暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
影働きの専門家である本作のエスティさん。
強力な敵であるスピア連邦が用意してきた「悪魔」が差し向けられたのも。
それだけアーランドの国家軍事力級戦士である彼女の実力が桁外れだからです。
その実力の凄まじさ、ご堪能ください。
序、闇を舞う影二つ
周囲には、死体が七つ。その全てが、上下二つに分かたれていた。
エスティは剣を振るって、血をおとす。
暗殺を終えて、王宮を脱出した直後のことだ。この国の諜報部隊は事前に潰しておいたから、襲撃されるタイミングがおかしい。しかも、街を離れて、荒野に出た途端の出来事であった。
殺した連中を確認する。
どうやら、いずれもがこの国の民では無い。それどころか、様子からして、人間でさえない。
拍手の音。
少し前から、高みの見物を決め込んでいる奴がいることは知っていた。殺してやろうと思ってはいたが、敢えて出を待っていたのだ。
「どうやら、我が国の精鋭ホムンクルス暗殺部隊でも、国家軍事力級と噂される使い手にはかないませんか」
「スピア連邦の主席諜報官が、何用かしら?」
闇の中から姿を見せるのは、慇懃な紳士のスタイルをした、長身の男性。
スピア連邦の諜報を束ねる男。直に見るのは初めてだ。だが、闇の世界では有名人だし、エスティも知っている。
レオンハルトという勇ましい名前の持ち主である。
見かけ、燕尾服を着た初老の男性だが。闇の世界では、此奴を見て生きて帰った者はいないと言われたほどの使い手だ。エスティが影働きをするようになった頃には、アーランド以外の大陸全土で怖れられるほどの存在となっていた人物である。
だが、気配がおかしい。
アーランド人の上級魔術師並みの魔力を、全身から感じる。これは或いは、此奴もホムンクルスか。ひょっとすると、本人では無いのかも知れない。
そして、ぬっと姿を見せるのは。
背丈が人間の七倍はある、異形の影。
上級悪魔だ。
ロード級かは分からないが、エスティを倒すために連れてきたのだとすれば、そこそこに強い相手とみて良いだろう。
「この間の事件で、あなた方が我らにとって障害になることがはっきりしました。 特に貴方をはじめとする国家軍事力級の使い手は、どれだけの犠牲を払っても倒しておきたいのでね」
「それでわざわざ、衛星国の一つにまで出向いてきたと」
「その通り。 そもそも、我らにも、悪魔達の長との関係は重要だ。 最近は、あまり本国には戻っていないのですよ」
レオンハルトが、杖を一振りすると。
悪魔が、一歩前に出た。
見かけは人間に似ているが、背中に翼があり、額には何本も角を有している。全身に纏っている魔力も、著しく強い。
久しぶりに、本気を出すか。
エスティはほくそ笑むと、全身に掛けていたリミッターを解除。普段はあまり本気を出さない。
というのも、疲れる以上に、体が壊れてしまうからだ。
全力で働かせると、流石に鍛えすぎた今の体は、内側からのパワーに耐えきれないのである。
残像を残しながら、一気に敵への間合いを詰めた。
悪魔も即座に反応する。
降り下ろされた爪が、地面を爆砕する。エスティの影を、地面に叩き潰す。だが、エスティ自身は、既に悪魔の後ろに回り込んでいた。足のすねを、抉るようにして切り裂く。そしてそのまま、走り抜けた。
足から盛大に血を噴き出し、悪魔が後ろ向きに倒れる。
だが。悪魔が地響き立てて、土と接吻することは無かった。
振り抜かれた尻尾が、エスティがいた場所を抉る。
跳躍し、着地。
相手の足が、完璧に復元している。
どうやら、高い再生力を持つか、或いは。何かしらの魔術によるものだろう。
再び、敵に向けて、踏み込む。
だが、その突進は、押し返された。
真正面から吹き付けてきたのは、途方も無い圧力。ただ体から魔力を放っただけで、エスティを押し返すほどの圧力を生じさせる。なるほど、レオンハルトほどの有名人が、確実な仕事のためとやらに、準備してきただけのことはある。
空に、無数の火球が浮かび上がる。詠唱もせずに、悪魔が出現させたのだ。
それらが、一斉に襲いかかってきた。
一つ一つが、人間よりも大きな火球である。しかも、着弾すると同時に、辺りを劫火で吹き飛ばす。
連鎖する爆発の中、エスティは走る。
相変わらず強烈な圧力だが。
今度は、さっきのようにはいかない。身を沈めると、一気に加速して、相手との距離をゼロにした。
足を走り上がりながら、切り裂く。
腹を駆け上がるとき、十四回、斬った。
更に喉を駆け抜けながら、六回。延髄を斬って、跳躍。着地。
着地までに、合計七十三回斬った。
だが、エスティは振り返る。
全身から鮮血を噴き出しながらも、悪魔はまだ屈していない。それどころか、傷が見る間に回復して行くでは無いか。
これは、再生能力と言うには、少しばかり異常だ。
「こんな強力な悪魔、良くも従えられたものね」
「利害が一致しているのですよ」
既にレオンハルトは、姿を消している。かなりの遠くから、魔術を使って此方に声を届けているようだ。
踏みとどまった悪魔が、雄叫びを上げる。
空が真っ白になるほどの火球が出現。辺りを手当たり次第に爆破しはじめた。面倒だ。
エスティも、こんな火球を受けてやられるほど柔では無いが。自慢の速度を、怪我でもしたら殺される。
そうなると、此奴に勝てない、とまではいかないにしても。戦況は、有利になるとは言いがたい。
残像を残して、悪魔が飛ぶ。
上空で、大きく口を開けた。大威力の術式を使うつもりか。
悪魔の口に、巨大な火球が出現。更にふくれあがっていく。エスティは無造作に、小石を投げつける。
がつんと、大きな音がした。
火球を貫通した小石が、悪魔の喉の奥に突き刺さったのだ。
魔力のバランスが崩れた火球が、その場で爆発する。
悲鳴を上げながら、悪魔が落ちてくる所へ、エスティは駆ける。そして、走り抜けぎわに、悪魔の首を切りおとした。
今度こそ、地面に激突する悪魔。
しかし、その力に衰えはまるで感じられない。舌打ちしたエスティが見ている前で、悪魔の首が盛り上がり、次の頭が生えてくる。それに、あれだけ魔術を使っておいて、まったく衰える気配が無い。
「どうです、なかなかのものでしょう」
「ふうん、種はだいたい分かったわ」
「ほう?」
レオンハルトの声は余裕綽々。
それでだいたい、奴が出てきた本当の理由も分かった。これはおそらく、性能実験だ。
今度は無数の火球を低く出現させ、水平射撃に掛かってくる悪魔。右へ左へ避けながら、やはり敵の魔力が減る気配も無い事で、疑惑は確信に変わる。
不意に、悪魔が至近に。
魔術を使っての空間転移か。上位の悪魔には、やるやつもいると聞いているから、別に驚かない。
至近の地面に、思い切り火球を叩き込む悪魔。
自分ごと、エスティを爆破する戦術か。勿論、悪魔はあの再生能力があるから、耐えきれるというわけだ。
流石にこれは、避けきれない。
劫火に包まれながらも、エスティは全力で下がる。
「ははは、国家軍事力級の使い手も、守勢に回ると脆いですなあ」
煙の中から、悪魔が現れる。
エスティは剣を構え直すと、無造作に悪魔に近づき、その膝を蹴って飛ぶ。
悪魔の首が、落ちた。
更に背中を蹴って跳躍したエスティが、首から尻まで、悪魔を一気に斬り下げる。着地。同時にまた跳び、背中を今度は横に斬った。
縦、横、縦、横。連続して、斬撃を浴びせる。
悪魔の傷は見る間に回復していくが、それは別にどうでも良い。狙いは。
七十六回目の斬撃で、ついに露出したのは、悪魔の中に埋め込まれていた、膨大な魔力を蓄えた珠。
それを斬ると同時に、今度こそ全力で跳び離れる。
悪魔が、爆発したのは。
エスティが近くの丘まで全力で走り、飛び込みながら伏せた瞬間だった。
戦っていた平野が、消し飛んでいる。巨大な円形に、地面がえぐれていた。
立ち上がり、額の汗を拭う。
途中一回もらった爆発に加えて、戦闘でのリミッター解除が、体に大きな負担を掛けていた。出来れば早く戻って風呂にでも入りたい。
既にレオンハルトの気配は無い。
今の戦いを見て、充分だと判断したのだろう。食えない輩だ。エスティも、切り札は見せていなかったから、おあいこだが。
爆発が収まってきたので、一度平野に戻る。
あの悪魔が、恐らくは外付けの魔力補強装置を使っていることは、戦っていて分かった。あの異常な再生力に加えて、使っても減る気配が無い魔力。何より、人間如きに顎で使われて黙っている様子からも、そもそもおかしいとは感じていたのだ。
つまり、スピア連邦は。
悪魔を制御する方法を手に入れている。
それも、錬金術の成果だろう。
ただ、悪魔が黙っているとは思えない。特にロード級と呼ばれるような連中が、どうしてそんな非道を許しているのかは、理解できなかった。何体かロード級の悪魔とはやりあった事があるし、彼らが誇り高い戦士であることは、エスティも知っているのだ。
爆心地は一部が溶岩化していた。
これでは、近くの街にまで被害が出ているかも知れない。丘の向こう側に隠れなければ、エスティも危なかった。
調べて廻る。
悪魔は、肉片も残さず消し飛んでいたが。一つだけ、見つけたものがある。
溶けかけた宝石の欠片だ。
アクアマリンだろうか。美しい青色の宝石である。触ってみると、熱い。相当に強い魔力が、込められていたようだ。
この魔力、或いは。
いずれにしても、解析は専門家にやらせることだ。他にも何か無いか、調べていると、ようやく部下達が駆けつけてきた。
「リーダー、無事ですか」
「遅いわよ、貴方たち」
もっとも、此奴らがいても、死なせるだけだったかも知れない。
もしもスピアが、ロード級の悪魔の捕獲に成功して、この装置を埋め込んだら。
いや、それは考えたくない。
実施されたら、スピアはこの大陸を支配するどころか。人間の最盛期と同じ力を手に入れかねない。
しかも、スピアのやり方で、大陸を制圧させたら。
待っているのは、同じ形での破滅だけだ。勿論、アーランドの総力を結集しても、スピアを止める事は出来ないだろう。
予想以上に、事態はまずい方向へ動いているのかも知れない。
一度戻る必要がある。
「例のものは、既に送り届けたわね?」
「は。 既に国境の手練れ達が、王宮へと送り届けました」
「ならばもう此処に用は無いわ。 引き上げるとしましょう」
何事も、常に最悪の事態を想定しなければならない。それが戦場で生きてきたエスティの、基礎的な考え方の一つだ。
スピアがもし、何体かしか存在しないロード級悪魔を捕らえて、あの装置を埋め込んで、意のままに動かしたとしたら。
その時は。
この世が二度目の破滅を迎えることになる。
そしてその先、流石にもはや、人間は生き残ることなど、出来ないだろう。
以前も説明しましたが、本作世界の「悪魔」は人間の変異種です。
それをこのように扱うというのは。
つまりそういうことですね。