暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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4、影の蠕動

あれが、ヴァレットが報告してきたアーランドの錬金術師、ロロナか。

 

自分がアーランドにけしかけた、洗脳したモンスターの一体。ウォルフ種の最強モンスター、ファングを打ち破ったとも聞いている。

 

マリオネルは、腕組みしたまま、戦いの様子を見守る。

 

ヴァレットを一とする部下達が必死に集めて来た情報によると、普段は幼児のような言動を見せるが、戦闘では相応に立ち回ると言う話であったか。しかし、マリオネルが見ている感触では、相応どころでは無い。

 

バケモノと名高いアーランドのベテラン戦士と同等か、それ以上にやりあっているではないか。

 

側に控えさせているα2が、唸り声を上げる。

 

馬鹿な悪魔を捕らえて、錬金術の秘儀によって脳改造し、しもべにした存在。既に実戦投入は済ませており、隣国ホランド帝国との戦闘で、著しい戦果を上げていた。ホランドは、既に戦線崩壊の様相であり、周辺国が慌てて投入してきた援軍も、戦況を変えるには到っていない。

 

無数の触手が、ウィッチローズから展開される。

 

だがその全てが、青い稲妻、それに放たれた火焔弾によって迎撃され、中途で爆砕された。

 

触手はいずれもが、残像を残すほどの速さで鞭振るわれ、なおかつ爆砕されても即時に再生するほどなのだが。

 

「マリオネル様」

 

「どうしたの?」

 

側に跪いたのは、今回連れてきた戦闘用ホムンクルスの一体。アーランドが実用化している戦闘用ホムンクルス達に勝るとも劣らない性能を持つ最新型だ。名前はニュートンという。

 

マリオネル同様指揮官タイプだが、今は此奴の方が立場が下。

 

だが、此奴も、おそらくそれを由とはしていないだろう。

 

「本当に仕掛けるのですか」

 

「ああ。 此処で疲弊したところが好機だ。 α2の性能で、一気にロロナを葬りさる」

 

「不可能かと思います」

 

「何……?」

 

ロロナが、大威力の砲撃を仕掛ける。

 

報告より、ずっと展開が速い。直線上に敵との距離を一気に蹂躙した砲撃が、ウィッチローズの展開した魔力壁に撃ち当たる。

 

凄まじい火花が散り、両者共にずり下がっていく中。

 

前に出たステルクが、一刀を降り下ろし、魔力壁を粉砕。

 

更にそのすぐ後ろにいつの間にか出ていたクーデリアが、連射。ウィッチローズの本体が、炎に包まれた。

 

其処へ、ロロナの大威力砲撃が直撃。

 

爆発。轟音。

 

黒き大樹の森が、内側からの容赦ない衝撃に揺れる。

 

落ちてきた木の実を、無造作に手を振って粉砕しながら、マリオネルはぼやいた。

 

「ふむ、第一形態では、勝負にもならんか。 国境にいたオモア連合国の弛んだ兵士共は、第一形態で充分だったのだがな」

 

爆炎の中、爆発的に成長していく影。

 

これが、ウィッチローズの戦闘形態。

 

見る間に形を為していくそれは、悪意に染まった世界樹とでも言うべきもの。巨大な幹を持ち、無数の枝が腕のようにしなる。

 

そして、その腕の全てから、毒の霧を放出。

 

幹にある巨大な目が光る。

 

閃光が、辺りを爆砕する。猛毒の霧を放ちつつ、魔力の光で辺りを攻撃。更に、反撃も、高密度の魔力が展開する防壁で防ぎ抜く。

 

攻防ともに隙が無い、マリオネルの作り手である錬金術師、ハーネルの自信作だ。

 

側に国家軍事力級の戦闘力を誇るステルクがいるから、勝てるとはマリオネルも思っていない。

 

だがこのウィッチローズは量産を前提とされたモンスターウェポンであり、それはファングも同様。

 

最終的には、戦場には人間がいらなくなると、ハーネルは豪語していた。

 

マリオネルやニュートンのような戦闘向けホムンクルスや、脳改造した傀儡悪魔、それにモンスターウェポンが、恐怖におののく敵国の戦力を蹂躙していく。それが、未来の戦争のスタイルなのだという。

 

毒霧が、見る間に広がっていく。

 

連続して撃ち込まれる閃光。

 

更に触手が伸びて、辺りを滅多打ちにする。対軍用のモンスターウェポンだ。特に今見せている戦闘形態は、一体で一つの軍基地を殲滅することを主眼に置かれている存在なのである。

 

勝てなくても、ある程度の打撃は、与えられるはず。

 

「だから、無理だと言っています」

 

ニュートンが言うと、同時だった。

 

爆発で、ウィッチローズの左半分が、消し飛んだ。

 

何が起きた。

 

見ると、ロロナが取り出した爆発物を、見知らぬ若造がフライパンで撃ち込んでいるでは無いか。

 

防御壁はどうなったのか。

 

至近で攻撃を続けているクーデリアが、打ち抜いたのだと、今更に気付く。そして攻撃をしている触手と閃光は。全て、ステルクが防ぎ抜いている。時々流れ弾も飛んでいくが、それさえも、知らない若造がフライパンをふるってはじき返していた。

 

どういうことだ。

 

即興で、これだけのコンビネーション戦闘を行えるというのか。

 

毒霧が充満している空間である。如何に多少の毒などものともしないアーランド人でも、動きは掣肘されるはず。それなのに。

 

あり得ない。

 

何度も、口中で呟いてしまう。

 

しかもその間。ロロナは先以上の大威力魔力砲を、準備している。

 

戦慄が背中に走った。

 

先ほどの異様な速さでの魔力砲撃。つまり、詠唱をそれだけ短縮できることを意味している。

 

逆に言えば、これだけの時間を掛けて詠唱すれば、どうなるのか。

 

奴の周囲に、巨大な魔法陣が四つ、出現している。あの全てが、ロロナの魔力を増幅しているのだと気付いて、マリオネルは戦慄した。

 

こんな大威力砲撃を、短時間で二回連続、放てるというのか。

 

彼奴はアーランド人としては頂点に立つ魔術師でさえない筈。もっと強い魔術師は、いくらでもいると聞いている。

 

それでも、これだけの実力があるというのか。

 

しかし、ステルクはどうなのか。奴は国家軍事力級の使い手と聞いている。それほど、ロロナと差があるように見えない。

 

側のニュートンは、至って冷静だ。

 

「気付かれませんか? ステルクはまだ本気を出していません」

 

「何……っ!?」

 

「進言します。 撤退を。 α2を今失うのは、無駄に他なりません」

 

「……っ!」

 

怒りが、こみ上げてくる。

 

ロロナはまだ十代半ば。今、最も成長する年代だと言う事は、マリオネルにもわかっているが。

 

まさか短期間で、これほどまでに強くなったというのか。

 

ウィッチローズが悲鳴を上げながらも、体勢を立て直す。ロロナから撃ち込まれた、先に数倍する破壊力の魔力砲を、全力展開した防御壁で防ぎ抜いてみせる。

 

しかし、背後に回ったクーデリアが、火焔の砲撃を連射。

 

ウィッチローズの全身が、容赦なく燃え上がっていった。植物は何処まで行っても植物だ。

 

下手に知能を与えられてしまったのが、却って裏目に出る。炎に包まれて、恐怖の声を上げるウィッチローズ。

 

此処まで、悲鳴が轟いてくる。

 

更に、ステルクが撃ち込んだ雷撃が、とどめとなった。

 

全身が真っ二つに分かたれたウィッチローズが、崩れるようにして、その場に倒れていく。

 

言葉も、ない。

 

これは、今此処にある戦力で、手に負える相手では無かった。

 

悲鳴混じりのヴァレットからの報告を、今更ながらに思い出す。

 

戦力が、足りない。

 

奴は、そう何度も繰り返していた。

 

「撤退だ。 ニュートン、α2、引くぞ」

 

「……」

 

脳改造されている悪魔は、粛々と指示に従う。

 

もう一度、ロロナを一瞥。

 

向こうは、此方に気付いているようだった。呼吸を整えながら、じっと此方を見ている。流石に連続での魔力砲は、消耗につながったという事か。だが、ファングにそう劣らない戦力評価をされているウィッチローズを、こうも簡単に仕留めるとは。

 

まだ、アーランドと直接対決のときは来ない。

 

だが、それでも。

 

スピアはまだ戦力を整える必要がありそうだ。この異常な戦力を有するアーランドを中心に辺境諸国がまとまると、面倒な事になる。

 

数倍の国力を有する隣国を、正面から滅ぼしたという歴史的事実は、嘘でも誇張でも無かった、という事だ。

 

今までは、ヴァレットの報告を、話半分程度にしか考えていなかった。だが、今事実を目の当たりにすると、流石に考えを変えざるを得なくなる。

 

さっさと森を出て、北上。

 

国境付近にある隠れ家にまで移動する。追撃はしてきていない。

 

隠れ家に入った後は、すぐに書状をしたためた。

 

ニュートンに手渡す。

 

「ハーネル師に、可能な限り早く渡すように」

 

「わかりました」

 

自分より性能が下のホムンクルスに顎で使われるのは、さぞや不満だろう。ニュートンは不平を目の奥に隠しながら、その場を後にした。

 

さて、どうしたものか。

 

ロロナを殺す方が良いことは、確かだ。そして殺すには、おそらく採取地での待ち伏せが最適。

 

この戦略は、今後も変わらない。

 

だが、今のロロナは、ウィッチローズやファング程度なら、ものともしないと判断した方が良いだろう。

 

さらなる大戦力を要求するか。

 

それとも、たとえばドラゴンとの戦闘で消耗したところを叩くか。

 

いずれにしても、手札が足りない。

 

旧型とは言え、経験についてはニュートンを一とする最新鋭ホムンクルスより上の自信もある。

 

廃棄処分にされないようにするためには、今後存在感を示していく必要がある。

 

思惑を、巡らせる。

 

ロロナを、確実に殺すために。

 

既にマリオネルは、ロロナを最強の敵手として、自分の中で認識していた。最悪の場合は、差し違えても倒さなければならない。

 

ハーネル師のためにも。

 

スピア連邦のためにも。

 

 

 

「どうする? 追撃して捕縛する?」

 

「ううん、放っておこう」

 

ウィッチローズの亡骸の側を離れて、此方に来たクーデリアに。ロロナは、そう返していた。

 

アーランド石晶の、魔力蓄積効果は抜群だ。天然物の水晶ほどでは無いが、十分な効果を期待出来る。

 

事実ロロナも、短時間で魔力砲を展開できた。今までだったら、全部自分の魔力で賄わなければならなかったから、こうは行かなかった。アーランド石晶の大量生産を確立すれば、魔術師は更に戦力を拡大できる。

 

そして、クーデリアも。

 

負担が著しく小さくなったから、スリープショットも火焔弾も、連射が前より遙かに楽に出来るようになっている。

 

以前は無理をすると内臓を痛めるほどだったのに。

 

今では、充分に余裕を持って、難敵に効果的な打撃をたたき込めるようになっていた。

 

イクセルも、久々に一緒に戦ったが、充分な働きを見せてくれていたし、今回は久々に快勝と言って良いかも知れない。

 

戦力がよく分からない相手を追撃して、やぶ蛇になったら損だ。

 

ウィッチローズの残骸を、皆で手分けして調べる。

 

やはり、機械のようなものが入っていたが。それは、ステルクに取り上げられてしまった。

 

他の体の部品を調べていくと、妙なものが見つかる。

 

花だ。

 

だが、とても美しい。この世のものとは思えない。

 

赤を基調としているのだけれど。全体的に虹色で、しかも不思議な弾力性があった。香りも素晴らしい。

 

何だろう、これは。

 

大事に、荷車にしまい込む。

 

なんだかわからないけれど。これは今後、とても大事な素材として機能するような気がした。

 

他にも、色々珍しいものが、残骸から見つかる。どれも荷車に詰め込む。

 

「後は、何か必要なものはあるか」

 

「いえ、大丈夫です。 引き上げましょう」

 

「やれやれ、やっとか」

 

イクセルがぼやく。

 

いつもこんなモンスターと戦っているのかと聞かれたので。ロロナは、笑顔のまま、応じた。

 

「普段はもっと手強い相手と、死にそうになりながら戦ってるよ」

 

「そっかあ。 じゃあ、次からは出来るだけ、手伝うようにするよ。 今までは話半分に聞いてた。 すまなかったな」

 

「でも、お店は大丈夫なの?」

 

「仕方がねえだろ。 幼なじみがこんなヤバイ状態で戦ってるのに、俺だけ店があるからなんて、いってられねーよ」

 

イクセルがやる気になってくれたのは嬉しいけれど。

 

今後は、更に厳しい状況が続くと、ロロナは思っている。

 

それに、まだまだ。此処から、楽に帰れはしないようだ。

 

周囲に、無数の影。

 

どうやら戦いが終わるのを待っていたらしいモンスター達。サラマンダーが多数に、大型のウォルフ。それに、見た事も無い奇怪な生物たち。

 

いずれもが、このホール状の空間を、包囲していた。

 

突破しないと、戻れそうにもない。

 

だが、ロロナはもう、怖れてはいなかった。

 

「私が突破口を開く」

 

ステルクが前に出て、剣を抜く。

 

その刀身には、既に青白い魔術の稲妻が、力強く宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

炉を開ける。

 

リオネラとクーデリアが見ている前で、ロロナは耐熱ミトンで、中にあるアーランド石晶を取り出す。

 

やはり、美しい水晶に比べると、かなり濁っているけれど。

 

それでも、青黒い、味のある輝きが其処には宿っていた。

 

早速、リオネラが検査をしてくれる。

 

「水晶に比べて、魔力吸収率95%、蓄積率92%」

 

「あら、もう遜色ないわね」

 

「うん!」

 

良かった。

 

これで、量産体制は確立だ。

 

黒き大樹の森から持ち帰った素材を用いて、最高級のアーランド石晶を作った。その後、素材をグレードダウンしながら、量産できる素材に、ソフトランディングさせていったのだ。

 

この作業が、存外に時間を浪費した。

 

現在は、課題の期日の九日前。辺りには、たくさんのアーランド石晶が転がっている。いずれも品質はまちまちだけれど。どれも、納品すれば問題なしというだけの品には仕上げてあった。

 

特に、黒き大樹の森で仕入れてきた素材を使ったアーランド石晶は、はっきり言って天然物にも劣らない品質である。

 

これを量産すれば。

 

宝石の不足に苦しんでいたアーランドの戦士達、特に魔術師達は。今後、一気に戦況を好転させることが出来る。

 

ロロナがやったように、外付けの魔力供給装置を使えば、大威力の魔術を高速発動させることが出来るのだ。

 

今まで大魔術師達が独占していた宝石も。今後は、中堅所以下の戦士達に、出回ることになる。

 

そうすれば、戦力が底上げされる。

 

ロロナにも、その意味はよく分かる。

 

この課題の意義も。

 

そして、ロロナには、もうおぼろげに見えている。一体何が、周囲で起きているのか。

 

だが、今それを口にしても仕方が無い。

 

今するべきは、アーランドにとって、ロロナを重要な存在として認めさせること。そして、クーデリアも同様だと、認識させることだ。

 

後は三日ほどを掛けて、この量産可能型アーランド石晶を10個ほど生産して、納品すれば終わりだ。

 

リオネラがお茶を淹れてくれたので、少し休む。

 

ホムはまだ働けると言っていたけれど。これから三日が、少しばかりきつくなる。だから、早めに休んでもらう事にした。

 

アトリエの隅には、未組み立ての湧水の杯が幾つかある。ホムが黒き大樹の森に行っている間に、作っていてくれたものだ。

 

クーデリアが、ふと口にする。

 

「湧水の杯、まだ納品の指示が来ているのね」

 

「まだまだ、水が足りない村があるみたいだからね。 それに、将来的には、くーちゃんが言っていたみたいに、周囲の国に輸出するんじゃ無いのかな」

 

「その場合、多分今とは比較にならない数が必要になるわよ」

 

「うーん、それはどうするんだろう」

 

幾つか考えられる事はあるけれど。

 

敢えて口にはしない。

 

それにしても、ここ最近、どんどん血の巡りが良くなってきている感じがある。記憶が戻ってから、特に顕著なのだ。

 

だが、それはクーデリアも同じ筈。

 

きっと、何があっても乗り切れる。そう、思う。

 

お茶をして、気分転換をしてから。ロロナはさっとスケジュールについて書く。クーデリアとリオネラに、どう手伝ってもらうか、だ。勿論二人が、アトリエから出る事も想定している。

 

二人はあくまで補助をしてくれている立場。

 

三日間の徹夜に、つきあわせるわけには行かないのだ。

 

スケジュールが出来た後、作業を開始。

 

とにかく、三人が揃っている間に、出来る作業は全て済ませる。中間薬剤を造り、圧力伝導剤を生成。

 

炉の状態の調整、メンテ。これらはロロナがやる必要があるけれど。

 

任せられることは、いくらでもある。

 

素材の搬送、切り分け、不純物の取り除き。お茶を淹れたり、掃除したりというのも、重要だ。

 

あくびをしながら、師匠が自分の部屋から出てきた。

 

興味なさげに作業を一瞥だけすると、外に出て行く。

 

クーデリアもリオネラも、それには何も言わない。

 

まずは、作業を、終わらせることだ。

 

 

 

三日ほぼ徹夜して。

 

予定通りのアーランド石晶を作成出来た。出来たには出来たけれど、やはりくたくただ。本当は少し余裕を持って仕上げる予定だったのだけれど、数刻ほどオーバーしてしまった。やはり、黒き大樹の森から戻った後、突貫工事で作業したのは、無謀だったかも知れない。実際、駄目にしてしまった石晶も、かなりあった。

 

ただ、予定量が出来たのは事実。

 

それに、三日の徹夜と言っても、まだ六日ほど時間がある。とはいっても、今回も課題の期日までかなりギリギリである。何かの大きな失敗をした場合、リカバリーが効くぎりぎりの日数を残して作業していたのだから。結局の所、ロロナはいつもギリギリになって、やっと作業を終わらせられる状況で、綱渡りをしている。

 

今まで作った試作品も、全て荷車に詰め込む。手元が狂って、何度も緩衝材に包んだ石晶を落としているのを見かねて、途中からリオネラが手伝ってくれた。

 

荷車に積み終えると、王宮へ。

 

リオネラはアトリエで、手を振って見送ってくれた。

 

お風呂どころでは無かったので、納品が終わったら、みんなで行きたいところだ。クーデリアもついてきてくれる。

 

路の途中で行き倒れたりしたら困ると彼女は言っていたが。

 

多分、目的は違うはずだ。

 

黒き大樹の森で、此方を見ていた人影。

 

ロロナの予想が正しければ、あれは。とにかく、あの人影から、ロロナを守るために、来てくれているのだろう。

 

受付には、ステルクが詰めていた。

 

ロロナが課題の納品に来たというと、非常に渋い顔をする。ひょっとしてまずいタイミングだったかと思ったが、違った。

 

「もう少し身繕いをしてはどうだ。 君は年頃の女性だという自覚があるのかな」

 

「え……?」

 

無言で、クーデリアが鏡を見せてくる。

 

髪はほつれているし、目の下に隈も出来ている。みるみる真っ赤になるロロナに、呆れたようにクーデリアは言う。

 

「だから、出る前に言ったでしょ。 本当にその格好で行くのかって」

 

「え、でも!」

 

「ほら、さっさと済ませて帰るわよ。 あんたは鋭くなったと思ったのに、こういう所は全然変わってないんだから」

 

返す言葉も無いロロナの代わりに、クーデリアがてきぱきと作業を終えてくれた。

 

ステルクは驚いたように、アーランド石晶の現物を見る。

 

「本当に水晶を作ったのか」

 

「はい。 素材はその辺りにあるもので大丈夫です。 魔力吸収量も蓄積量も、天然の水晶の九割程度の能力を有しています。 レシピについては、後で納品します」

 

「君は成長したな。 とりあえず、明日詳しい話は聞きに行くから、今日はゆっくり休むと良い。 これらについては、王宮付きの魔術師が精査するから、後は気にしなくても良いだろう」

 

周囲の騎士達も、驚いたようにロロナを見ている。

 

アーランドにとって、資源の不足。特に宝石の不足は、昔からの課題だったのだ。魔術を使う際、外付けの魔力供給装置として機能する宝石は、戦闘力の拡大を促す最高の品。外で傭兵として稼いでいるアーランド戦士達も、宝石を購入してくるのは、それが理由だ。

 

勿論、ロロナも無からこれを創造したわけでは無い。

 

しかし、この功績は大きい。

 

アトリエに戻る途中、何だか後を付けられているように思って、振り返った。誰もいない。クーデリアが、小声で言う。

 

「気にするほどの相手でも無いわ。 この間森で狙ってた連中と違って、此方を見張ることしか出来ない小物よ」

 

「ずっと昔から、付けてきていたのかな」

 

「マークされはじめたのは最近ね。 さ、アトリエに戻って、一休みして。 それからみんなで銭湯にでも行きましょう」

 

頷くと、ロロナは今回の課題を無事終えられたことを確信。

 

そして、今後にとっても、大きな一歩になる手応えを感じ取っていた。

 

 

 

ステルクは、会議に出席すると、空気が浮ついているのを敏感に悟った。

 

今回のプロジェクトM進展会議は、最初から興奮を孕んでいた。何名かの魔術師が、既に聞いている噂について、小声で話し合っていたほどだ。

 

ロロナの母であるロアナも、その例外では無い。

 

宝石の人工精製に成功。

 

しかも、天然物の宝石に、ほぼ拮抗する性能を持っている。

 

この言葉だけで、アーランド人にとって、どれだけの大きな意味があるか。稼いだ外貨を浪費して宝石を購入しなければならないことを、忌々しく思っているアーランド人は多かったのだ。

 

王の前に、綺麗にカットされたアーランド石晶が出される。

 

色は濁り気味で透明度は少ないが、しかし味のある青、緑などの着色が為されている。そして、王宮付きの魔術師が、太鼓判を押してきていた。

 

天然物の水晶より若干劣るが、魔力の外付け供給装置として、充分に機能すると。

 

おおと、魔術師達が声を上げる。

 

彼ら彼女らにとっても、宝石の高価さは悩みの種だったのだ。特に上級の魔術師になってくると、複数の魔術を展開するためにも、どうしても宝石によるバックアップが必要不可欠だった。

 

この間、ステルクは黒き大樹の森でロロナが大威力魔力砲を連続で撃ち放つのを見た。あれはこの水晶のようなものによるバックアップの成果だろう。どんな大魔術師でも、生身だけでは、あのような大技を連続で放つことはできないのだ。

 

例え多少質が落ちるとしても。

 

宝石が増えるというのは、アーランドの力がそれだけ底上げされるという事を意味している。

 

特に戦士として、魔術を補助的に使う者には、詠唱や術式展開時の集中力が重要になってくる。

 

宝石は、それら前衛で戦う戦士にとっても、大きな力になるのである。

 

現在、レシピを解析中だと、ステルクが付け加えると。

 

鷹揚に王は頷いた。

 

ジオ王の口元には、満足げな笑みさえ浮かんでいる。この王がこうも楽しそうにしているのを見るのは、いつぶりだろうか。

 

少し前に、クーデリアに残酷な命令を出したのも、この成果を出すための伏線。本人を前にしても、王はそう言い出しかねない。

 

時に酷く残忍なところを見せるジオ王だが。

 

しかし、それでありながら。思いやりを見せる事も多い。ステルクも、まだこの王の事を、計りかねているところがあった。

 

「量産を開始せよ。 工場は、流石にラインが限界か」

 

「は。 流石にもはや……」

 

「それなら若手の魔術師や技術者達を集めて、量産するための体制を作れ。 宝石を量産できるという事の意味は、此処の誰もがわかっていると思う」

 

メリオダスにそう指示すると、王は黙った。それ以上、付け加えることも無い、という意味だ。

 

この人工宝石の存在は、大きい。アーランドを一気に強化出来るだけではない。

 

周辺諸国に輸出すれば、それそのものを外交の切り札とする事も出来る。

 

プロジェクトMの進展はめざましい。

 

アストリッドが八年掛けて調整しただけの事はある。ロロナは、予定を遙かに超える成果を、あげ続けていた。

 

特にここしばらくの成果物は素晴らしい。

 

いずれもが、国家の柱石となる物ばかりだ。

 

しかし、暗雲もある。

 

挙手したのは、エスティ。

 

「展開している諜報員から、良くない知らせが一つ」

 

「何か」

 

「ホランド帝国と開戦したスピア連邦が、幾つかの会戦で大勝。 ホランドは劣勢に立たされています」

 

「確かホランド側には、周辺の幾つかの列強が援軍を送っているという話だが」

 

王の問いに、エスティはそれでもホランドは敗れ続けていると言う。

 

講和の提案も、スピアは拒否。

 

ホランドを全面降伏に追い込むまで、戦いを続ける様子だという。もしもホランドがスピアに敗れると、もはや大陸中央部で、スピアに対抗できる国は無くなる。スピアは常備兵五万、海軍まで備える大国へ変貌を遂げるだろうと、エスティは言った。

 

誰もが、戦慄する。

 

この大陸で、常備兵五万などと言う国家は、いまだ存在した事が無い。

 

それだけ過去の破滅的な大量絶滅で、人間が減り、大地が荒廃したからだ。アーランドは辺境でも最大の国家だが、常備兵と呼べる戦力はせいぜい数千。列強でも、一万を超える国は多くない。

 

「ホランドが落ちれば、他の列強も次々にスピアに飲まれるでしょう」

 

「特にスピアに名将がいるとは聞いていないが、どういうことだ」

 

「それが、どうやらスピアは生物兵器を実戦投入したようなのです。 アーランドで近年、他国から侵入したり、或いは元からいたモンスターが凶暴化する例が相次いでいましたが……それらの一部にスピアが関わっていることが、確認できました」

 

エスティに目配せされて、ステルクが提示したのは、脳を操作する装置である。

 

この間仕留めたファング。

 

それに、つい先日戦ったウィッチローズ。

 

他にも数体の中から、装置が見つかっている。

 

スピアにいるという五名の錬金術師が関わっているのは明白だ。どうやらスピアは、もはや戦場でモンスターを行使することさえ、躊躇わなくなってきている。

 

「間に合うのか」

 

誰かが口にした。

 

プロジェクトMが進展した先には、辺境諸国の連合編成がある。ただ、辺境諸国が連合したときに、スピアが列強を全て統合していたとき。

 

モンスターを自在に操り、悪魔さえも従えていたら、どうなるのか。

 

想像は容易に出来る。

 

数の暴力に、辺境は飲まれる事となるだろう。

 

「少し、スピアの進行速度を削る必要があるな」

 

「主力を潰しますか」

 

王の言葉に、エスティが提案。

 

続きを言うように、王が促した。

 

「実は、夜の領域にいる悪魔との接触に成功しました。 彼らの王と呼ばれる存在が、陛下との会談を求めています。 どうやら彼らもスピアの進行速度を懸念しているようでして、場合によっては援軍となりうるかと思います」

 

「ふむ……」

 

「陛下、提案が」

 

ステルクが挙手。

 

プロジェクトMの進捗は、著しく進んでいる。

 

それならば、次のプロジェクト課題に、王を夜の領域にて護衛するというミッションを含んではどうだろうかと。

 

勿論王に護衛などいらない。

 

それだけの戦闘力を持っている存在だからだ。

 

此処で重要なのは、ロロナが夜の領域に出向くと言う事。今、既にスピアは、ロロナに監視を付けている。

 

そのロロナが夜の領域に行けば。

 

大きな牽制になる。

 

それだけではない。アーランド戦士の戦闘力が、スピアには警戒の種だ。この間二千の精鋭を一瞬で殲滅されたという事件も、既にスピアにはアーランドの仕業だと分かっている筈。

 

現在、スピアが抱えている生物兵器の兵団を、アーランドが潰したら。

 

スピアは、進撃速度を落とさざるを得なくなる。

 

「ロード級の悪魔数体と連携すれば、決して無理な作戦では無いでしょう。 陛下、ご決断を」

 

「うむ……そうだな。 よし、良きに計らうように」

 

勿論、万全の対策を施してから挑む事だ。

 

ロロナにはステルクが護衛につく。出来ればエスティにも来て欲しいところだが、今は忙しくて王宮から動けない。

 

ステルクはほっとした。

 

ロロナ一人を、あの魔境に放り込むわけにはいかない。ステルクだけではなく、王も側につけば、安全度はぐっと向上する。

 

アストリッドが、挙手した。

 

「此方からも提案が」

 

「何か」

 

「今回の件ですが、ホムンクルスの量産の片手間に、調べてみたく存じます。 私にサンプルをいただけませんでしょうか」

 

「……メリオダス」

 

王が面倒くさそうに言う。飄々としているアストリッドに、メリオダスが眼鏡を直しながら立ち上がって相対した。

 

大臣の目には、穏やかそうに見えて、だが確実な拒絶が含まれていた。

 

「貴殿はホムンクルスの生産に全力を尽くしてもらいたい。 予定通りの生産が出来ているとは言え、今後は状況がどう変化するかわからん」

 

「モンスターを此方の道具として扱えば、強力な戦力に出来るとは思いませんか?」

 

「今は不安要素が大きすぎる」

 

アストリッドと真正面からやり合える人間は、そう多くない。

 

メリオダスはその一人だ。勿論武力という意味では無いが。しかし、それだけアストリッドは、制御が難しいと周囲に思われている存在なのである。

 

しばらく涼しい顔をしていたアストリッドだが。やがて、くつくつと笑った。

 

「まあ良いでしょう。 ただ、後から悔いても知りませんが」

 

「今回の会議は、此処までとする」

 

王が話を切り上げて、会議は解散となった。

 

クーデリアはずっと黙り込んでいたが、勿論夜の領域には同行してくるだろう。いや、ロロナの周辺で動ける戦力は、出来るだけ全員に出て欲しい所だ。

 

大人数になるが、それだけ危険が大きい場所なのである。

 

悪魔がどれだけ信用できるかもわからない。

 

ロロナは悪魔と接し慣れているようだが、その彼女でさえも言う。人間と悪魔は、同じだと思うと。

 

ふと、気付く。

 

タントリスと、メリオダスが、立ち話をしていた。

 

会議が終わった後に、二人で話しているのは珍しい。

 

「ロロナの周辺環境を引っかき回すのは、もう一段落しただろう。 そろそろプロジェクトから手を引いてはどうだ。 既に周辺の戦力は充分に揃っているようだし、お前が無理に側にいなくても大丈夫だろう」

 

「いやですね。 僕は今では、好きであの子の手伝いをしています。 色々と引っかき回して苦労もさせましたが、その分成長したのを見ていますから。 まあ「女の子」としては乳臭すぎてストライクゾーンの範囲外ですけど」

 

「だが危険が大きすぎる。 今後はスピアの暗殺者や生物兵器が襲ってくる可能性も決して低くは無いのだぞ」

 

「アーランド戦士なら困難に立ち向かうのは当然のことでしょう。 むしろ、僕は苦労をさせた分くらいは、あの子を守りたいんですよ」

 

沈黙が、帯電する。

 

メリオダスは、労働者階級の出身者だ。だからアーランド戦士のような武力には、生涯恵まれなかった。

 

一方その子達は違う。母親がアーランド戦士だったから、高い戦闘力と、戦士としての意識を受け継いでいる。

 

タントリス、すなわちメリオダスの息子であるトリスタンも同じ。

 

どんなに裏家業を続けていたとしても。アーランド戦士としての影の影だったとしても。結局の所、戦士としての本能を強く宿しているのだ。

 

先に目をそらしたのは、メリオダスだった。

 

「お前も、他の子らと同じか」

 

「跡継ぎの話ですか」

 

「確かに私は自由にして良いといったさ。 だがな、なんで全員が揃って、私の業績を否定する」

 

「……」

 

タントリスは、困り果てて眉根を下げた。

 

咳払いしたステルクが、見かねて間に入る。

 

「メリオダス殿。 此処でそのような話をする事もありますまい」

 

「……わかっている。 失礼した」

 

すっかり小さくなった背中を丸めて、メリオダスが階段を上がっていく。

 

タントリスは。ため息を一つついた。

 

「母に先立たれてから、随分と父は弱くなりましたね」

 

「そうじゃない」

 

「はて? どういうことでしょう」

 

「君は優秀な戦士で、人の心にも通じているはずだが、わからないか。 誰もが年を取れば、心も弱くなるものだ。 メリオダス大臣は、若い頃は敏腕で、誰にも負けない心を持っていたからこそ、アーランドでも屈指の女性戦士の心を射止めることが出来た。 だが、それでも年を取れば、心は弱くなる。 それは恥ずかしい事では無くて、仕方が無い事なのだ」

 

ぴんと来ない様子のタントリスに、たまには酒でも一緒に飲んでやれとアドバイスすると。

 

ステルクは、これからの課題の過酷さに、思いをはせていた。

 

次は、単純な戦闘が主体になってくる。

 

この時のために鍛え上げてきたから、ロロナは相当に強くなっている。だが、それでも、夜の領域で通用するかどうか。

 

リミッターは、次の戦いでは全て外してしまおう。

 

そう、ステルクは決めていた。

 

 

 

(続)







既にスピア連邦に目をつけられているロロナ。

あらゆる意味でもうこのプロジェクトからは逃げられません。

苛烈な戦いをこなしつつも課題をこなし続けるロロナは。

既に立派なアーランドの重要な戦略級の扱いを受ける人物なのです。








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