暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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アストリッドさんの作る戦闘用ホムンクルス。

その実戦が開始されます。

ロロナさんのプロジェクトと同じくらい、これは重要なものです。






2、初陣

培養槽から、アストリッドはパラケルススを引き上げた。

 

完成だ。

 

アストリッドの知識の全てをつぎ込んで、作り上げた完成型ホムンクルス。寿命は百三十年。しかも、その気になれば、これから追加できる。

 

じっとアストリッドを見上げるパラケルススの顔は。

 

敬愛してやまなかった、師匠のものと同じだ。幼い頃は、必ずこうだったはずだと、アストリッドは考えている造形にしたのだから当然である。

 

さっそく幾つか服を持ってくる。

 

この子こそ、アストリッドの希望の完成形。

 

まだ肉体年齢は十歳程度だが、いずれはアーランドでも最強に近い存在にもなりうるだろう。まあ、あくまでいずれは、だが。

 

流石にあの王には勝てない。

 

あれは、桁外れの存在だ。天才と謳われ、国家軍事力級の称号を受けているアストリッドでも、正直勝てる気がしない。

 

それに、王の能力には及ばないように設定もしてある。これは、アストリッドなりの配慮だ。

 

「マスター。 服は、自分で着ます。 ください」

 

「そうかそうか」

 

そういえば此奴は、培養槽の中から、他のホムンクルスに服を着せる様子を見ていたのか。

 

着させてみると、確かに全くよどみなく動く。

 

それだけではない。

 

「私の名前は、パラケルススで良いのですか?」

 

「本当はゼロと名付けようと思っていたのだがな。 どちらがいい」

 

「ゼロ、ですか?」

 

「全てのホムンクルスの頂点に立つものだ。 他の数字を名前として与えているホムンクルス達の支配者という意味もある。 ただし、パラケルススも、古代の偉大なる錬金術師だから、意味は同じだな」

 

しばらく考え込んだ後、パラケルススは、感情のこもらない目で、アストリッドを見上げる。

 

感情はないが。

 

明確な意思が、その瞳には宿っていた。

 

「パラケルススが良いです」

 

「そうかそうか。 ならばパラケルススにするがいい。 お前はこれから、パラケルススだ。 我が娘よ」

 

「マスター、私はあなたの娘なのですか?」

 

「どうした、気に入らないか」

 

此奴、ひょっとして気付いているのか。

 

自分が、アストリッドの母にも等しい人が、ベースとなっている事に。

 

セイフティの機能は幾つも付けてある。だから、アストリッドに反逆することはないだろう。人間に対して、反旗を翻す事もないはずだが。

 

ただ、聡明すぎると、人間からはあまり良く想われない可能性が高い。

 

人間は相手を見下すとき、もっとも嬉しいと感じる生き物だ。それは、師匠に対する街の連中の接し方を見ていて、アストリッドも学習したことだ。

 

「お前は、私の知識の粋を集めて作った。 だから、言っておこう」

 

「何でしょうか、マスター」

 

「人間共の前では、可能な限り知恵を隠せ。 それが、お前が安全に、これから生きていくこつだ」

 

「分かりました。 マスターの仰せのままに」

 

武器は何が良いと言うと、パラケルススは、迷いなく剣を手に取った。

 

小さな体だが、剣を数度振るっただけで、問題なく動かしてみせる。流石に剣筋はまだ粗いが、それが達人の動きをこれからみせてやればいい。

 

師匠も背丈は低かった。

 

アストリッドがロロナを愛しているのは、その小柄な体型も理由の一つである。師匠に、似ているからだ。

 

もっとも、万能型に才能を調整したロロナと違って、師匠は特化型だったが。

 

頭をふるって、雑念を追い払う。

 

裏口から、アトリエを出た。

 

流石に外は初めてだからか。目を細めて、太陽光を手で遮るパラケルスス。

 

「音は外のものを拾っていたのですが。 光は、初めてです」

 

「太陽を直接見るな。 目が焼ける」

 

「分かりました」

 

「此方だ。 ついてこい」

 

パラケルススは、他のホムンクルスよりも、更に学習能力を高く設定している。ただし、あまりにも人間を超越した力は与えていない。

 

あくまで、王の下で、他のホムンクルス達を統括するもの。

 

人に反逆はしない存在。

 

それが、パラケルススだ。

 

師匠の偉大なところは、この辺りの思考ロジックを、一代で完成させたことだ。他にはとことん才能がない人だったのだが、ホムンクルスの関連技術に関しては、まさに天才だった。

 

アストリッドのように、あらゆる面で才能を発揮するものが、その研究を引き継がなければ、埋もれていたかも知れない。

 

或いは師匠は、何人もの錬金術師がいる時代に、アトリエにいたら。或いは、その力を発揮でき、なおかつ周囲から迫害されることもなかったのかも知れない。

 

パラケルススを見ると、表情をめまぐるしく動かしている。

 

周囲の人間達の顔を見て、学習を進めている様子だ。様々な生物も、見ながら覚えているようだ。

 

王宮に、到着。

 

まだ王とステルクは戻っていない。ただし、エスティがいた。

 

エスティがいるということは、一度討伐隊は帰還した、という事か。

 

「戻っていたのか」

 

「ええ、何とかね。 散々だったわ」

 

エスティの疲労ぶりから言っても、相当な苦戦をしたのだろう。

 

パラケルススの手を引いて、挨拶するように指示。驚いたことに、スカートをつまんでの、完璧な挨拶をこなして見せる。

 

「パラケルススです。 以降、よろしくお願いいたします」

 

「あら、他のホムンクルスの子達と違って、随分と可愛らしいじゃない」

 

「他と違って、色々と手が掛かっているからな」

 

これから生産するホムンクルスは、このパラケルススの劣化コピーになる。手を掛けない代わりに、能力をおとして量産するのだ。

 

ノウハウは確保できたから、これからは生産速度も上がる。

 

ただ、エスティはすぐに表情を強ばらせた。

 

パラケルススを見て、眉をひそめた。此奴、パラケルススが、師匠を模した存在だと、気付いたか。

 

パラケルススは、エスティに任せる。

 

王に挨拶させたり、或いは基本的な事を教えたり。他のホムンクルス達にも、会わせておいた方が良いだろう。

 

エスティにパラケルススを引き渡して、一度戻る。

 

アトリエの自室は、久しぶりに少し静かになった。一旦大仕事が終わったのだから、当然だ。

 

これから、量産型のホムンクルスを作らなければならないが。

 

ノウハウは頭に入れてある。

 

ホムンクルスの材料は、人間の情報。精液や卵細胞が一番良いのだが、師匠の理論と、何よりオルトガラクセンの深部で取得した技術により、髪の毛や肉片からも作る事が出来る。

 

更に言うと、パラケルススの髪の毛が、此処には残っている。

 

これをベースに、以降は生産を進めていけばいい。

 

一眠りしようと、ソファに横になる。

 

だが、あまり長い時間、眠ることは出来なかった。

 

夕刻を、少し過ぎた頃だろうか。

 

窓をノックする音。

 

極めて不機嫌になったアストリッドは、眼鏡を掛けながら、低い声で唸った。

 

「誰だ。 私の安眠を邪魔する奴は殺すぞ」

 

「火急の用よ」

 

「エスティか」

 

不機嫌たらたらのまま、アストリッドは身を起こす。あくびを何度かかみ殺して、窓を開けた。

 

エスティが来ると言う事は、余程の何かが起きたか。

 

アトリエに入ってもらう。エスティは汚れきっているアストリッドの部屋を見て呆れたが。話に入った。

 

「少し前から、オルトガラクセンの深部から、モンスターがアーランドに上がってきている事が、今回の調査で分かったわ」

 

「ほう……」

 

それは確かに、由々しき事態だ。

 

エスティによると、今まで確保していた階層は、ほぼ空のままだったという。新しく深層から這い上がってきたモンスターも、少数だったとか。

 

問題は、さらなる深層だ。

 

発見されたというのだ。深層から、直接地上に出るための手段が。

 

「物理的な穴ではなくて、魔術か、それとも恐ろしく進んだ文明か、どちらかなのでしょうね。 調査チームによってポータルと名付けられた装置が、地上に直接モンスターを送り届けていたの」

 

「それは、厄介だな」

 

「幾つかのポータルは厳重に封印したけれど。 この様子だと、最深層まで潜って、全てのポータルを潰さない限り、安心は出来ないわよ」

 

今回の探索では、12層までを調べて、ポータルを潰してきたという。

 

フリクセル夫妻は重傷。死者も出た。

 

王でさえ、十二層で遭遇したドラゴンとの戦闘で、軽傷を受けているのだ。如何にオルトガラクセンが魔界に等しい場所か、それだけでも明らかである。

 

「それで、私に何をすれば良い」

 

「少し前から、何体かのオルトガラクセンの深層モンスターが、アーランドに出没しているの。 対処療法になるけれど、潰すしかないわ」

 

「ふむ、手分けして事に当たる、と言うわけだな」

 

「ええ。 貴方には、此奴を潰してもらうわ」

 

そうして渡されたのは、巨大な百足のモンスターに関するレポートだった。

 

低空を飛ぶことで歴戦のアーランド戦士の追求をかわし、今はネーベル湖畔に逃げ込んでいるという。

 

ただ、捕捉できているのなら、どうして潰さないのか。

 

「パラケルススの性能実験を、そいつでおこなってちょうだい。 支援戦力は、ホムンクルスのみで」

 

「初陣という訳か」

 

「あの子の性能がどれほどか見たいと、王が仰っているの。 ステルクは南、私は西。王は北に、それぞれオルトガラクセンの深層モンスターを潰しに向かうわ。 言っておくけど、貴方が手を出すのは駄目よ」

 

「分かっているさ」

 

ただ、もう少し眠らせろと言うと、エスティは何かを寄越してきた。

 

ロロナが作った耐久糧食。

 

いや、違う。その劣化版。つまり、工場で生産を開始した、という事か。違う。早すぎる。

 

恐らくは試作品だろう。

 

ゼッテルを破き、口に入れてみると、少しネクタルが薄いようだ。

 

「ネクタルをもう少し濃くした方が良いな。 工場に伝えておいてくれ」

 

「はいはい、分かっているわよ。 夜明けには、パラケルススをそちらに向かわせるから、討伐に出てちょうだい」

 

エスティが窓から出る。

 

今度こそ、邪魔はさせない。アストリッドは、以降は何も考えず、眠りを貪ったのだった。

 

 

 

翌朝。

 

ロロナがパメラに遊ばれているのを確認してから、アトリエを出る。

 

限られた材料で、どう栄養剤を作るか、四苦八苦している様子だ。質を上げろとでも言われて、困り果てているのだろう。

 

やり方は簡単なのだが、教えない。

 

クーデリアがくれば、すぐにどうにかなるだろう。彼奴は錬金術は出来ないが、資料を探すのが非常に上手い。記憶力が優れているから、一度読んだ本の大まかな内容は忘れないのだ。注意力自体も高い。

 

街の東門に行く。

 

これから行くネーベル湖畔は、大型のモンスターが多数生息している危険地域だ。特に陸上にも上がってくる島魚というモンスターは、獰猛なことで知られている。ひよっこの戦士には、もう手に負えないレベルの相手だ。

 

事前に申請しておいた通り、三名のホムンクルスがいる。

 

パラケルススと、7番と19番。

 

7番は黒髪のボブスタイル。19番は若干青みが掛かった髪を、背中まで伸ばしている。背丈はどちらも、パラケルススと変わらない。若干狐目の7に対して、19は目が大きくて、男受けしそうな顔をしている。

 

パラケルススは、配属していきなりだが。他の二名は、既にそれなりの時間、王宮で働いている。

 

当然実戦経験も積ませた。

 

遠出も初めてではない。

 

「よし、お前達、準備は良いか」

 

「問題ありません、マスター」

 

「パラケルススは、二人を指揮。 私はいざというときには介入するが、基本は助けないと思え」

 

分かりましたという、感情のこもらない返事を受けると。

 

アストリッドは、早めに街を出る。ロロナにでも見られると、色々面倒だからだ。

 

街を出た後は、加速。

 

一気にスピードを上げ、街道からも離れた。ホムンクルスの性能実験だ。最初は、兎程度の速度で。

 

昔の人間は、この程度の速度も出せなかったことが分かっている。

 

王などは、残像を十以上残しながら、敵を切り刻むほどのなのだが。当時の人間から見れば、バケモノか何かとしか思えないだろう。

 

ホムンクルス達は、ついてきている。

 

更に、速度を上げて行く。

 

アストリッドが本気になれば、残像の三つや四つ、作る事は容易。それだけの速度は出せるのだが。アーランドで言えば、王やエスティをはじめとして、もっと速く動ける者はいる。

 

更に加速。

 

既に、野を走る食肉目の猛獣でも、追いすがれない速度になっている。

 

徐々に、ホムンクルス達が遅れて来た。

 

メモを取りながら、速度を下げる。

 

「この辺りが限界か」

 

「は、はい」

 

「余裕が無くなってきたな。 この速度を維持できるか」

 

出来ますと、三体は応える。

 

ただ、パラケルススは、余裕がまだある様子だ。育てば、何処まで伸びるかわからないほどだが。実際には、才能の上限も設けてある。ただしそれはかなり高い。これなら、師匠はもう馬鹿にされないと思って、アストリッドはにんまりとした。

 

二度、休憩を挟む。

 

ロロナの作った耐久糧食を口に放り込む。これはアストリッドが弟子の作ったものの中では、もっとも気に入っている食べ物だ。味もどんどん改良されている。ロロナは何度か納品しているが、その度に味も質も上がっている様子で。師匠としても、弟子の成長は喜ばしい。

 

ホムンクルス達も、無言で圧縮パイのネクタル漬けを口にする。

 

「美味いか、私の弟子が作った耐久糧食は」

 

「栄養価が高いです」

 

「力がわきます」

 

口々に、7と19が言う。その後で、パラケルススが、意外な感想を述べた。

 

もっと、いろいろな食べ物を、口に入れてみたいという。

 

「昨晩、王宮のメイドの方々が、料理を作ってくださいました。 味について、中々興味深いと思いました。 それとも、これはまた別の味です。 他にもいろいろな味があるのなら、口に入れてみたいです」

 

「ほう」

 

これは、面白い。

 

というのも、師匠は外食に出たとき、二度は同じ注文をしない人だったのだ。

 

理由を聞いたことはなかったが。或いは、パラケルススと、同じ理由だったのかも知れない。

 

「7、19、お前達は」

 

「7は甘いのが好きです」

 

「19は、どちらかといえば辛いのが」

 

7と19が、それぞれの嗜好を口にした。

 

これも驚きだ。まあ、味覚の嗜好設定はしていないから、個体差が出てくるのは当然だろう。

 

少し休んだ後、また路なき路を飛ばす。

 

昼の少し前に、ネーベル湖畔に到着。

 

手をかざして見るが、百足の怪物とやらは、いない。だが、アストリッドから隠れ通すのは、不可能だ。

 

懐から取り出したのは、音響爆弾である。一見すると小さな球状の物体で、ゼッテルで固めてあるだけのものだが。今回のために持ち込んだ秘密兵器だ。

 

単純に言うと、音だけによって、周囲を破壊するものだ。現在の技術で作れるような存在ではなく、過去の文明からヒントを得て作成した。

 

ネーベル湖畔を、堂々と歩く。

 

途中、島魚がいた。

 

見かけは鯨のようなのだが、陸上に上がっている時点で、その通りの生物ではないと分かる。

 

全身は白く、強靱なひれを使って辺りを歩き回る。そして、その巨体で敵を押し潰し、喰らう。小さな獲物の場合は、そのまま丸ごと食べてしまう。

 

全長はアストリッドの背丈の、五倍から六倍。

 

ネーベル湖畔が危険地域に指定される原因は、此奴と、群れを成しているドナーンの上位種、イグアノスである。

 

ホムンクルス達が武器を構える。

 

7番はウォーハンマー、19番はバトルアクス。だが、アストリッドは、一睨みだけした。

 

「邪魔だ。 のけ」

 

島魚が、全身を硬直させると、すぐに湖に飛び込む。

 

そして泳ぎ、逃げていった。

 

辺りを見て回る。ネーベル湖の中に、幾つかの島が浮かんでいるこの地域は、人間の村もない。

 

湖の中にあると言うことで、一応雑草は生えているが、低木さえ殆ど無い。水のおかげで、どうにか荒野になるのを免れている。そんな場所なのだ。

 

しかも此処は、かなり最近まで、荒れ地に等しい状況だった。

 

更に言えば、湖の形状が、ほぼ正確な円形であった事も、かっては判明している。川が幾つか流れ込んで湖になったのだ。その後、周辺の地形が削られていったが。今でも、全体的に丸みを帯びた形状である。

 

湖の中央部にある島は、どれも堆積物が蓄積して出来たものらしい。

 

それが故に、緑化も進んだのかも知れない。

 

とりあえず、水上に、百足はいない。

 

ホムンクルス達が、怪訝そうに顔を見合わせている。アストリッドがにらむだけで、イグアノスの群れも散り散りに逃げていってしまうから、だろうか。

 

「マスター。 今のは、どうやったのですか」

 

「殺気をぶつけただけだ」

 

「殺気、ですか」

 

「実際には、そのようなものは具体的にはない。 要するに筋肉の動きや身に纏う魔力を見せて、相手に勝てないと悟らせれば良い」

 

アストリッドの戦闘力は、此処にいるモンスター全てを単独で駆逐できるレベルだ。厳しい淘汰の中で生きているモンスター達は、相手の実力に敏感。アストリッドが実力の一端を見せるだけで、逃げていく。

 

アストリッドはじっくり魔力を周囲に張り巡らせて、探る。

 

どうやら、おかしな気配があることに気付いた。

 

なるほど、其処か。

 

「戦闘準備」

 

声を掛けると、ホムンクルス達が、各々の武器を構えた。

 

パラケルススは、おそらく王に構えを見せてもらったのだろう。かなり構えが良くなっていた。

 

湖に、音響爆弾を放り込む。

 

そして、耳を押さえる。

 

低音が、湖に響き渡る。爆発は、しない。強烈な重低音で、モンスターを根こそぎに引っ張り出したり、気絶させることが目的の兵器なのだ。

 

湖から、巨大な百足が飛び出してきたのは、次の瞬間である。

 

なるほど、此奴か。

 

幅だけで、普通の人間の背丈以上。体の長さは、人間の背丈と比較すると、三十倍から四十倍という所か。

 

全身は禍々しいまでの紫。

 

そして、頭には、十個以上の複眼を見て取ることが出来た。

 

怒りの雄叫びを上げる百足。

 

「パラケルスス、やれるか?」

 

「問題ありません」

 

「よし、倒せ」

 

ぱっと、ホムンクルス達が散る。

 

アストリッドは小さくあくびをしながら、残像を残して跳ぶ。そして近くの木の枝に上がると、戦況を見ることにした。

 

 

 

百足が口から、膨大な量の魔力を吐く。

 

散弾のように飛び散った魔力が、先ほどの音響弾で気絶した魚が浮いている湖の上で、或いは小島で、爆発する。

 

炸裂した魔力の影響か、辺りが暑くなっていくのが分かった。

 

アウトレンジからの一方的な射撃か。

 

あの姿の割に、知能は高い。それに、ホムンクルス達に、油断もしていない。ゆっくり旋回しながら、魔力弾を大量に吐いて、体力を削り取り。その後、一気にとどめを刺すつもりか。

 

7が仕掛けた。

 

低く構えたウォーハンマーを引きずるように走り、湖に。そして水上を走りながら跳躍。まあ、このくらいなら、熟練のアーランド戦士なら誰でも出来る。

 

一気に間合いを詰めたかと思った瞬間。

 

7が、壁にはじき飛ばされて、吹っ飛んだ。

 

なるほど、魔術による防御結界か。周囲を常に防御の壁で覆っている、と言うわけだ。

 

おそらくあの体の殆どは、桁外れの魔力を維持するための器官なのだろう。百足のように見えて、中々に魔術戦に特化した生物、というわけだ。

 

だが、その間に、19が百足の背後に回り込んでいた。同じように湖の上を走って、跳躍して。そして、バトルアックスを振り下ろしたのだ。

 

魔術による防御結界が、稲妻を放ち、えぐれていく。

 

更に、水面に顔を出した7が、其処からウォーハンマーを投擲。水中であんな重いものを投擲できるようにした自分に、アストリッドは満足していた。

 

重量武器の、二連の直撃。

 

面倒くさそうに、尻尾をふるって19を吹っ飛ばし、更に水面に稲妻を投擲する百足。強烈な電撃が湖を覆い、硬直した7が水面で動かなくなる。

 

まあ、こんな所だろう。7はよくやった。

 

19は地面に叩き付けられて、数度バウンドして、それでもすぐに飛び起きる。その時、至近にまで、百足が迫っていた。大口を開けた百足。その口の中には、特大の火球。

 

撃ち放たれる。

 

爆発。

 

炎を纏うように跳んだ19が、百足の魔術結界に、はじき飛ばされる。

 

防御の結界術を、攻撃にも転用している。あの百足、使える。だが、弾かれた瞬間、19も結界をバトルアックスで抉っていた。結界が、大きくほころびる。

 

その時。

 

はじめて、パラケルススが動く。

 

ほぼ完璧なタイミングで、死角から切り込んだ。今までの動きを見て、百足の死角を把握していたか。

 

更に、剣撃の鋭さはどうだ。

 

王にはまだまだとうてい及ばないが、ベテランのアーランド戦士に匹敵か、それ以上だ。今までの戦いで負担を受けていた百足の結界が、瞬時に崩壊。ダメージが、百足の体にフィードバックする。

 

絶叫する百足。

 

その背中に飛び乗ったパラケルススが、走る。走りながら、百足の背中に、剣を叩き込み、切り裂いていく。

 

火花が盛大に散る。

 

身をよじらせて、百足が逃れようとするが、既に遅い。剣は情け容赦なく、百足の背中に食い込み、切り裂いていった。

 

百足の頭を、パラケルススが走り抜ける。

 

体の中程から、左右に分かたれた百足が、悲鳴を上げながら地面に墜落。地響きを上げた。

 

頭から地面に突っ込んだ百足は、まだしばらくもがいていた。

 

水面で気絶している7をアストリッドが拾ってきた時には、パラケルススは容赦なく、百足の体を四つに裁断していた。まず頭を切りおとし、胴体部分も右に左にと切り刻んでいた。

 

19が起き上がると、血みどろの惨状を見て、言葉を失ったようだった。

 

感情が無いように見えるホムンクルスだが。いや、実際にほぼ感情はないのだが。それでも恐怖する光景、ということだ。

 

頭を左右に真っ二つにされて、なおかつ切りおとされて。百足は物理的にも一切身動きがとれなくなり、死んだ。

 

まだしばらく尻尾はバタンバタンと動いていた。流石の生命力である。

 

「あまり尻尾には近づくな。 毒があるかも知れん」

 

「分かりました」

 

パラケルススは、返り血をたっぷり浴びていた。

 

多分あの血にも、猛毒があると見て良いだろう。すぐに体を洗うように指示。頷くと、パラケルススは服を脱ぎ捨てて、ネーベル湖に飛び込んだ。

 

それにしても。

 

アストリッドは、見事に切り刻まれた百足の死骸を見て、満足した。初陣としては、充分な結果だ。

 

アーランドでは、戦士は凶猛な方が敬愛される傾向がある。

 

それに、それだけではない。

 

百足の動きを見て、なおかつ味方の動きも把握。正確に敵の弱点を見きり、最小限の攻撃で致命打を与えている。

 

戦士としては充分以上。

 

指揮官としても、満足できる素質を見せていた。

 

百足の死体を検分する。やはり血は猛毒。腹の中には、喰われたらしい動物の残骸が、多数残っていた。

 

人間の死体は、見当たらない。

 

どれもこれもが、野獣や家畜ばかりだ。ひょっとしてこれは。いや、それは流石にまだ、結論とするには早いか。

 

パラケルススが、湖から上がってくる。

 

全裸のまま、体をふるって水をおとす。他人に裸を晒すことに、羞恥を感じていない。こういった行動も、他のホムンクルスとは違っている。そう、意図的にデザインしたのだ。王侯は、他人に裸を見せる事を、恥ずかしがらないのである。

 

たき火を作る。

 

服を洗って毒をおとしている間、ホムンクルス達には、其処で体を温めさせた。遠くから此方をうかがっているモンスターは多数いたが。

 

今の戦いを見て、近づいてこようという勇気のあるものは、いなかった。

 

意識を取り戻した7の服も脱がせる。

 

少し嫌がったけれど。7は服を脱いで、タオルにくるまった。

 

 

 

服の洗濯と乾燥が終わったので、パラケルススと7に着せるために、皺を伸ばした。全裸で平然としているパラケルススは、タオルにくるまって落ち着かない様子の7が、不思議なようだった。

 

「マスター。 どうして7は、恥ずかしがっているのですか?」

 

「それは、お前とは精神の構造を変えているからだ」

 

「どうして、でしょうか」

 

「お前はホムンクルス達の主となる存在だ。 だから一種の帝王教育として、強い自信を持つように仕込んである」

 

ただし、自信が強すぎると、人間への反逆につながりかねない。

 

そのため、あくまで自信を持つのは、ホムンクルスを相手にした場合に限定している。この辺りの緻密な精神構築も、師匠がいなければ出来なかった事だ。アストリッドでさえ、理論が複雑すぎて、時々感心させられるのである。あの人は、本当に一つの分野に特化した天才だったのだ。

 

いや、あまりにも特化しすぎているから、異才と言うべきだろうか。

 

服を着させる。

 

消毒もしておいたから、問題は無い。

 

更に、裸でいるうちに、検査もしておいた。毒を浴びてはいるが、パラケルススは無傷だったので、問題は無かった。7と19は手傷を受けていたが、どちらも致命傷には遠い。ただ、ホムンクルスは、どうしても不安定な生き物だ。元々無理に無理を重ねて造り出しているのである。

 

帰った後、念入りに検査はしておきたい。

 

もっとも、今までの実戦投入で、怪我に関しては人並みの治療でどうにでもなる事が分かっている。

 

それほど神経質になる事はないだろう。

 

まずは、19を伝令として出す。

 

サンプルとして、百足の死体を回収させるためだ。今回の大規模討伐作戦では、オルトガラクセンの深部から現れたモンスターを解析する好機が得られている。この百足も、解析しておけば、面白い事が色々分かるだろう。

 

近くの駐屯地から戦士達が来るまで三刻ほど。

 

それまでに、アストリッドは戦闘経過のレポートを仕上げておいた。

 

戦士達は、見事に細切れにされた百足を見て、驚いた様子だったが。指示を出すと、てきぱきと動き始める。

 

後は、任せてしまって問題ない。

 

「戻る」

 

「分かりました」

 

ホムンクルス達が、たき火を処理するのを横目に。アストリッドは、ある結論を出していた。

 

とりあえず、ホムンクルスの量産計画については、問題ない。

 

ただ、今回の戦闘を見ていて、ある問題が生じていた。それについては、いずれロロナの所にいるホムからデータを回収し、補っていけば良いだろう。

 

師匠の組んだ理論は芸術的なまでの完成度だ。

 

後から手を入れるにしても、準備が幾つかいる。

 

緻密なデータと検証を得なければ、おかしな結果を招きかねない。

 

三体のホムンクルスを連れて、アストリッドは王宮に凱旋。丁度その頃には、他の討伐部隊も、大物の処理を終えていた。

 

丁度戻ってきていたステルクと鉢合わせする。早速ステルクに、パラケルススを自慢する。パラケルススは丁寧に礼をしたが。

 

ステルクは、非常に怖い顔をしていた。

 

「どうした、ステルク」

 

「このホムンクルス、何を素材にした」

 

「見て分からないか。 お師様だ」

 

「……っ!」

 

ステルクが、久しぶりに本気で怒るのを見た。

 

周囲の人間達が、さっと離れる。此奴は若い頃と違って、最近は分別を付けてきている。だが、たまに本気で怒ると、若い頃のような殺気がむき出しになる。

 

昔は恋人だったこともあった。

 

だから、何故怒っているのかも、よく分かった。

 

「良いのかステルク。 此処でやり合えば、減俸程度ではすまないぞ」

 

「お前の歪みをただせるのなら、多少の減俸くらいなら安いものだ! 何という、何という邪悪な事をしているのか!」

 

「邪悪? それはたとえば、善良だったのに分かり易い才能がなかったお師様をよってたかって無能呼ばわりし、虐げ、何もかもを否定したあげく、孤独な死に追い込むような……そんな事かっ! 弱いという事を理由にし、虐げる者どもの顔こそ、真の邪悪に満ちているだろうがっ!」

 

アストリッドも、真正面から受けて立つ。

 

元々、アストリッドはさほど魔力が強くはない。ただし、身体能力に関しては、他のアーランド戦士達に全く引けを取らない。あらゆる方面に活用できる才能を用いて、効率的に戦術を展開している。ただそれだけだ。

 

今の場合、元々乏しい魔力を圧縮して、体の要所にだけ展開している。

 

ステルクが剣を構える。

 

アストリッドは、素手のまま、軽く足を開き、右手を前に、左手をやや下げる。

 

おろおろしている7と19と対照的に。

 

パラケルススは、静かに様子を見ていた。

 

やがて、ステルクが剣を下げる。

 

アストリッドも、それを見て構えを解いた。ため息の音。いつの間にか、二人の間に、エスティがいた。

 

エスティは両手に剣を一本ずつ持ち。刃先は、それぞれステルクとアストリッドの喉に向いていた。

 

「はい、其処まで。 じゃれ合うなら外でやるように」

 

「まさかこのような邪悪を、先輩は知っていたのですか!」

 

「アストリッドが歪んでるのは、君も承知の上でしょうに。 ただね、今はその歪みから生まれる強力な戦闘能力が、この国には必要なの。 倫理やまっすぐな心では、国は救えない。 貴方なら、分かっているでしょう?」

 

エスティの正論に、歯ぎしりするステルク。

 

だが。パラケルススが、じっと自分を見ていることに気付いて、露骨に慌てたようだった。

 

此奴は。

 

そうだ。あの事件の時、唯一花を持ってきた。雨が降る中、師匠の墓前に立ち尽くしているアストリッドの周囲には、誰もいなかった。

 

アーランドの誇りを汚した女。そう言われ、孤独な死を遂げた師匠の所に。此奴だけが。自分の立場を無視して、花を持ってきた。白眼視されることも厭わずに。

 

懐かしい思い出だ。

 

だからこそに。師匠が幼い頃の顔そのものを持つパラケルススを前にして、慌てるというわけだ。

 

「私の素体になった方に、面識があるのですね」

 

「……他のホムンクルスとは違って、随分と人間的なしゃべり方だな」

 

「それはそうだ。 何しろパラケルススは、私が考えた最高に強くて格好良い、誰にも尊敬される師匠だからな」

 

アストリッドが胸を張って言うと。

 

エスティが乾いた笑いを上げた。ステルクは、もう何も、返す言葉もないようだった。

 

アストリッドが今、鏡を見たら。

 

きっと。何よりも深い闇が、目の奥に宿っているのを、確かに見ることが出来たかも知れない。







アストリッドさんの歪みは、同期の者達ですら看過できるものではありません。

そしてアストリッドさんは、基本的にすべてを許すつもりがないのです。

状況次第では、世界を滅ぼす側に簡単に転びます。

それほど本作のアストリッドさんは、危険な存在なのです。




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