暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
本作では、ずっと毒親毒家族に苦しめられてきたクーデリア。
ついにその怨念を晴らすときがやってきました。
ステルクが、アトリエに来た。
頼んでいたのだ。少し前に。
来てくれたのは嬉しい。そして、これからの試運転につきあってもらう事も。クーデリアは既に準備万端。
今回は、リオネラが来てくれない代わりに、タントリスがいる。
正直ステルクもいるから大丈夫だとは思っているのだけれど。今回は、ステルクは見届け人だ。
大砲の威力を、試したいのである。
勿論、威力というのは、物理的な破壊力の事では無い。有用性を意味している。
タントリスは、街の門で控えてくれている。
後は、クーデリアとステルクと、打ち合わせをして、街を出れば合流できる。
「それで、その大砲が、完成品か?」
「はい。 見て貰えますか?」
「うむ……」
「きゃのんちゃん、挨拶して」
自動で大砲が、礼をする。
エンチャントを施しているのだから、当然だ。ステルクは少し驚いたようだが、大砲を検分していった。
きゃのんと名付けたこの試作一号機は、今までの大砲と長さが倍近く違っている。今までは携帯できるほど小さかったのだけれど、今回は中にロロナが入れるほどだ。
土台の部分には台車があり、此処にもエンチャントが。そして、ロープが4本、大砲に巻き付いている。
大砲の弾を、発射時はこのロープが、自動装填する。
装填は大砲の上部にある発射口を開けて、中に弾を入れる方式だ。前込式は危険も大きいので、今回は採用しなかった。後込式もしかり。
砲の角度は、此方が指示をすれば調整できる。
発射のタイミングも。
それらを説明し終えると。ステルクは、弾はと聞いて来た。
「弾は、五発だけあります」
大きさを指定して、親父さんにつくってもらったのだ。
他の大砲のものよりも、かなり大きな弾で、一発一発がずっしり重い。アーランド人のロロナにも重いのだし、他の国の人では持ち上げられないかも知れない。
この弾も、荷車で輸送する。
そして弾に関しては、設計図があれば量産可能である事も、ステルクには告げた。
頷くと、ステルクは性能を見たいという。
其処で、ロロナは提案する。
「ナインタイラーを、これで討伐します」
「ほう。 ナインタイラーか」
「はい。 ステルクさんが、少し前に討伐したいと言っていた、あのモンスターです」
ナインタイラー。
ネーベル湖畔近辺に姿を見せる、島魚の大型品種だ。
虎柄の巨体を持つ凶暴な島魚で、或いは突然変異では無いかと言われている。全身は目が覚めるような緑色。その獰猛さと巨体で、近隣でも目をつけられている、討伐対象モンスターの一種である。
この大型大砲でも、多分アーランド戦士には通用しないと、ロロナは見ている。勿論、強力なモンスターであるナインタイラーにも。
だが、戦術を工夫すれば。
倒すための、重要な存在にはなり得るのだ。
作戦そのものは、クーデリアと練った。
既に大砲の試運転自体も済ませている。予定通り、今までの大砲を遙かに凌ぐ距離まで、弾を飛ばすことが出来た。
「よし、試す価値はありそうだな。 すぐに出立できるか」
作戦を聞くと、ステルクも乗り気になってくれた。
ならば、後は。
実際に作戦を実行して。ナインタイラーを、討伐するだけだ。
街道を北上する。
すれ違う誰もが、勝手に動いてロロナについてくる大砲を見て、驚いていた。大砲は犬のように、ロロナに忠実についてきている。しかもその動きは、驚くほど軽やかだ。巨体に反して軽やかなのには、勿論理由がある。
グラビ石だ。
大砲を運ぶ荷台の方に、重量軽減のために、仕込んでいるのだ。
これを悪魔の長老に聞いていたのである。実際使って見ると、巨大な大砲が、実にスムーズに進んでいく。荷台への負担も小さい。
今回の課題で、この荷台の仕組みも納品する予定だ。
タントリスが、肩をすくめる。
「これは何というか、とても不気味だね」
「えー。 タントリスさん、きゃのんちゃんが可哀想ですよ」
「そ、そうかい。 相変わらず独創的なことをするね、ハニーは」
名前を付けている事を知って、タントリスはどん引きしたようだけれど。ロロナにしてみれば、可愛い創造物だ。そしてこれからの戦いで、供に死線をくぐる戦友でもある。それならば、少しでも途中で、一緒にいてあげたい。
時々撫でて、声を掛けてあげる。
エンチャントして命を受けているのだ。多分声は聞こえているはずで、ロロナが喋り掛ければ反応もする。
子犬を飼うときは、こんな感じなのだろうか。ロロナは師匠の所に住むようになってから、愛玩用の動物を飼ったことは無いので、よく分からない。
ステルクはむっつりと黙り込んでいた。
タントリスは時々話しかけてくるので、態度が対照的だ。
クーデリアはと言うと、ステルクと、武器の調整について、時々話している。拳銃の操作について、見てもらってもいるようだ。
「かなり腕を上げたな。 これならば、もうベテランと呼んでも良い腕前だろう。 相当な死線をくぐってきたのだな」
「そうよ。 守りたいものがあるから」
「モチベーションを上げるには、多くの場合理由が必要だ。 君の場合は、守りたい何かが、重要だったのだな」
断片的に、会話が聞こえてくる。
クーデリアは、もうベテランか。
ロロナももっと魔術の威力を上げて、詠唱の速度も磨いて。敵に対する殲滅力を、高めなければならない。
足りない分は、爆弾で補う。
ロロナだって、今はもう、消極的な理由では戦っていない。師匠と一緒に、外の世界でさまようのは嫌だけれど。
錬金術で出来る事を実感した今は。
出来る事で、可能な限り、多くの人達を助けていきたかった。
この間の村のように、もみくちゃにされるのは困りものだけれど。それでも、村の人達が喜んでいたのは伝わったし、事実役に立ってもいるのだ。
不意に、クーデリアとステルクの会話が聞こえなくなった。
ステルクが眉をひそめているのが分かった。
何か、深刻な話をしているのだろう。
それなら、聞き耳を立てるのは、上品な行動では無い。むしろ、隣から話しかけてくるタントリスの言葉にでも、集中した方が良い。
タントリスはと言うと、ロロナが喜ぶと思ったのか、甘いお菓子の話や、お花の話を色々としてくれる。お菓子の話は興味があるけれど、正直な話、今はあまり甘味に困っていないのだ。
ただ、美味しいお店のお菓子は、色々と参考に出来る部分も多い。だから、話だけは聞くことにした。
街道を北上する。
何カ所かのキャンプスペースを経て、ネーベル湖畔に到着。ただし、今回は、ネーベル湖そのものには入らない。
きゃのんちゃんを設置。
ステルクが、驚いたようだった。
「こんなに遠くから、狙うのか」
「はい。 アウトレンジからの攻撃が、大砲の最大の強みです。 今までは、人間の能力に大砲が追いついていなかったのですけれど。 歴代の錬金術師が考えた技術を全て投入して、射程距離を極限まで伸ばして、場合によっては一方的に相手を叩けるようにしました」
「そうか。 興味深い」
やはりステルクも戦士なのだ。
こういった話をすると、食いついてくる。
きゃのんちゃんに指示を出した後、準備をしていく。幾つか持ってきた爆弾を、作戦通りに設置。
遙か向こう。
四千歩ほど先の小島。
ネーベル湖の中にある島で、我が物顔に寝そべっているナインタイラーは、既に見つけている。
この位置からも分かるほど、他の島魚とは体格からして違う。遠くから見る限り、他の島魚の五割増しは大きい。
悠々と寝そべっているのは、それだけ圧倒的な実力があって、自信につながっているからだ。
そしてこれは勿論。
いざというときは、湖に飛び込んで、逃げる事が出来る、という利点もある。
その全てを、これから潰す。
「きゃのんちゃん! 狙って! 目標、ナインタイラー! 効力射準備!」
大砲が、自動で動き出す。
エンチャントによって、命を与えられているのだ。照準を合わせるのも、事前に指示さえ与えておけば、勝手に行う。
これで、操作やメンテナンスが面倒くさいなどとは、もう言わせない。
皆が、作戦通りの位置についている事を確認した所で、ロロナは命令した。
「ファイエルっ!」
大砲が、火を噴いた。
撃ち出された砲弾が、四千歩の距離を瞬く間に侵略。そして、無防備に寝そべっていたナインタイラーの腹を、直撃する。
爆裂。
流石に跳び上がったナインタイラー。
ロロナは堂々と姿を見せている。砲身が冷えるまで、少し時間がある。その間に、詠唱を進めておく。
第二射。
また、直撃。
周囲の魔物が、ばらばらと逃げ出していく。
ナインタイラーは、完全に頭に血が上ったらしい。巨大な口を開けると、凄まじい雄叫びを上げて、直線的にロロナに向けて、突っ込んできた。湖に飛び込むと、バシャバシャと凄い音を立てて、此方に泳いでくる。
手を下げたのは、待ての指示。
そして、湖岸に上がった瞬間、第三射。直撃。
顔面に砲弾を浴びたナインタイラーが、流石に悲鳴を上げた。死ぬほどのダメージでは無いが、連続して一方的に攻撃されると、精神的な打撃が大きくなる。
此処で、更に戦術的な一手を打つ。
湖が、凍り付いていく。
事前に準備しておいたレヘルンを、起爆したのだ。氷結爆弾によって、ナインタイラーの退路が、塞がれる。
唖然としたナインタイラーに、第四の射撃が直撃。
跳び上がった巨体は、殺気を込めて、ロロナをにらむ。まだ距離がある。詠唱は、既に完了していた。
ナインタイラーは意を決したのか、ロロナに向けて、まっすぐ突入してきた。
凄まじい早さだ。
陸上でも、これだけの動きが出来るのか。
しかしそれも想定内。横殴りに叩き付けられた射撃に、ナインタイラーが思わず身じろぎする。更に反対側から、雷撃が叩き付けられる。
ステルクと、クーデリアだ。
そして、動きが止まったところに、地面が爆裂。
こちらも、事前に仕掛けておいた発破である。巨体が浮き上がるほどの破壊力だが、流石に討伐対象モンスター。これでもまだ死なない。死なないのは分かっている。だから、これでとどめだ。
腰だめしたロロナが、全力で魔術の砲撃を叩き込んだ。
地面を抉りながら、殺戮の閃光が、全てを漂白していく。ロロナ自身が、押し下げられるほどの出力。
勿論、動きを止めたナインタイラーが、避けられる筈も無い。
直撃。
絶叫が、ロロナの所にまで届く。
巨体が、ずり下がっていく。
だが、それでも、意地だろうか。ナインタイラーは、踏ん張ると、少しずつ、進もうとしてくる。
凄まじい押し合い。
クーデリアが、ラッシュを掛ける。火焔弾を、連射。ひたすらに、ナインタイラーに叩き込み続ける。
見上げるような巨体でも、全身が烈火に包まれていけば、疲弊するはず。どれだけ分厚い皮膚でも、灼熱に直接晒されれば。
更に、ステルクが、上空から稲妻をおとす。
直撃。
しかし。
なおも、それでも古豪は屈しない。これが、上級モンスターの意地か。
ナインタイラーが、全身から膨大な魔力を放つ。
炎が消し飛ばされ、ロロナの魔力砲が、一瞬途切れる。
そして、巨体が、空に舞った。
あの巨体で、跳躍できるのか。
それに今の魔力。長年生きてきたことで、蓄えてきたものだろう。全身を傷つけられながらも、なおもナインタイラーは、地面に体を叩き付ける。
凄まじい衝撃波が、襲ってきた。
吹っ飛ばされそうになる。
クーデリアがバックステップして距離を取るのが見えた。ロロナの魔力砲が途切れる。大口を開けて、突進してくるナインタイラー。
だが、此処で。
割り込んできたタントリスが。ナインタイラーの直下に潜り込むように身を沈めると、巨体を蹴り挙げる。
思わぬ奇襲に、ナインタイラーの動きが止まる。
此処が、勝機だ。
既に準備しておいたレヘルンを、放り投げる。
ナインタイラーの口の中に。
これだけの近距離なら、難しい事では無い。コントロールがいい加減なロロナでも、行ける。
氷の爆弾が、炸裂。
ナインタイラーの口の中が、凍り付く。七転八倒する巨体に、更に投げるのは、ドナーストーン。
此方は、放電する石を組み込んだ、雷の爆弾だ。
「目を閉じて!」
この爆弾は、破壊力よりも、閃光が凄まじい。まともに光を見てしまうと、しばらく目が使い物にならなくなる。
ただでさえ、今までの戦いで全身が傷ついているナインタイラーに、その傷口を抉る雷撃のおまけ。
とどめに、ステルクが、特大の雷撃を、頭上から叩き付ける。
口中の氷を、それでもかみ砕いたナインタイラーだったが。もはや、これ以上の猛攻に、耐えるすべは持っていなかった。
極太の雷撃を、頭上から浴びて。
全身を硬直させると。
近隣で覇を唱えた巨大なる島魚は。
横倒しになり、それきり動く事は無くなった。
呼吸を整える。
予想を遙かに超える強さだった。スカーレットも手強かったが、この叩いても叩いても前進してくる凄まじいしぶとさ、まるで生きた兵器のようだった。魔力をゆっくり練り上げて、体内で循環させていく。
大威力の術式を使った後は、こうやって魔力を整える必要がある。やらなくても良いのだけれど、その場合は露骨に傷の治りが遅くなる。
ましてや今回は、巨体を誇る魔物と、純粋な力比べをしたのだ。出来るときには、きちんとやっておきたい。
口をだらしなく開けて横たわっているナインタイラー。ごめんねとひとこと呟いて、近寄ろうとした、その瞬間。
真横から、発砲。
前を見ると。
なんと、まだ動いていたナインタイラーが、のど元の傷から煙を上げていた。無念そうに、今度こそ倒れ伏す巨体。
最後に、一矢報いる好機を狙っていたのか。
そして、見ると。
大砲が、最後の弾を、発射し終えたところだった。砲身から煙が上がっている。ロロナを、助けてくれたのか。
最後の弾は予備として、使うつもりは無かったのだけれど。
「見事」
ステルクが、きゃのんちゃんに声を掛けてくれた。
嬉しい。
自分が作ったものが、認められたと言うよりも。きゃのんちゃんのとっさの行動が、評価された事が。
予想以上のナインタイラーの実力という不安要素はあったものの、試運転は上手く行った。
「ありがとう。 本当に、助かったよ。 きゃのんちゃん、大好きだよ」
大砲を撫でてあげる。
やっぱりタントリスは、形容しがたい表情で、ロロナの行動を見ていた。
ナインタイラーを解体して、貴重な素材を手に入れた後は。近所の村の人達を呼んで、死骸を引き取ってもらった。
帰り道に、きゃのんちゃんの整備をしながら、ステルクに評価を聞く。まだ戦闘では若干危なっかしいところがあるが、既に上級のモンスターを討伐できる力があると、太鼓判を押してくれた。
クーデリアもベテラン並と言われていたし、嬉しい事にある程度力はついてきた、のかも知れない。
激しい戦いと、死線をくぐり抜け続けたからだ。
別にロロナが天才の訳では無い。もっと幼くても、最前線に出ている戦士はいくらでもいるのだ。
「その大砲も、問題ない性能だ。 課題はこれで合格と見なして良いだろう。 すぐに設計図を納品してくれ。 その大砲自体も」
「かわいがってあげてください。 きゃのんちゃんには、命がありますから」
「そうだな。 アーランド戦士は、誇り高い魂の持ち主には共感を持つ。 君を的確に守ったことを、他の戦士達に伝えておこう。 きっと前線では、敬意を払って接してもらえる筈だ」
ステルクは大まじめにそう言ってくれたが。
どうしてだろう。
クーデリアが、口をつぐんで、一瞬視線をそらした。笑いをこらえているように見えたのだけれど。
タントリスが、珍しくクーデリアと話している。
「今日は珍しく、君と意見が合いそうだね」
「そうね。 まあ、あの子の行動が妙なのは昔からだから、別に驚かないけれど」
聞こえている。
だけれど、まあ今は気分が良いからよい。
アトリエに戻ると、早速全ての設計図を、クーデリアと一緒にコピーする。これで実用に耐えると、分かったからだ。
隣の親父さんに太鼓判を押してもらったのだけれど。工場の方で、部品の生産は、この設計図で可能だという。
更には、王宮から免許をもらっている何名かの職人で、大砲も作る事が出来るのだとか。
砲弾の方は、既存技術だから問題ない。
これで、課題はどうにかなった。
今回は最終的に、いつもに比べてかなり時間が余った。それならば、要求されている物資の納品以外にも、他の研究も色々と進めておきたい。
来年も厳しい課題が続くのは、目に見えている。
クーデリアも力を付けてきたし、ロロナが此処で更に評価を上げていけば、盤石な結果になる筈だ。
図面を写し終えたので、王宮に持っていく。きゃのんちゃんと別れるのは少し寂しいけれど、それでもこれで良かったのだと想う。燻っている他の大砲達も、エンチャント処置を行えば、ずっとマシになる。
きゃのんちゃんの兄弟達が量産されれば、アーランドが侵略される可能性だって、ぐっと減る。
元々人数が少ない上に、繁殖力が低いアーランド人は、侵略には向かない。
これで良かったのだと、ロロナは不安を押し殺すように、自分に言い聞かせた。
納品が終わって、ほっと一息。
自動で動く大砲を見て、戦士達も度肝を抜かれているようだ。
射程距離については、実のところ研究を進めれば、もっと伸ばせると思うけれど。確か、人間の視力では一万歩くらいまでしか確認できないと聞いているので、それ以上は止めた方が良いだろう。
アトリエに辿り着くと、急に疲れが出てきた。
黙々と働いているホムの作業を確認した後、ベットにごろんと横になる。今は何も考えず、しばらく眠りたい。
クーデリアも疲れているようだけれど。
既に、体力にはかなり差がではじめていた。
布団を掛けてくれるクーデリア。ベット横に腰掛ける彼女を見ると、凄く安心する。
「ねえ、くーちゃん」
「今は眠りなさい。 私も、もうすぐ寝るから。 リミッターの解除は上手に出来るようになってきたけれど、それでも消耗、結構するの」
「うん。 あのね。 今日、思ったんだけど。 兵器と人の差って、何だろう」
エンチャントを使えば、擬似的な命は作り出せる。
そして、その命は、ロロナに応えもしてくれた。
ホムンクルスも、ある意味擬似的な命と言えるはずだ。師匠の話によると、ホムは人間と同じように育って、子供も産むことが出来ると言う。それならば、何処が人間と違うのか、分からない。
クーデリアはしばらく口をつぐんでいたが。
やがて言う。
「アーランド人も、よそから見れば、兵器みたいなものかもね。 戦闘そのものを生きるための柱にして、森や林にモンスターを住まわせて、自分たちを鍛えるため戒めるための存在にする。 きっと、他の人間から見れば、理解しがたい修羅の筈よ」
「でも、りおちゃんとはわかり合えたよ」
「……そうね。 でも、みんなとわかり合うなんて事は、きっと無理でしょうね」
何だか悲しい結論だ。
ロロナだって、戦いの時は、取捨選択している。みんな救う事が出来ないことは。分かっている。
みんなのために。
そう思って、錬金術をはじめて来たけれど。やはり、何処まで行っても、悩みは晴れそうに無かった。
いつの間にか、眠っていた。
夢を見る。
オルトガ遺跡の夢。
其処で、ロロナは。
目が覚めたとき、隣でクーデリアが眠っていた。少しずつ、思い出してきている。思い出してはいけないことを。
そして、気付く。
ひょっとしてクーデリアは。
とっくの昔に、思い出しているのでは無いのだろうか、と。
何があっても、クーデリアはロロナの親友だ。だが、最近怖くもなるのだ。ロロナの事をどれだけ献身的に理解してくれている人だって、ロロナ自身では無い。いつか、彼女と何かの理由で、亀裂が生じるのでは無いかと。
外に出ると、まだ真夜中だった。
月が空に出ている。
あれは狂気の象徴だと聞いたことがある。誰にだって、狂気はあるとも。
ロロナは。
クーデリアが離れていったとき。正気でいられるのだろうか。そんな事は考えたくも無いけれど。
恐怖は、ふくれあがる一方だった。
クーデリアが叩き伏せたのは、二番目の兄だ。
手をはたいて、立ち上がる。周囲では、今までクーデリアを馬鹿にしきっていた兄姉達が、青い顔をしていた。
「確かにあたしは才能が無かったけれど。 安全な場所でぬくぬくとしてたあんた達が、ロロナと一緒に数段も格上のモンスターと決死の戦いを続けてきたあたしより、いつまでも上だと思っていたのかしら?」
此処は、屋敷の中庭。
クーデリアは、手袋を、兄姉全員分、用意してきた。
アーランドでは、決闘が行われるときがある。色々と問題がある人間関係に、決定的な決着を付ける場合にのみ許される、儀式だ。
手袋を投げつけることで始まるこれには、幾つか厳正なルールがある。
この決闘で、相手を殺してはいけない。決闘を受けた場合、勝者は敗者に、一つ条件を出す事が出来る。決闘には代理を立てることが出来る。ただし、代理を立てた場合は、勝利しても条件を出す事が出来ない。相手が病気などで弱っている場合は、決闘は出来ない。一度決闘した場合、一年は再決闘を申し込めない。複数の代理人が必要で、条件は明快で無ければならない。
他にも細かいルールは幾つかあるが。
クーデリアは今回、その全てをクリアしていた。
また、手袋を投げつける。
相手は、クーデリアにいつも暴言を吐いていた、四歳上の姉だ。此奴には、恨みが山ほど募っている。
「決闘を受けないことは、戦士として最大の恥。 それがあのお父様にどう採られるかは、分かっているわね……」
「……っ!」
長身の姉は、クーデリアよりぐっと体格も優れている。
確か、騎士候補としても名前が挙がっている槍使いの筈だが。
実際に戦って見ると、もう動きも鈍くて遅くて、戦術の判断も甘い。クーデリアは雷鳴の所で鍛えて、更にロロナと一緒に格上のモンスターと戦い続けて。こうも強くなった自分に、むしろ驚いていた。
叩き潰すまで、八秒半。
ジャーマンスープレックスで地面に頭から叩き付けられ、白目を剥いて泡を吹いている姉を一瞥。此奴には散々訓練と称して、暴力を振るわれた。
多少は溜飲が下がる。
ちなみにクーデリアは素手だ。雷鳴の所で、素手での戦闘について、徹底的に仕込まれた。それで、銃撃についても、かなりマシになると言われた。実際今、鍛え抜いた技と経験で、復讐を思いのままにしている。銃撃についても、ナインタイラー戦では一発も外していない。
更に、また兄に手袋を叩き付ける。
「何の騒ぎだ!」
父が来た。
だが、クーデリアは、その父の視線を、真っ正面から受け止める。かっては怖くて仕方が無かった夜叉のような顔も、今ではもう、耐えきれる。
「神聖な決闘の最中よ。 邪魔は例えお父様でも許されないわ」
「何だと……」
「面倒ね。 二人一片にどうぞ。 それともあたしが怖いかしら?」
もう一人の兄にも、手袋を。
何歳も年上の兄姉達を、殆ど時間をおかずにたたきのめす。一人、一人、一人。父の前で、順番にぶっ潰していく。
かつては、勝てる気がしなかった。
だが、此奴らは戦って見てよく分かったが、年相応の実力しか無い。クーデリアは、歴戦の猛者が相手にするようなモンスターとの戦いで、死線をくぐってきた。多少の才能の差など、くぐり抜けてきた戦闘の質と、師匠の教えで、この通りクリアできる。クーデリアはいろんな戦士に頭を下げて、教えを請うてきた。その全てを、プライドを捨てながら、身につけていった。ロロナを守るためなら、プライドなんて、いくらでも捨てられた。そして決定的だったのが、雷鳴の教えを受けたことだ。あの人の老練な技は、クーデリアにとって、正に天啓に等しかった。
クーデリアは弱かった。
だからこそ、今は。此奴らに勝てるのだ。
最後に残ったのは、最年長の兄。
他は全員泡を吹いて、その辺に転がっている。正直事故を装って首をへし折ってやりたかったのだけれど。それは止めてやった。
そう。選択肢が、クーデリアの手には、増えていたのだ。
立ち上がったクーデリアが、埃を払う。鈍っている此奴らなんて。スカーレットやナインタイラーに比べれば、塵芥も同然だ。武器も使っての立ち会いだったら、瞬時にブチ殺してやれるのに。そう思うと、決闘なんて手段を選んだのが、ちょっとばからしくもあった。
だが、これも必要なことなのだ。
そう自分に言い聞かせて。憎悪と怒りを、コントロールする。今まで十年以上蓄えてきた鬱屈を晴らすのは、今なのだ。
「ミカエル兄様。 決着を付けましょうか」
「こ、この、調子に乗るなよ……!」
「調子に乗る? あたしを才能が無いって見下して、油断して逆転された人に言われたくは無いわ」
青ざめた兄ミカエルは、クーデリアより十一歳上。
既に成人していて、妻もいる。そして、フォイエルバッハ家の跡取りでもある。
その跡取りの座を。
この決闘で。叩き潰す。
奴らが馬鹿にしきっていたクーデリアの手で、全てを叩き潰して、奪い去ってやる。暗い情熱が、クーデリアの腹の底で、じりじりと蠢いていた。
ミカエルが訓練剣を手にする。
クーデリアは少し足を開いて、手をだらんとたらして立つ。流石に此奴は相応に強い。父にはまだ勝てないとクーデリアは思っているが。此奴については、油断したら負ける可能性もあると考えている。
つまり、いつも通りやれば勝てる。
構えを見るだけで、それがわかった。
思ったよりずっと速い切り込みを、ミカエルが叩き込んできた。
わずかに足を下げ、体幹をずらして避ける。切り上げてきた。すっと音を立てて下がり、剣が鼻先を通り抜けるのを感じる。また、降り下ろしてくる。
ゆっくり、前に出る。
自分でも驚くほど、クーデリアは落ち着いていた。
雷鳴は、こう言った。
憎悪や怒りを、戦闘で持つ事は、悪いことでは無い。
ただそれは、一点に集中させ、爆発させろと。
ミカエルの脇腹に触れる。
焦ったミカエルが跳び離れる。掌底からの衝撃波を叩き込まれると思ったのだろう。その通りだ。飛び退いただけでも、他の兄弟姉妹よりはましか。だが、同時にクーデリアも加速。
構えを採ろうとした兄ミカエルの顎を、雷鳴仕込みの鋭さで、蹴り砕く。
更に、倒れそうになったところを追撃。
踵落としを顔面に叩き込み、地面に叩き付けた。
死ね。
心中で呟く。
足を掴むと、そのまま体を振り回し、投げた。悲鳴を上げた兄ミカエルが、何度か地面でバウンドして吹っ飛んだあげく、庭の植木に突っ込んだところで、エージェントを代表してアルフレッドが止めに入った。
「其処までにございます」
「……わかったわ」
助け出された兄の顔面はぐちゃぐちゃだ。
端正な顔だけに、より凄惨である。ただ、あの甘っちょろいマスクである。縫い目の一つや二つも増えた方が良いだろう。無様に悲鳴を上げながら引きずられていく兄を、一瞥だけした。
あの程度で、何だ。
クーデリアなんて、体中に消えない傷跡が残っている。
体だけでは無い。
心にもだ。
父が、怒りを押し殺しながら言う。
「何の目的で、決闘などした、クーデリア」
「フォイエルバッハ家の相続権」
「何……っ!」
「全員に放棄してもらいました。 これであたしが、誰もが認めるフォイエルバッハの跡取りです。 神聖な決闘である事は、この場の全員が見届けています。 文句はありませんわね、お、と、う、さ、ま」
わざと区切って言う。
正直な話、此処で父が激高する可能性についても考えていた。しかし、此処にいるエージェント達は、今回のクーデターに全員が荷担している。
既に現役を退いて久しい父は、クーデリア一人に勝てても。このエージェント達全員を、一人で相手することは出来ない。
更に、決闘のタブーもある。
今の決闘で得られた成果を否定する場合、最低でも一年をおいて再決闘をする必要がある。
修羅の国アーランドだからこそ、出来たクーデターだ。
父は何も言わず、自室に引き上げていった。
エージェント達が、拍手する。
「おめでとうございます。 これで貴方が次期フォイエルバッハ公です」
「ええ。 その地位を盤石にするためにも、これからも徹底的に鍛えなくてはね。 貴方たちの技を教えて。 何もかもが、必要だわ」
この勝ちは、万全のものでは無い。
父が何かしらの陰謀を仕掛けてくる可能性も高い。兄たち姉たちも、いずれ復讐のために、何か手を打ってくるかも知れない。
それに備えるためにも。
クーデリアは、更に力を付けていかなければならなかった。
そして最終的に、ロロナを守る。
思ったよりずっと早くフォイエルバッハを掌握できたのは僥倖だ。このまま、ロロナを守るための準備を整えていく。
もはや、クーデリアは、一人で泣いている小娘では無い。
運命を自力で切り開き、誰よりも大事な友を守る。その力を、得たのだ。
フォイエルバッハ公に、王が咳払いする。
屋敷から出てきた公は、ステルクと王の前だというのに、殺意の塊みたいな顔をしていた。
「どうやら、してやられたようだな」
「……」
すっと、公の顔が変わる。
無表情に。
殺意を、内に閉じ込めたのか。それとも、或いは。
「これより、会議を行う。 プロジェクトMに進展があった。 納品された大砲の性能が、想像以上でな。 これより工場のラインを幾つか量産へと廻す。 それについての会議だ」
「わかりました。 直ちに」
公は、どうしたのだろうか。
ステルクの疑念に、王が応えてくれる。
「全く、不器用な男だ」
「はあ?」
「まあ、いずれお前にもわかる。 それよりも、来年中にロロナ式大砲の量産を成功させれば、国境の状況が一気に安定する。 これからその準備で忙しくなるぞ」
王に促され、クーデターが起きたフォイエルバッハの屋敷を後にする。
クーデリアのことは、ステルクも心配していた。公と上手く行っていなかった事が目に見えていたし、ロロナの事で思い詰めている様子も痛々しかった。ただ、ステルクはフォイエルバッハ公の事情も知っていたから、どちらに肩入れも出来なかった。
それに、このまま、全てが上手く行くとはどうしても思えない。
クーデリアは状況を改善するために、かなりの無茶をした。
確かに彼女は苦労に見合った成果をようやく得たが、それにしても今回の件で、逆恨みだとしても周囲から憎悪を受けるはずだ。
勿論尊敬もされるし、今まで愚かな兄弟達に悩まされていたエージェントやメイド達には支えて貰えるだろう。
しかし、憎悪の恐ろしさは、ステルクもよく知っている。
身をもって、だ。
これから会議だというのならば、クーデリアも来る。その帰りにでも、少し話してみるとしよう。
そう、ステルクは決めていた。
(続)
歴戦を重ねた結果、アーランド戦士として恥ずかしくない実力にまで成長したクーデリア。
恨み重なる兄姉を全部まとめて叩き伏せて、ついにフォイエルバッハの家督継承権を地力で獲得しました。
まあ公爵としての地位なんてどうでもいいのですが、実力で得たと言うことが大事だったのです。
あらゆる意味での鬱屈を晴らしたとき。
やっとクーデリアは、自分の人生を歩き出したのです。
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