獣耳少女になりました(嬉しくない)   作:きし川

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赤錆の中で生きる者

 ルミナスと共同で〈アンノウン〉の群れを迎撃した後、基地から帰還命令を受けて、私は彼女と共に基地に戻った。

 帰還の途中で天候が荒れ始め、基地に着くころには赤錆の砂嵐になった。

 しかし、私達は基地に入ることはできないようだ。

 

「この基地から北北東へ約二〇〇キロの地点に新たなハイヴの形成を確認した。可及的速やかにこれを破壊せよ」

 

 着いてそうそう腰を落ち着かせる暇もなく、出迎えるように立っていた宇宙服姿の基地司令から直接命令を受けたからだ。

 

 火星の過酷な環境では少し天候が崩れると通信が出来なくなる。

 だから口頭でのやりとりをせざるおえないのは分かる。

 でも司令官が直々に外へ出てくることはないだろうに。

 火星基地司令官を任されている彼は妙にフットワークが軽いところがある。

 偉そうに安全な所に座って指示するだけの上司よりマシだと基地の大人達は言うが、もう少し立場を考えてもらいたい。

 

 私達は〈魔法少女〉だが、基地にいる大人達はみんな普通の人間だ。

 宇宙服なしでは生存できない。

 彼は優秀な人だ。

 こんな過酷な環境に置かれて〈アンノウン〉と戦えているのも彼の手腕あってのもの。

 彼になにかあればここは崩れる。

 少なくとも私はそう思っている。

 彼の身に何かがあっては困るのだ。だから、早く中に戻ってもらわなければならない。

 

「任務了解。ハイヴを破壊します」

 

 私は速やかに承諾した。

 

「……すまない。君達には負担をかけてばかりだ」

 

 彼は申し訳なさそうに言った。

 そんなことよりも早く安全な中へ入っていただきたい。

 

「はぁ……しゃーねぇ、行くかゲニウス」

 

 隣で彼女が気だるげに言った。

 彼女からは疲労が見て取れた。

 そういえば彼女と散発的な迎撃行動をしてもうすぐ二十四時間近くになる。

 〈魔法少女〉の活動限界時間が近かった。

 

「ルミナス、あなたは基地で休んでいてください。もうすぐ活動限界ですから」

「……いや、そうは言うけど、一人でハイヴは無茶だろ」

「作りたてのハイヴならまだ小規模です。では」

「あっおい!」

 

 後ろから聞こえる彼女の声を無視して、私は北北東へ向け飛び立つ。

 限界間近の彼女を連れて行くわけには行かない。

 私を除いて次世代型の〈魔法少女〉は高性能なかわりに活動時間が旧型の〈魔法少女〉よりも短くなっている。

 高い攻撃性能や運動性能が彼女らの身体に多大な負荷をかけるからだ。

 私にはそのどちらもないから負荷が少ない。

 だから彼女たちよりも長く戦える。

 

「……アレですか」

 

 速さでいえば下から数えたほうが早い私でも二〇〇キロという距離を飛翔するのにそれほど時間はかからない。

 視界を覆う赤錆の砂塵の中に私はそれを見た。

 赤錆の大地をぱっくりと割った峡谷に隠すようにゴツゴツとした岩石の柱が建っている。

 ハイヴと呼ばれる〈アンノウン〉の巣。

 その主柱となるもの。

 さらに巣の規模を拡大していくと、ブロッコリーのような形状になり巨大化していく。

 〈アンノウン〉はハイヴの中で加速度的に増えていく。

 そうなる前に巣を破壊しなければならない。

 

「シールドビット、バレルシフト」

『了解、了解』

 

 ハイヴの直上、およそ高度一〇〇〇メートル上空で私は静止し敵の巣を見下ろしながら命じた。

 〈REY〉が応じる。

 六基のマルチファンクションシールドビットが私の前へ移動し、片側三基で二列に並ぶ。

 私は杖の折りたたまれたグリップを起こして掴み、槍のように鋭利な先端をシールドビットの列の間に構えた。

 

「ロックオンシーケンス、バレルボルテージ上昇開始」

 

 全天型スクリーンに狙撃用スクリーンが表示され、中央の十字をハイヴに合わせ、グリップにあるトリガーに指をかける。

 

「ターゲット、ロック」

 

 大盾の列の間に紫電が走り力場が形成されていく。

 六基のシールドビットの内部には〈魔法少女〉が生み出すエネルギー〈エーテル粒子〉と同じものを生成するドライヴが内蔵されている。

 そのエネルギーを使い、守りぐらいしか取り柄のない私の貧弱なビームを増強して、使い物になるようにしてくれる。

 

『ボルテージ最大、ボルテージ最大』

 

 〈REY〉のアナウンスを聞いて私はトリガーを引いた。

 杖の先端から放たれた細い光が力場の中で一瞬で増幅され、元の何十倍、何百倍に太く肥え、火力を孕んでハイヴへ迸る。

 光はハイヴを頂上から真下へ貫通し、その歪な円柱形の全体に亀裂が生んで、崩壊させた。

 音を立ててハイヴは崩れ、赤錆色の土煙が渓谷に広がっていく。

 

「……任務完了」

 

 嵐はいまだに治まらず、通信は相変わらず繋がらないがルーティンとして報告を口にする。

 いただきますの後にごちそうさまをするように、任務を了解した後は完了する。

 そうやって気持ちを切り替える。

 精神の緊張とリラックスができていなければ、心が保てない。

 平常ではない心では不測な事態への対処が遅れる。

 

「……!」

 

 全天型スクリーンに赤いカーソルが表示された。

 土煙を指し示し、小さな影が赤錆の中で動いているのが見える。

 

「任務続行。〈アンノウン〉を殲滅します」

 

 マルチファンクションシールドビットが隊列を解いて、私の周囲に展開する。

 同時に土煙の中からエイ型〈アンノウン〉の群れが飛び出してくる。

 その様は壊れた巣から沸いて出る蜂のようだった。

 スクリーンに表示させた敵の数は四十。

 私一人で対処するのは難しい。

 

「シールドビット、アサルトモード」

 

 シールドビットの機能の一つを起動させた。

 カイト形の大盾、その下部先端が左右にスライドして、内部にあるレンズ型の機構を露わにする。

 レンズ型の機構はビームの放出装置。

 粒状のビームを機関銃のように連射できる。

 これでひとまず七人分の働きはできるようになる。

 混乱したように飛び回るエイ型〈アンノウン〉の正面にある赤い単眼が私を見て赤く発光した。

 

「交戦開始」

 

 真っ直ぐこちらへ向かってくる群。

 杖の先端を〈アンノウン〉の一体に向け、引き金を引いた。

 それを合図に六基のシールドビットから光の玉の斉射が始まり、いくつもの光球が宙で爆ぜる。

 ビームに触れた〈アンノウン〉の身体が熱膨張で破裂、光の熱が体内のガスに引火して爆発を発生させるからだ。

 

 エイ型の〈アンノウン〉は単純な突進攻撃しかしてこない。

 しかし直線的な加速力は私の能力を上回っている。

 侮ることはできない。

 近いものから確実に落としていく。

 

「……任務完了」

 

 息を吐く。

 目に見える敵を全て落とした。

 獣耳から収集した情報を可視化する全天型スクリーンに敵の姿はない。

 しばらく待機しても新手の出現はなく。

 シールドビットのアサルトシフトを解除して、私は基地へ戻った。

 

 

 

 

 火星の前線基地は地下にある。

 いくつか点在する出入り口は最新の光学迷彩で隠されており、私はその一つの前に立った。

 識別用のセンサーが私の体をスキャンし、ロックが解除されて重厚なゲートがスライドして開く。

 火星の土を入れないための高圧のエアシャワーが私の体が強く叩いた。

 ゲートをくぐるとすぐに鉄の扉は閉まる。

 

 ゲートを通り抜けてもそこはまだ基地の中ではない。

 出撃準備室と呼ばれる広い部屋だ。

 左右の壁には〈魔法少女〉達の武装を置くラックがあり、奥にはまたスライド式の自動ドアがある。

 六基のシールドビットが自動的に壁のラックに収まり杖も同じく置くと、エレベーターで地下へ運ばれていく。

 私はマントを脱ぎ、部屋の隅にある焼却炉に繋がるダストシュートへ放る。

 さらに奥の部屋へと移動する。

 今度は細長い空間の部屋。

 洗浄室と呼ばれている。

 

 扉が閉まると5、4、3……と、カウントダウンが開始する。

 カウントが0になった瞬間、天井と左右の壁から大量シャワーが噴射され、私の体についた火星の土や砂を洗い流していく。

 シャワーが終わると、やけどしそうなほどの温風が凄まじい勢いで叩きつけられる。

 乾燥が終わると奥の扉が開き、私は奥の部屋へ移動した。

 

 その部屋には横長の大きな鏡が壁に取り付けられている。

 化粧室である。

 ここに来るまでに物のような扱いをしてきたわりに急に女の子に配慮した作りになっている。

 私は化粧をすることはないが、したい子もいるのだ。

 

 鏡の前に立ち止まる。

 鏡に映るのは灰を被ったような髪を腰まで伸ばした獣耳少女。

 どこか虚ろな青い瞳に整った顔立ちを無愛想で台無しにしている。

 生前から私が無愛想な女だったのもあるが、火星に連れてこられて十八年間、笑うことがなかったせいで笑い方なんて忘れてしまった。

 顔から下に視線を落とす。

 普段はマントで隠れている、私だけの〈魔法少女〉の衣装を身に纏っている。

 白と黒を基調にアクセントに金色があるアシンメトリーな衣装。

 体の左半身の布が多くなるようにしているのは狙撃体勢の時に左半身が前に出るため、被弾した時のダメージ軽減を見越してのものだ。

 ネコに似た獣耳と細長い尻尾は私の意思で動き、異常はない。

 

 備え付けのブラシで乱れた髪を軽く梳かし、私は基地の内部へ続くエレベーターに乗り込んだ。

 

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