暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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暗黒!アトリエシリーズでは緑化を扱う事が多いですが、原作でも植物用栄養剤が常連のアイテムであることを考えると、それほど不思議な話ではないかと思います。

まあそれはそれとして。

現実に存在する栄養剤とは、レベル違いの代物ではあるのですが。






3、緑化開始

結局、何回か試してみた後、ネクタルを栄養剤に混ぜる実験は、いきなりは上手く行かないものだと、ロロナは判断した。

 

何しろ千倍程度に希釈しても、明らかに異常な速度で植物が育つのだ。成長促進は緑化では意味を持ってくるとは思うのだけれど。それでも、あまりにも早すぎると、やはり色々とおかしな結果を招きかねない。

 

歴代の錬金術師の中には、きっといたはずだ。

 

ネクタルの能力を知っていて、栄養剤に混ぜてみた人が。

 

案の定、調べて見ると、いた。

 

五代前の錬金術師が、手記をちょっとだけ残している。この人は、かなり広大な地域を緑化した人なのだけれど。ネクタルを最初、栄養剤に混ぜることを考えたのだ。しかし、実際に混ぜてみてから、植物の様子が露骨におかしくなることに気付いて、すぐに断念したようだ。

 

研究データを、控えておく。

 

ロロナとしては、すぐにはできないにしても、このデータを生かしたいからだ。

 

とにかく、最初に求められていた栄養剤は出来た。

 

素材をかなり使ってしまったけれど。第二弾は、まず第一弾の結果を見次第、だろう。栄養剤を詰め込んだ樽を、荷馬車に載せる。

 

作業は、クーデリアにも手伝ってもらった。

 

「酷い臭いがするわね」

 

「植物にとって美味しいものって、わたしたちにとってはそうとは限らないみたいなんだよね。 肥料の中には長く寝かせた海鳥さんの糞とかもあるんだって」

 

「ふうん……」

 

「後はどうにかして、ネクタルを活用したいなあ……」

 

樽を幾つか積み込み、それから荷車を引いてアトリエを出る。

 

今日は重い荷物を積んでいると言うこともあって、いつものゼッテルカバーは外している。

 

痛むのが目に見えているからだ。

 

荷車の改良は、結局着手できていない。車軸を変えたりするだけで、全然違うと思うのだけれど。

 

いずれにしても、もう少し先だ。今回の仕事は、結果を見ながらの断続的なものとなる。あれから二回、現地に足を運んで話を聞いたのだけれど。おそらく緑化は、六回か七回に分けて実施するのだとか。

 

いずれにしても、一発で片付く問題ではない。

 

じっくりと腰を据えてやっていかなければならないだろう。

 

「ホムちゃん、お留守番をよろしくね。 後、釜を洗っておいてね」

 

「かしこまりました」

 

ぺこりと、ホムが一礼。まあ、パメラもいるし、退屈することはないだろう。

 

作業としても、栄養剤の中間生成物の作成を指示してある。

 

しばらく栄養剤ばかり作っていたからか、少しアトリエの中が臭うのが難点だけれども。まあ、そんなのは、おいおい掃除でもしていけばいい。

 

南門から街を出ようとして、足が止まる。

 

いつもより、アーランド戦士の巡回が多いのに気付いたからだ。

 

門番の人に、案の定呼び止められる。

 

「おや、フリクセルの嬢ちゃんじゃないか」

 

「あ、お世話になっています」

 

知り合いの戦士だ。たしかお父さんのお友達、のはずである。

 

幼い頃、何度か両親と一緒に、お外にいった事がある。外で遊んでいる間、両親と談笑していたけれど。

 

あれはきっと、今になって思えば、モンスターの襲撃に対して、目を光らせてくれていたのだろう。

 

「何かあったんですか?」

 

「あったもなにも、オルトガ遺跡で大規模な戦闘がな。 死者は幸い出なかったが、左腕を食いちぎられた奴がいる。 何でも、かなりデカイモンスターが出やがったって事だ」

 

「ひええ……」

 

やはり、彼処はおっかないところだ。

 

話を聞くと、ベヒモス種のモンスターらしい。現れたうちの殆どは討伐できたという事なのだが、幼体がまだ一匹逃げているのだとか。

 

「保護区に追い込むか、ブッ殺すか。 いずれにしても、まずは捕捉しないと話にならんからな。 外に出るなら、誰かもう少し護衛を増やしてくれるか」

 

「わかりました!」

 

クーデリアも、険しい顔をしている。

 

アーランドの周辺は、厳しい環境にあるのだと、今更ながらに思い知らされる。

 

ベヒモスとはまだ戦ったことがない。話を聞く限り、逃げたのはそれほど大型ではないというけれど。

 

いずれにしても、クーデリアと二人だけで戦うのは、リスクが大きすぎる。

 

ふと歩いていると、クーデリアが足を止めたのが分かった。

 

「くーちゃん?」

 

「やあ、また会ったね。 可愛いレイディ」

 

「ひあっ!?」

 

いきなり甘い声を耳元でささやかれて、ロロナは飛び上がりかけた。

 

振り向くと、クーデリアとロロナの間に、黒衣の吟遊詩人が入り込んでいる。しかも、間近で見ると、かなり背が高い。ステルクほどではないけれど、平均の背丈よりも、だいぶ上に思えた。

 

しらけた目で此方を見ているクーデリア。

 

というか、こんな風に男の人に纏わり付かれたのは初めてなので、真っ赤になってしまう。

 

「ひょっとして、外に行こうとしていたのかな」

 

「は、はあ。 その、何でしょうか……」

 

「以前自己紹介しそびれたからね。 僕の名前はタントリス。 君は?」

 

「ええと、ロロナ、です」

 

可愛い名前だと言われて、困り果ててクーデリアを見た。今までそんな事は言われたことも無い。

 

そもそもロロナというのは、アーランドではどちらかというとスタンダードな名前だ。街にも、フリクセル家の自分以外に、数十人以上はいるはずだ。同年代にも一人いて、街の外れに住んでいる。会話したこともある。

 

クーデリアは退屈そうに、小さくあくびをしていた。自分であしらえというのだろうか。でも、ロロナは同年代の男の子の友達はいるし、年下の子達にも慕われる事はあるけれど。自分に対して、こういう接し方をしてくる男の人とは初めて会うので、どうしていいのかよく分からなかった。

 

「もし良かったら、僕が護衛を引き受けようか?」

 

「え……」

 

「良い話じゃない。 受ければ?」

 

「ええっ!?」

 

クーデリアが、意外な発言をする。

 

確かに、アーランド人の男性で、しかも外を回って歩いているとなると、それなりの戦闘力は有しているはずだ。

 

ロロナと、やっと一人前として認められたばかりのクーデリアだけで、どこにベヒモスがいるかも分からない街道を行くよりは、ずっと良い。いきなりステルクに頼みにいってもいるかは分からないし、リオネラは確か数日前から広場で熱心に興行しているはず。邪魔をしては悪いだろう。

 

それに、クーデリアが反対していないのである。

 

何だか少し怖いけれど。クーデリアが反対しないのであれば、ひょっとすると、悪い人では無いのかも知れない。

 

交友を広げることは、吝かではない。

 

ロロナは人を見た目で判断するのは嫌いだし、出来ればいろいろな人とお友達にもなりたかった。

 

多少苦手な雰囲気な人だからって、避けていては駄目だろうと、思い直したけれど。タントリスは、そう考えているうちに、すっとロロナの近くに入り込んできていた。触られはしていないけれど。やっぱり怖い。

 

「また重そうな荷車だね。 僕が代わりに引こう」

 

「えっと、重くないので、大丈夫……」

 

「そうかい?」

 

親切にしてくれているのだろうか。男の人に、女として扱われたことは殆ど無い。女の子として扱われる事が普通だ。だから、よく分からない。

 

一回くらい護衛を頼むのは、まあ問題も無いかもしれない。

 

それに、クーデリアもいる。あまり無茶なことにはならないだろう。

 

南門から、改めて出る。

 

フォーマンセルで、戦士達が周囲を巡回しているのが見えた。ロロナも、一度足を止めて、杖を手にする。状態は問題ない。荷台に戻すと、いつでも取り出せる位置に調整した。クーデリアは門を出た頃から、既に拳銃のリボルバーを開けて、弾丸の確認をしていた。まだ今は周囲に人がいるけれど。

 

此処から南下すると、街道には人がいない時間がどうしても生じる。

 

そうなれば。

 

しかも、以前黒ぷにに襲われた事が実際にある。この辺りでは、モンスターが出る事が、珍しくないのだ。

 

今だったら、黒ぷにはさほど苦労せずに下せる自信があるけれど。ベヒモスは、幼体であっても、黒ぷにとは格が違うモンスターである。ロロナだって知っているほどの要注意モンスターだ。

 

「タントリス、さんは。 彼方此方を旅しているんですか?」

 

「そうだよ。 吟遊詩人の気ままな旅ぐらしさ」

 

「あ、はい」

 

気ままな旅暮らしとやらが、ろくでもない事は、リオネラを見ていればよく分かる。彼女は定住したがっているのだと、ロロナは直接聞いてはいないけれど、何となく理解できている。

 

吟遊詩人と呼ばれる人達に聞いてみれば、多分殆どの人が、定住を実際には望んでいるのではあるまいか。

 

安定しない生活が、どれほど苦しいか。

 

勿論、好きで浮き草生活をしている人もいるだろうけれど。タントリスは身なりがこぎれいで、どうにもそうとは思えない。女の人に貢がせたのだろうか。だとしたら、怖い。

 

「ベヒモスと戦ったことは、ありますか?」

 

「アーランドを離れると、モンスターはぐっと少なくなるからね。 ただ、アーランド人というだけで、旅先ではモンスター退治に声が掛かることが少なくないよ」

 

それだけ、だろうか。

 

少し前に、ステルクに聞いたのだけれど。アーランド人として傭兵働きをすると、いろいろなところから戦力として期待されるという。

 

時には、犯罪組織の戦闘担当者として、声が掛かることまであるのだとか。

 

勿論、アーランド人として、信用を落とさないようなことはしてはならないと、不文律があるけれど。

 

この人が、そんなものを守っているようには、見えなかった。

 

「ベヒモスと戦ったことはあるの? 聞いているんだけれど」

 

「残念ながら」

 

見かねたクーデリアが助け船を出してくれて、ほっとした。

 

少し話してみて分かったけれど、タントリスはおそらく、アーランド人の中でも特に裏の街道を歩いてきた人なのだろう。

 

実際には吟遊詩人である事さえ怪しいのではないかと、思えてきた。

 

だけれど、アーランド人は修羅の先祖を持つ存在だ。傭兵働きをすれば、外で手を血に染めることになるし、恨みだって買う。

 

それに、そんな存在でも、仲良くはしていきたい。

 

ステルクだって顔は怖くて、最初は腰が抜けるほどだったけれど。今では、ある程度普通に接することが出来ている。

 

この人とも仲良く出来れば、少しは世界が広がるかも知れないではないか。

 

しばらく警戒したまま、歩く。

 

タントリスは色々話しかけてくるのではなくて、ロロナに話させるつもりのようだった。いわゆる聞き上手、という奴なのだろうか。

 

周囲を警戒してはいるし、足運びなどを見ても、相当な腕前のようだから、別にそれは構わない。

 

ロロナも、あまり楽しい事を話せないけれど。

 

向こうの空を、虹色の鳥が飛んでいる。青をベースにしているけれど、かなり大きい。アードラの上位種だろうけれど、種類が分からない。

 

「あれは原初の鳥だね」

 

「原初?」

 

「僕も詳しくはしらないけれど、この近くだとシュテル高地に多数生息しているはずだよ」

 

あのシュテル高地にいるとなると、相当な強力モンスターだろう。アードラの上位種としては、かなり高位に位置するに違いない。

 

どうしてそんなものが、この近くを飛んでいるのか。

 

街道を、急ぐ。

 

心なしか、危険な空気がある。

 

もう少しで、開拓地に着く。彼処まで行けば、見張りの櫓もあるし、常駐の戦士達もいる。

 

多少のモンスターに襲撃されても、問題なく撃退できるだろう。

 

クーデリアが、荷車を引いた。

 

ロロナも、即座に意味を理解して、杖を荷車から取る。クーデリアと互いに視界をカバーし合うようにして立った。気配はロロナには察知できなかったけれど、何かいるとみて良いだろう。

 

しかし、周囲は見晴らしがいい。

 

どこにいるのか。

 

「くーちゃん! 何か感じたの?」

 

「いるわ。 近くよ」

 

「タントリスさん、前衛としてガードをお願いします」

 

「了、解、と。 レディに傷は付けさせないよ」

 

タントリスが、楽器を荷車に押し込む。

 

武器は、出さない。徒手空拳で戦うタイプの戦士か。ロロナとしては、あまり見たことが無い。

 

アーランド人でも、武器を使って戦う方が強い。槍や剣、長柄を使う戦士が多いのは、単純に強いからだ。

 

勿論徒手空拳での戦闘術もある。

 

ただし、それはあくまで補助。武器がないときに襲われた場合や、相手の意表を突くときに用いるはずだが。

 

防御の術を展開しておく。気休めにすぎないけれど、一発くらいは耐え抜けるかもしれない。

 

いきなり、地面が盛り上がったのは、直後だった。

 

大量の土塊を吹き飛ばしながら、巨体が姿を見せる。

 

背筋が寒くなった。

 

それは確かに、直立した牛のような姿をしていた。全身が分厚い筋肉で盛り上がり、顔は牛と言うよりは蜥蜴に近く、骨のようなプロテクターがついている。尻尾も蜥蜴に似ている。

 

ベヒモスと呼ばれるモンスターに、間違いない。

 

元々ベヒモスというのは、古い時代の神話に出てくる、何でも食べてしまう恐ろしいモンスターだという。アーランド近辺にいる者は、その神話の強大な存在から、名前を取っている、別の種類だ。

 

この巨大なモンスターは、以前戦った大型ドナーンに勝るとも劣らない体格を持っている。その上、感じる威圧感は、段違いだ。

 

不意に姿を見せたベヒモスが、拳を振り下ろす。

 

タントリスが飛び出すと、その拳を受け止めて見せた。体をしならせて、いっきに押し返す。だが、ベヒモスは姿勢さえ崩さない。続けて、左の拳を振り下ろしに掛かって来た。

 

慌てて荷車を掴んで、走る。

 

ざっと旋回して、距離を取る。クーデリアは既に相手の左側に回り込みながら、銃弾を雨霰と浴びせかけている。

 

もう一撃の拳を、タントリスが飛び退いて避ける。

 

地面が吹っ飛ぶように、えぐれた。

 

クーデリアの射撃も、効いているようには見えない。あの巨体だ。無理もない話である。

 

これだけ大きな音がしていれば、増援が必ず来るはずだけれど。しかし、それまで荷車を守りきれる自信は無い。

 

戦って、撃退する以外に路は無かった。

 

ロロナは目を閉じると、詠唱開始。タントリスの実力は分からないけれど。今のクーデリアなら、確実に詠唱の時間くらいは稼いでくれるはずだ。

 

地面に、魔法陣を展開。

 

魔力で作った、光の線が、円を造り、魔術の文字を内部に書き込んでいく。

 

あれだけの巨体のモンスターだ。大威力の術式ではないと、沈めることは出来ないだろう。

 

魔法陣が出来たので、目を開ける。

 

クーデリアが跳躍し、ベヒモスの顔面に蹴りを叩き込んでいた。殆ど効いているようには見えないけれど。瞼の上に直撃したので、鬱陶しいと思ったのだろう。手を伸ばして、クーデリアをつかみに掛かるベヒモス。

 

だが、その膝の裏に、タントリスが蹴りを叩き込む。

 

体格差はそれこそ子猫と牛とでもいう所だが、流石にアーランド人戦士の一撃だ。膝を折り、わずかに姿勢を崩すベヒモス。

 

其処に、目を狙って、クーデリアが数発の弾丸を、立て続けに叩き込む。

 

五月蠅い。

 

そう言わんばかりに、尻尾を振るったベヒモスが、タントリスを吹き飛ばした。地面に叩き付けられて、数度バウンドするタントリス。

 

だが、すぐに立ち上がってみせる。

 

クーデリアはベヒモスの顔にしがみつくと、その手をかわして、跳躍。さっき撃ち込んだ目に、更に弾丸を叩き込む。激高する巨体。きちんと気を引いてくれている。以前よりも、ずっと鮮やかな手際だ。

 

詠唱を進める。

 

そろそろ、行けるか。

 

杖の先に、光が宿る。ロロナの魔力が充分以上に充填され、発射の瞬間を今か今かと待っているのだ。

 

殲滅の光を、撃ち込む準備は整った。

 

「くーちゃん!」

 

「っ! ロロナっ!」

 

それは、避けろという意味の叫び。

 

気付く。

 

後ろに。

 

いつの間にか、ロロナの背丈の六倍はありそうな、巨大なモンスターがいる。多分ワームと呼ばれる、肉食性のミミズだ。こういった荒野では、あまり姿は見せないと聞いているのだが。しかし、こんな大きな奴は見たことが無い。人を襲うようなワームなんて、存在していたのか。

 

飛び出したタントリスが、ロロナを丸呑みにしようと大口を開けて飛びついてきたワームの横っ腹に、蹴りを叩き込む。

 

わずかに、動きを止めるワーム。

 

その時には、振り返ったロロナが、全力で魔術を発動していた。

 

「エーテル、シュートッ!」

 

殲滅の槍が、光の奔流となって、ワームの頭に叩き込まれる。

 

光に飲まれたワームの頭が消し飛ぶ。凄まじい爆発。至近距離だから、ロロナだって無事ではすまない。

 

無様に吹っ飛ばされて、地面に叩き付けられて、転がった。

 

受け身は取ったけれど。酷く体が痛む。

 

どこか、骨が折れたかも知れない。

 

立ち上がろうとして、見た。

 

クーデリアが、被弾。ベヒモスが腕を振るって、クーデリアにわずかに擦った。それだけで、充分だった。

 

吹っ飛ばされたクーデリアが、近くの地面に叩き付けられて、数度バウンドして転がった。

 

すぐに立ち上がってみせるクーデリアだけれど。頭から血を流しているし、ダメージは明らかだ。

 

ロロナは立ち上がる。

 

そして、杖を、ベヒモスに向けた。もう一度、大威力の術式を。

 

だが、ベヒモスが、いきなり火球をはき出してくる。ロロナより大きいくらいの火球だ。ノーモーションからの一撃。狙いは、非情なまでに正確。避けることは、無理。硬直するロロナ。だが、クーデリアが飛び込んできて、以前見せてくれた、火球の弾丸を数発放つ。至近距離で、間に合う。爆発。

 

凄まじい熱と音に張り倒されて、ロロナは思わず呻いていた。

 

クーデリアが、背中を向けて、立っているのが見える。

 

吼え猛るベヒモス。まだ余裕がある様子のタントリスが肉弾戦を挑んでいるけれど、どうみても優勢とは言えない。

 

クーデリアが、冷静に弾丸を装填しながら、言う。

 

「まだ、動ける?」

 

「平気、だよ。 くーちゃんは?」

 

「これから、彼奴の脳天にぶち込んでやるわ」

 

以前見せてくれた、スリープショットという魔術の弾丸だろう。クーデリアの切り札で、小さな弾丸から起動するものとしては、常識外の大威力を誇る。

 

あれなら、敵の動きを止められる。だが、見たところ、クーデリアは今の火球による衝撃波も、もろに喰らっている。

 

ロロナは自力で必死に立ち上がると、杖を構える。

 

荷車は、無事。

 

まだやれる。

 

「最大威力の術を、準備するよ。 だから」

 

「任せなさい」

 

また、ベヒモスが、火球を吐こうとする。

 

だが、その瞬間、クーデリアが速射。顔面に直撃し、火の弾が炸裂した。火球もそれに吊られて誘爆。

 

ベヒモスが、顔を押さえて、絶叫する。

 

クーデリアが走る。

 

敵との間合いを詰める。敵の膝を蹴って、飛ぶ。顔を押さえながらも、ベヒモスは柔軟に体をしならせ、尻尾を振るう。タントリスが、ガードの上から吹っ飛ぶ。手をふるって、クーデリアを弾きに掛かる。

 

紙一重で避けたクーデリアが、ベヒモスの頭より高く跳び上がる。

 

そして、銃口を向けたが。

 

真横に、吹っ飛ばされた。

 

何が起きた。

 

見ると、ベヒモスの尻尾が、まるで蛇のようにしなやかに動いて、クーデリアを捕捉したのだ。信じられない柔軟性。それに、明らかに、最初より伸びている。つまり、特殊な力を駆使して、伸ばしたのか。

 

顔を押さえていたベヒモスが、此方を見る。

 

その口の中に、火球の光が宿る。

 

ロロナの術式は、まだ間に合わない。まずい。どうにもならない。

 

だが、その時だ。

 

ベヒモスが、横っ面を張り倒される。

 

よろめく巨体。

 

地面に叩き落とされたクーデリアが、荒く息をつきながら、それでもスリープショットを叩き込んだのだ。

 

更に、今まで姿を消していたタントリスが、直上から、ベヒモスの脳天に踵を叩き込む。

 

怒りの雄叫びを上げながら、腕を振り回す巨体が、此方に迫ってくるけれど。

 

今の一瞬が、勝負を分けた。

 

ロロナの足下には、既に複層に展開した魔法陣が。そして、杖の先には、光が宿っている。

 

それでも勝負を捨てないベヒモス。

 

タントリスを振り払うと、口を大きく開けて、全力での火球射出に入ってくる。

 

だが、ロロナは。もう、術式をくみ上げ終えていた。

 

ごめんね。

 

謝ると、ベヒモスの身を包むほどの巨大な光の槍を撃ち出す。

 

同時に、ベヒモスも火球を放つけれど。

 

それは、暴力的な光の束に、飲み込まれ消えた。

 

 

 

上半身が消し飛んだベヒモスの前で、ロロナはようやく一息をつく事が出来た。

 

クーデリアを助け起こす。骨は折れていないようだけれど、連戦は無理だろう。タントリスは。

 

見ると、埃を払って立ち上がっている。

 

ひょっとして、今の戦いで、あまりダメージを受けていなかったのか。

 

「タントリスさん、ひょっとして凄く強い?」

 

「君が大威力の切り札を持っている事は、すぐに分かったからね。 敵の攻撃をそらすことに、注力していただけだよ」

 

「悔しいけれど、まだあたしより全然上だわ」

 

疲弊しきったクーデリアが、悔しそうに言う。

 

やっと一人前になったとは言っても、まだまだ先は長い。この国でもトップクラスの戦士達の実力を思うと、とてもではないが、楽観は出来ない。

 

ようやく、開拓地から、人が来た。

 

戦っていた時間は、案外短かった、という事だろう。ベヒモスの死体を、戦士達が回収していく。ワームの死体は酷い状態で、ずたずたの肉片になっていた。ベヒモスの火球に巻き込まれたのだ。

 

医療の魔術が使える人がいて、回復をしてくれた。すぐに荷車から、回復の薬を出して、塗る。

 

「タントリスさん、向こうを向いていてもらえますか?」

 

「君がそう望むなら」

 

諸肌を脱いだクーデリアの体に、傷薬を塗る。背中はどうしても無理だから、ロロナが手伝うのだ。

 

包帯まで巻いて、回復促進の術を掛けて、終わり。

 

傷は、今までの戦いでみたものほど酷くはなかったけれど。でも、やっぱりクーデリアは、自分が傷つくことを厭わない。それがロロナには悲しかった。

 

ジェームズが来る。

 

運ばれていくベヒモスを睥睨している様子は、歴戦の猛者である貫禄に満ちていた。

 

「思ったよりやるな。 幼体とはいえ、ベヒモスをあれだけ破壊するとは」

 

「何とか勝てました。 ぼろぼろになっちゃいましたけど」

 

「何、ひよっこ二人と一人前一人で、ベヒモス幼体をバラせれば上出来だ。 後で解体したベヒモスの、角と牙はやる。 強い魔力が籠もってるから、錬金術の役に立つだろう」

 

ああ、やはりタントリスは、ロロナ達より格上の使い手なのか。クーデリアも既に一人前扱いされている筈だけれど、この人のような大ベテランから見れば、まだまだ駆け出しと言う事か。

 

魔力をねこそぎ使ってしまったけれど、少し休めば動ける。荷物に積んであった、耐久糧食。つまり圧縮パイのネクタル漬けを出すと、三人で食べる。タントリスは一口で、驚いたように顔を上げた。

 

「これが、耐久糧食? 驚いた。 こんなに美味しい奴ははじめて食べる」

 

「有り難うございます。 開発、大変でしたけど」

 

「……そうか」

 

ネクタルをおなかに入れると、力がわいてくる。

 

それは分かっていたけれど。こういう風に消耗しきったときは、その力が本当に強く実感できる。

 

「まだまだ市販のお菓子の方が美味しいわよ。 工夫はしてる?」

 

「うん。 ええとね、今度クリームを入れてみようと思ってるの。 ただ、クリームは圧縮すると、どうも構造が壊れちゃうみたいで、油っぽくて。 どうにか出来ないか、勉強中」

 

「頑張りなさいよ。 あんたは努力するだけ、結果を出せるんだから」

 

そういうクーデリアの顔は、ちょっと寂しそうだった。

 

それから三人で、開拓地まで行く。ジェームズはきちんと役目を果たしていた。予定通り、いやそれ以上の面積が、しっかり耕されている。それだけではなく、ため池も出来ていた。

 

見ると、牛や馬も働いている。

 

荒れ地の開拓には、家畜の活躍も重要だ。彼らの糞は一カ所にまとめられている。これからこなれさせて、長期的に肥料に用いるのだろう。

 

栄養剤を運び込む。

 

樽を開けると、ジェームズはしばらく手で掻き回したり、土に混ぜたりしていた。

 

「ど、どうですか」

 

「普通だ。 まあ、使えるだろう」

 

「何種類か用意してきました。 こっちは効果が強いので、こっちは」

 

「見れば分かる」

 

すげなく返される。まあ、相手は荒れ地開発のプロフェッショナルだ。ロロナ如きが口を出せる話でもないのだろうか。

 

だが、少し休むように言われて。

 

しばらくしてから、また呼ばれた。

 

「土の作り方の基礎を教えておいてやる。 次から、栄養剤の品質をもっと上げて欲しいからな」

 

「は、はい!」

 

どういう風の吹き回しかはわからない。

 

ただ、これは好機だ。

 

ロロナだって、どれだけ緑化政策が重要かは理解しているつもりだ。錬金術師として立身するのであれば、必須のスキルとなる。

 

単に効果が強い栄養剤を作ったって、いきなり荒れ地を森に出来るわけではない。

 

本職のアドバイスは、絶対に必要なのだ。

 

 

 

ロロナが熱心に土いじりを教えてもらっている側から離れると。クーデリアは、タントリスと名乗ったトリスタンが、早速魔術師の女の子を口説いているのに遭遇して呆れた。

 

此奴の素性は、とっくに知っている。というよりも、ミーティングで少し前に顔を合わせたのだ。

 

アーランドが抱える裏側の部隊の一人。

 

実力はクーデリアよりも数段上。ロロナの感情をかき乱して、人間関係という面から、その足を引っ張るのが目的だ。

 

以前リオネラとも関係があったらしく、真っ青になった彼女から思い切り引かれていた。おそらく仕事上で、利害があったのだろう。リオネラには気の毒なことだ。これから、怨敵と仕事をしなければならないのだから。

 

確かにロロナは、純粋な錬金術の才能という点では、図抜けている。クーデリアもアトリエで資料を見ているから分かるのだけれど、他の錬金術師が何年も掛けて辿り着くような結論に。参考資料を見ただけで、数ヶ月で到達しているのだ。

 

まさに天才。

 

錬金術の技量はまだまだだけれど、問題はその直感と、辿り着くまでの早さだ。このまま大人になれば、バケモノのような技量を持つ錬金術師に化けることは既に確実。現時点でも画期的な発破や、耐久糧食の生産に成功している。既に歴代の錬金術師達と、貢献という点ではそう劣ってはいない。才能面なら兎も角、アーランドへの貢献では、確実に師匠を超えるだろう。

 

だからこそに、脆い。

 

八年を掛けて用意されたのだから当然だとも言える。更にその天才を伸ばすのには、様々な障害が必須。

 

女の子にふられてしまったらしく、タントリスが肩をすくめて此方に来る。

 

「発情期の猫じゃあるまいし。 見境がないわね」

 

「そうかい? 僕から言わせれば、美しい女性を放っておく方が失礼に当たるのだけれども」

 

「じゃあエスティさんでも口説いてみれば?」

 

「いやいや、いやいやいや。 あ、あの方は流石に止めておくよ」

 

いきなり引くナンパ男だが、まあ当然か。アーランドの影を一括する、国家軍事力級の使い手だ。このナンパ男でも、流石に手に負える相手ではない。クーデリアが知る限り、もっとも恐ろしい女でもあるのだから当然か。

 

それよりも。ロロナも気付いているようだが、荒れ地の彼方此方で、実用化が開始されたホムンクルスが働いている方が気になる。あれを量産したアストリッドは、一体何を考えているのか。

 

ロロナが戻ってくる。

 

満面の笑みだ。

 

「すごく役に立つこと教えてもらっちゃった! すぐ戻って、試してみたいんだけど、いい!?」

 

「死にかけたばっかりなのに、元気ね」

 

「うん! あ、くーちゃん、大丈夫? 痛くない?」

 

「あんたの薬のおかげでね」

 

これは事実だ。

 

ロロナの薬は、どんどん性能が上がっている。少し前に聞いたのだが、ネクタルを混ぜるようになってから、効果が加速度的に上がっているのだとか。本当にあのネクタルというのは、何なのだろう。

 

今でも、歩くくらいなら問題は無い。

 

一つ気になるのは、あのワーム。見た事もないモンスターだった。それどころか、聞いたこともない。一瞬で倒してしまったから問題にならなかったけれど、地面の下にあんなのが潜んでいたなら、アーランドでも話題になりそうなのだけれど。

 

アーランドに戻りながら、クーデリアは思う。

 

何だか、嫌な予感がする。このプロジェクト、誰もが予想しない方向に、動き始めているのではないのだろうか。

 

もしそうならば。

 

糸を引いているのは、一体誰なのだろう。

 

プロジェクトの参加メンバーか。いや、考えにくい。確か参加メンバーは、それぞれが利害を調整されていて、反逆の気配があればすぐに王へ報告が行くはず。あの王を敵に回すことがどういう意味か、アーランド人なら嫌と言うほど分かっている。多分そこのナンパ男でさえ、だ。

 

アストリッドのことを一瞬思い浮かべたが、奴は複数の弱みを王に握られているし、最大限の警戒をされているはずだ。そうなると、何か別の要素があるのか。たとえば外部の組織。いや、考えにくい。

 

「くーちゃん、あのね……」

 

ロロナが話しかけてくる。

 

二人ともぼろぼろなのに。ロロナの笑顔は絶えることがない。この笑顔を守る事が、クーデリアの全て。

 

例え何が闇で蠢こうが。自分の命を捨てようが。

 

それに、変わりはない。







ロロナさんだけがプロジェクトの事を知りませんが、当然ながらプロジェクトの参加者も一枚岩ではありません。

それぞれに複雑な利害が絡んでいます。

相互に牽制さえしあっているほどです。

まだ武力が足りないくーちゃんですが、頭は回ります。

ロロナさんのために、くーちゃんはいざという時には、どんなことだってする覚悟なのです。



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