次世代型の〈魔法少女〉の生みの親。
ドクターアウターゴットのラボは火星基地の最下層にある。
基地内で最も重要な役割がある部署や設備はこの最も深い階層に置かれているからだ。
この基地の作戦司令室を差し置いて重要とされているだけあって、ラボの情報統制は徹底されており、その開発情報を門外不出のものとしている。
ラボの事情を知っているのは、ドクター本人とテスターの私だけ。
ドクターは他人を信じていない。
研究や開発のアシスタントは独自開発したAI搭載のロボットに任せている。
テスターである私にも詳しい情報は教えてくれない。
私もあえて詮索したりはしない。
あくまで私の役割はドクターの開発した次の〈魔法少女〉のための武装をテストするだけだから。
「遅いぞ、とっとと試験場に入れ」
過剰なほどに敷かれたセキュリティをクリアして、ラボに入った私にかけられたドクターの一声は相変わらず冷淡だ。
後頭部の真っ白な白髪と白衣を羽織った猫背の背中。
私には目もくれずコンピューターのキーボードを打っている。
冷たい人だと誤解されがちだが、ドクターは寝食を忘れて研究と開発に没頭する仕事熱心な人だ。
仕事に一生懸命な姿は生前の両親と重なって懐かしい気分になる。
返事を返さず、私は試験場へと移動した。
返事をしようものなら「さっさと行け」と余計に怒らせてしまうからだ。
試験場も呼ばれるその場所は特殊合金で囲われている。
大抵の
「……今回は随分大きいですね」
試験場の中央に今回の主役である新装備が鎮座していた。
ラックに掛けられたそれは、一五〇センチの私よりも大きなラテン十字架だった。
『〈十字架型大型ガトリング砲〉、大量の弾幕による面制圧を可能とする実弾兵器だ』
十字架を見上げていると、壁に埋め込まれたスピーカーからドクターの説明が入る。
実弾兵器は〈魔法少女〉の武装としては初めてだ。
「なぜ実弾兵器なのですか? 〈アンノウン〉には効果が薄いのでは」
なぜ十字架なのかは聞かない。
ドクターのセンスは私のような凡人の領域の外あるから。
『今後の事を考えてだ。いつまでも連中にビームが効くとも限らんからな』
不機嫌そうな声音でドクターは言った。
確かに〈アンノウン〉は進化する生物だ。
〈魔法少女〉との戦いで傷を負った個体がハイヴに情報を持ち帰り、〈魔法少女〉の攻撃に耐性を持つ個体をハイヴで増殖させることは知られている。
そのことはもちろんドクターの知るところだろうし、きっと何かがあるのだろう。
「ですが実弾兵器は効きづらいことは〈アンノウン〉との最初期の戦いで証明されたことではないですか?」
『そうだ。だから〈アンノウン〉との戦いでは実弾兵器の使用は推奨されていない――だが、このわしが改良もせずに実弾兵器を採用すると思うか? えぇ?』
「思いません」
『分かっているならくだらん質問をするな。テストを始めろ』
やはりなにかあるらしい。
私は〈十字架型大型ガトリング砲〉のグリップに手を掛けた。
重い。
持ち上げた時の最初の感想はそれだった。
実弾兵器でこれだけ大型なのだから、当然と言えば当然。
しかし、この重さはかなり取り回しに苦労しそうだ。
銃身保持の為のフォアグリップも無い辺り片手での運用を想定している?
『今から
「はい」
私の前に黄色いブロック状の物体が浮かぶ。
数は十個。
私からの距離はバラバラ。
近くて十メートル、遠くて百メートルほど。
「撃ちます」
足を開き、片腕で十字架を持ち上げ、銃口をターゲットに向ける。
そしてトリガーを引き絞る。
瞬間、私の身体に衝撃が走った。
けたたましい銃声と大きなマズルフラッシュが瞬き、銃身が暴れた。
たたらを踏みつつ、なんとか制御しようとする。
照準はまるで定まらない。
銃弾はあらぬ方向へ飛んでいく。
やがて弾を撃ち尽くして、回転式バレルが空回り、乾いた音を立てた。
「……ふぅ」
トリガーから指を離し、十字架の銃口側の先端部を床につけた。
ずっと止めていた呼吸を再開する。
息をする暇もなかった。
右腕を中心にまだ反動の痺れが残っている。
『下手くそだな、的が残っとるじゃないか』
「……申し訳ありません。私が非力なせいです」
私の膂力は高くはない。
プパータールよりは強いがルミナスやサジタリウスにはまるで歯が立たないだろう。
『いや、お前は悪くない。反動で制御が困難なのは想定内だ――次はコレを使え』
ドクターがそう言うと〈十字架型大型ガトリング砲〉の側面八ヶ所と後端部一ヶ所のカバーが開き、スラスターのノズルのような物が露わになった。
スラスターのサイズは側面部のものは小型で後端部のものはより大きいものだ。
もしかして、これで制御を……?
『分かっていると思うが、そのスラスターで銃身の跳ね上がりと反動を抑制する。始めろ』
思っていた通りだった。
まったく無茶にも程がある。
しかしドクターはお構い無しに次の標的を出現させた。
試験場の天井から降りてきたロボットアームが〈十字架型大型ガトリング砲〉に新たな弾倉を装填する。
私は〈十字架型大型ガトリング砲〉と意識をリンクさせてスラスターの制御権を取得した。
スラスターは全て個別に微調節ができる。
これらを完璧にコントロールしながら、照準も合わせなければならない。
「撃ちます」
先程と同じく銃口を向け、引き金を引く。
同時にスラスターを吹かせる。
先端部上側の小型ノズル二つで跳ね上がりを後端部の大型ノズルで反動を抑えつける。
「……っ」
小型ノズルの出力を上げすぎて、先端部が特殊合金の床に叩きつけられる。
放たれた弾丸が床で砕けて火花を散らす。
咄嗟に先端部下側のノズルを一瞬だけ強く吹かし、上側のノズルの出力を下げた。
さっきよりは当てやすい……けど。
ようやく釣り合いが取れるスラスターの加減が分かってきたが、想像していたよりも操縦が難しい。
しかし使いこなせるようにならなければならない。
コレを私が実戦で使うことはないが、次に来る〈魔法少女〉のためにもこの武器の習熟を完了する必要がある。
この最前線の基地では訓練に費やしている時間はない。
配属初日から実戦投入ができるように〈経験の転写〉を行っている。
その経験は私から転写されるのだ。
一辺たりとも不備があってはならない。
それは次に来る〈魔法少女〉の死因になり得るから。
気合を入れろ。
「――……っ」
照準に集中しようとした時、全天型スクリーンの正面に銃身内部オーバーヒートの警告表示が表示された。
直後、〈十字架型大型ガトリング砲〉の外装が一瞬で膨らみ、破裂した。
音と熱と衝撃。
それが私の身体に襲いかかり、特殊合金の床を破片と一緒に転がった。
「……なにが」
――起きた?
体を起こして、先程までいた場所に目を向ければ、十字架だったものが破裂音を断続的に響かせながら燃えている。
スラスター用の燃料に引火したようだ。
間近にいた私が浴びなかったのは不幸中の幸いだろうか。
すぐに天井からアームが伸びて、消火を始めた。
『オーバーヒートだ。スラスターの熱と銃身の熱で弾薬が爆発したのだ』
「……なるほど」
ドクターが疑問に答えてくれる。
しかし私にはもう一つ気になることがあった。
天才たるドクターがこんなことを気づいていないはずがない。
「ドクターはあの武器に冷却装置を付けなかったのですか?」
『それを付けたら、さらに大型になる。さすがにあれ以上に大きくするのは取り回しが悪い――だから付けなかった』
であれば。
「こうなることは分かっていたのでは?」
『もちろんだ。だからオーバーヒート警告が表示されるようにプログラムした』
「……表示されてから、一刻の猶予もなかったのですが」
『そのようだな。まぁ、それを知るためのテストでもある、おかげで警告すべき温度は分かった――次のは警告する温度のラインを少し下げるとしよう』
「……」
私は何ともいえない視線をカメラ越しに見ているドクターに送った。
『なんだ不満か、それとも負傷したか? それなら他の者にやらせるが』
「いえ、問題ありません。私はいけます」
私は立ち上がって、五体満足であることを示す。
体は無事である、だが衣装の方は想定通りダメージを吸って無残なことになっている。
右の袖は肩口まで完全に失い、ストッキングも穴だらけ、他のところも煤と焦げあとが付いていた。
テストには支障がない。
『……そうか、なら続けろ』
天井のロボットアームが新たな〈十字架型大型ガトリング砲〉を運んでくる。
『プログラムアップデートは終了している。次は爆発する前に警告が出るだろう』
さすがはドクター、仕事が早い。
しかしながら――。
「オーバーヒートを起こさないようにはできないんですか?」
『それはお前の加減次第だ。できなければ、いつか来る〈
「分かりました」
初陣で自分の武器が爆発する。
そんなことを戦い慣れていない〈魔法少女〉が体験したら、あまりにもかわいそうだ。
新たな十字架を持ち上げる。
『始めろ』
「撃ちます」
再配置されたターゲットに向けて、私は引き金を引いた。
テストは数時間にも及んだ。
私の習熟度が上がるごとにテストの内容も複雑になり、十字架の扱いは困難を極めた。
『テストおよび習熟過程終了。時間がかかったな』
「……」
そんなドクターの言葉に返答する余裕はなく、私は十字架を杖代わりに立っているのがやっとだ。
『さっさと部屋に戻れ。次の任務に備えろ』
「……分かりました」
ロボットアームに〈十字架型大型ガトリング砲〉を預け、ふらつきながら試験場を出る。
黙々とコンソールを叩くドクターを尻目にラボを出てエレベーターに乗り込んだ。
疲労がピークに達して、エレベーターの壁に背中を預けて座る。
ああ……これは部屋に行くのは無理だ……。
瞼の重みに耐えきれず、目が閉じる。
そのときちょうどエレベーターが指定した到着した。
「な……っ、ゲニウス!?」
赤毛の〈魔法少女〉の声が意識が落ちる寸前に聞こえた気がした。