暗黒錬金術師伝説3 暗黒!ロロナのアトリエ 作:dwwyakata@2024
あまりにも過酷すぎるアーランド。
この世界に過去何があったのか。
ロロナはそれを知ることになります。
序、過去に起きたこと
怖いから、クーデリアに一緒に来てもらったのは。決して恥ずかしい事ではない筈だと、ロロナは思いたい。
これから聞かされることを思えば、当然だ。何度も、自分にそう強弁した。
パメラの店を訪れると。丁度最後の客が帰ったらしく、店の中はがらんとしていた。カウンターで退屈そうにしていたパメラは、ロロナを見ると、にんまりと笑みを浮かべる。或いは、悟っていたのかも知れない。
そろそろ、ロロナが来る頃だと。
「いらっしゃーい。 ロロナちゃん、今日はどうしたのぉ?」
「今日は、聞きたいことがあって、来ました」
「うーん、そうねえ。 ロロナちゃんを一日脅かし放題なら、話してあげても良いかしら」
「そんな条件でいいなら、是非」
すっと、パメラが目を細めた。
ロロナも、口をつぐんだまま、パメラと相対する。後ろで見ていたクーデリアが、肩をすくめた。
「早く本題に入りなさいよ」
「うん、わかってる」
クーデリアが外に出て、閉店の看板を出してくる。
このお店は、幽霊が経営している、という事もあってか。夕方以降に、冷やかしに来るお客もいるのだ。
だからこそ、こんな風な看板を出してもいる。
ただ、これは以前パメラがコオルに相談して、はじめたことである。パメラは今でも、商売については不慣れなようだ。
クーデリアが戻ってくると、ロロナは咳払いした。
「過去に何があったのか、教えてください」
「……そうねえ。 今のロロナちゃんなら、聞かせても良い頃かな」
ついてくるように、いわれる。
店の奥には階段があって、地下へ降りる事が出来るようになっていた。石の階段だから、踏む度にかつんかつんと音がする。しかも、響く。
幽霊について歩いていると言うことを思うと、ぞっとしない。
だけれど、今は恐怖に駆られている場合では無い。
「ねえ、ロロナちゃん」
「はい、何ですか?」
「悪魔の正体については、もう知っているみたいね。 それじゃあ、今いる貴方達は、一体何だと思ってる? 古き時代の人間とは、毒に対する耐性も、体の強さも、桁外れに強い。 指を失ったくらいなら生えてくるし、多少内臓が傷ついても平気。 癌も自力で克服する事が可能」
「ガン?」
聞いたことも無い単語だ。何かの病気だろうか。
パメラは、知らなくて良いと言った。
きっと、恐ろしい病気だったのだろう。古き時代の人々は、それに苦しめられていたのだろうか。
階段を下りきる。
思ったよりも、ずっと広い空間が、其処には広がっていた。
働いているのは、ホムによく似た子供達。
いや、これは。
「あの子達はね、アストリッドが作ったホムンクルスの中で、戦闘には適さないと判断された、欠陥品達なの」
文句も言わずに働いているけれど。誰もが、体の何処かに欠陥を抱えていたり、何かしらの問題を持っているようだ。
「最近は殆ど出ないようだけれど。 最初期はかなりの頻度で、此処に来る子がいたのよ」
息を呑んだのは、あまりにも異質な空間が、其処にあったからだ。
無数に並んでいる硝子のシリンダは何だろう。
満たされている液体の奇怪なこと。
そして光がぴかぴかと動いている、不思議な箱。アーランドの噴水広場にも、情報掲示用の箱があるけれど。それとはまた、違う形状をしているようだ。工場からの発掘品だろうか。
「これは電算機って言ってね。 古代の文明で活躍した、ものを計算する機械なの」
パメラが、簡単に説明してくれる。。
ロロナには、状況を理解するので、精一杯だ。
一緒に歩きながら、奥へ。
見覚えがある機具が、幾つかある。これは或いは、カタコンベから持ち込んだものかも知れない。
いきなり、銀色の触手が、床から伸びてきた。
これも、カタコンベで見た守護者だ。パメラが手をかざすと、すぐに引っ込む。恐らくは、防犯用だろう。
ネクタルの精製設備がある。
以前カタコンベで見たものよりだいぶ小型だが、間違いない。形状や構造が、酷似していた。
それに、以前ロロナが造り出した道具類が、幾つか此処で造られているようだ。
工場のラインを肩代わりしているのかも知れない。
パメラのお店の地下は、こんなに広い空間だったのか。何もかもが、驚きに満ちていた。
一番奥に、小さな部屋がある。
少し散らかっていた。
この散らかし方は、師匠だろう。きっと此処で、ロロナをどういじくりまわすか、悪巧みをパメラと一緒にしていたに違いなかった。
「座って。 クーデリアちゃんは、紅茶でいいかしら」
「おかまいなく」
「あらそう? 結構美味しく淹れられるんだけどなあ」
パメラと向かい合って座る。
作業自体は、ホムンクルス達がこなしているから、問題は無いのだろう。パメラは時々作業を監督し、古い時代の知識を使って、メンテナンスや構築作業をすればいいだけ、というわけだ。
「結構きつい話になるけど、良いかしら」
「はい、覚悟は出来ています」
「じゃあ、話しましょうか。 私が生きていた時代に、世界に一体何が起きたのか」
パメラが目を伏せる。
この人は、おどけてはいるけれど。本当は、強い悲しみを秘めた存在だ。そんな事はわかっていた。
だけれど、こういう表情を見ると。普段はどれだけの闇を抱えているのかと、思ってしまう。
人の悲しみを、ロロナは知った。
今なら、パメラのことも。前よりずっと深く、理解できるかも知れない。
少しお茶を飲んで、間を置いてから、パメラの話が始まる。
それはロロナの予想を遙かに超える、凄まじい代物だった。
今より、ずっとずっと昔の事。
人類は地上に、百億に達するほどの数が存在していたのだという。発展した科学で他の生物を圧倒し、何もかもを自由にしていた。
資本主義という思想が、それを可能にした。
要は、暴力の代わりにお金を用いた、弱肉強食の思想だという。その思想に基づいて、世界は爆発的に発展していった。
幾多に別れた大国列強は、その資本主義。いや、覇権主義とでもいうものに基づいて、虎視眈々と相手を蹴落とすことを狙っていた。
それほど豊かな世界であったのに。
それでも、何もかもを独占したいと、思っていたからである。そして豊かな生活に慣れた殆どの人は、破滅の足音が迫っていることに気付かず、気付いても無視していた。
自分には関係無い。
平穏な生活を乱したくない。
誰もが、そう考えていたから、である。
やがて、怪物が生まれる。
何故、それが生まれ出たのかはわからない。ただはっきりしているのは、いつの間にか世界が閉塞に包まれていて。
それを打開するために、何かが必要と、考えはじめた人達がいた、という事であった。
後になって考えて見れば、明らかに間違っていた思想を、人々は選択することになる。その思想の名は。世界を滅ぼした怪物の名は。
優勢主義、といった。
「優勢主義、ですか?」
「その時代はね、お金持ちはお金持ち、貧乏人は貧乏人で、どうしようもない時代だったの。 そうすると、誰もが考えるようになるの。 努力なんてするだけ無駄。 優れてる奴には、最初から何をやっても勝てないってね」
ロロナには、考えられない。
どんな天才戦士だって、相応の教育を受けて、訓練を積んで、やっと一人前になる。大成する年が早いか遅いかの違いはあるけれど。努力無しで、大成する存在なんて、いないのだ。
アーランドでは常識の事が。その古き時代では、非常識として捉えられていたのだろうか。
理解できない世界だ。
ロロナだって知っている。
幼児は必死に努力を重ねて、喋ることが出来るようになる。あかちゃんだって、最初から立って歩けるわけではない。努力を重ねて、やっと歩けるようになるのだ。喋る。歩く。そんな事でさえ、努力が必要不可欠なのに。
大人が大まじめにそんな事をいっている世界は、一体どれだけ歪んでいたのだろう。
「そのうち、その優勢主義は、ねじくれながら広がるようになって行ったのよ。 優れている者は、何をしてもいい。 優れている者だけが、この世界を統治するべきだってね」
「イカレてるわ」
黙って話を聞いていたクーデリアが、ぼそりという。
ロロナも、言葉は悪いと思うけれど、同感だ。
直接話してわかった。ジオ王は優秀だけれど、それは努力を重ねて、問題があれば自分で動いて。皆のために最善を常に選択しようとしているからこそ、王なのだと。
優れているから何をしてもいい、なんてのは、最初からものごとをはき違えてしまっている。
「やがて彼らは、人々の中で大きな勢力を持つようになった。 そうなると、思想は暴走の一途をたどっていくことになるの。 彼らは考えたわ。 この世界が閉塞しているのは、多くのクズが、好き勝手に振る舞っているからだって。 この世には優秀な人間だけが必要で、クズは全て掃除されるべきだって、ね」
嗚呼。
ロロナは、顔を手で覆いたくなった。
今まで聞いていた情報の、パズルのピースが、ぱたぱたと音を立ててあっていく。何もかもが、最悪の予想を極めていた。
この世は、なんと愚かな人達の、悪意に満ちているのだろう。
パメラが紡ぐ、世界の終わりの物語は。暴走を更に続けていく。救いようが無いのは、明らかな状況証拠の数々が。それを事実だと告げていることだろう。パメラは嘘を言っていない。
話は、進む。
気がついたときには、終焉のラッパは吹き鳴らされていた。
世界にばらまかれたのは、劣悪形質排除ナノマシン。
つまり、劣っている存在を選別して、有無を言わさず殺すための悪魔の道具。しかもこの道具は目に見えないほど小さくて、何処にでも存在でき、しかも勝手に増えるという恐ろしい存在だったのだ。
瞬く間に、世界は大混乱に陥った。
原因不明の突然死が相次ぎ、原因が特定できたときには、どうしようも無いほどにナノマシンは拡散しきっていた。
既存の秩序が崩壊するまで、一年。
列強は必死に封じ込めを行おうとしたけれど。それぞれが好き勝手な覇権の理論で動いていた彼らが、今更協調策を執る事なんて、不可能だった。人類は危機が来ても互いに手を取り合えないほど、既に愚かになり果てていたのだ。それどころか、誰もが勝手に、自分一人だけが生き残ろうとした。親兄弟や友さえ捨てて。
各地で封じ込められていた大戦争が勃発。
いずれもが、安全な水や、食糧を求めてのものだった。
しかし、それさえ無駄な行為だった。
優勢主義者達が最初にばらまいたナノマシンは、風や海流に乗って、世界のあらゆる場所に存在していたのである。もはや空気でさえ、安全な存在では無い状況で。安全な水や食糧など、あるはずもなかった。
やがて、恐怖に駆られた人達が、禁断の兵器に手を出した。劣悪形質排除ナノマシンに汚染された地域を、根こそぎ焼き払おうというのである。その兵器の名は、核兵器。現在存在しているあらゆる兵器を、ことごとく上回る、究極の存在である。
そして、どこの国がそうしたかはわからないけれど。
使ったことそのものが、致命打になった。
疑心暗鬼が恐怖を呼び、世界中に核の雨が降り注いだのである。
秩序が崩壊する前に、モラルなど風化しきっていた。むしろ積極的に、核兵器を使う者達さえいた。
もはや、破滅を止められる存在など、どこにもいなかった。
優勢主義者達でさえ、此処までの惨禍は予想していたのだろうか。もはや、悲劇は、世界の全てを蹂躙しつつあった。
「核兵器の恐ろしさはね。 使った地域を汚染することだけじゃ無いの。 使いすぎると、世界の気候そのものを変えてしまうのよ。 世界は全てが冬になったの。 およそ、三千と数百年にわたってね」
パメラの言葉は、むしろ淡々としていた。
彼女が生きた時代に起きたこと。
それは、人類の罪業が、全て詰まった悪夢だった。
「世界の全てが壊滅し、人類は数を一万分の一にまで減らした。 そして、破滅と汚染から生き延びた人達の子孫が。 今の人類なのよ」
しばらくの無言。
何もかものパズルのピースが、組み合わされていく音。それがどれだけの恐怖を秘めているか、ロロナは周囲に問いたいくらいだった。
これでは、話してくれない筈である。
昔のロロナだったら、耐えることなど、出来る筈も無かっただろう。
震えが止まらない。
クーデリアさえ、顔を青ざめさせているほどである。一体過去の人類は、どれだけの罪を犯したのか。
悪魔達が、一種の宗教的な敬虔さを持っていた理由も、何となくこれでわかった。
彼らが世界の汚染を取り除くために命を賭けられる理由は。恐らくは、過去に何が起きたか。人類が何をしでかしたか。知っていたから、なのだろう。
「私はね。 ナノマシンがばらまかれた直後くらいに生まれたの」
パメラの顔には、強い憂いが浮かんでいた。
彼女は幸い頭が良かった。そして、人類が英知を結集して、最後の人材を集めた研究所の一つに所属したのだという。
目的は、ナノマシンを中和する薬剤の精製。
それに、ナノマシンにも耐え抜けるほど、全てを強くする研究だった。
「もちろん研究所の中も汚染されていてね。 研究を進める過程で、ばたばたと人が死んでいったの。 どうにか対抗策を造り出そうとしたけれど。 その時代にも、まだ優勢主義者達は力を持っていてね。 彼方此方の研究所が爆破されたり、襲われたりしたのよ」
「な……」
「優勢主義者達にとっては、その時代は天国にも思えたのかも知れないわね。 でも、おかしな話。 ナノマシンは、その優勢主義者達も、容赦なく襲って命を奪っていったのだけれど」
ともかく、だ。
パメラがいた研究所は、地下にあった事もあってか。どうにか、襲撃も爆破も免れて、研究を続けた。
そして、ついに希望の光となるカウンターナノマシンと。世界の生物たちを強くする薬剤を産み出すことに成功したのだ。
何となく、その話を聞いて、理解できた。
「悪魔と、ネクタル、ですね」
「良く出来ました。 今いる悪魔と呼ばれる存在は、カウンターナノマシンを体内に取り込んだ人達の子孫よ。 このカウンターナノマシンには難しい制限があってね。 人の体内で無いと増えない上に、どんどん人の姿形を変えて行ってしまうの。 それに、ナノマシンを完全に浄化できるわけでもないから、体も二重にむしばまれる。 私の恋人も、悪魔になる事を選んだ一人だったわ」
以前、カタコンベで見た映像を思い出す。
白衣を着たパメラが寄り添っていた男性。
きっと、とても気高い人だったのだろう。だから、己の全てを捨てて、世界のために戦う事を選んだのだ。
だから、悪魔達は、世界を緑化する。
毒を体に取り込むことで、カウンターナノマシンを使って浄化する。しかし、その過程で、体も心もむしばまれていく。
あの、スカーレットのように。
「ネクタルの精製レシピを世界中の生き残った研究所にばらまいたところで、ついに人類の文明は力尽きたの。 もうその頃には、優勢主義者も生き残っていなかったし、核兵器が飛び交うことも無かった。 人類は原始時代まで戻っていたし、海は汚染されて、世界中の全てが死に絶えていた。 ネクタルを自動で生成して、ばらまく仕組みを作った後に、私は決めたの。 せめて、意識だけでも。 後の世界に残して、全ての結末を見届けなければならないって」
もう、言葉も無かった。
この古き幽霊は。
人類の業を、全て見てきた人だったのだ。
だからこそ、こうも飄々としていたのだろう。
「これが、過去に起きたこと」
パメラは、目を細めた。
「そして、二度と繰り返してはならない事よ。 もう、人間には。 世界の頂点を気取ることは許されないし、そうしようとしてもいけない。 もし同じ事をしようとする存在が出るのなら。 私は、あらゆる手段を用いて、その存在を滅ぼすわ」
どうしようもない、複数の感情がこもった笑みを、彼女は浮かべた。
怒り。憎悪。悲しみ。憐憫。そして狂気。
ロロナは、しばらく、何も言うことができなかった。
店をどうやって出たのかも、覚えていない。
どうして、そんな愚かな人達に、世界は力を持たせてしまったのか。そんな人達に、好き勝手にさせてしまったのか。
災厄は、まだ消えていない。
冬の時代とパメラは言っていた。今、世界には四季が戻っている。しかし荒野は彼方此方に広がったまま。何よりも、人類は、自分が何をしたのか、忘れ果ててしまっている。そんな事は、許されるはずも無い。
頭を振る。
涙が零れて、仕方が無かった。
「帰りましょう。 今は休息が必要よ」
クーデリアが、ロロナの肩を抱いて、そう言う。
ロロナも頷いた。
きっと、今は感情を整理するために、泣くことしか出来ない。
アーランド人は、冬の時代に、もっとも鍛え抜かれた存在。最強の汚染に打ち克ってきた。
だから強い。
それがわかったところで、何だというのだろう。
人間は、ロロナが思っていたよりも、ずっとずっとおろかだった。それを、パメラの話してくれた過去の真実で。
今、徹底的なまでに。ロロナは、思い知らされていた。
これぞ。
ポストアポカリプスです。