欲しいものは、ただ勝利のみ。   作:ばリオンズ

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第5話

いつものように、少年は試合に臨む。

初陣の一戦を除けば、もはや彼の相手はほとんどが同年代の闘士たちだ。

ただ、同じ年齢というだけで実力は雲泥の差。剣を握る覚悟の重さからして、最初から違っていた。

 

人を殴ったことすらない者にとって、実戦とは恐怖そのものだ。

どれほど稽古を積んでも、血の匂いを嗅ぎ、骨の折れる音を聞いてなお動ける者は少ない。

だが少年は、初陣でその壁をあっさり越えてしまった。

以後はただ、勝つために動き、勝つ快感に溺れていく。

勝利の味、それは肉体に刻まれ、脳を焼く麻薬にも似ていた。人の味を覚えた獣が次を襲うようなものに似ている。

 

「勝つ」ことがすべてになった少年は、試合のたびに残酷さを増していく。

基礎に忠実で、徹底して無駄がない。だがその精密さは、まるで敵を玩具のように弄ぶ冷たさすら孕んでいた。

剣の型が読まれれば砂を投げ、砂を警戒する相手には蹴りを叩き込む。

見様見真似の関節技で相手の腕を極め、再起不能にして叱られた時だけは少し後悔したようだが、

それでも暴れる快感は止められなかった。 

 

「リアリティの高いVRゲームみたいなもんだね。痛みも衝撃もあるのはいいアクセントだ。飢えと食事が成長に必要なのは勘弁したいところだね。」

 

乱戦では他人の武器を奪って投げ、気絶した者を掴んでぶん回し、そのまま他の相手にぶち当てる。攻防一体ではあるものの、やりすぎると目が回って動けなくなるので、一度それで痛い目を見てからは勢いをつけてぶつける程度に収まっている。

一人を倒せば即座に組み合っている相手の背後へ回り、後頭部を強打して反撃の暇を与えない。

暗黙のルール? そんなものは知らない。

暴れることそのものが、彼にとっての戦いになっていた。

観客が沸き、仲間が怯えるほどに、少年の存在は異質さを増していった。

 

やがて、実況が「連戦連勝の怪物」と紹介するのが常になった頃。

別のものも増え始めた。

闇討ちである。

 

出る杭は打たれるとは、まさしくこのことだった。

他の奴隷主たちは、自分たちの所有奴隷が少年に次々と潰され、賭場の収支が傾いていくことに苛立っていた。

最低ランク帯だが、この闘技場で上位に食い込むほどの稼ぎどころを独占されているわけだ。

八百長でもいい、勝ちを譲れと持ちかけた者もいたが、少年の持ち主のペラード・ドルマンは一蹴した。

 

ペラードは表向き大商人、裏ではマフィアの首領。

指先一つで金も人も国も動かす男でありながら、血と暴力だけは金で測れぬ価値があると信じていた。

自分の所有する闘士が戦うその様、勝つ喜びも負ける悔しさも全部織り交ぜて楽しいと思っている。

暇があれば平民の晩飯くらいの代金片手に闘技場に顔を出し、勝ち負けを楽しむ。勝てばその日はその金で飯を食い、負けたら負けたで昼飯を抜いて帰る。

他のどの奴隷主よりも、彼は楽しむ才覚に溢れている。

だからこそ、八百長の話を持ちかけられた瞬間、

「はした金で俺の娯楽を汚すな」と吐き捨て、奴隷主たちを雇い入れた元Sランク闘士達に追い出させた。

 

その結果、他の奴隷主たちは業を煮やした。

べラードに正面から逆らえば商売に支障が出る。

ならば、奴隷本人を潰せばいいと、暗い決意が下される。

表向きは「闘技場内での偶発的な乱戦事故」という建前で、

裏では闘技場運営を金で買収し、意図的に叩き潰そうとしていた。

 

最初は試合中の事故を装っていた。

乱戦の中、同じ年頃の闘士たちが徒党を組み、彼を囲む。

背後から襲いかかる刃、投げられる石、飛び交う罵声。

それでも少年は一歩も退かず、逆に彼らをまとめて蹴散らした。

剣を抜かずに腰に差したまま避けることに徹する。

多少暴力にも慣れてきたのか木剣を振るう姿勢に躊躇いはなく、逃げる一方になっている少年をみて奴隷主達は笑い転げていた。強そうに見えていたのは弱いものを蹂躙していただけだったと。

 

しかし、チーム戦に慣れていない彼らは間合いの取り方が下手くそであった。

逃げ続ける少年を追いかけることに夢中になり、協調性を投げ捨てた。

足を止めた少年に木剣を薙ぎ払うように振ろうと真ん中の闘士が思い切り振りかぶった。

横との間隔を全く視野に入れていなかった彼は、振りかぶりで右側の闘士の腹を思いっきり強打し、薙ぎ払いで左側の闘士の片腕を殴りつけてしまった。

 

少年は剣が振りかぶられた瞬間に2歩後退し、しゃがんで避けた。

強打した側とされた側が険悪な状態になっているのを横目に再び疾走。

追いかけてこないことを確認すると一息整えた。

 

見れば、徒党内での取っ組み合いの喧嘩が既に始まっていた。

大人に徒党を組ませればここまでの混乱にはならならず、少年に痛い思いをさせられていたことだろう。だが金を握らせたとは言え運営が示した最大限の譲歩は「同年代で数人」というもよであり、そこから少しでも強いと思しき者を選ぶと、どうしてもガキ大将気質の連中が集まってしまう。彼らにとって「やった・やられた」の些細なきっかけが大事に発展するのは常だった。

 

罵り合いが段々とエスカレートし、ついには手が出た。殴りかかれば殴られた側も黙ってはいない。やり返す拳がさらなる怒りを呼び、すぐに場は修羅の輪のように膨れ上がった。声が飛び、砂が舞い、血の匂いが薄く混じる。周囲の観客たちも押し合いへし合いをしながら、その泥臭い抗争を興味深げに眺めている。

 

そんな中、少年は腰に力を込め、ゆっくりと木剣を構えた。彼の歩みは意図的に遅く、気配を消すかのように忍び足で周囲を回り込む。殴り合いに没頭している者たちは視野が狭くなっており、外側で動く存在をほとんど意識していない。少年は片手で握った木剣を軽く振り、全員を満遍なく、かつ少し痛い程度に殴り続けた。視界に入っていない存在からの殴打は目の前にいる2人のうちのどちらの攻撃だろうと血の上った脳が誤認し、ますます喧嘩は白熱していく。

 

喧嘩が始まってから半刻が過ぎた頃、一人が膝を付いて起き上がり、勝ち誇った態度で剣を高く掲げた。彼の中では試合に勝ったのだ、と思ったのだろう。だが次の瞬間、空気が裂けるような音とともに、木剣が後頭部へ振り下ろされた。スコーンとどこか気の抜けるような音が響き、勝ち誇っていた者はその場に崩れ落ちる。さらに少年は躊躇いなく股間に鋭い蹴りを入れた。相手は気絶し、地面に泡を吹きながら倒れこむ。

 

喧嘩に負けて地面に転がっている奴らを踏みつけ、少年は容赦なく急所を蹴り上げる。これは単なる暴力ではない。やられたふりや反撃の機会を窺っていないかの確認を行っていたのだ。そうして、誰からも反撃が来ないことを確認し腰に木剣を収めた。

しっかりと一勝を噛み締め、闘技場を後にする。

 

その光景を観客席から見たペラードは、

「やはり、俺の買いは間違っちゃいなかった」と満足げに笑ったという。

 

だが、闇討ちはそれで終わらなかった。

試合条件を不利にして意図的に大人との一対一で負けさせようとしたり、観客の一部を買収して石を投げさせて試合を妨害させたりとやりたい放題。

試合外であればべラードも自分の部下を差配して暗殺者なりを処分させるが、試合中はあまりそういう気にならない。

 

彼にとっては試合中の多少のアクシデントはエンタメなのだ。つまり、エンタメに目くじらを立てて大人げないことをしたくない、という考え方である。

 

それに、試合の中ならばあの少年はそう簡単には負けない上、刺客も全て餌にしかならない。

大人相手の戦い方も身に着けだした以上、そろそろ昇格戦も視野に入れるべき、というところか。

 

べラードも周りからの頼みを断固として聞かないわけではない。自分のお気に入りを不正で停滞させるより、早々と昇格戦に回してやることでFランク帯を一強状態から解放してやろう、と思っているのだ。

 

「……まるで戦うたびに強くなる怪物だな」

 

そう呟いたのは、べラードの護衛を務める元Sランク闘士だった。

恐怖とも畏敬ともつかぬ声色。

べラードはそんな報告に、上機嫌でグラスを傾ける。

「いいじゃないか。怪物上等だ。次もあいつにオールインだ!」

 

闇討ちが激しくなるほど、少年の名は広まり、賭け金も跳ね上がっていく。

血の匂いが強くなるほど、観客は熱狂し、奴隷たちは怯えた。

 




ファンファーレと電子音。
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