暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
綺麗な水はとても貴重なものです。それはこの国でも同じ。
綺麗に見える川の水とか飲んだりして、赤痢になったりする事はよくありますね。
ましてや環境が酷い事になっている本作のアーランドではなおさらです。
安定して水を得る。
それが兎に角大事なのです。
アーランドに限らず、この世界に足りないものはたくさんある。
緑が何よりだが、その次に足りないものは、やはり安定して得られる水だ。だから、水がある場所には集落が出来る。場合によっては、国になる。
アーランドの王都も、水が安定して得られるからこそ、この場所にあると言っても良い。ロロナも、井戸を使って、毎日の水を得ている。
だからこそに、錬金術師なら、誰もが作ろうと思うのだろう。
かなりの資料が集まった。
水を得るための道具。それだけで、この有様である。
クーデリアと一緒に、整理していく。
「砂漠で水を得るための道具。 ふーん、ねずみ取りみたいね」
クーデリアが見つけてきたのは、砂漠でビバーク中に水を得るための道具だ。これによると、砂漠に生息している鼠や蜥蜴の血は、非常に貴重な水分となるのだとか。なるほど、確かに一理ある。
著者の錬金術師は、初代から五代目とかなり古い時代の錬金術師だ。
当時の王と一緒に、砂漠化している地域やとても荒れている場所を回っては、緑化を行ったり、モンスターを撃退したりした武闘派のようである。歴代の錬金術師としては珍しい筋骨隆々とした大男で、単純な戦闘能力も高かったと記録にある。
なるほど、錬金術の道具と言うよりも、何というか。罠の一種とみるべきだろうか。ただ、小動物を得るために、誘引剤を調合して、餌として用いるのだとか。
この辺りは、しっかり錬金術している。
他には、筒状のものがあった。
これは、水は乾いた方へ行くという性質を利用する道具だという。要するに、地下にある水を吸い出すためのものだ。
大がかりなストローのようなものである。
ただし、これには大きな欠点があると書かれている。
「土が塩だらけになる、だって」
「それじゃあ、作物が出来なくなるわね」
「うん。 うかつには使えないよ」
どうも仕組みがよく分からないのだけれど。何とか読み解いたところによると、これを使って水を吸い上げると、あまりにも強力すぎて、水の中にある塩分が残ってしまうのだとか。
ただし、使い方を注意すれば大丈夫だともある。
たとえば、森などを作るための散布用。
緑の平野を造り、充分な保水能力を得た上で使うのであれば。危険性は減るのだとか。また、土が塩だらけになる前に、様々な処置を執ることで、継続的に使う事も可能だと、研究が記している。
ただ、隣にいるクーデリアが、肩をすくめている。
今回必要なのは、それこそもっと小規模なものだ。
毎日、おじいさんおばあさん達が使うのに困らない程度の水。
現在の井戸では、少しばかり足りない。
労力も省略したい。
「錬金術で、パッと水が湧くような道具、作れないの?」
「ええと……出来るけど、全部の条件を満たすのは、難しいよ」
最初に見つけたのが、桶のような形状をした、置いておくだけで水が溜まるという道具。これは一見お手軽に見えるのだけれど。
「一日おいておいて、コップ一杯程度の水しか出来ない!? 何よこの欠陥道具!」
「数さえ置いておけば、それなりの水は出来るみたいだよ」
「次! 問題外よ」
クーデリアに急かされて、次に。
次は、水路を作る道具。パイプを連ねていくだけで、水を運ぶことが出来るという優れものだ。
水を運ぶための機構が必要ない上、多少の起伏にも余裕で耐え抜く。
一見優秀に見えるのだが。
工数が尋常では無い。パイプを作るのにも、かなり貴重な素材類が必要になってくる。多分、三ヶ月まるまる費やしても、近くにある川から十分の一も、パイプを渇き谷に向けて引くことが出来ないだろう。
「これも駄目ね」
「そうなると、これかなあ」
ロロナがクーデリアに見せたのは、何というか、非常に怪しい道具だ。
形状は、別に珍しいものではない。
杯。それ以外のなにものでもない。大きさは二抱えほど。荷車に乗せて運ぶには、丁度良い程度の大きさだ。
問題は、その機能である。
放っておくと、水が一杯に溜まるというものだ。仕組みはよく分からない。何というか、難しすぎて、理解に手が届かないのだ。水が溜まる速度も量も、かなりのものだ。しかもこれなら、土壌や地下水に負担を掛けない。
正直な話。
あの渇き谷の地下水は、これ以上吸い上げると、絶対に悪影響が出る。地下水を吸い上げる装置の注意書きに書かれていた通りの弊害が出るだろう。ただでさえ緑化が不可能な土地が、更に致命傷を受けることは間違いない。
だから、地下から水を吸い上げるタイプの道具は駄目だ。
「湧水の杯?」
「うん。 これなら、要件を全て満たすと思うけど……」
「理論が理解できないから、出来れば使いたくない、と」
「そうなの」
クーデリアは流石だ。ロロナの気持ちを、きちんと把握してくれている。
この間の、ヴァルチャー駆除作戦で思い知ったのだけれど。自分で理解していないものは、出来れば使いたくない。
使ったときにどんな悪影響が出るか、知れたものではないからだ。
特に今回見つけた道具は、放っておけば水が出るという訳が分からない代物である。一体どのようにして、水を造り出しているか。
理論を見るだけでは、全く理解できないのだ。
資料をクーデリアにも見せてみる。
二人で理論部分を分析してみたのだけれど。専門用語が多数飛び交っていて、全く分からない。
技術的な面で言えば、出来る。
ただ、素材の幾つかが、この辺りでは手に入らない。行商人でも扱っていた記憶が無いから、取りに行かなければならないだろう。
しかも、内容を見る限り。
この辺りで一番近くにあるのが、ネーベル湖畔だ。
中級モンスターの巣窟として知られる危険地帯で、既に駆け出しの戦士が足を運べる場所では無い。
かなりしっかり準備をしていかないと、文字通りのたれ死に。
以前、荒れ地の緑化作業の際に見かけた、大型の肉食動物、島魚が多数生息しているという話もあるし、命がけの探索になる。
問題は山積みだ。
クーデリアが資料の中から、専門用語をピックアップしてくれた。
ざっと三十。
その全てを、これから解析していかなければならないのが、実に煩わしい。ただ、やらなければならないだろう。
「心配で使えないって言うんなら、まず内容を理解するわよ。 これを使うのが、一番現実的なんだから」
「うん。 手伝ってくれる?」
「良いわよ別に。 どうせ暇だしね」
そうとは思えない。
どうもクーデリアは、ここしばらく更に激しい修練で自分の身をいじめ抜いているらしく、生傷が以前にも増して増えている。
ロロナとしては、いっそのこと此処にずっといて欲しいくらいだ。
そうしないと、もっともっと無茶をして、いずれ取り返しがつかないことになりかねないとさえ思うからだ。
勿論、専門用語の辞書など無い。
湧水の杯を作り上げた錬金術師が書いた資料を読んで、内容を解析していくしかないのだ。
調べて見ると、この錬金術師は、相当に頭が良い人だったらしい。
完成させた品が、一つ一つどれもこれも常識離れしたものばかりである。中には空を飛ぶ絨毯やら、一瞬で別の場所へ飛ぶ羽やら、信じがたいものもたくさん記されていた。どれも作るのが難しい。いずれつくってはおきたいけれど。今はまだ、手が届かない品が多かった。
それらの製造についての資料に目を通していくと、少しずつ専門用語が何を意味しているのか、わかりはじめる。
だが、それらの資料には、また別の専門用語も使われている。
これでは、いたちごっこだ。
クーデリアも、途中で何度も匙を投げたそうな顔をしていたけれど。此処は、我慢してもらう。
師匠が戻ってきた。
珍しく、ロロナを見ても機嫌が良くならない。ものすごく疲れているのが、一目で分かった。
「師匠、何処へ行ってきたんですか?」
「秘密だ。 それより何を調べている」
「湧水の杯という道具です。 専門用語がたくさんあって、内容が理解できなくて」
「どれ」
師匠がどういう風の吹き回しか、資料をざっと見てくれる。
専門用語を既に頭に入れているらしく、一瞬で把握しているらしい。どうしてこの人は、やる気を出してくれないのか。
この人がほんのちょびっとでもやる気を出してくれれば。アーランドで起きている問題なんて、殆どはあっというまに片付いてしまうだろうに。
「なるほどな」
「もう把握したんですか!?」
「内容については教えないがな。 まあ、この錬金術師の使っている技術は、錬金術と言うよりも、いにしえの時代に存在した量子力学というものに近い。 おそらく、遺跡の中で見つけた技術を、自分なりにアレンジしたんだろう」
「……?」
ロロナには、分からない話だ。
アストリッドは、この錬金術師を天才だと言ったけれど。師匠が、其処まで人を褒めるのを、はじめて見た。
勿論自分には及ばないがとか付け加えたけれど。
それでもきっと、歴代錬金術師の中でも、上位に食い込んでくるほどの天才だったのだろう。
戸棚の中から、資料を何冊か、師匠が出してくる。
これらの中に、ヒントがある。
そう言い残すと、師匠は自室に籠もってしまった。後は自分でどうにかしろというのだろう。
古ぼけた資料を開いてみる。
どれもこれもが、今までにロロナが読んできたものよりも、桁外れに難しかった。
数日掛けて、資料の解析を進めた。
そうして分かった概要は、以下のようなものである。
ものには、それが存在するか存在しないかの、確率のようなものがどうやらあるらしい。湧水の杯は、水が存在する確率を操作する事によって、その場に集める、というものだ。
既にこの時点で理解の範疇を超えているのだけれど。
実際に、手元にある素材だけで、実験的に小さなものを作って見て。それが実現してしまったのだ。
おままごとでつかう小さな道具程度のコップには、確かに水が溜まっていくのである。
ただし純度が低くて、とても飲めるような水では無い。もしちゃんとしたものを作るとなると、やはりネーベル湖畔にいかないと、材料が手に入らない。
溜まった水を、クーデリアが一瞥。
「訳が分からない話だけれど。 本当に水が出るのね」
「くーちゃんはどう思う? これ、本当に大丈夫かなあ」
「内容は理解したんでしょう? だったら、腰を据えなさい」
とりつく島も無い。
確かに、周辺への影響は無いとされている。というよりも、だ。既に実現されている技術なのだ。
アーランドの広場にある噴水。
なんとこれが、湧水の杯を使ったものなのである。ついさっきまで知らなかった。あれはアーランドの名物の一つ。昔からどう水を調達しているのか、水路をメンテナンスしているのかは気になっていたが、まさかその必要が無かったとは。
この湧水の杯は、作り手による最高傑作。
造り出した水を、細い水路に誘い込んで、其処から押し出すことで。綺麗な噴水を造り出すのだとか。
ただし、量を重視しているため、濾過しないと飲めない水なのが難点なのだとか。
だから、噴水にしたのだろう。
勿論、危急時は飲用水になる。
ただ、アーランドの民全員の喉を潤すのは不可能。それに飲むのには濾過か、或いは煮沸を経る必要があるから、緊急用としては実用性が若干低いとも言える。
だが、あれだけの水量を造り出せるのなら。
少し考え込んだ後、ロロナは資料を引っ張り出す。
その中に、気化熱というものがあった。
物は、蒸発するときに、周囲の熱を奪う性質があるのだという。水だけでは無く、多くの物がそうなのだ。
つまり、人間が汗を掻くのは、その気化熱を利用して、体を冷やすためだという。
これも、利用できないだろうか。
幾つかの案が、一気に浮かんで来た。それらを順番にかなえていけば、かなり問題を解決する事につながる。
それに、あの渇ききった谷に、水はどのみち必要だ。
井戸から持ち込めない以上、水路を引くか、或いは雨でも降らせるしか無い。流石に雨を降らせるのは、どんな大錬金術師でも難しいだろう。調べて見ると、あるにはあるけれど。大変に難しい上に、素材が稀少品ばかり。
今のロロナに、手に負える存在ではなかった。
とにかく、どうにか手に負えるのが、湧水の杯。これに賭けてみるしかない。ここ数日で可能性を当たったけれど。どうも他はどれもこれも、実用性に欠けていたり、難しすぎたり。
ロロナには、手の届かない内容ばかりだった。
「で、どうするの?」
「まず、飲み水。 すぐにでも飲める水が出る湧水の杯を、四つ、いや五つかな」
「随分たくさん作るのね」
「壊れたときの予備用だよ。 それに、水は飲まないときでも、使い道はいくらでもあるからね」
たとえばお風呂だ。
あの谷にいる老人達は、お湯にタオルを浸して、体を拭いていた。だが、お風呂があれば、まるで環境が違ってくる。
アーランドでも、お風呂は銭湯が主流になっている。実家にお風呂があるような所は、殆ど無い。クーデリアの家にはあるようだけれど、彼女は実家のお風呂を使いたがらない。銭湯にロロナが誘うと、必ずついてくるほどだ。
更に、下水としても、水は使いたい。
汚物を即座に流せれば、衛生面でかなり大きな意味がある。問題は水が流れ込んだ先をどうするか、だけれども。
生活排水を流せそうな川が、幸い近くにある。
この間、渇き谷で調べたところ、排水は汲んで持って行っているそうである。排水路を作る必要が、あるかも知れない。
それに関しては、ロロナに一つ考えがある。
ただ、実験をしてみる必要があるだろう。
「それに、品質が低い、水だけが出る杯を、十個」
「……何となく、やりたいことが見えてきたわ」
「えへへー。 後は、細かい調合品が幾つかいるけれど。 それはホムちゃんに頼もうかな」
「分かりました。 お任せください」
置物のように無言でじっと話を聞いていたホムは。話を振られると、すぐに反応した。
最近はかなり難しい仕事も頼むようになってきた。ホムが嬉しいのか面倒くさがっているかは分からないけれど。
ただ、今後は調合を介して、もっとホムとはコミュニケーションを取っていきたかった。
後は、材料集めだ。
その日のうちに、手に入りそうな市販品は揃えておく。
工場に行くと、たまたま、だろう。以前カタコンベで助け出した盗賊が、受付にいた。相手もロロナを見て、吃驚したようだった。
仕事はどうかと聞いてみると、かなり良いと言う。
「少なくとも、盗賊をやってた頃より全然いい。 それに、此処には盗賊してた奴が他にもいるからな。 話し相手には困らねえ」
手癖の悪い仲間もいるのでは無いかと聞いてみたが、おじさんは首を横に振る。
此処は故郷とは比べものにならないほど豊かで、わざわざ犯罪に手を染めるリスクが馬鹿馬鹿しくなるのだそうだ。
確かに一種の病気的な者もいるようなのだけれど。
そういった存在には、魔術つきの枷が貸し出される。他人のものを盗もうとすると反応すると言う事だ。
働けばお金が貰えて、福利厚生も相応に充実しているのなら。
確かに、また盗賊に戻る必要は無いだろう。
「時々美味いものも食えるし、労働者階級同士で話が合う女もいる。 面と向かって言うのは何だが、あんたには感謝してるぜ。 本当に助かったよ」
そう言ってくれると、ロロナは嬉しい。
自分が誰かを救えたか、不安だったのだ。錬金術は、本当に誰かを救っているのか、分からないときもある。
だが、此処に実例がいる。
それならロロナは、胸を張って、錬金術を勉強していくことが出来る。
荷車に商品を積み終えると、さっさとアトリエに。
荷物をコンテナに移した後、皆と連絡を取ってみた。ステルクは、ようやく仕事が一段落したらしく、同行してくれるという。
これは幸運だ。
前の課題の時は、ステルクの助力を得られずに、本当に心細い思いをした。
リオネラは問題なし。
ただ、タントリスは少し前から何処かにふらりと出てしまっていて、捕まえられなかった。或いは、近くの村にでも、綺麗な女の人を探しにでも行ったのか。
いや、あり得ないだろう。
ロロナも気付いている。
あの人は、多分裏家業に足を突っ込んでいる存在だ。それならば、何かしらの目的で、ロロナに近づいていると見て良い。
ただ、その目的が、分からない。
今は、気を許しすぎずに、様子をうかがうのが一番だ。
イクセルも誘ったのだけれど、案の定駄目。ただ、イクセルには、あるものを頼まれた。
ネーベル湖畔近辺に生息する、巻き貝の採取だ。渦巻き貝と呼ばれる品種で、ロロナも何度か食べたことがある。
歯ごたえがとても良くて、味もしみこんだ、美味しい貝だ。
ネーベル湖畔では、他より太っていて美味しい渦巻き貝が入手できるのだとか。それならば、ロロナとしても、持ち帰る価値はある。
素材は準備できたし、人員も揃った。
後は、実際に足を運ぶだけだ。
ただ、今回は、今までで一番危険な場所に足を運ぶことになる。相応の準備が必要になる。
改良した小型の爆弾類も持っていく。
それに、秘密兵器として。この間、開発した、幾つかの道具も持っていくことにした。
準備を整えると、後は明日のことを考えて、早めに休む。
課題は難しくなってきている。
だが、ロロナだって、力がついてきたのだ。今度こそ、少しは余裕を持って、課題をこなしていきたい。
誰かを助けるというのは。
こんなにも、素敵なことなのだから。
ろくでもない国家プロジェクトに巻き込まれていても。
師匠の性格が捻くれていても。
どれだけ危ない目にあっても。
本作のロロナは根がとても善良で良い子なのです。原作でもその辺は同じですが。
だからこそ、辛い事が続きます。
世の中は善人に優しくは出来ていないのです。
感想評価などよろしくお願いいたします。励みになります。