暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
次の課題。
それは有害な獣を遠ざける事です。
ただしそれはあくまで人間から遠ざけるというだけの事であって、殲滅を意味しません。
今の人間よりもアーランド人は苛烈な世界に住んでいる事もあって、あらゆる動物が環境を構成する要因となっている事を知っているのです。
人間だけがそれから外れている事も。
序、スカベンジャー
動物の中には、死肉を貪ることで、生をつなぐ存在がいる。
スカベンジャー。
いわゆる徘徊型の捕食者であるプレデターとは、真逆の生き方を選んだ生物だ。
言うまでも無く、彼らは重要な自然の保護者だ。彼らがいるからこそ、死体は速やかに処理され、大地に帰る。
ロロナが手をかざして見ているのも、そのスカベンジャーである。
彼らはヴァルチャー。
アードラ種の中でも中位に属するモンスター。体はアードラよりかなり大きく、爪もくちばしも鋭い。大きな体は、獲物を独占するのに必要だからだ。また、簡単な風の魔術も用いる。
アードラに限らず、ある程度以上大きな鳥のモンスターには、魔術を使うものが少なくない。
これは、そうしないと飛べないからだと、過去の研究が告げているという。
木陰に隠れたロロナは、側で待っていてくれたクーデリアに、頭を振る。
「数百はいるよ」
「最初から分かっていたでしょ」
「うん……」
憂鬱極まりない。
ベヒモスを倒してこいとか、ドラゴンと戦ってこいとか、そんな話ではなかった。それだけは良かった。
最初、次の課題はモンスター退治だと言われたとき。息が止まるかと思ったのだ。
ほっとしたのも、つかの間。
地元の住民の間では有名な、近くの森のすぐ側。通称屍食者の森をどうにかしろという話だとステルクに説明されて、げっそりしてしまった。
下見をしようと思って来たのだけれど。
森の木の枝には、鈴なりにヴァルチャーがいる。どうしてあんなにたくさん、大型の猛禽が群れているのかは、よく分かっていない。
実のところ、調査によると、巣の類は無いのだとか。
ヴァルチャーは体が大きいこともあって、岩山などに大きな巣を作る。ならば、どうしてあのヴァルチャー達は、群れているのだろう。
餌を採るため、とは考えにくい。
というのも、彼らは朝から、めいめい好き勝手な方向に飛んでいくのだ。昼辺りには、ほぼ森は空になる。
そして夕暮れ頃から戻ってきて、夜には森はヴァルチャーだらけになる。
たまに近くの森に迷い込んできたヴァルチャーを、巡回の戦士が仕留めるけれど。殆どのヴァルチャーは、そんなへまをせず、あの森に逃げ込むのだ。
流石にあの数。
熟練の戦士でも、攻撃を躊躇う戦力である。
しかもあの森の土は、栄養価が極めて高い。大量のヴァルチャーが糞をしていて、その下で虫たちがせっせと処理をしているのだから、当然だろう。森の木々はすくすくと育っていて、近くの森よりも背が高い位だ。
害が無いのなら、放置していても良いのだろう。
しかしながら、そうも行かないのが事実だ。
実際あの森から飛来したヴァルチャーが、人を襲った例はたくさんある。幼児がさらわれかけた例さえも。
放置は出来ないのだ。
かといって、森の資源を失うわけにはいかない。
ロロナが求められているのは、森を吹き飛ばすような大威力の火薬で、ヴァルチャーを殲滅することではない。
できる限り穏便に、ヴァルチャーの巣を、もう少し人里から離れた場所へ移すこと。それだけだ。
可能な限り、ヴァルチャーも殺さない方が良いだろう。
スカベンジャーと言う事もあって、人間に対する害も小さい方なのだ。適切な数が存在するなら、むしろ世に有益。
此処にあまりにも多くいるのが、問題なのである。
森の周囲を確認して回る。
今回は、万一を考えて、ステルクにも来てもらっていた。地図通りの森の周囲を、ゆっくり回りながら、調べていく。
昼の間なら、別に問題なく森に侵入できるのだけれど。
既に夜になっている今では、かなり厳しい。
ヴァルチャーは夜目が利かない、いわゆるとりめの動物だけれど。彼らは風の魔術を使いこなす。
下手に近づくと、袋だたきにされる可能性がある。
一体一体は魔力が少なくても、何しろあの数だ。
「ロロナ、こっち」
クーデリアが、手招きしている。ステルクは剣に手を掛けたまま、険しい表情で、ずっとロロナとクーデリアを見下ろしていた。
おそらく、危険があるからだろう。
クーデリアが手招きした先には、小さな川が流れている。
心なしか、水量が寂しい。
「この川、例の水量が減っている奴よ」
「あ、そうなんだ。 確かに、水が少ないね……」
「騎士団では調べてるの?」
「残念だが、まだ調査は完遂されていない」
ステルクはクーデリアの問いに、よどみなく応えてくれた。流石に現役の騎士団員である。
調べるとしたら、水源だろう。
ひょっとすると、彼処だろうか。思い当たるのはシュテル高地。若手戦士達の登竜門とも言うべき場所。
だが、ステルクは、ロロナの考えを読んだのか、首を振る。
「水源は既に調査済みだ。 水源から山を下った辺りまでは、水量が問題ない事を確認している」
「あ、それで……」
「くーちゃん?」
「川の水量が減るって言う事は、川下の村々がそれだけ危険な状態になるって事よ。 放置していたわけじゃなくて、原因が分からないわけ」
移動しながら、クーデリアが話してくれる。ステルクも、その通りであると認めた。
或いは、ロロナに話が行くことになるかも知れないとステルクが言い出したのは、あまりにも想定外だったが。
「え、でも課題は」
「この件は、予想外に深刻だと言う事だ。 もしもこのまま川の水量が減った場合、先ほどクーデリア君が言ったとおりの事態になる」
当然、この課題よりも、話が行った場合。優先度は上になるという。
厄介なことだ。
しばらく森の周りを調査していると、夜半を廻っていた。
一旦近くの森まで戻り、キャンプスペースに。巡回のチームが来た。はて。ベテランに、小さな女の子が混じっている。随分と可愛い服を着ているけれど、何だろう。その上手にしているのは、大ぶりの刃がついたハルバードだ。体に合わせてか、柄が短いので、見かけは随分と不可思議だが。
足下の靴も、もの凄く頑丈そうな、鉄の補強剤いりのものを使っているようである。天才的な子供の戦士か。それにしては、そんな子がいるという話は聞いていないけれど。
「どうだ、新入りの様子は」
「話通りの実力だぜ。 ランカスの野郎が前線に行った穴はこれで埋まったな」
暑苦しい巡回の戦士達が、笑いながら女の子の頭を撫でている。愛されているようで、何よりだ。
ステルクが、黙々と火を熾す。
戦士の一人がステルクに気付いて、呼んでいる。ロロナは荷車を下ろすと、持ってきた干し肉を火で炙りながら言った。
「わたしたちは夕食にしますけど、ステルクさんは?」
「彼らと少し話してくる」
「分かりました」
夕食を済ませたら、街に戻った方が良いだろう。此処で野宿をするよりも、その方が有益だ。
駆け出しの戦士達が、何組かキャンプしている。
駆け出しの内はああやって、ウォルフなんかと戦いながら、徹夜で腕を磨くのだ。クーデリアも、彼らに混じって、実戦訓練をしていた筈。一人前として認められたらしいから、大変結構なことだ。
炙った干し肉から、油がじゅうじゅうと音を立てて垂れている。油が火に落ちる度に、ぼっと火が燃え上がって、とても綺麗。
適当に炙ったところで、口に入れる。
美味しい。
野外で食べると、時々何でも美味しく感じる。せっかくなので、作ってきたパイも出す。圧縮した耐久糧食ではない。普通のミートパイだ。
切り分けて、クーデリアと一緒に食べていると、ステルクが戻ってきた。
「ステルクさんも、どうぞ」
「もらおう」
腰を下ろしたステルクが、ミートパイを食べ始める。流石に男の人だから、すぐになくなってしまった。
ステルクが教えてくれる。
近くの森の周辺で、モンスターが活性化しているという。
ヴァルチャーだけではない。今は巡回の戦士達がいるが、若者達が、凶暴化したモンスターに遭遇すると、危険だとか。
「困ったことだ。 君に、何かヴァルチャーを追い払う手はあるか?」
「来る前に少し調べて見たんですけれど。 やっぱり、臭いを使うのが良いのかな……って思います」
「臭いか」
スカベンジャーは、どの種族でも臭いに敏感だ。当然の話で、腐敗した餌を探すには、臭いを頼るのが一番だからである。
勿論ヴァルチャーも例外ではない。
彼らは猛禽特有の優れた目も活用しているけれど、やはり臭いには敏感なはず。
ロロナとしても、臭いでヴァルチャーを追い払う方向で、進めていきたい。上手にヴァルチャーを追い払えれば、その時点で課題は達成だ。
少し休んで疲れを取ったところで、キャンプスペースを後にする。
今日は荷車も持ってきていないから、アトリエに直行。アトリエの門前で、クーデリアとステルクと、別れた。
アトリエに戻ると、ホムの仕事を確認。
指示した作業は、一応全て終わっている。
「ホムちゃん、ありがとう。 いいよ、今日は上がって」
「それでは、休みます」
一礼すると、ホムは寝室に。
ロロナは明日からの作業をスケジュールにまとめると、休むことにした。
その過程で、ホムの作業について調べておく。調合品はどれも問題が無い。後は、頼んでおいた買い物だけれど。
此方についても、特に問題は無かった。
最近は、お買い物も任せるようになったのだけれど。そちらも、そつなくこなしてくれる。ただし、まだ目利きは出来ないようで、時々変な品質の素材も買ってきてしまうのが、たまにきずか。
まあ、今の時点で、お金には困っていない。
課題を一つこなすごとに、収入源が増えている。発破にしても栄養剤にしても、それにネクタルにしても。納品すれば、それぞれがお金になる。
お金の使い道は、一応ある。
今ロロナが考えているのは、装備品の一新だ。
手にしている杖は、母からもらった大事なものだけれど。最近、ロロナの魔力の方が、杖を上回りはじめている。
ただ、隣の親父さんによると、これ以上強い杖を作る場合、素材からカスタマイズしないと行けないという。
金属のインゴットを持ってくれば、作ってくれると言うことだけれど。
それもまた、一から研究しなければならないのだと思うと、少し大変だった。もとより、魔術の威力を強化する金属なんて、そうそう多くはないのだ。伝説のオリハルコンやらミスリルやらは、参考書にも名前が出てこない。
とりあえず手が届きそうなのは、ゴルトアイゼンか。
これは陽晶石と呼ばれる鉱石から加工できる金属で、希少性が高い。この近場では、シュテル高地に行くしか、採取手段がない。
一応お店でも売られているのだけれど。品質が良くない上に、非常に高額。まあ、研究用に少量は手に入れたのだけれど。純度の高いインゴットを作ろうと思うと、とてもではないけれど量が足りなかった。
何より、シュテル高地は名うての危険地帯。
ステルクの同行を頼んで足を運ぶには、少し遠すぎる。ドラゴンが出る事もあるという話だし、そうそう気安く行ける場所ではなかった。
予定していた作業が一通り終わったので、小さくあくびをして、寝室に。
ベッドに潜り込むと、翌朝まで眠ることにした。今回は、ちょっと大変になりそうだし、眠れるときに寝ておかなければまずい。
ヴァルチャーを追い払う手段。
それは良いのだけれど。
やはり、この間から、気になっていることが、頭の片隅でちらつく。錬金術は、誰のためのものなのだろう。
みんな、錬金術で、幸せになれるのだろうか。ヴァルチャーだって、どういう意図でかは分からないけれど。あの森から追い払われたら、何処へ行けば良いのだろう。かといって、あそこにいるヴァルチャーが、害を為しているのもまた、事実なのだ。
考え込んでいる内に。ロロナは眠ってしまっていた。
気がつくと、朝。
伸びをして、ベットを這い出す。着替えて顔を洗って。作業の準備を整えてから、資料を引っ張り出す。
動物を追い払うための手段。
ヴァルチャーについての研究。
どちらも、探すのには、骨が折れそうだった。