暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
害獣といってもそれはあくまで人間にとっての話。
自然を構成する一要素であり、安易な殺戮は大いに環境を傷つけます。
如何に被害を減らして遠ざけるか。
元々、人間と動物とはそうやって距離を取ってやっていくしかないのです。
序、禿鷹の前
ロロナは、王宮の図書館に足を運んで、ヴァルチャーについて調べ上げていた。ここ三日、ずっと同じ作業ばかりしていた。
調べていたのは、ヴァルチャーの生息域についてだ。
少し前に、小川の水量がほぼ回復。緊急で入った課題については、これでクリアと見なされた。
監視用の小屋も見に行ったが、問題は無い。沼沢地は着実に緑化していて、問題なく青い草が生え始めている。遠巻きに監視している人間達を無視するように、悪魔達は作業を続けているようだった。
そうなれば、残るのはヴァルチャーだ。
幾つかの資料を借りていく。王宮の図書館である。クーデリアと相談するには、少しばかり場所が悪い。
アトリエに戻る途中、リオネラとばったり会った。
リオネラはロロナを見て少し驚いた様子だ。ロロナは手に四冊も分厚い本を抱えていたので、本ごしにしか挨拶できなかったけれど。
ただ、リオネラの身に纏っている魔力が、露骨に強くなっている。
歩きながら話を聞かせてもらう。
「りおちゃん、修行してるって聞いたけど」
「うん……」
「此奴、自分が役に立たないって気に病んでてな」
「確かに自動防御が頼りないってのは事実だものね」
ホロホロとアラーニャが口々に言う。
リオネラは、自分でも悩んでいたのか。しかし、本当に強烈な魔力だ。制御方法さえ覚えれば、ロロナよりずっと強力な魔術を使えるのではないか。
魔力を高めただけではない。
いろいろな、回復や支援の術式を、魔術師達に習っていたのだという。
攻撃は怖いから苦手だと言っていたけれど。支援特化で構わないので、強くなってくれているのなら、それで充分だ。
ただ、まだものにはなっていないという。早く身につけたいと、リオネラはうつむきながら言うのだった。
アトリエに上がってもらう。
クーデリアはもう来ていた。今日も顔の何カ所かに、傷跡が出来ている。訓練で作ったものだろう。
「あら、久しぶりね」
「どうも……」
リオネラは不安そうに、クーデリアに応える。
一旦本を下ろすと、二人にロロナは向き直った。
「ちょっと相談したいことがあるの」
「はいはい、どんな難題よ」
「わたしなりに調べて見たんだけど、ヴァルチャーは、どうやら大きな縄張りの中で、毎日動いているみたいなの」
その中心点にあるのが、街の側にある、ヴァルチャーのたくさん住んでいる森だ。他にも何カ所かの森で、ヴァルチャーは集まっているらしい。
其処で、だ。
来られると困る森に、ヴァルチャーよけの香料を焚く。
「なるほど、近くの森とかに来ないように、事前にヴァルチャーよけを焚いておく、というわけね」
「うん。 できれば、何日か。 ううん、もっと長い間が良いかな」
そうすることで、ヴァルチャーの縄張りそのものを、ずらしてしまうのだ。
このままだと、人間にとってもヴァルチャーにとっても、不幸なことになる。それならば、広大な縄張りを、少しだけ動かしてもらう。
流石にヴァルチャーに言葉は通じないから、そうするしか他に手がない。
「合理的な判断だけれど。 問題は、その香料ね」
はて。
今、クーデリアは、妙に言葉に間があったような。
小首をかしげたくなったけれど。とにかく、この結論は、動かない。
とりあえずだ。ここからが、本題になる。
「くーちゃんが言うとおり、香料の材料が問題だよね。 ヴァルチャーの天敵となると、やっぱり原初ベヒモスが一番みたいだから」
「で、骨なり化石なりは、宛てがある?」
既に、一月近くが経過している。
調査やら何やらで、時間が吹っ飛んでしまった。
だから、採集作業は、可能な限り短く済ませなければならない。
「カタコンベに、行ってみるしか無いと思う」
「ステルクに同行は頼めた?」
「ううん、無理だった」
クーデリアはあまり驚かない。やはり、何かあるのだろうか。ただ、それを追求している暇は無い。
今回は、ステルク無しで、カタコンベに行くしか無いだろう。
モンスターはいないが、以前死にかけた危険地帯だ。いくならば、慎重に行動しなければならない。
それに、本当に骨があるかも分からない。
もし無かった場合は、お手上げだ。
いや、もう一つだけ、宛てがある。調べていて、見つけたのだ。
「危険度は高いけど。 実は、もう一つだけ、上手く行きそうなのがあるの」
「何、それは」
「シュテル高地辺りに住んでいる原初の鳥」
原初の鳥。最近縄張りを拡大している、アードラ種の上位生物だ。高い戦闘力と大きな体を持ち、他の鳥の縄張りを侵略して廻っている。彼らがどうして突然縄張りを広げはじめたのかはまだよく分かっていない。
ヴァルチャーの天敵ではないけれど。
この間から、何度か資料を見た。原初の鳥を見ると、ヴァルチャーは一目散に逃げ出してしまうのだとか。
ただ、この場合、原初の鳥は、視覚情報で確認されている可能性が高い。
しかし、鳥は頭が良い。張りぼて程度では、絶対にごまかせなくなる。もし本気で追い払うのなら。
原初の鳥を捕まえてきて、飼い慣らすくらいの事はしないと無理だろう。
この面子では到底不可能だ。
原初の鳥はアードラ種の中でも上位に入る実力を持ち、単独でも高い戦闘能力を持つのだという。
しかもシュテル高地には、この近辺にいるものとは比較にならないほど戦闘力が高いウォルフが多数住み着いているほか、悪魔族も姿を見せ、時には上位種のグリフォンや、ドラゴンまで出ると言うでは無いか。
「だから、まずカタコンベに出向いて、駄目なら一か八かで、シュテル高地に行ってみよう」
「あんた、無茶にもほどがあるわよ」
「あの……」
リオネラが、おそるおそる挙手する。
クーデリアが不機嫌そうに見たので、リオネラは小さく悲鳴を上げた。泣きそうになるリオネラを、ロロナはなだめる。
「どうしたの、りおちゃん」
「うん……。 あのね、この人数で足りないなら、一人か二人、増やせば」
「そのつもりだよ。 タントリスさんを呼ぼうと思ってるけど」
青ざめたリオネラが、一歩露骨に引いたので、ロロナは困った。
確かに前に何かあったらしい事は知っているけれど。本当にそこまで引かれると、どう言って良いのか。
確かに、泊まりで出かける場合、タントリスと一緒は問題がありそうだけれど。
別にタントリスと二人きりになる訳でも無い。
アーランドの野外は過酷だ。タントリスも一人前の戦士であれば、外で気を抜くような事はしないだろう。
「ともかくよ。 先にカタコンベで良いのね」
「他に選択肢はないと思う。 これでもヴァルチャーについて、散々調べたんだから」
「それにしてもあの鳥ども、どうしてあんな街の近くに集まってるのかしら。 今までは討伐隊が出なかったけれど、もし来たら一巻の終わりだって分かっているでしょうに」
「……」
実は。ロロナには、仮説がある。
この間の、沼地の悪魔と話していて、ふと疑問に思って。王宮の図書館で、調べて見たのだ。
そうすると、妙なことが分かった。
モンスターは、どうも人間では住めないような過酷な場所に、わざわざ住み着く性質があるらしいのだ。
ヴァルチャーも、かってはただのスカベンジャーの猛禽だったそうだけれど。世界が荒廃してから、今までの間に、とんでもなく強靱になった。或いは、別種の生き物が、かっての生物の名を取って、ヴァルチャーと呼ばれるようになった。いずれにしても、ヴァルチャーは今やモンスター。
そして、沼地の悪魔の行動を見る限り。そして、ヴァルチャーの住み着く森の現状を見る限り。
いや、その疑問については後だ。
とにかく、今は目の前の問題を片付ける方が先である。
二人に、原初ベヒモスの骨について説明する。原初ベヒモスそのものを倒せればそれはそれで結構なのだけれど、流石にもう世界の何処にもいないだろう。或いは別の大陸まで足を運べばいるかも知れないけれど。そんな機動力は、ロロナには備わっていない。
「大きさ的には、持ち運びが可能なサイズのものもあるのね」
「場合によっては砕けば良いよ。 大きさについては、だいたいこのくらい」
「何だ、今のベヒモスとは比較にならないじゃない。 どうしてこんなのに、昔の人間は苦戦してたのよ」
「うーん、なんでだろうね」
資料を、すぐにクーデリアは覚えた。リオネラにも、渡しておく。
一番かさばる骨でも、ロロナよりちょっと大きいくらい。これならば、荷車で運ぶのは、難しくない。
リオネラと調整して、出かけるのは明日となった。
耐久糧食は、たっぷり用意してある。最近は更に味を改良して、しっとりとした、上品な甘さにしてある。工場の方では味を再現し切れていないという事だけれど。前線に出ている人達からは、とても評判が良いそうだ。
これを、二十日分。
更に、シュテル高地に行く事を想定して、発破の類も出来るだけ持っていく。
荷車をもう二回りくらい大きくしたいけれど。今回は、行く前から、かなり重くなりそうだ。
さて、此処からだ。
一度、準備のために戻ったリオネラを見送ると。タントリスを探しに、街に出る。
最近はふらふらと歩き回っているようだけれど。ロロナを見つけると、だいたい声を掛けてくるので。タントリスに見つかるようにすればいい。
クーデリアは、新調した銃を腰にぶら下げていた。威力と射撃精度がかなり向上しているという事で、今後の戦いでの活躍が期待出来る。
ロロナも新しい杖が欲しいけど。
だけれど、今はその余裕が無い。
大広場に出ると、タントリスはいないけれど。しばらく街を歩いていると、不意に後ろから現れた。
「やあハニー。 元気にしてたかい?」
「ゴキブリみたいに神出鬼没ね」
「くーちゃん、いくら何でも酷いよぉ」
「ははは、ゴキブリか。 あれほど素早く生命力の強い男になりたいものだね」
さらりと流すタントリス。クーデリアはいつも突っかかるけれど、気にしている様子は無い。
或いは、男の度量という奴だろうか。
そういえば、この性格だ。男の人はみんな敵に回しそうなのだけれど。タントリスが、男の人と喧嘩しているところは見たことが無い。
意外に、女の人とは、誠実に接しているのかも知れない。いや、それはどうか。微妙な気がする。
咳払いして、長期の採集に出ることを告げる。案外、簡単にオッケーしてくれた。これで四人。
流石にイクセルを、長期間連れ出すのは無理だろう。
最近も近くの森などでの採集では、時々同行はしてくれるのだけれど。やはり、料理人として忙しいのだ。外で採集につきあうのは、なかなか難しいと言っていた。
ステルクが来てくれれば心強いけれど。今回はそれも望めない。
王宮では、しばらくは無理だと言われてしまった。
確かに、今非常に忙しい様子で、騎士達がばたばた走り回っている。こんな状態で、騎士の中でもかなり強いらしいステルクを、独占するのは厳しい。
とにかくだ。
集まる人員は、手元に揃った。
後は、どうにかして、原初ベヒモスの骨を探すだけ。それが駄目なら、原初の鳥を倒すか捕まえるかして、代用するしかない。
一度アトリエに戻る。
一人になった後は、荷車の調整と、荷物の準備。それから、ホムに対して、留守の間の作業について説明。
栄養剤の納品と、後は少し前にまた頼まれた発破の納品。発破の調合は流石に任せられないので、コンテナに作り置きしておいた分を、王宮に持っていって貰う。それらの説明と、細かいスケジュールをホムと一緒に作る。
ホムは徹夜も平気だと言うけれど。
ロロナが、嫌だ。
スケジュールを組み終えて、食事をすると、もう夜になっていた。
見つかるかも分からない素材を探しに行かなければならない。しかも、見つからなければ、詰む。
今回は、今までの課題でも、かなり厳しい方に入るかも知れない。
最悪の場合は、ヴァルチャーの大群に戦いを挑むしかないのか。しかし、出来ればそれは避けたい。
ベットに入っても、悩みは消えない。
戦いの際、悩みを抱えるのは致命的だ。
分かっていても。
どうにもならないことは、確かにあった。