暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
完全な異界である其処は、まさに悪魔族達の土地です。
今までは完全にアンタッチャブルだった土地。
だからこそ。
スピア連邦との激戦が始まろうとしている今。足を運んでおかなければならないのです。
足を踏み入れてみて、わかったのは。月明かり程度の光は、注ぎ込んでいる、という事だ。
だが、それでも、崖だらけの異様な地形である事は間違いない。
荷車に、カンテラを付ける。
周囲がこれで少しは明るくなった。
見ると、戦いの跡が、彼方此方にある。調査のために訪れた部隊が、この辺りで戦ったのだろう。
不可思議な光を放つ花が、周囲にはたくさんあった。
飛んでいる影が見える。
あれは、何だろう。真っ黒なアードラだろうか。アードラに、あんな種類がいるとは、聞いたことが無い。
いずれにしても、此方には近づいてこないようだ。
「まず、どちらに行く」
「ええと、最初は、見える範囲で地図を作ります。 それが出来たら、周囲を確認して、奥へ進みましょう」
「まあ、それで良いだろう」
どうやらジオは納得してくれたようなので、一安心。
皆で手分けして、周辺の地図を作る。意外にも、今の時点では、モンスターは仕掛けてこない。
ただ、かなりの数が此方をうかがっている。十や二十では無い。それも、どれもこれも、気配が今まで行ったことのある探索地とは、桁外れだ。
これでは、歴戦の猛者揃いのアーランド戦士が、攻略できない筈である。
見かけた珍しいものを採取しながら、地図をある程度作って。それから、まず最初に目指したのは、小高い岡だ。
其処から辺りを見回して、また地図に起こしていく。
空中に浮かんでいる巨大な歯車が、不気味極まりない。一体あれは、何なのだろう。それに、岩が空中に浮かんでいる。しかも、地面から離れて、空に飛んで行っている岩まである。
此処は、本当に異界なのだと、見ているだけで思い知らされる。
「一体此処って、何なんだろう」
「気をつけて。 気を抜いたら、危ないよ」
リオネラはずっと自動防御を展開しっぱなしだ。
ただ、渡しておいた腕輪を上手に使って、魔力の消耗を丁寧に抑えているからか、ある程度喋る余裕があるようだ。
それにしても、リオネラがそんな風に警告をしてくれるなんて。
クーデリアが手を振って、呼んでいる。
何かみつけたのかも知れない。
言われたまま近づいてみると、確かに不可思議なものがあった。
橋だ。
それも、古式ゆかしい吊り橋である。
どこからどう見ても人間の手によって作られたものである。ただ、新しいものだとは、とても思えない。
非常に古い様子で、乗って大丈夫か、判断がつかない。
いきなりステルクが、先に歩き出した。
ぎしぎしと音がしているけれど。橋は、落ちる様子が無い。ただ、奇襲を受けると、非常に危ないだろう。
ステルクが渡りきる。
「次はあたしが行くわ」
「じゃあ、俺も」
イクセルとクーデリアが先に。
続いて、ロロナが、ジオと一緒に。最後に、タントリスとリオネラが、重々警戒しながら渡った。
ジオは平然と辺りを睥睨しているけれど。
モンスターの気配は、ずっと消えることが無い。歩いていて、生きた心地がしないというのは、ぞっとしない。
クーデリアが眉をひそめる。
丘の上から見た地図と、全然地形が違うというのだ。ロロナも見せてもらったが、確かに様子がおかしい。
しばらく辺りを調べて見て、原因がわかった。
起伏が激しくて、丘の上からは地形が隠されていたのだ
厄介極まりない。
それに、もっととんでも無いものが、空に見えた。
真っ黒な空に同化するような、漆黒の巨大なる翼。ゆっくりと辺りを睥睨しつつ飛んでいるその巨体は、間違えるはずも無い。
ドラゴン。
アーランドの戦士達でさえ、単独での戦闘は避ける最強のモンスターだ。それもあの真っ黒な体は、凶悪なことで知られる黒竜だろう。ジオやステルクがいても、簡単に勝てる相手だとは思えない。
ぞっとする。
此処は本当に、人外の地なのだと、一歩ごとに思い知らされてしまう。
とにかく、丘の影に隠れる。
向こうは此方を見つけているかどうか、わからない状態だ。もしも見つかっていたら、攻撃を仕掛けてくるかも知れない。
上空からブレスを吐かれて、対処できるかどうか。
いずれにしても、戦いを避けるのが無難だと、ロロナは判断した。
しばらく、静かにして、ドラゴンをやり過ごす。
ようやく姿が見えなくなって、一安心。これでは行きも帰りも、気が休まる暇なんて、これっぽっちも無さそうだ。
洞窟のような場所を、ステルクが見つけた。
皆で其処に入り込む。奥の方はふさがっていて、どうにか隠れるには充分な空間があった。
火を熾して、食事にする。
あまり食欲は無いけれど。食べられる時に食べておかないと、とてもではないが体が保ちそうに無かった。
こんな恐ろしい所に、一体何の調査に来たのだろう。
此処の危険度は、あの噂に聞くオルトガラクセンに匹敵するか、それ以上では無いのか。
ジオが黙々と干し肉を食べている横に座る。
しばらく悩んだけれど。意を決して話しかけてみることにした。
「あ、あの」
「どうした。 帰りたくなったのかな」
「いえ、そうではないです。 こんな危険な場所に、何を調査するために、来たんですか」
「ふむ、そうさな。 君になら話しても良いだろう」
ジオはもう一つ、干し肉を取り出す。
確かに粗食は平気なようだ。こういう所に持ち込む干し肉は、決して美味しいものではないのだけれど、文句一つなく食べている。
「此処にはな、近隣の悪魔の長がいるのだ」
「悪魔の、長」
「君は悪魔の長と話した事があるかな」
「はい、鉱山にいる長老と、それに以前沼地で緑化作業をしている悪魔の長と、それぞれ話をしました。 話をした感触では、人間とあまり変わらないように思います」
そうかと呟くと、ジオは肉をかじる。
見張りに出ていたステルクが、クーデリアと交代。他のメンバーは、それぞれ順番に休みはじめていた。
「悪魔の長を、調べるために来たんですか?」
「いや、書状を届けに来た」
「……?」
「色々と面倒な事があるのだよ」
それ以上は、話してくれなかった。
悪魔の長と、アーランドのかなり高い地位にいるだろうジオが、何を話す事があるのだろう。
昔から、悪魔と人間は、関係が良いとは言えない。そもそも、悪魔という呼び名が、人間との関係を端的に示していると言える。
いや、悪魔達との会話から、拾い上げた情報を精査していくと。もっと恐ろしい事実が浮かび上がってくるのだけれど。今は、それを口にしても仕方が無い。
以前話した悪魔の中にも、人間を好んでいない様子の者はたくさんいた。会話はしたけれど、友達になる事が出来たとは、思えなかった。
鉱山の悪魔の長老だって、ロロナと話してくれるのは、ギブアンドテイクの関係から、だろう。
若い悪魔達がロロナに敵意をぶつけてきたときだって。
一族のために、争いを収めたという雰囲気が、ありありとあったのだ。
しばらく休憩して、疲れを取ってから、再び外に出る。此処は帰りにも、休憩を取るために確保しておいた方が良いだろう。
ステルクが岩を担いで持ってくると、入り口を塞いだ。
ロロナが術式を掛けて、入り口を偽装。
これで、帰りも使えるはずだ。
複雑に起伏がある地形を、警戒しながら進む。
まだ、最深部は、見えても来ない。
これは想像以上の難所だ。
丸二日ほど移動して、地図を造りながら進んで。だいたい、わかってきたことが一つだけある。
外から見えているよりも、この空間はずっと広い。
二つ目の丘を越えた頃だろうか。巨大な崖が見えてきた。路など、とうの昔になくなっている。
あれは、クライミングして越えるか、或いは迂回するしか無い。
クライミングは危険が大きすぎる。
そうなると、左右を確認して、迂回できる路を探すのがベターだろう。
事実、何も言わなくても、ステルクもジオも、そう動き始めていた。
岩が、空に向けて飛んでいる。
クレバスになっている場所は、底知れない闇が覗いていた。あんな場所に落ちたら、どうなるのか。
死ねるかさえ、わからない。
永久に落ち続けるとしたら、本当にぞっとしない。
此処は一体、何なのだろう。
地図を造りながら、崖を迂回していくと。段差状になっている部分を発見。此処からなら、上に上がる事が出来るだろう。
良かったと言いたいところだが。
すぐに、その楽観は消し飛ぶことになった。
四方八方から、殺気が生じたのである。
モンスターだ。
それも、この気配。明らかに、待ち伏せしていたに違いない。荷車を中心に、円陣を組む。
星空のような照度だから、遠くまでは見えない。
だから、それらが近づいてきたとき、思わずロロナは声を上げてしまった。
一目で上級悪魔と分かる存在達。
しかし、頭に何か、おかしな機械のようなものを付けられている。以前から状態がおかしいモンスターには遭遇してきたが、これは露骨すぎるほどだ。
これが、合計で四体。
しかも、それだけではない。
明らかに此方に敵意を向けているモンスターが、ぞろぞろと、四方から現れる。どれも様子がおかしい。
きっとファングやウィッチローズと同じだ。
数は、五十を越えている。
「囲まれると不利だな」
平然と、ジオが言う。
きっと、不利だなどとは、みじんも思っていないのだ。この人の実力から言えば、当然なのかも知れない。
でも、ロロナ達は、身を守りきれない。
すばやく、辺りの地形を確認。
もし戦うとすれば、方法はあまり多くない。
「ステルクさん、あの一角を突破して、下がりながら戦うしか……」
「そうだな。 それがいいだろう」
あの様子がおかしいモンスター達は、此処から来たのだろうか。
いや、それは違う。
はっきり確信できたけれど。あれは人為的なものだ。それも、ジオがいるところに仕掛けてきた所から考えて、アーランドの内部から来ているとは考えにくい。というのも、もしもあんな事が出来るとしたら、アストリッドくらいしか、ロロナには思いつかない。アーランドには魔術師は多いけれど、機械の類を使いこなせる人材はあまりいない。技術者だって、複雑な魔術が絡んだ技術に関しては、お手上げの場合が多いのだ。
そうなると、よその国の錬金術師の仕業と見て良い。
アストリッドは確かにこの国を恨んでいる。
それは、ロロナが一番よく知っている。
でも、流石にこんなやり方は出来ない。監視もされているだろうし、何よりも規模がおかしい。
荷車から、発破を取り出し、処置をする。任意のタイミングで爆発させることが出来るように、だ。
モンスター達は、お構いなしに近づいてくる。そうだろう。そう動く事は、わかっていた。
その一角に、いきなり束にして、発破を投げつけた。
耳を塞ぐ。
みな、それに倣ってくれる。
この闇の世界に、いきなり太陽が出現したかのような光。耳を塞いでいても、凄まじい轟音が、びりびりと伝わってくる。
改良中のメガフラムを、束にして放ったのだ。
包囲網の一角が、文字通り消し飛んでいる。可哀想だけれど、今は同情している暇が無い。
「突貫っ!」
叫ぶと、穴を開けた方位に向けて、走り出す。
同時にモンスター達も、一気に輪を縮めてきた。下り坂を、全力で走る。前衛をステルクが、後衛をジオが努めてくれる。包囲網を塞ごうと数体のモンスターが緩慢に動くけれど、連携があまり上手に取れていない。
飛びついてきた一体を、リオネラの自動防御が吹き飛ばす。致命傷にはならないが、遠ざけるだけで充分。
前衛を、ステルクが切り伏せ、路を作る。
其処を、一気に走り抜けた。
怒濤のように、敵が追ってくる。ジオが残像を残して走りながら、追いついてきた。
「逃げるのかね」
「戦いやすい地形に、誘導します!」
「ほう……」
ジオがにやりと笑うと、少し距離を取り、近づいてくる敵を片端から斬り伏せはじめる。
しかし、モンスターは包囲を作っていた者達だけでは無かった。
前を塞ぐようにして、また一団が姿を見せる。一体どれだけの数が、待ち伏せしていたのか。文字通り、必殺の態勢に、ロロナ達を追い込むつもりだったのだろう。
至近。
腕を振り上げる、小型のベヒモス。
だが、即応したクーデリアが、連続して火焔弾を顔面に叩き込む。更に跳躍して、膝蹴りを頭に叩き込んだ。
巨体が冗談のように揺らいで、尻餅をつく。
もう、昔のクーデリアでは無い。
一斉に飛びかかったモンスター達を軽くいなしながら、クーデリアは連続して発砲。時には体術を駆使して、敵を寄せ付けない。
走る。
脱落者は出ていない。ロロナも時々、左右や後ろに、発破を投擲。爆発を尻目に、ひたすら走る。
前衛はステルクが、切り開いてくれる。
そう信じさせるだけの力が、ステルクにはある。事実雷光が閃く度に、モンスターが吹き飛び、斬り伏せられている。
大型の百足のようなモンスターが、真横から勢いよく迫ってくる。
ジオは後ろで、機械を頭に付けた悪魔と交戦中だ。ステルクも、此方に構っている余裕が無い。
ロロナ達だけで、どうにかするしか無い。
発破を投げつけるけれど。煙を斬り破って、無理矢理に突進してくる。
まずい。勢いを殺しきれない。
更に最悪なことに、このタイミングで、横殴りに複数の火球。リオネラの自動防御のキャパシティを明らかに越える。
クーデリアが即応、火球を全て叩き落とす。
上空から落ちるようにして、百足にタントリスが蹴りを叩き込む。
だが、それを待っていたように。
ファングよりは若干小型だが、それでも充分に巨大で凶猛な黒い狼が、突進を仕掛けてきた。
自動防御に、全力で噛みついてくる。
火花が散る中、走る。
「おおおらああっ!」
イクセルが、連続してフライパンでの一撃を叩き込むが、まるで平然としている。ファングも凄まじい耐久力を誇った。
アレに近い性能を持っているのだとしたら、頷ける。
タントリスが、横っ面を張り倒すように、狼に蹴りを浴びせかける。
どうにか、それで自動防御から弾くことが出来たけれど。
乱戦の中、ステルクとジオが、少しずつ遠くなっていく。
もう少しで、予定の地点にまで行けるのに。ひょっとして、誘導されているのは、むしろ此方では無いのか。
懸念が、間もなく現実となる。
ロロナが敵を誘導しようとしていたのは、来る途中にあった狭い小道。此処なら、左右を気にせず、迎撃に専念できる。その筈だった。
其処には、ジオが相手しているのとよく似た大型の悪魔が、仁王立ちして待っていたのである。
しかも、頭には機械が付けられている。
詰みだ。
退路は完全に防がれた。しかも、ステルクとジオには多数の敵が群がって、ロロナ達とは距離が離れはじめている。
どうする。
このままでは、完全に包囲されてしまう。
一斉攻撃を受けたら終わりだ。ただでさえ攻勢をかけて来ているモンスター達は、異常な強者揃いなのだ。
「どうする? あの悪魔を瞬殺して、突破する?」
「多分無理だよ」
ロロナは、意外なほど冷静に、そうクーデリアに応えていた。
上級悪魔の実力は、ロロナだって知っている。というよりも、今ならば、肌で感じるというのが正しい。
しかも頭に機械を付けているあの悪魔、明らかに様子がおかしい。
通常の悪魔とは、何かが違っていてもおかしくない。
そそり立った岩壁の、その麓へ走り込む。
こうなったら、後ろを気にしない状況だけでも作って、それで戦うしか無い。不本意だけれど、他に手が無いのだ。
荷車から、発破を取り出す。
そして、迫り来るモンスター達に、片っ端から投げつけた。
雷光が炸裂し、氷の嵐が吹き荒れる。
上空に打ち上げられた発破が、殺戮の嵐を巻き起こす。
翼を折られたアードラの大型種が地面に激突し、顔が凍ったドナーンがもんどり打って地面に倒れる。
だが、仲間の死骸を踏み越えて、モンスターが次から次へと来る。
死など、全く怖れていない。
これでは、まるで。
死者の兵団だ。
クーデリアの速射は凄まじい。威力が伴っていなかった今までと違って、敵を確実に劫火へ包む。
炎に包まれたモンスターは転げ回って消火するが、それでも時間は稼げる。
その間に、ロロナが発破を投げつけ、魔力砲撃を浴びせて、敵の数を削りに掛かるけれど。怒濤のごとく押し寄せるモンスターは、タントリスとイクセルだけではとてもではないが防ぎきれない。
ステルクは、遠くで苛烈な包囲に晒されたまま。
ジオもだ。
唸り声を上げながら、迫ってくるのは、ベヒモス。しかも、悪魔と同じように、頭に機械を付けられている。
今更、退路を作ることは難しい。
しかもこのモンスターの群れは、頭を潰しても動き続けるだろう。死屍累々の中、延々と迫ってくる様子からも、それは明らかだ。
不意に、鈍い音がした。
反射的に杖で弾いてしまったけれど、何だろう。拾っている余裕は無いから、見るだけ。
ライフルの弾が落ちているのを視認。
つまり、狙撃を受けたという事か。
ライフルの弾程度なら、別にもらっても何でも無い。むしろ、今は好機かも知れない。
「くーちゃん!」
「わかった!」
もしも、頭を潰すのなら。
モンスターのでは駄目だ。
ベヒモスの顔面に、いきなり魔力砲を叩き込む。のけぞった巨体に、更に発破を投げつけた。
荷車の中にある発破は、どんどん減ってきている。
爆発を押し破るようにして、ベヒモスが突き進んでくる。他のモンスターも、容赦なく間を詰めてきた。
「りおちゃん、頑張って! 出来るだけ耐えて!」
「ロロナちゃんこそ、大丈夫!?」
「うん……!」
あまり大丈夫じゃ無い。
大威力の魔術を連続して使っているのだ。魔力を蓄えておいたアーランド石晶も、そろそろ限界が来る。
でも、どうにか耐え抜く。
タントリスとイクセルが、頑張って壁になってくれている。
後は、もう少し耐え抜けば。
大丈夫。
クーデリアなら、やってくれる。
そう信じて、ロロナは残り少ない魔力を、振り絞った。
崖の上。
数人を発見。明らかに、どれも人間だ。
爆発に紛れて姿を消したクーデリアは、乱戦の中から、一人抜け出していた。
この間、ロロナと秘密を共有してから。
体がとにかく軽い。
雷鳴にも、一皮むけたと太鼓判を押してもらっていた。
事実、火焔を弾丸に纏わせるのも。圧力を纏わせるのも。以前とは、破壊力の次元が違っている。
結局の所、今までのクーデリアは、時間稼ぎと足止めに特化した能力者だったけれど。
今は違う。
敵の軍勢を、正面から向かい討てる能力者へと変わっていた。
影に隠れながら、崖の上に這い上がる。
モンスター達を指揮している連中が見えてきた。
何か機械のようなものを使って、大まかな指示を出しているらしいのが、一人。白衣を着ていて、身体能力はそう高いようには見えない。
あれは、錬金術師か。
見たところ、やせこけた中年男性だ。髪の毛は禿げてしまっていて、体も不摂生が目立つ。
周囲には、身体能力が高いのが一人。いわゆるメイド服を着込んでいる、赤髪の美しい女の子だ。嫌みのように整った顔立ちが、むしろ非人間的である。
見かけ、クーデリアと年も変わらない女の子に見えるが。
わかる。
アレは人間では無い。多分クーデリアやロロナと同類。つまり、人造の生命体か、体の一部を改造している存在だろう。クーデリアは体の不足部分を人造の生体パーツで補っている状況だけれど、これに関しては本能で察知できる。
もう数人は。
見かけたことのある奴がいる。
あれはおそらく、ロロナをつけ回して監視している奴だ。ライフルを構えている所から言って、あれが狙撃してきた奴だろう。
「駄目だな。 ライフルでは通らん」
「だから魔術も乗せていない弾では、無駄だと言っています」
「しかしな、ニュートン。 この弾丸は、ハルモニウムでつくったものなんだよ」
「ハルモニウムだろうが何だろうが、ライフルの弾速では同じ事です」
ライフル持ちに、ニュートンと呼ばれた女の子が応えている。
他の護衛は、どうと言うことも無い連中ばかり。あのニュートンというのを制圧すれば、勝ちが確定だ。
「一人、減ってませんか?」
「乱戦の中で、倒されたのでしょう」
「いいえ、此処にいるわよ」
返事は、待たない。
会話している間に後ろに回り込んだクーデリアは、容赦なくドロップキックをニュートンとやらに叩き込んでいた。
不意を打たれたが、それでも空中で体制を立て直し、地面を擦りながら向き直るニュートン。
だが、それだけで充分だ。
既にクーデリアの手には、錬金術師が持っていた機械がある。
そして右手の銃は、錬金術師に向けていた。
「動かないで。 動くと火だるまよ」
「い、いつの間に!」
「……ふむ、さすがはアーランド人だ」
錬金術師が、平然と言う。
護衛の連中など、ものともしない。至近からライフルを叩き込まれても、今なら避けることさえ出来る。
問題は、少し距離を置いたニュートンという奴だけ。
だが、しかし。この錬金術師らしい男の余裕は、どこから来るのだろう。
「モンスター達を止めなさい」
「そうはいかん。 此処であの戦闘狂を葬っておかなければ、我が国にどんな影響があるかわからんでな」
「殺すわよ」
「君に出来るのかな?」
無造作に、クーデリアは周りを囲んだままだった一人を蹴り飛ばす。
冗談のように吹っ飛んだそいつは、地面で二度バウンドして、動かなくなった。アーランド人の身体能力を、列強の人間に叩き付ければこの通り。クーデリアが腕を上げてきていると言うよりも、相手が脆弱すぎるのだ。
ライフル男が、真っ青になって後ずさる。
「悪いけど、殺しは経験済み。 あたしだけじゃなくて、アーランド人の戦士階級なら、幼い頃に全員、ね」
「聞きしに勝る修羅の国だ。 その様子だと、脅しでは無くて、本当に殺しに来そうだな」
「最初からそう言っているけれど」
「ニュートン!」
瞬時、間合いを詰められる。
しかし、動きは見きった。
クーデリアも歴戦をこなしてきたのだ。
繰り出された蹴りを、態勢を低くして避けながら、機械を放り上げる。そして、至近から、遠慮無く弾丸を撃ち込む。
残像を残して、避ける。
だが、二発はなった弾丸は、相手の逃げ道を特定するためのものだ。
開いている手で、ニュートンの顔面を掴み、地面に叩き付ける。手を掴んで、押し返そうとしてくるが、力の入れ方に工夫をしている。押し返せず、もがくばかり。力は相手の方が強いようだが、経験は此方が上だ。
錬金術師は。
なんと、背中に翼を生やして、空にいる。
いや、違う。おそらくアレもモンスターの一種だろう。体に付着させて、そのまま操作するタイプとみた。
「もういい。 一旦距離を取ることにしよう。 適当に君達も逃げてくるように」
「そ、そんな!」
「それで逃げたつもりかしら」
「そのつもりだよ」
不意に、体を跳ね上げられる。
空中で機械をキャッチしながら、着地。
起き上がりながら、ニュートンが服の埃を払っている。
さては此奴。
クーデリアの注意を引きつけるために、わざと押し倒されたか。だが、それでも。クーデリアの方が一枚上手だ。
ばらばらと、周りにいた護衛らしき連中が逃げ出す。
錬金術師は高笑いしながら、飛んでいった。単独で行ったと言うことは、あの翼のモンスターには、自衛能力もあるのだろう。
「この機械の使い方は?」
「それはダミーです。 マスターが離れていったので、モンスター達はじきに戦線を離脱します」
「本当かしらね」
横目に、崖下を確認。
確かに、モンスターの動きが鈍っている。一部は撤退を開始したようだ。
ロロナはかなり追い詰められていたから、攻撃を緩和する理由が無い。確かに、このニュートンとやらが言うとおりなのだろう。
不意打ちの飛び膝をかわしながら、機械を放り捨てる。
見向きもしない。
やはり、本当か。
連続で繰り出される蹴りをかわしながら、相手が本気で無い事を理解。或いは、人間は殺せないように作られているのかも知れない。
顔面を抉るように繰り出された蹴りを、掴む。
膠着。
力は相手の方が強いが、力のかけ方がまだ未熟。外させない。
跳ね上がったニュートンが、体を旋回させ、無理矢理に外しに掛かるが。しかし、クーデリアの方が、もう一枚上手だ。自身も跳び上がりながら、地面に叩き付ける。受け身を取れなければ、どんなに頑強な体でも、ダメージは免れない。此方は雷鳴に、格闘戦を徹底的に鍛え込まれているのだ。
くぐもった悲鳴。
更に、顔面に、銃を突きつけた。
「あらかた喋ってもらうわよ」
「死など怖れません。 撃つならご自由に」
「……うぉおおおおおおっ! 逃げろっ!」
いきなり、飛びかかってきた男がいる。
今、逃げ散った中の一人だった。多分ロロナを撃った男だろう。一瞬だけ気が逸れる。その瞬間に、ニュートンは逃げ去っていた。さっき、クーデリアが蹴倒した一人を、抱えた上で。
勿論、ただでは逃がさなかった。外す瞬間、無理な力が肩に掛かるようにした。しばらくは戦闘など出来ないはずだ。
男はと言うと、クーデリアに組み伏せられて、もがいている。
下では、戦闘が終わっていた。嘆息するが、むしろ此方の方が良かったかも知れない。あれが死を怖れていたとは、思えなかったからだ。
「名前は?」
「ヴァレット……」
「何故こんな無謀なことを? 貴方たちにとって、あのニュートンという子は、消耗品じゃないの?」
「錬金術師の糞野郎はそう言うかも知れないけどな。 俺にも血はつながってないが、あれくらいの年頃の、面倒を見ている娘がいるんだよ。 見捨ててはおけないだろ。 放って置いたら、どんな拷問をされるか、知れたもんじゃないからな」
此奴は、おそらく間諜の筈だけれど。
こんな風に考える間諜もいるのか。
少し、クーデリアは驚かされた。
男を縛り上げると、担いで下に降りる。この程度の崖なら、クライミングをする必要も無い。
ポンポンと飛び降りるクーデリアを見て、男は目を剥いた。
着地すると、ずたぼろにやられていたロロナが、出迎えてくれる。彼女の期待に応えることが出来て、良かった。
「敵性勢力は?」
「逃げてったよ。 くーちゃん、その人は?」
「見覚えが無い? あんたをつけ回していた奴よ」
ロロナは相変わらずで、もう少しで全滅という所まで追い込まれたのに、気にしてもいないようだった。
それはそれでいい。
ロロナは、そうであってほしいと、クーデリアは思う。
ステルクとジオが戻ってきた。ジオは流石だ。あの洗脳悪魔四体を同時に相手にして、軽傷で済んでいる。
ステルクも、あれだけの数のモンスターを相手にして、無事生還していた。まだまだ、ステルクには勝てる気がしない。
ジオはさらなる高みにいる。
生きている間に追いつけるのだろうか。リボルバーを開けて、弾丸を装填しながら、クーデリアはそう思った。
「二体は仕留めたが、もう二体には逃げられてしまった」
そう言うジオは、何だかとても楽しそうだった。
だからこそに。
この男は、修羅の集うこの国で、最強なのかも知れない。