ここだけレグルスに弟がいて、幼馴染ちゃんも幸せな結末を迎える世界線 作:ねえ、おなまえは?
話も大詰め、もう少しで終わりです。
それは、突然のことだった。いつも通り旅をして、遠い町に魔導書の収集に来ていた。
もう殆ど陽が沈んでいて、地平線の近くの空が夕焼けの終わりを示すオレンジ色、次いで紫色から深い青色へと変わるグラデーションになって、月星がはっきり見えてきている光景が綺麗だなぁと思っていた時だった。
急に、強い焦燥感に駆られた。
それはまるで、何か自分の大切な物が、大切な者がこの世からなくなってしまう様な、亡くなってしまう様な。
感じたことのない感覚だった。
神経を研ぎ澄ます。万が一に備える。
「ヨグちゃん」
分かっているよ、というように不可視の触手がするりと僕の手を撫でる。
心がザワザワする。
何だ、これは何だ、知らない。
僕はこの感覚を"識らない!"
臨戦体制をとって、空を踏み締め、空中に浮かぶ。
とん、とん、と跳ねながら周囲を見渡す。
襲撃は空からの方が分かりやすい。
ずっと心が落ち着かない。
ふと、お姉さまを思い出した。
どうして、今、このタイミングで……と思った時にハッとした。
ありえないことだ。ありえない。
だけれど、もし、もしもそうなら、兄さんに危機が訪れているというのだろうか?
急激に頭は冷静になっていった。
比例する様に心は激情に駆られていく。
誰が、なんて関係ない、もしも本当に兄さんが追い詰められているとしたら許さない、赦さない。
夕日が完全に沈みきって、月夜が現れる。
流れ星が降っている。次から次へと流れ星が強く光って、そして儚く消えていくのを繰り返している。
あぁ、流星群だ。
その時、一等輝く流れ星と見紛う光が目の前に落ちてきた。
お姉さま、貴女の祈りは届いたよ。
お願い、きちんと叶ったよ。
ありがとう、ボクに、兄さんを助けさせてくれて、ありがとう。
ボクは迷わず光の中へ踏み出した。
「お願いだ!!ぼくを、僕を、助けろ!!!!」
レグルスの悲痛な叫びと共に眩く輝き続けるその光の中。
この戦闘の場にはそぐわない、女とも男ともとれる、中性的な、幼い子供の様な、甘く、優しい、澄んだ声が空に響き渡る。
「ボクが助けるよ。もう大丈夫」
ラインハルトは見た。
状況把握の為にレグルスから飛び退いた瞬間。
燦爛たる光の中にいるレグルスから少し離れた空間に、景色に、黒い裂け目が入るのを。
そして、そこからレグルスと同じ顔をした男が出てきたのを。
いったいどういうことだ?
癖のある長い髪を三つ編みにして、肩から前に垂らした、レグルスよりも、少し背の高い、それ以外はレグルスと瓜二つの男だった。
ボクは見た。
燦然たる光に包まれて、ぎゅっと身を守る様に丸くなっている兄さんを。
ひどい怪我だ。
思考がギュルリと回り、最善行動は何か考える。
兄さんを安心させる言葉を紡ぎながら、空間を歪めて一瞬で側に寄る。
誰がやったかなんて、関係ない。
じゃあ、ヨグちゃん。やろうか。
ぬるり、とヨグちゃんの不可視の触手が沢山ボクたちの周囲に現れる。
「終わりをあげましょう」
「いぐな、いぐな、とぅふるとぅくんが」
"銀の鍵"はここに。
さぁ。オシマイがくるよ。
美しい宙だ。
彼が出て来てから星屑が沢山落ち始めた。
その景色が、空間がぐにゃり、ぐにゃりと曲がって、混ざり合って、歪んで、まるで目に見えないナニカが彼らを取り囲んでいるようだった。
美しい光景のはずなのに、何故だかその歪んだ空間を見ていると、ゾワゾワと鳥肌がたち、頭の中をかき混ぜられている様な、思考が纏まらない、ひどく気分が悪くなる様な、そんな歪な光景だった。
レグルスを慈しむ様に抱えている、ふんわりと微笑む彼が、一瞬で得体の知れない、底の見えない何かを相手に見えて、思わずラインハルトは身構える。
いや、待て、どうなっている?いつの間にレグルスは彼の元へ移動した?
いいや、違う。
レグルスは依然恐怖に固まっているままだ。
彼だ、彼はいつ動いた?
レグルスは彼と僕の間に居たはずだ。
瞬きの間に、一瞬で移動したというのか?
彼は、レグルスの安全を確認した後、何かを呟いてぐるりと辺りを一瞥して、ようやく僕を認識した様だった。
目が合う。
ほんの少しだけ驚いた様な様子を見せた。
びゅうびゅうと風を切って地面へ落ちていきながら、これは大変だったでしょうと、レグルスへのねぎらいの言葉をかけ、よいしょ、なんて声を出して、レグルスをしっかりとお姫様抱っこする。
彼はレグルスを安心させるようにふわりと笑いかけて、とん、とん、と体を一定のリズムで叩いてやっている。
あのレグルスが、ホッと安心しきった様な顔をして、ぎゅっと首に手を回して、彼の肩に顔をうずめた。
ありがとう、クソ、助かった、彼女とお前のおかげで僕は生きている、生きている、と噛み締める様な、小さく呟く声がする。
彼は、レグルスを守る様に抱いたまま、この場には不相応な、明るく軽やかな口調で話し始めた。
「はじめまして!君は剣聖、ラインハルトくんでしょう。ボク、"識ってはいた"けれど、実際に見るのは初めてだなぁ!よかったら後で握手してもらってもいいかなぁ?」
彼は、何を、言っているんだ……?
予想外の事態に困惑し、依然攻撃姿勢を崩さないでいると、あ〜!と何かに気付いた様な声を出して、ヨグちゃん、ごめんねぇ、今回は大丈夫だったよ、と虚空に話しかける。
すると、彼らを取り囲んでいたあの歪みがしゅるしゅると消え去っていって、景色が元に戻っていくのを感じる。それに伴ってあのひどい不快感も消えていく。
「これでいいかな。…えーっと…あれぇ、まだだめですか?嫌だなぁ。あの、ボクは平和主義者なんです。争いごとは苦手。さっきのはどうかなしにしてくれませんか?そんな怖い顔しないでください、せっかくの男前な顔が台無しですよ?」
ゆるりと笑う彼に、ペースが乱される。
「ボクは争いじゃなくて、できれば話し合いで解決したいのだけれど……とりあえずこのまま下に降りて一緒にお話ししませんか?」
「君はいったい……いや、分かった。一旦、その提案をのもう。君は彼より穏やかで、理知的そうだ。こちらを攻撃できる機会があったのに、引いてくれたからね。君の話を聞いて、それで判断したい」
それに、もし何かあれば、自分がスバルたちを守ることができる。
ラインハルトの言葉を聞いて彼は、ぱぁっと花が咲いた様に笑顔になる。
「わぁ、ありがとうございます!あの、えっと、さっきは、こんなにひどい状態の兄さんを見たのは初めてだったし、兄さんが助けてって言っていたから、兄さんが死んじゃうって、誰かが兄さんを殺しちゃうんじゃないかなって思ったんです。それで、そんなの赦せないなって怒っちゃって……でもラインハルトくんなら話は別。話し合いが出来るなら、いろいろ"識りたい"から助かります」
兄さん、と言っているから、彼はレグルスの……おそらく双子の、あの心臓の持ち主の弟なのだろう。
彼の1つ1つの動作に兄を気遣う様子が見られる。
ボクが来たから大丈夫だよ、もう安心して、平気だよ、死んだりしないよ、誰にも兄さんを殺させないよ、とレグルスに優しい声で話かけ続けている。
そうして下降を続けて、やっと地上へ降り立った。
ラインハルトじゃなければヨグちゃんパワーで精神崩壊待ったなしでした。
流石剣聖。つよい。