欲しいものは、ただ勝利のみ。   作:ばリオンズ

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第7話

「お前が勝つことを祈って、名前をやろうじゃないか。」

「アダマス。今日からお前はアダマスだ。」

「お前の黒い瞳によく合う名前だ。せっかくいい名前をくれてやったんだから、もちろん勝ってこいよ?」

 

主人から新しい木剣とともに、名前を貰った。

その瞬間、胸の奥にひどく温かいものが灯った気がした。この世界に生まれてから、あの村では罵倒のみが呼び名であった。価値があると言われたことなんて、一度もない。人としてではなく、使い捨てとしての、忌み嫌われるものとしての呼び名だった。

 

だからこそ、「名前」をもらったという事実は、自分でも驚くほど心を揺さぶった。

ぽっかり空いていた穴がようやく埋まったような、そんな感覚。

胸のなかに静かに積もっていく充足感を抱え、震えそうになる指先を握りしめながら、少年は闘技場へと向かった。

 

四足歩行でこちらに唸り、威嚇してくる対戦相手。

いつもよりも重く、そして鋭い黒曜石の刃の組み込まれたマクアウィトルと呼ばれる形式の木剣を両手でしっかりと構えた。

 

この剣の利点は、鋭い切れ味と打撃武器の両立が可能なことである。黒曜石の硝子のような鋭い刃は割れやすい代わりに恐ろしいまでの切れ味を誇り、下手な肉や皮程度なら容易く切り裂ける。

 

脆いところもまた継戦能力的な利点があり、破片が体内に入ることで長期的に見て相手の損傷を拡大させる。毒を塗っておけばさらに被害を増やす。

刃が砕けたあとは純粋に打撃武器としても使えるため、丁寧な剣術を必要としないというのもまた利点である。

 

試合開始のゴングが鳴り響く。

わぁっと観客が沸き立つ中、刃と爪が激突する。

下段から振り上げた刃と上から押し潰すように振り下ろされた爪。ギチギチと嫌な音を立てつつも、少しずつ下へと押し込まれる。力付くで双方押し合う以上、筋力が高いほうが有利なのだ。

 

やはり獣人相手に人では敵わない、という残酷な現実が闘技場の観客の嗜虐心を駆り立てる。

無遠慮な囃し立てる声、彼に賭けたであろう者の罵声。声が重なるにつれて、徐々に雰囲気も重くなる。

 

けれども、そもそもまだ初撃に過ぎず、双方傷すら負っていない。

第一の反撃が、ここからはじまる。

力を込めることに必死になるあまり、噛みつこうと思えば余裕でできるその位置にいることに気がついていない狼人。それもそのはず、鍔迫り合いなんてしたことがない。たいてい1度目の引っかきや噛みつきで重傷を負わせてしまえる。これも同じに違いない、という過去からの経験則が力を込めて押し切ることだけに頭を働かせてしまうのだ。

 

では、噛みつけるのは狼人だけだろうか?

 

違う。人間もまた、噛みつける。

 

少年は思い切り首を伸ばし、大口を開いて狼人の鼻面に噛みついた。

獣の汗と土の匂い、鼻面の硬い皮膚、そこに走る敏感な神経。それらをすべて無視して噛みつく。

歯が肉に食い込み、鉄の味と温かい血が舌に広がった。

 

「ギャウッ!!」

 

まるで蹴られた犬のような、悲鳴とは呼べぬ悲鳴。

獣の体が暴走したように跳ね回り、鍔迫り合いは強制的に解除された。

狼人は地面に転がり、鼻面を押さえて悶絶する。

鼻面を押さえ、のたうち回る。未知の痛み、それも感覚が鋭敏な器官を狙っての攻撃はまだ幼い狼人にとって理解の及ばぬものであった。

 

一方で少年もただでは済まない。

暴れ狂う爪が何度も腹や喉元を掠め、防具を裂き、皮膚を切り裂く。

革鎧越しでも爪は深く肉に届き、血がぽたぽたと滴り落ちる。

息を吸うたび傷口が焼けるように痛み、視界が赤黒く揺らぐ。

 

等間隔に黒曜石の刃の並んだ武器も、転がりまわる際にいくつか砕けて歯抜けになっている。

 

 

少年は痛みで気が狂いそうなのをぐっとこらえ、溢れる涙はそのままに、いつも通りの構えを取り直す。

流血によるショックで焦点が定まらない目で相手を見据え、口に入った血を吐き出す。

 

狼人は立ち直ると、今度は距離を取り闘技場を円を描くように高速で走り始めた。

狼人本来の性質だ。一度受けた攻撃を警戒し、相手を翻弄するため速度に頼る。

四足歩行の低い姿勢のせいで攻撃は当てにくく、狙うべき「胴体」が地面に近い。

普通なら追いかけるだけ無駄、そんな動きだ。

 

ならばどうするか。

少年はマクアウィトルに魔力を流し込んだ。

本に吸われたときの感覚を真似、指先から怒りの感情ごと注ぎ入れる。

マクアウィトルに付けられた黒曜石はこの世界では魔石の一種として扱われており、砕けやすさを利点に魔力手榴弾として戦場で使われる。

他にも鋭さをあげる魔術や風の魔術などと合わせて使えるため、武器方面では需要の高い素材である。

 

その黒曜石の刃に、自身の魔力を空になるギリギリまで注ぎ込む。

本来の手順を踏まずに強制的に流し込まれた刃はまさに破裂寸前。

脳を絞り切るような苦痛に耐えながら、崩壊寸前まで魔力をただひたすらに注ぎ込む様は隙だらけに見える。

当然、意図して隙を作ったわけではない。

ぶっつけ本番で本来やらないことをやるわけだ、当然集中力をそっちに向けざるを得ない。

 

先ほどまで不動の構えで一歩も動かなかったため、焦れと苛立ちを募らせて周囲を獣のように駆け回っていた天性の狩人たる狼人は、静止したまま隙だらけに見える少年をついに“獲物”と断じた。

相手の血で喉を潤す喜びに震えながら、四肢のバネを限界まで伸ばし、全力で飛びかかる。

まさしく、逃すはずのない絶好の機会と信じ込んで。

 

がぶり。

 

肩に牙が食い込み、肉と骨が悲鳴を上げる。

喉の奥から自然と悲鳴がこぼれた。

観客席は「勝負あり」と騒ぎ立てる。

 

食い切るまではいかなくとも、致命的な傷。

喉の奥からこぼれ落ちる激痛に伴う悲鳴。

明らかに決着がついたように見えた。

 

だが、悲鳴を塗り消す笑い声とともに、獣の背中に黒曜石を突き立てる。

歯抜けの黒曜石とはいえ、残った刃の鋭さは健在。

まだ成熟しきらぬ狼人の毛皮をするりと貫き、肉へと食い込んだ。

 

「あえてありきたりなフレーズで言うならよぉ…」

「てめーはチェスや将棋で言うところの詰みに自ら飛び込んだってわけだなぁぁぁ!」

 

嘲り笑いつつ、武器から素早く手を放し、狼人を全体重かけて押し倒す。背中に刺さった刃の痛みで抵抗が弱くなったのもあり、案外簡単に押し倒せた。

地面との衝撃で反対側の刃が粉々に砕け散る。

 

 魔力を注ぎ込むことで、マクアウィトル全体を一つの魔法陣とし、許容量限界で循環していた。だが、黒曜石が砕け散ったことで魔法陣が崩壊する。溜め込まれた魔力は行き場を失い、魔力属性に応じた現象を引き起こし一気に暴走する。砕け散る音よりも速く、解き放たれた銀属性の魔力が空間を引き裂き、閃光手榴弾さながらの超高輝度の光と爆発となって炸裂した。

 

会場を舐めるように広がった銀色の閃光は、照明魔法の光量を雑に塗りつぶし、反射した光は天井や壁を連鎖的に跳ね返ってさらに増幅する。

その光はただ明るいだけではない。網膜の奥を殴りつけるような衝撃を伴い、視神経に直接ノイズを叩き込む攻撃そのものだった。

 

観客の一部は、見たことのない銀色の魔力に一瞬だけ目を凝らそうとした。しかしその好奇心すら許されない。次の瞬間、世界が真っ白、いや、銀白に染まり、視界が一枚の灼熱へと変わる。

大半の観客はその場で悲鳴を上げ、目を押さえ、席から転げ落ち、のた打ち回った。耳鳴りが激しく、方向感覚を失った者は壁に激突しながら倒れ込む。

 

爆発音の余韻が静まっても、銀色の残光がまだ空中に尾を引き、誰もがまともに視界を取り戻せないまま、会場全体が異様な沈黙と混乱に沈み込んでいた。

 

 

視点を戦場に戻すと、想像以上の状態になっていた。

銀色の魔力属性を受けた黒曜石の破片たちはより薄く鋭く長く変形し、少年と狼人をずたずたに切り裂いていたのである。黒曜石としての割れやすさは変わらないとはいえ、切り裂くにとどまらず、体のあちこちを貫き、地面のあちらこちらには血を吸って真っ赤になった破片たちがまるで墓標のようにずらりと整列していた。

 

それでも少年はかろうじて立ち上がり、木剣を振り上げていた。

いや、もう木剣ではない。

黒曜石の組み込まれた剣は内側からの爆発に耐えきれず、柄の部分を残して消え去っていた。

 

そんなものでは戦いに使えない。少年は諦めてそれを捨てて狼人に半歩近寄る。

歩くたびに血が滴り、大地を濡らす。腹には大きな焼き傷と刃が貫いたあとの傷がいくつか。

けれども嗅覚の鋭いはずの狼人は動かない。

爆発の衝撃で気を失ったのだろうか。

 

重い体を引きずってやっとのことで相手の前にたどり着く。

背中を蹴り飛ばそうとして、硬いものを蹴って足を痛めた。むき出しの肋骨が足の甲に突き刺さったのだ。

 

狼人の体に起きたことを例えるならば、

クレイモア地雷が腹の中で爆発したようなもの、と思えばいい。

魔力爆発が体内で起きたあげく、その破片の一つ一つがまるで長剣のように体内から外へと貫いて飛んでいったわけである。

 

背中を、いや腹ごとまるっと大穴を開けて。

Fランクの殺戮者は息絶えていた。




右手に銀の鍵。
左手に叡智の扉。


黒曜石のマクアウィトル
ATK 15 DEF 10 MP 40 CRT 03

ひどく脆い刃で作られた儀式用木剣。
内包する魔力はかなり多い。
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