暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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4、闇の中の光

エスティは、ステルクより一つ年上の、アーランドでは重鎮と呼ばれる地位にある騎士である。

 

勿論社会的地位ではもっと上の存在が、何名もいる。

 

ただし騎士達の中で現役最強なのは、間違いなくエスティとステルクの二人。特にエスティは、その暗殺向きの能力と、仕事を選ばない性格から、王から重宝されていた。

 

当然の話だが、普段から暗殺ばかりしているわけではない。

 

この仕事をするようになったのは、騎士に成り立ての頃。激しい乱戦の中、的確にモンスターの群れのボスの背後に忍び寄り、首を後ろから刺し貫いて見せたときから。当時の騎士団長に目を掛けられて、今では押しも押されぬ存在へとのし上がったのだ。

 

出仕すると、まずは今日の仕事について確認。

 

午前中に、仕事が一つ入っている。

 

ロロナが、どうやら課題を達成したらしい。カレンダーを確認すると、なんと期日の三日前だ。

 

この間の課題はかなり余裕を持って達成していたので、今回は本当に危なかった事になる。

 

これからするべき事は、決まっている。

 

内容を確認して、王に報告。

 

出来れば午前中に済ませておきたい。何しろ午後からは、暗殺のために三つ隣の国へ出かけなければならないのだ。

 

此方の作業に到っては、既に現地で部下達が待機している。

 

いよいよ列強の統合が進み始めていて、その手先としてアーランドにちょっかいをかけて来ている国だ。特に最近は、幾つかの面倒なプロジェクトに着手しており、その中の一つが、王による抹殺指令の引き金となった。

 

当然の話だが、相手もアーランドを敵に回すことがどういう意味か。手の者を潜入させて、くだらないことをするのが何を指すかくらいは理解している。ならば、対等の敵手とみて良い。

 

手先と言っても、アーランドより国力はずっと上。

 

放置していては、いずれ禍の種になる。

 

計画を潰すためにも、関係者は根こそぎ処分しておかなければならなかった。勿論備えはしているだろうし、暗殺の実行には、念入りな準備と、本気での対応が必要だ。

 

まず、渇き谷へ。

 

何名かの文官と技術者、魔術師に声を掛けて、供に出向く。

 

渇き谷自体は非常に近いので、出向くのに時間は掛からない。赤茶けた、過去の遺産らしい不思議な一枚岩の、割れ目の中にある小さな谷。

 

足を踏み入れてみると、目を疑う光景が現出していた。

 

水が、満ちているのだ。

 

ロロナが、水を産み出す道具を量産したという事は、エスティも聞いていた。しかもこれ自体は、既に実用化されている技術だとも知っている。

 

アーランドの水の幾らかは、これで賄われているのだ。

 

だが、ブラックボックス化されている技術だと言う話も、事前に説明を受けていた。ロロナの凄いところは、先人の遺産をまとめ上げて、量産可能な場所に落とし込む所だ。今まで彼女が作り上げてきた道具類は、皆そうである。

 

彼方此方を見て廻る。

 

殺風景だった谷には、パイプが縦横に走っている。

 

これは老人達が、自分でどうにかしたものだろう。

 

風呂が作られているようだ。二百人近い老人達は、当番制で風呂に入っているようである。

 

今までは、ぬらしたタオルを使って体を綺麗にしていたようだから、これは大きい。リフレッシュの意味もあるし、何より大きな意識的余裕が生まれる。

 

それに、作業を進めている老人達の、生き生きとしたこと。

 

此処を監督しているリーダーが、エスティに気付いて此方に来た。

 

ヘルメットを被り、図面を手にしている。完全に、現場監督の趣だ。

 

「これは騎士殿。 査察でありますか」

 

「そんなところです。 これは、当代錬金術師の納品物による成果ですか?」

 

「ええ。 水を造り出す道具があるとは聞いていたのですが、飲む事が出来る水を、こうも量産できるとは思いませんでした。 今までの苦労を、殆ど省力化することが出来そうです」

 

谷自体も、涼しくなっている。

 

見ると、彼方此方で老婆達が水まきをしている。水が蒸発するとき、熱を奪うことは、エスティも知っている。

 

今までは、小さな井戸で、必死にやりくりしていた水なのに。豊富にある現在は、使い道をいくらでも選べると言うわけだ。

 

下水も、自動化しているようだ。

 

今までは糞便の処理が、相当に大きな問題であっただろう。しかし、豊富な水で、一気に流すことが出来ている。

 

流した水は、谷の外の荒野に運ばれている。

 

元々糞尿をうち捨てていた場所だ。今更其処へ下水を通しても、何ら問題は無い。汚水とは言え水が来たとなると、環境にも影響があるだろう。もしも今後汚水が増えるようなら、ため池を作るか、或いは汚水の処理設備を作れば良い。それだけ、労働者階級に仕事を作る事が出来る。

 

いっそのこと、アーランドの汚水処理設備とくっつけるという手もある。いずれにしても、エスティの管轄外の話だが。

 

技術者達がリスニングをした後、戻ってきた。

 

「彼らは元々スペシャリストです。 水をこれだけ産み出す道具という奇跡を前にして、血が騒いだのでしょう」

 

「課題の判定は、聞くまでも無いか」

 

「合格です。 谷の環境は、劇的な改善を見ています。 この水を産み出す道具、量産が可能なのであれば、幾つかの村にも配備したい。 幾つかの村では、定量の水が得られずに、苦労していますが故」

 

「ロロナちゃんに伝えておくわ」

 

苦労はしたが。

 

それでも、成し遂げた。

 

ロロナはどんどん立派になっている。このような人外の奇跡まで、起こすに到ったのだから。

 

満足して、谷を後にする。

 

老人達はみな生き生きとしていた。あれなら寿命も延びるだろうし、ボケを防止するにも良いだろう。

 

アトリエに出向く。

 

ロロナは疲れ果てたからか、ぐっすりと眠っていた。流石に寝室に踏み込むのも何なので、ソファで伸びていたクーデリアに話を聞くことにする。側でホムが無言での作業をしているが、どうでも良い。

 

「それで、貴方は最後まで手伝っていたと?」

 

「頼まれただけよ」

 

クーデリアも、徹夜で作業を手伝ったのだろう。

 

できあがった杯の微調整。水が出るかどうかの実験。魔術師達の間を廻って、水質の確認調査。

 

ロロナがクーデリアに頼むことは、それこそいくらでもあった。

 

一心不乱に手を動かしているロロナに変わって、魔術師達に水質検査のため、水を届けて廻ったという。

 

ホムやリオネラも、同じように作業を手伝わされ。

 

そして話を聞いたイクセルも、料理を出前してくれていたのだとか。

 

かなり塵も出たという。

 

こういうときのために作り置きしておいた耐久糧食は、殆ど食べてしまったそうだ。つまり、料理をする暇も無かったという事らしい。

 

戦士としていっぱしになってきたクーデリアがのびるくらいである。

 

余程に、ハードな数日だったのだろう。

 

スクロールを手渡す。

 

課題達成の証だ。代わりにロロナに渡しておいてというと、クーデリアはじっと此方を見つめてきた。

 

「何? どうかしたの?」

 

「次の課題は、本当に例の内容になるのね」

 

「そうよ」

 

クーデリアはどうしてか、よほど特別な相手以外には、ため口を利く。

 

流石に王や宿老達には敬語で喋っているのだが。戦士として遙か格上のステルクや、勝ち目が全く無いアストリッドにも態度を変えない。勿論エスティに対しても、それは同じだ。

 

まあ、別に今のうちはいい。プロジェクト内での同僚だからだ。

 

もしも部下にした場合は。

 

徹底的に鍛え直すだけである。

 

「大砲の改良……」

 

クーデリアは、どうもそれをやらせたくないらしい。

 

まあ、気持ちは分かる。

 

だが、旧態依然としたアーランド式の大砲は、既に抑止力にさえならなくなっている。元々戦士達の間でも、こんな武器は役に立たないと笑われているほどなのだ。しかも老朽化が酷く、メンテナンスに意味さえ感じられない。

 

だから、改良版を作成する。

 

それを次の課題とする。

 

役に立つ大砲の開発。

 

今眠っているロロナは、人を救うために、奇跡のような道具を量産して見せた。それなのに、次は。

 

大量殺戮以外に使い道が無い道具の作成依頼が来ることとなる。

 

エスティはきちんと課題の達成と、次期課題について伝えるように指示すると、アトリエを出る。

 

街の北門を出てからは、後は人目を気にすることも無い。

 

残像を残しながら、走る。

 

既に現地に潜入しているメンバーから、情報は得ている。暗殺には、まあ二日もかからないだろう。

 

アーランドに戻ってきた頃には、次の課題が始まっている。

 

ロロナは腕を上げてきているが。人殺しのための道具の改良に、どんな反応を示すか。乗り切ることが出来るのか。

 

其処が、興味深かった。

 

 

 

 

暗殺に出かけているエスティを除く、アーランドの幹部が招集された。

 

ステルクもその一人だが。まだ、理由は聞かされていない。

 

今回のは、プロジェクトMの進展とも異なる様子であるのは、集まっている面子からもよく分かる。アストリッドはいない代わりに、ホムンクルス達を束ねているパラケルススはいる。クーデリアはいないが、フォイエルバッハ卿はいる。そのほかにも、アーランドの戦士達を束ねる宿老の顔が散見された。

 

十中八九、大陸中央部にある列強についての、報告とみて良いだろう。

 

会議室は同じでも、集まる面子が違うと、随分と雰囲気が変わる。

 

メリオダス大臣が来る。かなり急いでいるらしく、書類の並べ方が乱雑だった。王が促すと、大臣は話し始めた。

 

「由々しき事態が発生しました」

 

「具体的には?」

 

「大陸北部で、大規模な会戦が発生。 スピア連邦が介入を行った国々が、連合して抵抗した結果の戦争のようです」

 

「結果は」

 

スピアの大勝だそうである。

 

こうして、スピアは複数の国々を、力尽くで傘下に収めた。大陸中央部の動きは、これで一気に加速したとみて良い。

 

ロロナは予想以上の働きを見せているが、まずい。

 

スピアがこのまま勢力を拡大させていくと、予想より数年早く、アーランドとぶつかる事になる。

 

国力差は現時点で1対100。

 

しかも以前、六十年前に隣国を破った時とは、状況が違う。スピアにも錬金術師が複数いるし、優れた戦士の育成にも力を入れているという事なのだ。

 

「他の列強の動きは」

 

「勢いのあるスピアと事を構えるのは避けたいのでしょう。 殆どが静観か、戦いを避ける姿勢を見せています」

 

「まずいな……」

 

王が腕組みする。

 

如何に精鋭を多数有するアーランドであり、ホムンクルスの量産で兵力を倍増させているとは言っても。このままスピアの大軍が押し寄せたら、対抗する手段が無い。此処の戦士の実力は段違いでも、相手は集団戦のエキスパートだ。それに、アーランド戦士に対する戦術も磨き抜いているとみて良いだろう。

 

スピアが覇道を推し進めている現在、その矛先は間違いなく此方に向く。

 

緩衝地帯にある小国が飲み込まれていくのは、時間の問題だ。

 

辺境諸国を統合できれば、戦力的な意味でも対抗は出来る。だが、プロジェクトMの進展速度から考えても。スピアは少しばかり、動きが速すぎる。

 

「スピアの国力は、それほどにまで増加しているのか」

 

「調べたところ、軍事力の強化が著しいようです。 先進的な武器類も、次々と実戦投入しているらしく。 恐らくは先人の遺産を活用しているか、或いは錬金術師達がフル稼働して軍のバックアップをしているか、そのどちらかでしょう」

 

「対応策は。 幾つかの列強に、遠交近攻策を仕掛けているはずだが」

 

挙手した老人は、雷鳴。この間ステルクが任務に同行した老英雄である。

 

彼の言葉を受けて、幾つかの意見が出される。

 

その中に、興味深いものがあった。

 

大陸北部の強国の一つ。フルグアイ王国。此処が近年、農作物の収穫高減少に苦しんでいるのだという。

 

理由は、土地の荒廃だ。

 

元々荒れ果てた土地ばかりのこの世界。戦争のために無理な農作物の収穫を続ければ、残り少ない土地も更に痛むことになる。

 

「我が国の緑化技術をカードに、スピアの後方を突かせることはできませんか」

 

「どうだ、メリオダス」

 

「ふむ、そうですね。 確かにフルグアイは、我が国の緑化技術に興味を示していると、以前から報告を受けています」

 

流石に列強。耳も早い。

 

それならば、交渉のテーブルに着かせるのは、簡単だ。

 

フルグアイ単独では、スピアに戦いを挑むのは難しい。しかし、緑化技術をカードにして、フルグアイを中心とした数国で、スピアに対する連携を行えば。スピアの進軍速度は、一気に遅れる。

 

フルグアイとしても、これ以上のスピアの伸張は面白くないはず。

 

利害は一致する。

 

問題は、アーランドおよびフルグアイ両国の間に、距離がありすぎる、という事だ。

 

ステルク単独なら、十日もあればたどり着けるだろう。

 

だが、物資を携えた者を護衛しながら、敵国の間も抜けて進むとなると。その倍は、掛かるとみて良い。

 

間に友好国ばかりでは無い。

 

幾つかの敵対国も通らなければならない。そればかりか、そもそも交渉が上手く行くとも限らない。

 

スピアに切れ者がいれば、二手三手先を読み、対抗策をとっているだろう。しかもその可能性は、極めて高いのだ。

 

「フルグアイと交渉を進めよ。 それと同時に、プロジェクトを更に前倒しする」

 

「しかし、陛下。 ロロナ君は既に、限界近い状態で努力を続けております。 八年越しの調整を受けているとはいえ、無理をして潰れてしまうようでは、元も子もありますまい」

 

「ステルク、今は国家危急の時だ。 スピアがこのまま勢力を伸ばし、辺境諸国の何処とでも国境を接すれば終わりだ。 今一番危ないのはおそらくアールズだが、アールズに限らず、どこの国でも代わりは無い。 とにかく今はプロジェクトの進捗速度を上げつつ、敵の進撃を遅らせるほか無い」

 

王の言葉はもっともだ。

 

実際ステルクとしても、スピアとまとまりに欠く現在の辺境諸国が戦って、勝てるとは思えない。

 

一度や二度なら押し返せる。

 

敵に相当な損害を出させることも出来るだろう。

 

だが、物量が根本的に違う。それになにより、アーランド戦士は、その繁殖力が、大陸中央部の人間とは違いすぎる。

 

一人が百人を倒しても、なお帳尻が合うまい。

 

最悪の場合は、ホムンクルスの生産数を増やすしか無いが。

 

いや、それはまずい。

 

アストリッドは、バランスが保たれているから、鎖につながれているのだ。もしもホムンクルスが増えすぎた場合。

 

彼女らを先導して、国を乗っ取り、復讐に乗り出しかねない。

 

アストリッドをよく知っているからこそ、ステルクはその危険に思い当たる。アストリッドは、アーランドを許していない。それどころか、今でも滅ぼしてやろうと思っているはずだ。

 

パラケルススが、挙手している。

 

少し躊躇った後、王は発言を許した。他の幹部達の視線はあまり好意的では無い。まだまだ、ホムンクルスの実力を心情的に認められない者は多いのだ。

 

「スピア連邦の中枢に、私がホムンクルスの部隊を率いて、強襲を掛けるというのはどうでしょう」

 

「ほう?」

 

「状況を聞く限り、スピア連邦は各地に兵を派遣していて、中枢部の守りは薄くなっているはずです。 大規模な合戦が起こる時を狙い、中枢部にホムンクルス百名ほどによって、奇襲を仕掛けます。 敵の中枢部を叩ければ、動きは鈍化すると思うのですが」

 

不安そうにする幹部達。

 

雷鳴が、咳払いした。

 

「自分たちを捨て石にすると申し出ているのかな」

 

「元々我々の用途はその筈です。 出来れば全員生還したいとは考えています」

 

「陛下」

 

ステルクが、今までに無い険しい声で言うが。

 

王は、考えがそちらにも傾いているようだ。確かに、手としてはアリだ。

 

それはステルクも分かっているのだが。心情的には、納得しがたいものがある。ホムンクルスによる奇襲部隊の編成。それによる一撃離脱。

 

大国を引っかき回すには丁度良い。

 

それにアーランド戦士をそれほどの数動かすのは、現状困難だ。ホムンクルスであれば、どうにでもなるという強みもある。

 

「よし、実験的な作戦をまず行う。 パラケルスス、百名のホムンクルスであれば、どれだけの規模の軍隊を正面から打ち破れる」

 

「相手の装備にも寄りますが、十倍までなら容易く。 二十倍にでも勝てるでしょう」

 

「メリオダス。 二千規模のスピア連邦部隊が動いている地区を割り出せ。 それを急襲させ、結果を見て判断する」

 

「分かりました。 直ちに」

 

他にも幾つかの手が提案されて、会議は終わる。フルグアイとの交渉については、メリオダス大臣が一任された。彼にはエスティ配下の諜報員が何名か付けられ、今後のやりとりを行う。

 

ステルクは、あまり良い気分を覚えなかった。

 

今までロロナが作ってきたものが、戦争を行うためのカードとなる。更に、歴代錬金術師が作り上げてきた技術が、大量殺戮のための直接的な切り札となる。

 

ホムンクルスは人を基本的に殺せないように作ってある。

 

だから、ホムンクルスに随伴した部隊が、直接的な殺しは担当する形になるだろう。ホムンクルス百の、戦士十という所か。

 

その中に、ステルクは立候補するつもりでいた。

 

結局、作戦は止められなかった。

 

だからせめて、責任は取らなければならない。

 

会議が終わると、ステルクは大きく嘆息した。雷鳴が、肩を叩いた。

 

「気が進まないか」

 

「ええ。 私も色々と、分別はついてきましたから、分かるのです。 人類は壊滅を乗り切って、ようやくここまで来た。 それなのに、相も変わらず戦争ばかり繰り返して、未だに進歩しようとしない。 進歩したのは、強さばかりだ」

 

飲みに誘われたので、ついていく。

 

今日はサンライズ食堂では無く、騎士が多く集まる、少し高めの店だ。驕ってくれるというので、少し恐縮してしまった。

 

ワインが運ばれてくる。

 

このワインも、工場で生産できるようになるまでは、幻の飲み物だった。今後、プロジェクトMが完遂し、次の各国への路をつなげる作業が進めば、アーランドにもワインは入ってくるだろう。

 

その時には、工場は別の物資を生産できる。

 

少し酒が入ると、いろいろな話を、雷鳴はしてくれた。

 

雷鳴は少し前から、クーデリアの訓練を見ているそうだ。何でも雷鳴が言うには、クーデリアは昔の自分によく似ているらしい。性別は違うが、才能がなく、身体能力があっても実力を発揮しきれず。生真面目な性格が悪い方向に作用して、家族にも認められなかった。

 

結局雷鳴がこの国の最上位層に躍り出たのは、三十を過ぎてから。

 

非常に遅咲きだったのだ。

 

ただし、それからは長かった。実に事実上の引退まで四十年以上、最上位層の戦士として活躍したのだそうだ。

 

「あの子は強くなる。 私の子は誰もが戦士としては一流になれなかった。 孫達もそうだ。 だがあの子には、強さの片鱗がある」

 

悔しく、思っていたのだろうか。

 

だが、雷鳴が言うには、彼らはそれぞれの才能を生かして、相応にやっているという。子供達には放任主義を採って、むしろ好き勝手をやらせたのだそうだ。

 

そう言う意味では。

 

クーデリアは、雷鳴にとって、数少ない本物の「弟子」なのかも知れない。

 

多くの騎士達からも、クーデリアはアドバイスを受けているはずだ。

 

その貪欲な姿勢が。

 

今回の幸運を、引き寄せたのかも知れない。

 

「君も、もっと鍛えてやってくれるか。 明日のアーランドの柱石になる人材だ」

 

「分かりました。 この身に換えても」

 

「近代屈指の騎士がそう言ってくれると心強い。 あの子の鬱屈した目、ロロナという娘にしか心を許していない孤独、見ていてとても心が痛むのだ。 戦士として一流になれば、アーランドでは認められる。 認められれば、きっと心も穏やかになるし、丸くもなるだろう」

 

雷鳴は事情を知らないのか。プロジェクトに参加していないのなら、無理もない。確か雷鳴はクーデリアとロロナが巻き込まれた事故の、救出作戦の当事者だった筈だが。その後に起きたことについては、知らなくても不思議では無い。

 

ステルクも、詳しい話をアストリッドに聞かされたのは、ごくごく最近だ。アストリッドと話していて、たまたま真相を知ることになったのである。確かにあれならば、フォイエルバッハ卿があのような態度を取るのも頷けるが。しかし、悲劇に代わりは無い。

 

少なくとも、クーデリアに罪は無い。フォイエルバッハ卿が怒るのも無理はないのだが。クーデリアに対する態度を正当化する理由にはならない。

 

幼き時代の、悪意無い行動が。

 

今にまで、悪影響を及ぼしている。

 

いつかそれが、きっと大きな悲劇になる。アストリッドのように。前は、どうにも出来なかった。

 

しかし、今は社会的な地位がある。

 

ステルクにも、出来る事があるはずだ。

 

酒場を出ると、ステルクは一旦王宮に戻り、手続きをしておく。

 

もしも、ホムンクルス達による攪乱作戦が実施されるのなら、ステルクもそれに参加する。

 

その手続きだ。

 

酒がまだ抜けないから、書類を仕上げるのに、少し手間取ったが。

 

それでも、するべき事は全て終わらせてから、寮に戻る。

 

アストリッドは、今回の決定について、なんと言うだろう。復讐を遂げるための奇貨にするか、それとも。

 

分からない。

 

ステルクが理想とする騎士など、この世のどこにもいない。

 

騎士の仕事は。

 

手を血に染めることだ。

 

そんな事は分かっている。だからこそ、普段は、騎士らしくありたいのだ。

 

翌日、出仕すると。自分の願いが受け入れられたことが、告げられた。

 

ロロナはこれより、大砲の改良の課題に着手することになる。ステルクは異国の地で、大量虐殺に手を染めなければならない。

 

二千の敵部隊を相手に戦果を上げれば、更に作戦自体は加速することになるだろう。

 

騎士とは、何だろう。

 

求めるものが、遙か遠くにある事を。

 

ステルクは、実感せざるを得なかった。

 

 

 

(続)







きなくさい北部列強の動きが加速しています。

これは後の地獄絵図の先触れです。

アーランドが相手にするのが人の軍隊だったらどれほど良かった事でしょう。それなら対処も出来るし、交渉も出来た。

そうはならないのです。

残念ながら。






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