暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
原作でもオルトガラクセンでロロナは過去に事故っているのですが。
本作で起きた過去の事件は、ちょっとばかりレベルが違います。
文字通りその時。
ロロナとクーデリアは、一度死んだのです。
雨が降り出した。
冷たい、身を切るような雨。
ロロナが、思い出しかけていることは、クーデリアにもわかっていた。だから切っ掛けになるような何かを見せれば、喧嘩になる。それもわかっていた。
だから、わざとやった。
そうしなければ、ロロナも、自分も、守れなかった。いや、ロロナを守れなかったのだ。
涙が溢れてくる。
どうして涙が止まらない。このまま、街の外れのため池にでも身を投げたいほどだった。雨の中、ため池に行く。
囂々と渦巻く水。ぼんやりと眺めているが、どうしても飛び込む気にはなれなかった。この程度の水量と勢いでは、死ねない。アーランド人に生まれてしまった自分が、口惜しくてならない。
屋敷に戻る。
ずぶ濡れで戻ってきたクーデリアを見て、エージェント達は驚いたようだが。何でも無いと言い捨てる。
自室に閉じこもると、目を乱暴に擦る。どれだけ擦っても、涙が溢れてくる。
ロロナと喧嘩をしてしまった。
そして、きっと。
関係は、もう戻らない。
わかっていたのに。こうなると、覚悟だってしていたのに。
それでも、どうにもならなかったことが、悔しくて悲しくてならなかった。
ロロナが忘れていた事は、クーデリアは全て覚えていた。
十年と少し前の事。
クーデリアは、幼い頃、とにかく気弱な子供だった。雷が鳴ればめそめそ泣き、虫を見れば怖がって道を変えるほどだった。
父も、この頃は優しかったように思える。
兄や姉達は、この頃からクーデリアに冷たかったが。それでも、おおむね幸せな生活をしていたような気がする。
全てがおかしくなったのは、あの日。
いつも遊んでいたロロナが、手を引いて、遊びに行こうと言い出したときだった。街の外にあるオルトガ遺跡に、行ってみたいと、ロロナは言うのだった。
子供は、基本的に大人がするなという遊びをする傾向がある。ロロナはとくに腕白で、クーデリアはいつも引っ張り回されては泣いていた。それなのに、ロロナと一緒にいるのが好きで、離れる事なんて考えられなかった。
だがその日は、とてつもなく、嫌な予感がした。
怖いから、別の所で遊ぼう。
そういったが、ロロナは聞いてくれなかった。幼い頃はありがちだが、ロロナはその辺の男の子よりも、ずっと腕白な性格をしていたのだ。そしてそういった子供の方が、アーランドでは喜ばれる。勿論腕白行為は怒られるが、将来有望と見なされるのだ。
オルトガ遺跡に忍び込むのは、本来はとても難しい。だがロロナは大魔術師の娘で、幼いにもかかわらず、図抜けた才能の持ち主だった。いろいろな魔術も、既に身につけていたほどである。
思えば。
ロロナの才能は、あの時に制限を受けたのだろう。いや、振り分けを変更されたのかも知れない。
本来のロロナは、魔術師の適正が強い。それも、天真爛漫で、少し残酷でさえある、一種浮き世離れした、言うなれば魔法使い的な存在だったはずだ。
それが今のロロナになるには、やはりあの事故が影響していたのだと言えた。
大人達の目を盗んで、オルトガ遺跡に忍び込んで。
周囲にはモンスターがうろついているのに、奥へ奥へと入り込んでいった。当時は今ほどモンスターは多くなかったが、それでも間近で見るアードラはとても怖くて、生きた心地がしなかった。
鳴き声が凄く大きくて、幼い頃のクーデリアは、それだけで身が竦んでしまった。目をきらきら輝かせて大喜びしているロロナの服の袖を引いて、怖いから帰ろうと言った。そして、その次の瞬間。
ロロナが足を踏み外した。
以前見た穴のようなくぼみに、二人揃って落ちたのだ。
落ちた後の事も、ある程度は覚えている。
ずっと深い所まで落ちて、何度も壁に叩き付けられて。静かになった時、ロロナは頭から血を流して倒れていた。クーデリアも足が折れていて、身動きできない状態だった。
もしも、クーデリアの反応が早かったら。
ロロナは落ちなかった。
周りに濃厚な、あまりにも桁外れなモンスターの気配が満ちていた。
ロロナはこの時、まだ生きていた。
そして、ロロナとクーデリアの前に、彼奴が姿を見せた。
それは、ヨロイを着た騎士のような格好をしたモンスターだった。悪魔を例に出すまでも無く、少数ながら人型のモンスターは存在している。そいつの正体が何だったのかは、未だにわからない。
わかっているのは。
そいつはロロナとクーデリアを見て、残忍そうに目を光らせたのだ。
上半身しかないそいつは宙に浮いていて、手に大きな剣を持っていた。そしてその手は。ロロナについ先ほど見せたのとほぼ同一デザインの籠手が填められていた。
「これは素晴らしいサンプルですね。 データを採取しましょう」
そういうや否や。
ざくりと、斬られた。
袈裟にばっさりやられたロロナが、血だまりの中に倒れる。殆ど間を置かず、クーデリアもおなかを貫かれた。
痙攣しながら、血の海に伏すロロナとクーデリア。
「後は好きにしなさい」
そいつが言うと、近寄ってくるのは、有象無象のモンスター達。
身動きできないロロナとクーデリアに。
殺戮と捕食の宴が、実施された。
その後、少しして。
クーデリアは、自分が硝子シリンダの中に浮かんでいることに気付いた。中には液体が満たされていて、ぼんやりと向こうに見えたのは、アストリッドだった。
「ふむ、体の損傷が小さかった分、意識の覚醒はお前の方が早いか。 もっとも、脳が無事だったのが奇跡のような有様だったが」
何を言われているのか、わからなかったけれど。
わかったのは、自分が一度死んだと言うことだ。
しかも、それにロロナを巻き込んでしまった。
隣の硝子シリンダには、ロロナが浮かんでいた。息を呑むような有様だった。可愛かった右手は根こそぎ失われ、おなかも綺麗に抉り取られていた。
そしてクーデリアも。
体の殆どを失っている事に、代わりは無かったのである。
悲鳴を上げようにも、それさえ出来なかった。
アストリッドに聞かされる。
あの後、オルトガラクセンの上層で、ロロナとクーデリアは見つかった。落ちた場所が、そもそもそれほど深くは無かったから、死んでから移動したわけでは無かったのだろう。そして、探索チームにアストリッドがいた事が「幸運」となった。
「お前らの両親に泣きつかれてな。 研究中の技術を使って、お前達の体を再生しているところだ。 ついでに、王宮からも指示が来た。 8年ほど後に、あるプロジェクトをはじめるから、それにあわせて調整しろとな。 勿論、お前らの両親にも、許可は得ている」
許可も何も無いがと、アストリッドがせせら笑う。
何となくわかる。
王宮からの指示となれば、逆らうことは出来ないだろう。ロロナの両親は高名な使い手だが、それでも同じ。
ましてやクーデリアの両親と来たら。
それから、体を再生する作業に、しばらく時間が掛かった。
アストリッドがどうやってか、失われた体の部品を作っては、つなぎ合わせていく。最初は上手く行かなくて、傷口が壊死してしまう事もあった。だが、アストリッドは失敗失敗と笑いながら、淡々と作業をしていくのだった。そのたびに気絶するほどの痛みがあったけれど。
その内、慣れた。
五体満足になるまで、随分時間も掛かった。
ロロナが目覚めるのには、更に時間が掛かった。
その過程で、クーデリアもロロナも、訳が分からない措置をたくさん体に加えられたのである。
今になって思えば、性格を調整され、才能までも弄られていたのだろう。
事実その時を境に、クーデリアの性格はどちらかと言えば影があるものとなったし。ロロナは大変明るい反面、以前のような腕白さが影をひそめて、とても優しくて前向きになった。
ロロナは記憶の多くが欠落。
特に、オルトガ遺跡で何があったかは、完全に忘れ去っていた。何かの病気をして、アストリッドに助けてもらって。それで弟子入りしたと、思い込んだようだった。
クーデリアはと言うと、ここからが地獄の始まりだった。
フォイエルバッハに戻ってから、両親の態度が急変したのだ。
まるでゴミでも扱うように、クーデリアに接するようになった。修行と称するしごきが課せられ、兄姉達も、揃ってクーデリアを虐めた。昔から兄姉達はクーデリアに冷たかったが、拍車が掛かった。
最初は訳が分からなかった。
今だって、この態度の急変については、理由がよく分からない。
とにかく、生きるだけで精一杯になった。
ロロナは相変わらずクーデリアとの友情を崩す事は無かったけれど。いや、それが故に。
クーデリアにとって、ロロナは唯一絶対のものとなっていった。
ぼんやりとしたまま、ベッドの上で転がる。
ロロナは、完全にクーデリアの事を嫌いになっただろう。今までの献身的な態度の数々も、底が割れたと思っただろう。
嗚呼。
嘆きが漏れる。
世界の全てを、失った。
起き上がる気力さえない。食事をしようと思ったけれど、ベッドの上から離れる事さえ、億劫になっていた。
王の指示で行動した。逆らわなかった。
つまり自業自得だった。
だが、ロロナは最近、どんどん聡明に、なおかつ鋭くなってきていた。記憶も戻りはじめている節もあった。
遅かれ早かれ、こうなっていたことは間違いが無い。
今のロロナは、クーデリアなんて必要としていない。あれだけのスキルを身につけた後だ。アーランドを離れても、余裕で生き抜いていけるだろう。アストリッドはなんだかんだでロロナを好いているし、周辺を守る戦力については、問題が無い。
そうだ。
例えロロナに嫌われても。
ロロナを守り抜かなければならないという事を、忘れていた。
ロロナが、ゴミでも見るような目で、クーデリアを見たとしてもだ。クーデリアにとっては、世界の全てなのだ。それが闇に閉ざされようが、関係無いではないか。
土下座でもすれば、側にいさせてくれるだろうか。
奴隷のようにでも扱われるだろうか。
部屋を出る。
アルフレッドが、最初にクーデリアと出くわした。老エージェントは、目の下に隈を作っているクーデリアを見て、驚いた。
「何があったのです」
「あんたには……」
「その様子では、ロロナ殿と何かあったのですね」
ずばりと、核心を突かれる。
今は、それに対して、噛みつく余裕さえ無かった。薄ら笑いを浮かべると、まずは食事にすると言って、ダイニングへ。
影の長さから言って、今は昼の少し後か。
時間の感覚まで、おかしくなっていた。
以前と違って、クーデリアの食事は劇的に改善している。フォイエルバッハの屋敷で暮らしていた兄姉達は、それぞれが与えられている家に全員が移動しているから、連中と顔を合わせることも無い。
父だけは例外だが、今は屋敷にいないようだ。つまりクーデリアが、この広い屋敷の、事実上の主である。
兄姉どもは、優雅なご身分だ。
相続権を失ったとしても、庶民よりずっと良い生活が出来るのだから。
クーデリアの場合は、違った。
ロロナには言わなかったが、残飯同然の食事が出たことも何度もある。繰り返された虐待は、心身に容赦なく傷を刻み込んでいった。
ただ、それでも、列強で使い捨てにされている奴隷達よりまだマシかも知れない。
ただ、今の生活水準自体は、よい。
良い生活で堕落するというのであれば、それはクーデリアにも当てはまる。一応テーブルマナーはこなせるが、こんな食事に、何か価値があるのだろうか。
豪奢な料理を口に入れる。
だが、味が全くしなかった。
残しはしない。
クーデリアは飢餓の悲しみを知っている。だから、本能で、出された食事は全て平らげるようにしているのだ。
「修練をしましょう。 雷鳴殿ほどではありませんが、私が今日はお相手をいたします」
「今日は……」
「こういうときこそ、体を動かすべきです」
半ば強引に、アルフレッドに、中庭に連れて行かれる。
雷鳴に訓練を受けるようになってから、しばらくして。アルフレッドから、たまに一本を取れるようになった。
だが。今日は、やり合って見て、勝てる気がしなかった。
何度も地面に叩き付けられる。
アルフレッドは、まるで容赦をしない。クーデリアが、傷ついていても、だ。いや、むしろだからこそ、なのだろう。
アーランドでは、男女の区別は無い。
最強の座に君臨した女戦士は枚挙に暇が無いし、魔術師はむしろ女性の方が強い事が多いのだ。
「もう一度です。 立ち上がられよ」
「……」
兄姉達とは違う。
アルフレッドの目には、強い愛情が宿っている。彼奴らは弱者を嬲って遊んでいただけだ。だから、クーデリアは、少しずつ、心の炎を取り戻していく。
投げ飛ばされ、地面に叩き付けられ。
何度も何度も叩かれている内に、少しずつ、頭がクリアになってきた。
動きも、少しずつ速くなってきた。
「死のうと思われましたか?」
アルフレッドが、訓練用の槍を手に取る。
まだ、本気では無かったという事だ。今までは、素手で組み手をしていた。もやが掛かった頭では、それさえはっきり認識できていなかった。
「喧嘩の原因は、何なのです」
雷光のような突きが、容赦なくクーデリアを吹っ飛ばした。
地面でバウンドして、壁に叩き付けられる。
受け身はとった。
昔だったら、肉塊になっていたような一撃だった。アルフレッドは既に引退した身だが、今でも充分以上にクーデリアより強い。
立ち上がり、咳き込む。
呼吸を整え、前に歩み出る。
アルフレッドは容赦の無い眼光で、クーデリアを見ていた。
「些細な内容ではありますまい。 たとえば、ずっと隠していた、とても大きな事が、ばれてしまった。 そんな事ですか?」
「そうよ。 それがばれることが、どんなに恐ろしかったか」
「それならば、なおさら真正面からぶつかっていきなさい」
女子の関係は男子のそれよりも繊細だけれど。
しかし、此処はアーランドだ。
修羅が生きる国であり、人間世界の最辺境。此処でならば、男女は同じ土俵に立つことが出来る。
「見たところ、ロロナ殿は、貴方にとって比翼の友である筈だ。 しっかり話し合えば、きっとわかり合う事が出来るはず。 会話は必ずしも万能の手段では無いにしても、あなた方二人の中では、違うのではありますまいか」
「……っ」
今までに無く、体が速く動く。
アルフレッドは、遠慮無く受けて立つ。しばらく、激しい訓練を続ける。
気がつくと、中庭の隅で寝かされていた。
多分良い一撃をもらって、伸されたのだろう。まだ若いエージェントの一人が水を持ってきたので、もらう。
よく冷えた水だ。
井戸から、朝一番に汲んだものだろうか。
頭が冴えてきた。
ロロナは、どう思っているのだろう。謝るにしても、どうしたら良いのだろう。
少しずつ、具体的な事が思い当たりはじめる。
魂が抜けたようになっていた体にも。
少しずつ、活力が戻りはじめていた。
本作のアーランドは文字通り修羅の血ですが、それでも人に心は通っています。
本作のアーランド人は戦士ですが、それでも人間です。
だから、やるべき事はそれほど変わらないのです。
過去のトラウマを乗り越えるときがやってきました。
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