暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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戦闘任務も入ります。

ロロナもかなり戦闘経験を積んで来ていますし、既にいっぱしのアーランド戦士として扱われます。

手が足りないのです。

プロジェクトで忙しくても、難事では引っ張り出される事になります。







2、連戦

資料集めが一段落して、疲れを取るために昼寝をしていたロロナであったけれど。しかし、叩き起こされた。

 

来客である。

 

しかも、ステルクだった。

 

どうも機嫌が悪そうな顔をしている。最近、ステルクの機嫌が、何となく読み取れるようになっていた。

 

同じように怖い顔をしていても、どこか違う。かなりの回数、一緒に旅をしたから、かも知れない。

 

「な、何か失敗しましたか?」

 

「うん? 君が納品した課題は、どれも良く稼働している。 特に渇き谷の湧水の杯は、関係者から絶賛されているほどだ。 もう少し自信を持っても良いだろう」

 

「そうですか、良かった……」

 

胸をなで下ろすロロナだけれど。

 

なんでステルクの機嫌が悪いかは、分からない。咳払いすると、ステルクは、スクロールを開いた。

 

「今回から、君に駆除対象モンスターの、駆除を担当してもらう」

 

「え……」

 

思わず、聞き返してしまった。

 

駆除対象モンスター。確か、アーランドで指定している、賞金が掛かったモンスターのことだ。

 

主に人間を襲ったり、或いは環境に甚大な被害を与えたりした場合、このカテゴリに移行される。

 

アーランド戦士の中には、駆除対象モンスターを狩って、生活している人もいるくらいだ。その中には、他国で害を為すモンスターを退治して廻り、「勇者」と呼ばれた人もいるのだとか。

 

「今回は私も同行する」

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

「残念だが、この中の一件は、火急だ。 できる限り急いで準備をして欲しい」

 

いきなりだけれど、そう言われてしまえば、仕方が無い。

 

たまたま来てくれたクーデリアにも手伝ってもらって、準備をする。荷車に発破類を詰め込んで、耐久糧食も。

 

どこにでるのかと聞いたのだけれど。

 

そうすると、驚くべき答えがあった。

 

アーランド国有鉱山。

 

そういえば。心当たりがある。確か、悪魔の長老が、以前言っていたのだ。そろそろ、スカーレットの封印がもたないと。

 

いずれ危険な同胞の、討伐を頼むかも知れないと。子供ほどしか背が無い長老は、話を聞きに行ったロロナに、零していた。

 

もしそうだとすると、悲しい話だ。

 

準備が終わったら、すぐに出る。

 

リオネラにも声を掛けたかったけれど、その時間が無い。鉱山まで、最短距離で急ぐ。小走りで行くけれど、体力も増してきているし、平気だ。

 

「鉱山の街で補給して、そのままシュテル高地にも出向く」

 

「えっ……!? ええっ!」

 

「ちょっと! どういうことよ!」

 

だが、流石にこれは想定外だ。

 

流石にクーデリアが抗議の声を上げるが、ステルクは危急だとしか言わない。何だか、余裕を無くしたかのように、その顔は強ばっていた。

 

鉱山街に、到着。

 

別に騒然としている訳では無い。鉱山はいつも通り動いているようだ。鉱石を積み込んだトロッコは行き来していて、馬車も動いている。アーランドに鉱石を運んで、工場で加工する仕組みは、ダメージを受けていない。

 

まだスカーレットは暴れていない、という事か。

 

鉱山の入り口で、ステルクが身分証を出して。騎士しか使えない裏口から中に。

 

中では、随分たくさんのモンスターが、せわしなく動き回っていた。だがステルクが、相手をしないようにと言って、ずんずん奥へと行く。

 

ドナーンがかなりいるけれど。

 

ロロナに仕掛けてくるようなことは無い。ロロナを見ても、興味が無さそうに、視線をそらしてしまう。

 

だいぶ、反応が違う。

 

或いは、ロロナの纏っている魔力が、ドナーンが戦闘意欲を失うほどに強くなっているのか。

 

それが正かは判断できないけれど。

 

無駄な戦いをせずに済むのは、良いことだと思う。

 

既に、外は夕方の筈だ。

 

ステルクについて、廃坑道をどんどん深く潜っていく。足音が高く反響するので、ロロナは時々身を竦ませた。

 

クーデリアはと言うと、銃も抜いていない。

 

抜くまでも無いと、判断しているのだろう。

 

途中、かなり大きい、草食の爬虫類に出くわした。坑道の中に生えている光る草を、むしゃむしゃと食べている。

 

以前でくわした、とても大きなドナーンに、同族が食べられているのを見た事がある。今改めて観ると、群れを作って身を守っているようだ。何頭かは此方に視線をじっと向けている。

 

群れの内側に庇っているのは、恐らくは子供だろう。

 

小さいうちは、ロロナと同じくらいの大きさなのか。ただ、興味津々に此方を見ている子供と違って。大人は強い警戒心をむき出しにしていた。近づこうとすれば、威嚇してくるだろう。それでも近づけば、突進してくることは疑いない。

 

今は、構っている暇が無い。

 

ステルクが、手招きする。

 

どうやら、最深部まで、降りてきたらしかった。

 

悪魔の長老がいた。ステルクと二言三言話すと、長老はロロナにも視線を向けてくる。

 

「久しぶりじゃなあ」

 

「はい。 お元気、でしたか」

 

「今の時点ではな。 スカーレットの退治を請け負ってくれるというのは、本当かね」

 

退治、か。

 

スカーレットは、彼らの中の忌み子と聞いている。

 

勿論人間に合わせて、退治という言葉を口にしたのだろうけれど。何だか悲しいなと、ロロナは思った。

 

彼らは確かアポステルと呼ばれる種族の悪魔だそうだけれど。

 

彼らなりに生活や習慣がある事は、何度かここに来て知っている。人間と同じように考えるし、悲しむし怒りもする。

 

荒野で緑化作業をしていた、沼地の悪魔もそうだった。

 

悪魔は、人間とあまり変わらない。姿以外は、まんま人間だといっても、良いくらいだ。勿論人間に敵対的な悪魔もいるのだろう。この長老もそう言っていたし、今後は遭遇する可能性が高い。

 

だが、対話が出来るなら。

 

可能な限り、戦う事では無くて、話し合うことで解決したかった。

 

「良いんですか? その、スカーレットさんを退治……してしまって」

 

「かまわん。 我らは世界の汚れを身に取り込むことで、罪の精算をする事を選んだ一族だ。 長年掛けて汚染を命と引き替えに消し去ってきたが、その過程で、どうしても狂ってしまったり、体を変異させてしまうものはいる。 スカーレットは、その代表。 苦しんでいるあの子を、どうにか救ってやって欲しい」

 

そういえば。

 

沼地の悪魔も、似たような事を言っていたような気がする。

 

世界の汚染。

 

きっと、それは旧時代の、大絶滅に関係しているはずだ。悪魔達は、一体何を知っていて、何をしているのだろう。

 

長老は咳払いすると、なおも続ける。

 

「同胞から聞いたが、お前さんは彼方此方の土地を緑化して、汚染を取り払ってくれているそうではないか。 お前さんになら。 我ら一族の悲しみを、楽にすることを、頼んでも良いだろう。 託しても、良いだろう」

 

気付くと。

 

まだ若いらしい悪魔達が、何体か此方を見ていた。

 

好意的な視線では無い。

 

長老が、全く違うトーンの声で、若者達を威圧的に制止した。

 

「ヨン! カルカ! ケイ! 止めぬか!」

 

「し、しかし親父!」

 

「この錬金術師どのが持ち込んでくれた食糧が、どれだけ役に立ったと思っている! それに、近年の錬金術師の中では、紛れもない緑化作業への貢献者ぞ。 我らにとっても、希望の存在と言って良い」

 

「だけどよ! 俺たちがこんな姿にまでなって戦い続けてるのに! そのまんまの姿で、表を歩けるなんて! どうしたって許せねえよ!」

 

何を言っているのかは、よく分からない。

 

伝わってくるのは、果てしない怒りと。それ以上の、悲しみだ。

 

「アーランドでさえこれだ! 大陸中央部の人間共は、もう汚染と戦う事さえ諦めて、好き勝手にやってやがる! 俺たちがせっかく緑化した土地から栄養を奪い取っておいて、何が富国強兵策だ! 奴らの愚行のせいで、また荒野にもどっちまった土地さえあるんだぞ! そのくせ鼠みたいに数だけは増えやがって! 「あの方々」の言うとおり、俺たちが此奴らを追い出して、世界を緑化するべきなんだよ!」

 

「出来もしないことをいうでない! 今、アーランドの王を本気で怒らせたら、我らなど早晩駆逐されてしまうわ!」

 

長老が一喝。

 

若者達は悔しそうに黙り込む。ロロナはしばらく話を聞いていたけれど。自分から、怒りを目に溢れさせている悪魔達の前に出た。

 

「事情は分からないけれど。 これ、食べてください」

 

「食い物……」

 

差し出したのは、耐久糧食だ。

 

たくさん作ってきたから、少しくらいは大丈夫。

 

「きっと、元気になります」

 

空腹には勝てないのか。若い悪魔は、無念そうに、それを受け取った。

 

黙々と食べている。悔しそうに。悲しそうに。

 

「あの圧縮パイ、皆が好物にしておりましてな。 この長老の、使い物にならぬ知識でよかったら何時でもお教えいたしますので。 また持ってきてくれれば、たすかりますじゃ」

 

「いつでも、持ってきます」

 

「畜生。 うめえよ……! 力も湧いて来やがる……!」

 

悪魔が、ぽろぽろと涙を流している。

 

ロロナはいたたまれなくなって。スカーレットが封印されているという、岩の方へと、ステルクとクーデリアを急かして、向かう事にした。

 

 

 

積み上げられた岩が、ぼろぼろになっている。

 

内側から感じるのは、熱か。

 

唸り声が聞こえた。

 

「魔術師達が封印を重ねがけして、抑えてきたのだが。 コストが掛かりすぎると、前から苦情が来ていた」

 

ステルクが剣を抜く。

 

此処で言うコストというのは、お金の事では無い。

 

アーランドは基本的に、慢性的な人手不足だ。魔術師が出張って、強力な魔術を使うとする。その時消耗するのは、本人の魔力だけでは無い。時間も、なのだ。そして魔術は、精神力に威力が大きく影響する。

 

疲れている状態では、力を発揮しきれない。

 

魔術師の数は限られている。その稼働時間も。

 

多くの問題を解決するのに、魔術師は引っ張りだこ。それは戦士達も同じ事。コストを削減できるなら、しなければならない。

 

それが、此処にいるスカーレットを退治する、目的。

 

アーランド側は、そういう目的で動く。そして悪魔達は。哀れな忌み子に救済をと、ロロナに頼んできた。

 

動機は、どうでもいい。

 

利害は一致している。だから、ステルクのような強者が、動いてくれた。

 

岩が、内側から吹っ飛ぶ。

 

ステルクが剣を振るうと、その大半が、中途で爆砕された。

 

思わず顔を庇ったけれど。ステルクだったら、迎撃を成功させるという安心感もあった。

 

膨大な岩煙が押し寄せてきた。咳き込みながら、ゆっくり魔力を周囲に放出して、埃を払う。これくらいの事は、ロロナでも出来る。

 

砕けた岩が、崩れ落ちる。今まで、スカーレットを封じていた魔術の、寿命が切れて。そして、岩自体も劣化が進んで。内側から、破壊された。

 

ついに、忌み子が、外に姿を見せたのだ。

 

それは悪魔と言うよりも、むしろドナーンに似ていた。全身は真っ赤。体格は巨大極まりなく、背中には禍々しい翼。ただしねじれていて、とても空を飛べそうには見えなかった。

 

顔には、どこかアポステル達と共通する面影があるけれど。

 

手足の爪の長さ。足の強靱さ。そして全身に共通している、吹き出物と、膿が溜まった傷口。肌には鱗は無くて、紅い皮膚は、恐らくは充血しているのだろう。血は赤い、と言うわけだ。

 

蠅が飛んでいる。

 

凄まじい臭いが、此処まで漂ってくる。

 

感情がこもらない瞳が、此方を見る。瞳孔も無くて、生き物の目とは思えなかった。唸り声が上がった。喋ることも、出来ないのだろうか。

 

だが、分かる。

 

スカーレットの体を覆う凄まじい魔力が。あれはロロナなどの比では無い。もし相手が本気になったら。

 

生唾を飲み込む。

 

意識が、持って行かれそうになる。それだけ、凄まじい威圧感を、相手が放っていた。

 

「気をしっかりもって! 強いなんて、次元の相手じゃないわよ」

 

「分かってる」

 

間合いを、慎重にはかる。

 

会話は、出来る状態では無い。ステルクは既に、いつ仕掛けてきても対応できる状態だ。クーデリアも。

 

だが、それなのに。

 

いきなり、ステルクが吹っ飛ばされる。

 

風が、遅れて吹きつけてきた。

 

一瞬の間に凄まじい攻防が行われ、ステルクがそれにはじき返されたという事だけは、何となく分かった。

 

跳びずさりながら、発破に点火。投擲しつつ、下がる。

 

スカーレットが手で発破を弾くのと同時に、炸裂。だが、スカーレットの身を覆っている凄まじい魔力が、ダメージさえ許さない。

 

炎が収まった後、ほぼ無傷の手をふるって、スカーレットが前に出る。

 

まるで、敵など、最初からいないかのように。その動きは獰猛でありながら、悠然とさえしていた。煙を蹴散らして、姿を見せる様子は、まさに魔神だ。

 

クーデリアが発砲。連続して、弾丸を叩き付ける。皮膚に、弾丸そのものはめり込むが、スカーレットは意にさえ介していない。ロロナも呪文詠唱をしているが、効くかどうか。

 

自信が無い。

 

魔力が見えるロロナには、分かるのだ。

 

スカーレットはその全身に、生半可では無い魔力を纏い、それを鎧としているのだと。ダメージがそもそも入らないような弾丸は、防ぐ必要も無い、という事だ。

 

鎧だけでは無い。

 

動きにも、利用している。

 

いきなり、スカーレットの姿が消える。

 

そして、ロロナとクーデリアを分断するように着地。

 

吹っ飛ばされた。

 

巨体といっても、この辺りの坑道はかなり天井も高い。天井近くまで跳躍したスカーレットが、いきなりストンピングを仕掛けてくれば。辺りが吹っ飛ぶほどの衝撃になる。必死になって飛び退いたロロナと、クーデリアが分散されるたのは痛い。地面に叩き付けられたロロナが、咳き込みながら立ち上がると、其処には此方を赤い目で見下ろすスカーレット。腕を、振り上げている。死ぬ。一瞬が、一刻にも思えた。

 

ステルクが仕掛ける。

 

大上段から斬り付けるが、無造作にスカーレットが腕を振って、剣撃を止めるどころかはじき返す。

 

強い。

 

だが、ステルクは、着地と同時に、雷撃を纏った一撃を振るい上げた。面倒くさげに、これも弾きに掛かるスカーレット。

 

しかし。

 

次の瞬間、はじめて有効打が入る。

 

わずかに、スカーレットが小首をかしげる。ロロナが撃ち込んだ攻撃魔術が、首筋に着弾したからである。

 

皮膚に焦げ目が入っている。

 

魔力さえ突破できれば、効く。呼吸を整えながら、懐から発破を取り出す。

 

気がつくと、空中に舞っていた。

 

尻尾が、無造作に。

 

予備動作も無く、叩き付けられて。それに気付いたクーデリアが、ロロナを抱えて飛んだのだと、遅れて気付いた。スカーレットが、此方に向けて、口を開けている。その口の中に宿る禍々しい紅い光。

 

クーデリアの目に、明らかな焦り。

 

ロロナは、意を決すると、発破を投げつける。引火し、爆発。衝撃波が、したたか空中にいるロロナとクーデリアをたたきのめす。着地失敗。二人で、転がるが。立ち上がる。こんな程度で倒せる相手では無い。

 

煙を吹き飛ばしながら、スカーレットがぬっと顔を見せる。

 

ステルクが割って入る。

 

ノーモーションからの雷撃。

 

手で払って、邪魔だと言わんばかりに、ステルクに紅い禍々しい光を放つスカーレット。ステルクが、雷を地面に叩き付けて、光の柱のようなものを作る。だが、防戦一方。スカーレットは、じりじりと、紅い光を押し込んでいく。

 

もう一発、叩き込もう。

 

そう思った瞬間、クーデリアに突き飛ばされる。

 

尻尾がしなって、今までロロナがいた地点を、容赦なく叩き潰していた。

 

クーデリアは。

 

間一髪、尻尾での一撃を逃れていた。あのスカーレット、此方に対する注意も、怠っていない。

 

走りながら、距離を取る。

 

背中に向けて発破を何発か投げつける。その間、クーデリアは相手の間合いのぎりぎりを通りながら、何発も銃撃を浴びせるけれど。効いている様子が、まるでない。

 

ステルクの雷撃と、紅い光が弾きあう。

 

壁に叩き付けられたステルクに、スカーレットが大きく息を吸い込んで、全力からのブレスを叩き込んだ。

 

視界が、漂白される。

 

一瞬遅れて、爆風が叩き付けられた。小柄なロロナなんて、ひとたまりも無い。投げられた人形のように吹っ飛んで、地面に叩き付けられる。

 

スカーレットは、ほぼ無傷。

 

駄目だ。こんな相手、勝てる訳が無い。でも。

 

このままだと、この坑道は壊滅だ。悪魔の長老も、復讐に狂ったスカーレットに、殺されるだろう。

 

立ち上がる。

 

スカーレットは歩き去ろうとしていたけれど。

 

ロロナが、攻撃術式を背中に叩き込んだことで、面倒くさそうに振り返った。ステルクは、無事だろうか。分からないけれど。

 

詠唱を、進める。

 

せめて、もう一人いれば。いや、リオネラがいても、タントリスがいても、イクセルがいても。

 

これは、どうにもならなかっただろう。

 

不意にスカーレットが、右手を振り上げて、飛来した雷をはじき返す。

 

ステルクか。唸りながら、スカーレットが、跳躍。

 

天井近くから、辺り一帯を薙ぎ払うように、紅い光を撃ちはなった。

 

何とか、直撃は避けたけれど。

 

気がつくと、地面に、襤褸ぞうきんのように転がっていた。何秒意識を失っていたのだろう。

 

ステルクは、無事だ。

 

まるで臆すること無く、スカーレットと正面からぶつかり合っている。側に、気配。クーデリアだ。

 

クーデリアは、可能な限り身を低くして、気配も薄くしている。激しい戦いをしているステルクとスカーレット。スカーレットの攻撃を見切りはじめているのか、ステルクは五分に打ち合っている。だが、大きさが違いすぎる。このままだと、危ないかも知れない。

 

血の臭い。

 

ふとクーデリアを見ると。

 

左手の指先から、血が垂れ落ちている。

 

今の一撃を浴びて、無事で済んだとは思えない。

 

見ると、何カ所かを酷く傷つけられていた。左腕は特に酷い。二の腕をざっくりやられていて、其処から鮮血が滴っているのだ。

 

「そのまま、倒れたふりをしていなさい」

 

「くーちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫。 むしろ好都合よ」

 

表情一つ変えていないクーデリアだけれど。おそらく、全身が引き裂かれるような痛みに襲われているはずだ。服の彼方此方には、血がにじんでいる。それも、決して浅くない傷の筈だ。

 

だが、冷静に戦況を見ている様子は、むしろ頼もしい。

 

既にリミッターも外れているはず。そして今のクーデリアなら、スリープショットの五発や六発、撃てるはずだ。

 

「大きいの、行ける?」

 

「大丈夫だけど、多分防がれるよ」

 

スカーレットの防御力は、膨大な魔力に起因している。魔力量は、ロロナより数段上だ。だが、クーデリアは、それで良いと言う。

 

作戦を聞く。

 

確かに、それで行けると思う。

 

頷くと、クーデリアは側を離れる。もう、長くは戦えないはずだ。ロロナは大きく息を吸うと、目を閉じて、集中。

 

詠唱を、開始する。

 

腹ばいに伏せたまま、杖を構えて、詠唱をくみ上げていく。

 

ステルクが、徐々に押されていく。

 

いや、違う。

 

わざと不利を装って、気を引いてくれている。

 

不意に、直上から、スカーレットの目を狙って、数発の弾が叩き込まれる。クーデリアの支援射撃だ。壁を蹴って天井に躍り上がり、其処から発砲したのである。一瞬だけ、気をそらしたスカーレット。

 

袈裟に、ステルクが雷撃を叩き込む。

 

わずかに下がるスカーレットが、しかし。膨大な魔力を全身から放つ。それは暴風のように、既に破壊され尽くした坑道の中を荒れ狂う。まずい。ロロナは必死に地面に張り付いて耐えるけれど、焦りが心臓を早鐘のように打たせる。長期戦になると、落盤になりかねない。そしてスカーレットは、多分自分の命など、どうでも良いと考えている。いや、考えてさえいない。

 

殺す事。

 

それだけしか、あの哀れな忌み子の頭には、もう残っていない。交戦していて、嫌と言うほど、それが分かる。

 

スカーレットが、連続してステルクを踏みつけに掛かり、振り返りざまに尻尾をクーデリアに叩き付けた。クーデリアが尻尾を避けきれず、擦って吹っ飛ぶ。壁に叩き付けられて、嫌な音がした。更に追い打ちを掛けようと、口の中に魔力をため込みつつ、尻尾をふるってステルクを牽制。隙が無いスカーレットの行動には、戦慄するばかりだ。

 

そして、気付かれる。

 

詠唱が、まだ終わっていない。スカーレットの目が、ロロナを見る。ため込んだ魔力を、そのまま全力で、クーデリアに放とうとする。それでいながら、ロロナへの警戒も怠っていない。

 

巨体なのに。何という。

 

「舐めるなっ!」

 

ステルクが、その時。勝負に出た。

 

不意に加速すると、尻尾を斬り付けながら、雷撃を叩き込んだのだ。魔力による防壁を、打ち抜くほどの一撃だった。

 

はじめて、スカーレットが痛覚を刺激されたか、動きを止める。

 

だが、それでも。スカーレットは、クーデリアに向けて、紅い魔力の塊を、叩き付けていた。

 

爆裂。

 

轟音。

 

天井から、岩の塊が落ちてくる。

 

一つでも直撃すれば、死ぬ。

 

だが、クーデリアが言う所の、此処こそが勝機だ。

 

詠唱、完了。

 

立ち上がると、大地を踏みしめる。四方に魔法陣を展開。全て、魔力を増幅するためのものだ。

 

岩が至近に落ちてくるが、関係無い。

 

大きく息を吸い込むと、絶叫しながら、ぶっ放す。

 

赤白青黒。全ての色が混ざり合い、ロロナの杖から、閃光の奔流となって撃ち放たれた。

 

それは、中途にある落石を全て爆砕しながら、まっすぐスカーレットに伸びる。スカーレットは振り返りざまに、魔力障壁を展開。だが、天井近くまで跳び上がったステルクが、頭上から股下まで、一気に巨大な悪魔を切り裂く。

 

鮮血が噴き出す中。

 

魔力の奔流が、障壁を粉砕。スカーレットに直撃。

 

だが、スカーレットは吼える。

 

踏みとどまる。

 

全身の魔力を、一点に集中して、防ぎに掛かる。巨体がずり下がる。ステルクが更に一撃を浴びせるが、なおも倒れない。岩が何度も落ちてきて、直撃しているのに。ロロナの魔力砲を浴びながら、その巨体は。

 

スカーレットの首筋に、閃光が突き刺さる。

 

片膝を突いたクーデリアが。頭から血を流しながらも、一撃を叩き込んだのだ。

 

全ての魔力をロロナの攻撃に対する防御に廻しているスカーレットの。更に、ステルクが切り裂いた傷口に。更に、立て続けに三発。その内二発が、同じ場所を直撃。

 

大穴が、スカーレットの体に、穿たれた。

 

鮮血が噴き出す。

 

どろっと濁った血だ。冷静に弾丸を装填し直すクーデリアのすぐとなりに、岩が落ちる。あれは、擦ったはずだが。クーデリアは意にも介さず、おそらくシルヴァタイトの弾丸を装填して。

 

そして、とどめの一撃を放った。

 

ロロナの魔力砲の咆哮が止む。

 

スカーレットの首を左右に貫通する大穴が、開いていた。そして、スカーレットの全身が、黒焦げになってもいた。

 

落石が止んだ。

 

だが、またいつ始まってもおかしくない。

 

「とどめを、さしておく。 君達は、先に行っていなさい」

 

ステルクが促した。

 

ロロナは、クーデリアを助け起こしながら、首を横に振る。スカーレットを殺したのは、みんなだ。最後まで、見届ける必要がある。

 

そうかというと、ステルクは。

 

既に瀕死だったスカーレットの首を、一息に叩き落とした。

 

膿と、焼けただれた皮膚と、血の臭いが凄まじい。

 

瞳も無いスカーレットの目は、何を恨んでいるのか、憎んでいるのかも。最後まで、よく分からなかった。対話は、無理だった。

 

また、岩が落ちてくる。

 

皮肉なことに。さっきまで、ロロナが倒れたふりをしていた場所を、岩は直撃していた。

 

 

 

魔術師達が来ると、天井を安定させるべく、いろいろな処置をして。そして、スカーレットの死骸を、運び出していった。

 

少し離れた、天井が安定している広場に移る。ステルクはまだ平気なようで、耐久糧食だけを口にして、後は見張りに立ってくれていた。あれだけスカーレットとやりあって平気なんて。ひょっとして、本気では無かったのだろうか。いや、そんな事は、ないと思いたい。

 

クーデリアは傷が酷く、とりあえず手当をしていくけれど。これは、出来ればしばらくは動いて欲しくない。傷薬を塗り込んでいても、手が血だらけになるほどだ。消毒をして、包帯を巻いて。

 

耐久糧食を口に押し込んだ後は、横になってもらう。

 

ネクタルがふんだんに入っている耐久糧食は、体力の回復に絶大な効果を示す。後は、傷薬が、治癒を促進するのを待つだけ。ただし、これでもまだ応急処置。医療を得意とする魔術師に、診てもらう。

 

「これは、手酷くやられたわね。 痛い場所を教えて」

 

「平気よ、このくらい」

 

「そうじゃなくて、体がダメージを受けている箇所を特定したいの。 外側の傷は特定できたけれど、内臓系にまでダメージが行っていたら、どうにもならないのよ」

 

口をつぐむと、クーデリアは何処何処が痛いと、正確に話し始めた。

 

思ったよりも、ダメージを受けている箇所が、多いようだ。

 

その間、ロロナは自分の応急手当も進めておく。

 

全力でぶっ放した魔力砲でも、多分スカーレットは倒せなかった。クーデリアの精密大威力射撃があって、はじめて状況を打開できたのだ。

 

クーデリアが担架に乗せられ、運ばれていった。

 

話を聞く限り、命に別状は無いと言う。

 

ただ、数日は絶対安静だとも言われた。魔力の消耗が、内臓に負担を掛けているという。しかも、内臓の何カ所かに、内出血があるとか。食べたネクタルと、魔術による回復をしないと、かなり危ないそうだ。

 

無茶を、やっぱりしていたのだ。

 

ただ、クーデリアは、以前と比べて格段に強くなってきている。ロロナも魔力を鍛えているし、母に聞いて魔術を習ったりもしているのだけれど。やっぱり実戦で鍛えているから、だろうか。

 

ステルクに呼ばれたので、行ってみると。

 

悪魔の長老だった。

 

「スカーレットを、楽にしてくれたのですな。 有り難きことにございますのう」

 

「……分からない事が、あります」

 

「今はお答えできませぬ。 此方を、せめてお納めくだされ。 我らからの、せめてもの感謝の印ですじゃ」

 

渡されたのは、とても純度が高いグラビ石や、他にも宝石類。どれも換金できるかは分からないけれど。錬金術としては、大変に強い力を持っているものだ。ロロナには、下手な量の金貨より有り難い。

 

グラビ石は、たしか此処の悪魔達には生命線だったはずだけれど。いいのだろうか。

 

悪魔の長老は、良いのだという。

 

それならば、もう何も言えない。

 

感謝の印として差し出されたものを受け取らないのは、却って失礼に当たるだろうから。

 

すぐに、グラビ石が痛まないように処置をして、荷車に詰め込む。他の宝石類も、出来るだけ丁寧にしまい込んだ。

 

頭を下げる長老達。その場を、後にする。

 

これ以上此処にいても、気になって仕方が無い。

 

悪魔の若者達が行った言葉の意味や、スカーレットは何故あれほどまでに、猛り狂っていたのか。

 

あの怒りは、全てに大して向けられたものであったような気がする。

 

鉱山を出るまで、ロロナはひとことも喋ることが出来なかった。

 

 

 

流石に、そのままシュテル高地に行くのは無理。ステルクも、補給と休憩に同意してくれた。

 

鉱山を出ると、まず荷物をアトリエに送って、発破の類を補充。今回は、坑道の中という事もあって、あまり多くの発破を持ち込んでいなかったのが、仇の一つになった。というのも、威力が大きすぎる場合、生き埋めになる可能性があったからだ。

 

そのような事を言っていられる相手では無かった。手段を選ばず、いろいろな発破を試すべきだったのだ。

 

ステルクは無言で、仕分けの作業を手伝ってくれる。

 

ホムが、何も喋らず作業をするロロナとステルクを見て、小首をかしげた。

 

「マスター。 どうなさいましたか」

 

「ううん、何でも無いよ」

 

ホムまで不安にさせては仕方が無い。ロロナは無理矢理に笑顔を作った。激しい戦いで消耗しきっていたけれど。それどころではないと判断したからだ。

 

ステルクの怪我は、大丈夫なのだろうか。

 

少し気になったが、ステルクは何も言わない。

 

そして、更に驚くことを言う。

 

「クーデリア君も一緒に連れて行きたかったが、仕方が無い。 リオネラ君に、声を掛けてきてくれるか」

 

「シュテル高地、ですか」

 

「そうだ」

 

既に新人では入る事さえ叶わない魔境。

 

凶暴なモンスターが多数生息し、強力なドラゴンも、其処では姿を見せることがあるという。

 

勿論、今のロロナが、安易に行ける場所では無い。

 

ステルクは無言で、急ぐように圧力を掛けてきていた。気は進まないが、しかし。シュテル高地は、珍しい採取物の宝庫でもある。ステルクが同行してくれるのなら、これ以上無い好機でもあった。

 

クーデリアは絶対安静と医師に釘を刺されていたし、しばらくは本人がどう言おうと連れて行く事が出来ない。

 

そして、不安になる。

 

クーデリアは、ロロナが足りないところや、苦手なことを、全て把握していた。だから、いつも転ばぬ先の杖となってくれる。

 

どっと不安が、増してきた。

 

リオネラに声を掛ける。リオネラは、何人かの魔術師に弟子入りしたとかで、かなり厳しく鍛えてもらっているそうだ。

 

ロロナを見ると、アラーニャとホロホロが手を振って来る。

 

「おーう、ひょっとして採取か?」

 

「うん。 お願い、出来るかな」

 

「此方からお願いしたいくらい。 連日ハードで、本当に困っていたのよ」

 

アラーニャがそう言うと、恥ずかしそうにリオネラはうつむいた。

 

一緒に出る日取りを決める。

 

ひょっとすると、鉱山での戦闘で消耗が小さかったら。ステルクは、そのままシュテル高地に向かうつもりだったのではあるまいか。

 

そんな疑問が頭をよぎったが。

 

まさか、そんな事は無いと信じたい。アトリエに戻ると、ステルクは一度帰宅するとホムに言づてを残して、姿を消していた。

 

この日だけは、休め。

 

そう命令された気がして、ロロナは緊張したまま、明日からの苛烈なスケジュールを思って、げんなりしたのだった。

 

 

 

ステルクに連れられて、翌日は早朝から、街道を急ぐことになった。

 

シュテル高地は、アーランドの国境となっている山岳地帯の一部。このシュテル高地を抜けると、別の国になるのだけれど。その国も、危険すぎるシュテル高地に踏み込むのはいやらしく、国境には申し訳程度の監視部隊だけを置いているのだとか。

 

アーランドとしても、このシュテル高地を抜けて大軍を送り込むことは不可能に近いし、事実上の中立地帯として機能しているのだと。ステルクは、道中で説明してくれた。

 

ロロナも既に、この課題で国から無理難題を言われるようになって、一年半以上が過ぎている。

 

特に今回の課題は、こなしきれば二年が終わる。

 

そう考えると、節目と行っても良い、重要な課題だ。

 

だんだん、寒くなっていくのが分かる。

 

リオネラは薄着だったのだけれど。無言でステルクが持ってきた毛皮のコートを、上から着るように言われた。

 

魔術である程度寒さの緩和は出来るらしいのだけれど。

 

確かに、山を登り始めて、ロロナはそれが厳しいことを、すぐに悟ることになった。

 

周囲から飛んでくる殺気の質が、根本的に異なる。

 

所々に群れを成しているウォルフは、毛皮が白く、体格がまるで近くの森にいる者とは違っていた。

 

サイズがそもそも、倍近く大きいのだ。

 

長さが倍になれば、重さは八倍になる。しかも筋骨隆々としていて、動き自体も早い。人間に対しても、襲撃を躊躇っていない。

 

自動防御を展開するリオネラの魔力は、前より遙かに強くなっているけれど。

 

背後から奇襲してきたウォルフの体当たりは凄まじい圧力で、自動防御が貫通されるかと、ロロナは冷や冷やした。

 

ステルクが斬り付けると、流石に白いウォルフもひとたまりも無い。

 

辺りには、血だらけの死体が残る。

 

ブリザードの中、死体が凍っていく様子は、見ていてもの悲しかった。

 

鳥もいる。

 

以前から、遠くで見るだけだった、原初の鳥だ。

 

近くで見ると、虹色の翼や羽毛が、とても美しい。しかしヴァルチャーよりも更に二回りは大きくて、しかも此方の様子を計算高くうかがっているのが、すぐに分かった。ただでさえ、猛禽は視界が非常に広く、此方のことはとっくに気付いている。あれは、隙を見せれば、襲ってくる。ステルクがいるから、襲われないだけなのだと、ロロナには分かっていた。

 

今回は、幸いにも。高地の深部まではいかないという。

 

それでも、戦闘は何度も起きた。

 

既に街道などと言う気が利いたものは存在しない。路らしきものはあったけれど。モンスターは我が物顔に闊歩していて、関係無しに襲ってくる。

 

もはやこの辺りでは。

 

アーランド戦士でさえ、モンスターを怖れさせる事は出来ない、という事だ。

 

巡回の戦士と会った。

 

四人一組で巡回している戦士達は、誰もが歴戦の猛者である事が、一目で分かる。近くの森で巡回しているのを、見た戦士も混じっている。

 

違うのは、雰囲気だ。

 

同じ人でも、纏っている気配がまるで違う。

 

此処が地獄で、油断したら即座に殺される事を、皆理解している、ということだ。

 

そして此処でも。巡回班に、小さな女の子が混じっている。やはりステルクは、それについては何も教えてくれなかった。

 

ようやくキャンプスペースが見えてきた。

 

常に篝火が絶やされず、非常に厳しい警戒の態勢が敷かれている。休憩しながらも、気を休めるなと、周囲に言われている様だ。

 

事実、まるで戦陣だ。

 

時々、モンスターの悲鳴が聞こえてくる。

 

近くに来たモンスターを、戦士達が仕留めている、という事だ。

 

驚いたことに、行商人の姿もある。

 

アーランド戦士が護衛についているけれど。それでも、命の保証は無いだろうここに来るだろうと言う事は。

 

この高地に余程の魅力がある、という事だ。

 

年配の商人に、話を聞きに行ってみる。錬金術師だと名乗ると、少し商人は驚いたようだった。

 

「噂には聞いているよ。 若いのに、既に幾つかの業績を上げているっていうんだろう?」

 

「えへへー、ありがとうございます」

 

「悪いが、君にはものを売ることはできんのだ。 我々には縄張りが決まっていてね、君は担当の商人がいる」

 

いきなり、吃驚することを言われた。

 

ひょっとすると、コオルかと思ったけれど。その予想は当たった。

 

「我々はそもそもが過酷な競争の中で生きているからね。 ルールを決めて、その中で商売をするようにしているのだ。 そうしないと、争いを招いてしまう。 ただでさえ過酷な世界で、更に互いの首を絞めるような事があっては、大変だからね」

 

「そうだったんですか。 コオルくんしか行商が来ないのは、そういう理由だったんですね」

 

「あの子はまだ若いが、やり手だ。 いずれ長老会議で、縄張りを広げることを許されるかもしれんな」

 

行商人が、売りはしないがと言って、荷を見せてくれた。

 

鉱石が主体だが、珍しい植物もかなりの量がある。ちょっと欲しいと思うものもあったけれど、自生している場所は教えてくれなかった。ただ、コオルも扱っているそうなので、出費を我慢すれば入手は可能だ。

 

ステルクが戻ってきた。

 

かなり険しい顔をしている。良くない事があった、という事だ。

 

「スニー・シュツルムの目撃情報があった」

 

「!」

 

ロロナでも聞いたことがある。

 

この高地を中心にして、出没が確認されているドラゴンだ。固有名詞を与えられている数少ないドラゴンでもある。

 

非常に高い戦闘力を有しているが、問題はそこでは無い。ドラゴン程度なら、アーランド戦士が討伐に掛かれば、ひとたまりも無い。

 

このドラゴンは、人間が入りにくいところを縄張りとして移動しながら、狡猾に立ち回ることを問題視されている。

 

実際、戦士を襲うことはほぼ無い。

 

戦闘力が無い行商人や、他国の人間を、めざとく見分けては襲うのである。そして、人間を喰うこともあまりしない。狙いは荷物。或いは家畜。

 

人間を追い払って、その持ち物を喰らうのだ。

 

獰猛、凶暴なモンスターなど、アーランド戦士は怖れない。

 

しかし狡猾な相手となると、極めて苦手。

 

これは、昔からだ。

 

どれだけ戦闘能力が高くても、罠にはめっぽう弱い。どうしようもない、アーランド戦士達の欠点の一つである。

 

行商人達が、下山を促される。

 

老商人も、やれやれと立ち上がると、山を下りることにすると言った。

 

「あいつは我々行商人にとっては怨敵でなあ。 仲間を何人も殺されたよ。 だが、戦士では無い我々には、対抗手段が無い。 アーランド戦士の討伐が及ばない地区を移動しながら、弱い者ばかりを狙ってくる彼奴は憎らしいが、どうにもならん。 一番大事なのは、命だ」

 

口惜しそうに、老商人は言う。

 

やるせない。

 

だが、ロロナには、どうにも出来なかった。

 

ステルクは、ぞろぞろとキャンプスペースを出て行く行商人達を見送ると、この辺りで数日過ごすと言った。

 

スニー・シュツルムと遭遇する可能性があるのではとロロナは思ったけれど。

 

ステルクは、何も言わない。

 

或いは、遭遇する事を、想定しているのかも知れない。

 

 

 

吹雪き始めた。

 

リオネラは、一応毛皮を一枚上から着ているけれど、全く寒そうにはしていない。自動防御の内側が温かいという事はないので、多分何かしらの魔術で緩和しているのだろう。ロロナも魔術を使って寒気を緩和しているのだけれど、リオネラが何を使っているのかは、分からない。

 

ステルクはわざとモンスターに襲われるような場所ばかりを通る。

 

どうしてそんなところを行くのか、聞いてみようとは思ったのだけれど。ステルクは今回、退治するモンスターがいるとは言っていたけれど。相手までは教えてくれない。いい加減、ロロナも不安になってきた頃。ステルクが足を止めた。

 

「今回は、引き上げだな」

 

「ステルクさん、何を退治する予定だったんですか?」

 

「フレスヴェルグだ」

 

聞いたことが無いモンスターだけれど。

 

リオネラの方が知っていた。

 

氷の女王と呼ばれる、原初の鳥たちのボスだという。彼女が今教えを受けている魔術師の一人が、時々口にするそうだ。

 

何でも、アードラ種では最大級の大きさを誇り、恐ろしく高い戦闘能力を持っているのだとか。

 

数々の魔術を使いこなすだけでは無く、知能までも高く。

 

なんと、人語を操るという噂まであるという。

 

その上、人間を避けて命脈を保ってきた狡猾さも備えていて、何度かの討伐でいずれも逃げられているのだとか。

 

スニー・シュツルムもそうだが、討伐されていない大物のモンスターは、いずれもそういった狡猾な存在なのだろう。知恵を身につけているからこそ、今まで命を保ってきているのだ。

 

そうなると、モンスターとしては、間違いなく最上級の相手。ロードと呼ばれる上級の悪魔達や、ドラゴンに匹敵する存在と見て良さそうだ。

 

そして、ぞくりとくる。

 

そんな相手を、ロロナとリオネラを伴って、倒すつもりだったのか。

 

この間のスカーレットと言い、いきなりハードルが上がったのは何故だろう。ステルクは何も言わないけれど。

 

ひょっとして、何かあるのか。

 

大きな危険が迫っているのだとしたら、それは何なのだろう。

 

下山する。

 

かなりの時間をロスはしたけれど。荷車は、貴重な植物や、鉱物で一杯だ。特に鉱物に関しては、加工すれば様々な武器に変えることが出来る。魔術を帯びさせることで、本人の能力を引き上げるような武器を作る事も、可能になるだろう。

 

そうなれば、ロロナやリオネラには、非常に頼もしい武器となる。

 

下山は、無事に終わった。

 

山は吹雪いていて、これから上がるのはかなり厳しい。

 

ステルクは吹雪く山を見上げながら、残念そうにしていた。

 

「時間が、足りないな」

 

ぼそりと、ステルクが呟く。

 

何の時間が足りないのかは、ロロナにはよく分からなかった。







確実に戦士としての求められるハードルが上がるロロナ。

原作でも採取地が開放される度に戦士として上の実力が要求されますが、ゲームとしての都合ではなく、本作では必要に応じたそれを描写しています。

必然性があった方が楽しいですからね。
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