ここだけレグルスに弟がいて、幼馴染ちゃんも幸せな結末を迎える世界線 作:ねえ、おなまえは?
お姉さまが居なくなって、3人で暮らすにはちょっぴり少し狭かった家が、伽藍として、これまでよりもずっと広く感じる様になった。
あぁ、本当に、お姉さまは居なくなってしまったんだなぁ。
お姉さまがとかしてくれた髪は、おまじないをかける時にざっくりと切ってしまったから、今は兄さんと同じ髪型になって、多分口を開かないで、兄さんが、無表情とか、微笑む顔をすれば、ボクと兄さんの顔の見分けはつかないだろう。
朝起きて、短くなった髪の毛をとかして、料理を作って、本や魔導書を読んで、兄さんと色々お話しして、時々散歩をして、魔法の練習をして、出来上がった魔法を兄さんに見せたり、買い出しに行ったり。
お姉さまが居ないだけの、それだけしか変わらない生活。
それがボクたちにとって、とても大きな変化であることが間違いない生活。
お姉さまは光になって消えてしまった。
けれど、お姉さまの強い思いは、願いは、祈りは、兄さんのイヤリングにこもっているから、寂しくはなかった。
形が変わっただけで、僕たちの側に居てくれる。
兄さんもボクも、その事実に救われていたと思う。
この気持ちも、頭の中の、大切な場所に記憶しよう。
何年かは、近場の領地を周って、新しい本や魔導書の調達やら、お金や食料、消耗品の調達、人々の記憶を"識る"ことを繰り返していた。
兄さんはといえば、時々どこかへ出掛けて行っては、がっかりと失望した様な顔をして戻ってくる日々が続いた。
ボクの知識欲はどんどん膨らんでいった。
なにせ、強欲、だからなぁ。
近場の町や国では物足りなくなったのだ。
何度も行くと、行くたびに新しい魔導書や新しい経験を得られる機会はそれに比例して少なくなっていった。
満たされない。飢えていた。
でも、兄さんが家で待っていてくれるから、おかえりって、ぶっきらぼうな声で、でもほんのちょっぴりの優しさを孕んだ声で言ってくれるから、それでよかったのだ。
だから、あまり遠くに行くことはせずに過ごしていた。
暫くはそんな風に過ごせていた。
自分の欲望から目を逸らす様に手持ちの魔導書を読んで、魔法の鍛錬をして、新しい魔法を作り上げて。
けれど、その場しのぎに目を背け続ける行為は、長くは続かなかった。
ついに欲望のストッパーが壊れ始めたのだ。
ああ、知識が!知識が!
目がぐるぐる回る。
ボクは、ヨグちゃんは、知らないことを識りたい、識りたい、識りたい、識りたい!
識りたいが溢れ出すのを、今は、満たしてあげられなくてごめんね、ごめんねと繰り返す。
ねぇ、識ろう?識りたいでしょう?識るべきだよ?識ろうよ?識ってしまおうよ?そんな囁きが聴こえる気がして、分かったよ、分かってるよ、分かっているんだ、と心で呟く。
いつもにましてぼんやりと虚な様子で過ごし、自分でも気付けないくらい少しずつ、少しずつやつれていった。
そんなある日、兄さんといつも通り、お茶をしていた時。
「そういえば、最近さぁ、お前、いつも言っていた"知りたい"って言う言葉、言わなくなったよね。何を隠しているんだ?話してみなよ。兄である僕が聴いてあげるって言っているんだ。何だよそんなに目を丸くして……ったく、この僕に、隠し事ができるとでも思ったの?
それで、何だって?本当は知りたいことがたくさんあって、でも、遠出するのは心が引けた?心配かけたくなかった?兄さんが居てくれるから我慢していた?なんだよそれ、僕のこと、お前の兄である僕のことを馬鹿にしているのかなぁ?1人で勝手に気持ちを決めつけてくるなんて、僕が自由に思考するというあたりまえに守られるべきな、最低限の権利を侵害する行為だ。まったく、大概にしてほしいところだね!お前じゃなければ思わず消し飛ばしていたよ。僕の寛容で広い心に感謝するといい。そうだ、それでいい。なるほどね、どうせ近場の国ではお前が"知りたい"と思える知識を好きに喰い漁った結果、それらは底をついて、おんなじ知識ばかりで飽きて、食指が動かなくなって、お前は満たされなくなったんだろう。まったく、お前のその異常とも言える知識欲は、もっと、もっと、と手を伸ばし続けるその姿は、無欲な僕には理解できないよ。けれど、惰性で漫然と、毎日無為に暮らしている馬鹿どもとは違うから、一概に悪いとは言えないよね。だからそんな怒られた子供の様な顔をするなって。実際、お前の知識やら魔法のおかげで助かっていることもあるから、そういう所には感謝している。僕はどんな些細なことでもしっかり感謝できる、誠実な人間だからね。それで、あぁ、知識の収集の為に遠出したいって話だったね。いいとも。心の広い僕はそれを許すよ。まぁ?かわいい弟の頼みだし、お前がそうやって少しずつやつれていく姿をずっと見続けるのも僕は気分が悪い。家族として、兄としてそんな弟に何もしてやっていない、人間性がどうかしちゃっているやつだと思われる、と思うのも癪だ。それって、僕がそういう非道な人間なんですよって言われている様なもので、僕に対する非情な認識の押し付けでしかなくて、僕が僕らしく行動していく、生きていくうえでの権利の侵害だよね?だから、お前はお前の好きなことを常識的な範囲内ですればいいとも。それはちっぽけなお前に与えられた、最低限の守られるべきことだし、紛いなりにも"強欲"担当なのだから、そうする義務があるはずだ。何?僕のことが心配?あのさぁ、馬鹿にしないでほしいな。僕だってもう大人なんだから自分のことは自分でできる。だから、お前が心配する必要はこれっぽっちもない。それに、お前が知識を収集する間何もせずただぼんやりと惰性で怠惰に過ごすわけじゃない。僕にもやらなければならない重要なことがあるからね。だから、お前は好きにすればいい。じゃあ、そうだな、条件を儲けようか、時々近況をしたためた手紙を送るんだ、お前は利口だけれどぼんやりしているというか、抜けているところがあって心配だからね。お前が長い旅に出ている間に僕はこの家から出ていくと思うから、もし帰ってきて僕が居なくても無駄に探し回らなくていい様に置き手紙でもしておいてあげるよ。兄の優しさに感謝するといいとも。お前はあのクソみたいな村に居た頃とはやっぱり少し変わったね。素直で分かりやすくていい。多分移り住んだ先で長く滞在すると思う。僕は僕のやらなくてはいけないことをやるんだ。たまに顔を見せに来るといい。僕からは行かないよ、弟が会いに来るのが当たり前だろう?旅での話も聴きたいし、お前に会えるから……ってニコニコしすぎだよ。自惚れないでほしいな。とにかく、そういう訳だから、僕も、お前もそれぞれやるべきことをやる。これが結論だ」
と言ってくれた。これツンデレだぁ、優しいや。
兄さんは小さな王の権能を使える様にする為に、兄さんなりの大切な人を探すことにして、ボクは知識欲を満たすために、ここで一旦別れることになった。
今生の別れじゃあないけれど、やっぱり少しさみしい。
兄さんはボクが出発する時に、くだらない知識や魔法だけでなくせいぜい僕の役に立つ有用なものも集めるといい、と背中を叩いてくれた。
「じゃあ、行ってきます」
ばいばい兄さん、と手を振る。あ、手を振りかえしてくれた。
さてさて。
ググッと空気を固めて踏み締めて、空を走り抜ける。
さあ、知識を喰い尽くしに行こう!