モンスターより、はっきり言って人間の方が怖いのだけれど。そう言ったら、何をされるか分からない。

 

早く、静かに暮らせる場所が欲しい。

 

目をつぶって、ぎゅっと手を握り込む。ぬいぐるみ達が、何かロロナやクーデリアと話していたけれど。耳には入らなかった。

 

ロロナはどちらかというと臆病だと聞いていたのに。

 

こんな死地で、全く平然としている。臆病という定義が、リオネラとは違うのかも知れない。

 

更に深く、坑道へ潜っていく。

 

途中、ロロナは何度か荷車に、素材を積み込み直した。既にずっしりと重くなっている荷車だけれど。

 

リオネラが押す力は微弱で、ロロナが引く力の方が、ぐっと強かった。

 

不意に、路が平坦になる。

 

坑道が、これ以上深く潜るのを止めたかのようだ。ロロナが足を止めて、周囲を見回しはじめる。

 

何か、小柄な人型が姿を見せた。

 

「おや、お前さんは、以前の」

 

「お久しぶりです」

 

ロロナが丁寧に礼をした相手は、人間ではなかった。

 

背中に翼が生えていて、背格好は子供のよう。ただし顔には皺が深く刻まれているし、目が異常に大きく、何より人間の造形ではなかった。

 

悪魔の長老。

 

ロロナはそう呼びかける。

 

背筋に寒気が走った。

 

「おいおい、本物の悪魔だってよ」

 

「社交的な子だとは思っていたけれど、凄いわね。 人間以外の種族とまで、ああして仲良くするなんて」

 

流石のアラーニャも驚いた様子だ。

 

ステルクは周囲の索敵をはじめている。リオネラにも、視線を送ってきた。何が起きるか分からないから、備えておくように、という事なのだろう。

 

「どうする、自動防御、発動するか?」

 

「……」

 

言われて、やっと気付く。

 

悪魔というのは、自分に掛けられた言葉だった。本物を見てしまうと、なんと矮小に感じる事だろう。

 

あんな存在を、村の人達は、怖れに怖れていたのか。

 

そして、リオネラを。

 

あれと同じだと判断して。

 

涙が出そうになったけれど。頭を振って、恐怖を追い払う。此処で発作が出てしまったら大変だ。

 

お金も貰えなくなるし、最悪機密保持のために消されかねない。

 

ロロナと、悪魔の長老とやらはずっと話し込んでいる。

 

時々ロロナはメモを取っているという事は、何か貴重な情報を得ている、という事なのだろう。

 

不意に、獰猛な雄叫びが響き渡った。

 

「スカーレットの忌み子が、餌を欲して叫んでおる」

 

「でも、大岩の向こうに……」

 

「確かにそうじゃが、いずれあの岩も砕いて出てきかねん。 その場合は、わしらは皆殺しにされるだろうな」

 

「そんな事はさせません」

 

ロロナが力強く宣言するけれど。

 

あんな恐ろしい声を聞いて、どうしてそう言い切れるのか、リオネラには理解できなかった。

 

怖い。

 

早く、この場を離れたい。膝はずっと笑いっぱなしだ。

 

「しっかりしなさい。 この辺り、何が出てもおかしくないのよ」

 

クーデリアが冷たく言う。

 

彼女は、いつ戦いが起きても平気なように、備え続けている様子だった。リオネラは、もう生きた心地がしなかった。

 

 

 

ようやく坑道から出ると、外は真っ暗になっていた。

 

出る途中も、何度となくモンスターに襲われた。ドナーンだけではなくて、訳が分からないモンスターが、たくさん姿を見せた。その半数ほどが襲ってきて、その度に撃退した。

 

ステルクの実力は圧倒的で、戦闘は危なげがなかったけれど。

 

時々、自動防御にモンスターがはじき飛ばされるのが見えたので、怖かったのは事実だ。

 

それに、ロロナの魔術。

 

何度か放った大威力の魔術が、容赦なくモンスターを殲滅するのを見て、戦慄するのを隠せなかった。

 

分かってはいたが。

 

魔術師としては、ロロナの方がずっと格上だ。系統の違いとか、そんな事は関係無しに。

 

それに、モンスターを手慣れた様子で捌いて、牙だの皮だのを剥いでいるのも怖かった。

 

宿を取ってあったので、そちらに向かう。鉱山街は、昔は真夜中も昼のように人が行き交っていたという話だったのに。

 

今では、真夜中は、相応の人通りだ。

 

朝、坑道に入る前に見かけた市場も、この時間はもうやっていなかった。

 

リオネラは、談笑しながら歩いているロロナとクーデリアを後ろから見つめる。ステルクは、一番後ろで、殿軍を努めてくれていた。

 

「初の任務、大変だったな」

 

「はい……」

 

「最初は皆、そんなものだ。 私の初任務もこの鉱山での哨戒任務だったのだが、坑道の中で多くモンスターを斬って、血の臭いになれすぎていたからだろう。 外に出たら、気分が悪くなって、戻してしまった」

 

笑い話のように、ステルクは言う。

 

この強面の騎士は、まだ若いように見えるのだけれど。それでも、明らかに相当な歴戦を積み重ねてきている。

 

この土地の恐ろしさを、改めてリオネラは思い知らされる。

 

あまり喋りたくないリオネラに気を遣ってくれたのか、それからステルクは何も言わなかった。或いは、喋ることが出来ないほど、気分が悪いのだと解釈してくれたのかも知れない。ある意味間違っていないから、助かる。

 

宿はステルクと、他三人に分かれて泊まる。

 

ロロナとクーデリアは実になれたもので、リオネラにも世話を焼いてくれたけれど。正直、リオネラには、迷惑だった。ホロホロとアラーニャは二人ともう仲良くなったようで、色々話していたけれど。

 

リオネラは、もう眠りたいという気持ちを抑えて、相づちを打つのが精一杯だった。

 

一泊した後、アーランドに戻る。

 

ロロナからお給金をもらったけれど。元々本命は、アーランドに支給されている。その賃金に比べれば、ささやかな額だ。

 

だが、形式上、礼を言わなければならない。

 

リオネラは、こんなはした金のために、命を賭けたのかと思うと、なおさら憂鬱になるのだった。

 

城門で解散。

 

後は、一人で宿へ。

 

仕事が終わって、一人で宿に戻って、やっと安心する。

 

やっぱり一人が良い。

 

これから、こんな恐ろしい目に何度となく遭うと思うと。生きた心地がしなかった。枕に顔を埋めて泣く。

 

もう嫌だ。

 

でも、帰る場所なんか、最初からない。一人にしておいてほしいけれど、レポートとやらも書かなければならないし、近々旅人の街道とやらにも出向かなければならない。確か、エスティと護衛の部隊が来た場所だ。モンスターがわんさかいるのに、この国の人間共は平然と利用している、恐ろしい場所である。

 

「なあ、リオネラ」

 

「放っておいて」

 

「リオネラ、ホロホロの話を聞いて。 あの子達は、きっと貴方にとって、私達以外の、初めての友達になってくれるはずよ。 だから、そんなに怖がらないで」

 

「怖いものは怖いよ。 怖いっていって、何が悪いの」

 

涙が止まらない。

 

いつもアラーニャとホロホロは、リオネラに厳しい。

 

リオネラのために言っていることくらいは分かっている。それに、言っていることが、正しいことも。

 

でも、今は。

 

正しいことなんて、聞きたくはなかった。







完全にぶっ壊れているわけではなく、だからこそとても辛い。

半端な感性でいると、とても耐えられない環境。

今後の事を考えると。

これくらいのストレスを掛けなければダメなのです。




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