動く鎧。
通称リビングメイル。
世界ごとに、その中身は大きく異なる。
ある世界では悪霊が鎧に憑依し、怨念によって動かしている。
ある世界では軟体生物が殻として鎧を利用している。
ある世界では、最初からそういう魔法生物として定義されている。
では、この世界ではどうか。
まず、生物ではない。
生物探査の魔法に一切反応しない。
魔法生物であっても必ず感知されるこの系統の魔法に、まるで引っかからない。
ゆえに生物ではない。
かといってアンデットでもない。
対霊体用の探知魔法にも無反応。
ゾンビですら検知できるこの魔法網を、完全にすり抜ける。
つまり、生物でもアンデットでもない何か。
既存の分類体系の外側にある存在だ。
ただし、この世界は科学が発展していない。
発展していないがゆえに、解明されていない事実がある。
リビングメイルの正体は、機械仕掛けの殺人オートマタである。
鎧を構成するパーツのすべてが、まるで3Dプリンターで成形されたかのような層構造をしている。ダンジョン内ではこの構造により攻撃を受け止め、すぐさま反撃に出れる。
バームクーヘンのように幾重にも重なった層の内部、その特定の一層に微細な回路が組み込まれ、ひとつの人形として統合されている。
エネルギー源は大気中に漂う魔力。
この世界では枯渇することがなく、理論上は半永久的に稼働可能だ。
外見は中世の騎士鎧。
だが内部は、理解不能なほど高度な技術の塊である。
もちろん、この世界の人間にそれを理解できる者はいない。
解析するための知識も、観測するための技術も存在しない。
彼らに見えているのは、ただ「理由なく動く鎧」だけだ。
すべての探知魔法に引っかからず、地形の一部として認識される。
そのため、唐突に遭遇することも多く、気づいた時には至近距離で起動している。
いきなり襲撃される事例も珍しくなく、極めて危険性の高いモンスターとして知られている。
さらに厄介なのは、ダンジョン内外で挙動と強さが大きく異なる点だ。
ダンジョン外では、あらかじめ決められた行動パターンに従っているように見える。
重厚な鎧を軋ませながら、じわじわと距離を詰め、確実に追い詰めてくる。
動きは鈍重だが、一切の油断が許されない。
だが、ダンジョン内では話が変わる。
遭遇した時点で死を覚悟する必要がある。
重装甲をものともせず、信じがたい速度で突撃してくる不意打ち型。
無数の武器を背負い、手当たり次第に投げつけてくる投擲型。投擲型が出たダンジョンは宝箱が空箱になる。
弓矢に似た構造物や、用途不明の兵器を携え、姿を隠したまま狙撃を続ける狙撃型。
いずれも人の想像を超えた挙動を見せ、対応を誤れば即死に直結する。
幸いなことに、ダンジョン内では一度に一体しか行動しない。
その性質を利用し、動いていない個体を拘束し、ダンジョン外へ運び出すことで高額な報酬を得る専門業者も存在する。
だが、それは決して安全な仕事ではない。
運び出す間、必ず誰かが別の場所でリビングメイルと戦っていなければならない。
さらに、一体が機能停止すると、別の個体が起動する。運んでいる間に他の地点のリビングメイルが倒されたら、運び屋たちの命はない。
ゆえに彼らの仕事は、常に命懸けだ。
この鎧たちは、何を目的に動いているのか。
誰が作り、誰が配置したのか。
その答えを知る者は、この世界には存在しない。
ただ一つ確かなのは、
それが「自然発生したモンスター」ではない、という事実だけである。
強い上に旨味もなんか微妙なのがこのモンスターの欠点である。
弓矢や未知の兵器、刀剣類は確かに貴重なものであることが多いが、鎧に関しては価値がない。
死亡と言っていいのかは不明だが、一定以上の損傷を負うと層がめくれるように崩れ去り、何ひとつ残らない。
武器以外にドロップが存在しないため、探索者からは忌避される敵の一体となっている。
それをわざわざ外に持ち出す理由は、
やはり闘技場で戦わせるためである。
ダンジョン外に持ち出すことでどの戦闘型も一律に鈍重になり、刀剣のみで戦闘を行うようになる。
アダマスの初のモンスター戦は、このリビングメイルが相手となる。
初めはゴブリンやスライムではないのか、と思う方もいるが、外にあるリビングメイルの強さはだいたいゴブリン20匹分ほどに相当する。
ちなみにゴブリン1匹で大体Eランクなりたての闘士と同等である。
20匹分のゴブリンを集めてくる労力とリビングメイルを回収する労力は後者の方が低い。
そして戦わせる上で見た目がよいのも大事である。
物言わぬ騎士と醜悪な怪物の群れ。
薙ぎ払うのを見たいのなら後者だが、接戦を見るなら前者だろう。
武器と武器がぶつかり合い、火花が舞う。
Dランク帯に望まれるのはそういった暴力だ。
鎖でぐるぐる巻きにされ、闘技場の中心に据えられた鎧騎士。
それに相対するのは、鎖帷子を身に着け、鉄剣を片手に握ったアダマス。
排除対象の接近を認識した機械は両腕に力を込める。ぎちり、ぎちりと異音が闘技場に響き、耐久限界を迎えた鎖は炸裂弾のように砕け、少年めがけて飛び散った。
咄嗟に腕に装着した革製のバックラーで防ぐも、鎖の破片がめり込み、盾は即座に使い物にならなくなる。
仕方なく投げ捨てた瞬間、歪んだ腕で引き抜かれた大型の刃がそれを一刀両断した。
盾の残骸が地面に落ちた瞬間、双方が同時に走り出す。
剣と剣がぶつかり合う。
膂力においてリビングメイルと真っ向からやり合うのは愚の骨頂。
ぶつけ合う程度ならばいいが、鍔迫り合いでは力尽くで文字通り『押し』『切られる』。
お手本通りの緩慢な剣技を振るうリビングメイルに必死に剣を合わせる。
子供の筋力では、軽さと手数で対抗するしかない。
合わせるたびに大きく弾き飛ばされるが、それを逆手に取り、独楽のように回りながら剣を振るう。
ギィンと打ち合う音が鳴り止まない。
多少の傷は与えている。
だが痛みを感じない相手にとって、それは意味をなさない。
一方で自分は、鎖帷子のおかげで辛うじて即死を免れているだけだ。
喉の奥から悲鳴のような絶叫を漏らしながら剣を振るう少年は、ようやく理解していた。
自分が、圧倒的に不利だということを。
持久戦は体力の概念のない相手が有利。
このままの打ち合いは有効打を与えられない自分が不利。
武器を変えようにも昇格戦とは違って魔力の伝導性が著しく悪く、使い物にならない。
つまり何かを思いつかなければ死ぬのだ。
だが、アダマスにとって死ぬことよりも勝てないことがストレスだ。
満足に勝てないことがただストレスだ。
鬱屈した感情に呼応して、どす黒い殺気と大気を蝕む銀の魔力が傷口から血液とともにどろりどろりと溢れ出る。
血を媒介として魔力は回り、おぞましく光る銀が彼の体を支え、目の前の敵に牙を剥く。
小手や靴にも纏わりつき、より強固に、より鋭利に形を変える。
さながら銀の悪鬼である。
殺意にのまれ血走った思考の中、少年の頭は狂った案を思いつく。
人間の形をしているのならば、感覚器官もまた人間のそれに近いのではないか、と。
たしかに先程までの切合いを思い返すと、背後に素早く回り込むたびにわざわざ振り向く動作を行っていた。
露骨に無駄な動作をしていることから、視覚に依存していることは明白だ。
ならば狙うは一点。
アイ・スリットと呼ばれる騎士兜の目の部分めがけて飛びかかり、隙間から剣を押し込んだ。
その瞬間、彼は思いっきり剣の腹で腹部をぶん殴られ、地べたに転がった。
骨が折れた感覚と、喉の奥からせり上がる物を吐き出し、地面をのた打ち回る。
手応えは何もなく、刺すというよりは押し込んだという感触か。
だが、リビングメイルの様子が明らかに変わった。
まるで目が見えなくなったかのようにその場で剣を乱雑に振り回す。と思いきやいきなり走り始めて壁に激突する。
初めて生まれた、露骨な隙である。
痛みを噛み殺し、血反吐を吐きながらも、彼はなお立ち上がる。
折れた骨に意識を向けた瞬間、理解した。
粉砕骨折。原型すら残っていない。
アドレナリンの過剰分泌が辛うじて痛覚を誤魔化しているが、それも長くは続かないだろう。
乱雑に振り回される剣を紙一重でかいくぐり、
拳を強く握り込み、腹部めがけて正拳を叩き込む。
銀の魔力を帯びた血液が小手の内側で硬化し、拳を包み込む。
金属を殴りつけた反動は大きく減衰し、本来なら骨が砕けるはずの衝撃は、拳から血が滴る程度にまで抑え込まれた。
そして血が流れるということは、その分だけ補強に回せる資源が増えるということでもある。
つまり、一発殴るごとに、威力と反動の関係が歪み始めた。
「剣がねぇからぶん殴る」
「どう動いてもそれより先にぶん殴る」
「スッキリするまで殴らせてもらう」
明らかに邪悪な光を目に灯し、拳の乱打が振り注ぐ。
目に突き刺さった剣を引き抜こうとすれば、その腕を。
走り出そうとすれば、その脚を。
動きを止めたなら、容赦なく腹を。
まるで荒野のガンマン同士の早撃ちだ。
相手の動作が始まる、その起点を見抜き、先んじて拳を叩き込む。
一挙手一投足を、思考ごと殴り潰すように。
勝てない怒りに身を委ねながらも、その瞳と頭脳は冷え切っていた。
ここまでやってもなお、自分が不利であることを理解している。
鎧を撃ち抜く有効打がない。
血を固め、魔力を纏わせて殴っているが、やっていることは魔術ではない。
ただ魔力を放出し、血液とともに凝固させているだけだ。
詠唱か魔法陣を組み合わせて初めて、強度と出力のリミッターは外れる。現象を起こすに足る出力として形を作る。
相手の動きの起こりを叩き伏せても、それが致命打にならなければ意味がない。
じわり、じわりと。
砂時計をひっくり返した時のように、
魔力と血液が、確実に、少しずつ減り続けていく。