澄み渡る青空。群れを成して泳ぐ雲。近未来的な学園都市が地上に広がり、獣人が入り混じる社会の中を人々や交通が往来する。
角張った建物が散見される光景に、その学校は存在した。横長の校舎で敷地が広く、大きな校庭や大層な校門が建っている。桜の木が花を咲かせ、新たな門出を祝うかのように花吹雪を散らしていた。先進的な文明も見受けられる空間に初々しくも瑞々しい空気感が漂うその世界を、“ある少女”もコンプレックスを抱えながら何気無く生きていた。
学校のチャイムが鳴り響く。それを合図に校門からぞろぞろと制服姿の生徒が出てくると、4名で固まっていた女子生徒の団体も他愛ない会話を交わしながら校門を通過したものだ。
「はぁ~あ、入学したばかりだと思ったらもう1年がお経ちましてよ奥様」
「なにその喋り方。エセお嬢様とエアプ奥さんが混ざってて草」
「でもあっという間だったなぁ。なんか赤点取ってる内に進級してた。我ながらよく留年しなかったよ」
和気藹々と会話する3名の女子生徒がいつものノリで話しをする傍ら、1人の女子生徒は浮かない顔で俯きながら歩いていた。
160cmほどの背丈である少女は、肩甲骨辺りまで伸ばしたミルクティー色のストレートヘアーをサラサラと流していた。服装は全体的に着崩しており、鼠色のブレザーについたポケットに両手を入れている様子と、胸元を開けた白色のYシャツ、丈を短くした赤色のスカートに焦げ茶色のローファーという格好で歩いている。首元には解いたリボンを掛けており、鞄はリュックの要領で右肩に掛けていた。
どこか不満げで、不愛想な印象を与えてくる少女。無言を貫くその様子に、同行していた3名の女子生徒はいつもの調子といった具合に絡み始めていく。
「“
「はぁ? ポンポン……お腹? お腹は痛くないけど……」
「感傷に浸っている横でそんな浮かない顔されちゃうと、嫌でも気になるってもんでしょ」
「別に、アタシのことは気にしなくていいって」
「うら若き乙女真っ只中の浮かない顔なんていったら、『あぁ、今日も気になる男子と話せなかったな……』みたいな悩み事に決まってるっしょ!」
「はぁ!? そんなことないし!!」
菜子と呼ばれる少女の反応に、3名の女子生徒がニヤニヤした。それを見た菜子は一層と不機嫌そうに顔を歪ませたものだから、女子生徒達は「あるぇ? もしかして図星丸?」「この間だって男子との喧嘩で机投げたりしたんだから、あまりからかってやるなって」「ごめんごめん! 冗談だってば!」と3人で菜子をなだめながら帰路についたものである。
巨大な街頭ビジョンがあるスクランブル交差点。人混みで雑多に入り乱れる有象無象の空間を、菜子を含む女子生徒グループが雑談しながら通過する。
至って平穏な日常の一コマ。だが、途中で菜子はふと足元が気になった。特にこれといった変化はなく、本当に気のせいで済まされるような一種の直感に過ぎなかっただろう。
体調でも悪いのかな……。菜子は何となく、そんなことを思った。この間にも3名の女子生徒らが何気無い会話を続けていく。
「それで新作フラッペ飲んだら銀歯が取れてさ~! 飲んでたやつ慌ててカップの中に戻して取り出そうとしたんだけど、フラッペのロマンティック銀色コーティングと色が混ざっちゃって、どこに行ったのか分かんなくなったんだよね~!」
「まず飲みかけのフラッペをカップに戻すな! 汚いな! 取れた銀歯とソースの銀色が混じるのもある意味で奇跡だろ!」
「こいつがクラスの中で一番モテてるってマジ? なんか真面目にモテる努力してる自分がバカらしく思えてくるんだけど……」
ケラケラと笑う女子生徒に、他2人がドン引きの視線を投げ掛ける。その視線すらも気にしない彼女は「それでね~! あ、てかさぁ!」と切り出してから、次にもそれを口にしてきたのだ。
「さっきから地震起きてね? なんかグラグラするんだけど」
瞬間、スクランブル交差点にあったマンホールが突如と打ち上がった。内側から強い衝撃を受けたらしく、マンホールは凹みながら空中で回転している。
同時にマンホールの下から現れたのは、繊維質の塊とも呼べる白色の巨大な右腕だった。筋肉が露出したように生々しい質感のそれは、交差点に手を着いて地上に這い上がりながら折り畳んでいた体を展開する。
全長は3mほどだろうか。杓子のような形の上半身であり、人型の両腕と両脚を持つ怪物だ。頭部に1ツ目があり、胴体に8つの目がついた異形が現れると、周囲の人々は悲鳴を上げながら逃げ惑い始めた。
怪物が這い上がってきたその正面。ちょうど目についた場所に菜子がいた。菜子は相対してしまった怪物に極度の恐怖を抱き、半ば放心に近い状態で硬直してしまう。咄嗟に逃げ出した女子生徒らが1人足りないことに気付いて振り返ると、そこには立ち止まる菜子へと迫った怪物という光景が既に生まれていた。
「菜子ッ!!! 逃げて!!!」
女子生徒の声は、菜子に届かない。少女は声にならない恐怖を抱きながら迫り来る怪物を見つめることしかできなかった。
振り上げられた怪物の右腕。無慈悲にも降り掛かる脅威を前に、菜子が反射的に涙を流した時のことだった。
自身の内なる“何か”が溢れ出す。それは湧き上がる感覚と共に全身を駆け巡る電流のように頭上へと立ち上り、“具現”する。
上空に現れた魔法陣。そこから1つの人影が菜子の眼前に降り立つと同時にして、怪物の攻撃を防いでみせた。右腕から
雄叫びと共に繰り出された渾身のアッパー。揺らめくオーラが如く事象的な篭手を装着した人物は怪物を退けると、後方にいる菜子の下へと振り向いてその全容を明かした。
175cmの背丈であり、
両腕にはガントレットが嵌められている。手の甲から腕にかけて物質的であり、肘からは人魂のように揺らめく水縹色のモヤが立ち上っていた。青年は菜子を目視した後、前方の気配を察知するなり再び怪物の方へと向き直って戦闘に臨んでいく。
怪物のヘイトを取った青年は、軽やかな跳躍で攻撃を回避しながら菜子との距離を取った。
ひたむきで、勇ましく、戦闘に優れた人物だった。怪物は実力で自身が劣勢であることを悟ると、よろける体を折り畳むと共にして這い上がってきた下水道の道へと即座に引き返して逃走する。
……辺りには沈黙が流れてきた。周囲の人々が物陰から様子を伺う景色の中、青年は両腕のガントレットをフッと消しながら立ち尽くす菜子の下へと歩み寄り、声を掛けていく。
「俺を呼んでくれてありがとう。ギリギリだったけど、おかげで君を守ることができた」
「え……? 呼ぶ……?」
「え? だって俺と“契約”して、“召喚”をしてくれたのは君のはずじゃ?」
「…………???」
菜子は気が抜けるようにその場で尻もちをついた。何が何だか分からない。そんな様子にかえって困惑する青年に身体を支えられながらも、少女は暫し休憩を余儀なくされた。