ここだけレグルスに弟がいて、幼馴染ちゃんも幸せな結末を迎える世界線 作:ねえ、おなまえは?
――ヨグ=ソトースは外なる神である。その存在はローマ人が「コル・レオニオス」(獅子の心臓)と呼んでいる星に居るとされる。
召喚に際しては、扉を開くための"銀の鍵"が必要になる。
知識と時間、空間、様々な魔術を自由に操るとされる――
レグルス・コルニアスには双子の弟がいる。
髪色以外、殆ど見分けのつかない、瓜二つの、弟がいる。
弟は少し変わっていた。
産まれた時ですら泣きもせず、両親のどちらとも違う白髪で、とてつもない量のマナを持っていて、焦点の合わない目でぼんやりと宙を見るから村では忌み子ではないかと囁かれていた。
弟は喋らなかった。
誰も喋るところを見たことがなかった。
村の大人や子供に、気味が悪い、近づくな、と頬を叩かれて罵声を浴びせられても、泥水をかけられても、石を投げつけられ額が切れようとも、ただされるがままにぼんやりとしていた。
両親が教えると、あっという間に文字を覚えた。
読み書きはできるが、必要最低限しか文字を書こうとしないので、筆談もままならなかった。
その代わり、本をよく読んでいた。
本に囲まれて貪る様に本を読んでは、食事すら忘れて両親に心配されることが多々あった。
父親は、酒浸りだったが少ない稼ぎから時折みなにお土産を買ってくることがあった。弟には必ず本を土産に渡していた。
レグルスとは対照的に、弟は表情の変化に乏しかった。
整った顔をしていたが、ほとんど無表情で過ごしていて、うれしいとか、かなしいとか、そういった感情も無いのかと思われていたが、本や魔導書を読んでいる時と、レグルスがそばにいる時だけ、ほんの少し、ほとんど気付かないくらいの笑顔を見せて笑っていた。
そのことに気付いたのはレグルスだけだった。
レグルスは、村人たちや家族が嫌いだった。
陰でこそこそと悪口を言っている馬鹿な村人たちはクソだ。死ね。
稼ぎの悪いくせに酒浸りでたまに土産を買ってくる父親なんて、クソだ。死ね。
毎日毎日不平不満を垂れるばかりの上に、苦労させてごめんねなんて当たり前のこと繰り返す母親なんて、クソだ。死ね。
僕の取り分にまで虎視眈々と目を光らせているけど、僕が皿をひっくり返したときに自分の分を分けてくれるような卑しい兄弟たちは、クソだ。死ね。
優しくするってことは僕を低く見てるってことだろうが、下に見てるってことだろうが。
他人を見下す奴なんて、クソで、他人どころか、家族を見下すような奴らは人間以下だって蔑まれて当然だろうが。
そう思って毎日生きていた。
だけれど、双子の弟だけは違った。
弟はただそこに居て、レグルスを見下して優しくしたり、憐れんだり、嗤ったりしなかった。
だから、弟だけは別だった。
それに、レグルスにだけに見せる、綺麗な顔をニコリとさせた美しい笑顔には、他でいくらイライラしたことがあっても毒気を抜かれてしまう。
弟にとって、世界の他のことなどどうでもよくて、レグルスだけが特別な存在なのだと、そう感じられて気分が良かった。
レグルスが溜まりに溜まったストレスにより白髪になった時も、村人たちは、ほら見たことか忌み子の兄弟も同じ髪色になった。忌み子のせいだ、忌み子は気味が悪い、関わりたく無いとずっと陰口を言っていた。
家族ですら、最初のうちは弟と同じ髪色になったレグルスを見て、畏怖とも、憐憫とも言いようのない感情を持っていることが言動の端々に現れていた。クソが。
ある日、久しぶりに村へ商人がやってきて色々な物を売ったり、物々交換したりしていつもは廃れた静かな村が少しだけ賑やかになっていた。
レグルスも、本当は、商人が来たぐらいで騒ぐ様な馬鹿な村人たちとは僕は違うんだ、と思いながらも、たまには見に行ってみることにした。
家から出ようとすると珍しく弟が本の山から抜け出してきて、レグルスの横にくっついて歩き始めた。
普段は殆ど外に出ない弟が、こうして並んで外出すると、自分にだけ心を許しているのだと、何だか少し他の連中より自分が一段上の世界にいる様に感じて心地よかった。
商人のところへ着くと、村人たちはレグルスたちを見てサッと掃けて行き、ヒソヒソと何か言い合っていた。
おおかた、また馬鹿の一つ覚えみたいに弟について、忌み子がなんだのどうしただの、不幸が来る、災いを呼ぶ、とか頭の悪いことを言っているんだろうなと軽蔑した目で睨みつける。
弟はそんなこと気にも留めていない様子で、果物の積荷の横にいくつか積んであった魔導書を興味深そうにじっと見つめていた。
そして、商人を見つめて、それから魔導書を指差した。
「うん?お前さん、これが欲しいのかい?しかし、お金は持っているのかね?これはなかなか高いからまとまったお金が無いと買えないよ、ほら、冷やかしなら帰った、帰った」
商人の爺さんが言う。
確かに、お金は無いから買えないだろうけど、言い方ってものがあるんじゃないか?冷やかしだろうと、なんだろうと弟が商品を見てはいけない、なんてことはないだろう。
それは弟の自由な意思の侵害で最低限の権利を奪う非人道的な行為だ。
おおかた、僕たちが居ると村人たちが寄ってこなくなるから早くどこかへ行って欲しかったのだろう。
村人たちといい、この商人といい、自分たちのことばかり考える最低でクソみたいな奴らばかりだと、怒りと呆れを覚える。
その時だった。
今度は弟が竜車にむかって指をさす。
見ると、荷車の一部分が、ほとんど壊れかけている様だった。
「あぁ、これな。魔獣に追いかけられた時に無茶をして、壊れかけてしまってな、困っているんだよ。だからこの村で直してもらおうと思ったんだが、ちと、特殊な部品でな。ここでは直せないそうだから、早めに次の村に行くことにするよ」
商人が言い終わるかどうかの出来事だった。
てとてと歩き出して、弟が壊れた部分に手をかざす。
すると、時間が巻き戻るかの様にどんどんと荷車の修復が進んでいく。
知らなかった。魔法が使えたのか、と驚く。
しかし、こんな高度な魔法。
とても子供が扱える様な代物ではないことは確かだった。
完全に復元された荷車を見て、商人は驚愕し、そして、感謝の言葉と共に魔導書を弟にいくつか渡した。
弟は少し満足げに沢山の魔導書を抱えて、レグルスを見つめてにこりとしてからふらふらとおぼつかない足取りで家へ歩き出す。
レグルスも慌てて、重そうに抱える魔導書を2冊ほど持ってやり、自分も歩き出す。
家へ戻る道すがら、村人たちの声が聞こえる。
「ねぇ見た?さっきの魔法。あんな魔法見たことないわ。恐ろしい、きっと、尋常ではない力を持っているのよ。それが、意思疎通できる普通の子なら話は別よ?それって素晴らしい才能なんだから。でもそれができない様なあの忌み子なんだから恐ろしくて仕方がないわ。私たちや子供に何かしてこないか心配で堪らないわよね。これだからバケモノとは一緒の村に住みたくないのよ。早く死んでしまえばいいのに」
こそこそと、しかしこちらにまでわざと聞こえるように、嫌味ったらしく言う。
馬鹿らしい。
弟が何をしたって言うんだ。
人に危害を加える気がないことなど分かっていてわざとそうやって怖がったふりをして、見下すんだ。
だから能無しの頭が足りない村人が嫌いだ。どうせ家族にも話がいく。
それでさらに厄介者として扱われるんだろう。