暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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ジオ王の正体をロロナが知ったのはこのときですが、まあロロナも薄々気づいてはいました。

今回の案件はアーランド最強の戦士二人が出向くほどの重要案件だったのです。





4、追撃

ジオは、何というか。アーランド人であるロロナから見ても、人間離れしていた。

 

夜の領域を離れて、即座に彼がしたのは。足跡と痕跡から、どうやって間諜達が逃亡したのか、特定したことだった。

 

しかも、クーデリアからひとことふたこと聞いただけで、全員の人物像を把握したのだから凄まじい。

 

記憶力の良いクーデリアが、その場にいた間諜全員の特徴を覚えていたことは、別に不思議では無いけれど。

 

口聞きしたその内容を、即座にフィードバックできるのは、やはり並大抵のことでは無いと、ロロナは思った。

 

ジオによると、逃亡した間諜は、東に逃げているという。

 

そっちには、幾つかの村があるのだけれど。その側に、小さな森がある。モンスターもまだ放していない、成長途上の森だと言う事で。隠れ潜むには、絶好の場所と言って良いだろう。

 

ただ、どうしてロロナが連れてこられているのか、それがわからない。

 

皆と別れて、小さな荷車だけを引いて、ロロナはジオについていく。

 

足跡が見えているのか、それとも臭いを追っているのか。ジオはまるで躊躇することなく、歩いていた。

 

「ええと、陛下」

 

「何かな」

 

「どうしてわたしを、連れてきたんですか」

 

しばらく、無言が続いた。

 

装備の大半を失った荷車が、ころころと音を立てている。エンチャントしてあるから、自動で動く荷車だけれど。

 

「それはな。 君にそろそろ、この国を取り巻く現状を、知っていて欲しいと思ったからだよ」

 

「……それが、わたしを使って、何だかわからないプロジェクトを実行している理由なんですか?」

 

「ほう?」

 

面白そうに、ジオはロロナを見た。

 

やっぱり、そうだったのか。

 

頭が冴えてきているから、わかる。ロロナは何か、とんでも無く大きなプロジェクトに巻き込まれている。

 

最初からおかしいとは思っていたのだ。

 

アトリエの存続を掛けた課題と言うには、あまりにもマクロ的な戦略に基づいた課題が、多すぎた。

 

最初から準備されていたように、着実に上がっていく難易度。

 

困っていた人を救うために頑張っていたけれど。

 

その規模がだんだん大きくなっているのを見て、ロロナはおかしいと思っていた。アトリエの存続をはかるためにしては、あまりにも事が大きすぎると。

 

特に耐久糧食。湧水の杯。アーランド石晶。

 

これらは、アーランドの国力にも影響しかねない、巨大なプロジェクトだ。

 

ロロナが改良した大砲についても、そうだ。

 

国境に配備が始まったと、この間ステルクに聞いたけれど。大砲達は、今後、アーランドを分かり易く守るための盾になる。

 

いずれもが、国家規模の事ばかり。

 

言い方は悪いが、一アトリエの存続に関係するような事業だとは、とても思えない。

 

「その様子だと、もう君は、自分の身に起きたことにも気付いているのかな」

 

「はい。 わたしが馬鹿だったから、くーちゃんを巻き込んで、こんな……」

 

「まあ、その体の是非については、ゆっくり考えると良い。 さて、そろそろ、という所かな」

 

既に、空はすっかり漆黒と星々に染められている。

 

森の中に、たき火が見えた。

 

呆れた話だ。村の人達は、どうして放置しているのだろう。ちょっと手をかざして見ると、一応村の側からは見えないように工夫はしているようだけれど。それにしても、あまりにもずさんだ。

 

きっと疲れ果てて、まともな判断力を無くしてしまっているのだろう。

 

「ふむ、数は九か。 戦闘用ホムンクルスが一体いるな」

 

「この距離で、わかるんですか」

 

「私も幼い頃から、戦士としての帝王教育と英才教育をずっと真面目に受け続けてきたからな。 単に私は才能があったのでは無く、誰よりも努力しただけだったのだろう。 父も母も超えることが出来た」

 

剣を抜くジオ。

 

抜き身の白刃をぶら下げて、歩き始める。

 

このままでは、殺戮の宴が、その場に出現するのは必至だ。よその国の人達、それも辺境出身では無くて、列強のぬるま湯になれた間諜なんて。ロロナにだって勝てない。ましてや、この人が本気で刃を振るったら。

 

人数分、ミンチ肉が出来るだけだ。

 

「一つ聞かせてください」

 

「何かな」

 

「三年間の課題が終わったら。 わたしとくーちゃんを、自由にしてくれますか」

 

「勿論、二人にはそれ相応のポストを用意するつもりだ」

 

王が、嘘をつくことは許されない。

 

ただ、ジオは今、自由にするとは言わなかったけれど。相応のポストをくれると言った。つまり、それだけ行動権と、発言権が備わると言う事だ。

 

それならば、好き勝手にはされなくなる。

 

悪くない内容だ。

 

昔だったら、こんな風には絶対に考えなかっただろう。記憶が戻ってからと言うもの、考え方にシャープさが増していることを、ロロナは自覚していた。クーデリアは、こんな思考を、ずっとしていたのだろうか。

 

そうかも知れない。

 

だとすると、苦しかっただろう。現実主義は、必ずしも良い事ばかりでは無いと、ロロナは思う。

 

いずれにしても、今は将来のポストを少しでも良くするべく、行動を続けるときだ。

 

ロロナは頷く。

 

「わたしに、任せて貰えませんか?」

 

「どうにかする手があるのかね」

 

「やってみます」

 

戦闘用のホムンクルスがいるのなら。かなり危険もある。ホムは話によると、今のクーデリアよりも強いという。

 

それならば、接近戦ではロロナが勝てる相手では無い。

 

しかし、ジオが突っ込んでいったら、この場にいる相手は皆殺しだ。出来れば、それは避けたい。

 

必要な場合は、相手を殺す事は仕方が無い。

 

そんな事はわかっているし、今までも状況に応じて実行してきた。

 

しかし、殺さずにも済むのなら。

 

それに話を聞くことが出来れば、殺してしまうより、有益な情報だって、手に入りやすい筈だ。

 

ジオが足を止めた。

 

彼処に、八人。そう教えてくれたので、ロロナは歩き始める。

 

森の中に足を踏み入れると、空気がひんやりした。多分戦闘用ホムンクルスは、もうロロナに気付いたはずだ。

 

それでも、遠慮無く、進んでいった。

 

たき火が見える。

 

それを囲んでいる八人。いずれも、労働者階級の、普通の人達に見えた。みんな不安そうに、青ざめた様子で、たき火の周りで座っていた。

 

「リーダーは戻ってこないな」

 

「アーランド戦士に捕まったんだぞ。 逃げられるわけが無い」

 

「今頃、モンスターの餌にされちまったんだろうな」

 

「本国が、助けてくれるわけがないよな。 俺たち、これからどうすればいいんだろうな」

 

予想通りと言うべきか。

 

いや、好機と言うべきか。

 

あのヴァレットという人は、間諜達のリーダーだったらしい。

 

これなら、説得に応じてくれやすい。

 

咳払いすると、青ざめた間諜の人達が、一斉に振り返った。ロロナは努めて笑みを作る。だが、悲鳴を飲み込む声が、聞こえた。

 

女の人に到っては、腰を抜かし掛けているようだ。

 

「ひっ!」

 

「こんな所でたき火して、街道から丸見えですよ。 それに煙も上がっているから、すぐに近くの村の人も、不審に思ってくると思います」

 

「だ、だまれっ! ニュートン!」

 

ホムより少し背が高くて、だけれど無表情な女の子が立ち上がる。

 

彼女が、戦闘用ホムンクルスか。

 

確かに足運びを見る限り、かなり強い。だけれど。

 

いや、ホムよりかなり力は劣るようだ。ロロナより近接戦闘は出来るだろうけれど、一瞬で殺されるほど力の差は無い。

 

何より、肩を押さえている。

 

今のクーデリアが、無傷のまま逃がすはずもない。相当な深手を負わされていたのだろう。

 

みな、震えながらナイフやらライフルやらを構えているけれど。

 

きっと分かっている筈だ。

 

「もう、降参してもらえませんか」

 

「こ、殺す気だろう!」

 

「そのつもりだったら、たき火に向けて、大威力の砲撃を撃ち込んでいます。 わたしのことは、知っているし、調べてもいるんでしょう?」

 

一人が、ナイフを取り落とす。

 

さっきロロナが言ったことを、思い出したのだろう。

 

街道から、丸見えだったと。

 

「殺したりしません。 多分尋問はされるし、牢屋にも入れられると思いますけれど、このままアーランド戦士のたくさんいる街でこそこそ情報を探るよりも、ずっと安全だと思います」

 

「……ほ、本当に、殺さないんだな」

 

「貴方たちのリーダーも、死んでいません。 捕まえましたけど」

 

今、ロロナが懸念しているのは。

 

パニックになった間諜達が、四方八方に逃げる事だ。そうなったら、即座にジオが動くだろう。

 

そして全員、ミンチ肉だ。

 

「武器を捨てて」

 

努めて優しい笑顔を作る。

 

恐怖で顔をくしゃくしゃにした一人が、ライフルを手放した。それが切っ掛けになって、皆武器を捨てていく。

 

嘆息。

 

良かった。困り果てたようにホムンクルスが、彼らに聞く。

 

「私はどうすれば良いのですか?」

 

「た、たのむ、降参してくれ! 俺たちまで殺される!」

 

「お願いだから、ね! ね!」

 

必死の懇願を受けて、ホムンクルスは悩んでいたようだけれど。多分、頭が難しい問題にオーバーヒートしてしまったのだろう。

 

両手を挙げたまま、固まってしまう。

 

荷車に入れてきた縄を使って、皆を縛り上げる。縛るのはあまり上手ではないし、経験も積んでいないので、苦労した。

 

アーランド人として、モンスターとの戦い方や獣の捌き方は身につけているけれど。人を縛る方法は、不慣れなのだ。

 

「へいかー! みんな、捕まえました!」

 

「ご苦労」

 

ぬっと、ジオがその場に現れる。

 

今まで気配が全く無かったのに。いきなりその場に姿を見せたので、涙を流しながら恐怖の悲鳴を上げる間諜も少なからずいた。

 

全員を見回して、ジオは満足そうに頷く。

 

「これで、残りはアーランド王都にいる者達だけだな。 良い。 身柄さえ確保できれば、後は魔術師と諜報部隊が、残りも一網打尽にしてくれるだろう」

 

「あまり酷い事はしないであげてください」

 

「する必要も無い。 尋問に使う魔術は発達している。 別に拷問などせずとも、情報は引き出すことが可能だ」

 

絶望しきった目の諜報員達。

 

ジオが側の村に行って、戦士を何人か連れてくる。

 

後は、アーランドまで無事に護送すれば終わりだ。

 

良かったと、心底から思った。殺されずに済むのなら、何よりだろう。

 

戦士達が乱暴に間諜を立たせようとしたので、思わず言う。

 

「もう抵抗も出来ません。 乱暴にしないで」

 

「何だよてめーは。 ん? おっと、あんたは」

 

「錬金術師殿ではありませんか! おい、お前ら、この方の言うとおりにしろ。 この方が作った湧水の杯で、ヒラヌア村の連中は、水に困らなくなって、近くの川まで往復して水汲みにも行かなくて良くなったし、風呂にも入れるようになったんだぞ」

 

「わかってる! 俺のいとこも随分助かってるんだ! 言うとおりにする!」

 

戦士達が、わいわいと言う。

 

妙なところで名前が浸透しているようで、ロロナはちょっと苦笑いしてしまった。だけれど、もう振るう必要が無い暴力を、振るわなくて良いのは嬉しい。

 

引っ立てられていく間諜達を見ながら、ロロナは思う。

 

これで、良かったのだと。

 

 

 

ジオと一緒に、アーランドに到着。

 

荷物は既にクーデリアが、片付けてくれていた。色々と話を聞いていると、ジオがまだ一仕事あるという。

 

何だろうと、緊張に身を固くしてしまう。

 

まだ、戦いがあるのだろうか。

 

ある意味戦いだと、ジオは口の端をつり上げる。ロロナは生唾を飲み込んでしまった。

 

つまり、どういうことなのだろう。

 

クーデリアはその場に残るようにと、わざわざジオが言う。そう言われると、口をつぐまざるを得ない。

 

連れだって、大通りへ。

 

そして、普段は絶対足を踏み入れない、高級住宅街へ。

 

何度か、両親に連れられて、来たことはある。アーランド戦士の中でも一流の両親は、ここに住んでいる人達にもコネクションがあるらしくて、その気になれば住むことも出来ると、いつか言っていた。

 

クーデリアの家は、この地区には無い。

 

どうしてかはわからないけれど、どちらかと言えば貧しい人々が住む区画の端っこにある。だから余計に目立つ。これは或いは、フォイエルバッハ卿に何か考えがあっての事かも知れない。屋敷自体は相応に大きくて、高級住宅街にあるものと、全く遜色がないのだから。

 

「此処だ」

 

ジオが足を止めたのは、この地区にしては質素な家。

 

いや、勿論大きいのだけれど。何というか。全体的に、節制が染みついている印象の家だ。

 

ただ、中ではメイドさんも働いているようだし、ある程度の調度品も整っている。

 

「屋敷の主人がいることは、確認済みだ」

 

「此処は……?」

 

「この国の大臣の屋敷だ」

 

思わず、身を縮めてしまう。

 

身繕いは大丈夫だろうか。

 

よその国ほど、アーランドでは見かけを気にしないと聞いたことはあるけれど。流石に大臣の前に出るとなると、話は別。

 

ただ、王様が事情があるとは言え、これだけフランクに庶民と接している国なのだ。

 

あまり、気にする必要は無いのかも知れないけれど。

 

さっそく堂々と屋敷に入るジオ。

 

ロロナは慌てて後に続く。

 

屋敷の人達は、ジオのことを知っているらしく、慌てて左右に分かれて最敬礼する。そして、応接に入ると、大臣がいた。

 

頭のはげ上がった、小柄なお爺さんだ。

 

そういえば、この人は。王宮で何度か見かけたことがある。体制の不満を口にしながら、ぶつぶつと歩き回っているので、有名な人だ。

 

まさか、大臣だったとは思わなかった。

 

「メリオダス、遠征の帰りに寄ったぞ」

 

「また急なお越しでありますな。 あまりもてなしは出来ませんが」

 

「良い。 今日はロロナくんとの顔合わせをしておこうと思ってな」

 

いきなり話を振られたので、慌てて頭を下げる。

 

メリオダス大臣の反応は薄い。この様子からして、おそらく相手は、ロロナの事を知っているらしい。

 

まあ、無理もないだろう。

 

ロロナの推理通りだとすれば、多分メリオダス大臣も、この良くわからないほどの大規模プロジェクトに、一枚噛んでいるのだから。

 

柔らかいソファに座らされる。

 

良い香りの紅茶が出た。あまり美味しいものではなくて、高級感を楽しむもののようだ。実際、高級品が美味しいとは限らないことは、ロロナもよく知っている。

 

ただ、このソファの柔らかさはいけない。あまりにも、気持ちが良すぎるのだ。

 

或いは、駄目な人を生産するためのソファかも知れないとさえ思ってしまった。

 

「夜の領域での件は、どうでありましたか」

 

「交渉は上手く行った。 後の会議で提示するが、大幅に相手から譲歩を引き出すことに成功したよ」

 

「それは、流石にございます」

 

「それでどういうわけかな。 間諜に情報を流したのは、お前だろう」

 

いきなり。

 

空気が、殺気を孕んで、氷点下になる。

 

ロロナは思わず、口を付けかけた紅茶を、噴き出すところだった。

 

「な……」

 

「夜の領域で、あまりにも完璧な状況で奇襲を受けてな。 おかしいと思って色々と調べて見たのだが、そう言う結論になった。 無論お前の事だから、この国を思ってのことだとは知っているが。 具体的な理由を聞こう」

 

大臣は、どうみても戦士階級の人ではない。

 

ロロナだって、この国の大臣が、労働者階級出身でありながら、戦士階級からも尊敬される珍しい人だという噂くらいは聞いたことがある。

 

だがそれは、あくまで労働者階級だという事も意味している。

 

武力で立身した人では無いのだ。

 

つまり、王がその気になれば。

 

瞬時にミンチにされてしまう。殺気を叩き付ければ、それだけで心臓を止めてしまう事だって、可能だろう。

 

しかし、王はいつそんな事を調べたのだろう。

 

そういえば、帰路で何度か見失ったことがあったけれど。あの時に、間諜に尋問していたのか。

 

それとも、尋問の成果を、聞きに行っていたのかも知れない。

 

「応えよ。 場合によっては斬る」

 

「も、申し訳ございません。 相談が遅れました。 実は、スピアの側から、私に接触があったのです。 情報を交換しないかと」

 

「乗ったのか」

 

「はい。 彼らの諜報網を、一網打尽にする好機でありましたので。 陛下の武力であれば、多少の戦力はものともしないだろうという計算もありました。 私の落ち度にございます。 まさか、あれほどの戦力を一度に動員して来ようとは」

 

しばらく、今まで見た事も無い厳しい目でジオは大臣を見ていた。

 

震えが来るほどだ。

 

モンスターで言えば、ジオはドラゴンの王にも等しい。この世で最強の一角に数えられる戦闘に特化した生命体だ。

 

それが、本気での怒りを見せている。

 

どういう意味かは、ロロナにもわかっている。この人の気まぐれで、この屋敷はあまり時間を掛けずに、住民や構造物ごと、この世から無くなる。並のアーランド戦士では、この人には束になっても勝てない。

 

「貴様らしくも無い失態だな」

 

「急いで陛下には知らせようかと思ったのですが、彼らにしてみれば、監視も付けていたことでしょう。 彼らが陛下を侮っていることを逆用し、後で伝えるしか無いと思いましたので」

 

「余を信用してくれることは嬉しいのだがな」

 

「恐縮にございます」

 

メリオダスが、深々と頭を下げた。

 

はげ上がった頭には、冷や汗が浮かんでいた。

 

ロロナは同席はしたけれど、それ以上何も出来なかった。ソファの柔らかさなんて、もう世界の果てにまで消え失せている。

 

文字通り、生きた心地がしなかった。

 

それに、本来のジオは、一人称を余とする事も、はじめて知った。それは確か王様などの、高貴な人が使う一人称の筈。

 

つまり、ジオは普段はあれでも、猫を被っていた、という事だ。

 

本来のこの人は、どれだけ怖いのだろう。

 

想像するだけでも、背筋を悪寒が這い上る。

 

「それで、どれほどの情報を引き出せた」

 

「はい。 既にスピアは、戦闘タイプのホムンクルスを生産しはじめています。 ただ、どうもその戦闘力は、アストリッドが生産しているものにくらべると、一段落ちるようなのです」

 

「それは既に戦場で目撃した」

 

「恐縮です。 もう一つ、此方がより重要かと思われるのですが」

 

聞かされた内容は、ロロナにも無関係ではなかった。

 

この世界で過去、何が起きたのか。

 

悪魔達に要請された、いにしえのみやこの探索。

 

それに、今後するべき事。

 

その全てに、関わっていた。

 

 

 

大臣の屋敷を出る。

 

使用人が、不意にロロナに、便せんを手渡してきた。まさかこのタイミングで、ラブレターと言う事は無いだろう。

 

ジオは知らぬふりをしている。

 

つまり、話が既についている事象、という事なのだろう。

 

「開けてみて、良いですか?」

 

「アトリエに戻ってからにしなさい」

 

「はい」

 

それほど強い口調で言われた話では無いのだけれど。

 

それでも、背筋が伸びてしまう。

 

或いは、ジオの目的は、これだったのかも知れない。ロロナを決定的に、自分に屈服させる必要があった。だから、ジオが怖いところを、自然に見せられる場所に、連れ出した。もしそうだとすると。

 

歩きながら、ちらりとジオに視線をやる。

 

この人は、武勇に偏りがちなアーランド人の中で。珍しく、とても悪い知恵が回る人、と言うことになるだろう。

 

アトリエについた。

 

すっかり空は暗くなっている。クーデリアは待ってくれていた。料理も作ってくれたようだ。

 

「それでは、私は失礼する」

 

いつの間にか、一人称は元に戻っていた。

 

クーデリアは、ジオがいなくなるのを見送ってから、ため息をつく。

 

「余計な事は言わなかったでしょうね」

 

「そんな余裕は無かったよぉ」

 

正直、今でも腰が抜けそうなのだ。ジオが本気で怒ったあの眼光を思い出すだけで、乾いた笑いが漏れてくる。

 

これでも、結構力はついてきたつもりだったのに。世の中には、まだまだとんでも無い存在が、いるものなのだと、感心してしまった。

 

ホムがシチューを運んできたので、夕食にする。

 

食卓を囲んで、しばし三人、無言でおなかにシチューを入れた。クーデリアが、一段落したところで、言う。

 

「何を聞いたの」

 

「うん。 スピア連邦は、この世界の秘密に、手が届きそうなんだって。 だから、いろいろな技術を復活させて、戦争でも使っているみたいなの」

 

「愚かとしか言いようが無いけれど。 問題は、それを誰がやっているか、という事ね」

 

「この手紙、もらったんだけれど」

 

開いてみる。

 

其処には、通行許可証が入っていた。ロロナの分だけでは無い。クーデリアの分もある。

 

そして、何処への通行許可証かというと。

 

オルトガラクセン。

 

ロロナとクーデリアにとって、ある意味はじまりの場所。そして、自分が一度、終わった場所でもある。

 

意図は、明らかすぎるほどだった。

 

オルトガラクセンは、この国に錬金術師が、科学と工場をもたらしたとき。発掘を行った遺跡。

 

そして、ロロナでさえ知っている。

 

其処は多くのモンスターが住まう人外の魔境であり、邪神と呼ばれる謎の存在が管理しているらしいと言う。

 

つまり、だ。

 

ロロナの手で、あの場所を暴け。

 

という事なのだろう。

 

スピアが禁断の兵器を作りだしたときに、それに対抗するために。最大の切り札を、掴んでおく必要がある。

 

だが、ロロナは思うのだ。

 

アーランドがその兵器を手にしてしまったとき。

 

平静でいられるのだろうか、と。

 

ロロナはこの間、大砲を劇的に強化改良した。だがそれは、既存の兵器の枠組みを超えない存在として、だ。

 

もしも、いにしえの時代、世界を滅ぼしたような兵器が姿を見せたら。今までロロナが携わってきたことなんて、風前の灯火と化すだろう。

 

そのようなものは。

 

誰にも渡してはいけない。

 

この世界を。荒れ地だらけで、未だに人が住めず、森も出来ない場所がたくさんある世界を見て。

 

なおも、旧時代の兵器を掘り出して、野望を叶えようなんて人がいるなら。ロロナは、どんな手を使っても、その人を、たたきのめさなければならない。場合によっては、殺さなければならない。

 

覚悟は、とっくに出来ている。

 

「くーちゃん。 明日、パメラさんの所に行こう」

 

「そう、ね。 そろそろ、良い機会の筈よ」

 

まずは、一番近いところに。

 

過去、何が起きたのか。

 

そろそろ、知らなければならないときが、近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

スピア連邦の錬金術師、カトリアヌは、報告を受けて研究所へ急いでいた。アーランドから帰還したばかりのヌチェスを含めた他の四人も、急いでいるはず。

 

ついに、手に入ったのだ。

 

昔、此処には小さなアトリエがあった。

 

国からもどこからも価値を認められなかった、錬金術の牙城。悔しい思いをしながら、それでも五人は力を合わせ、頑張ってきた。

 

いつか、世界を再生する。

 

そして、皆を認めさせる。

 

今、アトリエだった施設は。五階建ての巨大研究所へ、姿を変えていた。とはいっても、あるのは地下だが。

 

アーランドにあるオルトガラクセンのような巨大遺跡の一つを、兵力に物を言わせて制圧し、作り上げた研究所。それが、此処だ。

 

研究所の頭脳は、既に従えている。

 

だからこそ、スピアの技術は短期間で急激に進歩した。そして、今。派遣していた捕縛隊が。最高の素材を、持ち帰ったのだ。

 

縛り上げられているそれは、ドラゴン。

 

白い鱗に包まれた最強の生物は、身じろぎできぬほどに、高硬度ワイヤーでがんじがらめにされている。

 

だが、それでも敵意を周囲に向けているのは流石だ。口を何度も開こうと、乱暴に身をよじっているが。

 

このワイヤーには、非常に強力な魔術が、何重にも掛けられている。

 

例えドラゴンでも。あらがうことは不可能だ。

 

「此奴が、スニー・シュツルム?」

 

「はい。 捕らえるのに、強化悪魔二体、討伐隊の隊員三十名が命を落としました」

 

「その程度の損害で済んだの? 大朗報ね!」

 

声を上げたのは、「一の五人」の最年少、マガレットだ。

 

非常に幼い容姿をしているが、それは此処の技術を使ってのこと。実際の年齢は、六十を超えている。

 

もっとも、それは他の錬金術師達も同じだ。

 

勿論、美貌の女性の姿をしたカトリアヌも。

 

スピア連邦は、既に此処にいる「一の五人」の傀儡に過ぎない。兵器も産業も、錬金術が無ければ立ちゆかないのだ。

 

「で、此奴をどうする」

 

「まずはクローン措置を施して量産。 その後は脳改造し、戦場に投入。 いかにアーランド人と言えど、空から襲い来るドラゴンの群れにはなすすべが無いわ。 他の国の弛んだ連中など、それこそ一網打尽ね」

 

「それも良いが、そろそろ悪魔共もアーランドの人外どもも、此方を本気で潰しに来る頃だぞ。 対応がもたつくと手遅れになる」

 

「まずは強力な試作品を仕上げましょう。 適当に隣国にけしかけて性能実験をしてから、前線に投入して。 改良を施した後、首都に配備しますか」

 

口々に言う皆を見回しながら、カトリアヌは満足していた。

 

この五人なら、かっての人類の栄光を、取り戻すことが出来る。

 

他の星にまで足を伸ばし、世界の全ての生物を支配した、万物の霊長としての座へ、人類が返り咲くのだ。

 

そのためなら。

 

こんな荒れ果てた世界の一つや二つ、どうなっても構わない。

 

元々動物とはエゴイスティックな存在だ。どうして自分だけが、欲を捨てて、周囲のために尽くさなければならないのか。

 

大陸を緑で埋め尽くそうとしているアーランドのことを、本気でカトリアヌは軽蔑していた。

 

この世界は、人間だけのもの。

 

それ以外の生物など、人間の気まぐれで滅ぼされる程度のものでなければならない。

 

人間こそ、絶対なのだ。

 

そうでなければ、今までずっと堪え忍んできた意味が無いでは無いか。

 

カトリアヌは忘れない。

 

五人で飢え死にしかけた、あの冬の日のことを。

 

ひもじい中、誰も助けてくれず。雑草を錬金術で調合して、どうにか命をつないだことを。

 

屈辱。

 

誰よりも世界を改革しうる存在に。世界はどう報いたか。

 

世界など、一個人がねじ伏せる存在で無ければならない。

 

泥水を啜って生き延びながら、カトリアヌはそう誓った。そして今。世界を組み伏せる王手に、近づこうとしている。

 

わいわいとドラゴンで遊びはじめた他の四人は放って置いて、カトリアヌは研究所の最深層に足を運ぶ。

 

其処には、かっての遺産である、超高速計算装置が眠っているのだ。

 

既に結論は見えている。だが、念のため、結果を見ておきたい。

 

最強の生物兵器を、あのドラゴンを元に開発した場合。アーランドの精鋭が此処を急襲してきたとして、撃破できる可能性は。

 

計算を終えて、満足する。

 

確率は。

 

百%と出ていた。

 

誰にも、もはや邪魔をされることは無い。

 

世界を五人が組み伏せる時は近い。あの屈辱を精算し、そして誰もが跪く。

 

自分にとって、理想の世界は。もはや、手に届く所にまで、迫っていた。

 

 

 

(続)







ついに姿を見せるスピア連邦の黒幕。

闇に落ちた錬金術師集団、一なる五人……!

この存在との戦いが。

この後、世界そのものを揺るがしていくことになります。





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