暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
本作世界では、ステルクさんとアストリッドさんは昔普通に交際していました。
原作でもかなり関係は近かったようですが。
ただ、アストリッドさんに起きた……正確にはそのお師匠様に起きた出来事が原因で、アストリッドさんは修羅に落ちた。
その結果、ステルクさんとの関係も破綻してしまったのです。
本作における今のアストリッドさんは、利害が一致しているから人間の味方にいるだけの、世界を滅ぼしかねない超危険人物です。
ステルクさんは、それを当然良くは思っていません。
序、騎士の過去
アーランドに所属する騎士ステルクは、今日も不機嫌そうな顔のまま、大通りを歩いていた。
ロロナの所に進捗を見に行ったのだが。どうも上手く行っていないようなのだ。毎回苦労している様子を見ると、気の毒になってくるが。しかし、ロロナがぶつかっている壁の高さを考えると、仕方が無い。
歴代錬金術師達が作り上げてきた遺産の、総決算。
今、ロロナは、徐々にその位置に、近づきつつある。
ステルクは、師と呼べる存在を得なかった。
そう言う意味でも、ロロナには親近感が湧く。ロロナは、とてもではないが、まともな師匠を得ることがついに無かった。アストリッドは、ロロナに基礎の基礎だけを教えた後は、完全に放置を決め込んでいる。
誰か、まともな大人が周囲にいれば。少しはましになっただろうに。
騎士達の宿舎に戻る。
剣の訓練をしている若い騎士がいたので、つきあう。剣はあまり人気のある武器では無いのだけれど。
ステルクはその人気が無い武器で、頂点の一角に立った。
ステルクより何歳か若い騎士は、訓練用の剣を手に取る。ステルクのものよりも、ずっと重量があって、破壊力も大きい剣だ。
大してステルクは、オーソドックスなロングソードを手に取った。
しばらく、構えをとったまま、間合いを計る。
仕掛けてきたのは、相手から。
懐かしい光景だ。ステルクは、後の先の剣。いわゆる、後手から勝ちに行く戦い方を、昔から得意としていた。
降り下ろされた剣を、ゆっくり避ける。
騎士にまでなった戦士だ。その剣筋は鋭い。だが、今のステルクからは、隙だらけに見えた。
何度かの剣撃を避けると、甘い一撃をはじき返す。
ぐわんと凄い音がして、訓練剣が半ばからへし折れた。訓練剣でも、これだけ派手な音が出るものなのだ。
尻餅をつきそうになった若い騎士の喉に、軽く剣の刃を当てる。
「此処までだ」
「有り難うございました!」
頭を下げる若い騎士。
その後は、アドバイスに入る。ステルクが一番気になったのは、騎士の剣の持ち方。幾つかの型にしたがって持つように指導されているはずなのだが。この騎士は、どうも独創的な剣の持ち方をしていた。
それが独自の技につながるのなら、問題ない。
動きを見る限り、既存の型そのままなのだ。これでは、むしろ動きが制限される。無駄が出来てしまう。
それを諭すと、騎士は悔しそうに応える。
「この構え、親父に教わったんです。 親父はついに一流になれなかった剣士でして、この型を極めるのが、夢でした」
「ならば余計に、努力をしていかなければならないな。 その型の戦い方を、自分で編み出すためには、努力と修練が不可欠だ。 時間がある時なら、私もつきあおう」
「はいっ!」
もう何本か、稽古につきあう。
しばらく無心に剣を振るうことで。嫌なことを、全て忘れることが出来た。
尊敬する両親を持っているというのは、良いことだ。ステルクは、ついに師匠にも、両親にも、恵まれなかった。
訓練が終わったので、銭湯に行き。汗を流した後はそのまま、宿舎へ帰り、眠った。
夢は、国家の柱石となった今のステルクでも、当然のことながら見る。騎士は文字通り超人に近い存在だが、それでも夢を見ない、という事は無い。エスティのような裏家業に足を踏み込んでいる騎士は、睡眠をコントロールしているようだし、ステルクもある程度は出来る。だがそれは、体力を消耗する行為なのだ。
悪夢は今日も来た。
幼い頃の記憶は、すなわち悪夢。今でも定期的に見るが。今日もそれだった。来たと思っても、どうにも出来ないのが不快だ。
ステルクが物心ついた頃には、既に父は一線を退いていた。記録などを見る限り、父は少なくとも二流くらいにまでは行った戦士であったらしかった。だが、ステルクは、酒を飲んでは暴れ、外で借金を作って来る父しか見たことが無い。
アーランド人としては、質実剛健が求められる。
だから、父は周囲から、徹底的に軽蔑されていた。
母はとっくの昔に出て行っていたが、それを責める者は誰もいなかった。ステルクの世話をしていたのは、労働者階級の女性で。彼女さえ、給料が出なくなったため、ステルクが十を超えた頃には、家からいなくなっていた。
やがて酒代がかさんだ父は何かの犯罪に手を染めて逮捕されて。ステルクは、孤児院に移った。噂によると、労働者階級の借金取りを殺したとか。ただ、あの男をステルクは父とは思っていないから、調べようとも思わなかったが。
すさんだ心を抱えたステルクは。周囲の孤児達と喧嘩に明け暮れた。
どれだけ武が貴ばれる世界と言っても、ドロップアウトする人間は必ずいる。孤児院でステルクは負け知らずだったが、それが一体何になるというのか。
将来への絶望。
両親への怒り。
あらゆるものが、幼いステルクの心の中で、煮えたぎっていた。それは喧嘩という形でしか発散できず、周囲はその暴力に、台風のように巻き込まれるのだった。
もっとも、孤児院を経営していたのは、かって騎士として名をはせた人物。
ステルクでは、どうあがいても勝てなかった。
何度か暴れた後、孤児院長にぶちのめされた。
雨が降る中、泥水を浴びたステルクは、地面に芋虫のように転がされた。絶対に勝てないレベルの相手がいる。この時、ステルクはようやく思い知ったのである。父はステルクには無関心で、喧嘩をする機会さえ無かった。しかも、風の噂によると、刑務所でアル中をこじらせて死んだと言うことだったから。
「お前は、他の子供達と、一緒には出来ない」
雨に濡れながら、元騎士はそう言った。
同年代の子供相手に無敵を誇ったステルクだったのに。この元騎士には、拳の一発さえ当てられなかった。当たったところで、効きさえしなかっただろう。
そして、なおも元騎士は言う。
「お前の鬱屈は、誰にも愛されず、誰にも構われないことから来るものだな」
その通りだろうか。
他の孤児も皆心がすさんでいたけれど。ステルクほどの暴れ者は、そうそうはいなかった。
無理矢理起こされると、拘束衣を着せられて。
そして、次の日には、別の場所に移された。
其処は、若い戦士を養成する施設だった。正確には、優れた素質を持つ子供達が集められ、将来のエリートとして教育を受ける所だった。
此処なら、好きなだけ力の使い方を学べる。
元騎士は、そう言った。
ステルクは何かに憑かれたように、修練に没頭した。
其処ではあらゆる戦闘技能が教えられていた。一方で、最低限の礼儀作法さえあれば、後はどうでもよいとされた。
とにかく強くあれ。
最強を目指せ。
修練で良い成果を出せれば、美味いものが食える。
何より、周りから褒めて貰える。
生まれてこの方、周囲からの愛情を受けたことが無かったステルクには。むしろ、この方が、丁度良かった。
才能があったのかは、今でも分からない。
分かっているのは、力がぐんぐんついていったこと。周りにも強い奴がいくらでもいたけれど。やがて、ステルクが、騎士でさえ舌を巻くほどに、腕を上げていた事だ。
不思議な話だけれど。
幾つかの戦いで武勲を上げた頃には。幼い頃の破壊衝動と殺意は、何処にもなくなっていた。
評価を受ける。
ただ、ステルクが穏やかでいるには、それだけで充分であったのかも知れない。
恋人も出来た。
幼い頃からの、数少ない知り合い。ステルクを怖がらなかった、変人の中の変人。そいつが、実はステルク以上の実力を持つ怪物的な天才だったと知ったのは、十代半ばの頃だけれど。
不思議な話だが、奴のことをにくいと思った事は無かった。
恋人の名はアストリッド。
そして、その恋は。
アストリッドが、師匠を失うまでは続いた。
目を覚ますと、ステルクは訓練のために、宿舎を出た。幼い頃の夢は、文字通り身を苛む。
ステルクにとっては、全ての災厄の源だ。
悪夢には慣れている。
それに、アストリッドと別れてから、恋人は作っていない。何というか、作ろうという意欲も湧かなかった。
アストリッドがあまりにも強烈な個性の持ち主だったという事も、あるかも知れない。それに、ステルクは、アストリッドの悲しみと怒り、それに起因する闇をよく知っている。安易に否定しようとも、逆に慰められるとも、思ってはいなかった。
アストリッドは完全に壊れてしまったと言ってもいい。
天才だからこそにその闇は深かった。
ステルクに、何か出来た事があったのだろうか。今でも、それは分からない。恋愛沙汰に詳しい人間に話も聞いてみたが。具体的に何をすれば良いのか、さっぱり分からなかった。
アストリッドの悲しみを知っているからこそ。別に恋人を作ろうとは、思わないのだろうか。よく分からない。
それに、他のアーランド人同様、ステルクは性欲が薄かった。別に無理に恋人を作って、性欲を発散しようとも思わなかった。作ろうと思えば作れたのだろうが、トラウマを振り切って作るというところまでに、恋人の必要性を感じなかったのだ。
時々、色宿の側を通りがかるが。中に入っていくのは、大半が労働者階級だ。戦士階級のアーランド人は、殆ど浮気もしないし、若い頃に体ももてあまさない。質実剛健を旨とする生き方が貴ばれるだけではない。
ステルクが思うに、生物としてとても強いから。無理に繁殖する必要がないのだろう。
それに何より、ステルクは、いびつな育ち方をした人間だ。
だから、武術だけが全てだった。特に今は。
性格が落ち着いてきてからも、それに代わりは無かった。今でもステルクは、顔が怖いと言われるけれど。
そもそも、親から笑い方さえ習わなかったのだから、こればかりは仕方が無い。
人間的な感情は得たとは思っているけれど。
それも、何処まで本当なのか。
内心では、それほど自信は無かった。
クーデリアが来ている。
騎士達に、戦い方を教わっているのだ。最近はロロナに言ってはいないようだけれど。頻繁に姿を見せるようになっていた。
騎士ともなると、平凡なアーランド戦士とは比較にならない戦闘力を持つ。クーデリアも既に一人前の実力を有してはいるが。此処ではまだまだひよっこだ。
だが、何度たたきのめされても。
何度うちのめされても。
泥だらけになって這い上がってくる様子は、好感が持てる。事実、騎士達も、悪い感情は抱いていないようだった。
「あの腐れフォイエルバッハの娘にしては、やるじゃねえか」
訓練を受け持っていた騎士が、豪放に笑った。
フォイエルバッハ卿は、武勲を上げた人物であり、むしろ優れた戦士なのだが。性格と、何より現在の行動から、戦士達からは著しく嫌われている。ステルクにはその背後には何かあるのではと思えるのだが。此処で言っても仕方が無いので、黙っている。
アーランドでは、後進を鍛えることは、良いこととされる。
これは何故かというと、自分の技について確認できるからだ。人に教えるには、三倍は知らなければならないという話もある。自分の技がどれだけ未熟か、気付く切っ掛けにもなりやすい。
クーデリアは、射撃精度から言っても、銃を使う戦士としては充分な技量を身につけている。
ただし、この世界では、銃などは牽制用の武器にしかならない。
弾速が遅すぎるのだ。
だから、体術も教えている。
クーデリアの身体能力は高いので、体術さえものになれば、恐らくは多少のモンスターなど縦横に蹴散らせるようになる筈。大物は銃器で牽制しながらロロナの支援を待つか、或いはリミッターを解除してからの大技で仕留めれば良い。
クーデリアもその基礎戦略を忠実に守っている。後は、大成するまで、己を鍛えていくだけだ。
「よし、今度は俺だ」
「お願いします」
クーデリアも、流石に訓練を付けてくれる相手には、敬語で喋る。
筋骨隆々とした大男が、槍をしごいて構えをとる。
クーデリアとの実力差は見た瞬間に分かるほど明白。だが、クーデリアは、恐れる事も無く向かっていく。
たたきのめされては立ち上がり。
立ち上がってはぶちのめされる。
他の騎士と訓練をしながら、ステルクはその様子を見ていた。
昼過ぎ。
ぼろぼろになっても、まだ立ち上がるクーデリアを伴って、サンライズ食堂に。おごりだというと、クーデリアは無言でうつむいた。
「借りは作りたくないわ」
「訓練を受けている時点で、借りは出来ている。 それに君の経済状態が、実際にはあまり良くない事も、聞いている」
「……」
クーデリアは、よそでは金持ちのように振る舞っている。
だが、それは違う。
実際には、よそ行きの格好と、戦闘用の装備だけに金を掛けていると言っても良い。フォイエルバッハ卿は、娘であるクーデリアに、小遣いなどほぼ渡していない。今回のプロジェクトでもらっている給金は、殆ど弾丸や外行きの格好のために消えてしまっている。たまにロロナを安心させるために嗜好品を買うこともあるようだが。いずれにしても、プロジェクトの参加者として得ている賃金は、ほぼ残らないようだ。
大盛りのホーホを頼む。
流石に訓練後だから、クーデリアもすぐに平らげた。ステルクは頷くと、幾つか見て気付いたことをアドバイスする。
クーデリアは面倒そうにしながらも、アドバイスは全て飲み込んで吸収する。
天賦の才は無いけれど。
その代わり、根は真面目で、覚えた事も忘れない。きっと成人する頃には、いっぱしの戦士となって、後進から慕われる存在になっているはずだ。実際問題、一部の天才を除けば、クーデリアより成長が早い戦士は、そう多くないのだ。
ステルクはクーデリアと別れると、王宮に。
書類の整理を済ませていると、エスティから声を掛けられた。王がオルトガラクセンの邪神と話を付けてから、アーランド近辺での緊張状態が緩和された。本当にモンスターが出てこなくなったのだ。勿論、今まで荒れ地に生息していたようなモンスターは、普通に姿を見せるが。オルトガラクセンから現れていた連中は、下手をしなくてもドラゴン並みの実力を持っていることが多かった。それだけ、アーランド近辺に、精鋭を貼り付けていなければならなかったのだ。
オルトガラクセンからの圧力が緩和されたことは、大きい。
だから、今まで解決できなかった問題に、注力できるようになったのである。ステルクにも、その関係で、仕事が回ってくるようになっていた。
「ステルク君、新しい仕事」
「見せていただけますか」
書類に目を通す。
エスティはこの機にと、周辺国の問題分子を片端から消しているようだ。
ステルクはというと、強力なモンスターの内、まだ討伐されていない奴の駆除を任された。
近場にいるモンスターの内、一つ気になるものがある。
「先輩、これをロロナくんと一緒に討伐しても構いませんか? 少しでも腕を上げさせたいのです。 勿論、今回の課題が終わってから、ですが」
「構わないわよ。 ただそいつ、今のあの子の手に負えるかしら」
「私がついていますから、どうにかさせます」
格上の相手との死線は、人間の底力を引き出す。
ロロナは成長がかなり早いが、戦闘面での実力はまだまだだ。今のうちに、鍛えられるだけ鍛えた方が良い。
ただでさえこのプロジェクトは、地獄への片道切符に等しいのだ。
生還の可能性は、少しでも上げておく。
それが、かって愛した女の弟子に対する、ステルクの配慮だった。