暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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今回作成する道具は文字通り理外の存在です。

基本的にレシピに沿って作れば出来るアーランドシリーズの錬金術ではありますが。

そのレシピが殆どブラックボックスになっている代物だと。

それに対するアレンジは、極めて難しいものとなるのです。

ただロロナの力は、それに届こうとはしています。






1、高き壁

げんなりして、ロロナは机に突っ伏した。

 

駄目だ。

 

どうしても、発生する水の量を、増やすことが出来ない。あらゆる手段を試しているのだけれど。資料にもしっかり目を通しているのだけれど。どうしても、自動的に発生する水の量が、限られているのだ。

 

金型が悪いのかと思って、色々と追加発注もした。

 

だが、これは資料にあるとおりの造りなのだ。どうしても、水が出てくる量が増えない。これでは、予定量の水を、作り出す事が出来ないのだ。

 

気分転換をしようと思って、作り置きしていたパイを食べる。気がつくと、ホールパイをまるごと食べてしまっていて、胸焼けがした。

 

ため息が零れる。

 

今まで、いろいろなものを作ってきた。

 

苦労しながらも、どれもこれも、完成にはこぎ着けた。

 

それなのに。

 

クーデリアが、後ろで咳払い。

 

来ていたのか。

 

「その様子だと、どうなっているかは、聞くまでもないわね」

 

「くーちゃん! 何とかしないと……」

 

「落ち着きなさい。 まだ時間はあるから」

 

しかし、そう言われても。

 

残りの時間があっても、完成させるビジョンが全く見えてこないのだ。

 

である以上、時間は無いのと同じ。

 

これでは、焦る気持ちを、抑えられない。

 

クーデリアと一緒に、資料の整理をするけれど。やっぱり、焦った頭では、殆ど何も入ってこない。

 

読んでいる資料が、まるで虫がのたくっているかのように思えてきた。頭をかきむしるけれど。

 

勿論、何も解決などしない。

 

「別の方向からアプローチするわよ」

 

「え?」

 

「まずは広場の噴水を調べて見る。 あれは水の品質は兎も角、出てくる水の量を考えると、間違いなく成功例でしょ?」

 

確かにその通りだ。

 

更にクーデリアは、王宮の図書館にも行くべきだという。

 

確かに、噴水についての資料があるかも知れない。

 

言われて見れば、その通り。此処にある専門書でも分からないのならば、視点を変えてみるしか無い。

 

煮詰まると、こんな事も分からなくなる。

 

「それに気分転換も必要よ。 パメラの店にでも行こうかしら」

 

「うん、ちょっと待って。 準備するから」

 

クーデリアはよそ行きのヒラヒラだけれど。ロロナは普段着だ。錬金術師としての正装に変えると、後はホムに任せて、アトリエを出る。

 

パメラの店に、まずは足を運ぶ。

 

中は比較的、人が多くなっていた。以前はガラガラだったのだけれど。どうやら不思議な魔術の籠もった道具類が、それなりに売れているようだ。

 

更に、見知った顔もある。

 

コオルというなの行商人だ。少年のような見かけをしているが、実年齢は知らない。元から、背が低い一族なのだ。

 

彼はロロナの所にも、珍しい品物を持ってくる。

 

今回はどうやら、パメラの相談に乗っていたようだった。

 

「じゃあ、これは相談料よぉ」

 

「まいど。 今後もごひいきに」

 

パメラが料金を渡すと、コオルはロロナに一礼だけして出て行った。

 

パメラはにこにこと上機嫌だ。客がこれだけ入っているという事は、経営も相応に上手く行っているのだろう。

 

ロロナも品を見せてもらう。

 

気付いたのだけれど、ネクタルなどはかなり薄められているようだ。また、魔力が回復するキャンディや、体力の回復を促進する干し肉などには、おそらくパメラ自身が掛けた魔術が宿っている。

 

そして、値段が上がるほど、籠もる魔力は強くなっている様子だ。

 

店の入り口には、縄がぶら下がっている。

 

アレはおそらく、盗難対策だ。

 

商品にはどれもタグが付けられていて、魔術でロックされている。あれをそのまま持ち出そうとすると、縄に捕まってしまう、という事なのだろう。

 

知識があると、お店の中のいろいろが分かってくる。

 

とても不細工なぬいぐるみもあった。

 

以前クーデリアが買っていったものとは違って、動くようなことはないようだ。ただし、護身用とか書かれている。

 

爆破の術でも籠もっているのか。商品説明を見ると、それどころではなかった。

 

強い呪いが籠もっていて、主人以外の者が触れると、相手を身動きさせなくすると言うのだ。

 

恐ろしい。

 

幾つかの品を、パメラの所に持っていく。

 

高純度の、魔力を込めた蜂蜜や。予備用のネクタル。ネクタルは、苗床を足しておけば品質が増すし、増やしておいて損は無い。

 

お金は若干余裕がある。

 

だから、買い物に躊躇する理由は無かった。

 

「はい、まいどありー」

 

「パメラさん、商売、順調みたいですね」

 

「ロロナちゃんのおかげよぉ」

 

「え……」

 

言われて驚いたのだが。

 

ロロナは今、かなり知名度が増しているという。ぐうたらだったアストリッドと違う働きもので、緑化でもモンスターの駆除でも成果を上げている。期待の新星だと。

 

そのロロナが御用達にしていると言うことで、この不思議なお店は、繁盛しはじめたのだとか。

 

多分あのコオル君の入れ知恵だろう。

 

苦笑いしながら、商品を受け取る。一旦買い物をコンテナに戻すと、大広場へ。噴水を、しっかり観察。出来れば外して分解したいくらいなのだけれど。流石にそれはできないので、念入りにスケッチし、なおかつ外から分かる部分は調査もしておいた。

 

それによると。

 

どうも、水を発生させる部分が、思ったより太く出来ている。

 

ひょっとすると。

 

「何か、思い当たる部分があるの?」

 

「うん、王宮の図書館に行ってみよう!」

 

半月ぶりに、研究が動く可能性が高い。

 

技術自体は、さほど難しくないのだ。しかし材料が貴重なので、試行錯誤には限界がある。

 

成功例を見ながら、やっていくしかないのだ。

 

小走りで王宮へ急ぐ。実際に自分でやってみると、気がつくことは多い。王宮に出向くと、エスティが受付にいたので、図書館に入れてもらう。勿論、閲覧の際には、噴水についての資料を、真っ先に探した。

 

たくさんある本棚の中から、見つけ出す。

 

錬金術師と一緒に、広場に国のシンボルとなる噴水を作った職人の手記だ。

 

目を通していくと、いろいろな事が分かった。

 

錬金術師は最初、水が中々増えないことに、苛立ちを見せていたのだという。理論はあっているのに何故だと、何度も周囲に怒鳴り散らしていたとか。その時の錬金術師はとにかくやせ細っていて、目がぎらぎらと輝き、文字通り何かのモンスターのような容姿だったそうだ。

 

それが苛立ちを周囲にぶつけていたとなると、さぞや怖かった事だろう。

 

やがて、噴水のデザインが悪いと、錬金術師は言い出した。王ともかなり言い争ったという事だ。

 

ほどなく、不意に事態は解決する。

 

思わず、其処に引きつけられる。

 

「何か分かったの?」

 

「……分かったかどうかは微妙だけれど、試してみる価値はありそう」

 

念のため、気になる箇所の全文を模写。

 

ただし、資料の持ち出しには許可がいる。模写についてもだ。エスティに申請すると、色々と書類を作らされた。拇印を押したりもした。魔術によってロロナの生体情報も写し取られた。

 

煩わしいが、仕方が無い。

 

それにしても、エスティの仕事ぶりを見たけれど。驚きだ。

 

残像を残して動きながら、書類を見る間に捌いていくのである。戦闘技能を、デスクワークでもフル活用していると見て良いだろう。

 

ロロナが作った書類も、すぐに処理してくれた。

 

「はい終わり。 じゃ、頑張ってね」

 

「有り難うございます」

 

一瞬だけ、エスティがロロナを同情するような目で見たのだけれど。

 

理由は分からない。丁寧に礼をすると、すぐにアトリエに戻った。

 

手記によると、錬金術師の作業は、途中から不意に上手く行き始めたのだという。おそらくそれは、噴水のデザインを変えてからの出来事だろうと、手記ではまとめていた。

 

或いは、だけれども。

 

錬金術師も、本当はどうして水が出ているのか、はっきりは分かっていなかったのかも知れない。

 

あの分からない理論は、一部はあっているのかも知れないけれど。

 

或いは後付けで、理論を組んでいるのでは無いのか。

 

手記を元に、金型を改良。

 

水を産み出す構造部分の、形状を変える。

 

そもそもは、コップで上手く行ったときのまま、筒状でためしていた。

 

だが、ひょっとすると。

 

予想は、当たった。

 

菱形に形状を変えた筒からは、勢いよく水が湧き出したのである。どうやら、水を産み出すには、入れ物の形が重要なようだった。

 

 

 

庭に入れ物を幾つか並べると、順番に実験をしていく。

 

まず必要なのは、緑結晶。

 

これは実際には、アクアライトと呼ばれる宝石や、水に関わる強い魔力を秘めた存在なら、何でも良いようだ。

 

これを核にする。

 

次に入れ物だ。

 

入れ物の内側には、魔術による刻印を彫る。入れ物の形状は何でも良い。その外側に、ゼッテルを貼る。同じように、魔術による刻印が必要だ。入れ物を二重構造にして、間にゼッテルを貼っても良い。

 

そして、緑結晶に。

 

水と強い魔力が飽和状態になった中和剤を注ぐ。

 

蓋を閉じる。この蓋の上にも、ゼッテルを貼る。そして、更に上から、二重の蓋をかぶせるのだ。

 

そうすると、冗談のように、水が生まれ始める。

 

ロロナが魔力を注ぐと、生まれ出る水も増える。そして、水の量は、入れ物の形状によって、大きく変わってくる。

 

この辺りは、理論では書かれていなかった部分だ。

 

ひょっとして、これを生み出した錬金術師は、自分でも、よく分かっていなかったのでは無いのか。

 

天才なのに、お茶目なことだとロロナは思った。

 

だって、周りも分かっていないのを良い事に、分からない理論で煙に巻いたのも同じだからだ。

 

まず分かったのは、筒状では駄目。

 

出てくる水の量が、あまり多いとは言えない。

 

ゼッテルで貼る魔術の刻印などでは、全く影響が出ないことが、ここしばらくの実験ではっきり分かっている。

 

かといって、ただの筒に入れても駄目なので、気むずかしい。

 

色々と試していくと、分かったのが。壺状の形態が、一番水が出る、という事だ。何故かはさっぱり分からないけれど。

 

そして、さらなる問題に、調査中ぶち当たった。

 

水の質が、さっぱり良くないのである。

 

まるで泥水のようなのが、わき出してくる。これは困った。しかし、濾過の機能を付けると、大規模になりすぎる。

 

クーデリアと一緒に、噴水の様子を見に行く。

 

噴水の方はというと、さほど汚れてもいない。確かに飲料水にするには無理があるけれど、此処まで酷くはない。

 

まさかとは思って、筒の上に杯の部分を載せてみる。

 

効果は激烈だった。

 

水の品質が、一気に変わったのだ。

 

ますます分からなくなる。これは総当たりで試してみるしかないのではあるまいか。それにこの様子では、水では無くて、とんでもないものがわき出してくるかも知れない。

 

これほど気むずかしい道具であるとは。

 

メンテナンスのマニュアルを作る際、錬金術師本人でも仕組みが理解できていないとか、書くべきなのだろうか。

 

だとしたらあまりにも悲しすぎる。

 

杯の部分についても、お金がある程度潤沢だとはいっても、親父さんに色々なのを作ってもらうとして、その後量産しなければならないのだ。

 

そうなれば、いくらお金を蓄えてあっても、まるで足りない。しかもこの様子では、筒の部分や杯の部分に使っている素材でさえ、品質や、出てくるものが変わりそうな勢いなのである。

 

思わず頭を抱えてしまった。

 

クーデリアが、あきれ果てたように言う。

 

「今からでも、他の選択肢を探すという手は?」

 

「無理だよ。 課題開始の時に二人で調べたでしょ。 条件を都合良く満たしてくれている道具は、これしかないの」

 

「……そうよね。 なら気になるんだけれど、歴代の他の錬金術師達は、これを利用しての緑化はしなかったのかしら?」

 

そういえば。

 

これさえあれば、ため池は造り放題。

 

わざわざ小川から水を引いてこなくても、半永久的に水が出てくる、凄い仕組みなのである。

 

それなのに、歴代錬金術師は、どうして湧水の杯に手を出さなかったのか。

 

考えた末、ロロナは師匠の部屋をノックする。

 

昨日、部屋に入るのを見た。出てきた雰囲気は無かったから、多分まだいる筈だ。寝ていなければ、出てきてくれるはず。

 

ノックをした後、少し待つと。

 

師匠が眼鏡を掛けながら、部屋から出てきた。

 

まずい。寝起きだ。

 

滅茶苦茶に機嫌が悪い。この状態の師匠は、腹いせにモンスターを八つ裂きにしてくるほどなのだ。

 

「どうした。 何かあったか」

 

「は、はい、あの」

 

背筋が自然に伸びてしまう。

 

冷や汗が、全身を流れ落ちているのが分かった。この状態の師匠は、ロロナが幼い頃から、容赦というものを知らなかった。本当に、死ぬと思うような目にも、何度もあわされたのだ。

 

「歴代錬金術師の、研究過程の資料、知りませんか」

 

「殆どは処分されているが。 ああそうか、湧水の杯を作りはじめて、他がどうやっていたのか知りたくなったな」

 

頷くと、アストリッドは。

 

非情な宣告をしてくれた。

 

「此処には無いぞ。 というか、湧水の杯を作り出した錬金術師にしてからが、仕組みの解明は放棄したほどだ。 ちなみにあの噴水、作成までに二十年が掛かっている。 試行錯誤の末、ある程度の品質の水を出すまでに、それだけ掛かったという事だ」

 

「……っ!」

 

「そんな顔をしてもないものはない。 というか、今更気付いたのか。 私は仕組みを理解しているが、あれは相当に高度な学問の結晶体だ。 元々、生半可な錬金術師の手に負える品物では無い」

 

真っ青になっているロロナを見て、師匠の機嫌がどんどん良くなっていくのが分かった。この人は筋金入りだ。ロロナが悲しんだり苦しんだりしていると、本気で喜ぶ。ただ、ロロナが粗相をしない限りは暴力を振るったりはしなかったけれど。ロロナが研究で苦しんでいるのを見て、いつも舌なめずりをしていることだけは、事実だった。

 

師匠が戻ろうとしたので、クーデリアが咳払い。

 

それで、我に返る。

 

「そ、その。 せめて何かヒント、貰えませんか?」

 

「ふむ、お前が試行錯誤して苦しむのを、もう少し見ていたかったのだがなあ。 まあ、良いか。 お前も気付いているようだが、湧水の杯で重要なのは形状だ。 問題は、今まで作られた実例だが。 噴水の他にも何カ所か、確か現存しているはずだ。 そうだな、街の南に、非常時のためのため池があるだろう。 あれに、湧水の杯を使っている筈だ」

 

そういえば、そんな場所もあった。

 

周りに柵が作られていて、濁った水がとにかく怖かった印象がある。周囲には監視のための魔術が掛かっていて、もし入ろうとすれば、すぐに大人が飛んできて、怒られることになった。

 

ロロナも腕白だった幼児の頃は、そうして怒られたことがあった。

 

ため池という事は、飲める水を使っているはず。溜まっている水自体は緑色で非常に汚かったけれど。

 

実物を、見ることが出来ないだろうか。

 

師匠は今度こそ寝に入ってしまったので、もうこれ以上話を聞くことは出来ない。クーデリアと一緒に、まずは王宮に。

 

珍しく、ステルクとエスティが一緒にいる。

 

最近は殆どどちらか一人、或いはどちらもいない、という状況しか無かったのに。何かあったのだろうか。

 

だが、エスティは暇らしく、ロロナを見ると満面の笑みで話しかけてきた。ああ、暇だったんだなと、それを見て思った。

 

「ロロナちゃん、どうしたの? 課題、達成できた?」

 

「いえ、流石にまだ……」

 

「そうなの。 最近はどんどん腕も上げているし、もう達成したかと思っていたのだけれど」

 

そう言ってくれるのは嬉しいけれど。

 

だが、まだまだ達成にはほど遠いのが現実。とりあえず用件を言う。エスティは笑顔のままでしばらく黙り込んでいたが。

 

資料を出してきてくれた。

 

「まだ、そんな段階なのね。 既に半ばを過ぎているけど、大丈夫?」

 

「な、何とかします」

 

「いつも苦労しているわねえ。 少しは余裕を持って課題を達成できると、私やステルク君も、安心できるのだけれど」

 

面目次第も無い話だ。

 

エスティが出してきたのは、入場許可書と身分証。身分証は仮のものだ。クーデリアの分も用意してくれた。

 

更に暇らしく、エスティも同行するという。ただ、暇だと口では言っていたけれど、真相は分からない。

 

エスティが一緒に来てくれるのははじめてかも知れない。王宮の方の仕事は、他にいる騎士に任せるのだそうだ。

 

三人連れだって、一緒に街の南にあるため池に。

 

「知っていると思うけれど、あのため池は、籠城の際に重要な水源になるの。 それに、乾燥が酷くて、街の人達の水が足りないときにも、供給されるのよ。 だから、毒を入れられると大変って事で、非常に厳しく警備されているの」

 

幼い頃はぴんと来なかったけれど。

 

しかし、久しぶりに来てみて。エスティの言葉が、嘘でも何でも無いことがよく分かった。

 

池の周囲に張り巡らされている監視用の魔術は、尋常な代物では無い。凄まじいまでに執拗で、なおかつ高度。

 

これでは、ロロナが入ろうとしたら、すぐに大人が飛んでくるわけだ。そして、しかられるのも道理である。

 

柵の辺りには、相当に厳重な監視網が。

 

魔術に対する知識を得た今なら分かる。これは、腕利きの特殊部隊か何かでも、突破は無理だ。

 

入った場合は、基本的に分かる仕組みになっていると見て良い。ロロナの母のような腕利きでも、誤魔化すには念入りな調整と準備をして、それでも無理だ。

 

「こっちよ」

 

案内されたのはため池の柵をぐるりと迂回して、奥。

 

見張りの怖い顔をした戦士に、渡された書類を見せる。怖い顔をした戦士は、筋骨隆々で、見るからに強そうだった。

 

「錬金術師か」

 

「は、はい!」

 

声がもの凄く低くて、なおかつ恐ろしい。

 

背筋が伸びてしまうロロナだが。エスティが、助け船を出してくれる。

 

「マーロッド君、そんなに威嚇しないの」

 

「小官は何もしていませんが」

 

「書類も持ってきているんだし、笑顔の一つも浮かべなさい。 それだから、私より年下なのに、おじさんだと思われるのよ」

 

「面目次第もありません」

 

話を聞いている限り、実はかなり若い騎士なのか。ひげ面で凄く怖い顔なので、おじさんだと思っていたのだけれど。

 

それに、真面目で職務に熱心な人のようでもある。

 

ロロナは一礼すると、内心で失礼な印象を抱いてしまったことをわびた。いろいろなモンスターと接して、相手を見かけで判断することの意味は分かったはずなのに。どうして、こう本能というのは厄介なのだろう。

 

見張りの人がいた奥に、小屋が。

 

ただし、入ってみると小屋は見せかけ。地下に、相応に巨大な監視設備が広がっていた。これは、かなり大きな資産家の邸宅並みの広さがありそうだ。クーデリアが周囲を見回して、目を細めている。

 

「これ、うちの応接より広いわ」

 

「天井も高いね!」

 

「それにみて、あれ。 多分貴重な金属による防爆板よ」

 

クーデリアが指さした辺りには、無骨な板が張り巡らされている。

 

なるほど、此処はアーランドの重要施設。生半可な事では入れない、国家の心臓部の一つというわけだ。表にある粗末な小屋は、偽装、なのだろう。

 

中では労働者階級の人が何名か詰めていて、作業をしていた。どうやら水量の管理や、余った水を下水などに放出しているようだ。

 

ため池の水量は相応にある。だから、そういった用水の補助をするには、うってつけなのだろう。

 

札がたくさん並べられていて、壁には水路の図。

 

なるほど、これは国家機密だ。

 

関係者では無い人がここに入ったら、それこそ大変なことになる。この図さえ手に入れてしまえば、アーランドの水路を破壊することは、決して難しくは無い。

 

エスティが同道しているとは言え、此処にはいることが出来たというのは、ロロナがそれだけ信頼を得たという事だ。

 

それは単純に、嬉しかった。

 

「ロロナちゃん、話がついたわ。 でも、決して触らないように、という事よ」

 

「は、はい」

 

気後れしてしまうけれど、奥へ案内してもらう。

 

水音がした。

 

入ってみると、噴水より更に巨大な杯があった。形状は非常に独特で、何というか、くびれた壺のようだ。

 

すぐにスケッチを採る。

 

驚いたのは、左右対称の形状では無いと言うことか。

 

なるほど、これは驚いた。こんな形状で、澄んだ水が出てくるようになるのか。

 

作った人の名前は。

 

調べて見ると、噴水を作ったのと、同じ錬金術師だ。

 

ただし年代が違う。

 

なんと、噴水を作ったのと、更に三十年も後。おそらく、錬金術師は、老婆になってしまっていただろう。

 

同じ形状の湧水の杯が、五つも並べられている。

 

あふれ出ている水は、溝におとされて。其処から、水路へ。更に、水路の奥へと流れ込んでいる様子だ。

 

その水路から、ため池に水が入り込んでいるのだろう。

 

また、ため池そのものも、土を掘って作った物では無い様子だ。表面上はそうだが、基幹部分は石造り。幾つかのバルブと弁で管理されていて、彼方此方に水を送り込んでいるようである。

 

表面の濁った水は、ずさんな管理をしているふりをするためのものか。

 

別の部屋に、労働者階級の人が案内してくれる。

 

大規模な装置があった。

 

どうやら、同じ錬金術師が作ったものらしい。気むずかしそうなおじさんが、資料を見せてくれた。

 

其処には。

 

錬金術師の苦悩が、書かれていた。

 

結局六十年以上この研究に携わってきたけれど。根幹の理論は後付けで、どうしてもノウハウだけしか作る事が出来なかった。しかも天才を恣にしてきた手前、それを誰にも話す事が出来なかった。

 

この濾過設備は、せめてもの償いの証。

 

きっと、自分が天才だと言う事の嘘は、知っている人達もいたのだろう。

 

だが、彼らは実績を作った事で、許してくれたのだ。

 

だから、恩を返したい。

 

そう、手記にはあった。

 

驚かされる。彼女の遺した資料はたくさんみたのだけれど、どれも天才が鼻につく内容で、他の人をみくだしている様子がありありと出ていた。

 

きっと七十代後半か八十代か。そんな年代で書いただろうこの手記では、随分と丸くなった人柄がうかがえる。

 

師匠は。

 

あの、他の人達を憎んでいる事がうすうすとうかがえる言動が。年を取ったら、少しは和らぐのだろうか。

 

ノウハウが、乗せられている資料は無いか。聞いてみたが、流石におじさんは、首を横に振った。

 

「そもそも、あの湧水の杯は、貴重な金で出来ているんだよ。 さびないようにな」

 

驚いて見直したが、確かにその通りだ。

 

噴水は、さびにくい特殊な金属を使っていたけれど。此方はさびてはいけないので、完全にさびない物を使った、というわけか。

 

文字通りの、国家事業。

 

それだけの精神的負担を跳ね返した、この錬金術師は。やはり、国家の柱石として、大きな役割を果たしたのだろう。

 

凄いなと、素直に尊敬してしまう。

 

ノウハウについて得られなかったのは仕方が無い。だが、形状はメモした。これで、きっとどうにかなる。

 

頭を下げて、その場を後にする。

 

エスティは責任者らしい人と話していた。時々難しい顔になっていると言うことは、何か問題があるのだろうか。

 

話を盗み聞きするのも悪い。

 

湧水の杯が置かれている部屋にまで戻る。細かい意匠まで、全てチェックし、メモに説明を付け足す。

 

クーデリアが、横から補助してくれる。

 

観察眼が優れている彼女のアドバイスは、本当に頼りになる。

 

メモをしっかり完成させた頃、エスティが戻ってきた。

 

「もう良いかしら?」

 

「はい、有り難うございます! これで、どうにかなりそうです!」

 

「頑張ってね」

 

施設を出ると、身分証も書類も、全部取り上げられた。

 

それだけ大事なものだ、という事だ。

 

後はアトリエに戻って、今得た情報を生かすだけ。どうにかして、最低でも十五個、湧き水の杯を作りたい。

 

どうにか、希望が見えてきた。

 

今月中に、一個目の完成品を作る事が出来れば。

 

後の十四も、きっと作る事が出来る。

 

流石に金で作るような事は出来ないけれど。さびにくい加工ならば、いくらでも手がある。

 

アトリエに戻る間、ひとことも喋らなかった。

 

そして、アトリエに戻ってからは。

 

一心不乱に、作業に取りかかったのだった。







先達の事業を確認し

実例を見てそれで正解に近付く。

ロロナはやるべき事を丁寧に一つずつやっていきます。

一足飛びに全てを理解する天才ではありませんが。

だからこそ、習得したときに、爆発的な力を発揮できるのです。






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