欲しいものは、ただ勝利のみ。   作:ばリオンズ

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第13話

闘技場から出てきたアダマスを囲むように、老人たちは自然と円を作った。

誰が音頭を取るでもない。ただ、全員の視線が同じ獲物を測っている。

 

「……いやぁ、久々に顎が外れたわい」

最初に口を開いたのは、闘技場で情けなく仰向けに倒れていた老魔導士だった。

まだ顎をさすりながら、にやけた笑みを隠そうともしない。顎を嵌めてもらうのに先ほど医療室に運ばれていったのをまだ弄られているようだ。

 

「外れたのは顎だけか? 正気も一緒に落としてきた顔をしとるぞ」

司書長が鼻で笑う。

 

「あれを見て正気でいられるなら、もう魔術師はやめた方がいいわい。その立派な尻で椅子を拭くのをやめて、さっさと部下に席を譲ってやれ」

「まあまあ、落ち着け。まずは価格だろう」

 

高位森人が杖を軽く鳴らす。

「値を付けねば始まらん」

「じゃあわし、金貨二十枚」

一般会員の老魔術師が、指を二本立てて言った。

一瞬の静寂のあと、ベラードが顔をしかめる。

「……舐めてんのか?」

低い声だった。

「いや、妥当じゃろ。孤児の奴隷、まだ若造、伸び代は未知数」

「未知数だから安い?逆だろうが」

ベラードは腕を組む。

「それに俺がいくらかけたと思ってる。」

「せいぜい買ったときは大銅貨五枚じゃろうが!」

老人が即座に突っ込む。

「拾ってきたようなもんだろ!」

「泥水すすらせて闘技場に投げ込んだだけじゃ!」

 

「うるせぇな! 飯代と登録料と賄賂で赤字だぞ!武器代も含めたら大損だ!」

「損切りするなら早めに手放すのが定石なんじゃないかのぅ?」

「おっと、誘導には乗らんぞ。」

 

わっと笑い声が上がる。

「じゃあ条件を変えようじゃあないか。」

 

別の老人が手を上げた。

「わしの孫娘をあれの嫁にやる。」

「は?」

ベラードが真顔になる。

 

「魔術師でなおかつ貴族の血筋じゃ、優秀じゃぞ。」

「まだ番わせる歳じゃねぇよ。つーかあいつ、親子屋にすら行かねぇぞ。」

「性欲あるのかあれ。」

 

「そこはこれから目覚めるんじゃろう」

「余計な世話だ。」

「では私と、私の妹と、私の姪に種付けする権利でどうだ?」

満面の笑みで言った高位森人(ハイエルフ)に、その場の空気が一瞬凍る。確かに見た目は若々しく、二十…ギリギリ十代と言っても通るくらいだ。

 

「年を取りすぎて人間性まで死んだか?」

「ネジが千本くらい飛んでるぞ」

「つまみ出せ!」

「千年物のクモの巣張った女をガキに近づけるな!」

「奴隷でも可哀想じゃ!」

 

非難轟々、罵声の嵐。

深淵覗きと呼ばれし組織の老人たちとて、子猫を飢えた大虎に渡すほどアホではないし、そこまで人の心がないわけではない。

見た目は確かに水を弾く柔肌の美少女だが、その中身はこのなかの誰よりも高齢。

王族のおしめを変えたこと5代分。

 

高位森人は抵抗もせず、ずるずると引きずられていく。

「失礼な! まだ現役だぞ私は!」

「千年も現役続けてりゃもう干物じゃ!」

 

口論は次第に殴り合いに近づき、杖がぶつかり、ローブが翻り、罵声が飛び交う。

 

「人じゃなくて金だ、金を出せ!」

「魔導書院の蔵書三階分だ!」

「研究施設一棟!」

「具体性が足りん!」

「担保を示せ!」

 

その喧騒の中、のっそりと一つの影が前に出る。

豚人将軍(オークジェネラル)だった。

「……では」

低く、よく通る声。

場が、自然と静まる。

 

「我が氏族の武器鍛冶屋より、竜鱗製の武器、あるいは防具を五本」

一拍遅れて、ざわめきが起こる。

 

「五本だと……?」

「正気か?」

「大盤振る舞いすぎる」

つまみ出されかけていた高位森人がぼやく。

「結局はただの奴隷の子供だろう。たまたま希少な運に恵まれただけの、な。」

豚人将軍はゆっくりと視線を向けた。

 

「先程までの戦いを見て、その感想ならば、……随分と耄碌されましたな」

「皆様は彼を、読みやすくなった魔導書として見ておられる。だが、あれは戦士です」

老人たちは黙ったまま、続きを待つ。

 

「Eランクに上がった頃から見てきましたが、彼は強くなること、勝つこと以外に興味がない。」

「いまあそこにいるのは知識を集める怪物ではなく、強さを貪る怪物。知識を吐けと命じても、彼は語れぬでしょう」

「完成されたものを、前提知識なしで無数に抱え込んでいる。ゆえに説明のしようがない。」

 

「だが」

 

将軍はアダマスを見る。

「勝つために必要だと分かれば、彼は勝手に学ぶ。それを言語化するのは、我々の仕事だ。」

沈黙。

誰かが、喉を鳴らした。

「……五本、か」

「竜鱗、五本」

 

誰かが呟いたその一言を皮切りに、老人たちの目の色が変わった。

さっきまでの冷やかしや下世話な冗談は、急速に鳴りを潜める。

 

「竜鱗五本は反則だろう」

司書長が舌打ちする。

「それを出されたら研究者は勝てん。あんなもん魔術部門の1年分の予算でも足りんわい。」

 

「勝てん、ではない」

 

豚人将軍は淡々と返す。

 

「出さぬだけだ。どれほど懐に溜め込んでいるか我々が知らんとでも思っているのか。」

 

「出せぬ、の間違いだ!」

老魔導士が叫ぶ。

「竜鱗がどれだけの価値か分かっておるのか!王城の宝剣にすら使われているのだぞ!」

 

「分かっているから出している。」

ざわり、と空気が揺れる。

「くそ……」

 

司書長が額を押さえる。

「あれは宝箱そのものだ。」

「だからこそ研究対象として…。」

「研究だぁ?」

ベラードが割って入る。

 

「つまんねぇ言い方しやがって。」

全員の視線がベラードに集まる。

 

「お前ら、さっきから魔導書だの戦士だの言ってるがな」

「結局欲しいのは結果だろ?」

「自分が理解できない才能を囲って、そこから上澄み部分を自分の成果として世に出したいだけだ。」

 

一瞬、誰も言い返さない。

「図星か?」

ベラードは笑う。

 

「安心しろ、俺も同類だ。」

「闘技場に放り込んだのも、金のためだけじゃねぇ」

「どこまで行くか見たかった。

壊れるか、化け物になるか」

「で、化け物になりかけてる。まだ成長をやめてねぇのがこわいこわい。」

老人の一人が、乾いた声で笑った。

 

「正直に言おう」

「わしは怖い」

「だが」

その目がぎらつく。

「だから欲しい」

 

「理解できないものを、理解できないまま近くに置くのは、魔術師として最高の快楽じゃろうが!枯れちまった股ぐらがいきりたつわい!自分が死ぬのが先か、理解できるのが先か!よだれと興奮が収まらんわい!」

 

「気色悪いこと言うな!」

「わしが自分の限界を突きつけられたのが何百年ぶりだと思ってる!理解できんことなどもうないとうぬぼれていたのが恥ずかしくてたまらんわ!」

 

次々と本音が溢れ出す。

 

「清潔を血液に使うなど狂気だ!」

「魔術を分解して、再構築して……しかも無意識だと?」

「知恵喰らいだけじゃ説明がつかん!いったい誰喰ったらあんなアイデアが実行できるんじゃ!」

 

「あれは才能だ、災厄だ!」

「災厄は管理するものだ。」

 

豚人将軍が言う。

 

「管理?」

高位森人が鼻で笑う。

「飼い殺しの間違いだろう?」

 

「違う」

将軍は首を振る。

 

「私なら戦場に放つ。」

「……は?」

「彼は戦うことで学ぶ」

「ならば、最も学ばせられる場所に置くべきだろう?より強く、賢くなってもらわねばなぁ?我々が望む知識のために。」

 

「冗談じゃない」

司書長が声を荒げる。

「あれを戦争に出せば…」

 

「勝つ」

将軍は即答する。

「勝たなくとも、生き残る。

そうして、糧を食らってひたすらに強くなる。

そういう存在だ。」

 

沈黙。

その間に、誰かが小さく手を挙げる。

 

「……魔導書院としては」

「蔵書四階分と、研究権三十年」

 

「安い!」

「正気か!」

 

「いや、必死だろそれ!」

ベラードが歯を見せて笑う。

「いいぞ、いいぞ」

「ようやく本気になってきたな」

 

「なあアダマス」

ふと、本人に視線を向ける。「お前、どうしたい」

突然振られた問いに、アダマスは少し考えたあと、首を傾げた。

「少なくとも、あんたら全員よりも強くなれるところ。」

 

その一言が、火に油を注いだ。

 

「聞いたか!」

「条件を満たせるのはどこだ!」

「研究施設だ!」

「戦場だ!」

「闘技場を拡張すれば——」

「静かにせい!」

 

杖が床を叩く。

「これはオークションだ!」

「欲望の告白大会ではない!」

だが、もう止まらない。

 

「竜鱗六本!」

「待て、七本だ!」

「研究棟二つ、専属学者十名!」

「国庫から白金貨百枚!」

 

怒号と笑い声が入り混じり、老人たちは完全に正気を失っていた。

その中心で、アダマスだけが静かに立っている。いや、歩いて自室に帰ろうとしている。

老人たちを押しのけ、振り払い、たまに蹴り飛ばしながら。

 

まるで自分が値付けされていることすら、どうでもいいかのように。

それよりも手に入れたばかりの武器を早く試したいのか、それともただ腹を満たしたいだけなのか。

 

ベラードはそれを見て、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「……ほんと、とんでもねぇもん拾っちまったな」

 

「さぁて、そろそろ止めにいかねぇとな。焚き付けたけど実際まだ売れねんだわ。」

 

闘技都市には、奴隷の取り扱いにも明確な規律がある。

ランクCを越えない闘技奴隷は、売買もレンタルも認められていない。

この都市で闘技用として登録された奴隷は、原則としてそれ以外の用途に用いることはできない。

 

もっとも、外から連れてこられた段階では、まだ闘技奴隷として登録されていない。そのときは、この規律の外側に置かれる。

 

たとえば魔術の生贄、武具の素材、あるいは食材。

そうした用途に回されるのは、肉体的に闘技に適さなくなった者たちである。

 

森人であれば、長い髪に魔力を宿す特性がある。ゆえに髪を切り取り、武器の柄に巻き付ける。あるいは布に編み込み、装備へと転用する。この方法をとることで、髪の毛は外付けの魔力タンクの役割を果たす。ゆえに、四肢がなくともこういう奴隷は長生きさせられる。

身体の一部ですら資源となる。

 

Cランクは一つの到達点だ。

神の加護を受け、魔術を扱い、さらに一定以上の暴力に耐え、振るえる者だけがそこに至る。

そこまで到達した者を素材や生贄に使うことはない。

 

むしろ妾や男娼として囲われるか、私兵として数を揃えるために抱え込まれる。あるいは闘技場の看板として扱われる。

 

この販売基準は、単に奴隷の力量を測るためのものではない。

いかに奴隷を育て上げたかという、奴隷主の手腕を査定するための指標でもある。

 

扱いが粗雑な者。

粗悪な武具を与え、無為に消耗させる者。

理由もなく暴力を振るい、資質を潰す者。

そうした奴隷主は追放される。あるいは自らが奴隷へと落とされる。

大半をCに届かせられないまま浪費する者は厳しい監査の対象となる。

 

この制度は青田買い対策の意味も持つ。

Dランクに至れば神の加護が与えられ、それに応じた魔術や技能が芽吹く。ただし内容は個体差が大きい。

闘技奴隷としては不適格な力を得る者もいる。だが裏を返せば、想定外の当たりも存在する。

かつてはEランクを大量に買い集め、育成し、使える者だけを囲い込み、そうでない者を売り飛ばす者たちがいた。

 

選別と切り捨てを前提としたその商法は、効率的ではあったが歪んでいた。

そしてそれは、反乱の火種となった。

物として扱われ続けた彼らであっても、闘技場内では扱いにくいだけで、暴れ出せば主を一瞬で殺しうる力を持つ者は少なくなかった。

 

制御不能な技能、環境を選ぶ魔術、戦場ではなく都市でこそ猛威を振るう力。そうしたものが積み重なり、爆発した。具体例を上げるならば、自爆魔術が最もよく脅威となった。

一生に一度しか使えない、使えば死ぬその魔術は、家を一つ消し炭にするほどの出力を出した。

 

ゆえに現在の基準は、反乱を防ぐための抑止でもある。

売るためだけの存在ではない。金を生むだけの道具ではない。そのことを奴隷にも、奴隷主にも理解させるための枠組みだ。

 

未熟なうちから強い者だけを選び、偏って優遇するのではない。

まず全体を一定の水準まで引き上げる。

優遇は、その先で初めて始まる。

 

べラードは、老人たちにフルボッコにされた。

 

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