闇深系主人公がミクさんに美味しく頂かれるだけのお話し 作:らっど
あの日から、僕は不登校になった。
昔馴染みの医者のおじさんが言うには、僕は“光視症”なるものに罹ったらしい。
恐らくは強いストレスによるもの。睡眠不足も関わっていると聞いた。
実際にはその場に光が無くてもピカピカした光や光球、稲妻が視界に走る様になる。
そんな病気らしい。
ただ、僕の症状は少し違う点がある。
暗闇などの光がない状態で視界の中の何かが光って見えてしまうというのが普通の症状だが、
僕の場合は目に映る光がより強く光って見えてしまうというものだった。
朝昼は視界を光が埋め尽くし、夕方はまるで真昼の様に、夜になって漸くまともに視界が拓ける。
そんな体たらくだ。
だから当然日常生活には支障だらけで、学校に行く事もままならなくなってしまった。
カーテンを開ける。
窓の外に広がる景色は、未だに澄み渡った明るさを保っている。
───まだ、治ってない。
明るさを最大限まで下げたスマホで確認した時間は5時を周った所。
もう10月の中旬を過ぎている。
だからこの時間は、もう暗くなっておかしくない時間の筈だ。
窓の向こうに手を翳す。
遠い空に手を伸ばす。
それでも、この手は空には届かない。
──ああ、やっぱりだ。
代わりに触れたのは、内と外との境界。
透明な窓ガラスから手のひらに伝わる感触は、光が差しているとは思えない程にひんやりとしていた。
思わず歯を食い縛る。
僕の曇り切った心情を嘲る様に、今も空は偽りの輝きを見せつける。
空に恨みがましく手を伸ばしても、帰ってくるのは冷たい返答だけ。
偽物にすら、この手は届かない。そう突きつけられた様な気がして。
どうして、こうなったのだろう。
僕が関わるものは、どうしていつも壊れていくのだろう。
頭の奥で、誰かが囁いている。
──お前のせいだ。
違う、と否定しようとしても、その声は僕の中にしか届きはしない。
あの日見た、彼女の顔が脳裏に焼きついたまま離れない。
自分の言葉が、行動が、あの子をどれほど傷つけてしまうのか。それを思うたび、胸の奥が焼けるように痛む。
なのに、どこかで僕は思ってしまうのだ。
どうして僕ばかりが責められなければならないのか、と。
あの子だって僕を突き放したじゃないか。僕の思いを、全部否定したじゃないか。
そう思った瞬間、胃の奥からナニかが込み上げてくる。
それは僕が最も醜い形で彼女を責めているという証。
結局のところ、僕は誰かを責めずにはいられない。僕の罪だと分かっていても。
それがどんなに浅ましいことか分かっていても、逃れられない。
窓の外の光が滲んで見える。
まるで僕の罪を白日の下にさらすように、ありとあらゆるものが眩く光っていく。
咄嗟に目を閉じても、眩しさは消えない。
光は、僕の中から滲み出しているのだ。抑えきれない想いが漏れ出す様に。
「はぁッ…っh──」
急いで窓から手を離しカーテンを閉め切る。
喉元まで迫り出したそれを抑える為に口を手のひらで覆う。
何も考えるな。
脳内で何度もそう唱え、必死に思考を落ち着ける。
「はぁ…はぁ…はぁー」
暫くして漸く荒ぶっていた神経が落ち着きを見せる。
力無くベッドに倒れ込み、部屋の天井をただひたすらに見つめる。
微かな木漏れ日と暗闇だけが支配する部屋は驚く程静かで、微かな淋しさを思わせる。
自然と、涙が出て来る。
なんて惨めで、弱々しい姿だろう。
「ごめん……」
呟いた言葉は、誰にも届かない。この部屋の中には僕しかいない。
謝る相手なんて居ない。
だからこそ謝罪は空虚で、自己満足でしかない。
胸の奥が、ひどく痛い。それは懺悔の痛みなんかじゃない。
きっと、もっと浅はかな痛みだ。
──自分が可哀想だと、そう思っているだけの痛み。
「……最低だな、僕は」
───ピロン
びくりと体が震える。
ベッドの端に置いてあったスマホからメールの受信音が断続的に響く。
誰からのメールだろう、そんな思いは浮かばない。
そもそも僕は一人としか連絡先を交換していないのだから。
それは、彼女からだ。
緩慢とした動作でスマホを手に取り画面をスライドする。
不登校になってからというもの、毎日の様にミクはこうやってメールを送ってくる。
最初は既読無視という形を取っていた。僕なりのささやかな抵抗の形と言ってもいい。
医者のおじさんからも、彼女とはなるべく縁を切る様にと忠告を受けていた。
だけどその行動は却って彼女からの心配を深めてしまったみたいで、僕の家の前を訪れては夜になっても離れない、そんな日々を過ごす様になってしまった。
──既読無視でも何でも良い。電話にだけは応えて。
電話口からでも伝わる余りにも焦燥に満ちた口調を前に、僕は堪え切れず是と応じてしまった。
彼女の優しさは凶器だ、人の意思すらも飲み込んで捻じ曲げてしまう程強力な。
それからというもの、僕と彼女の関係は奇妙な均衡を保つようになった。
彼女は毎日学校からの帰りに僕の家に立ち、学校からの書類をポストに入れると同時に頑なに玄関のドアを開けない僕を前に電話越しに語り掛けた。
他愛もない話をした。
学校のこと、天気のこと、最近見た映画の話。
僕がほとんど何も返さなくても、彼女は一方的に話を続けた。
その声を聞いている間だけは、少しだけ心が穏やかになった。
けれど通話が終わるたび、胸の奥には言いようのない疲労が残った。
まるで、赦されることに抵抗するための力を使い果たしたみたいに。
彼女の声を聞くたびに、僕は自分の汚さを突きつけられる。
あの日、僕が投げつけまいとした言葉。
あの瞬間、確かに彼女の瞳に浮かんだ“ナニカ”。それが今も鮮明に残っている。
──だと言うのに、どうして彼女はまだ僕に関わろうとするんだ。
見計らったかの様なタイミングで送られて来るメールについ辟易する。
僕の行動が全てミクには見透かされているのでは無いかと空想してしまう程に、まるで都合が良すぎるのだ。
これではまるで───
──ピンポーン
インターホンが鳴った。
ゴクリ、と自然と喉元から音が鳴る。
早過ぎる、メールが届いてからまだ5分も経ってないんだぞ。
そう思いながらも誰が訪れているのかを確認しない訳には行かず、ベッドを降りてリビングのインターホンの元へと向かう。
──インターホンの録画画面に映されているのは、彼女の姿だった。
「...ミク」
コン、コン、コンと玄関のドアのノック音が響く。
不思議と、足は玄関へ向かう。死ぬと知りながらも、甘美な光に吸い寄せられる羽虫にみたいに。
『もしもーし』
バイブレーションが響き、手に取ったスマホからその声が響く。
「もしもし」
『あっ⚪︎⚪︎君、今日は調子大丈夫?私心配になっちゃって』
「...うん、大丈夫だよ」
『──本当に大丈夫?どこか痛い所とか無い?』
「平気だよ。心配しないで」
平静を装って通話に応える。
今日はいつも以上に食い下がって来る。
声の調子でも変に感じたのだろうか。そう考えながら半ば事務的な言葉を交わす。
『──はい、今入れたのが学校からのプリントね』
「うん。いつもありがとうミク」
『どういたしまして...─ねぇ、今日もやっぱり、無理?』
話しが一区切りついて、一呼吸置いた後ミクは躊躇いながらも本題であっただろうその言葉を口にする。
「...ごめん」
まだ、玄関は開けられない。
彼女に、会いたい。そんな気持ちと、会いたく無いという気持ちがせめぎ合う。
だけど今彼女を見てしまったら、壊れてしまう。そんな気がして。
そもそも彼女には僕がどんな病気になったのかすら教えていない。
迷惑をかけたくないという思いもあったし、その理由に君が絡んでいるなんて口が裂けても言えなかったから。
『ううん。こっちこそごめんね、変なこと聞いちゃって』
その言葉が、喉の奥に突き刺さる。
僕は何も言えず、ただスマホを握りしめたまま俯いた。
玄関の向こうからは、かすかに衣擦れの音が聞こえる。
ミクはそこに立っている。わずかな距離を隔てて。
けれど、その一枚の扉が僕にとっては断崖のように遠い。
せめてその姿を一目見ようとドアスコープを覗き込む。
──眩しい
視界中を拡がる光の中に、彼女の姿を探す。
──眩しい
乱反射を繰り返す眩い景色。まるで無限に重なる光の層の中に、果たして彼女の姿はあった。
「ミク─」
玄関の前に立ち尽くす彼女からは普段の可愛らしい笑顔は鳴りを潜め、その顔付きからは寂さとも哀しさとも思える表情を見て取れる。
彼女らしくない、沈んだ雰囲気。
その原因が僕にあるのだと思うと、それだけで陰鬱な気持ちを抱えてしまう。
『どうしたの?』
溢しただけのつもりだった言葉は存外に聴き取れていた様で、無警戒にレンズを覗いていた僕は彼女に動きに対応が出来なかった。
ミクは様子を伺う様に外側のレンズからこちらを覗き込む。
その瞳と、目線が絡む。
僅か数センチ先に見える色彩。
瞳孔が開かれ、ただ一心にこちらを覗き込む墨汁を垂らしたかの様な瞳が、僕の視界を覆い尽くした。
一瞬だけ、世界が止まったように感じた。
ドアスコープ越しに交わったその視線は、決して合わさる事は無いというのに確かに“目が合った”という感覚を持って僕の中に焼きついた。
分厚い扉一枚隔てているはずなのに、直接心臓を掴まれたみたいに、呼吸ができない。
まるで彼女の瞳の内にあるナニカを、覗いてしまった様で──
「……なんでもないよ」
やっとのことで声を絞り出す。
けれどその言葉が、あまりに空虚に響いたのが自分でも分かった。
『……嘘だ』
ミクの声は柔らかかった。けれど、その奥には確かな悲しみ、そしていうとも知れない感情が滲んでいた。
その声に、胸の奥がひどく軋む。
今はまずい。ふつふつと感情が荒ぶっていく感覚を覚える。
頭がごちゃごちゃになっていく。
取り敢えず、今日はもう帰ってもらうべきだ。
とにかく今は落ち着く時間が必要だ。
『──ねえ、⚪︎⚪︎君。辛いことがあったら泣いてもいいんだよ?』
「───────ぇ」
言葉を発するよりも早く、電話口からその声が響いた。
いきなり何をと口にするよりも早くミクは言葉を紡ぐ。
『悲しいことがあっても、悔しいことがあっても同じ。怒ったっていい。他の人のせいにしてもいい』
『いっぱい泣いて、何も考えられないくらい泣いて、全部忘れちゃえば良い』
『──そうやって泣いたあとでね』
『また笑えるようになれば、それでいいんだよ』
その言葉が、まるで子供の頃に聞いた子守唄みたいに胸の奥へ沈んでいく。
優しくて、温かくて、それでいて、どうしようもなく痛い。
今すぐここを逃げ出したい。だけどそれは、現実からの逃走でしかない。
「……僕は」
声が震える。
何を言おうとしているのか、自分でも分からない。
ただ喉の奥に溜まっていたものが、溢れ出そうとしていた。
「僕は──」
───そんな風に、簡単には泣けない。
ミクの言う通り、泣いて、叫んで、全部を吐き出してしまえたら、どんなに楽だろう。
でも、それができない。
泣いてしまったら、崩れてしまうから。
認めてしまう事になる。
今まで受け入れていたフリをしていた事を。
──“僕”が僕自身の罪を受け入れていないという事を。
『でもね、それでもいいんだよ。泣けないなら、無理に泣かなくていい』
『強がってもいいし、逃げてもいい。……それでも私は、⚪︎⚪︎君の、君だけの味方だから』
『君は1人じゃ無い。君がどんな時だって私が側にいるから』
「やめてよ……」
口をついて出たその言葉は、震えた。
拒絶のつもりだったのに、自分でも驚くほど弱い声だった。
「そんなふうに言わないでよ……」
言葉の端が掠れて、声にならない。
胸の奥が軋んで、息をするたびに痛みが走る。
彼女の優しさが、まるで刃物みたいに突き刺さっていく。
「僕は……そんなふうに、誰かにいてほしいなんて……思っちゃいけないんだ」
声が、壊れそうだった。
言葉にした瞬間、自分の中の何かが崩れていくのが分かった。
“誰かにそばにいてほしい”
それが他人をどれだけ不幸にする事であっても。
そんな望みを、僕は抱いていた。
両親を喪ったその日から、僕はずっと1人で生きて来た。だけど子は親を欲するなんてのは当然の道理で、親からの愛情というものを十分に受けられなかった僕はその残影を次第に他者に見出す様になっていった。
ミクだってそうだ。僕は両親の“代わり”を彼女に押し付けているに過ぎない。
なんて醜悪な姿だろう。
だからこそ──
「僕は、罰を受けなきゃいけないんだよ。こんなふうに、生きてること事態が、もう……間違いなんだよ」
沈黙が落ちた。
電話の向こうで、ミクが息を呑む気配がする。
『……違うよ』
彼女の声が、震えていた。
「でも僕は、君を傷付けた。“あの時”だって」
言葉の途中で、喉が詰まった。
もう何も言えなかった。
ただ、スマホを握る手が震えて、視界が滲んでいく。
『……ねえ』
ミクの声が、いつもより少し掠れて聞こえた。
『それでも、私は君を恨んでなんかないよ』
その一言は、あまりに優しくて、あまりに残酷。
「なんで……」
「なんでそんなこと言えるんだよ……僕は、君を……!」
言い切る前に、嗚咽がこぼれた。
喉の奥が熱くなって、胸の奥から何かが溢れ出す。
嫌なんだ。もう何かを失うのは。僕のせいで、失うのは。
『だったら私が背負うよ、君と一緒に』
「───────」
『君が欲しいの。苦しみも涙も全部全部吸い取って、私が、私だけが⚪︎⚪︎君を笑顔にしてあげたいの』
──だから
『君を救いたいから、それじゃダメかな』
そう言ってミクは、静かに微笑みながら涙を拭う様にレンズを撫でた。
『また──明日来るね。今日は少し寒いから、ちゃんと布団に入って寝てね。昨日みたいにブランケット一枚じゃダメだよ』
数分の後、今は立ち去るべきだろうと察したのかミクはそういって言葉を切り上げる。
彼女の声は、まるで霜の降りた空気の中に灯る小さなランプのように、優しくて儚ない。
その声が、玄関の向こう側にゆっくりと消えていく。
しばらくして、衣擦れの音。
足音が、遠ざかっていく。
再び訪れた沈黙の中に、1人佇む。
通話が切れて暗くなったスマホの画面を見詰める。反射して写るのは、くっきりと隈を浮かべた目元から音も無く涙を流す僕の姿。
ドアに寄りかかり、ただ涙を流す。
それは誰に向けられたモノでも無い。
幼い子供が訳も無く流す涙。無意味で、無価値で、それでも、純粋なまでの涙。
泣いて、泣いて、泣いて、泣く。全てが枯れ果てて、新たな芽が芽吹く、その時まで。
いつしか夜は巡り、日の出はやって来る。
思い浮かぶのは、1週間程前の記憶。
あの後僕は、散々泣き腫らした末にいつの間にか眠っていたようだった。
それに気付かされたのは、夜に掛かってきたミクからの電話。
知ってか知らずか、もしかしたらベッドで寝ていないのでは無いかと心配したらしいミクからの電話のコール音で目を覚ました。
床で寝そべっていたからか、体中からパキパキと悲鳴が鳴っていた。
そんなことなどどうでも良かった。
──眠れた。
魘されることも、恐怖に苦しむ事も、思考の渦に巻かれる事も無い。
ただ、眠る。とうの昔に忘れていたはずその感覚が、僕の眼を醒ました。
その翌日。
宣言通り、その日もミクは僕の家を訪れていた。
ただ、いつもの姿とは一つ異なる点があった。
「ひまわり?」
『そう!綺麗なお花でしょ。学校帰りに買って来ちゃった!早く元気になって欲しくて』
ミクからの指示でレンズを覗き込む。
視界は未だ眩しい。ただそこに、確かに彼女の姿は有った。3本のひまわりと百合のような花束を腕いっぱいに抱えて彼女は立っていた。
お見舞いの花の様なものらしい。
「─ありがとう。ミク。あー、だけどごめん。外に置いておいてくれないかな。後で取りに行くからさ」
『やっぱり、まだ...ダメ?』
「いや、違うんだ。違うんだ、けど」
──きれい
花束を抱えて微笑み掛ける彼女の姿は、眩しかった。
光視症に冒されたこの視界すらも飲み込んで、光を束ねたその様はいっそ幻想的と言えた。
その時だ。
ようやく僕は決意した。僕自身を受け入れることを。罪も罰も背負って前を向くことを。
だからこそミクには、僕の親友には元気な姿を見て欲しい。
多くの心配を掛けさせてしまったから。
僕が立ち直れたのは、君のおかげなのだと証明して見せる為に。
そして今日、その時が来た。
ミクからの返信につい安堵の笑みが溢れる。
普段からミクとのメールで自分の方から話しを切り出すなんて事は余り無いものだから、これで今日はダメだとでも言われてしまったらどうしよう。そんな事を考えていた。
ミクがやってくるまでの時間を持ち手無沙汰に感じて、変な髪型になっていないか、体におかしな所が無いかをちまちま確認しながら部屋中を右往左往する。
そこでふと、窓の外が視界に入る。
窓が開いているからだろう、入り込んできた風にカーテンが揺らされている。
冷たい風だ。
風邪を引いてしまう前に窓を閉めようと窓辺に立つ。
──斜陽が夕焼け雲にはためいて、オレンジに薄緑を混ぜた様な美しい情景が、そこには広がっていた。
つい見惚れてしまいそうになる。
暫くの間、半ば放心状態で景色を見詰める。
「くしゅんっ!」
それを止めたのは、自分が出した小さなくしゃみ。
慌てて窓を閉める。せっかく元気になって会おうと思ったのに、また病気にでもなってしまったら本末転倒だ。
ふぅ、と一息ついてリビングの方へ身体を向ける。時刻は5時を過ぎた所。そろそろだ。後少しでミクはやってくる。
窓から映し出された影は行くべき道を示す様に、玄関の方へと差している。
──ピンポーン
インターホンから音が鳴った。
行こう──
玄関の前に立つ。
靴箱の上に飾られた花瓶には、1週間前に貰った花束が挿されている。
僕たちの門出を祝う様に、今も咲き誇って。
鍵を開けドアノブを握り締める。
この先に彼女は居る、ドアを開ければすぐ側に。
喉元から音が鳴る。緊張で手が震えそうだ。
「ふー...」
息を吸い、ゆっくりとドアノブを下げる。
ガチャリと、音を立ててドアは開いていく。
夕焼けに照らされた彼女は、まるで光に溶け込むように立っていた。
手にはスマホが握られていて、その画面には僕とのメールの送信欄が写っている。
「久しぶり、ミク」
その言葉と共に彼女はこちらへ振り向く。
目線と目線が交差する。
「……来てくれて、ありが──」
言葉の途中で、ミクが駆け寄って来る。
その勢いのまま、僕は彼女の腕に抱き止められ、
──ドサッ。
「痛っ」
次の瞬間、僕は玄関の中の仰向けに倒れていた。
強く、背中が床に打ち付けられる。何が起きたのか自覚するよりも早く、僕の上にしなだれかかるミクの姿が目に写った。
「…み、ミク。どうしたの?」
どうやらドアを開けた拍子に駆け寄ってきたミクに体を押され、そのまま二人もろとも倒れ込んでしまったらしい。
「やっと…」
「やっと?」
ミクに覆い被されて体が動かせないだけに、顔を動かす事も出来ずその表情が伺い知れない。
きっと感極まって押し倒してしまったのだろう。そんな考えが頭に浮かぶ。
だけど今のミクからはどこと無くいつもとは違うという、妙な違和感を感じてしまう。
「やっと、やっと私の想いを受け入れてくれるんだね」
「──────────は?」
何を、言っているんだ。
そう言って顔を上げた彼女はどこか上気していて、倒錯的な、まるで瞳の奥に微かな情欲をたぎらせている獣の様に見えた。
何をと問う間も無く、何故か彼女は僕の衣服を剥がし始める。
「やめ───」
「んぅ──────────♡」
体が硬直する。
静止を求めた言葉は、まるで封をする様にその唇で抑えられ無惨にも口内を蹂躙されていく。
何もかもを放棄してしまえと思考が訴え掛ける。
だめだ。早く、何とかしなきゃ。
そうじゃないと。
どうにかミクを止めようと体を強く振ってみても唯一動く手で彼女の体を抑えても、馬乗りにされているせいで抵抗にすらなりはしない。
「あっ」
「──♡」
いくら友人とはいえ女の子らしい柔らかい肢体に組み敷かれては避けられず、自然と生理現象を催してしまう。
ミクもまたソレに気づいてしまったのか、意味深に笑みを深めると僕の最後の防壁を取り払い狙いを定める様に幾度かその身体を擦り寄せ、自身の下着をずらしては大きく腰を持ち上げる。
それだけはダメだ。
きっとミクは今はただ感情が高ぶっているだけなんだ。
だからこそ止めなければならない。
このまま流されて仕舞えば、僕たちの関係は決定的に壊れてしまうから。
助けを──
視線をドアの外に向ける。
だが僕の思いに反する様に、開け放たれていた玄関のドアはゆっくりと自重に擡げるように閉まって行く。
「ツ カ マ エ タ────♡」
ガチャリと音を立ててドアが閉め切られる。
混ざり合う僕たちの影。赦しを乞うように向けた彼女の瞳はひどく苛虐的で、情欲に満ち満ちた妖しい焔を放っていた。
そして終に、非情にも彼女の腰が落とされる。
そうして僕たちは──一つになった。
肌と肌が重なる音が響く。
抵抗する事も諦め、脱力して在るが儘に襲いくる快楽に悶える。
体の上に跨りながら淫蕩な踊りを見せつける彼女を、せめて見まいと視線を横に向ける。
見据えた先、花瓶に納められた花束は僕の思いを逆撫でする様に、絶えず花を開かせていた。
──何を間違えてしまったのだろうか。
──何がいけなかったのだろうか。
──僕は彼女に、裏切られてしまったのだろうか。
そんな事は分からない。
それでも確かに、確実に、心が壊れて行く、そんな感覚を覚えた。
メンタルブレイク(2回目)
ちなみに、⚪︎⚪︎君は身長がミクさんよりちっちゃいです。
具体的には2cmくらいちっちゃいです。
握力とか腕力とかもミクさんより弱いです。
元々ちっちゃい才能は有りましたが、主に慢性的な栄養失調が原因でちっちゃいです。
代わりにデカいです(意味深)