暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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ひよっこだけで行動はさせていますが、ロロナが関わっているのは国家プロジェクトです。

ちゃんと影から護衛がついています。

怠け者を装っているアストリッドさんも、それにはがっつり噛んでいます。





2、追跡攻防

案外、大胆な奴だ。

 

影からロロナを護衛していたアストリッドは、そう呟いていた。ぐいぐいと遺跡の上部に上がっていくロロナは、一度恐怖を克服すると、かなり大胆になるらしい。足場の上に上がると、手をかざして周囲を見る余裕さえ出来ている。

 

実のところ、最近遺跡の上部には。内部から這いだしてきた、危険なモンスターが姿を見せるようになってきている。

 

その都度アストリッドやステルクが駆除しているのだが。

 

それでも、時々、経験の浅い戦士が襲われそうになる。今、ロロナ達は、正にそれに近い状況だ。

 

アードラの群れが、上空を旋回している。

 

ロロナ達は、今その巣を漁っていた。主に羽を採っているようだ。今後の事を考えて、アードラの良質な羽を、少しでも多く手に入れておこうと言うのだろう。

 

ロロナはアードラの雛には、興味を見せていない。

 

イクセルに袖を引かれてはいるが。首を横に振っていた。

 

「可哀想だよ。 羽だけにしておこう」

 

「何だよ、美味いのに」

 

「美味しいものは他にもあるしね。 何もわたし達で今、この雛たちを殺さなくていいじゃない」

 

あの子らしい理屈だ。

 

羽を散々集めた後、ロロナは袋詰めしていく。此方に気付いているのはクーデリアだけか。

 

イクセルの坊やは、本職の戦士でもない。

 

ただし、プロジェクトに関与している一人である。今はその本命の作業をしているわけではないのだが。まあ、邪魔にはならないだろう。

 

「あら、出歯亀かしら」

 

「聞きずてならないことを。 そのつもりなら、アトリエでいくらでも機会はある」

 

後ろからの声に応える。

 

ここに来ているのは珍しい。

 

エスティ=エアハルト。

 

アーランドが誇る、国家軍事力級と呼ばれる戦士の一人。高速機動戦闘を得意としていて、少し前までは間諜をしていた。噂によると、邪魔な大国の要人を三十人ほど消しているという。

 

勿論、足など掴ませずにだ。

 

アストリッドとは同年代で、実力も近い事があって、どうしても意識し合う仲だ。昔は色々あったため、かなり親しく表向きは接しているが。その実、両者共に牽制し合う仲なのは、当然の成り行きだろう。

 

エスティが此処に来ていると言うことは。

 

また、オルトガラクセンから、何か這いだしてきたか。

 

「で、何が出た」

 

「兎よ」

 

「なるほど、あれか」

 

兎というのは、隠語だ。

 

通称うさぷに。兎のような姿をしたぷにぷにという意味である。

 

元々ぷにぷに族は、状況に応じて極めて柔軟に進化し、その姿を変えていく種族。中でも武闘派と呼ばれる存在は何種かいる。その全てが、生半可な戦士では手に負えないほどの実力者だ。

 

中には、この遺跡に匹敵するサイズの者もいる。

 

大絶滅の後に、どうやら誕生した種族らしいぷにぷにだが。多くの種が絶滅したニッチに上手く入り込んでいる有様はたくましい。

 

或いは、人類の後は。

 

ぷにぷにが、この世界の覇者になるかも知れない。

 

「お前がいると言うことは、まだ逃げている個体がいるのか」

 

「ええ。 貴方にも、気をつけてもらおうと思って」

 

「兎の一匹や二匹は敵ではない。 もっとも、まだロロナが相手にするには、かなり早いな」

 

頷くと、エスティはかき消える。

 

そのハイド技術は、この国随一と謳われた影の戦士だ。アストリッドさえ、暗殺前提で来られたら、かなり厳しいかも知れない。

 

ロロナ達は、危険も分からず、無邪気に採集を続けている。

 

この様子だと、アストリッドが、偶然を装って前に出なければならないかも知れない。

 

気付く。

 

いる。兎だ。

 

少し下の階層にいる。他の兎は、根こそぎ戦士達やエスティに狩り倒された様子だが。数匹が、残ってしまったらしい。

 

うさぎによく似ているぷにぷにが、どうしてこう高い戦闘力を得ているのかは、流石にアストリッドも分からない。

 

だが、このままだと、ロロナ達が巻き添えになる可能性がある。

 

今のうちに駆除が必要だ。

 

ざっと周囲を確認するが、今の時点で、三人の手に負えないモンスターはいない。一匹強いのがいるが、もし戦う事になっても、総力であらがえばどうにかなるだろう。

 

音もなく、アストリッドは移動する。

 

そして、相手が気付かない内に。獲物の背後に立っていた。

 

 

 

袋にアードラの羽を詰め終えると、ロロナは笑顔で、気を張っているらしいクーデリアに言う。

 

そろそろ、帰路につきたい。

 

「くーちゃん、戻ろう」

 

「ええ。 ただ、ちょっと面倒なのがいるけれど」

 

「え?」

 

「そういや、アードラ共がいなくなったな」

 

イクセルも、そんな事を言った。

 

冗談かと思ったのだが、二人の表情が、そうでは無いと告げている。

 

気付いて、顔を上げると。

 

あれほど舞っていたアードラ達が、ぴたりと姿を見せなくなっている。これはどういうことなのだろう。

 

いや、言われるまでも無い。

 

何かが近くにいるのだ。だから、怖がって逃げてしまった。

 

イクセルも、いつの間にか表情を引き締めている。怖いのは、「面倒なの」が、どこにいるか分からない事だ。

 

当然モンスターも知恵がある。

 

襲うときは、直前まで姿を見せないのが普通だ。食べなければ生きていけないのだから、当たり前の話。

 

アーランド近辺のモンスターは、特にそう。

 

人間という極めてリスクが高い相手を襲うならば、慎重すぎてもなお足りないくらいなのだから。

 

辺りに無数にあるアードラの巣。

 

雛が皆、声を殺して潜んでいるのが分かる。

 

ひょっとして、狙っているのは。ロロナ達ではなくて、この雛たちでないのか。クーデリアは、既に臨戦態勢だ。

 

イクセルも、いつものにやけた表情ではなく、既に戦士のそれに変わっている。

 

おろおろしているのは、ロロナだけ。

 

そして、唐突に。事態は動いた。

 

飛来した触手が、アードラの巣の一つを襲ったのだ。悲鳴を上げる雛を巻き取ると、軽々と運んでいく。

 

触手の先には、青黒い塊があった。

 

瞬く間に雛を口に入れると、咀嚼しはじめるそれは。

 

確か、ぷにぷにの一種。

 

正式名はロロナも知らないが、確か通称黒ぷにと呼ばれている種類だ。全身が青黒く、体の高さは成人男子ほどもある。形状は丸っこいが、それが故に、非常に巨大。実体は極めて獰猛なモンスターである。

 

動きは非常に速く、体の周囲に生えている触手を器用に使う。

 

また、軟体生物のようにみえるが、実体はかなり硬く。体当たりされると、骨が砕ける事も珍しくない。

 

野生の掟を、ロロナも否定するつもりはない。

 

分かっているのは、あの黒ぷにも、食べなければ死ぬと言うことだ。無言で、クーデリアが袖を引く。

 

黒ぷにはモンスターの中ではかなり強い方に属する。

 

硬軟を自在に切り替える体に、その早さ。残像を残して動くという話を、ロロナも聞いたことがある。

 

それだけではない。

 

見た事はなくて、両親に聞かされただけだが。空気を吸い込んで巨大化し、押し潰しに掛かってくる事まであるとか。

 

いずれにしても、こんな所で戦うのは、リスクが大きすぎる。半人前以下三人では、勝てる保証も無い。狼の群れよりも、黒ぷに一体の方が、数段格上の相手だ。

 

頷くと、一歩、二歩、下がる。

 

黒ぷには、此方に明らかに気付いている。

 

また触手を伸ばして、アードラの雛を捕食する黒ぷに。

 

むしゃむしゃと鋭い音がする。無数にある巣の中で、雛は声を出さずに縮こまって、恐怖の襲撃者が去るのを、ひたすら待ち続けていた。

 

ようやく、ある程度、距離が開く。

 

だが、黒ぷにを刺激するのは得策ではない。

 

下がるときに、アードラの巣材の枝を踏まないように、気を遣った。

 

ロロナだって、食事中の猛獣を刺激する事がどういう意味を持つかくらいは知っている。アーランド人なのだから、当然だ。

 

足場が脆くなっていて、ぎしりと大きな音がした。

 

冷や汗が流れる。

 

「驚いたな-。 あんな強いのが、這いだしてくるもんなんだな」

 

「巡回の戦士は」

 

「さっき見かけたから、しばらくは来ないわよ」

 

記憶力が良いクーデリアが、忘れたとは思えないから。きっと、ロロナに言い聞かせるために、わざと言ったのだろう。

 

イクセルを殿軍にして、声を殺して足場を降りる。

 

はしごを下りるときが、一番緊張した。

 

とにかく、遺跡から出てしまわなければ、安心できない。あんな強い相手がいるなんて、信じられない。

 

此処には、これからも安易な気持ちでは来られない。

 

本職を雇えるなら、そうした方が良いだろう。

 

不意に、柔らかいものを踏んだ。

 

振り返って、悲鳴を上げそうになる。

 

散らばっているのは、銀白色の残骸だった。その死体の一部を、踏んでしまったらしい。

 

こっちは、何だろう。

 

同じくぷにぷにの一種の亡骸のようだけれども。しかし問題は、非常に大きい上に、触手も太いという事だ。

 

これは怖い。

 

人間くらい、簡単に捕食できそうだ。こんなのが潜んでいるのか。

 

オルトガ遺跡の内部には、こういう訳が分からないモンスターがたくさんいるはず。だけれども。

 

こんなのが、遺跡から這いだしてきていると思うと。

 

恐ろしくて、この辺りは、うろうろ出来ない。

 

「……急いで荷車まで戻るわよ」

 

ロロナが恐怖に心臓をわしづかみにされている事を悟ってか。クーデリアが、促してくれる。

 

確かに急がないと危ない。

 

途中で、巡回の戦士が来たら、話しておいた方が良いだろう。こんなに危険そうなモンスターが這いだしてきているのなら。巡回も、ツーマンセルかスリーマンセルでやった方が良いかもしれない。

 

さっきの、巣が密集している辺りが見えた。

 

まだ黒ぷにがいる。満腹したのか、ようやく動き始めた様子だ。アードラの雛たちは可哀想だったけれど。弱肉強食の掟は、アーランド人なら、幼い頃から叩き込まれる自然の摂理だ。

 

此方に向かってくる様子は無い。

 

きっと、巣に戻って休むのだろう。

 

はしごを下りると、また銀白色の残骸が散らばっていた。正直これと戦う事になったらどうなるか。

 

怖いけれど、今は震えている暇が無い。

 

それに、一人だったら竦んで動けなくなってしまったかもしれないけれど。今はクーデリアもイクセルもいる。

 

既に、銀白色の死骸には、蠅が集りはじめていた。

 

 

 

やっと荷車の所まで戻ってきたときには、生きた心地がしなかった。

 

此処は危ない。

 

こんな危険な場所になっているなんて、思ってもみなかった。巡回の戦士を見つけたので、手を振って呼ぶ。

 

腰が抜けそうになっている事に気付く。

 

戦士の人が来る。顔が強ばっているのを見ると、きっとあの銀白色のぷにぷににも、気付いていたのだろう。

 

「お前達、良く無事に戻ってきたな。 今、丁度掃討作業が終わったところだったんだ」

 

「掃討作業、ですか? あの銀白色の」

 

「兎だ」

 

「っ!」

 

ロロナだって、アーランド人だ。それが本物の兎ではなく、符丁である事くらいは、即座に理解できた。

 

よりにもよって、うさぷにか。

 

クーデリアが青ざめるのが分かった。イクセルさえ、減らず口を止めて黙り込む。

 

噂に聞いている、兎に形状が似ている最強のぷにぷにの一角。のどかな名前と裏腹に極めて性格は凶暴で、生息地では年に何人か襲われて餌食になるという。動きも非常に速く、触手も力が強い。その上、非常に肉食性が強い雑色と来ている。

 

希にこれが都会の街に紛れ込むと、甚大な被害が出るのだとか。

 

アーランド戦士でさえ、相手をするときは本気になる相手だ。もしも遭遇してしまったらと思うと、背筋が冷たい汗で滝になりそうだ。

 

勿論、ロロナがどうにか出来る相手ではない。

 

クーデリアとイクセルもまとめて、遭遇したらちょっぴり小粋なおやつにされてしまっただろう。

 

「どれくらい兎はいたの?」

 

「騎士団の増援からの話によると、十五匹だ。 オレも一匹倒したが、二匹以上を相手にしていたらどうなったか、冷や汗がでるぜ。 巡回に死者が出なかったことだけが救いだな」

 

「十五匹も……」

 

「しばらくは、遺跡は閉鎖だ。 本格的に奴らが出てくる穴を潰さないと、危なくって近づけねえや。 よその国から来た盗掘屋とか馬鹿な連中が、オレらの目を盗んで最近餌になりに遺跡に潜ってやがってなあ。 そんなこんなで、人肉の味を覚えたんだろうよ」

 

巡回の戦士は、唾を吐き捨てた。

 

気持ちは分かるが、巡回の人達に被害が出なくて良かったとしか言えない。この人も相当な手練れだろうに、複数に襲われたら危ないと言っているほどなのだ。

 

「それと、帰り道、気をつけろ」

 

「ひょっとして、討ち漏らし?」

 

「騎士団の連中が来るまでは専守防衛がやっとだったからな。 大物以外は、逃した可能性がある。 もしも御前さん達に目をつけてたら、襲ってくるかもしれねえ」

 

あの黒ぷにが、一瞬脳裏をよぎる。

 

だが、まさか。

 

騎士団の人達も、今は巡回してくれているという。黒ぷには兎に比べれば、だいぶ実力が劣るはず。

 

包囲を抜けたとは、思えない。

 

キャンプスペースに戻ると、けが人がかなりいた。女性の戦士もいる。兎の触手で殴打されたらしく、右腕があり得ない角度に曲がっていた。苦しそうに呻く彼女の横で、回復の術式を使っている術者がいた。冷や汗を流しているところを見ると、相当な人数を治療したのだろう。

 

ロロナの母がいる。

 

遠くで、術者達に指示を出している。もしこんな所にいたことがばれでもしたら、どんな雷を落とされるか、分からない。

 

早めにキャンプを抜けて、帰路につく。

 

クーデリアが、リボルバーを廻して、弾丸の状態を確認していた。

 

「くーちゃん?」

 

「さっきの話、聞いていなかったの」

 

「それよりさあ。 不幸なのか幸運なのか、わからねえな」

 

イクセルが、脳天気なことを言う。

 

分からないと視線を向けると。幼なじみのコック見習いは、言うのだった。

 

「だってよ、今日を逃してたら、当分此処には入れなかったぜ。 そうなったら、多分課題どころじゃなかったんじゃねえの?」

 

「あ……」

 

その通りだ。

 

大きくため息をつくクーデリア。

 

これはひょっとすると。非常に危ない橋を、知らないうちに、幾つも渡っていたのかも知れない。

 

ようやく街道に出る頃には、夕刻になっていた。

 

風が気持ちいい。

 

後ろに見えるオルトガ遺跡は、全くいつもと変わりないように見えるのに。その周囲が、血なまぐさい修羅場になっていると、誰が予想できるだろう。

 

時々、騎士らしい人達とすれ違う。

 

魔術師もいる。

 

それだけ、大きな事件だったという事だ。

 

流石にドラゴンが出てくるようなことは無いだろうが、それでもしばらくは厳戒態勢となるのは確実。

 

一般人は、ひと月は入れないだろう。

 

それどころか、こうして生きている事に、感謝しなければならないかも知れない。

 

お日様が、地平の向こうに沈みはじめる。

 

ロロナが、気を緩めかけた、その時だった。

 

クーデリアに、全力で突き飛ばされる。地面に転がったロロナが見たのは、首を絞められつり上げられたクーデリアが、もがく姿だった。

 

怖れていたことが現実になったのだ。

 

「助けて!」

 

叫んだのは、此処が街道で、しかも騎士団の人達が、今は殺気だって行き交っているからだ。

 

触手の先には、明らかにさっきと同じ黒ぷに。

 

此方のことを覚えていて、付けてきていたのか。それも、騎士団の目まで盗んで。クーデリアが、何発か発射するが、ずぶり、ぬぶりと、黒ぷにの体に弾丸が潜り込むだけで、有効打にならない。

 

触手が数本、クーデリアの足を掴もうと蠢いている。足を掴まれてしまったら、引っ張られて、首を引き抜かれてしまう。クーデリアは必死に触手を蹴飛ばして、掴まれるのを避けていたけれど。いつまでもつか。

 

イクセルが仕掛ける。

 

横を通り抜けながら、戦闘用のフライパンを叩き付ける。ばちんともの凄い音がしたが、黒ぷにはクーデリアを離さない。

 

大口を、黒ぷにが開ける。

 

中には、もの凄い牙が並んでいた。

 

ぷにぷに族は、つぶらな目と、何を考えているか分からない口が、一見すると可愛らしいが。それは一種の擬態だ。

 

触手を伸ばせば鞭よりしなるし、口の中はこの通り。目だって本当は複眼かも知れない。

 

口の中に、クーデリアが数発叩き込むが、五月蠅いとばかりに振り回す黒ぷに。

 

地面に叩き付けられたクーデリアが、銃を放してしまう。

 

ロロナは勿論、その間詠唱しているが、間に合うか。

 

「このっ! 離しやがれ!」

 

もう一撃、頭上からきりもみに落ちてきたイクセルが、フライパンを叩き込む。だが、わずかに体を沈ませたくらいで、黒ぷには意にも介していない様だ。

 

このままじゃ。

 

クーデリアが、食べられてしまう。

 

それも、ロロナの身代わりに。

 

無理矢理に、詠唱を切り上げる。今切り上げるのは、術を暴発させる事を意味している。体が耐えられるかは分からない。

 

だが、自分が傷ついても。

 

今は、クーデリアを、助けたかった。

 

「止め、なさいっ!」

 

首を絞められ、何度も地面に叩き付けられたのに。

 

クーデリアが、ロロナの術を見て、叫ぶ。

 

そして、渾身を込めただろう掌の一撃を、上下から挟むようにして、触手に浴びせかける。

 

鈍い破裂音。

 

触手が、明らかに致命打を受けたのだ。

 

雄叫びを上げた黒ぷにが、ふくれあがる。

 

そして旋回しながら、上空に舞い上がった。あ、落ちてくる。そう思った時には、衝撃波に叩き伏せられていた。

 

息が、一瞬止まる。

 

視界が、真っ暗になった。

 

少しずつ、音が戻ってくる。

 

周囲も、見え始めた。

 

黒ぷにが、いる。勝ち誇って、雄叫びを上げていた。

 

クーデリアは。足を触手に掴まれて、ずるずると黒ぷにの口に引きずられている。しかし、その手に。

 

イクセルは。

 

姿が見えない。

 

クーデリアは意識を失っているようだけれど。

 

ロロナには、意図が読めた。

 

賭ける。

 

触手を引きずり、口にクーデリアを放り込もうとする黒ぷに。その口の中に並んでいる牙は、小さなからだなんて、一瞬でズタズタにしてしまうだろう。

 

だが、その瞬間。

 

クーデリアが顔を上げて、更に銃口を黒ぷにに向けていた。

 

「耐えられる、かしらっ!」

 

灼熱の光が、黒ぷにの口に叩き込まれる。

 

クーデリアの特殊技能だ。燃え上がる弾丸が、黒ぷにの口を、内側から焼き払う。悲鳴を上げて、クーデリアを放り出す触手。

 

口を開けて息をしようとする黒ぷに。

 

だが、その瞬間、隕石が落ちてくるようにして、イクセルが頭上から、渾身の殴打を叩き込む。

 

黒ぷにの内側に、明らかに紅い部分が見えた。

 

致命打を体が受けている。ロロナは、一つだけ、謝った。あの時、もっと上手に隠れていれば、貴方はこっちに興味なんて持たなかったのに。

 

殺さなくて、済んだのに。

 

杖の先端を、もがき、悲鳴を上げるモンスターに向ける。

 

そして、さっきの詠唱の続きを終えた事で。完成した術を、ロロナは撃ち込んでいた。

 

光の槍が、容赦なく黒ぷにの体を打ち貫く。

 

一瞬、悲鳴とともに体を蠕動させた黒ぷには。

 

次の瞬間には、雷にでも打たれたように、木っ端みじんに吹き飛んでいた。

 

 

 

街道の脇に止めてある荷車に背中を預けて、息を整える。

 

クーデリアはあれだけされたのに、まだ平気らしく。呼吸を整えると、ハンカチで顔を拭き始めていた。

 

「ロロナ、あんたは平気?」

 

「くーちゃんだよ、そういわれるのは! もう、心配したんだからっ!」

 

「あの馬鹿に、痛打を浴びせる好機を狙ってたのよ」

 

「やれやれ、本気で心配して損したぜ」

 

隣で、イクセルが冷や汗を拭っていた。

 

やっと騎士団の人達が来て、黒ぷにの残骸を焼きはじめる。何でも、そうしないと再生する事が、たまにあるのだとか。

 

可哀想とは、言っていられない。

 

一歩間違えれば、食べられてしまったのはロロナ達なのだから。

 

クーデリアは、打ち身の手当をてきぱきと済ませていく。骨は折れていないらしい。良かったと、何度もため息が漏れた。

 

「にしても、あんたの魔力、また強くなってるんじゃないの?」

 

「お母さんが凄いからだよ。 わたしは、鍛錬もそれほどしてはいないし」

 

「何も素質が原因とは思えないけれど」

 

クーデリアが言うには、素質は必ずしも引き継がれるものではないのだとか。

 

その辺りは、ロロナにはよく分からない。

 

戦士としての本格的な訓練を受けていれば、話は違ったのかも知れない。実際、アーランド人として知っているべき事は身につけているけれど。専門的な知識については、ロロナは持ち合わせていないのだ。

 

騎士団の人達が来たので、事情聴取を済ませる。

 

来てくれたのは、あの怖い顔の騎士では無くて。ちょっとなよっとした、頼りない若者だった。

 

ただ、しゃべり方は多少紳士的だったので、安心できる。

 

「黒ぷにが遺跡から追ってきていたのか。 獲物を追って包囲網を抜けたのだとすれば、大した執念だ。 念のため、周囲の探索人員を増やしておく」

 

「お願いします」

 

一礼すると、荷車を押して、アーランドに戻ることにする。

 

少しだけ違和感があったけれど。

 

今は、そんなものを追求している余裕は無かった。フェストはかなりの量を調達することが出来たのだし、研磨剤をまず作って見る。

 

全てはそれからだ。

 

荷車を押しながら、二人と話す。

 

「そういえばくーちゃん、あの術、凄かったね」

 

「効率の悪い術よ」

 

話には聞いていたけれど、はじめて見た。

 

今日、黒ぷにに決定打を与えたのは、クーデリアの特殊な能力である。

 

クーデリアがいうには、敵との戦闘で、打撃を与えれば与えるほど、リミッターが外れる術なのだという。

 

今日使って見せたのは、第一段階。

 

触手に打撃を与えた事で、リミッターが外れた。ランクが上がると、もっと大威力の術を、弾丸に込められるのだとか。

 

「あたしみたいに体が小さくて、なおかつ未熟な戦士には、文字通り宝の持ち腐れと言っていいわ。 早く使いこなせるようになりたいけれど」

 

「くーちゃんなら、きっとすぐに出来るよ」

 

「しっかし疲れたなあ。 帰ったら食堂に来いよ。 今日は新鮮な食材も手に入ったし、おごってやるよ」

 

「本当? わーい!」

 

イクセルの料理は美味しい。

 

そう言ってくれると、とても嬉しかった。

 

アトリエに戻ると、まず荷車の中身を、地下のコンテナに移す。非常に冷たく保たれている上に、空気の流れが殆ど無い空間で、此処に保存しておけば殆どの素材はまず痛むことがない。

 

鉱石類は、外に放置しても大丈夫なものもある。

 

フェストは事前に参考書を見たところ、雨にさえ晒さなければ大丈夫だ。遺跡でも、或いは地面を深く掘れば、もっと質の良いフェストが手に入ったのかも知れない。

 

しかし今は、生きて帰ったことを、まず喜ばなければならなかった。

 

クーデリアと手分けして、荷車の中身をコンテナに移し終える。

 

「くーちゃんも、サンライズ食堂にいくの?」

 

「あんたが行くんなら、行ってあげてもいいわよ」

 

「良かった! きっとイクセくんも、首を伸ばしてまってるよ!」

 

きっと、クーデリアは無理をしている。

 

分かっているのだ。

 

見せてくれた箇所に痣は残っていなかったけれど。黒ぷにの猛攻をあれだけもらって、体が無事な筈もない。

 

ロロナに出来る事は。

 

きっと居場所が殆ど無いだろうクーデリアの実家で、苦しい思いをしてもらうのではなく。

 

回復が早くなるように、イクセルのところで、滋養のある美味しい食べ物を、口に入れてもらう事だけだった。








原作だとイクセルくんはロロナさんの幼なじみっぽいのに、あまり恋愛関連の描写はありませんでしたね。

これはおそらくステルクさんとのカップリングが人気だったこともあるのでしょうが。

まあ、そんなもんですね。




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