暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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4、奇跡の杯

緑結晶は、意外なほど簡単に見つかった。

 

湖の中に、ぽこぽこと浮かんでいる。本当にこれで良かったのかと、目を疑ったほどだ。だが、何度確認しても、間違いない。

 

さっさと入手して、準備しておいた桶に。

 

その間ステルクは、稲妻の力を容赦なく展開して、遠巻きに此方を見ているイグアノスを駆除していた。

 

戦意の無い相手まで殺す必要は無いのではと思ったのだけれど。

 

しかし、昨日の様子を確認する限り、この湖に住むイグアノスは人間の肉の味を覚えてしまっている。

 

徹底的に一度駆除して、数を調整しなければならないだろう。

 

それに、人間に対する恐怖も、叩き込んでおかなければならない。そうしないと、この近くに住んでいる人達にも、迷惑が掛かる。そればかりか、最終的には、この湖の生態系自体に、良くない影響も与えるだろう。

 

「ステルクさん、そろそろ行きます」

 

「うむ」

 

ステルクが、剣を鞘に収める。

 

それにしても、容赦の無い殲滅ぶりだ。

 

帰り道にステルクに聞いたが、すぐに王宮に申請を出して、数十人の騎士と供に、討伐を行うという。

 

正直、イグアノスに同情してしまう。

 

「適正の数を大幅に逸脱しているからな。 百ほどを残して、残りは全て駆除する予定だ」

 

「容赦ありませんね」

 

「仕方が無い事だ」

 

確かにその通りだ。

 

数が増えすぎると、確か生存圧力というものが生じる。つまり、縄張りの拡大だ。そんな事になれば、ネーベル湖畔近くの村とイグアノスが全面戦闘になる。其処までの事になれば、アーランドも全滅させるまで駆除するだろう。

 

どちらのためにもならない。

 

それにしても、激しい戦いだった。

 

荷車も、酷く痛んでいる。これは長く世話になってきたけれど。アーランドに戻ったら、親父さんに見てもらう必要がある。場合によっては買い換えだろう。

 

幸い、資金にはだいぶ余裕が出てきている。

 

リオネラは、帰り道、ずっと無口だった。

 

戦いが、ショックだったから、ではないだろう。きっと、リオネラも、気付いている。ロロナが、リオネラの過去を、把握しはじめている事を。

 

それに、リオネラの秘密も。

 

アーランド王都に到着。

 

今回は、今までに無く酷い目にあったけれど。目的は全て達成できた。後は頑張って調合を行うだけだ。

 

ただ、問題なのは。

 

やっぱり、湧水の杯の仕組みが、良く分からないと言うこと。

 

仕組みは理解できたのだけれど。

 

本当にそれで動くのか、どうにも納得がいかないのだ。本当はポンプか何かで、地下水を吸い上げているのではあるまいか。

 

ぼんやり噴水を見ていると、いつの間にか、側にリオネラが立っていた。

 

「ロロナちゃん、あのね」

 

「りおちゃん、暗殺者だったんだね」

 

真っ青になったリオネラ。

 

やっぱり、図星だった。

 

幾つも、そうだと臭わせることはあった。彼女の生い立ち。どうやって食べていたのか。暗殺者の話は聞いたことがある。

 

たとえば、騎士などが片手間にやる本業暗殺者を除く場合。だいたいは、社会的に「いらない」とされる人間がする。

 

そして、リオネラの持つ特殊能力。

 

リオネラの場合、自動防御ばかりが際立っていたけれど。

 

ぬいぐるみ達の力を利用すれば。暗殺など、容易いはずだ。

 

一度気付いてしまえば、後は粗ばかりが見えた。リオネラは特殊能力だけで、仕事をしていた暗殺者だったのだろう。

 

だから本人の力は、どうということもなかった。

 

魔力は強かったけれど。戦い慣れしていないから。自分が矢面に立つような戦いでは、力を発揮しきれなかった。

 

一方で、橋の上で大暴れするアラーニャとホロホロの動きは、極めて的確だった。

 

遠隔操作が、通常戦闘とは比較にもならないほど手慣れていた良い証拠だ。

 

あらゆる状況証拠が。

 

リオネラが、遠隔操作で暗殺を行う能力者だと、告げていたのだ。

 

「どうして、分かったの?」

 

「そんなの……りおちゃんの事を見ていれば、分かるよ」

 

「……そう、なんだね」

 

アトリエに連れて行く。

 

リオネラについては、まだ聞きたいことがたくさんある。

 

たとえば、彼女のぬいぐるみ達。

 

ぬいぐるみ達が、見た目通りの存在では無い事くらい、もうロロナにも分かっている。ずっと黙りこくっていたぬいぐるみ達も、アトリエに入ると、しゃべり出した。ホムは作業に掛かりっきりだし、そもそも他人と殆どコミュニケーションを取らない。いないものとして、カウントしているのだろう。

 

「何時から分かってたんだよ」

 

「うんとね、最初にあった時から、何となく違和感があったけど。 確信したのは、最近かな。 でも、りおちゃんがずっと苦しい思いをしているのも知ってたから、言い出せなくて」

 

「お願い。 リオネラを嫌いにならないであげて」

 

アラーニャの言葉は切実だ。

 

そして、その言葉の意味の裏にあるものも、ロロナは何となく理解できていた。

 

リオネラはもう泣いていた。

 

温かいお茶を出す。

 

嫌いになんて、ならない。

 

なる理由が無い。

 

戦士がたくさんいるアーランドでは、汚れ仕事をしている人だって多い。ステルクだってモンスターをたくさん駆除している。ロロナの両親だって、そうだ。

 

少し前までは、戦いで傷ついた体をしている人や、見かけが怖い人が、とにかく怖くて仕方なかったけれど。

 

もうそれも、怖くなくなってきた。

 

色々勉強しているうちに、分かってきたことだって、多かった。

 

しばらく、リオネラが落ち着くまで待つ。

 

彼女から、話してくれるのを、待ちたかった。その日結局、リオネラは話してはくれなかったけれど。

 

いつかは話してくれる。

 

そうロロナは、信じた。

 

 

 

アトリエから出てきたリオネラに、声を掛ける。

 

クーデリアの声を受けて、びくりとリオネラは身を震わせた。

 

「まさか、ロロナが自分で気付くなんてね」

 

「私を、どうするつもり……?」

 

「どうもしないわよ。 あんたの正体なんて、周りのみんなが知ってるし。 何よりロロナ自身が受け入れてるんだから、問題なんて無いでしょ」

 

そもそもだ。

 

リオネラを今回のプロジェクトに加えたのは、職業暗殺者だったからだ。ただし、実際に連れてきてみると、あまりにも精神が脆くて、プロジェクトに若干の修正が必要になったと、クーデリアは聞いているが。

 

ただ、リオネラの正体に、ロロナが気付いていたのは意外だった。

 

このプロジェクトが始まる前は、文字通り花も恥じらう乙女だったのに。今では、加速度的にたくましくなっている。

 

最もそれは、クーデリアも同じか。

 

今では一人前の戦士として、充分に戦える実力もついた。ただしまだまだ理想点には全然足りないが。

 

サンライズ食堂で、一緒に昼食を採る。

 

リオネラは見かけ通りの小食で、どうやってあれだけの魔力をひねり出しているのか、クーデリアには気になって仕方が無い。

 

一方クーデリアは、戦闘後は必ず、間食をとるようにしている。

 

そうしないと、体が保たないのだ。

 

魔力だってそんなに強い方では無い。

 

大威力の術式を弾丸に乗せるには、さんざんなリスクも必要になる。しかも今回の追撃戦では、イグアノスのブレスを迎撃するために、五十を超える火焔弾を放った。前だったら、干涸らびていたところだ。

 

「多分もう一つの秘密にも、気付かれてるわよ」

 

「……」

 

リオネラの手が止まる。

 

また泣き出したので、正直気分が悪い。

 

此奴は、逆境で強くなるという事と、無縁だったのか。

 

リオネラがどんな境遇で育って来たかは、クーデリアも知っている。それ自体は悲惨な話だ。

 

クーデリアだって悲惨な生い立ちだけれど、それを自慢しても仕方が無い。すなおに気の毒だと思う。

 

ただし、強くなろうと、どうしてしないのか。

 

そこが分からない。

 

強くなれない奴もいるけれど。

 

リオネラは、そうだとは思えないのだ。

 

「どうでもいいけど、あのヘンタイ吟遊詩人が、今後は更にあんたにちょっかい掛けに来るわよ。 そんなんで大丈夫なの?」

 

恨めしそうにリオネラは、クーデリアを見た。

 

クーデリアを恨まれても困る。

 

嘆息すると、残りの飯を平らげて、クーデリアは食堂を出た。

 

その足で、アトリエに向かう。

 

今回ロロナは、理屈もロクに分からない道具の作成に挑戦している。クーデリアが補助しないと、多分完成させるのは無理だろう。

 

案の定。

 

アトリエに入ると、ロロナはてんやわんやしていた。

 

金型は、とっくの昔に作ってある。隣の武器屋の親父に頼んでおいたのだろう。問題は、その先だ。

 

杯は上部にある円盤と、下部の支えを、それぞれ外せるようになっている。

 

支えの中に、水を作り出す機構を造り。わき出た水が、円盤の杯に溜まる仕組みになっているのだけれど。

 

案の定、上手く行かないのだ。

 

そもそもあんなインチキ臭い道具が、どうして本当に水を出しているのか、何度考えても、クーデリアには理解できなかった。

 

水の存在する確率とは何だ。

 

本当にそんなものを操作できて、しかも水を出せるのか。

 

今まで見てきた錬金術の道具は、どれも納得できる理屈に満ちていたのだけれど。これは、違う。

 

しかし、実際に水は出ているのだ。

 

ロロナはどうすれば、水を出せるようになるのか。実験的に作ったものでは、確かに水は出ていたはずなのだが。

 

咳払いすると、ロロナが涙目で振り返る。

 

「くーちゃん!」

 

「実験の時は、上手く行っていたじゃない」

 

「それが、どうしても水量が増えないの! ちょっとずつしか、水が出なくて!」

 

見せてもらう。

 

実験の時に使ったコップでは、目に見えるほどの速度では無いが、確実に少しずつ水が溜まっていた。

 

だが、今度のは。

 

前の実験の時と、殆ど代わりが無い。

 

「これじゃあ、失敗だよ! 貴重な材料、幾つも使ってるのに!」

 

「落ち着きなさい。 資料は?」

 

「見たよ、全部! ちゃんと書かれたとおりにやってるのに! 書いてある通りの出力がないよぉ!」

 

頭にチョップを一つ。

 

それで落ち着いたので、もう一度資料を確認させる。

 

それにしても、リオネラの素性を見抜いたのと同一人物とは、本当に思えない。追い込まれないと、相変わらず力が出せない。

 

もう少し、作業に手慣れてくれれば、クーデリアも安心できるのだけれど。

 

「いつも通り、まずは最初から見直しよ。 何か抜けているか、或いは見落としがあるに決まってるんだから」

 

「返す言葉も無いです」

 

一緒に、資料を漁る。

 

なんだかんだ言って、これはとても楽しい瞬間の一つだ。文句を言いながらも、ロロナの力になれている事が実感できるから。

 

ただ、今回は、内心クーデリアも不安だ。

 

本当に、こんな道具で水を作り出せるのか。何度理屈を聞いても、納得できないからだ。

 

まず、実験からやり直す。

 

今回の骨子は、その場に水が存在する確率を上げる、というものだ。そのためには、水の上位存在が、水が其処にあるとされる場所を観察し、なおかつ存在すると錯覚しなければならないのだという。

 

その理屈は分かったけれど。

 

実際に水が湧くのを見ても、何度読んでも納得できない。ロロナが納得できないというのも、よく分かるのだ。

 

とにかく、資料に基づいて、作業をして行くしか無い。

 

ただし。

 

今回は、今までに無いほどに苦戦するだろうと、この時点でクーデリアは確信していた。ひょっとしたら、最後の日まで、しっかり掛かるかも知れない。

 

だがロロナなら出来る。

 

前回、クーデリアはロロナを信頼しきれなかった。だから今度は信じてみる。

 

良い資料が見つかったので、ロロナに見せる。

 

杯の完成は、まだまだ先だ。

 

 

 

 

非常に不機嫌な王の元に、伝令が来る。

 

此処は、オルトガラクセン地下十六階。周囲にいるのは、アーランドを代表する精鋭ばかりだ。

 

アストリッドも今回は参戦している。ここのところ、オルトガラクセンから湧いてくるモンスターがあまりにも多いので、王が本腰を入れはじめたのだ。アストリッドかステルク、エスティの誰かが、必ず同行することで決まっているのだけれど。少々煩わしい。

 

集団行動など、面倒なだけだ。

 

伝令が頭垂れる。

 

「またポータルを発見しました」

 

「封印はどうなっている」

 

「今、実施中です」

 

「この階層に来てから、一体幾つ目だ」

 

獅子が唸るように、王が不満の声を漏らす。側に控えているアストリッドは、小さくあくびした。

 

先ほど、彼方此方から集めて来た参考資料に目を通したのだが。

 

この地下十六層は、いわゆる邪神が管理しているこの遺跡の中でも、メインストリートに等しい場所のようだ。

 

広さにしても複雑さにしても、十五層とは段違い。

 

勿論、配置されているガーディアンも多い。

 

爆発音。

 

また、戦闘が始まったか。王は不機嫌なまま、残像を残して移動しはじめる。

 

この十六層はかなり広い。周囲は巨大な建物が林立していて、まるで巨大都市が地下に丸ごと埋まったかのようだ。

 

いや、多分違う。

 

本当に、埋まったのだろう。巨大都市が。

 

辺りにはまだ生きている明かりがつき、それは毒々しくさえある。

 

暴れているのは、ベヒモスだ。かなり巨大で、アストリッドが見たどの個体よりも筋骨隆々としている。

 

今、抑えに廻っているのは、パラケルススと、数体のホムンクルス達。

 

戦士達が加勢に加わろうとしたとき。

 

残像を残しながら、王が前線に躍り出た。

 

呆れるまでの跳躍力を発揮して、建物の壁をジグザグに蹴り、誰でも出来るかのようにベヒモスの頭上に。

 

上空からの、一刀両断。

 

冗談のようにベヒモスの巨大な角が斬り割られる。

 

王が着地。角が地面に突き刺さり、大量の血が噴き出した。

 

「王だ!」

 

喚声が上がる。

 

最強だからこそに王。アーランド戦士達にとっての、誇りとしての姿。

 

実に分かり易い。

 

だからこそ。アストリッドは。

 

あの男を、くびり殺してやりたいと、何度思った事か。

 

王は残像を残しながら、彼方此方を飛び交い、一刀ごとにベヒモスを切り裂いていく。鮮血をまき散らしながら、悲鳴を上げるベヒモスだが。逃げる事は、出来なかった。

 

退路に回り込んでいたパラケルススが、喉を跳び上がりざまに切り裂いていたからだ。

 

地響きと供に、倒れるベヒモス。

 

勝負にならないとはこのことだ。この王を倒すには、ロード級の悪魔数体を、同時にぶつけないと無理。

 

アストリッドでさえ、あらゆる錬金術の道具を駆使し、奇襲したとしても、勝てるとは思えない。

 

「流石にございます」

 

「うむ。 負傷者は」

 

「出ておりません。 探索を続行します」

 

「ポータルを見つけたら即座に知らせよ。 個別の判断で動くでは無いぞ」

 

敬礼した戦士達が、ホムンクルス達と連れだって、怪しい光が瞬く滅びた街に消える。一体ポータルは、此処だけで幾つあるのか。

 

測量によると、おそらく二十層まではあるオルトガラクセン。

 

ロロナを入れる頃までに、安全な通路を確保しておきたいが。はてさて。

 

王はパラケルススに、剣の使い方を教えている。

 

頷きながら、パラケルススは言われるままにしていた。王はあれで面倒見が良い。戦士達に人気があるのも、何でも気取らず教えるから、だろうか。

 

王は搾取することが仕事などと言う言葉もあるようだが。

 

少なくともこの国の王は、金銭などに興味を示せば軽蔑される。最強の戦士であることだけを、要求される。

 

この国の観念からすれば。

 

戦闘以外には興味が薄い王は、理想的な存在なのかも知れない。

 

「しかしアストリッドよ。 素晴らしい才能に調整したな」

 

「予定通りの出来です」

 

「目標地点は相当高かったはず。 しっかり仕上げたそなたは、やはり有能だな」

 

それは。

 

本当は、アストリッドの師匠がいなければ、完成しなかった。

 

王は気付いていないが、今の言葉。ドラゴンの逆鱗に触れるも同じ。他の人間だったら、次の瞬間にはミンチにしていた。

 

「失礼します。 85、91、93。 ついてこい」

 

「どうかしたか」

 

「少し、偵察を」

 

王の側から離れると、アストリッドは適当なモンスターに八つ当たりすることにした。彼奴には、まだ勝てない。

 

いずれ、必ずや殺してやりたいが。隙を見せない。

 

ふと、気付く。

 

これは、巨大な魔力が動き始めている。ただし、生物のものではないだろう。すぐに王の側にいる魔術師達も気付くはずだ。

 

舌打ち。八つ当たりは後だ。

 

「マスター、どうしましたか」

 

「何かが動き出した。 王の所に戻るぞ」

 

 

 

他の偵察部隊も、王の所に戻る。

 

今回は精鋭ばかり二十五名も動員して、ホムンクルスも二十名連れてくるほどの大規模な探索だ。

 

王を中心に、円陣を組む。

 

此処にいる誰もが、この強烈な魔力の波動を、感じ取っていた。

 

「あれだ!」

 

誰かが叫ぶ。

 

皆が分かっていたとおり、それは生き物では無かった。

 

この迷宮の壁や床。この階層に建ち並ぶ建物のように、ぴかぴかと輝く塔。それ自体が、魔力を放っているのだ。

 

魔力は何も、生物に宿るだけではない。

 

剣や鎧に纏わせることも出来る。人工物が魔力を得ても、何ら不思議な事は無い。

 

本能的に悟る。

 

これが、邪神だと。

 

邪神から、何か音が漏れはじめる。やがてそれは、唐突にアーランドの言葉へと変わった。

 

「ようこそ私の領域へ。 歓迎いたします」

 

「何だ貴様は」

 

「私はこの領域の管理を任された存在。 劣悪形質排除用人工知能、死者の王と申します」

 

死者の王、か。

 

なるほど、それで合点がいった。

 

今までに得た情報の数々。それにパメラから入手していた言葉。それで、全てがピースに填まる。

 

此処で何が起きたのかも。

 

これで、仮説では無くなった。

 

なるほど、そう言うことだったのか。やはりという感が強い。とりあえず、世界の人口が一万分の一になった事件については、これで全容が掴めた。世界中が汚染された理由と、その過程についても。

 

そして、アーランド戦士のような、生物としてあり得ないほど強い人類が登場した経緯についてもだ。

 

これは面白い。

 

だが、まだロロナには聞かせることが出来ない。

 

それにしても、あの美しい心を持った弟子がこの話を知ったとき。一体、どんな反応を見せるのだろう。

 

しばらく、生者と死者の王が話をする。

 

周囲の戦士達の殆どは内容を理解できていなかったが。違う者もいた。ロアライナ=フリクセル。ロロナの母だ。

 

「なん、ですって……!」

 

「しっ」

 

黙るように促す。

 

今、大事な話の最中だ。

 

「ふむ、ならば我々の存在を、そなたは最高傑作と評するのだな」

 

「はい。 素晴らしい完成度です。 我が主が貴方たちを見たら、きっと感動して、我らが滅びたことに悔いは無いと言うことでしょう」

 

「ほう……」

 

王がキレた。

 

ただし、邪神はそれに気付いていない。所詮は機械。人間の心の動きなど、理解は出来ないだろう。

 

「モンスター共を地上に送り込むのを止めよ」

 

「いえ、それは出来ません」

 

「何……?」

 

「あなた方は如何に強くなったとはいえ、人間という生物は、刺激が無ければ簡単に堕落します。 あなた方が強さを維持しているのは、強力なモンスターとの戦いで鍛え抜かれているからです」

 

王は剣に手を掛けようとしたが。

 

アストリッドが止める。

 

このまま暴発させても面白そうなのだけれど。ロロナが巻き込まれる可能性が高いので、止めておいた方が良い。

 

「王、これは外圧について説明を」

 

「この忌々しい箱めを、斬ることは許さぬと?」

 

「此処に出てきたという事は、交渉が目的でしょう。 今はモンスターを収めさせることが、第一です」

 

心にも無い事を、出来るだけ取り繕った笑顔で言うと。王は納得したのか、咳払いした。此奴は、こういう所が不快だ。

 

歴代の王の中には、それこそ人間の形だけをした戦闘意欲の塊という連中も、少なくは無かった。

 

今の王は、不愉快なことに、計算が出来る。

 

そんなもの、出来るから。余計な被害も出る。たとえば、アストリッドの師のような。だが、今はぐっと飲み込み、こらえることにした。

 

「今、我が国は、外圧に苦しんでいてな。 大陸中央部にある国々が、激しい淘汰の末にまとまろうとしている。 モンスターもこの国々も、まとめて相手にする余力は無い」

 

「いいえ、あなた方はどちらも相手にするべきです。 私はあなた方を滅ぼすつもりで、圧力を加え続けました。 それなのに、あなた方はそれを物ともせず、ついには我々の時代の技術まで一部回復させ、ここにまで来た。 あなた方は、もはや私の繰り出す圧力だけでは物足りないほどに、進化した。 それならば、その外圧に加え、私の圧力も受け、更に進化をしてください」

 

「話にならぬな」

 

「ただ、そのような事情であるならば、しばらくは圧力を抑えましょう。 ただし、あなた方がポータルと呼ぶ転送装置を、これ以上封印しないことが条件です。 今まで封印した装置については、解放しなくても結構。 別に此方としては、なんら機能に支障がありません」

 

ぎりと、王が歯を鳴らした。

 

一応、これで交渉は成立する。王は抑えた。不愉快なことに。

 

此処で殺し合いにでもなれば、それはそれで面白かったのに。交渉は成立。これでしばらく、オルトガラクセンから、この忌々しい邪神が繰り出すモンスターは、現れる事が無いだろう。

 

最後に王が聞く。

 

「我が国の北部国境に、夜の領域と呼ばれる魔境が出現した。 あれはお前の仕業か、死者の王」

 

「いいえ、おそらくそれは、私と対立する愚かな存在。 己が劣った存在でありながら、何の意味があるのか生きることを選んだ者達の末裔でしょう」

 

「お前とは関係が無いのだな」

 

「邪魔なようなら滅ぼします」

 

手をひらひらと振ると、王は帰るぞと周囲に告げた。

 

一瞬で地上に送り届けられると言った死者の王に、王は不要と告げると、歩いて帰ることを選んだ。

 

 

 

地上に出ると、早速会議を行うこととなった。

 

まだ王は機嫌が悪い。

 

オルトガラクセンに潜んでいた物が、想像を超える下郎であった事を知ったからだろう。アストリッドに言わせれば、はっきりいって人間のおつむは、古代文明滅亡前と大して変わっていない。

 

いろいろな資料からも、人間が強くなったのは肉体だけだと言う事が、明らかになっている。

 

古代文明の人間は、今に比べてクズでもアホでも無い。

 

はっきりいって、どちらも大差ないレベルでゴミだと、アストリッドは考えていた。それが、実証されたのだから、喜ばしい限りだ。

 

「というわけで、オルトガラクセンからモンスターが現れる事は無くなるはずだ。 しばらくは監視が必要だが、状況が安定し次第、戦士達の振り分け直しを行う」

 

「にわかには信じられませんが……しかし王をはじめとする多くの方が見聞きしているのでは、信じるほかありませんな」

 

メリオダスが、眼鏡を直しながら言う。

 

洞窟の奥にいたのが、悪魔でもドラゴンでもなく。それよりも遙かにおぞましい存在であったのだと知って、慄然としているのだろう。

 

戦う力は無いメリオダスは、戦士に極端な異存をするこの国のあり方を好ましくは思っていないようだが。

 

しかし、今回の件ではっきりもした。

 

あの邪神がいる限り。

 

この国の戦士は、世界最強であり続けなければならない。

 

「ステルクよ。 プロジェクトMはどうなっている」

 

「はい。 採取作業の一端として、ネーベル湖畔に出向きました。 多数のイグアノスに襲撃を受けるという些事がありましたが、問題なく突破。 駆除作業についても、昨日のうちに終わらせました」

 

ステルクの説明に、王は満足げに頷く。

 

実のところ、一時帰宅して知っている。ロロナは今回の件で、相当苦戦している。おそらく、今までの調合で一番手こずるのでは無いかとみていたが。

 

それは敢えて、此処では黙っていた。

 

「前回の課題についての分析は」

 

「進めております。 ヴァルチャーを駆除するのにロロナが用いた薬品の分析は進んでおり、近々解析が終わります。 実用化に移せば、弱めのモンスターを今までとは比較にならない効率で、駆除する事が可能です。 量産化まで、そう時間も掛からないでしょう」

 

「うむ……」

 

やっと王の機嫌が少し良くなった。

 

その後は、プロジェクトのスケジュールについての見直しが行われる。今回の課題は、既にかなり前倒ししているものだ。だが、今回の結果次第では、さらなる前倒しが計られる可能性も高い。

 

大陸中央部の列強は待ってはくれない。

 

今でも、激しい戦いが、繰り広げられ。領土の奪い合いが加速しているのだ。

 

プロジェクトの進捗が確認され、会議が終わる。

 

肩を揉みながら、会議場を出る。

 

クーデリアと一瞬だけ目があったが、すぐに相手がそらした。クーデリアはリオネラを追い詰めるようにと言われていて、それを実行しただけで。随分と精神に負担が掛かったのだろう。

 

アストリッドも、リオネラの事を、ロロナが自力で見抜くとは思ってはいなかったけれど。

 

今後は、ロロナの心に負担を掛ける存在として、リオネラは重要だ。

 

多少の逆境くらいはじき返せなくて、どうするというのか。

 

途中、エスティに酒を誘われたので、一緒にサンライズ食堂に。エスティは、出来の悪い妹をどうやって鍛えるかで、随分と苦慮しているようだ。戦士としては一応の実力があるようなのだけれど。人間恐怖症で、引きこもり気味という、非常に面倒な性格の持ち主なのである。

 

「ロロナちゃんは良いわよねえ。 可愛いし、誰にも好かれるし。 うちの妹と来たら、なんでああなんだろう。 まあ、私も周りには怖がられるけれど、誰にも愛されるロロナちゃんみたいな子が、妹に欲しかったなあ」

 

「ロロナは確かに誰にでも愛される。 私のような狂人にもだがな」

 

「自分で狂人とか言わない。 だいたいあんたの場合は、自主的にそうしているだけでしょうが」

 

くいっと、エスティが杯を呷る。

 

ティファナは一緒にいないので、酒を出しても問題ないだろう。アストリッドはと言うと、酒を飲んでも殆ど体質的に酔わない。

 

「ねえ、アストリッド。 貴方は、私の事を恨んでいないの?」

 

「お前についてはどうでも良い事だ。 恨むのは筋違いだ」

 

「……そう」

 

エスティは。

 

師の墓に、花をくれなかった。

 

当時一番大事な時期だったから、目をつけられるわけにはいかなかったのだ。

 

花をくれたステルクは、随分と目をつけられて。結果、出世も遅れた。まあ、それまでの出世が早すぎたくらいなので、帳尻はあったのだが。

 

ただ、それを恨んでいないと言えば、嘘になる。

 

ただし、エスティに関しては、それほど深くは恨んでいない。他の街の連中と同じくらい。

 

機会があればブッ殺してやりたい。程度の認識である。

 

食堂に入ってきたのは、タントリスだ。

 

此方の酒が入っていることは、気付いている様子である。向かいの席に腰掛けると、話し始める。

 

「リオネラちゃんは、ロロナちゃんへの依存を強めています。 恐らくは、逃亡することはもう無いでしょう」

 

「理想的だな」

 

実は少し前に、リオネラは逃亡を図った。

 

アストリッドが即座に捕縛し、表に出ない内にもみ消したのだが。それだけ、精神に強い負担が掛かっていた、という事である。

 

大いに結構。

 

ロロナの周囲には、今の時点で大人の対応を出来る者しかいない。ああいう重たい人間を周囲において、きちんと向き合えるようになれば。ロロナの成長は、更に加速される。

 

「もう少し痛めつけますか」

 

「いや、これ以上負荷を掛けると、手首を切るだろう。 止めておけ」

 

「分かりました。 僕も可愛い女の子が傷物になるのは見たくはありませんからね」

 

冗談めかして言いながら、タントリスは食事を注文。

 

不快そうに、イクセルが注文を取っていった。彼奴もこのプロジェクトには参加しているが。

 

ロロナが好きなようだから、多分今の立ち位置は気に入らないのだろう。

 

食事を終えると、二人と別れる。

 

自宅に戻ると。ロロナがまだ涙目で苦労しながら調合を続けていた。アドバイスは簡単だが。ロロナには今後、さらなる過酷な試練が待っている。此処で甘やかすわけにはいかなかった。

 

この恨みが詰まった世界で。

 

アストリッドは、生きている。

 

師匠の仇も討たず。自虐的に。

 

それに対して、ロロナはまぶしい。見ているだけで、心が洗われるようだ。

 

「師匠……?」

 

「何でも無い」

 

ロロナが気付いたので、寝ると言い残して、自室に籠もる。

 

ホムンクルスを生産する作業は、とっくに軌道に乗っている。更に今回、最大の懸念事項だったオルトガラクセンからのモンスター出現も片がついた。

 

後は、予定通りに。いや、予定より前倒しして、プロジェクトを進めていくだけ。

 

小さくあくびをすると、アストリッドは眠ることにする。

 

もはや、アストリッドに光は無い。

 

だが、アストリッドなりに、弟子には光を与えてやりたいと。ひねくれきった精神ではあるけれど。

 

考えてはいるのだった。

 

 

 

(続)







オルトガラクセンの制御システム。

ルルアのアトリエで登場したのとはだいぶ違いますが、本質的には同じものです。あっちと違って悪意しかありませんけれど。

本作世界が荒廃した原因の「一翼」を担っているのがこれらの存在。

「邪神」です。







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