闇深系主人公がミクさんに美味しく頂かれるだけのお話し   作:らっど

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3話構成を想定しています。

1話は導入としての面が強いのでヤンデレっぽさは特に有りません。
主人公の設定は解釈が別れるというか特に語られる事は無いので性癖を詰め込んだ状態になっています。
自分の名前を入れて楽しんで下さい。


微睡

──ピンポーン。

 

来客を知らせるインターホンが音を鳴らす。

 

カーテンを閉め切った一室。ベッドの中から身を捩る様に頭を振り出す。

──怖い

 

それでも、何故だろうか。不思議と身体はそれに応える様に、まるで光に誘われる様にパキパキと音を鳴らしながら身を起こしてしまう。

キシキシと、一際大きくベッドが軋みを挙げ、遂に足をフローリングへと根を張る。

 

…今は夕時だろうか。カーテンの隙間から差し込む光が仄かな暖かさを齎している。

一日中寝ていたからだろう。明確な時間感覚を掴む事が出来ない。

 

取り敢えず時間を確認しよう。そう思ってベッドの頭に手を伸ばすが、無常にもその手は冷たい木材の感触を覚えるだけで求めていたモノは見当たらない。

 

はて、スマホは何処にやってしまったのだろうか。

そう思いながらも寝室のドアを開け、リビングを通過して玄関の方へ向かう。

 

 

ふと、身体がよろめく。

──身体が、震えている。

 

上手く身体のバランスを取る事が出来ずに壁に手を翳す。その拍子で何かに触れてしまった様だ。ただ、今はそれを気にしていられない。

そうして一歩、また一歩と玄関へと歩んでいく。

──震えが、増している。

 

一体何故。

分からない。

震える身体を必死に抑え、遂に玄関に辿り着く。

枯れた花が挿れられた花瓶だけが置かれている質素な玄関に。

 

コンコンとノックの音が響く。

ドクドクと、心臓の鼓動が高まっていくのを感じる。

 

あと少しだ。土間へあと一歩踏み出せば、外が見える。そして確かめるのだ。ドアの向こうにナニが立っているのかを。

 

意を決して土間に足を踏み出す。素足に伝わる冷たさが刹那の不安を伝える。

ドアに手を当てて一度息を整える。そうしてゆっくりとスコープの向こうを覗き込む。

 

 

──そこには、ナニカが立っていた。

「ねえ、私知ってるよ」

 

「きみがひとり“XX”してるの知ってるよ」

 

恐ろしいナニカが。

「ビクンビクン震えてさ、声もダダ漏れなんだわ」

 

「正直に言っちゃえよ。バレてるんだし言っちゃえよ、効いてんの?」

 

左眼を眼帯に覆い、狂気的な眼をした少女の姿が。

「普通普通。恥ずかしい?みんな隠しているだけ」

 

 

扉越しに聞こえる声を前に猛烈に襲い来る吐き気。目がグルグルと回る。世界が狂って行く。見えてはいけない筈のナニカが映ってしまう。

 

 

 

──嗚呼、そうだ。思い出した。僕は、恐れているのだ。

 

 

───彼女を。

 

 

──────僕を襲った彼女の事を。

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

いつの事だろうか。彼女の左目を傷付けたのは。

なんてことは無い、偶然の結果だ。僕のせいで彼女は失明とまでは行かずとも数ヶ月は眼帯をしなければならない怪我を負ってしまった。

 

僕と彼女は親友“だった”。いつ仲良くなったのかなんて分からない。たまたま話が合って、僕と彼女はいつの間にか親友になった。

だけど僕は陰気な愚図で、彼女はみんなの人気者。

空色のツインテール。可愛い顔立ちと、チャーミングな笑顔。

 

そんな彼女を傷付けてしまった僕がみんなの嫌われ者になるのは当たり前の話しだった。

別に教科書を隠された訳でも、いじめを受けた訳でも、暴力を振るわれた訳でも無い。

ただ、僕を存在しない人間として振る舞うだけ。

 

けど、それ自体を否定しようなんて思わない。

みんなが僕を嫌うのは当たり前だ。それだけの罪を僕は犯してしまった。

 

何度も彼女に謝った。その度に彼女は“怒ってなんていない”と言った。

私たちは親友なのだと。気にしなくて良いと。

それでも僕の罪悪感は、拭われる事は無かった。

 

 

──いつしか僕は、家に引き篭もる様になった。

何故か。そう問われれば、こう答えるしか無い。

僕が傷付けた彼女をこの目で観ていることが、怖かったからだ。

 

 

彼女を、ミクを傷付けてしまったあの時。

漠然と心の中で思った。

ああ、僕が君と触れ合える事はもう無いのだろうと。

 

淋しさ、その中に何処か安心を覚える自分が居た。

僕と君では余りにも不相応だ。太陽の様な君は、光でこそ輝く。飛び立ち、その翼を広げてどこまでも飛んでいってくれ。

其処に、僕が存在する必要は、きっと無いのだから。そう思った。

 

きっと、そうで合ったのなら耐えられえた。せめて彼女が、僕の元を離れていってくれたのならきっと。

 

それでも彼女は、僕の元を離れる事は無かった。むしろ以前にも増して僕の元へ近づいてくる様になった。学校でも、登下校でも。彼女は無理をする様に僕に寄り添い続けた。

 

解っている。彼女は、孤立する僕を心配してくれて居たのだと。ただその為に僕に語り掛けてくれたのだと。

ただの善意。恐ろしいまでの優しさ。

その優しさに、惨めにも僕は耐えられなかった。

 

 

 

 

 

ある日の帰り道。

 

ホームルームを終え、教室の一角で友人たちと談笑をしている彼女を横目に1人足早に教室を抜け出し昇降口へ向かう。

未だ人の姿は疎で、上履きが地面へと落ちる音と板材の子気味の良い軋む音だけがこだましている。

 

良かった。まだ彼女が来る様子はない。久しぶりに1人で帰れる。

ロッカーを開け上履きを靴箱にしまい、靴を取り出す。

 

──思えば、この靴も彼女がプレゼントしてくれた物だった。

ふと頭に浮かんだ内容に、手にした靴をついじっと眺める。

黒を基調に、所々白のスリットが入ったスポーティなスニーカー。

 

僕にピッタリだと太鼓判を推してくれたが、だからと言って突然自分の財布を取り出したのには本当に焦らされたものだ。

誕生日が近いのもあってプレゼントという形でなんとか納得したが、いざ誕生日の時もケーキを持ってお祝いに来てくれた。

好意を無碍にする訳にも行かないので仕方なく部屋に招き入れた事も憶えている。

 

ただ、今思うとあの日はちょっとした黒歴史だ。

友人を自宅に招くなんて小学生以来でついはっちゃけてしまったのだ。

 

 

 

──誕生日、というモノは嫌いだ。

 

僕の両親は交通事故で死んだ。

僕の誕生日だった。

今でも覚えている。棺に納められていく両親の姿を。

まだ幼かった僕は、棺の中で穏やかな眠りに付く二人が死んでいるのだと理解することができなかった。いや、理解するのを拒んでいただけだったのかもしれない。

 

 

「あんな子供なんて受け入れられません。息子がどうして死んだか───」

「こちらとしても困ります。娘の命を───」

 

両親はいわゆる駆け落ちをして僕を産んだという。

実家とはほぼ絶縁状態で、駆け落ちによって生まれた子供である僕は彼らにとっては忌み子同然で、後見人になろうとする人はだれもいなかった。

 

 

一人で生きなければならない。それを自覚するにはあまりにも手遅れで、僕はただひとり社会という波に揉まれるようになった。けど、幼かった僕には料理をすることも、洗濯をすることもできなくて当たり前の話だった。

 

幸いだった事は、両親が残した遺産は人一人が生きていく分には充分な量があった事だろう。

 

 

両親の葬儀から数週間が過ぎたある日。

毎日新聞を届けに来ていた配達員の人から扉越しに苦情があった。

ポストがパンパンで新聞がもう投函出来ないと。

 

言われるがまま、溜まり切った新聞を捨てようとポストを開いた時、とある新聞の記事が目に留まった。

 

───“◯◯町で乗用車四台が絡む悲惨な事故。信号無視が原因か”

 

僕の誕生日の翌日に投函された新聞だった。

 

ちょうど隣町で起きた事故。逮捕された容疑者は20代の男。飲酒後の運転、それによる認知機能の低下によって起きた事故だという。

死亡者は二名。

──両親だった。

 

ただ、それよりも目に焼き付くモノがあった。

記事の文頭に載せられた事故の様子が伺える写真。

 

大破した車、見憶えが有る。あれは両親が乗っていたワゴンだ。

 

──其処では無い。

 

ひしゃげた車の、後部座席に目線が向く。

 

浅く息が上下する。

震える手で写真を広げ、せめて見間違いの無いようにと目を見開く。

 

───其処には、箱から飛散しぐちゃぐちゃになった、ホールケーキの残骸が有った。

 

 

「僕いちごのケーキが良いもん!チョコじゃ無くていちごがイイの!」

「文句言わないの。⚪︎⚪︎がチョコが食べたいって言ったんでしょ?もう予約しちゃったんだから」

「やだ!僕いちごが良いもん!いちごじゃなきゃ嫌だもん!」

「…あなた、どうするの?」

「───うん。今連絡したら隣町のケーキ屋ならいちごのショートケーキまだ予約出来るって」

「えっ本当パパ!?」

「ああ本当だ。楽しみに待ってろよ────────」

 

 

その時ようやく僕は理解した。

 

「あんな子供なんて受け入れられません。息子がどうして死んだか分からないんですか。あの子です!─」

「こちらとしても困ります。娘の命を奪った子供など育てられる訳がありません─」

 

 

───両親を殺したのは、僕自身だったのだと。

 

 

今思えば馬鹿げた話だと断言出来るだろう。悪いのは事故を起こした人間であって僕では無いのだと。一致実家の連中の話だって僕を引き取りたく無いという思いから咄嗟に口に出た詭弁に過ぎないのだと。

 

 

──そんなの、分かる訳がなかった。

 

受けれられない事実。

両親は本当に死んでしまったのだという確かな実感。

その一因に、──僕が絡んでいるという受け入れ難い現実。

 

余りに鮮烈で、余りに無常。

叩き付けられた現実は、微睡みに浸るだけの僕の手を否応がなしに引き抜いた。

 

くだらない‘もしも’。

 

あの日が僕の誕生日では無かったら。

僕がわがままを言っていなかったら。

 

 

 

 

──二人が、死ぬ事は無かったのかもしれない。

 

その思いだけが、体を巡った。

 

「…ごめん、なさい」

 

「ごめん…なさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 

ただ謝り続けた。

居もしない、もう会う事すらも出来はしない2人の影に。

 

 

ひたすら謝り続けて、涙も枯れ果てた頃には昼を過ぎ、夕方を経て、夜になっていた。

泣き疲れ切った体と襲い来る睡魔に従うように、倒れ込む様に眠る。

涙で濡れそぼった床はまるで僕を包み込んで深い深淵へ誘うような、永遠の眠りに陥ってしまうような、そんな気がした。

 

 

深い眠りの中。

心の何かが、確かに欠けていく感覚を覚えた。

 

 

 

それでも、僕は生きていた。

明けない夜は無いと言わんばかりに、清々しい程の空が僕の目を醒ました。

 

空っぽの人生を過ごした。

ただ無意味に生きて、無意義な日々を過ごす。自堕落な人生を。

 

 

世界は生きる権利を与えてはくれても、死ぬ権利までは与えてくれないから。

ただ生きるために生きて、機械の様に自分を覆い隠して来た。

 

 

──そんな日々を壊したのが彼女だった。

 

「ねえ、帰り道近いし一緒に帰らない?」

 

確か、それが彼女と初めて交わした会話だった。

最初は物好きが近寄ってきただけだと思っていた。中学の時もそういう人は何人か見てきた。

だけどいくら善意というものにも限界があって、次第にそんな人たちも僕の元を離れていった。

 

そんな中、彼女は現れた。

何故だか彼女とは話しが合った。今日あったくだらない出来事。授業で分からなかったこと。

テレビを見て思ったこと。

何を思わずとも自然に口から言葉が漏れ出す。不思議だった。心地の良い感覚だった。

 

友人。きっとそんな存在を、心のどこかで欲していたのかもしれない。その為に生きていたのかも知れない。

ただありふれた日常を過ごす。ありふれた日々を分け合う、幸も不幸すらも分かち合う良き隣人の姿を。

 

 

 

だからなのかも知れない。

彼女に誕生日を祝われたその時、両親を失って以来ずっと流れる事の無かった涙を流した。

泣くつもりなんて無かった。少しだけ家に上げて、少しだけ一緒の時間を過ごすだけ。

それだけのつもりだった。

 

「誕生日おめでとう!⚪︎⚪︎君」

ケーキを持って微笑む彼女の姿に、二人の姿を幻視した。

何年も前に天に旅立った筈の両親が、まるであの日のお祝いの続きをしてくれている様に、そう思えてしまった。

 

有り得ないと分かっている。それでも溢れる涙を止める事が出来なかった。

全てを話した。これまでのことも、苦しかった事も。ミクはただ頷いて僕の話しを聴いてくれていた。

それがただ、嬉しかった。

いつのまにか二人して寝入ってしまった様で、翌朝に二人で笑いながら食べたケーキは、涙の味がした。

 

 

 

 

 

──そんな、意味もない過去を回想してしまう。

 

 

はぁ、と溜息が漏れ出す。

自分ながら女々しい奴だなと心の中で嘲りながら下履きに履き替える。

玄関の先から見える景色は夕暮れ時。10月に入り陽は益々と短くなって来ている。

 

仄かに冷たさを感じる風に、着ていたブレザーが微かに揺られる。

今年も秋がやって来た。

涼しさを感じさせる風は夏の終わりを感じさせながらも鬱屈とした気分を払い除ける様な、そんな気がした。

 

行こう。

 

この一歩を踏み出せば、何かが変わる。

そんな気がして、足を踏み出す。

 

 

その手を、掴む誰かが居た。

「ねえ、どうして置いて行くの?」

 

びくりとして振り返る。

 

「…ミク」

「もう、いつも一緒に帰ってるんだから先に行かないでよ、◯◯君」

 

いつ間にかミクは昇降口へ辿り着いていた。

息が少しだけ上がっていて何処か怒っている雰囲気を感じる。ここまで走って来たのだろうか。

 

「…ごめん。その、友達と話してるみたいだから今日は一緒に帰らないのかと思って」

「そんな訳ないじゃん。ほら、私も準備するからちょっと待ってて」

 

そう言ってミクは同じ様に下駄箱から下履きを取り出す。何故か僕の手を掴んだまま。

「あの...ミク?手離さない?疲れるでしょ」

「だめ。今手を離したら⚪︎⚪︎君逃げる気でしょ」

「ぅ、そんな事ないよ」

「絶対嘘。勝手に私を置いて行った罰だと思って我慢してよね」

「...」

 

彼女から逃れる為の言い訳をあれこれ考えようにも良い案はなかなか思い付かない。

うだうだ考えている内に彼女は下履きを履き終えてしまった。

「さ、行こっか」

「...うん」

 

気分を直したのか、笑顔でそう告げる彼女に押し負ける様に二人して昇降口を出る。

冷たい風が僕たちを包み、握られた手がより一層強く握られる。暖かい、カイロを握っている様な感覚につい手を握り返してしまいそうになるが、すんでの所で思い留まる。

 

頬が赤くなっていくのを間近に感じる。恥ずかしさに悶えながら校門まで歩った所で意を決して口を開く。

「ミク。そろそろ手を離してよ、もう逃げないから」

「だーめ。それじゃ罰にならないでしょ。今日は手を繋いで帰るからねー」

「…ごめん」

 

言葉に詰まってつい謝罪の言葉を口に漏らしてしまう。

これではだめだ。

そもそも僕と彼女ではボキャブラリーの差が激し過ぎて相手にもなりはし無い。説得に持ち込んでも直ぐに言い負かされてしまうだろう。無駄に仕掛けるより大人しくしていた方がマシだ。

 

そう判断して仕方なく2人横並びになって帰路を辿る。

僕の住んでいるマンションは学校から30分程歩いた場所で、彼女の家はそこから更に10分程住宅街を進んだ場所にある。だから必然的に彼女とは僕の住んでいるマンションまで一緒に着いてくる事になってしまう。

それだけの時間を耐えなければならない。それだけで心が締め付けれる様な痛みを感じる。

 

「それでさー、⚪︎⚪︎ちゃんが彼氏に振られちゃったみたいでね?慰めるのに苦労したよー」

「...そうなんだ」

 

 

「今日の数学理解出来た?私箱ひげ図って言われても余り解らなくて」

「...僕も解らなかった」

「だって⚪︎⚪︎君授業中寝てたもんね。ヨダレ垂れてたよ」

 

歩きながら今日起きた出来事を嬉々として話す彼女に、少し俯いたままただ合いの手を入れて反応する。

 

きっと彼女は平凡な1日を想起して笑っているんだろう。だけど、僕にはその顔を見る勇気が無かった。

怖いのだ。

彼女の顔を見るのが。僕が傷付けた顔を見るのが。

くだらない恐怖心だと分かっている。それでも、彼女の善意に漬け込んでいるだけの自分が恐ろしくてたまらないのだ。

 

両親がそうであった様に、いつか彼女を失ってしまうのでは無いか。

無理を冒して、不幸な目に合わせてしまうのでは無いか。

 

そんな想いがつい脳裏をよぎる。

 

だからこそ僕は、彼女の側を離れなければならない。

失うのが恐いのなら、その前に僕から手を離して仕舞えば良い。

 

ソレがきっと、僕にとっても君にとっても幸せな事の筈だから。

 

 

──だというのに僕は、この手を離す事が出来ない。

嫌いだと、そう言い切ってしまえばいいだけだと云うのに。

 

頭では判っていても、この身体はまるで言うことを聞いてはくれはしない。

だから嫌いなんだ、僕という存在が。

 

出来るはずのことを、ただ出来ないフリをしている僕自身が。

 

 

そうこうしている内に小川が流れる小さな橋を渡る。

 

いつの間にか僕の家の近くまで帰って来た様だ。

僕の住んでいるマンションは所謂マンション群の中にあって、この小川を渡ったくらいから姿が見えてくる。だから俯いていてもマンションまで近付いて来ている事が分かる。

あと5分も過ぎれば僕の家に辿り着く。そうすればミクとはお別れだ。

それだけを頼りに足を進める。

 

「そういえばさ、今日私HR終わりにクラスの子と話してたじゃん?あの時、⚪︎⚪︎君の事について話してたんだよね」

 

「─え?」

 

 

──なんでこのタイミングなんだ。

落ち着きかけていた心臓がバクバクと再び動悸を繰り出す。

冷静になれ、慌てるな。そう己に言い聞かせてただ聞きに徹する。

 

「なんかさー。⚪︎⚪︎君には近寄らない方が良いよって言われたんだけどさ、酷いよね」

 

「...ミクは。何て答えたの?」

 

言わないでくれ。

 

 

「そんなの決まってるでしょ、嫌だって。私たちは親友なんだから。これからもずっと一緒なんだって」

 

その言葉に、つい俯いていた頭を振りかぶってしまう。どこかいうとも知れない思いが込み上げて来る。これは憎悪か、恐怖なのか、醜い嫉妬なのか。ただ浮かび上がった言葉を、本能に任せる様に吐き出す。

 

「親友親友って、君はッ!─────ッッ」

 

その言葉は長くは続かなかった。

 

見てしまった、彼女の顔を。

優しげに僕を見つめる彼女の、僕の罪の証を。

 

 

 

どうしてここまで、君は優しいの。

どうして僕は、また君を傷付けようとしているのか。

 

 

「──────あぁ」

───眩しい

 

───眩しい

 

───眩しい

 

眼が溶けていく。何も、何も見えなくなっていく。僕を見ている筈のキミの顔も、周りの景色も。

まるで光が、世界を包み込んでいくかの様に。

 

 

 

「⚪︎⚪︎君?⚪︎⚪︎君ってば!」

幾時が過ぎただろうか。異常を察知してそう問い掛ける彼女の言葉に、次第に視界が戻っていく。

それでも、僕は言葉を返す事が出来なかった。

 

────眩しい。

 

何かが起きてしまった。あってはならない筈の決定的な何かが。

 

「─ミク、ごめん。今日は1人で帰らせて」

「えっ⚪︎⚪︎君!?」

ぽつりと、捨て台詞を吐く様に言葉を投げかけ腕を振り払い、困惑しているミクを尻目に1人駆け出す。

 

ただひたすらに、ひたすらに走る。

──眩しい

 

空に目を向ける。

そこに映るのは清々しいまでの快晴。

澄み渡った空と、美しいチェレステブルーのコントラスト。

 

一切の歪みも澱みすらも無い空は、まるで嘲笑するかの様に僕を照らしてる。

 

あり得ない。

そんな景色は、あり得ない。

さっきまで見えていた景色は確かに夕方だった筈だ。

秋らしい物悲しさと、沈みゆく太陽が放つ確かな暖かみを感じさせる夕日が。

 

 

だというのに、今僕が見渡す世界は、日中の明るい景色に映っている。清々しいほどに晴れ渡った快晴が。

何度も空想を振り切ろうと瞼の開け閉めを繰り返してもこの瞳はまるでソレが正常であるかの如く偽りの空を写す。

 

「ああっクソ!どうしてだよッ!どうして、どうして!?」

 

今すぐ目を閉じてしまいたい。そう思いながら感覚だけを頼りに家まで走り続ける。

 

マンションの敷地内に入り、エレベーターには乗らず階段を無我夢中で登り、遂にマンションの一室に辿り着く。

 

ガチャガチャと鍵を回し、開け放たれたドアに向かって飛び込む。

 

「どうして…どうしてッ」

 

何度目を凝らしても、しばたたかせても治らない。

リビングの窓からも、寝室からも、何処からも明るい空が広がって行く。

逃げ場など無いと言わんばかりに僕を包み込んでいく。

 

「どうしてッ...だよ......何で治ってくれないんだよ」

 

カーテンを全て閉め切りベッドの上で布団に包まり目を閉じる。

 

──どうしてこんな目に遭わなければならないのか。

罰だと云うのか。

浅ましくも、彼女を、彼女の優しさを利用しているだけの僕への罰だと。

 

歯を食い縛る。

 

ダメなのか。

幸せになろうとする事は許されないのか。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 

涙が布団を濡らす。

誰に対してかも分からない言葉を呟く。

 

薄汚い本性。

絶望的なまでの醜さ。

 

この期に及んで僕は、未だ赦しを欲している。

両親を殺したのも、彼女を傷付けたのも他ならぬ僕自身だと云うのに。

 

頭がぐちゃぐちゃになって行く。

何を思って涙が流れているのか、それすらも分からなくなって。

 

眠気が、ゆっくりと這い寄ってくる。

まるで、冷たい水に沈んでいくような感覚。

胸の奥の痛みも、涙の熱も、少しずつ遠ざかっていく。

意識が薄れていくたび、このまま目を閉じたら、もう二度と目覚めないのではないかと。

 

けれど、抗う気力は残っていない。

ただ、微睡の底へと落ちていく。

真っ暗な闇が広がり、そこに誰かの影が見えた気がした。

誰なのか分からない。

手を伸ばそうとしても、指先は空を掴むだけ。

 

───誰か、助けて

 

誰に届くとも知らずに。

赦されることなどないと知っていながら、それでも。

 

最後の祈りのようにその言葉を胸の奥に押し込んで、

 

そして落ちて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ピンポーン。

 

 

インターホンの呼び鈴が、確かに音を鳴らしていた。

 




ご朗読ありがとうございました。
絶賛続きも執筆中ですのでのんびりとお待ち頂けると助かります。
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