入隊してはや1年と数カ月。今日もハヴォック神はご乱心であられた。
乗っていた乗用車が駐車場のブロックに乗り上げた拍子に垂直方向への加速を付与されて遥か彼方までフライト。咄嗟に飛び降りなければ一方通行の空の旅をするところだった。
もう乗らないであろう自家用車だったのでまぁ良かったが、これが借り物の戦車だったら大問題だった。いや車が吹っ飛んだこと自体が大問題ではあるが。
気まぐれなハヴォック神は思うままに物体を祝福し、怒りを見せ、唐突に浮遊感を与える事で有名だ。だとすれば俺が関わらずともいつそれが暴発するかも、そのへんの戦車がこっちへ吹っ飛んでくるかもわからない。
俺が吹っ飛ぶのはともかく吹っ飛んできた車両にぶつかりでもしたら間違いなく昇天。俺はビークルが横を通るたびに内心ビクビクしていたが同僚に理由を聞かれても答えようがなかった。
「でも一つ分かったことがある。俺のそばでしかハヴォック物理学は作用しない…ということだ。理由は不明、もしかしたら俺だけハヴォック神に睨まれているのかもしれない…」
「いきなりどうしたお前」
他人に聞こえる音量の独り言は同期入隊した仲間に聞かれ、不審な顔をされた。いや、俺だって訳がわからないよ。
「なぁ、お前も見ただろ。俺の運転…」
「あ、ああ!それについてはいくつか聞きたいんだが、あんなのどこで習ったんだよ!」
俺の運転の惨状に目を輝かせる同僚。いや、彼は決して嫌味を言っているのではない。俺がハンドルを握るたびに不可解な挙動を見せるビークルを不思議がっているだけだ。
「俺も知らんよ。なぜかああなるんだ」
「怖…」
俺の周囲にのみ作用するハヴォック物理学。それが元凶だなんていくら説明しても分かってくれないだろう。ストーム1と共に謎を解き明かしたプロフェッサーならあるいは…ダメそう。
「しいて言えば、ハヴォック神の祝福…かな…」
「何?新興宗教?」
「いや…」
こんな淀んだ答えしか出せないし同僚も当然の反応。いきなり神とか言われても『は?』以上の反応はないだろう。俺はこの話を早々に切り上げて糧食や訓練なんかの日常的な会話に持っていった。
普段の飯は美味いがレーションはまずいだの、俺は100m先から当てたぞだの*1、そういう話をしていて世界がまだ平和な事を理解する。できればずっと平和が続いてほしいところだが、ここがEDFの世界である以上そうも行かないだろう。
「なんか最近ピリついてるよなお前」
「あ、分かっちゃう?」
「図星なのか…理由があるなら教えてくれよ。力になれるかもしれないし」
うーーーーん。
この先地球が侵略されて大変なことになると言って信じてもらえるか。既に実害が出てなおかつ目撃されているハヴォック物理学について論じても信じてもらえないこの状況で宇宙人の侵略なんて言ったらいよいよ狂人扱いを受けるかもしれん。
まぁ、『なんかある』ことはぼかして伝えておこうとは想っている。
「なんか…近いうちに大変なことが起こりそうな気がするんだよ」
「漠然としててわかんねぇよ」
「それな。だから心配なんだ」
俺はEDF5、6をクリアまでプレイした記憶がある。この世界が、この物語がどう転んでいくかをすべて知っている。その上で黙っている。
少しでも世界を動かしたいと思うならば基地司令に直談判する手もあるのだろうが、証拠も何もない今言っても『君の行き先は病院だ』となるだけだろう。
それに俺は英雄でも精鋭でもなんでもないただの一般兵。無理に背伸びはせず、対象を身の回りに絞って少しでも事態を好転させられるようにしようとは想っているし努力している。どうしてもショボく見えてしまうが…
「コンバットフレーム*2のライセンスを取ったのもそれ関連なのか?」
「理由としちゃあるにはあるけど、この基地は整備拠点みたいなもんだし持ってたほうが絶対いいと思ってな」
「入隊試験とは比べ物にならん難しさなんだろ、すごいなお前」
228基地にはコンバットフレームがこれでもかと言うほどに配備され、地下格納庫には巨大人型クレーンのバルガ*3まである。人型兵器のバーゲンセール状態だ。
そういう基地の事情を抜きにしてもコンバットフレームはかなり強力な兵器であるから運転ライセンスを取らない理由はない。
俺は特戦歩兵レンジャーとして訓練を受けているが、この世界では多芸であったほうが身を守れる。
それに、ほら。
乗りたいじゃん。大型ロボ。
「そうそう、ライセンス取得祝いに俺用の機体を貰ったんだ。A32番倉庫に入ってる…何かあったら俺が守ってやるよ」
「パイロット気取りかよ。気に入ったぜ」
その後もやんややんやと話し続けていると休憩時間終了のベルが鳴り響き、俺たちは互いの持ち場へと戻って行った。
…そういえば今日は基地に民間人を入れるイベントをやるんだったな。俺もコンバットフレームの件でお声がかかるかもしれない。普通そういうのは事前になにかしらあるべきだとは思っているが、その、EDFはこの辺の日常的なことについてはかなりガバガバ、フィーリングでやってんじゃないかと思う程なので仕方がない。
実際、軍隊に所属していると実感できないほどの緩さだ。こちらとしてはやりやすくていいが。
と、オレンジと紫に塗り分けられたヘルメットを被った下士官が通りかかった。
「あっ、軍曹。お疲れ様です」
軍曹。EDF5、6シリーズではほぼ通しでお世話になる、頼りがいのある先輩。燃えたぎる闘志のタフガイを体現したような人だ。
俺は彼の小隊に混ざって訓練することが多いためある程度交友がある。
実際は彼の部隊と一緒にいれば生存率が跳ね上がりそうだという下心ありきでこちらから近づいたのだが、彼の部隊は持ち前の人の良さを発揮して俺を輪に入れてくれたのだ。
「お前か。コンバットフレームのライセンスを取得したそうだな。他にもビークルの免許を多数…ここまでの速度で乗りこなすやつはお前が初めてだ」
「ライセンスなら軍曹もお持ちじゃないですか」
「見込みがあると言っているんだ。お前なら優秀なエアレイダーになれる」
「俺には戦略眼が無いらしいので…今のまま、レンジャーがいいです」
軍曹は俺の話を聞いて顎に手を当てる。
俺はビークルの操縦こそできるが空爆誘導は下手くそだ。ゲームとしてエアレイダーを使っていた時も楽しくはあったが苦手な兵科だった。爆撃機が侵入するタイミングがいまいち掴めずに敵がすでに通り過ぎた場所へと爆撃してしまうポカを何回やらかしたか分からない…
「お前がそう言うならそうなんだろう…だが、コンバットフレームしかり、ビークルのライセンスを持つレンジャーは貴重だ。上に掛け合ってエアレイダー用の輸送チャンネルを使用できないか交渉してみるつもりだ」
「それは……ありがたい限りです」
ビークルはあるだけで生存力が上がる増加装甲だ。それが呼べるようになるのならば非常に助かる。動機が何であれビークルのライセンスは取っといて良かったし軍曹と仲良くしておいて良かった。
…コンバットフレーム以外のライセンスを取った理由?ハヴォック物理学の解明のためだよ。
あんま解明できてないけど。
「…軍曹!ここにいらしたんですか!」
「なんだか大変なことになってるらしいぜ!」
「我々にも出動命令が出ています!」
兵士が息を切らしながらこちらへ駆けてきた。彼らは3人いる軍曹の部下で、しっかり者のA、声がでかいB、真面目なCとそれぞれ個性がある。そんな彼らが不安の滲む声で軍曹に同行を求めて…なんだか心当たりあるなこの状況。
イヤな予感がする。
「緊急事態らしい。お前も一緒に行こう」
「すみません、俺はちょっとコンバットフレーム取ってきます」
「一人でか?危険だぞ…」
「行くにしても俺達と一緒に行こうぜ!そのほうが安全だ!」
部下たちに単独行動は危険だと止められたが、俺はなんとしてもコンバットフレームが欲しかったし、軍曹たちには所定の行動を取ってもらいたかった。
俺の予感が気のせいでなければ──今日がその日だ。
基地の照明が落ちて非常電源に切り替わり、程なくして非常事態を知らせる回転灯が点き始めた。ゲームで見たのと同じ状況。
今日がその日だというフラグはいくつかあった。民間人の見学イベントの開催、その誘導に例の先輩が派遣されてきていた事など。思い返してもしょうがないがもっと警戒するべきだった。
「俺はコンバットフレームですぐに追いつきます!…B3番倉庫あたりに民間人がいたはずです!その保護をお願いします!」
「…分かった!乗ったらすぐに来るんだぞ!」
「軍曹!?」
「あいつは俺が引き止めても行く!それより聞いたな?B3倉庫へ向かうぞ!」
「りょ、了解!」
上官にタメ口聞いちゃったしちょっとだけ命令違反だけど軍曹は俺を信じて行かせてくれた。流石は軍曹。ありがとう。
だが色々と時間の問題だ。うかうかしていたらせっかく塗装してもらったばかりのコンバットフレームが壊されてしまうかもしれないし、その他諸々にも間に合わないかもしれない。
「うおおおぉぉ……」
ゆえに走る。レンジャーダッシュだ。
───そうしてたどり着いたA32倉庫の格納区画にて、俺は地面に半分埋まったニクスB型コンバットフレームを見て膝をついた。
おお、物理を司る神よ。勘弁してくれ……
投稿してしまった後でアホすぎるミスをしていたことに気が付きました。なんだよ地球連邦軍6って