暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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4、幽霊

ハロルド村の宿で、ロロナはクーデリアの側に座って、傷の状態を確認していた。

 

宿に泊まって、二日目。

 

小さな村でもあるし、回復の術者がいるか不安だったのだが。一応、年老いた女性の魔術師がいた。彼女はロロナよりもずっと魔術が出来る人であったから、幸運だった。荷車に積んであった薬を傷口に塗り、彼女の魔術をかけ続けて。みるみるクーデリアの傷は回復していった。

 

もう、歩いても大丈夫だろう。

 

ロロナはそう判断。

 

ただ、念のため、もう一日休むことにする。

 

思わぬ出費はあったけれど。今回は、カタコンベの中枢システムが分かったとかで、ステルクが国から報奨金が出るよう掛け合ってくれるという。

 

つまり、損得はといといで済みそうだった。

 

リオネラが、綺麗に洗濯したシーツを持って戻ってくる。

 

けが人を寝かせる場合は、流石に清潔なリネン類を用いる。ロロナもリオネラも、ここ二日はお洗濯ばかりしているような気がする。

 

盗賊のおじさんは、アーランドに戻ってから、ステルクが連れて行くことになった。

 

尋問した後、恐らくは工場で働いてもらう事になるだろう。ステルクはそう言っていた。話を聞く限り、犯した罪は密漁くらいだ。それならば、多分死刑になる事もないだろう。行く当てもないようだし、工場で働いて、アーランドの労働者になってしまえば。そのうち、おうちも持てるかも知れない。

 

「随分、時間をロスしたわね……」

 

「良いんだよ。 予定以上の収穫はあったんだから」

 

それに、どのみち、耐久糧食については見当もつかなかったのだ。

 

ペンデロークについても、帰り道に採取できた。

 

骨の山の中で鈍く光っているのを見つけたのだ。幾つかの欠片を拾ったけれど、何だか不気味な色合いの石で、あまり直接手で持ちたくはなかった。

 

「くーちゃん、おなかの状態は大丈夫?」

 

「もう痛みもないわ。 それよりあの汚い熊のぬいぐるみは何よ」

 

「分からないけれど……もらったから」

 

「捨てた方が良いんじゃないの?」

 

クーデリアはそう言うけれど。

 

カタコンベの最深部で、遺跡は大事そうに宝石と、あのぬいぐるみを守っていたのだ。それをどういうわけか、ロロナにくれた。

 

持って帰ってみて、それから判断した方が良い。

 

大丈夫。

 

まだ、時間は残っている。それに今回、貴重な素材も、たくさん入手することが出来た。カタコンベに山とあった骨も、幾らかサンプルとして持ち帰っている。何かの材料として、使えるかも知れない。

 

ステルクが戻ってきた。

 

クーデリアを診察してくれるので、そのまま対応を任せる。傷口を触診して、ステルクは頷いた。

 

「うむ、完治とまではいかないが、もう歩く分には問題ないだろう。 大した回復力だ」

 

「ステルクさん、あの盗賊のおじさんは」

 

「裁判を受けた後、恐らくは工場で働くことになるだろう。 大丈夫、盗賊を続けるよりも、ずっと安定した生活と収入を得られるはずだ」

 

そう聞くと、ようやく安心できる。

 

かゆを作って、クーデリアに食べさせる。半身を起こすと、一人で食べ始めるクーデリア。最初は食べさせてあげると言ったのだけれど。顔をどうしてか真っ赤にして、恥ずかしいから嫌だとか応えられた。

 

黙々とかゆを食べるクーデリア。

 

食べ終えた後、複雑な面持ちになった。

 

「あんた、料理上手くなった? 前はパイくらいしか、まともに食べられるもの作れなかったのに」

 

「え、そうかな」

 

「錬金術を本格的にやり出して、味付けや調理のこつが分かってきたのかもね」

 

ふと、リオネラが、視線をそらして。

 

部屋の隅にあるぬいぐるみを、じっと見た。これは荷車に積まずに、直接持ってきていたのだ。カタコンベがどういう意図かは分からないけれどロロナに直接渡してくれたのだし、粗末に扱っては失礼だと思ったからである。

 

リオネラは、少しの間だけ、ぬいぐるみを見ていたけれど。

 

だが、すぐに此方に視線を戻す。

 

その時は、ロロナには。リオネラの行動の意味が、分からなかった。

 

 

 

アーランド王都に戻って、城門で解散とする。

 

リオネラは人がたくさんいるところは嫌だと言って、例の宿に戻っていった。少しずつ、思っている事を口に出来るようになっているので、それは好ましい。もう少し、一緒にいたかったけれど。

 

ただ、今回は、リオネラの人となりを少しずつ理解する事も出来た気がする。それだけで充分だし、また護衛には来てくれるという話だったので、嬉しかった。リオネラの自動防御は、磨き抜けばもっと強くなると思うし。それでいい。

 

帰り道は特にモンスターに遭遇する事もなかった。だから、カタコンベを出てからは、平和な旅だった。

 

クーデリアを屋敷まで送った後は、盗賊のおじさんを連れて行った後、戻ってきたステルクに手伝ってもらって、採集してきた素材をコンテナに。

 

その後、調書を書かされた。

 

今回のカタコンベの件で、重要なことが幾つか発覚したからだ。偶然とは言え、カタコンベの中枢や、触れてはいけない部屋についても分かった。今までは戦士を常駐させていなかった場所だが。今後は、立ち入り禁止の措置を執るかも知れない、という話だった。

 

中で人が死んだのだ。

 

処置としては、当然だろう。

 

内側からはじけ飛んでしまった盗賊の人達の亡骸は、今でも鮮明に思い出せるくらいだ。

 

調書を書き終えると、ようやくロロナは一人になった。

 

師匠も部屋に閉じこもっていて、ロロナが戻ってきたときにステルクと話していたくらいで、その後はだんまりである。

 

調書の書き方を、ステルクに教えてもらう。

 

基本の書類と書式が準備されていたので、後は早い、という事だったけれど。油断すると、すぐに擬音を書いてしまいそうになるので、ステルクに何度か怒られた。二回失敗した後、ゼッテルに下書きして、それから本番の書類を書くことになった。

 

ステルクの機嫌が、どんどん悪くなっていくのが分かって怖かったけれど。多分、それは、ぐずなロロナが悪いので、何も言えなかった。

 

どうにか書類を書き上げる。

 

しばらく隅から隅まで見ていたステルクが、ようやく合格を出してくれた。

 

「アストリッドも書類仕事が嫌いだったが、君もだな」

 

「え? 師匠は何でも出来るイメージがあるんですけど」

 

「出来るとも。 彼奴はこういう作業をとにかく面倒くさがってな。 若い頃から色々問題を起こしてはいたが、始末書を書かせるのに一苦労だった」

 

ステルクは苦笑いすると。少し休んでから作業に取りかかった方が良いとアドバイスをくれて、それからアトリエを出て行った。

 

アドバイス通り、一眠りする。

 

疲れが取れた頃には、昼を廻っていた。師匠も流石に、食事時には部屋から出てくる。適当に食事を済ませてから、研究に戻る事にする。

 

さて、此処からどうするか。

 

ペンデロークをせっかく入手できたのだから、其処から調べていくのが良いだろう。

 

参考書をひもとくが、流石に難しい技術がかなり載っている。

 

数時間調べて見て、不意に目がとまった。

 

ネクタルと呼ばれる液体について、記述があったのだ。

 

「ええと……」

 

読み進めてみる。

 

以下のように、記述は進められていた。

 

「ネクタルとは、太古の時代、神の飲み物として伝説が残っていた液体である。 不老不死を実現する飲み物だ。 これを飲んでいるため、神は不死なのである」

 

つまり、人の領域を超えることが出来る飲み物、と言うことになる。

 

もの凄い記述に、ロロナは吃驚してしまった。

 

そんな事が出来るのか。

 

だが、もう少し読み進めてみると、そう都合が良い話ではない事が分かってくる。

 

「残念ながら、これを完全に錬金術で再現することは出来ていない。 究極の回復薬であるエリキシル剤でさえ、此処までの効果を発揮することはない。 しかしながら、ネクタルの神秘的な力の一部を、再現することは出来た。 不死ではないが、強い癒やしの効果を持つ、更に放置すればするほど強い回復の力を備えるようになる液体である」

 

それは凄いと思ったのだが。放置する期間が長すぎる上に、効果は本当に微々たる足取りで上昇していくようなのだ。

 

これでは、余程の量を作らなければ、実用には耐えられないだろう。

 

それに、レシピを見てみたが、かなり難しい。

 

ただ、妙なことも分かってくる。

 

参考書に記述もされているのだが。どうやらあのカタコンベで採取できた素材で、全てがまかなえるようなのである。

 

これは、どういうことだろう。

 

他にネクタルはないか。参考書を調べていって見る。

 

研究資料があった。10年ほどを掛けて、ネクタルについて調べている。七代前の錬金術師が、長い時間を費やして、徹底的に研究した価値のある資料だ。師匠もこれくらい、真面目に調査をしてくれればと、読んでいて、ロロナも思ってしまった。

 

「カタコンベの深部にて、ネクタルが生成されているのを発見。 しかも、生成されているネクタルは、意図的に地下へとしみこまされている。 しかも、しみこませている現場は、カタコンベの遺跡防衛システムが厳重に管理している」

 

「えっ……」

 

思わず、声を上げてしまう。

 

これは近々、現場を確認しなければならないかもしれない。いや、もうだいぶ時間をロスしているのだ。これ以上のロスは避けたい。確固たる核心を突く事が出来てから、だろう。

 

「成分を解析して、カタコンベで生成されているほどではないにしても、ネクタルを再現することは出来た。 これは万能の医療薬として活躍する可能性を秘めている。 ただし、現時点では錬金術で生成したネクタルの効果は神話に比べると微弱で、不老不死は無理だろう」

 

ふと、思いついた事がある。

 

まずは、ネクタルを生成してみることからだ。

 

このレポートを確認したけれど、生成自体は、さほど難しくない。どうにか今のロロナでも出来る。

 

問題はそこからなのだけれど。

 

まあ、まずはとにもかくにも、作って見ることだ。

 

レシピはそのまま活用できそうなので、コンテナに潜って素材を確認。とりあえず、充分な材料は揃っている。

 

流石に夜も遅いので、これからの作業は避けたい。

 

小さくあくびをしたとき。

 

ロロナは、もう一つ、あくびの声を聞いた。

 

師匠かな。

 

流石に鉄人である師匠でも、あくびくらいはするだろう。眠くもなってきたし、そのまま寝室に向かおうとして。

 

足が、地面に釘で縫い付けられたように止まった。

 

ロロナは感覚には自信がある。

 

耳だって良い。

 

今の声は。

 

明らかに、聞いたことがない人のものだ。しかも、明らかに、このアトリエの中。それも、今いる、調合を行う部屋の中から聞こえた。

 

全身が、総毛立つ。

 

震えながら、それでも、ゆっくり、振り返ってしまう。

 

その時、ロロナは。どうして師匠に助けを求めなかったのか、後悔していた。

 

紫色の人影が、浮かんでいたのだ。

 

それも、熊のぬいぐるみから、染み出すようにして。

 

その人影は、どうやらロロナより少し年上の女性のようだった。薄紫色のウェーブが掛かった長い髪。おっとりした様子の表情。フリフリのロングドレス。

 

足は、ない。

 

ドレスに隠れている、という事はないはずだ。どう見ても、足が見えるべき位置に、見当たらない。

 

心臓が、胸郭の中で、猛獣に襲われたこいぬのように跳ね回っている。

 

眠たそうにしている「彼女」の肌は血色が悪い。

 

何より、こんなもの。幻覚ではありえない。何しろ彼女は、もう一度、あくびをして。眠たそうに、ロロナをはっきり見たからだ。

 

「ふぁああああ。 あれえ? ここ、どこ……?」

 

しかも。

 

突っ立ったまま、蛇ににらまれた蛙のように動けなくなっているロロナの前に。一瞬で、彼女は移動してきた。

 

じっと顔を覗き込んでくる。

 

「だれえ?」

 

「ひ……」

 

次の瞬間。

 

ロロナの理性は、消し飛んだ。

 

 

 

もの凄い悲鳴が上がったので、流石に作業中のアストリッドも驚いた。手を洗って血を落とすと、隣の部屋に。

 

なんと。

 

其処には、驚きの光景が広がっていた。

 

腰を抜かしたロロナが、部屋の隅まで這って逃げながら、大泣きしている。

 

空中に浮かんでいるのは、やたら鈍そうな女。アストリッドの好みより、少し年を取ってしまっているか。

 

「いやーっ! 食べないで! 殺さないで!」

 

ロロナが涙を流しながら、必死に懇願しているけれど。

 

懇願されている方は、明らかに自分が何故そんなに怖がられているか、全く分かっていない。

 

可愛らしく小首をかしげている様子は。

 

あまり知性を感じさせる動作ではなかった。

 

「ふむ、幽霊か。 しかもこれほど霊体がはっきり見える相手は、はじめて見た」

 

「な、ななな、なに冷静に分析しているんですか、師匠っ! た、た、たすけて!」

 

「落ち着け。 どうみても、害がある存在ではなかろう」

 

「そうよー、もう。 食べるなんて失礼な」

 

ロロナは完全に腰を抜かしてしまっていて、立つどころか冷静に判断も出来ないようなので、嘆息してからアストリッドが話を聞いてみる。

 

おっとりした雰囲気の幽霊は、いずれにしても悪意とは無縁に見えた。この様子なら、アトリエにとりつかれても、問題は起きないだろう。

 

「私もあまり幽霊を見た事はないのだがな。 名前は」

 

「私? ええと……。 そうそう、パメラ=イービスよ」

 

「そうか、ではパメラ。 どうして幽霊になったのか、覚えているか?」

 

「……分からない」

 

まあ、そうだろう。

 

そもそもアストリッドも、幽霊はあまり見たことが無いのだ。オルトガラクセンの深部で、旧時代の幽霊に遭遇したことはあるけれど。会話が成立しない事が殆どだった。ちらりと見るが。

 

ぬいぐるみに掛かっている液体は。

 

なるほど、そういうことか。それで、未だに強烈な自我を保っている、というわけだ。

 

カタコンベに行かせたのは正解だった様子だ。クーデリアが死にかけたのは、単なる事故。まあ、ロロナのためなら死んでも良いと思っているようだし、死んだところで本望だろう。

 

「とりついていた媒体は、そのぬいぐるみか」

 

「そうみたいね。 でもどうしてかしら。 この光景、何だかなじみがあるように思えるのだけれど」

 

「さては貴殿、元は錬金術師か」

 

「……分からないわ。 でも、錬金術というよりは、むしろ」

 

その後パメラが口にした言葉を聞いて、なるほどと思った。

 

このぬいぐるみを得た経緯については、聞いている。

 

既にカタコンベについては、アストリッドはその正体に仮説を立てていた。その仮説はだいたいほぼ確実に的を得ているだろうとも思っていた。今、パメラが口にした単語で、確信が持てた。

 

「ロロナ、その幽霊をこのアトリエにしばらく置いてやれ」

 

「ええっ!?」

 

「あら、此処に置いてくれるの?」

 

「師匠……」

 

ロロナに、まるで捨てられそうな子犬のような目で見られたが、今回ばかりは仕方が無い。

 

パメラはにこにこしている。

 

ロロナに嫌われ、怖れられたことなど、まるで気にしていないようだった。

 

 

 

翌朝。

 

悪夢の一夜の後。ロロナは、きっとあれは幻覚だったに違いないと思ってアトリエに出たのだが。

 

いきなり天井からつり下がってきたパメラに、目隠しをされて。

 

もう、悲鳴を出す余力も残っていない事に気付いたのだった。

 

「あら? 泣かないの?」

 

「おはようございます、パメラさん」

 

「他人行儀ねえ。 パメラでいいわよ」

 

げっそりしきったロロナ。目隠しをされたところが、妙に冷たかったところが、もう悲しいを通り越して、死にたくなるほどだった。現実が、嫌と言うほど其処に示されている。

 

幽霊はいる。

 

その上、アトリエに住み着いてしまった。

 

ロロナが幽霊や、それに類する話を苦手としているのは、師匠だって知っている筈なのに。

 

どうしてこんな悲しい嫌がらせをするのだろう。

 

いや、それを言うならカタコンベだ。あのぬいぐるみにパメラがとりついていたのは明らか。どうして、ロロナの所に、パメラを押しつけたのだろう。まさか、カタコンベでも手に負えないほど、暴れていたのではあるまいな。

 

いや、それはないだろう。師匠があれから教えてくれたのだけれど、カタコンベの幽霊話は、殆どが創作や都市伝説ということだ。それならば、どうして実際の幽霊がいたのか。

 

とにかく、分からない事だらけ。

 

怖くて、パメラが見られない。

 

朝ご飯を作る。

 

パメラは見ているだけで良いと言ったのだけれど。やがて、とんでも無い事を言い出すのだった。

 

「ねえねえロロナ、とりついても良いかしら」

 

その場で、包丁を取り落としそうになった。

 

長い時間を掛けて、唾を飲み込む。

 

見るだけでも怖くて膝が震えそうなのに。とりつかれるなんてことになったら、何が起きるか。

 

幽霊が実在していたと言うだけでも、もうこのアトリエを飛び出して、穴でも掘って、その中に隠れて過ごしたいくらいなのだ。

 

がたがた震えながら、それでも料理を作る。

 

「やーねえ。 冗談よ」

 

パメラはすっかりロロナの扱い方を理解しているようで、けらけら楽しく笑っていた。この現実を、どうにかしたい。

 

ロロナだって分かっている。

 

パメラは明らかに元人間。幽霊になってしまっているからと言って、あまり失礼な態度は取れない。

 

ただ、幽霊と言うだけで、怖くて仕方が無いのだ。

 

朝食を並べる。

 

師匠は都合良く出来た頃になって部屋から出てくる。

 

パメラと何か難しい話を始める師匠。専門用語が飛び交っていて、ロロナには全く理解できない。

 

でも、それでいい。

 

何しろ、パメラの興味が、ロロナには向いていないからだ。

 

鏡で自分を見たら、さぞや真っ青なのだろうとおもう。せっかく作ったパイも、全く味がしない。

 

塩を掛ける。

 

何度も何度も。

 

食べてみても、やはり味がしない。

 

「ロロナ、そんなに塩を掛けると、体に悪いぞ」

 

「大丈夫ですよ、師匠。 味、しませんから」

 

「そうかそうか」

 

「本当かどうか、確かめてみようかしら」

 

いきなりパメラに顔を覗き込まれたので、泣きそうになる。もう許して欲しい。

 

幸い、作業の際には口を出してこないし、勉強していても横やりは入れてこない。それだけが、救いか。

 

何もかも、忘れてしまいたい。

 

とにかく。今は、

 

思い当たった可能性を試してみることだ。

 

ネクタルを生成する。

 

それに、全力を注ぎたい。

 

耐久糧食の作成は。かなり早く実現できるかも知れない。

 

そして、いずれは。

 

パメラにも、普通に接することが出来るようになりたい。

 

 

 

 

 

クーデリアは、腹の傷を触る。跡も残らず治るだろうと、医師には太鼓判を押されたけれど。

 

それでも、やはり口惜しい。

 

一瞬早く反応できていれば、ロロナをあんなに泣かせることはなかったのに。

 

勿論、自分だって、傷つかずに済んだ。それどころか、ロロナにかなり危ない橋を渡らせることになってしまった。

 

会議で、案の定つるし上げを食らった。

 

一番、クーデリアに罵声を浴びせたのは、父だった。

 

この間、兄をたたきのめしたことが、余程かんに障ったらしい。この役立たずとどなる父だったが。

 

その時、フォローを入れたのは。冷血人間だとクーデリアが思っていた、ステルクだった。

 

「彼女は護衛として、身を張ってロロナ君を守りましたよ。 父である貴方はその場にもいなかったし、そのような事を口にする資格はありますまい。 更に言えば、いつも虐待寸前の訓練を彼女に課していることも調べがついています」

 

「なに、を……」

 

「くだらぬ事をあまり言わぬようにな、フォイエルバッハ。 事実、今の時点では、何度も彼女がロロナくんを救っている事に間違いはないのだ」

 

王も、フォローを入れてくれる。

 

押し黙った父は。

 

案の定だが、それ以降、家ではクーデリアを無視するようになった。以前は虐待まがいの扱いだったが。それ以降は、空気だ。

 

今のところ、国から金は支給されている。だから食事には困らない。

 

ただ、自室は、以前より更に寒くなった。そんな気がした。

 

ロロナの所に行こうと思って、部屋を出る。

 

途中、兄弟達とすれ違ったが、互いに無視した。クーデリアがこの間ラーベルトを破ったことは、彼らも知っている筈だ。

 

次は自分の番だと、戦々恐々としているのかもしれない。

 

外に出ると、アルフレッドが待っていた。

 

エージェント達は、あまり表立ってではないが、クーデリアにそこそこ良くしてくれる。訓練につきあってくれるだけで、クーデリアには充分だ。

 

今は、もっともっと強くなりたいからである。

 

「この間は、ご活躍だったようですな」

 

「いいえ。 もう少し早く動いていたら、ロロナを泣かせることもなかったわ」

 

「貴方は、出来る範囲での最高の行動を取ることが出来た。 それなら、何も恥じることはありますまい」

 

老エージェントが、訓練用の銃を取るように言った。

 

今年中に、半人前を脱出させる。

 

そう言われて、クーデリアは頷く。

 

ロロナも、かなり難しい調合が出来るようになってきているのだ。それをクーデリアが補助できずに、なんとするか。

 

まだ腹の傷が癒えてはいないけれど、多少の訓練なら問題は無い。サイドステップを繰り返しながら、銃撃を浴びせかけるが。どれだけフェイントを入れても、全てはじき返されてしまう。

 

それに、間合いに入ってくる際の足捌き。

 

どうしても、真似できない。

 

何度も突かれ、叩き潰され、吹っ飛ばされ。

 

その度に受け身を取ってガードをするが。全身が酷く痛む。だが、まだまだだ。

 

夕刻まで激しく訓練をした後、一度休憩とする。

 

大きな手で、アルフレッドがサンドイッチを差し出してきた。

 

「カレンが作ってくれました。 どうぞ」

 

「え? カレンが……」

 

「あまり大きな声は出さずに」

 

カレンは、フォイエルバッハに仕える使用人の一人。クーデリアとあまり年が変わらないこともあって、幼い頃は仲良くしていたのだが。ある時期から、クーデリアを避けるようになった。

 

裏切られたと思って、随分恨んだ。

 

アルフレッドの孫娘であるカレンは、確か魔術師で、あまり戦闘には長けていない。今では使用人と言うよりも、魔術で様々な家事を補助するための、技術者として働いているのだ。

 

「あの子がどうして」

 

「貴方に良くすると、首になるおそれがあったからです。 私が貴方と距離を取るように、指示していました」

 

「……っ」

 

アルフレッドは古参のエージェントとして、フォイエルバッハの重鎮としての地位がある。しかし、カレンは違う。

 

この職場を離れた場合、次の仕事があるかは分からない。

 

特にこういった有力な家を離れた後、「覚えが悪い」行動をしていると、そのものを雇わないようにと周囲に書状が出ることがある。

 

これを「奉公構」という。奉公構を出されてしまうと、アーランドで仕事を見つけることは、絶望的な状態になる。

 

「申し訳ありません。 今まで、話す事ができませんでして」

 

「どうして……あたしはそんなに嫌われるのよ」

 

「お嬢。 既に成人した貴方には、いずれお話しいたします。 機会をお待ちください」

 

食事を終えると、再び訓練をはじめる。

 

星が見え始める頃には、今日の訓練は終わった。

 

相変わらず、一回も当てることが出来ていない。ただし、以前よりも、被弾の確率そのものは減った。

 

立ち回りについて、教わっているからだ。

 

それに、一瞬の集中についても、少しずつ使えるようになってきた。これならば、いずれは、更に早く判断し、動けるようにもなるだろう。

 

自室に戻ると、ロロナにもらった薬を傷口に塗る。

 

まだ、傷は治りきっていない。

 

十四才は、既にアーランドの戦士階級では、大人と見なされる年だ。独立する事を、考えるべきなのかも知れない。

 

国からプロジェクトの給金は出ている。

 

つつましく暮らすだけなら、どうにかなる。ただ、今は、恥を掻いたとしても、強くなる路を選びたいのだ。

 

ベッドで膝を抱えて、クーデリアはうつむく。

 

こんな屋敷は早く出たい。

 

だが、アルフレッドは、どうして真相を後で話す、などと言ったのか。

 

分からない。一人前になる事が、最初か。

 

とにかく、今はどのような事からも、ロロナを守る。それだけが、クーデリアの全てだ。それ以外はどうでもいい。

 

そのどうでも良いことには、己の命も含まれている。

 

涙を拭うと、クーデリアは横になった。

 

明日はロロナの所に行って、作業の進捗を確認しよう。ここ一年で、ロロナは急激に腕を上げてきている。

 

きっと今回の無理難題も、突破できるはず。

 

そうだと、思い知らされる。

 

ロロナはクーデリアの予想をはるかに凌ぐ速度で成長している。クーデリアが悩んでいるうちに、どんどん難しい錬金術も成功させている。実際、この間の課題の成果は素晴らしかったではないか。

 

信じよう。

 

クーデリアは、そう決めた。

 

そのためには、まず自分の腕を上げることだ。こんな無様な傷を受けているようでは、話にならない。

 

寝るのは止めだ。少し、修練をしておきたい。

 

外に出る。

 

月が出ていて、エージェント達も寝静まっている。まずは歩法の見直しから。集中についても、技術を吟味する必要がある。

 

ロロナは魔術師で、直接戦闘には向いていない。それならば、クーデリアが補っていけば良い。

 

呼吸を整える。

 

既にエージェント達に身体能力は並んでいるという話なら。後は、体をしっかり使いこなせれば、半人前は脱出できる。

 

まずは、一人前になって。

 

全ては、それからだ。

 

それから二刻ほど、クーデリアは自分の腕を磨くべく、修練を続けたのだった。

 

月だけが、その姿を見ていた。

 

 

 

(続)







ロロナさんはリアル幽霊(変な言葉ですが)を見て震え上がってしまいますが、まあそれが普通の反応かも知れないですよね。

幽霊が駄目なアトリエ主人公だとリディー&スールのスールとかがいますが、ロロナさんも結構な恐がりです。

そしてルナティックモードの人生を送っているくーちゃん。

ロロナのためならなんでもする覚悟を決めているくーちゃんは、機会を得て……飛翔するため、全力を尽くしています。






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