暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
リオネラが使う魔術は案外戦闘向きのものです。
利用次第では身を立てるのはとても簡単です。
問題はリオネラの人生があまりよろしくなかった事もあって、人間と関わり合いになりたくない本音が根底にあることですね。
広場に出ると、リオネラがいた。どうやら人形劇をしているらしい。人だかりが出来ていた。
遠くから見ていると、一つ気付いたことがある。
人形達が動いている後ろで、リオネラがひらひらと動いているのだけれど。妙に動きが均一というか。同じ動作が繰り返されているのだ。
やがて、劇が終わる。
おひねりがたくさん投げられる。リオネラはあまり上手にお礼を言えないようだけれど。どうにか、おひねりを拾う事は出来るようになったようだ。これで、少しは生活も楽になるだろう。
お客が去った後、手を振って近づく。
昨日の今日だ。
リオネラも、逃げ腰にはならなかった。
さっそく、さっき魔女の秘薬を飲んで失敗したことを言う。笑い話になったから良かったけれど。
今更に気付く。師匠は良く、あれをピンポイントで中和する薬を持っていたものだ。まさか、ロロナのレシピを事前に見て、あっさり作ったのだろうか。だとすれば、凄い。
「そういえばりおちゃん、さっき見ていて気付いたんだけれど。 何だか劇の後ろで、同じような動作をしていたね」
「ああ、あれは催眠効果を作ってるんだ」
「催眠効果?」
「劇に集中させるには、それがいいの。 後ろでリオネラがひらひらおなじように動く事で、見ている人達の意識を、私達に集中させるのよ」
ホロホロとアラーニャが説明してくれる。
なるほど、そういうものなのか。
具体的に聞こうかと思ったのだけれど、リオネラは見る間に困り果てた顔になって行く。つまり、詳しくは知らないと言うことか。
だが、催眠か。
これは使えるかも知れない。そもそも幻覚というのは、何か其処にあり得ないものをみるものなのだ。
一度アトリエに戻ると、魔術師の本を引っ張り出してくる。
開くのには勇気がいるけれど。
やはり、もう一度、読み直した方が良い。
獣の像については、後半三分の一に、詳しく記されている。それを見ていくと、色々分かってくることがある。
催眠というキーワードを知った今となっては、なおさらだ。
元々、この魔術師は、像を媒体としていた。
像に魔術を掛けることで、実際にはあり得ない動物を、その場にいるように、自分に見せていたのだ。
ただ、この道具そのものは、既に散逸してしまっている。
昨日、魔女の秘薬をマニュアルと一緒に納品したとき、エスティが在庫を調べてくれたのだ。
現物を見ることは叶わなくなったけれど。
理屈は分かったのだから、手の打ちようはある。
魔術師は本当に有能な女性だった。この本の他にも、いろいろなものを残して、アーランドに貢献した。
実は、あの後王宮から図書館を調べる許可を得て。彼女について調べて見たのだ。
最終的におなかを痛めて子を産むことは出来なかったようなのだけれど。戦で親を失った子供を何人か引き取って、その全てをとても優秀な魔術師として育て上げたのだという。そのリストを見て驚かされた。ロロナも知っているほど、有名な魔術師の名前がずらりと並んでいたからである。
経歴だけではなくて、他にも分かったことがある。
彼女の魔術が、非常に多彩だったこと。
特に、精神に働きかける魔術は、固有能力もあって、極めて強力だったこと、などなどだ。
この狂気じみた手記の中身だけで、人は判断できない。
そう思うと、この本も、少しずつ見え方が変わってくる。優れた魔術師であり、多くの子供達を育て上げた一流の人も。
心の中に、悲しい鬱屈を抱えていたのだ。
幾つか、参考になりそうな記述を見つける。
催眠というキーワードを得たことで、今まで流していた部分が、頭に入ってくるようになったのだ。
メモを順番に採っていく。
何度も読み返した部分だというのに。
一つ着眼点を変えただけでこれだ。何だか情けないと思う。
やっぱりロロナは、まだまだ半人前なのだ。
レシピは、これだけではまだ出来ない。催眠について、専門家がいれば良いのだけれど。借りてきた本を見てみるが、彼女の弟子は、既に全員が鬼籍に入っている。入っていなくても、いずれも超がつくほどの有名人だ。ロロナ程度では、アポを取って会うだけでも、一月は掛かる。
それでは間に合わないだろう。
しばらくアトリエの中をうろうろして、考えをまとめる。
歩いていた方が、考えやすいのだと、最近知った。
意を決して、また外に出る。知り合いの魔術師に、話を聞こうと思ったからだ。まずは母から。
ロロナの母は、普段はおっとり者だけれど、戦場に出ると人が変わる。
今日は、オルトガ遺跡の警備をしている日だから、雰囲気が違う。父はオルトガ遺跡に潜っているとかで、駐屯地にはいなかった。
ロロナを見ると、母は険しい顔をした。
仕事場に、用事がない限りくるものではない。彼女は、よくそう口にする。
「ロロナ、今は仕事中よ。 分かっているでしょう? 遺跡に潜んでいるモンスターは、この近辺にいる連中とは訳が違うって。 ドナーンの群れ程度に苦戦する貴方は、まだ此処には来てはいけないの」
「うん、ごめんなさい。 お仕事で、聞きたいことがあって」
「どういうこと? 自力で解決できる問題ではないの?」
「魔術師で、催眠を得意とする人を知らない?」
母は腕組みする。
部下達は、隊長の娘と言うことでロロナを通してくれたけれど。本来此処は、アーランドでも最も危険な場所の監視所だ。森の中に砦がある訳では無く、単なるキャンプだけれど。
集っているのは、ロロナも知る、現役の一流戦士ばかり。
この間のドナーンの群れによる襲撃の際も、此処から人員を割いて、対応をしたと聞いているから。余計に母は機嫌が悪いのかも知れない。
「アンダルシア、いる?」
「はい。 隊長」
呼ばれて出てきたのは、ロロナとあまり年が変わらなそうな女の子の魔術師だ。三角帽子をかぶり、青黒いローブを着込んでいる。
見た感じでは、完璧な後衛型の魔術師だろう。身体能力が高そうには見えない。
ただし、アーランド人だ。実際には、どれだけの腕があるかは分からない。目つきも鋭くて、ロロナなんかとは比べものにならないほどの修羅場をくぐっているのは、明らかだった。
「この子に、催眠について教えてくれる?」
「催眠でありますか」
「そうよ。 時間が掛かるようなら、書籍や識者を紹介して」
「分かりました。 任務を実行するのであります」
しゃべり方も硬い雰囲気だ。魔術師はどちらかと言えば、アーランド人の中でも自由な人が多いと聞いているけれど。こんな軍人気質もいるのか。
或いは、母がそう鍛え上げたのかも知れない。
母の邪魔になると行けないので、野営地の隅に行く。催眠について、其処で軽く話してくれた。
「催眠は、脳を誤魔化す技であります」
「脳を、誤魔化す?」
「元々、人間の脳というのはいい加減で、気分次第でありもしないものが見えたり、本当にあるものが見えなかったりするものなのであります。 幽霊などはその典型例なのであります」
幽霊というキーワードだけで怖いロロナだけれど。
アンダルシアは、それからも話を続ける。
彼女によると、実際に幽霊と呼ばれる存在はいるにはいるらしい。ただし、その殆どは、人間のいい加減な脳による錯覚なのだとか。
「つまり、催眠は、脳を誤魔化すこと、なの?」
「そうなのであります。 人間の脳は、目や鼻、耳を介して、いろいろな情報を得て、それを元に周囲を判断するのであります。 つまり、催眠は、それを意図的に混乱させる事で起こすのであります」
「へ、へえー……」
それは、凄いことを聞かされた。
なるほど、でも今の話で、何となく分かった気がする。参考になりそうな本も、教えてもらった。
さっそく、本を買いに行く。
まだ資金はある程度ある。本は幾つかのお店を廻ったけれど、流石に置いていない。ティファナの店に行くと、取り寄せは出来るという。
ただし、少し時間が掛かると言うことだった。
時間は、容赦なく、削り取られていく。
本が来るまでには。
どうにか、レシピをくみ上げたい。
既に、課題達成まで、一月を切った。
ステルクに同行を頼んで、来た此処は、旅人の街道である。アーランドの国境付近にある、交通の要所だ。今回はクーデリアとステルクだけで足を運んでいる。
リオネラも誘ったのだけれど。
彼女は嫌な思い出があるとかで、此処には来たがらなかった。
魔女の秘薬を納品してから、しばらく日が経っている。ステルクもそれを知っているらしく、途中で聞かれた。
「仕事は順調か?」
「何とか目処が立ちました。 ただ、足りない素材が幾らかあって、この辺りの村で買うか、後は採取していこうと思います」
これは本当だ。
まず必要なのは、茸類が何種類か。近くの森でも手に入る幻覚発生用の茸も良いのだけれど。
この辺りには、固有種の、強力な毒茸がある。それを用いる。
勿論使用には、注意が必要となる。
ロロナが組んだ理論は、大まかにはこうだ。
まず、獣の像には、意識をもうろうとさせる薬を埋め込む。この薬は、以前作った癒やしのアロマと同じく、気化させて吸うようにする。要するに、ろうそくと同じ原理で、芯に火を付けることで熱し、蒸発させて周囲に気体化させるのだ。
勿論、強力すぎると危険なので、何度も実験をして、意識がもうろうとするだけに留まるよう調整をした。
次は、幻覚作用をもたらす薬が気化するようにする。
これについては、薬の層を分けることでクリアした。
気化温度も変えている。
つまり、まず意識がもうろうとする薬が気化する。それが溶けて次の層に掛かると、幻覚が見える薬が気化するのだ。
この幻覚作用剤は中毒性がある場合が多く、危険性が高い。それをクリアするために、中毒にならないほどの量で幻覚をみるために、最初の薬で人間の脳の抵抗力を弱める。
問題は此処からだ。
そのままだと、特定の幻覚を見ることは出来ない。それぞれが、勝手な幻覚を見てしまう。
くだんの魔術師は、単純な魔術を組み合わせて、これらをクリアした。ロロナの場合は、香りと音で、それをクリアしたい。
それには、この近辺にある素材が、必要なのだ。
クーデリアは、既に臨戦態勢に入っている。
ステルクは若干余裕があるけれど。この街道は、噂通りの危険地帯の様子だ。見ていると、空をヴァルチャーが平然と舞っているし、遠くではグリフォンが堂々と寝転んでいる様子も見受けられる。
それに、耳ぷにと呼ばれる、黄色いぷにぷにの姿も見受けられた。
この耳ぷには、一説にはあの悪名高い「兎」こと、うさぷにの幼体とも言われているけれど。この辺りにうさぷにが出たという話は聞いていないので、或いは亜種なのかも知れない。
このぷにぷには、黒ぷにに比べるとだいぶ小さいが、かなり肉食性の傾向が強く、人間を見ると積極的に襲いかかってくる。
全身から生えている触手は十本を超えており、これを鞭のようにしならせて叩き付けてくるだけではない。自分が高速移動するのにも用いる。この動きがかなり速くて、はじめてロロナが見た時には、随分驚かされた。
更に問題なのは、名前になっている「耳」だ。
体の上部にある一対の器官で、これが角のように硬い。場合によっては、この耳を使って体当たりをしてくる場合があり、直撃をもらうと見習いのアーランド戦士の場合、骨が折れる事もある。
今の時点では、さほどの近くにはいないけれど。
いつ襲いかかってきても不思議では無いだろう。気を引き締める必要があった。
木陰などを探って、茸を調べる。
木の幹に生えているものもある。どの茸が役に立つかは分からないし、片端から採取していく。
街道とは言うけれど、少し離れれば森だ。歴代の錬金術師達が、栄養剤を作って、土地を緑化してきたのである。土地の力を強め、植物が力強く育つように改良してきた結果、此処はこうも豊かな森の幸に恵まれている。
街道になっているのも、それが理由の一つ。いざというときは、食糧が簡単に得られるからだ。
ただ、ステルクが、話してもくれる。
「この近辺は、国境にも近い。 緑化が積極的に進められたのは、アーランドにそれだけの力があると、周辺国に見せる意図もあった」
「政治的意図ってやつですか?」
「そうだ。 今だ人類が世界の覇権を確保し切れていない今、国家同士で争うのは愚の骨頂だと、アーランドでは歴代の戦略としていてな」
「ふえー」
ある程度の力があれば、それは抑止になる。
アーランドの戦士は各国で怖れられているが。こういった緑化政策に力を注ぐだけの知恵もあると示せば、それだけの牽制にもなるのだとか。
だが、ロロナには、まだ何か裏があるように思えてきた。本当に、それだけなのだろうか。
いずれにしても、知るのは後でも構わない。
どっさりとったいろいろな茸を、荷車に積む。紅かったり青かったり緑色をしていたり。正体が分からない茸や、明らかな毒物も多い。帰った後、図鑑を見て調べていけば良い。油紙で包んだ後、環境保全の魔法陣が書かれたゼッテルで更に覆う。
こうすることで、真夏でも数日は平気で保つ。
ただし、アトリエに戻った頃には、少し品質も落ちる。もっと何かしらの工夫を今後は凝らしていきたい。
荷車には、フラムや緊急時の食糧だけではない。
他にも、色々と積んできた。
この間クーデリアに言われたように、いつ何が起きるか分からないからだ。出来るだけ、不測の事態に対応できるようにしておきたい。普通次はない実戦で、今回はたまたま生き延びることが出来た。
だから、次は同じミスをしない。
ロロナの技量で出来る錬金術の技法は、少しずつ試している。その過程で出来た道具は、意外に馬鹿にならない。
それらを出来るだけ持ってくることで、対応力を上げているのだ。
いずれこの荷車も改良したいと思っている。
もっと大きくして、積み込める量を増やす。そして、最終的には、自走できるようにしたい。
草や木の実も、積み込んでいく。
サワーアップルがかなりある。しっかり熟した実はあまりないけれど。果物は枝からもいでも、かなり日持ちする。
ステルクに手伝ってもらって、収穫を進めた。
高い所になっているリンゴは、手を伸ばしても採れないからだ。はしごは流石に持ってきていないので、木を登って採るのだけれど。その場合、周囲を警戒してもらわないと、大変に危ない。
ひとしきり、辺りを廻って、素材を回収する。
ステルクが目を光らせてくれているからか。モンスターは今のところ、近づいては来ない。
「後は、なにがいるんだ」
「この近くの村で売っているんですけれど、蛇の牙です」
今回必要とするのは、猛毒の蛇の牙。
ただし必要なのは、むしろ毒の方だ。蛇そのものを捕まえれば良いのだけれど、確かモンスター扱いされていて、乱獲すると捕まってしまう。当然蛇の毒を採るには、捕縛しなければならない。
それが難しい。
来る前に調べたところによると、この辺りの村の人々が穴場を知っているらしいのだけれど、皮が美しい上に、毒も使い道があるとかで、よそ者には教えてくれないのだ。
しかも近辺はいろいろなモンスターの巣窟で、下手に探し廻れば体力を消耗する一方だ。ひょっとして。
此処をアーランド人以外が通るためには、護衛がいる。
その料金を稼ぐために、モンスターを野放しにしているのか。
いや、それは流石に考えすぎだろう。
ひょっとしたら違う理由かも知れないけれど。
「それなら、彼処に見える村が最適ね」
「ほんと? くーちゃんは、来たことがあるんだっけ」
「この間修行にね。 彼処にあるフロワロ村は、たしかモンスターの体素材を扱っているはず。 一泊したときに、売り物を調べたのだけれど、確か蛇もあったはずよ」
クーデリアが指さしたのは、風車が回っている牧歌的な村だ。
親友をしていて長い。クーデリアの記憶力はロロナが一番知っている。疑う理由はない。すぐにステルクを促して、そちらに向かう。辺りは見晴らしが良くて、モンスターが襲撃してくる気配はない。
リンリンと、大きな音。
馬車が来るのが見えた。護衛を伴った行商団だ。周囲を囲んでいるのは、アーランド戦士と、他にも辺境出身らしい戦士が数名。
モンスターも、流石にあの強力な集団に仕掛ける勇気はないらしい。グリフォンも、すぐに道を空ける。
好物である馬がいるのに。
それ以上のリスクが大きすぎると、分かっているのだろう。
黄色い耳ぷにが蹴散らされて、逃げるのが見えた。
日常の光景を横目に、村に。フロワロ村というのは、周囲を四重の柵で覆って、なおかつ見張りの櫓を四方に建てている、この地方としてはさほど武装が厚くない村だ。おそらく、戦士達の実力に自信があるのだろう。
実際、歩哨に立っている戦士は、どちらも強そうだった。一人は女性戦士で、体を浅黒く焼いていて、非常に大きな刃がついた槍を持っている。もう一人は大柄な男性戦士で、筋肉が凄くて、背中に大剣を差していた。
入り口で、クーデリアが話をしてくれる。
「アーランド王都から来たわ。 買い物をしたいのだけれど」
「今、盗賊団が出て多少物騒でな。 身分を明かせるものは何か持っているか」
「私が見せよう。 これでどうかな」
「これは失礼しました。 騎士どのでありましたか」
ステルクが騎士団の証明書を出してくれたので、歩哨が揃って敬礼した。何だか恐縮してしまう。
村の中に入ると、豚が走り回っているのが見えた。一人、村の戦士が監視でつく。まだ若々しい女性戦士だけれど、食肉目のようなしなやかな筋肉で身を包んでいた。かなり強そうだ。
アーランドでは、豚の放し飼いはなくなったけれど、この辺りではまだやっているのか。糞もかなり転がっているかなと思ったが、それは綺麗に掃除している様子だ。水が汚れるから、かも知れない。
錬金術師が文明を持ち込むまでは、豚が掃除を請け負っていた。
だから疫病も流行りやすかった。屈強なアーランド戦士は滅多な病気には負けなかったけれど、奴隷達はばたばた死んでいった。
だから、今は。アーランド王都では、工場で家畜の世話を一手に行っている。
しかし、少し外に出て、領土内の村に入ると、こういう光景は珍しくない。毛だらけの猪に近い豚が、放し飼いにされているのは。戦士達が、油断しないようにするためでもあると、聞いている。
油断すると、子供を襲ったりもするのだ。
此処は、アーランド王都と、他の周辺国の中間のような場所だ。
「こっちよ」
「凄いね、構造覚えてるの?」
「あたしもコネを増やしておきたいからね。 商売を通じてコネを作れれば安いものだし、何かを覚えておくことに損は無いわ」
「ふむ、立派な心がけだ」
ステルクが、堅物そのものの表情で頷く。
前ほど怖くなってはいないけれど。子供がステルクを見て、距離を取るのが何度か見えた。
どうやら、怖いのはロロナだけではないようで、少し安心した。
村なので、市場や物産展のようなものなどはない。奥に村長の家があって、其処で物資を管理しているのだ。女戦士が、村長に耳打ちする。陰険そうな村長が、ステルクを誘って、奥に。
ロロナは売り物を、女戦士から見せてもらった。
欲しいものを言うと、女戦士は目を光らせる。
「あんた、錬金術師か」
「うん、そうだよー」
「やっぱりな。 あんたみたいなかっこうした奴が、前にも来たことがあるからな」
多分、師匠のことだろう。
師匠が非礼をしなかったか聞いてみたけれど、覚えていないと言われた。胸をなで下ろす。怪訝な顔をされたので、誤魔化しておいた。
木箱を出してくる女戦士。中にはたっぷりと、売り物が詰め込まれている。果実などが殆どだが、獣の毛皮や肉、内臓の燻製などもある。
蛇の牙もあった。どうにか順調に、素材は入手できている。蛇の毒腺はないかと聞いたが、首を横に振られた。毒腺があれば牙なんていらないほどなのだけれど。こればかりは、仕方が無いだろう。
幾つかの素材を買い込んで、荷車に積み込む。
蛇の牙は、これで充分だ。
一応、素材は揃っただろうか。後は、レシピを完成させて調合していけばいい。理論が間違っていなければ、出来るはずだ。
ステルクが戻ってきた。
あまり嬉しそうにはしていない。生真面目なステルクの事だから、賄賂でも渡されそうになって、激高したのだろうか。
「ロロナ君、クーデリア君。 急な任務が入った。 公式なものではないが、騎士としては見過ごせん」
「モンスター退治ですか?」
「いや、密猟者狩りだ」
どうやら、村での狩り場に、誰だかよそから入ってきた人間が来ているらしいのだ。何度か警告したのだが、その度に逃げてしまうと言う。
手口から言って、アーランド戦士ではないだろうと村の者達は言うが。現場を見てみないと何とも言えないと、ステルクは言うのだ。
つまり、帰りは護衛できないという事か。
「手伝いましょうか?」
「いや、やめておいた方が良いだろう。 犯罪組織が絡んでいる可能性もあるから、その場合は恨みを買う。 君のような年で、よその国とは言え犯罪組織に目をつけられると、色々と面倒だ」
クーデリアが、袖を引く。
ロロナは少し心残りだったけれど。引き下がることにした。
犯罪組織を敵に回すのが怖いと言うことは、確かにある。だけれど、それ以上に。ステルクに、仕事に首を突っ込むなと言われている気がしたからだ。
やっと少しずつ、ステルクはロロナを信頼し始めてくれたようなのに。こんな些細なことで、余計な事をして、信頼を崩したくない。
それならば。
「ええと、これを持っていってください。 傷薬と、フラムです」
「ふむ、何かの役には立つか。 預かろう。 使わなかったら、必ず返す」
「いつもお世話になっていますから、大丈夫です」
「帰りは、余計な寄り道をしないように。 モンスターが増えているというような事はないが、念のためにな」
頷くと、ステルクと分かれて、村を出る。
ステルクは、早速村の若い戦士達を集めて、密猟者の捕縛作戦をはじめるようだった。確かに、村の狩り場を荒らされるのは、死活問題だ。下手をすると、国に対する信頼を損ねかねない。
村の周囲には、畑も広がっている。
森で採れる獣も、あれら作物と同じくらい重要な収入源だ。しかも森にいる獣は、近辺の住人が数を管理している事が多いのである。
それを勝手に奪うのは、畑を荒らすのと同じ事だ。
アーランド王都近くの森でも、住んでいる動物の数は管理しているのだ。人間が好き勝手に動物を殺していたら、森がやがて死んでしまう。
アーランド人なら、誰もが知っていること。
確かに、手口から言って。アーランド人ではない可能性が、高そうだ。
街道に戻った後、出来るだけ急いで南に向かう。
さっきまでと違って、モンスターに遭遇すると、かなり危険だ。村を出てからは、クーデリアも一言も喋らない。
それだけ、緊迫した状況、ということだ。
ベテランのアーランド戦士が一人でもいれば話は別だろうけれど。今の状態は、お世辞にも安全が確保できているとは言いがたい。
影の向きを見て、方角を確認しながら、街道を急ぐ。
夕方までには、アーランド王都が見える位置にまで行きたいけれど。
がらがらと、荷車の車輪が音を立てる。
キャンプスペースまで、もう少しだ。最悪、行商人の車列と一緒になれれば楽だったのだけれど。
キャンプスペースは、見張りをしている戦士だけで、護衛に雇えそうな人はいなかった。勿論、行商人はとっくにアーランドに着いた後だ。
ステルクを待つという選択肢もあったかも知れない。
だけれども。今は、一刻一秒が惜しい。研究して、実験して、試行錯誤する時間を考えると、とてもではないがもたついている暇は無い。前二回の課題に比べても、今回は時間があまるかどうか、分からないのだ。
クーデリアが戻ってくる。
さっきまで、キャンプスペースの戦士達と話し込んでいたのだ。
「ロロナ、少しまずい事になったわ」
「どうしたの」
「例のドナーンの群れなのだけれど。 討伐されて壊滅した後、また集まりはじめているらしいの。 今のところ何処かを襲うような事はないらしいのだけれど、今朝も十頭ほどが、近くで群れを作っているのが目撃されたらしいわ。 普通のドナーンだけなら問題は無いのだけれど、大きいのが数頭混じっているとか」
「ええっ!?」
側にクーデリアがいるけれど、二十頭以上に襲われたらかなり危ない。
十頭ならどうにかなりそうだけれど、ぎりぎりだ。
「しばらく待つわよ。 夕方になったら、討伐の部隊がくるらしいから、其処からアーランドへの護衛を割いて貰えるよう交渉したわ」
「うー、夕方まで動けないって事?」
「そう言うことになるわね」
それでは、ステルクを待った方が良かったか。
また判断ミスをしてしまった事になる。でも、ならばこそ。これ以上判断ミスを重ねる訳にはいかない。
ベテランのアーランド戦士が、此処には何人かいる。
ドナーン程度なら、どうにでもなる腕の持ち主ばかりだ。確かに、下手に動くのではなくて、此処にいる方が、ずっと安全だ。
仕方が無いので、荷車の整理をして、時間を潰すことにする。
必要な素材は、先ほどかき集めて、どうにかそろえる事が出来た。クーデリアにも手伝ってもらって、数を確認。
充分な量が揃っている。
お金も、若干の余裕がある。後は、レシピどおりに行くかだ。
「それで、結局、どうやって任意の幻覚を見せるつもり?」
「ええと、ね」
擬音を交えながら、説明していく。
要するに、イメージをさせることが重要なのだ。其処で、像そのものを、犬にしたり鳥にしたりする。
更にそのイメージを固定するために、臭いを使う。
毛皮や鳥の羽を集めておいたのは、そのためだ。
「なるほど、幻覚のイメージを、視覚と嗅覚で補うと」
「本当は聴覚も使いたかったんだけれど、それは方法が考えつかなくて」
「ふうん」
「とりあえず、戻ったら試してみるよ」
時間が、こういうときに限って、すぐには過ぎていかない。
食糧として持ってきた、圧縮パイを出す。何度か工夫して、蜂蜜を練り込んだりすることで、かなり食べ物として立派になってきた。焼き菓子のような食感を出しつつ、栄養を保全することに成功もしている。
ただし、やっぱり焼きたてのパイに比べればまずい。
料理して作ったパイには、とうてい及ばない。
まだまだ練習と工夫が必要だ。
荷車に背中を預けて、二人で並んで食べる。今回は、本当にさんざんだ。どうしてこんな事ばかり起きるのだろう。
キャンプスペースに、誰か来た。
見ると、旅芸人のようだ。リオネラではなくて、見たことが無い人である。アーランドで公演をするために来たのかも知れない。そこそこ年配で、恐らくは手品師か何かだろう。くたびれた雰囲気で、戦士達に説明を受けて、キャンプスペースで待つことを了承してくれた。
戦闘力もあまり無さそうだし、旅は大変だっただろう。
旅芸人は、此方に来る。
他に旅人はいないのだから、当然か。
気さくに挨拶してきたので、笑顔で此方も応じる。クーデリアは頷いただけだった。軽く話をして、情報交換。
やはりアーランドの人ではないらしい。
「イリシュガルから来たのですが、此処はとにかくモンスターが多くて、移動にも一苦労ですね」
「イリシュガル?」
「大陸北東部の大国よ。 人口はアーランドの十倍はいるわ。 確か最近小さな国を二つ、立て続けに下して、更に勢力を伸ばしているとか」
「確かに勢力伸長甚だしいですが、急速に暮らしづらくなってきていましてね」
旅芸人がいうには、武断主義が横行した結果、税が高くなる一方なのだという。
そればかりか、軍人の地位が著しく上がった結果、横暴をする者も珍しくないのだとか。庶民の生活は苦しくなる一方で、征服した国の民も反乱を繰り返しており、無理な鎮圧でかなり多量の血が流れているそうである。
酷い話だと思ったけれど。
アーランドも他人事ではない。
ロロナもよく知っている。昔のアーランドも、そういう状態だったという事は。錬金術師「旅の人」が来てくれなければ、一体どうなっていたことか。
今、この大陸は、人がみんな協力していかなければいけないのに。
そんな風に無理に統一しても、きっとすぐ瓦解してしまうだろう。悲しい事だ。
旅芸人が、キャンプ常駐の戦士に呼ばれて、向こうに行く。
クーデリアが咳払いした。
「話半分に聞いておきなさい」
「くーちゃん?」
「イリシュガルかは分からないけれど、何処かの間諜の可能性もあるわ。 アーランドはそれだけ警戒されている国なのよ。 あんたは知らないだろうけど、戦場でアーランド戦士が敵についたら迷わず逃げろって言葉さえあるそうよ」
勿論、今でもアーランド戦士が、様々な戦場で暴れ回っていることは、ロロナだって知っている。
腕を磨いた若者は、各地の戦場に出かけていって、外貨を稼いで戻ってくるのだ。
確かに、すぐに話を鵜呑みにするのは、危険かも知れない。
もしも間諜だったら、人の良い笑みを作るくらいは、簡単だろう。まずは信じてみたいけれど。
ロロナだって、幼児ではない。
何でもかんでも人の言うことを信じると言うことが、どういう意味を持つかは分かっている。
まずは信じてみたいけれど。
頭を振る。くーちゃんの言うことも、無碍には出来なかった。
それからしばらくして、数人の戦士が姿を見せる。
流石に待ちくたびれた。もう、日はむこうの山に、沈もうとしている。警戒していた戦士達も、ほっとした様子で、来てくれた討伐部隊に話をしに行った。
討伐部隊には、キャンプで立ち往生しているロロナ達を、アーランドまで連れて行く護衛も含まれていたので、彼らと一緒にキャンプを後にする。
荷車の影が、だいぶ長い。
旅芸人は護衛の戦士に何度か話しかけていたけれど、殆ど相手にされていなかった。警戒されているのだろう。
ロロナは話しかけられる度に応じていたけれど。
クーデリアの言うことが頭に引っかかって、あまり信じようという気にはなれなかった。
すぐに日が沈んで、星が見え始める。
幾つかの星座はすぐに見つけた。楽しむためではなくて、方角を確認するために見ているのだ。
街道とは言え、夜中だ。
星が出始めるような時間になれば、どうしても方角は分かりづらくなる。アーランドが見えてくるまでは、そうやって逐一方角を確認する。この辺りの細かい技は、両親にしっかり鍛えられた。
クーデリアも側で、方角確認を精査してくれる。
アーランドまで、もう少し。
小高い丘を越えると、ようやくアーランドの灯が見えた。
大幅に時間はロスしてしまったけれど、どうにか辿り着いた。城門をくぐると、ようやく一息。
アトリエに直行して、荷車を片付ける。
一礼した旅芸人は、何処かの宿に向かうようだった。お金もないだろうし、きっと色宿だろう。
「くーちゃん、泊まっていく?」
「そうさせてもらうわ。 その前に、荷物を片付けたら、お風呂に行こうかしら」
「さんせーい」
この疲れ切った状態で、師匠にいじくりまわされるのは勘弁して欲しい。
ただでさえ、これからレシピを仕上げて、任意の幻覚を見せる装置などと言う難しいものを作らなければならないのだから。
次の課題までもう少し。
失敗もありましたが、友達も増えたロロナさん。
どうにか、今回も勝ちに行きます。