暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
幻覚を見せる、までは簡単です。
人間の脳みそってのはいい加減極まりないので、その気になれば幻覚を見せるのは難しく無いのです。色々手段はありますが、ただ危険なものです。
幻覚を見せるのは簡単だとして。
どうやって任意の幻覚を見せるのか。
それが課題です。
やはり、簡単にはいかない。
ロロナは実験を繰り返しながら、それを思い知らされていた。
幻覚が見える段階までは上手く行った。しかし、やはりどうしても、上手に任意の幻覚を見ることが出来ないのである。
ロロナが作ったガワは、市販の木彫りのお土産を少し工夫したもの。
背中にくぼみを造り、其処に蝋と混ぜ込んだ薬剤を複層に入れている。火を付けると、薬剤が溶け出して、幻覚を見ることが出来る、というものだ。
犬の像を造っても、中々犬の幻覚には到らないのだ。
臭いや、視覚での工夫はしたのだけれど。
やはり音も必要なのだろうか。
しかし、どうやって、犬の鳴き声を出すべきなのかが分からない。
魔術を使って音を定着させることは難しくない。
だけれど、それは錬金術としては、著しく意味がない行為だ。手順を間違えずに進めれば誰にでも出来る。
それが、錬金術の強みなのだから。
しばらく、頭を捻って考える。窓を開けたのは、空気を入れ換えるためだ。この薬は中毒性がないように量を厳格に量っているし、アーランド人はその程度でどうにかなるほど柔ではない。ロロナだって、多少の薬くらいなら平気だ。
しかし、それでも念のため。
外の空気を取り入れると、やはり気持ちいい。
深呼吸して、気分を入れ替えた。
参考書は、既に徹底的に読み返している。クーデリアにも手伝ってもらって、関連がありそうな場所を探っているのだけれど、新しい発見が殆ど無い。
もはや、残りは三週間を切った。
どうすれば、任意の幻覚を見せられるのだろう。
色々試してはいる。だが、なかなか上手く行かないのだ。
犬の臭いと即座に分かるかどうかは、人による。たとえば、外で戦士として経験を積んでいる人は、即座に狼の臭いと理解できるだろう。
ただし、労働者階級にそれを求めるのは酷だ。
鳥やドラゴンも同じだろう。
しばらく悩んだのだが。顔を上げたのは、咳払いを聞いたからだ。振り返ると、アストリッドが腕組みしていた。
「随分手こずっているな」
「師匠、何か良いアイデアは」
「ない」
即答されると、へこむ。
ロロナとしても、かなり考え込んだ末なのだ。師匠には、少しは手伝って欲しいのだけれど。
ただ、師匠はここのところ、アトリエに殆ど帰ってこない。
何処で何をしているのかよく分からないけれど、きっと忙しいのだろう。そう納得して、怒らないことにする。
「具体的なヒントは出せないが、そうだな。 お前は少し、視点を変えることが必要なのではないのか」
「視点、ですか?」
「そうだ。 たとえば、その不細工な犬の像だが。 それに全てを詰め込むのは酷ではないのかな」
何だか、その言葉を聞いたとき。
天啓を受けたような気がした。
そうか。確かに、何もかもを一点に詰め込むのがまずかったのだ。
催眠の仕組みは勉強した。
更に言えば、今置いているこの像は、その起点となりうる。しかし、オールインワンの道具にするには、向いていないかも知れない。
ぺこりと師匠に一礼。
アストリッドは小さくあくびをすると、自室に引き上げていった。最近師匠の部屋からは死臭みたいな変な香りがするのだけれど。それを追求する勇気は、流石にロロナにはなかった。
しばらく考えた後、リオネラの所に行く。
ヒントが固まりつつある。
広場で、リオネラは人形劇を行っていた。
あの包囲された事件からしばらく引きこもっていたリオネラだけれども、最近はようやく広場でまた人形劇を行ってくれるようになった。
時々ロロナも、気分転換に見に行くのだが。
今日は少し目的が違う。
クーデリアと広場で会ったので、少し催眠について話をする。オールインワン型の道具にしないとロロナが言うと、クーデリアは頷いてくれた。
「良いアイデアじゃない」
「ありがとー! それで、どんな風にしようか、今悩んでるの」
「そうねえ。 外付けで何か装置を付けられるのなら、大がかりなものがいいのだけれど、流石に部屋を丸ごと改装とかになると、時間が足りないわね」
その通りだ。
其処で悩んでいる。
リオネラがヒラヒラと舞ながら、アラーニャとホロホロがその左右で飛び回っている。見ているとおじさま方はリオネラのお胸やおへそばかり見ているけれど、子供達はぬいぐるみに夢中だ。
何だか、人によって見ているものが違うのだと、一目で分かってしまう。
逆に言えば。
そうか、そういう手があったか。
劇が終わって、リオネラがおひねりを集め始める。この時も、礼をしているぬいぐるみ達に子供は夢中だけれど。
きわどい格好をしているリオネラに夢中になっているのは、やはりおじさま達だ。
たとえば、リオネラが、もの凄く地味な格好をしていて、或いは何処かに隠れていて。ぬいぐるみ達だけが踊っていたら、どうなるだろう。
それはそれでお客さんは来るだろう。
ただし、客層は限られるはずだ。ぬいぐるみよりも女の子の体に興味津々な人達を集めるための戦略が、リオネラの服装だとすれば。
催眠という限定された状況においては、逆の手が採れるかも知れない。
クーデリアに、順を追って説明していく。
ロロナは絵が得意だから、これはむしろ天の助け。
おひねりを拾い終わったリオネラに手を振って、呼ぶ。彼女も催眠については知識があるはずだ。
話をしてみると、しばらく視線をさまよわせた後に、小声で言う。
クーデリアのことが怖いのかも知れない。
「う、うん。 でき、ると、思う」
「そっかあ! ありがとう、りおちゃん!」
「うん。 や、やくにた、てて、嬉しい」
声が震えているし、まだロロナの事はあまり見てくれないけれど。
リオネラは、少しずつ、ロロナの言葉に応えてくれるようになりはじめている。それだけで、ロロナは嬉しかった。
早速、アトリエに戻って、作業に取りかかる。
動力については、ネジか何かでいいだろう。更に言えば、像に火を灯す方式が、思わぬ方向からだが、意味を持ってくる。
動力のネジについて動作を確認。
その後、ネジに棒を接続。ネジさえまいておけば、自動で動くようにする。
少し値段は張るけれど、これくらいは仕方が無い。それに、悩んでいる間の作業で、国から依頼されている道具類を幾らか作って納品している。どうにかだけれど、お金はある。
地面に固定した土台から伸びている棒が、自動で廻るようになるのを確認。
「もう一つネジを組み合わせると、更に長く回せるわよ」
「うーん、どうしよう」
「悩むくらいなら、まずは、完成させてみましょうか」
「そうだね!」
クーデリアの言うように、まずは長いゼッテルを用意した。
もうゼッテルはかなりの量を作ってきた。納品する以外にも使い道があるので、素材が余ったらゼッテルを作っていることも多いのだ。
魔力を強くしみこませたゼッテルは、色々と応用できる。
今回も、ロロナは敢えて薄く作ったゼッテルに、絵を描いていく。かなり手間暇が掛かる作業だけれど、二日もあれば充分だろう。
更にその間、図面を書いて、クーデリアにもう一つの装置を組んでもらった。基礎部分はとなりのおやじさんの所に持ち込んで、そちらでやって貰う。勿論お金は払っての作業だから、完成度は申し分ない。
徹夜になりそうだったけれど。
クーデリアは、残ってくれた。
ロロナがここのところ、先が見えない苦闘を続けていたことを、知っているからだろうか。
途中、蜂蜜入りのミルクを入れてくれたので、一緒に飲む。
「いつか、りおちゃんも、一緒にこんな風にお仕事をしたいね」
「あの料理小僧は?」
「ええー? イクセ君は男の子だし……」
クーデリアが微妙な顔をしたけれど。理由は良くロロナには分からなかった。
少し休憩を入れて、夜半から作業を再開する。
獣の像に関しては、もう手を入れずにも問題が無い。というよりも、薬剤さえ補充すれば、半永久的に使える。
先ほど作った棒に、ゼッテルを組み合わせた。ネジがついている可動部分に前端を、後端をもう一本の棒に。
そして、ネジを巻いて、動かしてみる。
長く長く綴ったゼッテルの後端には紐を結びつけ、最終的にはそれがほどけて落ちるようにする。
そうしないと、ネジが巻ききったときに、ゼッテルが破けてしまうからだ。ただし、ネジの調整が終わったら、しっかりゼッテルの後端は、棒とくっつける。
像に火を入れて、ネジを巻いて。
調整。
更に調整。
二日が過ぎた。二人でお風呂に行った後、調整を更に繰り返す。やはりネジについても、燃焼速度についても検証がいる。絵についても、もっと書かなければならないと、ロロナは思い知らされる。
途中で顔料を追加。ゼッテルも。
長い長いゼッテルを、調合して作る。
目的が見えると、作業はこうも早くなるのか。方向性が与えられると、ロロナはこうも動けるのか。
途中で、何度かサンライズ食堂に行って、食事を仕入れてくる。目の下に隈ができているとイクセルに言われて、慌てて顔も洗った。
少しずつ、目標に向けて、動いていく。
実験。
失敗。
一度では、上手く行かない。ネジが上手く動いてくれない事もある。調整を続ける。像の火が燃え移ってしまっては大変だ。だから、安全対策も、しっかりしなければならない。微調整。そして実験。
上手く行く。
初めての成功。歓喜の声を上げるには、まだ早い。二度目の同じ実験では、上手く行かなかった。
メモを取りながら、失敗点を確認して、確実に詰めていく。
最終実験を開始したのは、期限の七日前。
既に、ギリギリのタイミングだった。それが終わったとき、ロロナは床に崩れるように倒れ伏してしまった。
クーデリアも、何度か家に帰ってはいたけれど、ずっと作業につきあってくれていたも同じだ。
いつの間にか、二人で並んで、ベッドで寝ていた。
師匠が珍しく、気を利かせてくれたのだろうか。
分からない。
分かっている事は。これから、納品できる。それだけだ。
身を起こすと、もの凄くだるかった。マニュアルはどうにか仕上げてあるが、今回はとにかく大がかりでなおかつ特殊な道具だ。納品して、現地で実証をしてみせる必要もある。
井戸水を飲んで目を覚ますと。
ロロナは頬を叩いて、荷車に獣の像と、周辺の道具一式を積む。
外に出ると、おひさまがとてもまぶしかった。
受付で待っていると、エスティが来た。
さっそく、実験をして欲しいと言うのだ。
今回、実験を求められる可能性が高いと判断したロロナは、「獣の像」を十個ほど用意してきた。
ネジと棒とゼッテルを利用した基幹装置については一つしか備えが無いが、獣の像じたいは量産が可能な程度のものなのだ。
「随分と大がかりな装置になったわね」
「はい。 本当は獣の像だけで済ませようと思ったのですけど、魔術を利用しない場合、オールインワン型にするのは無理でした」
「錬金術も、万能ではないのね」
「その代わり、誰にでも使えます」
手順さえ分かっていれば、だけれど。
実際ロロナも、いろいろな先人の知恵と、専門家の話を聞きながら、やっとの事で仕上げることが出来たのだ。
師匠だったら、簡単だっただろうに。
或いは、オールインワン型に仕上げることも出来たかも知れない。
だけれど、あの人は一度嫌だというと、絶対にてこでも動かない。今更、この過酷な課題に、ロロナの代わりに取り組んでくれたりはしないだろう。
まず、マニュアルをエスティに説明する。
必要とするのは、密閉された部屋。
窓がある場合は、カーテンで暗くするのが望ましい。
適当な部屋があると言うので、案内してもらう。確かに入ってみると、少し埃っぽいが、丁度良い大きさだ。
エスティにも手伝ってもらって、一連の設備を設置する。
まず机を置いて、椅子も。
机の上に、獣の像。そして、机と椅子の間に、棒を二本立てる。この棒は、ゼッテルをスクロールのように巻き付けてあるのだけれど。少しだけ巻ほぐして、丁度二歩分くらいの間を取る。
幻覚を見せたい人を、椅子に座らせる。
そして、獣の像の、ろうそくのように固形化した薬剤から伸びている芯に火を付ける。
その後は、ゆっくりネジを巻いて、かちりと音がしたところで止めて、離す。
後は、ネジが周りはじめて、ゼッテルを巻き取りはじめる。
ロロナは部屋を出る。
エスティは相当な使い手だと聞いているけれど、これはおそらく通じるはずだ。部屋の外で待つ。
ただし、上手く行かなかったら、後がない。
ティファナや隣の親父さん、イクセルやリオネラにも、実験には立ち会ってもらったのだ。きっと上手く行く。
どきどきしながら、部屋の外で結果を待つ。
しばらく、外で、不安に包まれながら、ロロナは待ち続けた。
かなりの力業ですが。
これが任意で幻覚を見せる方法だったりします。
ちなみに人間に実施をしてはいけません。訓練を受けたアーランド人だから大丈夫なのです。