暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
アストリッドが出向く。緊急事態だから、当然だろう。
荒野で、戦闘が行われたという。ベヒモス一体が、ロロナと護衛を襲ったのだ。それ自体は別に構わない。護衛についていたクーデリアとトリスタンの戦闘力なら、どうにでもなるとアストリッドは知っていたからだ。
問題は、同時に現れたモンスターである。
数名の戦士とアストリッドが開発中の荒れ地に出向いた時には、死体の検分は終わっていた。
一応、死体そのものと、レポートを見せてもらう。
荒れ地に横たえられた死体は、どう見てもワームだ。ただし、あまりにも既存のものとは大きさが違いすぎる。
このサイズだと、人を襲うことも出来るだろう。
「幸い、動きはさほど早くは無い様子です。 パワーも一人前の戦士であれば、充分に対応できるでしょう」
「うむ……」
検分をした魔術師に、空返事。
少し前まで、アストリッドはオルトガラクセンの内部で、調査作業をしていたのだ。どうもそちらでも、おかしな事が多数起きているのである。
今まで目撃されなかったモンスターが、多数姿を見せているのだ。しかもいずれもが、高い戦闘能力を備えていた。
ジェームズが来た。此奴も、元は歴戦の勇士だった男だ。こんなワーム程度に遅れは取らないだろうけれど。やはり、懸念はしている様子だ。
「何だそいつは。 俺は長くアーランドにいるが、はじめて見るぞ」
「これから死体を持ち帰って、改めて調査する。 魔術師が念入りに調査して、他にもいるようなら全て駆除はするが。 油断はしないようにな」
「分かっているさ。 せっかく緑化が始まったんだ。 そんなカスモンスターに、引っかき回されてたまるかよ」
「頼むぞ」
アストリッドだって、緑化がどれだけ大事な作業かは分かっている。
この世界は、一度死んだ。理由については公表できないが、既にアストリッドの中では固まってもいる。
緑化は世界を再生させる重要な作業。
そしてアーランドでは、少なくとも年々確実に進行してもいる。このまま自然環境を再生させていけば、やがては辺境諸国にも技術力を伝播できる。そしてロロナには、それが出来るだけの才能が備えてある。
そう、備わっているでは無い。備えてあるのだ。
だからこそに、邪魔をする存在は許しがたい。もしも、ワームが何かしらの存在に寄って造り出されたとしたら。
考えられるものは。
ホムンクルス達を呼び集める。
結局、今作成中の完全体も含めて、男の子のホムンクルスは実用に移せなかった。いや、何名かはいるが、女の子型に比べると、どうしても体が弱いのだ。
「お前達、この荒れ地が開拓されるまで、命に掛けても守り抜け」
「分かりました、マスター」
「おい、そいつらは、あくまで一時的に此処を守っているんじゃないのか? こっちとしても、手練れが守りについてくれるのは嬉しいんだがな」
「増やすだけだ」
手間が増えるが、仕方が無い。ホムンクルスはどうせ増産するつもりだったのだ。王にアストリッドから申請して、此処に廻す分を作るだけ。その分ロロナで遊べなくなるが、仕方が無い。
はっきり言って、今のこの世界にとって、森は宝石などとは比べものにならないほどの価値がある。
アーランド近隣の森などはその典型。
保水も環境保全も、少し手を入れるだけでこなしてくれる、人類の宝だ。
勿論、森を作り上げる技術も同じ。
アストリッドだって、天才とは言え限界がある。体が幾つもある訳では無いのだ。
護衛の戦士達を見回すと、アストリッドは指示を出しておいた。
「私はこのベヒモスとワームを、一旦王立の研究施設に持ち込む。 追って指示を出すまで、この場所の護衛を頼むぞ」
「了解」
「アーランドのために!」
その場の全員で、アーランドのためにと敬礼をかわした。
正直アーランドの事は嫌いだが、事はそれ以上の問題だ。今は他の連中と、連携を強めていくしかない。
思わず腕組みをしてしまう。
ロロナには勿論教えるわけにはいかない問題だ。
クーデリアは違和感に気付いているようだが、あれはあれで、独自の考えで動いている。
今の時点で、プロジェクトが空中分解する畏れはないが。少しばかりこの問題は、大きくなる可能性が高い。
今のうちに、対策を練った方が良いだろう。
早めにアトリエに戻る。
ロロナは嬉しそうに、栄養剤の調合に励んでいた。そういえば、ジェームズが土作りについて、有用な知識を教えておいたとか言っていた。
良手だ。ロロナは才能はあるが、頭が致命的に悪い。そうやって思考をそらしておけば、すぐに他に考えが到らなくなる。
まずは、ホムンクルスの生産からだ。
予定を前倒しして、何体か納品しなければなるまい。しばらくは徹夜が続く。
ロロナで遊んでストレスを発散できるのは、だいぶ先になりそうだった。
オルトガ遺跡に出向いたステルクは、思わず呻いていた。
積み上げられている無数の死体。
アストリッドから報告があったとおり、どれもステルクが見たことが無いものばかりだ。オルトガラクセンに何度も潜ったステルクだが、それでも此処にあるモンスターの死体は、よく分からないものばかりである。
ベヒモスの死体もある。
ただ、検分してみると、妙なことに気付く。
どれもこれもが、既存のものよりだいぶ強いのだ。
「おでましですか?」
「ライアン殿」
皮肉混じりの声に振り返ると。ロロナの父であるライアンがいた。
まだ手に剣を持っている。つまり、警戒中という事だ。
ロロナの母であるロアナは、遺跡の入り口の方を警戒している様子だ。今の時点で、オルトガラクセンを調査中のメンバーは、全員引き上げさせている。
このモンスターは少しばかり異常だ。
危険を考慮して、一旦人員を引き上げるのはやむを得ない。また一から調査のし直しになるが、それも仕方が無い事だった。
「少し前から、オルトガラクセンには異常な力を持つモンスターが出没するようになったと聞いている。 それがついに表まで出てきたか」
「そのようで。 オルトガラクセンの解析が重要なのはわかりますがね。 私としては、一旦封鎖して、精鋭だけで時間を掛けて中を捜索するのを提案しますわ」
「……そう、だな」
王が何というかは分からない。
フリクセル夫妻の本音はこうだろう。プロジェクトを一旦凍結するべきだ。
しかし、そうはいかない。
「大陸中央部の強国が、いつまでも手をこまねいていてくれれば、このようなプロジェクトは進めなくても良いのだがな」
「今のままでは、いずれ力を更に増した列強によって、アーランドをはじめとする辺境諸国は蹂躙される、ですか?」
「その通りだ」
皮肉に、ライアンは口の端をつり上げた。
元々、修羅の国として存在したアーランドだ。今更、滅ぶのは仕方が無いとでもいうのだろうか。
だが、この国でも、生きている民は大勢いる。
そして、荒れ地を緑化し、死に果てた土地をよみがえらせてきたという意味で。アーランドが今、世界的に持っている意味は、大きい。
西にあるアールズなどは、最果ての国とさえ言われていて、更に此処より環境が過酷だと聞いているけれど。
それは、あくまでマンパワーの問題でもある。
「けが人の様子は」
「ありゃあ、戦線復帰は無理でしょうね。 ホムンクルスとやらが、前線に回ってくるのはいつですか?」
「まだ試運転中だ。 しばらくは、此処を死守して欲しい」
「まあ、我々下っ端は、命令に従うだけですがね。 ただ、あんなモンスターが大挙してまた出てきたら、いずれは抑えきれなくなりますよ、と」
頷くと、ステルクは一度現場を後にした。
すぐにプロジェクトの会議が招集されたので、それに参加する。王も、今回の事態に関しては、重要視しているようだった。
既に検分済みの死体のレポートが廻される。
ざっと目を通すが、既存のモンスターよりも、だいぶ戦闘力が高いとある。ベヒモスは特にそれが顕著だという。
「この戦闘力だと、オルトガラクセンの深部に住まうドラゴン族に匹敵するな」
「歴戦の使い手達でも、かなりの苦戦を強いられました。 しばらくは、オルトガラクセンに潜るのは止めた方が無難かと思われます」
ステルクが提案すると、王は渋い顔をする。
挙手したのはエスティだ。彼女から、説明をしてくれるというのだろう。
「大陸中央部の大国、スピア連邦で、重要な発表がありました」
スピアと言えば、アーランドの百倍に達する人口を誇る、大陸中央部の雄だ。軍事力も優れていて、錬金術師も数名抱えていると聞いている。
アーランドと直接国境を接してはいないが、前から警戒を強めている相手である。
「この度、スピアでは、複数の国家を連邦に編入することを宣言。 その名簿が、これです」
レポートが配られる。
思わず呻いたのは、その中には明らかにスピアと敵対している国が、複数あった事だ。つまり編入というのは、実力行使を意味している。
スピアは富国強兵で知られる大国だ。首都近辺を緑化する作業も進めているというが、それ以上に人類の国家を力でまとめる事に熱心でもある。確か数年前にも、幾つかの小国を蹂躙して、制圧しているはずだ。
勿論、アーランドでも迂闊に手を出せる相手ではない。
相当な使い手も複数いる。中には、アーランドを裏切って、逃げ込んだ者までいるという話だ。
「スピア連邦の軍事力から言って、この編入は速やかに行われるでしょう。 更に、この編入作業に反発した他の国々でも、今のスピアは実力で排除できる事かと思われます」
「つまり、プロジェクトは」
「更に進めるほかない、という事だ」
王は立ち上がると、咳払いした。
これから、プロジェクトの先頭に立つ、というのである。
「アーランドの宝は人材だ。 だから、無為に失うわけにはいかぬ。 これより危険度が高いオルトガラクセンの探索には、私が率先して当たる」
「陛下!」
「勿論、安全は期するつもりだ。 アストリッド、負担を掛けることになるが、ホムンクルスの量産を急げ。 私は最精鋭とともに、オルトガラクセンの調査と、モンスターの掃討を続行する。 作業は前倒しになってしまうが、すまぬな。 完成体の納品も、期日通りに頼むぞ」
「お言葉とあれば」
青い顔をしているクーデリアが、一瞬だけ視界に入った。
予想以上に状況がまずいことに気付いているのだろう。ロロナに対する負担も、今後は更に増すことが確実だ。
「今回の課題については、どうなっている」
「ジェームズの報告によると、品質は問題なし。 予定通りに進めることが可能だという事です」
「緑化だけは、急いでも結果を出すことが出来ぬからな……」
王が悔しげに嘆息する。
今回の緑化が上手く行ったら、更に何カ所かに着手。そうすることで、アーランドの南部の広大な荒野を、一気に緑化することが可能だ。
そうなれば、土地の保水力があがり、周辺に幾つかの村を増設することも出来る。そればかりか、森の周辺に田畑を作る事によって、更に食糧生産を引き上げる事も出来る。民の数も増やせるだろう。
今回、ロロナにさせている作業は、その第一歩。
今後も定期的に栄養剤を納品させて、緑化を加速させる狙いがある。今までどうしても着手できなかった地域の緑化は、それだけ大きな意味があるのだ。
幸い、近頃は雨が多い。
緑化は今の時点では順調だ。オルトガラクセンのモンスターが這い出して来るという突発的ハプニングと、確実に覇道を進める大陸中央部の列強の動きがなければ、もっと穏やかに話を進めることが出来たのだが。
しかし前者は兎も角、後者はわかりきっていた事だ。だからこそ、プロジェクトを九年がかりで行っているのである。
何もしなければ、蹂躙の劫火だけが、アーランドの未来にある。
「辺境各国の反応は」
「既に幾つかの国からは書状が来ています。 プロジェクトの進展について問うものもある様子です」
「近々、対応せねばなるまい。 メリオダス、頼むぞ」
「お任せを」
文官として、この国を守っている大臣は。一礼。
後は、計画の前倒しが出来ないか、見直しが必要になるだろう。
ロロナだけが、何も知らない。
世界の状況と、自分が置かれている立場を。ステルクはそれを哀れだと思うが。何もしてやれなかった。
会議が終了すると、めいめい会議室を出て行く。
真っ青なまま座っていたクーデリアを、父のフォイエルバッハ卿が一瞥。声も掛けずに、出て行った。
ステルクは部屋を出ると、王に追いつく。そのまま、一緒に歩きながら、話した。
「オルトガラクセンには、誰を伴う予定ですか」
「探索の経験が豊富なフリクセル夫妻に、アストリッド。 それに君とエスティかな」
「それは。 総力戦の態勢ですね」
「その通りだ。 私が本気である事が、分かったかな」
冗談めいて言う王だが、その目は笑っていない。
オルトガラクセンの最深部には、まだまだ未知の技術が眠っている。それらを持ち帰ることが、現在の急務。
そして出来れば、モンスターの異常発生の根源も、叩いておかなければならないだろう。
「一月以内に、モンスターの異常発生を解決する」
「しかし、ロロナの周辺環境が気になります。 調整を行ってきたとはいえ、あまりにも急激なハードルの嵩上げは、失敗につながるのでは」
「そのために急ぐのだ。 これ以上、負担を増やすわけにもいくまい」
地下から出て、地上に。
雨が降っていた。
荒野の方は大丈夫だろうか。ロロナは今頃嬉々として調合に励んでいるのだろうが。その周囲には、無限の闇が広がっている。
早速、出陣すると、王がふれを出した。
この様子だと、数日はオルトガラクセンから帰還できないだろう。アストリッドはホムンクルスに掛かりっきりだから、フリクセル夫妻とステルク、エスティだけで王の周囲を固めることになる。
今まで構造が完全に分かっているオルトガラクセンの地下は、七層。予想では、その倍以上、広がりがある。
アストリッドは十二層まで足を踏み入れたことがあるようだが、其処までの道のりは危険すぎて確保できていない。
文字通り、決死の探索となるだろう。
すぐに準備が整えられ、王と供にオルトガラクセンに向かう。
荷駄の人員も含めて、精鋭十名のみと言う編成だ。
一度だけ、ステルクはアーランドに振り返った。
もう、帰る事は出来ないかもしれない。
この国は、岐路に立たされている。そう、ステルクは思った。
(続)
原作でもオルトガラクセンは重要ダンジョンで、極めて危険な場所です。
内部に複数ドラゴンがいるここに、アーランドから子供の足で一日でいけてしまう。
それくらいアーランドってのは色々危うい街なのだという証拠ではありますね。
本作ではその危険度に、更に磨きが掛かっています。
屈強なアーランド人ですら、まだ最深部までいけてはいないほどなのです。
感想評価などよろしくお願いいたします。励みになります。