暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
この世界では鉄砲はありますが、特にアーランド人や、アーランド人が戦っているような生物相手だと決定打になりません。
それを実用化するには、幾つも工夫がいります。
ちなみにそれは大砲でも同じです。
大砲の弾くらい、アーランド人の戦士は普通に切ったりしますし、あたっても死にませんので……
苦労しながら、ロロナは大砲について、調べ上げてきたことをまとめる。
飛距離を伸ばす方法。
破壊力を上げる方法。
この二つについては、歴代錬金術師の研究から、どうにか目星がつきそうだ。最初はかなり高級な品になりそうだけれど。量産の体制が整えば、ある程度の改善を見込むことが出来る。
更にエンチャント。正確には、生命付与の魔術を駆使すれば、大砲に関するメンテナンスの手間を、一気に減らすことも可能だ。
大砲の耐久力についても、上げる方法はどうにかなりそうである。
歴代錬金術師の研究を調べていって、粘り腰がある金属の作り方について、見つけたのだ。
ただ、その錬金術師は、大砲の研究をしていたのではない。
アーランドでは軽視されがちな、防具。特に鎧を改善出来ないかと、調べていたのである。
人間の力が著しく強いアーランドでは、防具はあまり役に立たない。武器については相応に使えるものとして認識されているが、防具は不遇である。
この錬金術師は、武器を研究する一方で、防具についても調べていた。恐らくは、鍛冶士に頼まれていたか、或いは一族にいたのだろう。だから武器だけでは無く、防具も売り物にならないかと、模索していたのだ。
彼女は三十年ほどの研究で、どうにか使えるレベルの、粘り腰のある金属を開発。
しかし、コストの問題で、普及することは無かった。
調べて見ると、確かに相応に手間暇が掛かる。だが、実験的に作り上げてみた感触では、かなり強い。
炉から、赤熱したインゴットを引っ張り出す。
これが、その改良型鉄版だ。
アトリエにあるような炉で鉄を加工するのは、勿論錬金術を用いる。
まず炉に魔法陣を書き加えて熱量を増す。その後、中和剤を炉に入れる。この中和剤は、熱量を金属に加える役割を果たす。
砕いた鉱石を中和剤と混ぜ合わせる。
こうすることで、鉱石にまんべんなく、熱が行くようにする。
次に、熱を遮断するか、もしくは耐えられるボウルを作る。ボウルの作成には、魔術を用いても良いし、より強力な金属を使っても良い。ロロナの場合は魔術が得意なので、此方を採用した。
さっそく覚えた耐熱のエンチャントを駆使して、ガチガチに熱に強い鉄のボウルを作成。そして炉で鉱石を溶かして、インゴットにしたのだ。
ここからが、重要である。
かっての錬金術師は、粘り腰のある金属の作り方を、細かくレシピに残していた。
まず重要なのは、炭である。
単に炭が入れば良い、というものではない。
中和剤に、炭を入れ、混ぜ合わせる。この炭は、体積より重さに注意を払い、量った。此処に、何種類かの鉱石を投入。
炭の作り方にしても、細かい指定がある。
幾つかの過程を経て、作り上げた特性の炭を。粉々に砕いて、赤熱している鉄に混ぜるのだ。
その後耐熱性能の高い棒で、赤熱しているインゴットを混ぜ合わせる。
此処に、更に何種類かの鉱石を投入。
そして炉に入れて、熱を加える。
数刻熱した後、赤熱したインゴットを、今度は耐熱性能の高いはさみで、蜜を加えた水に投入。
この時、凄まじい水蒸気が出る。この水蒸気は大変な高温で、触ると火傷程度ではすまない。
非常に危険な作業だけれど。ロロナは入念な準備をして、どうにか乗り切った。
失敗するかと思ったのだけれど。
二年近く、ぎりぎりの危険な調合を繰り返してきたのだ。何とか、一発で成功させることが出来た。
これを、隣の親父さんの所に持ち込む。
親父さんはインゴットの様子を確認していたが、満足げに頷いた。
「少しばかり重いが、非常に良いインゴットだ。 これを大砲の素体にするんだな」
「はい、お願いします!」
「後は設計図だな」
頷くと、ロロナは設計図も見せる。
歴代の錬金術師達が研究してきた設計図の、良いとこ取りだ。
まず、大砲自体が複層構造になっている。これはエンチャントを行うために、どうしても必要だと言う事が一つ。
もう一つの理由は、大砲に掛かる負担を、小さくするためだ。
弾は他の大砲でも、上から入れる仕組みになっているが、これは新型でも採用する。更に、内側の大砲は、敢えてダメージが入りやすく作ってある。
これは壊れるとき、危険を減らすためだ。
「なるほど、自壊することで、外側へのダメージを減らすんだな」
「えへへー。 そうなんです」
硬いだけでは、駄目だ。
それは分かっていた。
研究していくと、衝撃を殺すには、敢えて壊れることだという事が分かってきた。むしろ柔らかい方が、強くなることが多いのだ。
この大砲にも、それを流用している。
他にも、だ。
弾を直接収める部分には、ライフリングが施されている。これは、大砲の弾を、より遠くに、なおかつ正確に飛ばすための工夫だ。
「大砲の弾そのものも、二回りくらい大型になります」
「複雑な機構だが、エンチャントで命を与え、大砲そのものにメンテナンスさせると」
「はい。 発射も、六回から七回までは、連続で耐えられます」
しかも、内側の機構を取り替えることが、容易になっている。
エンチャントは外側の機構に行うため、大砲そのものは、全てを取り替える必要もない。更に言うと、一番内側の機構は、大砲を発射することだけに特化している。今までの一層式の大砲と違い、車輪を付けたり、持ち運びの仕組みを工夫する必要が無い。つまり、それだけ加工の手間が減る。
ライフリングについては技術が必要だが。
それも、親父さんのような熟練の職人の手に掛かれば、どうにかなるはず。その気になれば、工場でだって出来る筈だ。
ただ、これは別に、ロロナが革新的なことをしているわけではない。
大砲は、アーランドでは軽視されてきた。だから、研究をまとめる者もいなかった。それだけのことだ。
実際、これらは既存技術をまとめただけのこと。
幾つか統合する際に設計図を弄ったけれど、それだけだ。問題は、実際に稼働させてみて、動くかどうか。
そして、実戦に耐えるかどうか、だ。
今回は課題として、一機を完成型として納入しなければならないけれど。出来れば、数機は作りたい。
一機作る事が出来れば、設計図から量産が出来る。
前線に新型を配備するのに、一年はかかるだろうから、可能な限り完成型は作っておきたい。
そしてこれも重要なのだけれど。
今までの旧型も、エンチャント措置を施せば、メンテナンスという面で一気に更改する事も可能だ。
「面白い造りだ。 列強が使っている大砲も俺は見た事があるが、此奴は明らかにそれ以上の性能を発揮するだろうな」
「えへへー、有り難うございます」
「ただ、コストがかなり掛かる」
ばっさりと、親父さんに言われる。
それは分かっている。恐らくは、今後はローコスト版をどうすれば良いか、聞かれるはずだ。
対応策は、実のところ考えてきてある。
「材料があるので、多少はコストを軽減できます」
「稀少鉱石はどうしようもないとして。 まさか、既存の大砲を鋳つぶすつもりか」
「そうです」
それが、元の大砲達にも、良いと思う。
というのも、元の大砲達は、あまりにも不遇な扱いを受け続けている兵器だ。兵士達には使えないメンテナンスが大変と言われて、ただ並べられて、時々祝砲として使われるだけ。
大砲という兵器が、お祭り以外には殺戮にしか用途が無いことくらいは、ロロナにも分かっているけれど。
しかし、それはアーランド戦士達だって、根本的には同じではないのか。
可哀想だと思うのは、おかしな事では無い。そう、ロロナは思いたい。
「確かに、埃を被らせたり、錆びさせたり、戦士達に使えないって言われ続けるよりは、鋳つぶして新型の材料にしてやった方が、大砲にとっても幸せだよなあ」
「後は稀少鉱石ですけれど、だいたいはアーランド国有鉱山と、シュテル高地で入手できます」
「……分かった。 とりあえず、作成に取りかかる。 十日はかかるが、残り日数は大丈夫だろうな」
親父さんに頷く。
これが上手く行かないと、恐らくは後が無い。
図面には拡張性が幾つか施してある。だから作り上げた大砲を、ある程度カスタマイズする事が出来るけれど。失敗したら、今回の課題は、無理でしたと素直に諦めなければならない可能性が高かった。
親父さんに後を任せると、アトリエに戻る。
自分の肩を揉みながら、ロロナは上手く行きますようにと願った。今は、もはやそれしか、する事が出来なかった。
辺りには試作品が散乱している。
自動で動くようにした荷車。
ホムが買い物をするときに、使うようにしたものだ。小さな手押し車に、エンチャントで命を与えた。
二重構造にしてあり、荷台の板の間に魔法陣を書き込んだ、強い魔力を込めたゼッテルを入れることで、悪霊を封印してある。
その結果、ホムが買い物に行くときに、人なつっこい子犬みたいに大喜びしてついていき、荷物を自動で搬送してくれるのだ。ホムは役に立つと、それだけ言っていた。
走り回っているのは、命を与えたほうき。
節足を生やしたほうきは、壁や天井さえ這い回って、埃を自動で落としてくれている。
下にいる、同じく節足を生やしたゴミ箱は、ノズルと箱を組み合わせてある。ノズル部分からゴミを吸い込んでは、家から埃を排除してくれる仕組みだ。
見かけが気持ち悪いとリオネラに酷評されたコンビだけれど。
この二つが導入されてから、アトリエの埃はほぼ無くなった。実際、調合の作業精度が、目に見えて上がったほどである。
ただし、調合機具がある机上は掃除しないようにと、徹底して指定したから。そこだけは、自分で掃除しなければならない。
他にも、命を与えた道具は幾つかある。
ころころ自動で転がっているのは、ただの球体。
フラムを自動化しようと思って、作った試作品だ。
敵に向けて自動で飛んでいくフラムがあれば便利だと思ったのだけれど。ただのボールに命を与えてみたら、思いの外愛らしくて、そんな事はさせられなくなってしまった。生きているボールには仕事は無いのだけれど、ホムと時々じゃれている。ホムは邪魔ですと面倒くさそうに言っているのだけれど。時々、まんざらでも無さそうな様子で戯れているので、ロロナにしてみればそのままにしておこうと思っていた。
釜を拭いているのは、命を与えたぞうきん。ではなくて、命を与えたぞうきん拭き。
ぞうきんを与えておくと、自動で絞って、錬金釜を綺麗にしてくれる。それ以外は、壁に立てかかっている、不格好な木片の組み合わせだ。
錬金釜の掃除は、思っての他手間が掛かる。
作って見たのだけれど、丁寧に仕事をしてくれて、ロロナとしては大変助かっている。
その内来客用に、お茶を淹れてくれる生きているティーセットや。パイを作ってくれる、生きているパイセットなども作りたい。
エンチャントの技術は、応用範囲が広い。
大砲に付けるという形で使用するだけでは無くて、こういう愛らしい形で、もっと活用していきたい。
それが、ロロナの本音だった。
生きている布団叩きから、布団を回収すると、少しお昼寝をすることにする。
少し疲れた。
一段落したのだし、後は少し休んでおきたい。どうせ、この後は。色々と立て込むのが、目に見えていたのだから。
昼寝から起きたロロナは、耳を澄ます。
騒ぎが聞こえてきたので、ティファナのお店に足を運んだ。
疲れているロロナだけれど。ティファナの所では、魔術が籠もった道具などをいつも購入させてもらっているので、見過ごすことは出来ない。何か役に立てることがあるのなら、手伝いたい。
中に入ると、ティファナと老紳士が、押し問答をしていた。
老紳士といっても、背筋はしっかり伸びているし、眼光も鋭い。体に衰えは全く感じ取れない。
正直な話、髪に少し白いものが混じりはじめている事を除けば、男盛りと言って良いほどだ。
背も高く、それに足運びを見るだけでも分かる。
とんでも無く強い。
ロロナが見た中で、トップクラス。ステルクやエスティを凌いでいるかも知れないほどだ。
「困ります、受け取れません」
「そう言われても、既に食べてしまった後だ」
老紳士が差し出しているのは、なんと高価な指輪だ。
ロロナは見る間に真っ赤になって、老紳士が言っていることなど、聞こえなくなってしまった。
ティファナはとても綺麗な人で、特に未亡人になってから、おじさま達のアイドル扱いである事は、ロロナも知っている。
呆れたことに、ロロナの父も、ファンの一人だ。
以前それで、母が烈火のごとく怒って、考えるのも恐ろしいような夫婦げんかに巻き込まれ掛けた。
ロロナの父母はどちらも一流の使い手なので、本気で喧嘩になると、一区画くらいは簡単に消し飛ぶ。
無論、そんなものに巻き込まれたら、怪我だとか、痛いだとかで、すむはずも無い。
あわあわしているロロナの前で、老紳士がティファナに迫っている。とっさにロロナが出来たのは、割って入ることだけだった。
「あ、あのっ!」
「ふむ?」
「ロロナちゃん、助かるわ。 困っていたの」
ティファナの困惑した声が、ロロナに勇気をくれる。
目の前の老紳士は、現役の騎士か或いは魔術師か。どちらにしても、トップクラスの実力者。
怒らせれば、ロロナなんて、それこそ蠅でも潰すように、ぷちっとされてしまうことだろう。
「そ、その、無理矢理はいけないと思います! すごく偉い人みたいですけれど!」
「ふむ、君は確か、噂の錬金術師だな。 君が作ったという耐久糧食には、いつも世話になっているよ。 あれが工場で量産されてから、外に出るのが楽しみになったくらいだ」
「へ……? あ、ありがとうございます」
「勘違いしているようだが、別に私は求婚などしていない。 先ほど此処で食事をさせていただいたのだが、財布を忘れてしまっている事に気付いてな。 金の代わりとして、これをと思ったのだ」
そういって、指輪を見せてくれるが。
ぞっとした。
この指輪、金剛石をあしらったもので、しかもリングの部分はおそらく白金だ。多分相当なお金持ちしか、持てないような代物。
特に金剛石は現在貴重で、小さなカットでも、目玉が飛び出るような価値があると、ロロナも聞いている。
この人は、或いは。
超お金持ちか、その息子さんか。金銭感覚というものが、多分ないのだろう。ティファナが困るのも、無理も無い話だ。
「そ、それなら私が立て替えておきますから」
「そうか、それなら君に渡しておこう。 後でお金を持ってくるから、それまで預かっていてほしい」
「ふえっ!?」
ひょいと指輪を、しかも無造作にロロナの手の上に置くと。老紳士は、さっそうとティファナのお店を出て行った。
ティファナは助かったと言ってくれたので、ロロナは嬉しいけれど。
今度はロロナが、大変な迷惑を背負い込むことになってしまった。
しかも、である。
この迷惑は、更に後へ、糸を引いていくこととなる。
親父さんが大砲を作り上げるまで、ロロナにはする事が無い。だから、王宮から要求されている物資を、ホムと一緒に作る事にしていた。栄養剤の生産。更には、湧水の杯の作成。現在は、この二つが主だ。
栄養剤は、要求量が、最近減ってきている。
ロロナが関わった緑地が、既に一段落していて、肥料が自主生産できるようになってきているから、らしい。
実際見に行ったところ、ため池はもうしっかりした形になっているし、低木も根付いている。栄養剤は、大量には必要ない。森に根付いた栄養と植物を、これからは維持していくようにすれば問題ないだろう。
小さな獣は試験的に森に放されていて、鼠やリスは、豊かになった土の上を走り回っていた。この様子だと、もう少し森がしっかりしてきたら、猛禽が。更にその後はウォルフが、放されることだろう。
森そのものも順調広げられているだけでは無い。
森の周囲の街道も、整備が始まっている。アーランドでは、森が出来ると、その側の街道を整備する不文律があって、此処でも例外では無いらしい。石畳で整備された街道は、とても綺麗で。踏んで良いのか、不安になるほどだった。
ロロナが、努力した成果だ。
そう思うと、涙が出そうになる。
働いているおじさま達に、手を振って、その場を離れる。ジェームズさんは、既に別の荒野を調査に出ているそうだ。つまり、ベテランは、もう此処には必要ない、という事である。他に緑化するべき土地は、いくらでもあるのだから、当然だ。
アーランドとしては、最終的に、全ての荒野を緑化したい所だろう。
この緑化した土地の側には、おそらく近々入植の話も出るはずだ。森を守るための戦士達が暮らす村。労働者階級の人達も、入植の応募が出る筈。
そうすれば、また人も増える。
アーランドは、豊かになるのだ。
次は、特に水が不足している村々に、湧水の杯を届けたいと、王宮の指示が出ているから。それに注力して欲しい、というわけだ。
既に三十個ほどは納品している。
作れば作るほどお金になるし、皆もそれで助かるのだ。ロロナとしては、作るのを躊躇する理由が無い。
その一方で、発破やネクタル、ゼッテルや炭なども、作っただけ納品はしていた。
近くの森やカタコンベ、それに鉱山にも、クーデリアやリオネラと一緒に、足を運んで、資材を集めてもいる。
休んでいる日は、あまりない。
師匠が、最近のロロナは、よく働いていて、弄る暇が無いと愚痴っていたと、後からホムに聞いたほどだ。
ただし、湧水の杯は。
あれから研究を更に進めているのだけれど。水の質はどうしても上げられずにいる。飲めるのだから良いのだけれど。口に入れて美味しくない水が湧いてくる現状は、どうにかしたい。
今日も二つ、湧水の杯を完成させた。
ホムに、王宮に持っていって貰う。話によると、二つ一セットで、寒村へ届けているらしい。
まず二つを入れることで、寒村の井戸の代わりにして。
それから、足りない分を随時追加していくのだとか。
勿論、水が際限なく湧いてくると言う、寒村からすれば神に等しい道具だ。王宮から派遣された警備の戦士が、誰かが独占しないように、側で護衛するのだという。しかし、七つも八つも杯が配備される頃には、その警備も必要なくなる。水が、以前と違って、絶対的な貴重品ではなくなるからだ。
ロロナの所には、手紙も来ている。
貴方は神様ですとか書かれている手紙にはおののかされた。本当に困った。それで師匠に散々からかわれたので、もっと泣きそうになった。
ただ、その村の人達が、本当に喜んでいるのは分かった。
山の中腹にある村で、井戸からはロクに水も出ず、必要な水は随分と山を降って、運んでこなければならなかったのだという。
杯が既に五つ配備されているらしいのだけれど。それによって、村の人達は、山を上り下りして水を運ばなくても良くなったばかりか、なんとお風呂にも時々は入れるようになったとか。
驚くべき事に、杯を祀っているという。
ロロナを神像にして飾りたいので、姿のスケッチを送って欲しいとか言われたので、それは丁重に断ったけれど。ただ、これもロロナがした仕事の成果だと思うと、胸が熱くなる。
こんな風に、困っている村を、一つでも救っていきたい。
水が出る杯は、それだけ重要な存在なのだ。渇き谷だけでは無くて、多くの場所を救えるのなら。
ロロナが行っている錬金術は、それだけ価値があると言うことなのだから。
アトリエの戸をノックする音。
出てみると。
あの、老紳士だった。
背筋が思わず伸びる。
無理矢理押しつけられたあの指輪は、しばらくあたふたした後、金庫に放り込んで、触らないようにしていた。
あんな高級品、傷つけでもしたら、取り返しがつかないからだ。
「遅れてすまない。 昨日も来たのだが、出かけていたようだったのでね」
「あ、はい! 昨日は、鉱山に行っていました!」
「鉱山? ああ、国有鉱山か」
鉱石を取りに行くだけでは無くて、悪魔の長老に話を聞いていたのだ。グラビ石の活用方法について、思い当たる所があったから、である。
長老の話によると、出来ると言うことだった。
老紳士が、お金を渡してくれるので、受け取る。実際、ロロナが立て替えてお金は、本当に微々たるものだった。
指輪を返す。
老紳士は、無造作に、ポッケに放り込んだ。
とても生地が良い服なので、本当に育ちが違うのだろうというのは、一目で分かる。この人にとって、あの高価な指輪なんて、ゴミも同然なのだろうか。
「助かったよ。 それに君は、誠実な人物だな。 噂によると、何事にも誠実だと言う事は、聞いていたのだが」
「えへへー。 それほどでも」
「早速で申し訳ないのだが、頼みがある」
また、これはいきなりだ。
丁度クーデリアが来たようだけれど。彼女は老紳士を見上げて、一瞬だけぎょっとしたようだった。
知り合いなのだろうか。
いや、分からない。
とにかく、クーデリアが来てくれたのは助かった。一人でこの世間知らずのお爺さんに接するのは、正直気苦労が絶えなかったのだ。
「あるモンスターを、これから退治しようと思っていてね。 君にも手伝って欲しいのだ」
「え? モンスター、ですか」
「ラプターステインという」
さらりと、老紳士が言う。
心臓が止まりそうになった。
ラプターステイン。その名前を知らないアーランド人など、いないだろう。
グリフォン種の中でも最強と名高い存在で、近辺のモンスターを統括する、文字通りのボスである。
実力は非常に高く、何より獰猛。
今までに何度か討伐が行われているはずだが、いずれも失敗している。獰猛なだけではなく、とにかく狡猾なのだ。
「アーランド戦士は、狡猾な奴にどうも振り回される傾向があるようでな。 君のような錬金術師がついてきてくれると、あるいは狩れるかも知れん。 奴が最近、近くの村の側で目撃されるようになり、民が不安に落ちていると聞いている。 アーランド戦士の一人として、見過ごすことは出来ぬ」
村の名前を聞いて、ロロナは心が動く。
少し前に、湧水の杯を収めたところだ。此処から二日ほど歩くと、到達できる場所にある。
クーデリアに視線を送る。
彼女が頷く。どうやら、やるしかないようだ。
「分かりました。 準備をしますから、待っていていただけますか」
「うむ。 私はサンライズ食堂にいる。 準備とやらが終わったら、すぐに声を掛けてくれるかな」
「はい!」
この人は、ステルクと同等か、それ以上の使い手だ。
それならば、ラプターステインが相手でも、どうにかなるかも知れない。
クーデリアに相談する。
「グリフォンが相手の場合、まずは機動力を殺さないといけないよね」
「正直、そんな必要、ない気もするけれど」
「えっ!?」
「ああ、何でも無いわ。 そうね、爆圧で翼を折れるように、投擲用の発破が必要になるかしら」
そう言いながら、クーデリアはポッケから弾を取り出す。
シルヴァタイトの弾も、何発かあるようだ。スリープショットでシルヴァタイト弾丸を叩き込んだときの破壊力は、この間のスカーレット戦で目撃している。あれなら、直撃すれば、流石のラプターステインでも、ひとたまりもない筈。
「それより、大砲は大丈夫? 失敗したら後がない筈よ」
「親父さんが作ってくれてるから、大丈夫だよ。 後は出来てきた完成品を試運転してみて、オッケーだったら設計図ごと納品しておしまい。 設計図があれば、量産だって出来る筈だし。 それに、エンチャントについて説明すれば、王宮で埃を被ってる大砲だって、活用できるもん」
リオネラやタントリスにも声を掛けようかと思ったが、二人とも生憎姿を見せてはくれなかった。
ましてや数日もかかる仕事では、イクセルを連れ出すわけにはいかない。最近でも、近くの森や鉱山に行くときには、来てもらう事が多いのだけれど。彼はサンライズ食堂を取り仕切っているのだ。
仕方が無い。
老紳士と、ロロナとクーデリアで、最強と名高いグリフォンに挑むほか無かった。
サンライズ食堂に、荷車を引いて出向く。
そうすると、老紳士は、山盛りのホーホを平らげたところだった。前にステルクが食べていた皿よりも大きい。
確かアレは、噂に聞くカイゼルサイズ。
歴戦の戦士でも、中々注文しないし、なおかつ食べきることは出来ないとか聞いている。戦士は、力量が増すと、それだけ激しい運動をする事が多くなる。既に初老でも、これを食べきる程度の運動を常日頃からしている、という事だ。
この人、何者なのだろう。
クーデリアは知っているようなのだけれど。或いは騎士団長だろうか。ステルクやエスティに匹敵する使い手となると、他に考えにくい。
「ふむ、美味であった。 では、行くとしようか」
あれだけの量を、テーブルマナーを完璧に守って食べ終えたらしい。
皿を回収しに来たイクセルが、形容しがたい顔をしていた。