暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ついに奇蹟を呼ぶ、水を作り出す杯が完成に近付きます。
なお本作では、水が存在する確率を操作して、杯の中に水を出現させています。
SFなんかで登場する、存在する確率を操作する事であれこれをやるテクノロジーですね。
それを錬金術で実行しているわけです。
図面を見た親父さんは、気むずかしそうに唸った。
確かに、用途が分からないものは、不審を呼んで当然だ。
「なあ、なんでこんなに杯ばっかり作るんだ。 しかもいらない奴を鋳潰して、また杯にするとか、意味が分からん。 料金だって、馬鹿になっていないじゃないか」
「形が重要だって、分かったんです」
ロロナは、誰にでも分かるように、クーデリアが書いてくれたメモを見せる。
水をいくらでも産み出す奇跡の杯には、その形状が最大の意味を持つ。水を澄ませるも汚すも、杯の形次第。
杯を綺麗に作る事が出来れば。
それは奇跡の杯となって、作り手どころか、周囲の喉まで潤すだろう。
「錬金術が不思議な学問だって事は知ってるさ。 実際、お前さんの作った耐久糧食が凄いって噂は、俺の所まで届いているからな」
「えへへー。 有り難うございます」
「だが、これはどうにも信じられん。 まあ、作れというなら作るさ。 ただ、金は掛かるからな。 覚悟はしておいてくれよ」
お願いしますというと、お店を出る。
その足で、アトリエの前を横切って、ティファナの店にも。此処で、幾つか魔法の品を仕入れていく必要がある。
注文していた品は、既にできあがっていた。
「はい、これが魔法の紐よ」
「有り難うございます!」
受け取った紐は、ある程度の命令を受け付け、忠実に動く品。
これは、メンテナンスを容易にするために用いる。勿論湧水の杯を野ざらしにするつもりはないのだけれど。それでも、専門家がいつでも側にいるわけでは無いのだ。だから、状況に応じて、柔軟にメンテナンスが行われるように、先に指示をしておくのだ。
いわゆるエンチャントによって、命を得た紐は。アーランドでもあまり数が多くない、珍しい品だ。
ティファナはかって腕が良い魔術師として、前線で活躍していたから、準備が出来た。それでも安くは無かった。
というよりも、だ。
十五個の杯を作り上げた頃には、おそらくスッカラカンになることが確実だった。
これから、ホムに栄養剤や発破の材料を生産させて、ロロナが納品して。補助的な収入を得るとしても、失敗する分を考えると、かなりカツカツになるのは確実。
もはや、退路は無い。
アトリエに戻ると、ホムが栄養剤を樽詰めしていた。
「納品してきます」
「うん、お願い。 道中は気をつけてね」
軽々と樽を担ぎ上げると、新調した荷車に乗せて、ホムはアトリエを出て行く。
今回の納品先は、王宮。
栄養剤の生産が軌道に乗った事もあって、エスティに話をしてみたところ。王宮にも納品して欲しいと言われたのだ。
ある程度の資金を、これで補える。
さて、問題は。此処からだ。
クーデリアに手伝ってもらって、調整に調整を重ねた湧水の杯が手元にある。水を産み出す筒の部分は、極めて複雑な形状となっていた。周り中にボタンのような凹凸があり、文様もきざまれている。
これらは、アーランドのため池を作るのに使われている、黄金の杯を参考に作り上げたものだ。
此処に、水を作り出す機構を組み込む。
勿論、作業は裏庭で行った。
上手く行ってくれるか。
行ってくれないと、困る。素材によって、求められる形状が違うとかになってしまうと、もはやロロナには手に負えない。
今の時点でさえ、頭がオーバーヒートしかねないほどの複雑な内容なのだ。水を造り出す、事だけはどうにかなる。
しかし、その量と、品質を確保するのが。
これほど難しいなんて、思いもしなかった。
杯を筒にかぶせて、更に魔法の紐で固定。魔法の紐には、事前に幾つかの命令を与えてあるから、これについては問題ない。事実、稼働確認も済ませた。
後は、水さえきちんと出れば。
生唾を飲み込む。
側で静かに見ているクーデリアも、何も言わない。問題は、此処からだ。湧水の杯が、どれだけデリケートな道具かは、ロロナもクーデリアも、嫌と言うほど分かっているのだから。
水が。
出始める。
見る間に、杯に溜まっていく。
やったと思ったのもつかの間。すぐに杯の部分に溜まった水を、クーデリアが汲む。またロロナは、水が溢れるのを防ぐために、杯をわざと傾けて、なおかつ事前に用意しておいた注ぎ口をセット。
こうすることで、杯からの水が、一方向に注がれるようにする。
一旦水は、排水路に向けて掘った溝へと流す。
そうしないと、庭が水浸しになってしまうからだ。
汲んだ水を、早速調査。
毒物や劇物が入っていないかを確認。幾つかの確認方法がある。試験管に水を小分けに入れて行って、様々な試験薬を入れて行く。見た感じ、不純物は非常に少ない。毒に関しては、反応は出ない。
触ってみる。
刺激は、無し。
酸なども含まれていないと見て良さそうだ。
臭いについても、無い。幾らかのデータを取っていくが、少なくとも蒸留して飲む分には、問題は無さそうだ。
原液は、行けるか。
クーデリアが、野良犬を引っ張ってくる。
こういった動物実験をするようにと、ロロナは前から口うるさく言われていた。野良犬の前に、水を入れた皿を出す。
野良犬はしばらく臭いを嗅いでいたが。
やがて、飲み出した。
「犬に分かる範囲では、危険物は無いと見て良さそうね」
「うん。 後は経過観察をして、それから……だね」
上手く、行ったのだろうか。
期日まで、時間は殆ど無い。
渇き谷の方でも、準備はしておいてもらわないとまずい。ため池の方であれだけ厳重に管理しているのを見ると、その辺にほっぽっておくわけにはいかないと、ロロナも思うようになったのだ。
その辺の交渉は、クーデリアがしてくれると言ってくれたけれど。
それについては、断った。
ロロナが現物を所持して、現地で説明を行いたいのだ。
翌日まで待ってみて、犬はぴんぴんしていることを確認。最後に、自分でも水を飲んでみる。
問題は無し。
念のために、サンプルをティファナをはじめとする、何名かの魔術師の所に持ち込んで、解析してもらった。
不純物、毒物、いずれも無視できるレベルで微少。
例外無しに、そう結論が出た。
直接飲んでみて分かったが、あまり美味しい水では無い。冷やしておけば、飲むことは出来る、という程度だ。
ただ最初からわき出してくる水はそれなりに冷たいし、日差しに当てて放置でもしない限り、美味しく飲む事は出来るだろう。
最終的な実験を全て終えて、やっとロロナは結論した。
成功だと。
寸分違わず作った五つの、湧水の杯。杯の部分を取り外してあるのは、運ぶ途中に水浸しになっては困るからだ。
この五つは、第一陣である。
渇き谷には、昨日のうちに話を付けておいた。
いくらでも水が湧いてくる道具を作ったと言っても、相手は半信半疑だったけれど。しかし、ロロナは国から課題を受けている錬金術師だ。笑い飛ばすことは無く、一応話は聞いてくれた。
管理用の小屋を作ってもらい、其処に専任の監視チームを作ることを確約させた。
後は、どうやって、水を管理していくか、だ。
実際に、まずスタッフを集めて、彼らの前で水を出してみせる。
湧水の杯を組み立てると、すぐに水が出始めた。その水量に、此処を統括しているスタッフは目を剥いた。
「ほ、本当に水が!」
「あと、十個作ってきます。 この五つを含めて、飲料水用に使えます。 勿論、お風呂や下水にも使えます」
一旦杯を外す。
そうすると、水が止まる。
何事かと、老人達も集まってきた。彼らも、物珍しそうに、湧水の杯を見ていた。
何度か使い方を説明する。マニュアルもあるけれど、最初は勿論口頭だ。
水は文字通り、杯から湧き出してくる。勿論手品などでは無い。ロロナも本当は、原理がよく分からないのだけれど。
一定品質の、冷たくて飲む事が出来る水が出てくる道具なのは事実。
そんな夢のような道具が、此処にあるのだ。
「すごい……!」
老人の一人が、まるで神の奇跡でも見たかのように呟く。
ロロナだって、これを見たときは、随分驚いた。錬金術の可能性の神髄を、見せつけられた気もした。
スタッフが、慌てて会議を始める。
まさか、これほどのものをロロナが用意してくるとは、思ってもみなかったのだろう。以前話したときは、話半分というのが、ありありと態度に出ていた。今回、ロロナはカタログスペック通りのものを作り上げた。
その代わり、蓄えていた資金は、すっからかんになってしまったが。
しばらく待たされる。
途中、おばあさんの一人が、甘いお菓子を持ってきてくれたので。礼を言って、クーデリアと分けて食べた。
錬金術師かと聞かれたので頷くと、嬉しそうにおばあさんは言う。
「実はわしの妹も錬金術師でのう。 もう随分前に命をおとしたが、不思議な道具をたくさん作っては、見せてくれたものだよ」
「えっ! それは……」
「その妹さんのお名前は?」
クーデリアが聞くと、応えてくれるおばあさん。
聞き覚えの無い名だ。おばあさんの年頃からして、恐らくは三代前か、もう一つ前の錬金術師だと思うのだけれど。そんな名前だっただろうか。
もしくは、見習いの内に異国に旅に出た錬金術師かも知れない。
錬金術師が多くいた頃は、他の辺境諸国に請われて、アーランドを離れた錬金術師がいたとか聞いている。
大陸中央の列強にも錬金術師がいるらしいのだけれど、師匠に詳しい話は聞けなかったから、分からない。
最近は、錬金術師の研究資料を調べることが多いので、有名人はかなり覚えた。その中にいないと言うことは、恐らくはアーランドを離れた人だったのだろう。
しばらくすると、スタッフが戻ってくる。
おばあさんに礼を言うと、案内された先は洞窟だ。会議室のようになっていて、ひんやりした空気が心地よい。
この蒸し暑い渇き谷では、主に倒れた老人を介護したり、或いは看取るときに用いるのだとか。
十五人ほどいるスタッフが、勢揃いしている。
それだけロロナが持ち込んだ道具は、重要だったという事なのだろう。
一番年かさの、立派な口ひげを蓄えた初老の男性が、まず口を開いた。
「結論から言わせていただくが、さっそく、その水を産み出す道具を使わせていただきたい。 その道具があれば、省力化が出来て、今まで回らなかった所に手を伸ばせる。 そればかりか、豊富な水を使って、風呂なども沸かすことが出来るようになる。 老人方は、皆喜ぶはずだ」
「勿論そのつもりで持ってきました。 マニュアルもあります。 目を通してください」
すぐに渡すと、頷いて、リーダーは配置する場所について説明してくれた。
何しろ貴重な道具だ。人目にはさらせないという。
何カ所か、狭い洞窟の中に、使われていない部屋があると言う。見ると、洞窟の壁は機械的な部品が所々見える。
ひょっとしてこれは。
オルトガラクセンと同じような、古代の遺物か。
それならばあの頑強さも納得がいく。一枚岩が丸ごと古代の遺物だったとしたら、頑丈なのも当然だろう。
こういった狭い部屋に置いて、パイプなどを配置。
このパイプは、アーランドで加工している、耐水の金属を用いる。そしてパイプを搬送してから、ため池を作る。
ため池に流し込む水は、杯二つ分。
このため池からは、下水など、多目的に用いる。
別の部屋にもう二つ。
此方は井戸と併用する、飲料水として用いる。パイプでこの谷の彼方此方に繋ぎ、バルブを用いて水をすぐ出せるようにする。
そのために、貯水タンクが必要になる。
これもアーランドで、購入が可能。すぐに作る事が出来る。
一個は予備用。
普段から水を出しておき、切り替え装置で貯水タンクにも、ため池にも、水を流し込めるようにする。
設計図を、すぐにスタッフが作っていく。
この渇き谷を知り尽くしているスタッフだ。それに、医療スタッフだけでは無く、技術者もいるらしい。
更に、驚いたことに。
おじいさんおばあさんが、何名か呼ばれて来た。
お年寄り達が、図面を見て、説明を受けて。ああだこうだと話ながら、すぐになにやら書き始める。
此処にいる人達は、年老いていても。みなスペシャリストということか。
「この国では、どうしても戦士が労働者の上位になる。 過酷な世界ですから、それが仕方が無い事は理解しています」
リーダーが、蕩々という。
ロロナは、この光景に驚かされたけれど。しかし、納得もする。
「ですが、我らにも、アーランドを支えてきた者だという自負がある。 此処で余生を送るだけが、我ら老人の全てでは無いと、見せて差し上げましょう。 此処を快適な場所にするという依頼を、達成してくれた貴方への、せめてもの礼です」
驚くべき速さで図面が引かれた。
スタッフが何名か、工場に向かう。パイプを注文しに行くのだろう。
ロロナは、改めて礼を言われた。
そして、決める。
何が何でも、この課題を達成する。残り十個の湧き水の杯を、できる限り急いで、作り上げるのだと。
追加で五つの杯を持ち込んだときには、渇き谷はかなり様子が変わっていた。
彼方此方にパイプが張り巡らされ、老人達も活気を取り戻しているように見える。まだ、今の水量では、大した事は出来ないはずだとロロナは考えていたのだけれど。品質が形状で変わると分かった今、劣化品を作る意味は無い。飲める水を出せる湧水の杯を十五個。それが、今回の目標だ。
時間はもうあまり残っていないが、充分に作る時間はある。
後は、渇き谷の人達が、どうにかしてくれると思うと、多少は気も楽だ。
荷車に乗せた湧水の杯を見て、老人達が歓声を上げた。中にはありがたやと祈りはじめる人までいたので、ロロナは本当に困り果てた。
スタッフが来て、荷車ごとロロナを奥に連れて行く。
そして、現在の状況を見せてくれた。
主に話をしてくれたのはあのリーダーだけれど。彼も何だか、若返ったように見えた。背筋は伸びているし、しゃべり方もはっきりしている。それどころか、目もきらきらと輝いている。
やりがいが出来たからか。
やりがいは、こうも人を変えるのか。
「稼働、水量、水質、いずれも問題は無し。 一角に作ったため池に、落ちる老人が出ないように、柵を急ピッチで作っています。 水の量は、井戸のと合わせれば充分と言えるでしょう」
「あの、余った水を撒いて、冷却に使えませんか?」
「検討しましょう。 確かに、この暑さを和らげるには、気化熱が一番だ」
専門用語も、当然知っている。
時々圧倒されるほどの熱気が、老人達から感じ取れる。
「次の五個は、どうしますか」
「二つは水道に追加。 もう一つはため池に。 一つは予備に、最後の一つを、実験的に、水まきに使用してみますか」
水まきは、重労働になる。
だが、暇をしている老婆達が、撒く作業をすると言ってくれたそうだ。確かに、体を動かしていると、呆けを防止するのにもよい。
マニュアルについては、増やして、持ってきた。
現在、時間と資材の状況から考えて、多分十六個は湧水の杯を作る事が出来る。つまり、予定より一つ多く作れるけれど。
これは国に納品して、何かの役に立ててもらおうと思っていた。
設置を手伝った後、ロロナも操作する様子を見学したのだけれど。みなマニュアルを徹底的に読み込んでいるようで、まるでロロナでは無くてこの人達が作ったかのように、湧水の杯を危なげなく扱っていた。
はっきりいって、メンテナンス以外は、何も口にする必要が無さそうだ。
それに金型もあるし、いざとなったら新しく作れば良い。今回の課題について突破できれば、おそらく国から補助金も出る。
珍しい素材も使うのだけれど。
しかし、それ以上に、この効果は大きかった。
一旦アトリエに戻る事にする。
渇き谷から出るとき、老人達が揃って、ロロナを見送ってくれた。何だか、ぼんやりしてしまう。
「どうしたの、にやにやして」
「幸せ」
「うん?」
「錬金術ってね、何だろうって、随分悩んでたんだ。 恐ろしい兵器にもなるし、きっと人が人でなくなるようなものだってつくれる。 作った事で、誰かが幸せになるかも、分からないって思ってた」
でも。
この間から、錬金術が、人を幸せにする現場に、何度も立ち会っている。
勿論、運が良いことは分かっている。多くのモンスターの命を奪っても来たし、必ずしも良い結果に結びつくとは思えない事象も見てきた。
だからこそに、思うのだ。
「やっと、錬金術師に、誇りが持てるようになってきたのかも」
「まだまだ、ようやくスタートラインに立った所じゃ無いの?」
「うん、そうだね」
クーデリアの言うとおりだ。
気を引き締めなければならないと、ロロナは思った。
アトリエに戻ると、残る五つの作成作業に着手する。もう少しで、課題達成だ。今回は、いつもの課題にもまして、期日ギリギリになる。
だが、それでも。
老人達の笑顔を見ることが出来たし、ロロナは幸せだ。
きっとこれで、あの人達は。
人生で最後のやりがいを得て。なおかつ、きっと安らかに、逝くことが出来る筈だ。それだけでも、ロロナは。
この課題を達成する意味があると、感じていた。