暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
奇蹟なんてものは都合良くおきません。
神様がほいほい与えてくれる訳がねえです。
ただより高いものはないなんて良く言いますが。
奇蹟には相応の代償が伴うのが普通なのです。
最初、ロロナはカタコンベの中にまで入るつもりはなかった。周辺で採集だけして、戻るつもりだった。
以前カタコンベの近くに行ったとき、比較的良質のマジックグラスが群生しているのを見たのである。近くの森にあるものよりも、かなり品質が良さそうだった。そればかりではなくて、薬草の類も、豊富に見かけられた。
だからいっそのこと、ゼッテルを作るためにも、出かけるのはありだと思っていたのだ。
そして、参考資料の記述を見る限り、ネクタルはカタコンベで生成され、しかも地面に流し込まれている。
カタコンベ周辺の自然が豊かであるのは、その影響かも知れない。事実、歴代の錬金術師達が緑化したという話もないのに。カタコンベの近辺は、美しい緑の園が広がっているのだ。
その辺りを、パメラに聞いてもみたかった。
しかし、街を出るときには、カタコンベの中までまた入ってみようと考えていた。
中に入ることに決めたのには。王宮に様子を見に行ったとき、たまたまステルクの手が空いていた、ということ。
更に、リオネラの同行も許可が取れた、ということだ。
クーデリアは酷い目にあったカタコンベへ行くことを嫌がるかと思ったのだけれど。全く嫌がる様子も無かった。
戦力は充分。
それなら、カタコンベ内部で生成しているというネクタルの様子も、見ておきたかった。
荷車を引いて、街を出る。
リオネラが、荷車を物珍しそうに見つめた。
少し前に、改造をまた施したのだ。
保存の術式を掛けたゼッテルを前から敷くようにして張っていたのだけれど。直射日光を遮り、風も防ぐように、幌状のゼッテルも準備したのだ。普段は幌を張ってはいないが、帰りは丁度荷馬車のようになる。
当然重さも相当なものになるので、ロロナも鍛えられる。
ステルクは荷車を一瞥だけした。
「そろそろ、荷車を引くための家畜がいるのではないのか」
「おうまさんとかですか?」
「馬よりも、ロバの方がいい」
ステルクの話によると、ロバは大変にタフで、馬よりも生命力に優れているのだという。荷駄に用いる場合は、ロバの方が適しているのだとか。
ただ、値段を聞いて愕然とした。
とてもではないが、買えるものではない。
更に、維持費も相当に掛かってくる。
えさ代に厩舎、それに世話をする手間。いずれも考慮すると、ロロナに手を出せるものではなかった。
馬は更にお金が掛かるというので、もっと無理だ。荷車を引いてくれるのは便利なのだけれど。
「錬金術でどうにかできないかなあ」
「ロバを作るのか」
「……」
クーデリアが微妙な顔をしたのは、どうも仲が良くない様子のホムの事を思い出したから、だろう。
ロロナはホムをかわいがっている。
できる限りの面倒は見ようと思っているし、いろいろな話もしている。今のところ、水を手で押すように手応えがないけれど。それでも、ホムが可愛いと思うことに違いがない。
ただ。ホムをかわいがっていると、クーデリアは機嫌が悪くなる。それを知ってはいるから、今後はどうにかしようと、ロロナは思っていた。
リオネラは何の話か分からないらしくて、話に加わってこない。
少しずつ人と話せるようになってきているリオネラだけれど。その分、図太さが目立つようにもなり始めていた。
それに考えて見れば、危険な採取地に行くのだ。モンスターにとって、ロバも馬もごちそうだろう。
目を離したら、あっという間に食べられてしまうかも知れない。
それでは、意味がない。
ステルクに聞いてみるが、実際に騎士団でも、危険地帯を通るときは、家畜を如何に守るかで苦慮するのだとか。
あらゆる意味で、ロロナには手が出せない。
考えつくのは、自動的に動く荷車。流石に、命を作り出す事は、まだまだロロナには出来ない。
しかし、既存の蒸気車両などを利用すれば、あるいは。
錬金術でも、動力を作り出せる可能性もある。それらの技術を組み合わせれば、更に大型の荷車を、採取地まで持ち込めるかも知れない。
やってみる価値はありそうだ。
ひょいと、荷車から顔を出したのはパメラだ。ステルクはぎょっとしたようだが、リオネラは平然としている。
「あら、貴方は私を怖がらないのね」
「この間、くまのぬいぐるみの中で眠っていた人でしょう?」
「あらあら、まあまあ!」
パメラがむぎゅっとリオネラに抱きつく。
ロロナは自分にもされたら大変だと思ったけれど。幽霊だから、抱きついてもすり抜けてしまうようだった。
「よく見ると、ロロナちゃん以上に魔力が強いのね! ステキだわ」
「おいおい。 人なつっこい幽霊のねーちゃんだなあ」
「リオネラ、友達になってもらったら?」
「うん……」
きゃっきゃっと黄色い声を上げてはしゃぐパメラや、まんざらでも無さそうなホロホロとアラーニャと裏腹に、リオネラは乗り気ではないようだった。
街道を途中で、東にそれる。
一旦ハロルド村に宿を取って、それから更に東へ。今日はカタコンベに行くこと自体ではなくて、周辺での採集がメインだ。
カタコンベの近辺には、低木が茂った森もある。
また、近くを流れている小川の水はとても澄んでいて、少し濾過すれば、そのまま飲めそうだった。
ただ、全ての川がそうではない。
ハロルド村の側にある川は、普通と同じ。この辺りの基準は、よく分からない。
リオネラにも、採取を手伝ってもらおうと、今回は思う。
既にスケッチは準備してきてある。
この間見かけた野草を、メモしておいたのだ。ロロナは特徴を抑えてスケッチするのが得意なので、一目で分かるはず。
クーデリアとリオネラに、それぞれ配る。
ステルクは見張りだ。
散って、採集開始。
今の時点では、周囲にモンスターの姿は見受けられない。遠くの空をバルチャーが飛んでいるけれど、此方には興味を見せない。
草むらに毒蛇がいたので、掴んで遠くに投げておく。
毒が活用できる蛇ではないし、噛まれて痛い思いをするのもいやだ。食べても美味しくない。
それなら、ロロナのためにも蛇のためにも、互いに距離を取った方が良いのは、自明の理だ。
近くの森よりも、採集していると、かなり品質が良い草が多いことに気付く。
これはおそらく、人の手が入っていないからか。
いや、少し違う。何というか、草そのものが、とてもみずみずしい。茎も葉も、つやつやしている感触だ。
野生の山羊がいたので、観察してみる。
アーランドの工場で飼っているものと、遜色ないほど肥えている。これは、普通ではあり得ない事だ。
ロロナだって、工場で飼っている家畜が、非常に豊かな環境にいることは、理解している。エサにしても、野生のものとは比べものにならないほど豊富に与えられているし、肉の質を上げるために適切な運動もさせられている。
山羊の場合は、昔から飼われている家畜だから、研究もされ尽くしている。
「どうしたの、ロロナ」
どっさり草を抱えたクーデリアが、荷車に入れながら聞いてくる。
ロロナが手を止めて、山羊を観察しているから、不思議に思ったのだろう。
「みて、くーちゃん。 あの山羊、すごく太ってるね。 工場で飼ってる山羊のよう」
「本当だわ。 血色も良いし、動き自体も俊敏そう」
「あら、良い所に気付いたじゃない」
パメラが、不意に逆さまになって、ロロナの顔を覗き込んできたので。心臓が止まりそうになった。
ロロナが怖がらなくなったので、パメラは不意打ち主体に切り替えてくるようになった。やっぱり不意打ちをされると、悲鳴を上げそうになる場面も多い。
けらけらわらうパメラだが、ロロナの心臓はばっくんばっくん言っている。正直泣きそうである。
「それで、謎の幽霊さんとしては、どういう見解なのかしら?」
「それは教えられないわよ-。 だって、教えたらつまらないじゃない」
「やっぱり何か知ってるんだ」
「当然です。 だって、私は」
ぴたりと、パメラが口をつぐむ。
笑顔のまま、なんだかいきなり固まったかのように。しばらくそのままにしていたが、パメラは笑顔を保ち、何処かに行ってしまった。
リオネラが、無言で草をどさどさと荷車に入れたので、我に返る。
何となく、分かってきたことがある。
「ねえ、くーちゃん。 パメラさんって、やっぱりあのカタコンベの関係者なんじゃないのかな」
「何を今更。 言動からして、旧時代の人間でしょう。 下手をすると、カタコンベを作った一人じゃないのかしら」
さらりと断言されて、やっぱりと思った。
クーデリアは聡明だ。ロロナも、クーデリアが言葉にしてくれて、やっとそうだと理解できる事も多い。
リオネラに聞いてみる。
「りおちゃん、幽霊には詳しいの?」
「えっ……? どうしたの、急に……」
「パメラさんって、凄く古い幽霊なの?」
「うん……。 きっと、あの遺跡と同じか、それ以上」
リオネラはどうしてか、幽霊に詳しい。
最初からパメラの存在に気付いていたようだし。やはり、その言葉は信用しても良いだろう。
状況証拠から言って、パメラには色々と聞いてみたいけれど。
先ほど口を滑らせ掛けてから、パメラは何処かに行ってしまって、戻ってこない。仕方が無いので、まずは手を動かしながら、カタコンベの周辺を観察することにした。
だいたい採集が終わると、汗がうっすら額に浮かんで来た。
まだ時間はある。
カタコンベに入りたい。色々と、調べておきたいことがあるのだ。
ステルクにその旨を伝えると。
少し小高いところから周囲を観察していたステルクは、咳払いした。
「危険があることは承知の上での発言だな」
「はい。 前と同じ失敗は、しません」
「よし。 前回の件で、騎士団はカタコンベを再度調査した。 幾つかの通路はそれで立ち入り禁止にしている」
具体的には、あの宝石のようなものがあった奥の通路。
現在では、魔術師が作った強力な防御結界が、路を塞いでいるという。ステルクなら無理矢理に突破することも可能だそうだが、もちろんそんな事は頼めない。
其処以外でも、遺跡を傷つけるような行為は厳禁、という事だった。
「それで、中に入って、なんとする」
「調べていると、前に此処を研究した錬金術師が、ネクタルの精製設備を見つけているみたいなんです。 それを確認したくて」
「ネクタルの精製設備……?」
「ええと、ですね」
皆に、説明をする。
その錬金術師の研究について。しばらく眉をひそめて聞いていたステルクだが、初耳だとぼやいた。
「奇跡の水を精製し、なおかつ地面に注ぎ込んでいる、だと」
「どうしてそんな事をしているのか、分からなかったんですけど。 ただ、周りを見てみると、何となく分かってきたんです。 採取した草はどれもすごく品質が良いですし、エサにしている動物たちもとても肥えています」
それに、この辺りは。
錬金術師が、緑化した形跡も無いという。
それなのに、これだけ豊かな緑があると言うのは。現在の世界では、あり得ない事なのだ。
アーランドの周辺などは、昔は一面の荒野で。わずかな緑地にしがみつくようにして、王都が作られたという話である。
歴代の錬金術師達が、緑化作業を必死に進めて。
それで、ようやく今の豊かな自然が出来た。
だからみんなその自然を慈しんでいるし、誇りにもしている。工場を作ることを推進している人手さえ、街の外に広がる広大な森を、どうこうしようと言うことだけは言わない。アーランド人にとっては、戦士の育成場所というだけではない。
森はふるさとであり、資源そのものなのだ。
そしてこの荒廃した世界では、資源がどれだけ大事なものなのかは。それこそ、子供でさえ知っている。
アーランド周辺の豊かさはともかくとして、カタコンベの周囲にあるこの豊かな緑地が、どうして着目されてこなかったかは、よく分からない。
調べて見る価値は、あると思う。
「分かった。 ただし、カタコンベは死亡事故が起きたこともあり、立ち入りが制限されている。 私が同行しても、今日の夜までが限界だろう。 後で報告書も上げてもらう事になる」
「有り難うございます、ステルクさん」
「礼はいい。 それよりも、的確に調査をして、可能な限り早く仕上げるようにしてくれ」
ステルクは、相変わらず険しい顔だったけれど。
怒っているようには、見えなかった。
カタコンベの中に入ると、パメラが姿を見せる。
大きくあくびをして、伸びをする彼女は、相変わらずのマイペースぶり。クーデリアが呆れたような視線を向ける中、一人だけ落ち着き払っていた。
「やっぱりこういう光景って、落ち着くわあ」
誰も、それには同意しない。
クーデリアは腹をかっさばかれて、危うく腸が飛び出すところだったし。ロロナは決死の思いで、盗賊のおじさんと一緒に遺跡の中枢まで潜る羽目になったのだ。
以前、酷い目にあった場所と言うこともあって、皆緊張しているのが分かった。ただ、中で人に会う。
巡回の戦士が来ているのだ。
考えて見れば当然だ。今まで放置されていた遺跡が、実は危険な場所だと言うことが分かったのである。死者まで出ている状況、放ってもおけないだろう。
戦士達はフォーマンセルで、完全な実戦装備で、巡回をしていた。
ステルクと敬礼し合った戦士が、報告をするのを横目に。通路の状態を確認。
以前より綺麗になっていた。骨も、より丁寧に脇に寄せられている。通路の真ん中は、掃除されたようで、ほこりも落ちていない。
「内部では、モンスターは確認されていない様子だ。 今のうちに、調査を済ませよう」
「分かりました。 少し、調べて見たい所があるんですけれど」
「遺跡を傷つけたり、刺激したりしないようにな」
ステルクが念を押す。
前の状態は、本当に危なかった、という事なのだろう。
以前は、足を踏み入れなかった場所に向かう。
この間読んだ参考資料で、其処に装置があると記されていたのだ。一応念のため参考資料も持ってきてあるが。
ある一点で、パメラが不意に動きを止めた。
大きな広場に出て、通路の一つに入ろうとしたときだった。
「この先にいくのぉ?」
「何かあるんですか、パメラさん」
「んー、教えられない。 しばらく私、此処で静かにしているわ」
そう言われてしまうと、仕方が無い。
通路の左右には、うずたかく骨が積まれている。クーデリアがぼやく。
「本当に辛気くさい場所ね。 あの触手が出てくるかも知れないから、気をつけなさいよ、ロロナ」
「分かってる。 りおちゃん、そろそろ自動防御、展開してくれる?」
「うん……」
あれ。
今更に気付いたが、どうも今日のリオネラは。以前来た時とは、雰囲気が違う。具体的には外にいるときと、同じような感じだ。
自動防御を展開してもらった後、地下に向かってゆっくり降っていく通路を、歩く。
周囲を警戒しながら、クーデリアは、小声で話しかけてくる。
「ロロナ、あの幽霊、どう思ってるの?」
「怖いけれど、悪い人じゃないと思ってるよ」
「まあ、悪い人じゃあないでしょうね」
ステルクが手招きした。
通路の奥で、何かが光っている。ごうんごうんと、大きな音もしていた。
工場を一度覗いたことがあるが、こんな雰囲気だ。つまり此処は、アーランドの文明の基礎となっているオルトガラクセンと同じ文明に起因する場所という事だ。しかし、どうしてなのだろう。
オルトガラクセンは、地獄のようなモンスターの住処。歴戦のアーランド戦士達でさえ、死を覚悟しなければならない場所だと聞いているのに。
此処には、モンスターは全くいない。
いるにはいるけれど。あの触手は、此方が敵意を見せなければ、何もしてこなかった。あの盗賊の死体達は、そもそも此方が危険ではないか、見極めるために送って寄越したのかも知れない。
坂が、終わる。
広い部屋に出た。
巨大なタンクがあって、パイプが床につながれている。
彼方此方が明滅しているが、どういう意味があるのかは分からない。ただ、このタンクが、機械と色々つながっていて。重要な役割を果たしているのは分かる。
「ロロナ!」
クーデリアに手招きされる。
タンクの裏側に、中をのぞける窓がついていた。早速覗き込んでみる。
驚かされたのは。
その中に、膨大な骨が入っている事だろう。間違いない。この遺跡に満ちている骨から、何かを抽出している。
タンクからつながっている太いパイプは、地下に伸びている。
ネクタル製造の過程で、あの骨を用いたけれど。此処では、更に大規模に、それをやっている、ということか。
ウィンウィンと音がした。
見ると、荷車が自動で動いている。骨を集めて来ているらしい。
この部屋からも、多数の通路が延びているようなのだけれど。覗いてみると、骨で一杯だ。
人骨ではないということだけれど。
一体何の骨なのだろう。
行き交う荷車を見ていると、別のタンクの中に、骨を注ぎ込んでいる。
見てみると、その中でまとめて洗い、様々な処置をしているらしい。覗き込もうとしたら、襟首を掴まれて、引っ張り起こされた。
振り返って見るが、クーデリアは近くを見回っている。側で自動防御をしているリオネラでもない。
見ると、床から伸びた銀色の触手が、紅い光を点滅させていた。
分からないけれど、これ以上タンクには近づかない方が良さそうだ。タンクから離れると、触手も床に引っ込む。やはりあれは警告だったのか。この遺跡は生きているし、大事な仕事をしている。
それなら、邪魔をしない範囲で調べなければ。
複雑につながっている機械類を、スケッチしておく。
後で何か分かるかも知れない。
クーデリアが手招きしてくる。
駆け寄ると、通路の一つが、更に地下に通じている。ステルクに聞いてみるが、この先も同じような機械類があるという。
早速行ってみたいけれど。
駄目だと言われてしまった。
「先ほど巡回の戦士に聞いたが、この先ではかなり多く、銀色の触手が目撃されている」
「危ないって、事ですか」
「そうだ。 此処は以前襲われた位置よりもかなり深い。 もしも触手が一斉に襲ってきたら、私だけでは君達を守りきれないだろう」
そう言われてしまうと、悔しいけど、どうしようもない。
クーデリアの顔を見るが、彼女も肩をすくめた。モンスターに襲われず、ある程度調査できただけでも、ましと思うべきなのかも知れない。
タンクの状態を観察していくと、何となく分かってくることがあった。
これは大規模な作業はしているけれど。
あの錬金術師のレポートにあった、ネクタルの作り方と、根本的には同じだ。
となると、レポートを残した錬金術師は、地下まで見に行って、機械の様子を確認していったのだろうか。
羨ましい。
それ以上は出来る事もなく。カタコンベの中の珍しい素材を集めてから、すぐに戻る事にした。
既に外は夜。
一泊だけして、アーランドに戻ることを決めると、ハロルド村に急ぐ。
今更気がついたのだけれど。カタコンベの側に、見張り用の小屋が出来ていた。数人の戦士が常駐している様子だ。
入るときに気付かなかったのは、死角に上手く配置されているから、である。
とりあえず、これで必要な情報は、得られたかも知れない。
カタコンベを出ると、パメラがまたどこからともなく、姿を現す。
幽霊だけあって、やはり彼女は、夜の方が元気なようだ。カタコンベの機械について聞いてみるが、全てはぐらかされてしまう。
そして、宿に戻ってからは。
夜中の間、ずっとパメラにいじられて、寝不足になったのだった。
此処からだ。
アトリエに戻り、コンテナに素材をしまい終えたロロナは。
できあがったネクタルを、コンテナから引っ張り出した。
どうにか、要件を満たしている様子だ。これを原液にして、今後は苗床を追加して、増やしていけば良い。
一口飲んでみる。
味そのものは、それほど良くない。ただ、体の奥底から、力がわき上がってくるかのようだ。
「マスター、どうしましたか」
「えー?」
怪訝そうにホムに見上げられて、ロロナは今更ながら、自分が極めて上機嫌になっている事に気付いた。
今までにない感覚だ。
これはひょっとして、お酒か。
一気に高揚が冷めていく。
その代わり、強烈な不快感が、胃の辺りからせり上がってきた。
体が固まらない内の飲酒は、体に害しか催さないと、聞いた頃があったからだ。幸い、まだ片付けをしてくれていたクーデリアが、すぐに気付いて、冷えた井戸水を持ってきてくれた。
大量に水を飲んで、クーデリアに手伝ってもらい、ソファに横になる。
酔い覚ましももらって、口に入れた。噂に聞く二日酔いの悪夢があるかもと思ったが。幸い、酔いそのものが、体に留まることはなかった。
ネクタルについて調べた資料によっては、そういえば。
古い時代の、神々の飲み物と書かれていたけれど。その神々は、とてもロロナでは真っ赤になってしまって口には出来ないような行いの数々をしている存在だったはず。ネクタルが、お酒であっても不思議では無いのか。
頭がしっかり動くようになった頃には、夜になっていた。
クーデリアがホムと何か話している。
内容は、良く聞き取れないけれど。これは廃棄するべきではないのかとか、それはまずいとか、そんな事を言っているようだった。
どうにか、起き出す。
コンテナの前で、クーデリアがホムと話している。ロロナを見て、二人とも視線をそらした。
「だめ……!」
「聞いてたの?」
「うん。 ネクタルがお酒になっちゃったのは分かったけれど。 でも、これがきっと、耐久糧食の核になるの」
「? 違うわよ」
クーデリアは咳払いした。
ホムも、怪訝そうに此方を見ている。
どうやら、ロロナは勘違いしていたのか。見る間に真っ赤になるロロナに、クーデリアは嘆息した。
「たかがお酒を捨てるわけないでしょう。 あんたの作るお菓子にだって、お酒が調味料で入る事があるんだから。 あたしが捨てようって提案したのは、あれよ」
「え……」
クーデリアが指さした先には。
まだ、コンテナに格納されていなかった、草の類があった。マジックグラスではなくて、主に昂精神作用のある薬草だ。
問題は、ゼッテルの包みをとったそれの根が。
うぞうぞと、蠢いていることである。
こんなに生きが良い薬草ははじめて見た。実際に動くマンドラゴラと同じレベルで、激しく蠢いているのではないのか。
いや、生きが良いとか、そう言う問題ではない気がする。
「何よそれ。 なんでそんな気味が悪いの取ってきたのよ!」
「し、しらないよ! どうしてこんなになってるの!?」
「捨てるわよ! 燃やせば動かなくなるでしょ!」
「待ってください。 これは貴重な薬草だと思います」
ホムが止めようとしていたのは、そんな理由だったか。
触ってみようとしたら、草の根が触手と同じように動いて、絡みついてくる。悲鳴を上げて手を引っ込めるロロナ。クーデリアでさえ、眉をひそめるほどだ。
「あらー。 元気な草ねえ」
いきなり地下コンテナ室の壁から上半身だけを生やして、パメラが満面の笑みを浮かべた。
ロロナが泣きそうになっていると、確実に姿を見せるのは、どういうことなのか。
とにかく、これはどうにかしないと、他の野草はどうかと思ったが。他は、このような奇妙なことに。
なっていた。
マジックグラスや他の野草まで、根がもそもそと動いているでは無いか。
背筋に寒気が走る。
自分たちは一体、何を採取していたのか。
本当に、ネクタルを飲んでも大丈夫なのか。
ぽんと、肩に手を置かれる。ひんやりとした手。いや、置かれたと錯覚しただけか。すぐ側で、満面の笑みを、パメラが浮かべていた。
「大丈夫よ。 だってロロナちゃんもクーデリアちゃんも、ずっと飲み続けているんだから」
何を。
何を言われているのか。
「本当はとっくにもう気付いているんでしょう? あの施設はネクタルの生産設備で、この地域全体に、うすーく拡散されたネクタルが、しみこんでいるの。 だからこの地域に住んでいるアーランド人はとても強いのよ。 植物も、動物たちも。 過酷な淘汰に晒された上に、神々の飲み物を得て、アーランド人は屈強の存在になったの」
そんなことは。
分かっていた。
分かっていたけれど、その意味は、理解できないでいた。
植物の根がぴんと張ると、動かなくなる。力尽きたのか。だが、一気に枯れることもなく、みずみずしいままだ。
そう、たくましい生命力に満ちた、植物たち。
いや、この地でたくましいのは。植物たちだけではない。
ネクタルは、あくまで泡立ち、澄み続けている。これは、ひょっとして。今も、ロロナ達が口に入れている水に、薄く含まれている、強さの源の原液なのか。
「貴方は……誰?」
怖くて、パメラの方を見られない。
知っていた。
この人が、どんな存在なのかは、うすうすと勘付いていた。ただの幽霊などではなく、もっと恐ろしい存在だと言うことは、分かっていた。
分からないふりを、しつづけていた。
足が震える。
周囲が見えない。
呼吸が乱れる。
心臓が、胸郭の中を跳ね回る。
クーデリアがいうまでもなく、分かっていたのだ。何故パメラが、ロロナの所に押しつけられたかは分からないけれど。
「私はねえ。 オルトガラクセンの……」
「其処までだ。 まだ早い」
手を叩く音。
気がつくと。師匠が、すぐ後ろに立っていた。
今までに無いほど、厳しい顔だった。肩をすくめると、パメラがすっと消える。へたり込む。
クーデリアに助け起こされた。クーデリアも、それまでは全く身動きできず、真っ青になっていたようだ。
パメラは、無力な女の子のように振る舞っているが、違う。あの威圧感、とんでもない。高位のモンスターや、それに類する存在に、匹敵するのではないのか。
「ネクタルは完成したようだな」
「し、師匠……」
「それは大事に取っておけ。 草の根が動くのを見て、気味が悪いと思ったか? そんな様子では駄目だ。 もっと色々見て、知識を増やして。 それから結論を出すんだ」
もう寝ろと言われて。
クーデリアと一緒に、無言でコンテナの整理をした。
既にレシピは出来ている。
でも、あの植物を見た後だと、気が進まない。本当にこのまま、耐久糧食を作り上げてしまって、かまわないのか。
大型の発破を作ったときとは、訳が違う。自分は本当に、最悪の災厄を、呼び寄せようとしているのではないのか。いや、それは違う。ロロナは今、この世のあまりにも恐ろしい闇の一端に、触ってしまったのか。
呼吸を必死に整える。
ホムが、ずっと怪訝そうに、ロロナを見上げていた。
ネクタルの秘密。
これは後々極めて重要な事につながって行きます。
覚えておいてください。
代償無き力などないのです。