暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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魔術媒体として使える強力な水晶。

他のシリーズでも時々登場しますね。

本作ではこれを如何にして入手し加工するかが重要な課題となって来ます。






3、不思議な水晶

材料は、よく分からない原石。鉱物でもなく、宝石でもない。何処の鉱山にも、たくさん落ちている、砂のような石のような、そんなものだ。

 

まずこれを、筒状の装置に入れて、熱する。

 

温度は熱くなりすぎては駄目。炉の温度を調整するよりも、使う中和剤を減らす方が、ずっと早い。

 

何度か失敗した作業だ。今度こそ、うまくいかせたい。

 

炉をじっと見ているロロナの後ろで、固唾を飲んでいるのは、クーデリアではなくてリオネラだ。

 

クーデリアは、今日、資料を集めに行ってくれている。

 

リオネラは、魔術という方向から、宝石についてのアドバイスをくれるということで、アトリエにいてくれた。

 

予想通りというか何というか。

 

今回も、苦労していたのだ。

 

あの一件以来、リオネラはロロナに対して、もっと心を開いてくれた。悲しみを共有したから、というのもあるだろうか。

 

アラーニャとホロホロは、結局しばらくリオネラの側にいることになったらしい。心が分かたれていると、精神にはあまりよい影響を与えないらしいのだけれど。それでも、リオネラにとって、二人はそれだけ重要な存在なのだ。

 

ロロナにも、見ていてそれがよく分かった。

 

だから、何も言わずに、見守る事にした。もしもアラーニャとホロホロが本当に消えるときが来たら。

 

それは、リオネラが、本当に大人になったときなのだろう。

 

そういえば、リオネラは魔術師としてやっていくことに決めたらしい。本格的に修行をして、力をしっかり使えるようにすることが、今後の目標のようだ。そのせいもあってか、格好も以前の旅芸人スタイルから、ぐっと露出が少ない服装に替わった。もうアラーニャとホロホロ、何より自分の体そのものを売り物にして、お金を稼がないで生きようと決めたから、だろう。

 

とても良い事だと、ロロナは思う。

 

元々恥ずかしがりのリオネラに、あんな格好で尊厳を切り売りするようなお仕事は、決定的に向いていなかったのだ。

 

リオネラの肌を目当てに人形劇を見に来ていたおじさまたちには悪いけれど。

 

時間が丁度経ったので、耐熱ミトンを填めて、炉から水晶の材料を取り出す。

 

きらきらと、筒の中で輝いてはいるけれど。

 

見ると、やはり不格好な塊だ。

 

いろいろな資料からレシピを組んでみたのだけれど。どうしても綺麗にできあがらない。本来なら、これできちんとした形に、仕上がるはずなのに。

 

鉄ばさみで取り出して、しばらく冷やす。

 

リオネラに確認してもらうが。

 

彼女はやはり、首を横に振った。

 

「駄目。 魔力を吸わない。 魔力を取り出すことも出来ない」

 

「困ったなあ……」

 

どうして駄目なのだろう。

 

机の上には、サンプルとして持ってきた水晶がある。クーデリアに貸してもらった、本物の水晶だ。

 

ロロナが触ってみてもわかるほど、強い魔力が中に蓄えられている。そればかりか、その気になればもっと蓄積させる事も出来る。

 

水晶は、アーランドではいくらでも欲しい、本来の意味での宝石なのだ。魔術の媒体として、大変有用なのが、実物に触ればよく分かる。

 

しかし、水晶の材料から作った、それっぽいものは、どうしてきちんとしたものにならないのだろう。

 

不格好な塊を、成形してみた事もあるけれど。

 

それでも上手く行かない。

 

湧水の杯のように、形で水がどう出るか決まる、というような事は無かった。

 

クーデリアが戻ってくる。

 

リオネラとクーデリアは、まだ打ち解けきっていないようだけれど。クーデリア自身は、リオネラの悲しい過去を、知った。

 

だから、多少は二人の間の溝も埋まると信じたい。

 

「ほら、借りてきたわよ」

 

「ありがとう、くーちゃん! ちょっと見せてね」

 

クーデリアが借りてきたのは、王宮にあった参考資料。水晶について、昔の学者が書き記したものだ。

 

学術書なので、読んでいて面白い内容ではまったくない。

 

淡々とどういう場所でどれだけ水晶が採れて、どんな風に有用なのか、ただ書かれているだけの本だ。

 

それによると、やはり水晶は、砂や何かと、素材が共通しているようだ。

 

つまり、素材そのものは、無尽蔵にあるとみて良いだろう。

 

問題はその先。

 

どうやっても水晶を加工する作業が上手く行かない。解決策が、未だに浮かばないという事である。

 

作業の合間に、湧水の杯も増やす。栄養剤も作っておく。

 

材料の加工自体はホムに任せてしまって、組み立てだけはロロナがしている。その間に炉では、水晶の元が熱せられているわけだけど。

 

クーデリアが、実験の結果に目を通す。

 

「ねえ、ロロナ」

 

「どうしたの?」

 

「もっとぐっと低い温度でやってみたら? ひょっとして、熱量が高すぎるのかも知れないわよ」

 

「それでも、鉄よりずっと抑えてるんだけどなあ……」

 

確かに、クーデリアの言う事には、一理ある。

 

鉄を溶かして加工するときよりも、温度そのものは下げているのだけれど。未だに解決の糸口が見えないという事は、何かしら根本的な所で間違ってしまっている可能性が高いのだ。

 

案の定、次の結果も駄目。

 

形だけは水晶っぽく仕上がるのだけれど。自然にある水晶と違って、全く魔力を吸わないのである。

 

クーデリアが言うとおり、入れる中和剤の量を調整する。

 

炉の温度を下げると言うよりも、水晶に掛かる温度と圧力を減らすためだ。さて、今度はどうだろう。

 

湧水の杯を組み立て終えたときに、丁度出来る。

 

取り出してみるが、やはり上手くは行かない。今度は水晶どころか、完全に黒ずんでしまっていた。

 

だが。

 

リオネラが触ってみて、顔を上げる。

 

「ほんのちょっとだけど、魔力を吸うよ」

 

「えっ!」

 

自分でも試してみる。

 

確かに吸う。ただ、それほど多くは吸い込んでくれない。天然の水晶から比べると、微々たる量だ。

 

それに、蓄積限界も小さい。

 

すぐに、魔力を吸わなくなってしまった。

 

しかし、だ。

 

パイを作るような温度で熱しても、素材は溶けない。ただ熱くなるだけだ。これ以上温度を下げても、恐らくは上手く行かないだろう。

 

どうすればいい。

 

三人で手分けして、資料を精査。

 

解決の糸口は、まだ見えない。

 

 

 

ステルクが来たのは、苦労しているロロナを見かねたのか、或いは。

 

とにかく、大苦戦しているロロナの所に、ステルクが来た。また、討伐対象モンスターの撃破に、人手が足りないのだという。

 

クーデリアは丁度席を外しているので、リオネラが今はアトリエにいた。最近は、暇さえあれば手伝ってくれるのだ。あの一件以来、リオネラはロロナを心の底から信頼してくれたらしく、何でも話してくれる。それに、色々と、ロロナのためにしてくれるようにもなっていた。

 

「ステルクさん、今度は何と戦うんですか?」

 

「おお、やる気だな。 ファングというモンスターだ」

 

「ええと……確か」

 

「師匠から聞いたことがあります。 いわゆる一匹狼の中でも、非常に凶暴な一体だとか」

 

リオネラが、代わりに応えてくれた。

 

師匠というのは、魔術を教えてくれている一人だろう。ステルクに対しても物怖じしていないし、しゃべり方もぐっとはっきりしてきている。

 

この間の一件で、リオネラは生まれ変わったのかも知れない。

 

ステルクも、目を見張っていた。

 

「間違っていましたか?」

 

「いや、その通りだ。 困ったことに、このファングがオルトガ遺跡に姿を見せてな」

 

それは、まずいかも知れない。

 

オルトガ遺跡は、この国にとって非常に重要な場所だ。ロロナにとっては色々とトラウマがある場所でもあるけれど。それでも、強力なモンスターが近辺を跋扈しているとしたら、放置はしておけない。

 

すぐに、クーデリアとタントリスに声を掛けに出る。

 

クーデリアは来てくれるが、タントリスは無理。何でも丁度デートだとかで、ロロナは少し呆れたけれど。ただ、男の人にはきっと大事なことなのだろうと思って、納得した。イクセルは一応見に行ったが、サンライズ食堂は行列が出来るほどの人気で、手伝いなんて出来る状態ではなかった。

 

幸い、オルトガ遺跡はすぐ其処だ。

 

荷車に、爆弾を積み込む。

 

今回は近場と言う事もあるし、装備は応急処置用の医薬品を除けば、火力重視で問題ないはず。

 

次にするべきは、作戦会議だ。

 

「ファングというモンスターについて、わかる限り教えてもらえますか」

 

「良いだろう。 まず大きさは、通常のウォルフの三倍ほど。 重さは三十倍近いだろう巨体だ。 全身は黒い毛並みで、非常に動きが速い。 その上、炎の魔力を操るという報告も受けている」

 

「凄いですね、それは」

 

「ウォルフ種の中では、間違いなく最強の存在だろう」

 

グリフォンに続いて、ウォルフ最強のモンスターを見ることになるとは、幸運なのか不幸なのか、よく分からない。

 

ただはっきりしているのは。

 

手を抜けば、死ぬと言うこと。

 

そして放置しておけば、多くの人が傷つけられる、という事だ。

 

「今まで倒せなかったのは、やはり動きが凄く速いから、ですか?」

 

「いや、そうではない。 やはりこのモンスターも狡猾でな。 討伐隊が出ると、さっと身を隠してしまうのだ。 だから、大規模の討伐隊は編成出来ない。 錬金術の力も借りて、少数精鋭で、可能な限りの速攻を掛けたいのだ」

 

「わかりました」

 

クーデリアに意見を聞いてみる。

 

彼女は腕組みすると、罠を張るべきだと言う。

 

確かにそれはロロナも同意だ。高速機動を得意とする相手なら、足を殺してから叩くのが基本になる。

 

リオネラが挙手。

 

「私、餌になります」

 

「大丈夫、危ないよ?」

 

「アラーニャとホロホロが守ってくれるから、大丈夫です」

 

クーデリアが何か言おうとするが、肘鉄。

 

リオネラの決意は強い。

 

彼女の心を、無駄にしてはいけない。

 

今、遺跡のどの辺りにいるのか。それを確認した後、どう罠を張って、そちらに誘い込むかを決める。

 

話がまとまるまで、時間はそう掛からなかった。

 

すぐに荷車を引いて出る。入り口では、こなーを抱いたホムが、見送りしてくれた。ホムには、まだまだ足りない湧水の杯の部材量産を頼んでいる。帰ってきた後、気分を入れ替えて、作業に戻りたいところだ。

 

路を行く途中で、ステルクに聞いてみる。

 

「あの、今回の報酬ですけど」

 

「何か問題がありそうか」

 

「いえ、現物支給は出来ないでしょうか。 出来れば水晶が欲しいんですけど」

 

「わかった、交渉して見よう」

 

いずれにしても、ファングを斃す事が出来たら、の話だ。

 

オルトガ遺跡までは、ゆっくり歩いてもそう時間は掛からない。クーデリアの表情は、硬い。

 

そしてロロナも。

 

此処が強力なモンスターの巣窟だと言う事はわかっている。それに何より、ロロナの思い出しつつある記憶が、ここに行かないようにと、警告を飛ばしてきているのだ。

 

遺跡が見えてくる。

 

監視チームの人と、ステルクが話を始めた。まだファングは、動いていないという。遺跡の上の方で、じっと丸くなって、疲れを癒やしている様子だとか。

 

「ファングは手傷を受けているのか」

 

「おそらくこの国の外、別の辺境諸国で暴れていた所を、討伐隊に攻撃されたのでしょうね。 かなりの手傷を受けているようで、凶暴性も増しているはずです」

 

「好都合だ」

 

「はい、わたしもそう思います」

 

手傷を受けた獣が凶暴で危険だというのは、当然の話。

 

そう言う獣は、持久力もなくすし、何より判断力もおとす。罠に填めやすくなる。獣だって、体力は無限ではない。

 

凶暴なはぐれ狼を仕留めるのは、今をおいてないだろう。

 

すぐに、クーデリアとリオネラと、頷きあう。

 

此処で昔、色々とあった。そしてその記憶が、ロロナの中でよみがえりつつある。でも、それは今は後だ。

 

「ステルクさん、すぐに行きましょう!」

 

「皆は退路を塞げ。 我々でファングを仕留めるが、万が一の時も考えられる。 手負いの獣を絶対に逃すな」

 

「はっ!」

 

騎士団の人もいるから、心強い。

 

どちらにしても、これではファングはもう逃げられなかっただろう。

 

遺跡に入ってから、荷車を引いて、複雑な地形を上がっていく。途中で何度も、荒らされた獣の死体や、残骸を見た。

 

此処は、森ではないけれど。力の論理が支配する、修羅の地だ。

 

食い荒らされたアードラの巣。ぐちゃぐちゃに潰された卵からは、血が滴っている。中の雛は、もう形になっていたのだろう。何が殺したのか。粘液がある事から、おそらくぷにぷにだ。黒ぷにか、兎か。どちらにしても、遭遇はしたくない。時間を大きくロスしてしまうからだ。

 

時々駆除をしているのに、相変わらずモンスターは多い。

 

ステルクがにらんで、アードラを追い払った。

 

アードラ達がついばんでいたのは、同胞の亡骸。死んでしまえば、同種のアードラでも、ごちそうに早変わり。

 

リオネラは大丈夫だろうか。

 

驚いたことに、平気な様子だ。むしろ、率先して進もうとしている。

 

こんなに人は、小さな切っ掛けで強くなるものなのか。クーデリアも、驚いているようだ。

 

そろそろの筈だが。

 

臨戦態勢に入る。荷車は一旦影に隠して、身を低くして進む。

 

周囲を調べて見る。

 

どうやら、ファングは最初指定されていた場所から、移動しているようだ。奇襲を受ける可能性もある。あまり油断すると危ない。

 

ステルクが、先に行く。

 

リオネラはいつでも、自動防御を展開できるように。クーデリアはいつでも発砲できるように、構える。

 

ステルクは、すぐに戻ってきた。

 

「いるぞ。 理由はわからないが、最初報告された位置と、少し違う場所で休んでいる」

 

「わかりました」

 

眠っている所に、全力での一撃を叩き込めば、それだけで勝負がつくかも知れない。

 

ウォルフの通常種に比べて三倍といっても、モンスターとしてはさほど大きいわけではない。

 

スピード自慢の相手なのだ。

 

致命打を浴びせてしまえば、それだけで一気に此方が有利になる。

 

ステルクが案内する後ろについて、忍び足。

 

段差に身を隠して、向こうをうかがうと、いた。

 

確かに、とんでもなく大きなウォルフだ。全身は闇を溶かしたかのような漆黒。そして、丸くなって、寝息を立てている。

 

周囲には、ばらばらに引きちぎられたアードラ。

 

或いは、これを仕留めて食べるのに忙しかったから、場所を移していたのかも知れない。眠っているなら、いずれにしても好都合。

 

しかけるなら、今をおいてない。

 

ロロナが詠唱開始すると、一気に場が張り詰めた。

 

ステルクまでいるのだ。いくら何でも負ける事は無いと思うけれど、此処は足場が悪いし、念のため。

 

やれることを、徹底的にやる。

 

ロロナの魔力砲は、射程距離も伸びている。

 

あの大きさの相手なら、直撃すれば木っ端みじん。外したとしても、衝撃波でかなりのダメージを与えられるはずだ。

 

詠唱は、完了。

 

後は、撃ち込むタイミングだが。

 

どうも嫌な予感がする。万全の態勢で備えている筈だし、距離もそれなりにある。外しても、一瞬で間を詰められるようなことは、ない筈だけれど。

 

息を呑む。

 

上級のモンスターは知恵が回る。寝たふりくらいは、していてもおかしくない。しかし、長距離砲撃が来る事を知った上で、出来る寝たふりというのはどうしたことだろう。完全に避ける自信があるのか、それとも。

 

「ロロナ?」

 

「うん、今から撃ち込むよ。 だから、備えて」

 

「何か不安を感じてるの?」

 

その通りだ。

 

クーデリアは流石にわかってくれている。

 

意を決して、ロロナは全力で、魔術をぶっ放した。

 

炸裂する閃光。

 

だが、手応えがない。気付くと、凄まじい打撃音が、真横から響いていた。自動防御の上から、である。

 

心臓が止まるかと思った。

 

この距離を一瞬で詰めたファングが、そこにいたからである。しかも、自動防御を半ば喰い破られていた。

 

ほんの鼻先で、がつん、がつんと巨大な口がかみあわされている。なんていう速さだ。掠るどころでは無い。これほど速く動けるモンスターは、はじめて見た。むしろこの速さこそが、ファングの武器だったのではないか。

 

最初に反応したのはステルクだ。

 

即座に斬り付けるが、剣は空を斬る。

 

そればかりか、ステルクは四方八方からファングの体当たりを浴びたらしく、滅茶苦茶に吹っ飛ばされて、かなり遠くの床に叩き付けられた。

 

ファングは余裕の様子である。

 

そして、寝たふりを止めたファングは、その禍々しい真っ赤な目を既に此方に見せつけていた。

 

何という、強い殺気。

 

背筋が凍るかと思った。

 

「作戦通りに!」

 

「うん!」

 

リオネラが、率先して言ってくれる。

 

以前だったら、あり得ない事だ。怖がったり泣いたり、逃げ腰になったり。

 

でも、今のリオネラは違う。

 

まず取り出すのは、フラムだ。それを、敢えて四方八方に投げる。彼方此方で爆発が生じる中、ファングは余裕を崩さず、此方を見ている。多少動きを封じられた程度では、恐ろしくも何ともないというのだろう。

 

圧倒的な戦闘経験が、自信を後押ししている。

 

ステルクは既に此方に走ってきているが、かなり到着まで掛かる。それほど、派手に吹っ飛ばされたのだ。

 

フラムはたくさんあるけれど、勿論数には限界がある。リオネラが、ゆっくり、一人だけ前に出る。

 

クーデリアが、構えをとる。

 

狙いは、一瞬。

 

外したら、終わりだ。

 

だが、リオネラは、ロロナとクーデリアを信用してくれている。その信頼を、裏切る訳にはいかない。

 

リオネラが、自動防御の外に出た。

 

どういう原理なのかは、今なら理解できる。だが、何も敢えて言わない。

 

「……」

 

リオネラだって、覚悟が決まっているとは言っても、怖いはずだ。

 

ファングがステルクを吹っ飛ばしたところは見ているのだから。ステルクが此方に来るまで待つという選択肢をどうして採らなかったのか、ファングは悩んでいるはず。それに、ロロナが見てもわかる手傷が、ファングにはある。

 

判断力を鈍らせた獣は。

 

どれだけ獰猛でも。狡猾でも。

 

ファングが、動く。

 

リオネラの首を、食いちぎるつもりで、飛びかかる。あまりにも速すぎて、そうしたのだとわかったのは、直後のこと。

 

リオネラが、目を見開く。

 

そして、ファングが、空中にとまった。

 

文字通り、停止したのだ。

 

「今だよ!」

 

間髪入れず、クーデリアが動く。

 

ファングの全身に、火焔弾を叩き込む。

 

いくら巨体でも、ウォルフ。つまり、動物。

 

全身が燃え上がってしまえば、パニックは避けられない。ロロナがリオネラに飛びついて、横っ飛びに離れるのと、拘束が解除されるのは同時。

 

悲鳴を上げながら、ファングが地面に激突。

 

更に其処へ、クーデリアが連射して、火焔弾を叩き込んだ。

 

暴れ狂うファングが、彼方此方を滅茶苦茶に傷つける。

 

自動防御が再開されるが、その上から、重い一撃が何度も来た。貫通もする。肌を、何カ所も切り裂かれた。ずしんと重いのももらった。リオネラは、怖れていない。必死に荒れ狂う黒い獣を見据えて、自動防御を展開してくれている。

 

ファングが、炎をまき散らしながら、全力での突進を仕掛けてきた。

 

立ちはだかったクーデリアが、連射したのは、スリープショットの一撃。

 

だが、ファングは屈しない。猛烈な圧力を浴びながらも、強引に突破を行ってくる。クーデリアが吹っ飛ばされ、くぐもった声を上げながら、床に叩き付けられた。きちんと受け身を採っているのは見えた。

 

下がりながら、ロロナは砲撃前に仕掛けておいた爆弾を起爆。

 

上空に、ファングが打ち上げられる。

 

だが、ファングは驚くべき事に、空中を足場にして、ジグザグに機動。無理矢理に、地面に自分を叩き付けるようにして、着地。

 

全身はまだ燃え上がっている。

 

それなのに、黒き獣は、その殺意を衰えさせない。

 

咆哮。

 

思わず、リオネラが身を竦ませる。

 

残っていたフラムを、ロロナが全て投擲。連鎖する爆発に、動きが鈍りはじめているファングが巻き込まれるが。それでも。

 

煙を斬り破って、全身ズタズタのファングが姿を見せる。

 

其処へ、頭上からの雷が、直撃。遠距離から直撃させたステルクの技のさえを感じてしまう。

 

流石に竿立ちになったファングが、苦痛の絶叫をあげた。

 

更に、横殴りに、クーデリアが火焔弾の連射を叩き付ける。転がり廻って火を消そうとするファング。

 

その動きが、とまる。

 

リオネラが、自動防御を解除して、拘束のために力を使ったのだ。

 

ファングがもがく。

 

しかし、抜け出せない。リオネラは、おそらく今。はじめて、呪われし力を、他人のために使っている。

 

ロロナのため。今はそれで良い。

 

きっと、そのうち。ファングに傷つけられるかも知れない人達を、救うために使える。

 

「決めて、ロロナちゃん!」

 

「任せて!」

 

第二射は、既に準備を終えている。

 

ロロナに、躊躇う理由は無い。

 

全力で、ぶっ放す。

 

直撃。ファングの巨体が、いっきに壁にまで下がり、叩き付けられる。殲滅の光が、壁を見る間に赤熱させていく。そして、ロロナの体も、凄まじい反発で、ずり下がっていった。

 

後ろは、崖も同然。

 

冷や汗が流れるが。ファングはこれだけの魔力砲を浴びつつも、なおももがいている。一瞬でもロロナか拘束を続けているリオネラが気を抜けば、形勢逆転。拘束から抜けて、反撃をしかねない。クーデリアが、数発の弾丸を更に叩き込む。爆焔が、ファングの全身を焼き焦がす。

 

しかし、ファングは、それでももがく。ロロナの魔力砲を押し返そうとし、リオネラの拘束を力尽くで外そうとする。

 

あれだけ炎上しているのに。

 

まだ、巨大なる黒の狼は、抵抗の意思を捨てていない。

 

不意に、背中に誰かの力が掛かる。

 

クーデリアが、支えてくれているのだ。

 

「後ろは気にしない! 全力で攻撃を続けなさい!」

 

「うんっ!」

 

心強い。

 

だからロロナは、徐々に壁から、ファングをずり上げて行った。大爆発が起きても、大丈夫なように。

 

がつんがつんと、ファングは顎をかみ合わせている。

 

殺してやる。

 

食いちぎってやる。

 

殺意が、その全身から、まだまだあふれかえっている。

 

ついに到着したステルクが、横殴りに、特大の雷撃を浴びせかける。ファングが悲鳴を上げた瞬間、一気にロロナは火力を上げて、ファングを壁から、空中へと押し出した。

 

空高く打ち上げられながら、ファングはなおも、憎悪と殺意を込めた視線を、ロロナに送り続けていた。

 

だが、それも、ついに尽きる。

 

大爆発が巻き起こる。

 

太陽が二つに増えたような光が降り注ぐ中。

 

ロロナは、確かな手応えを感じて、力を抜いていた。

 

魔力を、殆ど使い果たしてしまった。呼吸を整えながら、残心。体内の魔力を、調整する。

 

ぱらぱらと落ちてくるのは、ファングの残骸。

 

中に、妙なものが混じっていた。

 

機械、だろうか。

 

肉片と一緒になっている。何かの間違いで、口に入れたものだろうか、それとも。拾おうとしたら、ステルクが先に拾った。

 

「大変な討伐だったが、無事か」

 

「はい、どうにか……」

 

ファングの攻撃は激烈だった。

 

見れば、クーデリアもリオネラも、ずたずただ。すぐにアトリエに戻って、手当をした方が良いだろう。

 

応急処置を、すぐにする。

 

ステルクはあれだけの距離を吹っ飛ばされたにもかかわらず、ほぼ傷一つない。少し前から疑問に思っていた事が、これで確信できたが。敢えて何も言わないことにする。それにしても、ひょっとして。

 

ロロナは、何だかとても大きな事に、ずっと巻き込まれているのではないのか。

 

帰り道、退路を塞いでいた戦士達が、手を振って来る。

 

ロロナも、笑顔でそれに応えるが。

 

疑問は、大きくなる一方だった。

 

 

 

ファングを倒した報酬は、かなり多かった。水晶だけで四つも、こぶし大のものをもらってしまったのだ。しかも未加工で、魔力を一番強く充填する事が出来る形状である。これは、研究に役立つ。

 

クーデリアが持ってきてくれたものは借り物だけれど。これは好きに調べることが出来るのが、嬉しい。

 

報酬として渡された水晶を調べながら、ロロナは気付いたことがある。

 

ひょっとして、これは。

 

水晶の材料になる砂を入れる容器を工夫することを、クーデリアに提案してみる。腕組みしながら、彼女は、ロロナの説明を聞いていた。

 

「なるほど、確かに考えられるわね」

 

「うん。 この仮説が正しかったら、きっとどうにか出来ると思う」

 

この説の大きな所は、上手く行けば水晶をいくらでも作り出せることだ。

 

魔術の媒体として優秀な水晶が増えれば、それだけアーランドは魔術に関する戦力を得ることになる。

 

もしも戦いになった場合、それだけ有利になる、という事だ。

 

早速試してみようとしたが、クーデリアは席を立つ。

 

「一旦戻るわ」

 

「修行? 頑張ってね」

 

「ええ」

 

修行では無いようだけれど。クーデリアにも当然プライバシーがある。追求しようとは思わなかった。

 

リオネラは、もっと修行が必要だと言って、アトリエで手当を終えると、師匠の所へ行ってしまったから、これで一人になった。ホムは買い出しに出かけているし、アストリッドはいるかいないかもわからないから、完全に一人だ。

 

目を細めると、集中する。

 

考えを、まとめておきたいのだ。

 

さきほど、オルトガ遺跡に行って。ファングとの戦いの帰りに、幾つかの地形を見て、思いだしたことがある。

 

ロロナはクーデリアと事故にあった。

 

それは覚えていたのだが、その内容の一部だ。

 

確か、昔は、クーデリアはとてもおとなしくて、小さなお花が咲いたような雰囲気の子だった。

 

それに対してロロナは、男の子達と混じっては、泥だらけになって転んで、生傷が絶えなかったような気がする。

 

それが、あの事件を切っ掛けに、変わった。

 

特にクーデリアは、性格が正反対といって良いほど違う。何があったのか。これは、ロロナにも関係していることだ。

 

リオネラの心の闇と触れてわかったが、人は例え自分に責任が無い場合でも、それを背負い込んでしまうことがある。

 

多分、それはロロナだって同じ筈だ。

 

クーデリアも。

 

一体あの時に、何があったのだろう。

 

しっかり検証しておかなければならないと、ロロナは思う。

 

これから、水晶の作成に関して、試すことがある。その前に、出来ればこの問題は、解決してしまいたい。

 

そして、出来れば。

 

三年間の課題が終わったときには。すっきりした気持ちで、全てを片付けておきたいのだ。

 

師匠が帰ってきた。

 

眠そうにしている。かなり疲れていると言うことだろう。

 

甘いパイをだすと、退屈そうに頬張る。

 

「あれ、美味しくないですか?」

 

「美味いさ。 だからつまらん。 最近はお前、何でも腕が上がってきて、いじくりがいが無くて困る」

 

そんなことを言われても、苦笑いするしか無い。

 

ホムンクルスをまた作っているのかと聞くと、師匠は無言のまま、外を見た。

 

「今、この国の周囲が、どんどんきな臭くなっている」

 

「そう、なんですか」

 

「そうだ。 下手をすると十年以内に、辺境諸国と何処かしらの列強が、総力戦になるかも知れないな」

 

人間が少ないアーランドでは、その時ホムンクルスの戦力が重要になってくる。

 

アストリッドの言いたいことは分かる。

 

そして、師匠は、きっとそれよりずっと怖い事を考えているとも。

 

パイを食べ終えると、師匠は部屋に入る。

 

きっとあの中は。

 

ふと、嫌な想像が浮かんだ。そしてロロナは、それを妄想だとして、片付けられなかった。

 

ひょっとして、ロロナとクーデリアは。

 

検証する必要があるかも知れない。そして全てを知ったとき。ロロナは、あの時に何があったとしても。

 

真正面から、受け止めなければならなかった。

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