暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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ロロナさん自身は、胃を締め上げられるようなストレス下でずっと必死に頑張っています。

下手をすると行く場すらなくなる。

それがまだこの時点ではやっと大人になったばかりのロロナさんを追い込んでいるのです。





3、追い込みへ

フェストを、まずハンマーで砕く。

 

ロロナはあまり力がある方では無いので。柔らかめの鉱石を分解するにも、わざわざハンマーを使わなければならなかった。

 

それでも、力一杯金床にハンマーを振り下ろす必要はなくて。何回かフェストを叩いている内に、自然に割れた。

 

ある程度細かくしたら、乳鉢に移す。

 

ピンセットで不純物を取り除きながら、少しずつ潰して行く。参考書によると、時々適度に乾燥させるようにとある。

 

また、最後の錬金術としての過程もある。

 

しばらく無心に乳鉢ですりつぶしていくと。腕が痛くなってきた。これは、想像していた以上の、重労働だ。

 

時々休憩を入れながら、乳鉢のフェストをすりつぶしていく。

 

肩が凝るかも知れない。

 

気がつくと、夕方を廻っていた。今日は一日中、研磨剤をごりごりしているだけで終わってしまった。

 

悲しいが、これも仕事だ。

 

一旦手を止めて、夕食を作る。

 

アストリッドは、夕食を作り始めると。どこから戻ったのか、ふらっと帰ってきた。妙な違和感がある。何処かで嗅いだ臭い。

 

分からない。

 

今は追求しても、仕方が無い事だ。

 

「ロロナ、夕食は出来ているか」

 

「今作っています」

 

「そうかそうか」

 

アストリッドは、手洗いに直行すると。貯めておいた井戸水を遠慮無く使って、手をばしゃばしゃとやり始めた。

 

何か汚いものでも、触ったかのようだ。

 

昨日丸一日帰ってこなかったし、一体何をしていたのだろう。だが、師匠に話を聞いても、応えてくれないのが普通だ。今では、聞こうという意欲さえ失せていた。

 

二人でテーブルを囲んで、夕食にする。

 

ちらりと研磨剤の方を見るアストリッド。

 

「どうだ、間に合いそうか」

 

「ぎりぎりですけど、どうにかなりそうです」

 

「そうかそうか、それは良かった」

 

完全に人ごとだ。

 

この人だったら、どれだけ控えめに考えても、ロロナの半分以下の時間で、倍以上のクオリティで仕上げられるだろうに。

 

乳鉢に触りはじめるアストリッド。心なしか、いつもよりも少し作業が荒いように見える。

 

もっとも、アストリッドが作業を失敗する所など、ロロナは見たことが無い。ひっくり返したりはしないだろうと、最初から考えていた。

 

「まだ少し潰したりていないな」

 

「はい。 夕食が終わったら、もう少し擦ってみます」

 

「そうしておけ」

 

ふと、気付く。

 

珍しく、アストリッドは疲れている様子だ。

 

アストリッドはロロナを虐めたりからかったりする事を生き甲斐にしている様子なのに、今日はほとんど絡んでこない。それどころか、話す言葉も極めて短いし、必要な所だけで切り上げてもいる。

 

この間、とても怖い騎士の人と相対したとき、この人に守られていることを思い知らされた。

 

ひょっとして、万が一。

 

或いは、アストリッドは、ロロナを守るために、何かしてくれたのかも知れない。

 

いや、それは流石に考えすぎか。

 

いつもソファとかベットとかでごろごろ喰っちゃ寝ばかりしているのだ。仮にそうだったとしても、きっと気まぐれだろう。

 

ロロナは小さくあくびをすると、寝る前に、今の作業だけは仕上げてしまおうと思った。

 

 

 

それからは、毎日がかなり過酷な作業となった。ルーチンワークはこなし続ければ苦労が減ると聞いていたのに。実際にやってみると、とても大変だ。

 

いずれの作業も一通りこなせたことで、全てやってみるという選択肢が出てきたからである。

 

そして、期日が近い事を考えると。あまりもたついてはいられない。

 

毎日、家事を済ませると、すぐに作業に取りかかる。

 

まず一番最初にはじめたのは、失敗して苦労もした炭だ。アストリッドに言われたように、並行作業をしないのだったら、まず一番問題が生じそうな炭からやっていくのが一番のはず。

 

薪の量は、足りている。

 

炉で炭を蒸し焼きにしながら、ロロナは何かあった時のために、何遍も何遍も参考書を読み返した。

 

時々クーデリアが遊びに来たが。

 

あまり構って上げる事は出来なかった。ロロナが本気で錬金術に取り組みはじめている事に、クーデリアも気付いてくれたのか。時々差し入れだけ持ってきて、後はすぐに引き上げていった。

 

家事も、かなり厳しくなってきた。

 

時々、サンライズ食堂に足を運んでは、出来合いのものを買って帰る。悔しいのだけれど、自炊では時間が足りなくなりつつあるのだ。

 

師匠は料理に手抜きをすると、凄く怒る。

 

だから、場合によっては。自炊で済ませなければならない。

 

ただ、師匠に言われて、家計簿はつけている。

 

生活費が少しずつ、高くなっているのが、自分でも分かった。こういうときは、所詮居候の身であることがつらい。

 

ただし、ロロナには、両親の元に戻るという選択肢も、かってはあった。

 

両親がアストリッドを全面的に信頼している状況では、それももはや過去の話に過ぎないが。

 

幸い、アストリッドは裕福で、生活資金に困っている様子は無い。

 

以前クーデリアに聞いてみたが、知らないとはぐらかされた。きっとクーデリアは、アストリッドがどれくらいお金を持っているのかは、知っているのだろう。

 

一週間が過ぎた頃。

 

既に、残りの日数は、半分を切っていた。

 

ただ、悪いことばかりではない。

 

どうにか、炭だけは仕上がったのだ。此処からは、難易度が低いゼッテルと、難易度は低いけれどとにかく疲れる研磨剤を作っていく事になる。

 

炭を、全てアストリッドに見てもらう。

 

一瞥しただけで、アストリッドは言う。

 

「魔力量が少ないな。 これだと、せいぜい使えて隣の親父の炉で、金属を暖めるくらいだな。 二流品だ」

 

「そんなあ……」

 

「まあ、売り物にはなるだろう。 市販の炭よりは、まだましなできばえである事は、保証してやる」

 

そう言われると、沈んでいた気持ちも、少しは浮き上がる。アストリッドはそれだけ言うと、また眠ってしまった。そして、いつの間にか、外に出かけていた。いつ出たのか、全く分からなかった。

 

気持ちを切り替えて、ゼッテルの作成に移る。

 

今度は釜を使って、膨大なマジックグラスを煮込んでいかなければならない。火力を間違えると駄目だし、中和剤も相応の量が必要になる。

 

湯気も凄く出るので、窓を適度に開けておかないと、アトリエの天井がしけってしまう。

 

問題は雨が降っているとき。

 

そういうときは、時間が掛かる研磨剤の作業にシフトして、ロロナは黙々と、必要量へ向けて、努力を続けるのだった。

 

 

 

クーデリアは、ずっと不機嫌だった。ロロナに会って少しは気分を変えようと思ったのだけれど。アトリエに向かって歩いていると、アストリッドと正面から出くわした。

 

にらんでやるが、鼻で笑われる。

 

クーデリアには分かっていた。

 

あの遺跡で、黒ぷにを捕縛して、けしかけたのがアストリッドだという事は。勿論ロロナを鍛えるためである。

 

熊じゃああるまいし、基本ぷにぷには其処まで獲物に固執しない。兎だろうが黒だろうが、噂に聞くクアドラだろうが、同じ事だ。

 

「どうした、くーちゃん。 怪我は治ったのか?」

 

「おあいにく様、あの程度で死ぬほどヤワじゃないわ」

 

「何だもったいない。 ベットで看護されるのは、悪い気分じゃないぞ。 私はそんなへまはしないがな」

 

分かっていて言っているアストリッドに、クーデリアは心の内が燃え上がるのを感じていた。

 

看護なんて、されるわけが無い。

 

怪我だって、全部自分で直したのだ。

 

戻ったクーデリアを見た父が、最初に何を言ったか。兄弟達がくすくす笑う中、父はこう吐き捨てたのだ。

 

「あまり私に恥を掻かせるなよ。 たかが黒ぷに如きに、手傷を負わされるなど。 我が子とは思えぬ情けなさだ」

 

それから、丸一日以上。

 

徹底的に、エージェント達と組み手をさせられた。いずれもクーデリアより遙かに強い戦士ばかり。

 

何度も気を失って、その度に水をぶっかけられて、叩き起こされた。

 

別にそれは恨んでいない。

 

自分の才能のなさが恨めしい。アストリッドも知る理由で、クーデリアは並のアーランド人以上の瞬発力を手に入れている。それなのに、まだこの程度の力しかない。騎士団の精鋭と渡り合えるくらいにならなければ。

 

最悪の場合、ロロナを守れないのだ。

 

だから、クーデリアは、訓練という名のしごきに立ち向かった。

 

丸二日、殆ど食事もしていなかった事に、気付いたのは。最後の相手と戦い終えた後、粗末な食事を出されてからだった。

 

それからは、全部自力で何とかした。

 

自分については、だから恨んでいない。クーデリアが不愉快なのは、非常に危険なモンスターを、ロロナを鍛えるためだけにけしかけさせたこと。あの戦いで、ロロナが死んでいても、おかしくはなかったのだ。

 

金だけは与えられている。

 

最近ロロナは、家事をするのも時間が惜しい有様な様子だから、サンライズ食堂で出来合いを買って持って行っている。

 

だから、少しはましな食べ物を差し入れる。それしか、出来ない。

 

「時に、くーちゃんに一つ良いことを教えてやろう」

 

「何よ……」

 

辺りの通行人が、露骨に避けて通っている。

 

知っているのだ。アストリッドが、この国でも屈指の使い手であることを。そして彼女が楽しんでいることを。

 

猛獣は、楽しみを邪魔されると、怒る。

 

アストリッドを怒らせたいと思う戦士なんて、この国には殆どいない。いたとしても、潜りだけだ。

 

「おそらくロロナは、今回の課題は突破できるだろう」

 

「それが、何だってのよ」

 

今回は、ロロナが課題を突破できるだろう。それは、クーデリアも思っている。

 

しかしその先は、前途多難だ。

 

最初の課題からして、三ヶ月を殆どフルに使って、どうにか出来るような有様なのだ。今後難しい課題を出されて、ロロナが本当に突破できるのか。クーデリアには、かなり怪しく思えている。

 

だから、備えなければならないのだ。

 

最悪の場合、どうにか手を組めそうなのは、ロロナの両親だけ。

 

此奴を含めて、街の全てが敵に回るとみて良かった。

 

「次の課題は、今のままでは落ちる」

 

息が、とまるかと思った。

 

此奴はつまり、次の課題の内容を、知っているという事か。知っていれば、或いは、対策が出来るかも知れない。

 

だが、予想の外から、答えが返ってくる。

 

「作業内容自体は難しくないのだがなあ。 問題は、錬金術に用いる素材だ」

 

背筋に寒気が走ったのは、きっと気のせいではない。

 

理由は、すぐにクーデリアにも分かった。

 

そうか、それで此奴は。

 

無茶をしてまで、ロロナに黒ぷにをけしかけたのか。

 

「くーちゃんは聡明だ。 せいぜい、当日まで、体を鍛えておくんだな。 このままでは、ロロナを守りきるのは不可能だぞ」

 

唇を噛んで、高笑いして去るアストリッドを見送る。

 

もはや、休んでいる暇も無い。

 

どうにかして、ロロナを。それ以上に、自分自身を、徹底的に鍛え上げなければならない。

 

どうすればいい。

 

今でも、戦闘訓練に関しては、充分に恵まれた環境にある。

 

それならば、エージェント達が言うように、実戦経験しかないか。しかし、実戦を積むに、適した場所なんて。

 

ある。

 

一つだけ。

 

頷くと、クーデリアは。ロロナのアトリエに差し入れだけして。一人、城門へと向かったのだった。

 

ロロナは気付かなかった筈だ。

 

いや、気付かせてはならない。

 

城門を出ると、しばらく無心に歩く。近くの森に入ると、その深部へ、迷いなく足を踏み入れた。

 

この森でも、最深部には、相応のモンスターが放たれている。

 

アストリッドのあの様子では、おそらく苛烈な戦闘が予想される場所に、次の期の課題に必要な素材があるはず。

 

何処かは分からない。

 

まさかシュテル高地ではないだろうが、それ以外にも何カ所か、危なそうな場所には思い当たる。

 

巡回の戦士に身分証を見せながら、ひたすら森の奥に。

 

足を止めたのは、数頭の狼に囲まれていることに、気付いたからだ。

 

肩慣らしに丁度良い。

 

「今日のあたしは、機嫌が悪いわよ……」

 

他の兄弟達よりは、少なくとも強くならなければならない。

 

負ければ死ぬ状況で、徹底的に自分を鍛え抜く。一人の戦いの場合は、一手のミスが容易に致命傷になる。

 

だから、むしろ都合が良い。

 

最後に、ロロナのことを考える。

 

それだけで、勇気もわいた。

 

クーデリアは身を低くすると、それこそ躍りかかるように、狼の群れに間を詰めた。

 

 

 

何だろう。

 

クーデリアが差し入れを持ってきたとき。妙に、空気が張り詰めていたような。しかし、ロロナには、どうしてかは分からなかった。

 

調合も大詰めである。

 

炭については、早めに納品してしまった。もしもを考えると危険だから、早めに精査してもらったのだ。

 

どうしてだろう。今回も怖い顔の騎士の人がいた。

 

或いは、ロロナの受けているこの課題の、担当になっているのかもしれない。相変わらず怖くて、声を聞くだけでびくびくしてしまう。

 

ただ、騎士の人は。

 

品質には問題が無いし、必要量には充分達していると言ってくれた。

 

生真面目そうな人だし、嘘は言いそうに無い。

 

後は、予定通りに、作業を進めるだけだ。

 

ゼッテルと研磨剤も、その時できあがった分量を、納品してある。此方についても、後は必要量を作るだけだ。

 

黙々と、作業を続ける。

 

徹夜だけはしないように、気をつけなければならない。

 

効率が却って落ちてしまうと、何度も聞かされていた。

 

それでも、確実に睡眠時間は減ってきている。

 

歴代の錬金術師達は、本当にこの量を、一月でこなしていたのだろうか。もしそうだとすると、ロロナは凄いとしか言えない。

 

勿論並行作業でやっていた、という事はあるのだろうけれど。

 

それにしても、生半可な事ではなかった。

 

額の汗を拭うと、釜を掻き回す。

 

外は小雨になり始めた。

 

窓を開けて、時々アトリエの天井に籠もった蒸気を逃がす。ゼッテルはどうにか目処がついた。

 

失敗した分を含めても、このままのペースで作業していけば、間に合う。

 

時間も、多少の余裕がある筈だ。

 

疲労が溜まってきた自覚がある。

 

少しソファに横になると、ぼんやりした。此処からは、かなりの時間、待たなければならない。

 

むしろ、寝ておくとしたら、今しか好機は無い。

 

しばらくうとうとして。

 

気付くと、雨脚が強くなり始めていた。

 

窓を閉めて、釜を掻き回す。良い感じで、繊維がほぐれたゼッテルが、釜の上の方に集まりはじめていた。

 

掻き回す速度を変える。

 

ゆっくり、ゆっくり。言い聞かせながら、手を動かした。

 

容器にゼッテルを移した後、釜の火を止める。

 

このゼッテルが完成すれば、後は研磨剤だけだ。外は雨も降っているし、おそらく乾くまで、相当な時間が掛かるだろう。

 

時々、軽く火で炙る必要があるかも知れない。

 

疲れが溜まってきているからか、また眠くなってきた。目を擦って、あくび。いつの間にか師匠が戻ってきていて、思わず咳き込んでしまった。

 

「師匠、いつ戻ったんですか!」

 

「ついさっきだ。 仕事からな」

 

「……」

 

何の仕事だろう。

 

じっと見つめるが、やはり師匠は応えてなどくれない。

 

あくびが可愛かったとか言われて、ロロナは怒ったが。笑いながら、師匠は自室に引き上げてしまった。

 

ゼッテルの状態を見ながらだから、今日は熟睡できない。

 

ソファに横になると、ロロナはわざと寝苦しくなるように、枕も毛布も使わずに目を閉じた。

 

元々睡眠に関してデリケートなロロナは、野外以外では、こうするとあまり長くは寝られない。

 

野外では平気だ。

 

両親に散々鍛えられたので、むしろよく眠れるくらいである。

 

時々起き出して、ゼッテルの状態を確認。

 

外の雨は、いつの間にか止んでいた。

 

ただし、湿気は多かったので。ゼッテルが仕上がるまで、普段の倍も掛かってしまったが。

 

安易に天日に干すと、品質が落ちてしまう。

 

ゆっくり乾燥させていかなければならないゼッテルは、慣れない内は大変だ。或いは、今のロロナには、これくらいで丁度良いのだろう。

 

錬金術らしい、凄い道具なんて、作れるのはきっとまだ先。今は手順が単純で、行程も難しくない作業を、黙々とこなして、力を付けていくしかない。反復作業を行っていくことで、錬金術そのものに馴染んでいくのだ。

 

ローラーを取り出すと、ゼッテルをなめしはじめる。

 

まずは、このゼッテルを、どうにかしよう。

 

全ては、それからだ。

 

言い聞かせながら、ゼッテルを仕上げていく。

 

必要量に達したのは、丁度期限の二週間前。

 

必要量が完成すると同時に雨が止んだ。

 

何だか、天気まで、ロロナの作業を邪魔しているかのようだった。

 

後は、研磨剤。

 

研磨剤も、既に七割に達している。ただし、此方は非常に手が疲れるので、手元が狂うことを怖れなくてはならない。

 

万が一が怖いので、ゼッテルは先に納品してしまう。

 

そして後は、ひたすらに研磨剤を、乳鉢ですりつぶして作り続けた。

 

 

 

指先がマメだらけになったのは、必然の結果だったかも知れない。

 

杖の振り方や、術の唱え方は、ロロナも両親に聞いて学んでいる。だから、それらの行動で、手にマメが出来るほど柔ではないのだけれど。乳鉢で研磨剤を造るべく、フェストをすりつぶし続けるとなると、話が違ってくる。

 

力が余計に入ってしまったり、或いは足りなかったり。

 

乳鉢を握る手が、震えているのが分かる。

 

手が痛いし、何より集中力が続かなくなってきているのだ。

 

残り四日。

 

まだ、納品の必要量には、達していない。今作っている分が終われば、後は少しなのだけれど。

 

ふらりと、クーデリアがアトリエを訪れる。

 

ロロナを見て。互いに絶句したようだった。

 

ロロナは目の下に隈を作っている。ここ数日、作業がずっと研磨剤の作成ばかりになっていたからだ。

 

というよりも、トラブルも多かった。

 

フェストを割ってみたら、中に虫さんの卵がびっしり入っていたり。それは元に戻して、庭の地面にうめておいた。素材としてはもう使いものにならないし、何より虫さん達には何の罪もないからだ。同じような環境にしておけば、きっと卵からふ化できるだろう。

 

他のフェストは、中身が完全にしけってしまっていたものもあった。

 

これは一旦火で炙って乾燥させないと、そもそも乳鉢ですりつぶす段階に行けず、余計に手間が掛かってしまった。

 

そんなこんなで、手間暇が大変に掛かって。

 

目の下に隈ができるほど、ロロナは疲弊してしまったのだった。

 

納品まで、最低でも予備日は一週間確保したかったのだけれど。途中で丸一日、アストリッドに休めと言われた日もあったので、此処まで時間が押してしまった。

 

クーデリアはというと、体に傷が増えている。

 

ちっちゃくて可愛いクーデリアの手や頬には、無数の細かい傷がついていた。クーデリアはロロナにばれていないと思っているようだけれど、服の下にも痣や大きな傷が出来ている様子だ。

 

「くーちゃん! 何処行ってたの!?」

 

「ちょっとね。 本気で修行してきたの。 そういうあんたこそ、何よその有様。 ちゃんと寝てるの?」

 

「う、うん……」

 

期日まで、残りは殆ど無い。

 

それはクーデリアも知っている事だ。だから、今から休めとは、流石にクーデリアも口にはしなかった。

 

差し入れをしてくれたので、それだけは有り難くもらう。

 

一旦手を休めて、食事にしたが。

 

クーデリアは、ロロナの窮状を、全て見抜いている様子だった。

 

「お風呂には行った?」

 

「昨日は行けてない……」

 

「なら、食べた後すぐに行くわよ。 見たところ、残りちょっとで、まだ数日はあるんでしょう? お風呂に入って、効率を少しでも上げた方が良いわ」

 

「そう、だね……」

 

そう言う考え方が、思いつかなくなってきていた。

 

クーデリアの存在は、やはりロロナにとっては有り難い。

 

この近辺では、お風呂は銭湯に行く。湯船に浸かるタイプのお風呂と、サウナ形式のものがある。

 

ちなみに後者は、奴隷として連れてこられた人達が持ち込んだ文化だ。アーランド人をはじめとする辺境の民は、最初水で体を洗っていたのだけれど。錬金術師が文明を持ち込んでからは、お湯に変わった。

 

今では工場の廃熱を使って、地下水をお湯に変えて、銭湯に供給しているので。お風呂そのものは、大変格安で済ますことが出来る。また、この廃熱で温めたお湯で作ったゆで卵は、アーランドのどの食堂にもある定番メニューだ。

 

基本、二日か三日に一度はお風呂に入るのが、この辺りの文化だけれど。

 

昔は一月に一回が普通だったというので、衛生観念も全く違っていたというのが、事実だろう。

 

食事をさっさと済ませる。

 

こんな時、パイを作る事を禁止されてしまったのがとても痛い。

 

お風呂に入る前に、クーデリアに振る舞いたかったのだけれど、それも出来なくなってしまった。

 

師匠は今、寝室で眠っている。

 

多分お風呂から戻るくらいまでは、ずっと眠ったままだろう。

 

一度クーデリアはおうちに戻って、お風呂の道具類を持ってきた。銭湯で合流。おうちにお風呂があるクーデリアなのだけれど。

 

裸のつきあいという奴で、ロロナとは昔から、一緒のお風呂に入ることがよくあった。

 

ちなみに昔は混浴が普通であったらしいのだけれど。

 

今では、そもそも男女では、違う店を利用する。

 

さっさと服を脱いで、お風呂に入る。今日はゆっくり疲れを取るべきだとクーデリアがいった事もあって、湯船を採用した。

 

溶けるように気持ちいい。

 

隣にいるクーデリアは、何も言わなかった。

 

ロロナも、クーデリアの体が傷だらけである事については触れない。クーデリアは、いつもは明るくてちょっとお間抜けな貴族のお嬢様という雰囲気だけれど。それがある程度、作ったものだという事は、ロロナも気付いている。

 

何か、隠しているのだろうとも思っている。

 

だけれども、クーデリアはロロナの大事な親友。かけがえのない存在だ。だから、自分から話してくれるまで、待っていようとも思っていた。

 

その後、背中を洗いあって、ながしっこする。

 

もう一度湯船に入ると、生き返るようだった。疲れもかなり取れた。手のマメがちょっとしみるけれど。それ以上に、疲れが取れたのが大きい。

 

「後はあたしも手伝うから、一気に片付けるわよ。 今日は徹夜ね。 終わったら、ゆっくり休みなさい」

 

「ふあい……」

 

溶けているので、声まで締まりがなくなっている。

 

それにしても。周囲は背が高い女性が多い。みんなスタイルもいい。羨ましいなあと、ぼんやりロロナは思ったけれど。ロロナ以上に体型が貧弱で、なおかつそれを気にしているクーデリアの前で、口には出せなかった。

 

年か。

 

ぼんやりと、体をふきながら思う。

 

今は、ロロナがクーデリアより一歳年上だ。とはいっても、さほど誕生日は離れていないから、じきに年は追いつかれる。

 

いずれ、年を取りたくない時期も来る。

 

それは、あまり遠くないときなのかも知れない。そうなったら、クーデリアとの些細な年齢差なんて、どうでも良くなるだろう。

 

銭湯から出て、ぽかぽかしたままアトリエに戻る。

 

此処で眠気に負けるようでは駄目だ。

 

アトリエに戻ると、クーデリアと並んで、冷たい井戸水を一気に呷って目を覚ます。そして、作業に取りかかった。

 

ラストスパートだ。

 

クーデリアが手伝ってくれるというので、雑務だけやってもらう。見ていると、非常に手際が良くて、てきぱきと終わらせてしまうので、凄いと思った。ロロナだったら、二倍は時間が掛かる。

 

フェストを砕いて、研磨剤を作っていく。

 

微細に砕いた後、中和剤を霧状にして振りかけて、そしてまた混ぜる。こうすることによって、研磨剤で磨いた物質に、魔力を移し替えることが出来るのだ。錬金術で作った研磨剤が、工場産では真似できない特色を幾つか備えることが出来、故に少し値段も上がる。

 

この国には、魔術師もたくさんいるけれど。

 

故に、だからこそ。

 

魔術の籠もった道具と相性が良い錬金術は、もてはやされる。このアトリエの価値を、見せていかなければならない。

 

できた研磨剤を瓶詰めして、ラベルを貼る。

 

蜂蜜入りのミルクをクーデリアが作ってくれたので、一気に飲み干す。時々、クーデリアに話を振った。クーデリアは眠気を防ぐためだと分かっているのだろう。いちいち、応えてくれた。

 

体力がロロナよりあるのだし、当然かも知れないが。

 

しかし、もうかなり夜も遅い。眠くても、おかしくはないのに。ロロナのために頑張ってくれて、嬉しい。

 

「黒ぷに、手強かったね」

 

「あんなのが、オルトガ遺跡の中にはわんさかいるのよ。 いずれ足を運ぶ時には、蹴散らせるくらいじゃないと、話にならないわ」

 

「騎士団の人達くらいじゃないと駄目かなあ」

 

「騎士団の中でも、強い奴は桁違いよ。 貴方が怖がってた男、あれもその一人」

 

あれ。

 

確かに、クーデリアにそう言う話はしたけれど。いつのまに、其処まで調べたのだろう。頭がよく働かない。

 

クーデリアは賢いし、人脈も持っている筈。

 

それを使って、調べたのかも知れない。

 

咳払い。

 

師匠が、カンテラを持って、後ろに立っていた。

 

「徹夜は止せと言っただろう。 ……もう、終わるところか」

 

「はい、これが終われば、最後です」

 

「そうか。 くーちゃんも今日は泊まっていけ。 これから帰るのは酷だろう」

 

いつもだったら、くーちゃんと言うなと反発するクーデリアは、何も言わなかった。言い返すだけの力が、もう残っていなかったのかも知れない。

 

最後の力を込めて、作業を行う。

 

乳鉢を炙るのは、中和剤の水分を飛ばすためだ。

 

こうすることで、ぐっと研磨剤をすりつぶしやすくなる。

 

何度かため息をつくと、手を止めた。

 

ルーペを使って、材質を見る。均一にすりつぶされたフェストは、充分に研磨剤として役立つはずだ。

 

瓶に収めて、ラベルを貼る。

 

完成だ。これで、やっと、最初の課題が終わった。

 

ベットまで歩く余力が無い。クーデリアが隣で支えてくれたのが分かった。気がつくと、もうベットで寝ていた。

 

クーデリアは、貴族のお嬢様なのに。

 

床で転がって、其処で毛布を被っていた。

 

既に、朝日が部屋に差し込んでいる。

 

ロロナはクーデリアに礼を言いながら、起きないように慎重に、ベットに移すと。自分は、瓶を詰めた荷車を引いて、城に向かったのだった。








ついに最初の目標達成……!

裏で蠢いている謀略はまずはおいておいて。

ロロナさんの初成果です。

なお本作では、先に述べたとおり科学型の錬金術を扱っています。このため、錬金術の描写は詳細におこなっております。



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