エレベーターが下っていく。
基地の生活区画となっている階層へ向かって。
地下五〇〇メートルの地点に置かれたこの基地は特殊な設備によって人工的に地球と変わらない環境を再現している。
大気はもちろんのこと、重力までも地球と同じだ。
いまだに火星の環境は人間には合わないため、火星で長く活動するための処置である。、
エレベーターが目的の階層に着く。
エレベーターから降りると、長い通路があり、左右には個室が等間隔に並ぶ。
その一つが空気の抜ける音と共に開いた。
「ワオ! ゲニウス、戻ってきたのデスね!」
部屋から出てきたのは同じ次世代型の〈魔法少女〉の一人であるサジタリウス。
私を見るなり、ハツラツな声をあげてハグしてきた。
彼女は私と違って、幼少期を米国で育ち、十二歳の時に火星にやってきた。。
こういったハグは米国に住んでいた時からの習慣であるらしい。
彼女の身長は私より二十センチも大きく、そして発育も私より良い。
良すぎると言ってもいいかもしれない。
いま私の顔面に押し付けられている二つの大きな柔らかいものもその成長の結果。
これでまだ発展途上の可能性があるのだからすごい。
毎日同じものを食べているのに、なぜこんなにも差ができるのか甚だ不思議だ。
「サジタリウス、苦しいです」
彼女の腕を軽く叩いて私は言った。
もし私が男性だったならこのまま死んでもいいと思えたりできたかもしれないが、こんなことで窒息死はしたくない。
「オウ! ごめんなさいデース」
彼女の抱擁から解放される。
顔に圧迫感が残っている。
もしかしたら、また少し成長を遂げたかもしれない。
「今から出撃ですか?」
「YES! 哨戒任務デス! 今日も百発百中でガンバリますよー!」
ふんっと、胸を張って彼女は宣言する。
モスグリーンのトレンチコートのような衣装に包まれた二つの巨峰がプルンと揺れた。
「誰と任務を?」
「それはデスね――」
「お待たせしました、サジタリウスさ……あっ」
その時、扉の一つが開き、また一人〈魔法少女〉が現れた。
ゴシックロリータ風の衣装を纏った、〈魔法少女〉の中では小柄な方の私より背の小さな〈魔法少女〉
西洋人形のような印象の彼女はプパータールと呼ばれている。
彼女は丸いサファイアのような青い瞳で私を見て固まった。
「ゲニウスさん……お、お帰りなさい……」
たどたどしく彼女は言った。
どうも私は、彼女に怯えられている。
彼女に対して怖がらせるようなことをした覚えがないが、いつからか私の前ではこんな調子だ。
「ただいま、今日はサジタリウスと任務なのね」
「は、はい……そうです……」
「いつか、あなたとも任務に出たいわね」
なぜか分からないが彼女との間に溝を感じる。
だからどこかでその溝を埋めたいと思って、提案してみた。
「そ、それは……命令であれば――……」
尻すぼみになっていって、彼女の後半の言葉はまるで聞き取れなかったが、命令されなければ一緒にいたくないほどに私は距離を置かれているようだ。
彼女は視線を足元に落としてモジモジとしている。
気まずい空気が私たちの間に立ち込め始めた。
「あっ! もうそろそろ行かないと任務に遅刻しちゃいマース!」
「えっ!? サジタリウスさん!?」
「じゃ行ってくるデース!」
ひょいとプパータールの小柄な体を軽々と持ち上げて、サジタリウスはエレベーターへ走り去っていった。
十中八九、気を遣われた。
プパータールは次世代型の〈魔法少女〉の中では後期に誕生した〈魔法少女〉だ。
当然だが〈魔法少女〉は後発の者ほど性能は高く洗練されている。
私のような初期型はお役御免かもしれない。
〈魔法少女〉同士の連携に支障をきたす要因があるのなら尚更だ。
しかし〈魔法少女〉に引退はない。
というより引退したという事例がない。
全ての〈魔法少女〉は戦場で命を散らしているのだ。
なら私もその例に漏れず、どこかのタイミングで〈アンノウン〉を巻き込んで自爆すべきだろう。
死地に彼女らを置いて、自分は安全なところで生きるというのは我慢ならない
その方が良い。
戦局的にも、精神的にも。
真っ直ぐな通路を歩く。
突き当たりにスライドドアがあり、くぐるとそこは共有スペースとして使われている空間。
備え付けられているソファに見知った赤毛を見つけた。
「ただいま戻りました、ルミナス」
「おっ戻ってきたか、ケガないか?」
「はい。してません」
彼女はソファに深く座り、寛いでいた。
外ではマントで隠れて見ることのない、
ソファの前に置かれたテーブルの上には彼女の好きなチョコ味の固形栄養食品の包装袋が置かれている。
彼女は任務の前後にコレをよく食べる。
「食うか?」
視線で気づいたのか、彼女がおそらく最後の一つであろう好物を差し出してきた。
実は好き嫌いが多い彼女が、この基地で食べられる食品で唯一文句無しに美味しいものと豪語していたほどのものなのに。
「いいんですか?」
「ゲニウスにならいい」
ちょうど小腹が空いていたので、ありがたく受け取る。
彼女の隣に座り、アルミフィルムの包装袋を開ける。
この包装袋はどこからでも開けられるようになっていて、袋の口の部分を千切るように開けるのが私流だ。
一度に多く口に含むと、口の中の水分が多く取られてしまうからブロック状のバーを少し齧る。
濃すぎず薄すぎないチョコの風味が口に広がって、とても良い。
とある天然物好きの〈魔法少女〉はこの味を人工調味料の産物と忌み嫌うが美味いものは美味いのだ。
「美味いだろ?」
頭の後ろで手を組んだ彼女がニヤリと笑って言った。
私は頷く。
「はい、とっても」
モソモソと食べる。
急を要するようなことでもない限りは急いで食べたりはしない。
美味しいものを食べる時間は長いほどに良い。
のんびりとした時間が流れる。
とてもここが〈アンノウン〉との戦いの最前線とは思えないほどに和やかな雰囲気に包まれている。
「あー……ゲニウス」
「はい?」
「この後って予定とかあるか?」
「予定ですか……ないですけど」
「じゃあさ、ちょっと遊ばないか?」
首を傾げる。
この基地でできる娯楽は限られる。
そのほとんどはトランプを使ったカードゲームばかりで、彼女はその手のゲームが大の苦手だ。
感情的な彼女は気持ちが顔に出やすいものだから、あまり得意ではない私でも完勝できてしまう。
だからか彼女は二度とトランプゲームをしないと、目尻に涙をためながら言ったのだ。
そんなルミナスがトランプをやるだろうかと不思議に思っていると、彼女は板状の機械をテーブルの下から取り出した。
見たことがない機械だ。
「それは?」
「頼んでた3Dボードゲームの端末。まだ地球にいた頃にめちゃくちゃハマっててさ。トランプよりかはこっちのほうが好きだから、ずっと楽しみにしてたんだ」
懐かしむように彼女は言った。
彼女も幼少を地球で過ごしてきた。
確か欧州のどこかだったはずだ。
「やってみないか?」
自信ありげにニヤリと笑う彼女。
「やりましょう」
彼女から簡単な操作方法を教わり、彼女が地球にいた頃にやり込んだという〈立体チェス〉を始めた。
〈立体チェス〉とは、私が知るチェスに上下への三次元的な動きが追加されたもので、駒の動きを覚えるのに少々難儀した。
上下に並べられたチェス盤となるプレートが三枚。
その中段の盤に整列したチェスの駒がホログラムで投影された。
駒の数は私の知るチェスと変わらない。
「んじゃ、やろうか」
「お手柔らかにお願いします」
そうして黙々と私達は駒を動かしていった。
「はい、チェックメイト」
「……参りました」
決着は思いのほか早かった。
私がチェスを齧った程度の実力だったのもあるが、それにしたって彼女は強かった。
やり込んだというのは本当のようだ。
「強いですね、ルミナス」
「まぁな! 家じゃアタシが一番強かったんだ」
満面の笑みで彼女は言った。
とても嬉しそうである。
不思議なほどに。
「これでトランプの時の借りは返せたぜ!」
「……なるほど、そういうことでしたか」
彼女のその一言で納得できた。
トランプゲームで負けたことを相当引きずっていたのだ。
そういえば彼女を負かした回数は私が一番多かったと思う。
「よっぽど悔しかったんですね」
「うぐ……っ、別に、悔しくねーし!」
彼女はそう言ってそっぽを向いてしまった。
僅かに見える頬が少し赤い。
図星だったようだ。
彼女は本当に分かりやすい。
勇ましい姉御肌な彼女は、たまに年相応の子供っぽい一面を見せてくれる。
「ごめんなさい。でも、私も負けて悔しいですよ」
「ふ、ふーん。ゲームで負けて悔しいとかゲニウスは子供だなー」
彼女はそっぽを向いたまま言った。
恥ずかしさでへそを曲げているご様子。
こういう時は煽てれば機嫌が治る。
「はい、とっても悔しいです。ですので、よかったら教えてくれませんか〈立体チェス〉」
「ゲニウス、頭いいから自分で勝手に上手くなるだろ……」
「私は
これで機嫌が治るかな。
「〜〜〜っ、し、しょーがねーなー! そこまで言うなら教えてやるよ!」
こちらを向いてニコニコとした表情を向ける彼女。
機嫌は完全に良くなったようだ。
分かりやすい。
「じゃ、早速教えてやるか、なんかゲニウスのやり方、すごい古臭いし」
「……よろしくお願いします」
私のやり方は生前教えてもらったやり方だ。
この時代から見ればはるか昔の戦術。
時代遅れもいいところだ。
「えーと、まずは初歩の――」
『〈魔法少女〉ゲニウス、至急〈ラボ〉に来い』
突然、高圧的な嗄れた老人の声が共有スペースに響いた。
その声は壁に備え付けられたスピーカーから発せられたもの。
声の主は、ドクターアウターゴット。
自然発生した従来の〈魔法少女〉を研究、解明して、次世代型の〈魔法少女〉を生み出した人物。
「チッ、クソジジィめ、こんな時に……!」
彼女は恨めしげに悪態をついた。
なぜかドクターを一方的に嫌っている。
ドクターの話題が出るだけで機嫌が悪くなるほどに。
しかし今回はタイミングが悪い、これでまた二人の溝が深まったかもしれない。
「ドクターは気まぐれですから、仕方ないですよ」
急にドクターが私を呼び出すよのは今までに何度もある。
その理由は一つしかない。
他の〈魔法少女〉には任せられない事があるのだ。
「また時間ができたら、教えてくださいねチェス」
席から立ち上がろうとした時、私の右手首を彼女が掴んだ。
「ルミナス?」
「……なぁ、あのクソジジィに何やらされてるか知んないけどさ……嫌なら嫌だって言ってくれていいんだぜ?」
心配そうに私に呟く彼女。
その瞳には不安がありありと見て取れた。
確かにドクターの用事には危険な事が多いが、だからこそ私がやるべきなのだ。
たとえ失敗しても私なら大した損失にならないから。
そう思って自分でドクターに申し出たのだ。
「大丈夫ですよ。大したことないですから」
安心されられるかは分からないが、右手首を掴む彼女の手に左手を重ねてそう言った。
「本当?」
「はい、そうですよ」
彼女の赤い瞳を見ながらそう伝える。
渋々といった様相で彼女は私の手首から手を離した。