暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
アーランドを見下ろす影が一つ。
いや、一つでは無い。
大きな影の側に、小さな影が複数、寄り添っている。一つの影は妙齢の女性。大きな影は、人間とは思えぬ姿。
諜報員であるヴァレットは、生唾を飲み込んだ。
死ぬ気でアーランドに潜入して、今までやっとの事でやってきたのに。まさか、スピアから査察の人間が直接来るとは思わなかった。
しかも、事前に聞いた話によると。あの妙齢の女は、スピアにおける諜報部隊の大幹部だ。
そして側にいるのは、どういうわけか協力を取り付けたという悪魔である。
しかもロード級の悪魔だとか言う話だから、始末が悪い。その気になれば、ヴァレットなんてすぐにでも押し潰されてしまうだろう。
側によると、寄り添っている小さな影達の正体が分かった。
悪魔だ。下級の。
人間が、悪魔を護衛にしているのだ。何というか、もはや末期的だとしか思えない。
おそらく、近年アーランドで夜の領域と呼ばれる地域で確保してきた護衛だろう。どうやっているか分からないけれど。
「わざわざこんな所まで、お疲れ様です」
一礼をする。
女は、側で見ると、思った以上に若かった。
本国では確か、人間を作る技術を確立しているとか聞いている。量産はできないらしいのだけれど、お金を掛けて凄く優秀な人間を作る事が出来るらしい。噂によると、本国の幹部は、みなそうやって作られていて。中央会議の議員さえも、そうだという話があるけれど。
怖いので、考えたくない。
勿論それは錬金術による成果だ。錬金術があるのは、アーランドだけでは無い。
「報告書を見た。 どうやらアーランドは、我が国に本気で対抗するために、長期的な戦略を練っていたようだな」
「恐らくは。 近年急激な進歩を見せているアーランドの錬金術ですが、下地も無く出来る事だとは思えません。 特化した才能の持ち主に、今まで作り上げてきた技術を総括させているというのが、正しいかと」
「我が国が大陸を支配してから、その技術を使って、世界を再生させればよいものを」
近視眼的だと、女は言うけれど。
ヴァレットは知っている。
スピア連邦は、アーランドとは根本的な戦略という点で、真逆だ。
アーランドはまず自然を生かして、その中で人間が生きていくという戦略を採っている。このため、彼方此方に堂々とモンスターが闊歩し、それと戦える戦士が国を担っているのだ。
緑化作業も、非常に熱心に行っている。そして作った森には、わざわざ多くの獣やモンスターを放って、数を管理し、時に戦士の練習相手にもさせている。アーランド人にとって、森は一種のふるさとなのだ。
これに対して、スピアは個人の欲望が重視されている。
人間をまず増やして、社会そのものを巨大化させることが、戦略の最重要課題。だから、支配地域ではモンスターを徹底的に駆除し、場合によっては貴重な森や資源も食い尽くしていく。
スピアの人間にとって、入れば生きて帰れない森は敵。資源を生み出せない場合は、焼き払うだけの存在だ。
アーランドはそれを知っている。
だから、利害を用いて手を結ぶことは出来るかも知れないけれど。構築できる関係は其処まで。アーランドがスピアの膝下に屈する事は、無理だろう。互いの血を見ること以外に、決着の手段が無いと言える。
「それで、この報告書にあるロロナという子供が、技術躍進の中核である可能性が高いというわけだな」
「はい。 側にアーランド有数の使い手が控えており、暗殺の機会はまずありません」
それに俺の腕では無理だと、ヴァレットは自嘲する。
一応暗殺の訓練を受けてはいるが、アーランド人、それも戦士階級の人間をどうにかできると思うほど、ヴァレットは頭がおめでたくない。ロロナは魔術師だから、戦士よりは耐久力が落ちるけれど。
しかしそれでも、ライフルで狙撃したくらいでは、ちょっと痛がるくらいが関の山だ。これについては、実例を見た。盗賊が、見習いのアーランド戦士を、ライフルで狙撃したのだ。
結果は。恐ろしい事に、倒すどころか、少し痛がっていただけ。ベテランになると、銃弾は遅いとか言い出すらしいので、乾いた笑いしか漏れない。至近距離からライフルで撃っても、殺せないだろう。
ロロナは調べていくと、既にかなり強いモンスターとの戦闘も経験していて、毎度怪我をして採取地から戻ってきてもいる。既に見習いの戦士よりも、ずっと強いと見て良いだろう。ライフルなんて、通用するとはとても思えない。
かといって、他の暗殺手段も、まず無意味だ。
毒なんて喰わせたって、何の意味も無い。普通に消化して、ぴんぴんしているだろう。
ナイフで刺す。もっと無理だ。アーランド人の力は、子供でもヴァレットの何倍か知れないし、刺したところで死なないだろう。指を失っても生えてくる。腕が無くなっても、やりようしだいで再生できる。
そんな連中なのだ。
恐縮しているヴァレットを冷たい目で見ていた女だが。やがて、どういうつもりか、重要なことを教えてくれた。
「少し前に、スピアの精鋭旅団が謎の全滅を遂げた。 近々、ある小国を攻めるために、編成されていた部隊だ。 兵力は二千を超えていた」
「まさか、アーランドの仕業ですか」
「それ以外に考えられぬ。 アーランドは、スピアの富国強兵策をそれだけ脅威に感じているとみて良いだろう。 兵力の補充自体は出来るが、今後アーランドに余計な動きを取られると、面倒な事になりかねない。 これより、そのロロナという子供を暗殺する事を視野に入れる。 また、アーランドの技術躍進を防ぐ方法も考える必要がある。 また、早期にアーランドの具体的戦略を知る必要もあるだろう」
更に緻密な情報を送れ。
そう言われて、ヴァレットは頭を抱える。
そもそも、このアーランドに潜り込むこと自体が、命がけなのだ。労働者階級として出稼ぎの仕事をしていても、不安で仕方が無い。
周りにいるのは、それぞれが獅子や熊を片手で捻り殺すようなバケモノの群れ。
相手がその気になったら、その場でアリを潰すように殺されてしまう。
ヴァレットは他にも七名の諜報員と一緒に仕事をしているが。今まで送った情報を集めるだけでも、何度心臓が凍りそうになったか知れない。
「人員の強化をお願いいたします。 そもそもスピアはアーランドをそれほど危険視してこなかったのでしょう? 私のようなボンクラをスパイにして送り込み、無茶な情報収集をさせているのが、その判断の理由です。 せめて、アーランド戦士と戦えるような手練れが一人か二人いないと、話になりません。 情報を整理し、戦略的に判断する人間も、私以外に五十人は欲しい」
ただでさえ強いアーランド戦士なのに、連中には恐ろしい事にドラゴンや悪魔と正面からの戦いが出来るほどの奴がいるのだ。
これから国家中枢に諜報を仕掛けるとなると、そういう連中の目を盗んで、動かなければならなくなる。
一度王宮には行ったことがあるが。
事務員でさえ、残像を残しながら動き回って、書類仕事をこなしているほどなのだ。この国は、文字通り世界が違うのである。
「分かっていると思いますが、アーランドはおそらく私の存在に気付いています。 本格的に今のまま諜報をはじめれば、間違いなく殺されます。 その時には、私以外の諜報員も、全員死ぬでしょう。 使い捨てである私が死ぬ事自体には痛手は無いでしょうが、また一から諜報網を作り上げることがどれだけ面倒かは、理解していただいていると思います」
「そうか、検討しよう」
検討ね。
ヴァレットは逃げ出したくなった。このままどれだけの人員を増やしてくれるかは分からないが。
この女の態度からも分かる。
二千の兵を一晩で、何ら証拠も残さず消し去るような連中が敵に回っているのに。スピアは、その危険を理解していない。
六十年前は、国力が何倍もある相手を、アーランドは真正面からの戦いで破っている。それも、相手を滅ぼしている。
スピアも、同じ目に遭うのでは無いのか。
ヴァレットは天涯孤独の身だから良いけれど。部下には、本国に妻子を残している者も珍しくない。
報告が終わると、女は悪魔達と戻っていった。
ただ、一人。
いつの間にか、女が連れてきていたらしいのが。残っていた。
悪魔では無い。
無表情な子供だ。女が連れてきたという事は。これも、人工の人間、ということだろうか。
性別は分からない。顔立ちは中性的で、女のようにも男のようにも見えた。まあ、まだ幼いから、というのもあるだろう。
「お前は?」
「リーダーから、貴方の手助けをするようにと」
「そうかい。 ならば、まずは一旦アーランドに行って、部下共と顔合わせだ。 少しは、戦えるんだろうな」
目にもとまらぬ速さで、子供が剣を抜き、ヴァレットの喉に突きつけていた。
剣を鞘に収める子供だけれど。
ヴァレットは、ため息が出た。
アーランドが最近導入しているらしいホムンクルス共は、今の比では無い動きをする。これは、或いは。
まあ、足止めくらいにはなるか。ベテラン戦士には勝てなくても、ひよっこ相手なら、どうにかなるかも知れない。
「名前は」
「ヨゼトです」
「そうかヨゼト。 俺はヴァレットだ。 アーランドは魔界って言われるほどの、バケモノじみた使い手の巣窟だ。 お前程度じゃ、連中にはかなわん。 もしも戦いになっても、正面からやりあおうとは、絶対に思うんじゃ無いぞ」
「確かに、来る途中、常識離れした使い手を多数見ました。 彼らは図抜けた猛者では無く、ごく普通のアーランド人、と言うことなのですね」
そうだと応えると、ヨゼトは嘆息した。
意外に人間らしい動作が出来る奴だ。
会合の場を後にすると、アーランドへ。ヴァレットは他の労働者に混じって、最近では街の外にある道を整備する仕事に就いている。面白い事に、アーランドでは緑化が成功した地域を中心に、街道を整備していくというやり方を採っている。
最近くだんのロロナが緑化したという土地があり、現在では低木が茂っている。其処の側で、街道整備の作業が進められているのだ。まだ森は緑化の最中で、周囲に緑を拡大する作業をしているらしいのだけれど。街道は元から整備する計画だったか、或いは。
現場に到着。
石切場があり、その脇に寮が作られている。近くに小川があって、水が引かれているため、風呂に入ることも出来る。ただし、交代制だが。
飯もそこそこ良いものが出る。
正直な話、ヴァレットとしても、此方に住めるのなら、そうしたい。それくらい、アーランドでは労働者の待遇が良いのだ。
労働者達の寮に、ヨゼトを案内。
他の仲間も集めて、顔合わせをした。
小さな寮だけれど、ヴァレットの部下達が入るのに充分な広さがある。というか、労働者階級に与えられる寮は基本的に広い。
あちらでは被征服国の民は、奴隷も同然。事実、被征服国出身のヴァレットも、少しでもましな生活がしたくて、こんな危険を冒しているのだから。
ただし、アーランドにおいては、待遇は良くても労働者は戦士とは違う。
職業差別は無いが、やはり出世はしにくいようだし、いろいろなところで戦士が優遇されるのも目につく。何もかもが、アーランドが良いとは行かない。スピアは実力主義で、労働者でも出世できる。それは、希望とも言えた。
部下達が全員集めると、話を始める。
皆が、見る間に青くなっていくのが分かった。
「そんな。 ろくな援軍も無しで、情報収集を強化しろなんて、自殺行為です」
「今までだって、薄氷を踏む思いだったのに」
部下達が、口々に文句を言う。
誰も、死にたくないのだから、当然だ。そして誰もが気付いている。全員、とっくにアーランドにマークされていると。
今まで見逃されていたのは、実害が無かったから、だと。
「援軍が来るまでは、此方も情報収集は出来ないとして、誤魔化すしか無いだろ」
最年長のロンがそういうと、皆が同意する。
ヴァレットとしても同意見だけれど。しかし、そうもいかない。いっそ、アーランドに降って、全てを話すという手もあるが。
しかし、スピアはどんな隠し球を用意しているか、分からない。
何しろ上級悪魔を協力者にしているほどなのだ。
「ロロナという娘を、集中的に監視するほかあるまい」
ヴァレットが提案すると、皆黙り込む。
それしか無いことは分かっている。だが、それは、アーランドの警戒を買いやすいことも意味している。
ヴァレットがやるしか無い。
「俺がやる。 他は全員でサポート。 頼むぞ」
既にヴァレットは、死を覚悟していた。恐らくは、今此処にいるメンバーは、近いうちに殆どが死ぬだろうとも。
不可思議そうに、ヨゼトがヴァレットを見上げている。
もはや、退路は無い。
呆れて、エスティはため息をついた。
全ての情報は拾っていた。スピアのスパイをしている労働者達の寮。その屋根の上で、エスティは会話の全てをメモしていた。
正直スピアがロード級の悪魔を従えているのは意外だった。だが、それ以外は全てが想定内だ。
それに夜の領域にスピアの支援を受けた悪魔がいたのなら、あれだけの粘り強い抵抗にも説明がつく。
一旦王宮に戻ると、全てを王に報告。
王は呆れたらしい。しばらく黙り込んだ後、指示を出してきた。
「しばらくは泳がせよ。 ロロナが新型大砲を準備して、それを量産できるようになれば、準備は完全に整う」
「上手く行くでしょうか」
「上手く行く。 今までの積み重ねがある」
どうやら、王は既にロロナを、完全に信頼しているらしい。確かに今までの成果物を見る限り、信じても良いとは思わされる。
幾つかの村では、既に歓喜の声が上がっている。
ロロナが量産に成功した湧水の杯が、水に不足する村に配られはじめて。それらの寒村では、杯を神のように崇める場所さえあるという。
湧水の杯は、水不足に苦しむ村々を救う奇跡の光だ。
今までも作成には成功していたが、歴代錬金術師達は、どうしてもそれをまとめて、量産することが出来なかった。
更に、外交の武器ともなる緑化技術のパッケージ化。これに加えて、大砲の改良が成功すれば。
周辺諸国は、容易にまとまる。
スピアが気付いたときには、既に手が出しようが無い強大な勢力が、完成しているのだ。
ただ、大国であるスピアには、手数も多い。
どうも、何を考えているか分からない不気味さもある。油断していたら、足下を掬われる可能性も高い以上、相手を低く見ることは出来なかった。
一通り作業を済ませた後は、また出かける。
暗殺の仕事だ。
周辺国の状況は、加速度的にきな臭くなってきている。ステルクはステルクで、ロロナを鍛え上げようと、必死だ。様々な手配モンスターを吟味しては、どれとロロナを戦わせるか、考えているようだ。
まあ、ステルクはステルクで動けば良い。
街を出るところで、アストリッドに声を掛けられた。どうやら、面白い案件が発生したらしい。
話を聞いて、思わずほくそ笑んでいた。
それは非常に素晴らしい。サンプルを捕獲すれば、一気に状況は此方に傾くとみて良いだろう。
隣国の隣国へ急ぐ。
戦いは、目に見えるところでばかり、起きているのではない。
影の中でこそ。
真に激しい戦いが、行われているのだ。
(続)
国が違えば諜報のやり方も違う。
既にスピア連邦とアーランドは、苛烈な諜報戦を開始しています。
ただ個の性能では圧倒的にアーランドが有利。
しかしまだ戦士としては完成形ではないロロナが狙われると危険なのです。
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