ここだけレグルスに弟がいて、幼馴染ちゃんも幸せな結末を迎える世界線 作:ねえ、おなまえは?
ここ2、3日お姉さまの表情が明るくない。
普段通り、明るくて優しい。
けれど、ふとした時に思い詰めた様な表情をしている。
兄さんも、お姉さまの変化に気づいている様だった。
だから、夕食の後、お姉さまに聴いてみることにした。
紅茶を飲みながら、他愛のない話をして、そして話をきりだす。
「ねぇ、お姉さま。もしも、違っていたらごめんなさい。でも、ここ何日か、思い悩んでいることがあるみたいだったから、兄さんもボクも、お姉さまのことが心配だったの。何か力になれないかなぁ?ボクは、お姉さまの為なら、何でもするよ」
お姉さまは、私って、よっぽど隠し事が下手なのね、と困った様に笑い、胸の内を吐露してくれた。
「あのね、ずっと考えていたの。2人は、この先、歳をとったり、突然死んでしまうことはないでしょう?……でもね、私は違うから、このままだと2人を置いておばあちゃんになっていくか、病気になったり、けがをしたりして、ある日急に死んでしまうんだなって思ったの。2人を置いて逝くことも、2人に置いて行かれてしまうことも、私にとって、それって、とっても、とっても苦しいことだって気付いたの」
「でも。でもね、今なら、まだ若いから」
「2人を大切に思って、愛しているからこそ、この瞬間の記憶を、どうか受け取って欲しいなって、思ったの。私のあなたたちへの愛を、何か形にして残すことはできないかもしれないけれど、記憶の片隅に置いて置かせてほしいの」
私ったら、欲張りよね。
でも、これが、私の願いなの。
お祈りをするように手を胸の前で組んで、話している途中でポロポロと綺麗で大きな目から涙がこぼれ落ちていって、これじゃあ、2人が困っちゃうわよね、とはにかみながら話してくれた。
ボクはどうすればいいのか分からなかった。
いくらたくさんの知識を持っていたって、何だ、こんな時に、こんな肝心な時に、役に立たないなんて、どうすればお姉さまに泣き止んでもらえるのか分からなくて、お姉さまがいつもやってくれる様に、そっとハグをした。
兄さんは、兄さんなりに色々考えている様子だった。
お姉さまの心が少しでも晴れるように、一緒にたくさんのきれいな花が咲いている町に行って3人で観光したり(お姉さまに言い寄る馬鹿はボクと兄さんできちんと消し飛ばしたよ)名物料理が美味しいと噂の国へ行って、とっても美味しいねって、食べながら笑い合ったり。
でも、そうやって過ごす日が積み重なるほど、お姉さまの2人に置いていかれたくない、という気持ちとは離れていってしまうことも分かっていた。
分かっていたんだ。
こんなことを続けても、お姉さまの本当の願いは叶わない。
ボクにはどうすることが最善なのか分からなくて、毎日毎日考えた。
暫くしてから、兄さんとお姉さまが2人揃っててボクに話がある、と言ってきた。
結局、お姉さまの気持ちを尊重することになったのだ。
あぁ、ついに逃げ回ってきたことが、お姉さまが居なくなってしまうという事実が、どうしようもない現実として突きつけられて、ボクは首がぎゅうっと絞めつけられる感覚になった。
前世で味わったあのオフィスでの苦しさよりも、ずっと、ずっと辛くて、頭が、酸欠で、くらくらした。
ボクはなんて答えたのかも思い出せなかった。
そして―――ついにその時は来た。
とてもよく晴れた日だった。
そよ風が心地よくて、お日さまがまぶしくて、それが、より一層これは現実なんだぞ、といってくるように感じた。
「私、とっても幸せだった。ううん、今も幸せなんだから、だった、は違うわね、私、とっても幸せよ。2人と過ごした時間は本当に綺麗で、全部美しい思い出なの。2人とも、かけがえのない、素敵な時間をありがとう」
「ね、最期に、あれ、あの魔法が見たいな。お星さまがたくさん降る、あの綺麗な魔法が。それで、それでね。私が見惚れている間に一息に、お願いね」
お姉さまが言う。
涙で滲んで見える世界の中でも、お姉さまの顔はひどく穏やかだった。
ボクは、月夜に流れ星を降らせる魔法を3人の周りにかける。
夜が3人をふわりと包み込んで、色とりどりの流星が次々に頭上を、眼前を流れていく。
「2人に思い出以外、何も残してあげられないことが、どうしようもないけれど、心残りなの。最期まで困らせる様なことばかり言って、ごめんなさい、ね」
その言葉を聴いて、ふと、思い出した。
この世界には、ないのかもしれないけれど、ボクの世界にはあった、願いを叶えるおまじない。
お姉さま、と声をかけると、優しく笑いながら、なぁに?と返してくれる。
お姉さまの付けている黄色のイヤリングが星々の光を受けてキラキラと光っている。
「あのね、あるよ、お願いが叶う、おまじない。流れ星が流れている間にね、3回お願いごとを繰り返すの。そうすると、お星さまがお願いを叶えてくれるんだ」
お姉さまは、ひどく安心した顔をして、そう、それはよかった、じゃあもう心残りはなくなるわね、ありがとう、と優しく背中をさすってくれた。
反対側の手は、兄さんと固く繋がれている。
一等強く光る流れ星が来たその時
「どうか、この先、2人に困難が訪れた時、一筋の救いがあります様に」
お姉さまが落ち着いたいつもの声で、歌う様に、祈る様に3回呟いた。
そして、お姉さまは満足そうな顔をして、ボクを見て、頷いた。
ボクは、なるべく痛くない様にお姉さまの心臓をイメージして指をつい、っと引く。
お姉さまは笑顔のまま、ゆっくりと前に倒れ込んできた。
2人でそれを抱き止める。
「ありがとう、ごめんね、辛いことを、させて、しまって。でも、私が居なくても、あなたたちが、独りぼっちになってしまわないことに、安心しているの」
途切れ途切れにお姉さまが喋る。
あぁ、命が消えていく感覚がする。
その時だった。
突然、お姉さまの体が足元から光の粒子に変わっていく。
キラキラと、光り輝いていて、流れ星を背景にしたそれは、とても、とても神秘的だった。
お願いが、聴き届けられたのだ。
「兄さんに危機が訪れたのなら、ボクが救いになるよ、だから、どうか、お姉さま。安心して、ね」
ボクは長い三つ編みを、まじないを込めながら指でなぞって切断する。
ハラハラと長い白髪が流れ星の軌跡と同じ様に流されていく。
あぁ、お願い、叶うのね、よかった――
最期にとびきり美しい笑顔で、満足そうに"笑って"
お姉さまが、頭の先まで光の粒子になって、そして、星々とお姉さまの光を受けて、舞いあがるボクの白髪と共に黄色のイヤリングに吸い込まれて光は消えた。
星空の中、ぼんやり光りながら空中に浮かぶ黄色のイヤリングを兄さんが大切そうに、そっと手に取る。
「兄さん、それはお姉さまとボクのおまじない、強い祈りがこもった特別な物だよ。もしも、兄さんが危機に直面した時に、強く強く祈れば、通じるよ。ボクが必ず助けに行くね」
兄さんは何も言わずに、ボクの頭をくしゃりと撫でて、そして黄色に輝くイヤリングを左耳につけた。