悪の手先の俺が正義のヒーロー少女に熱烈なラブコールを受けている話 作:夜行列車予行
冷蔵庫から取り出した材料を並べる。
卵、ソーセージ、白ネギ、その他調味料。その中から白ネギを手に取り、まな板の上に置く。
包丁を手に、白ネギを輪切りに刻んでいく。
1DKの狭い部屋だった。弟と二人で暮らすには事足りるが、プライベートも何もない生活だ。
ふと、視線を感じた。包丁を持つ手を止め、横に顔を向けると、奥の部屋で床に座って俺を見つめる優月の姿があった。
「……なにか、ヘンか?」
俺はそう訊ねる。優月が笑顔で見てくるものだから、俺の背中に虫でもついているのかと思った。
「ううん。ただ、兄さんが料理作ってるの見るの、好きだから」
満悦の念に浸りながらそう言う優月。俺は視線をまな板の上に戻してから答えた。
「まぁ……別に見てても面白いものでもないと思うけどな」
料理はどちらかといえば苦手だ。今日の料理当番が俺だったから作っているだけで、得意だから作ってるわけではない。
だから手際も悪いし、観衆を意識したパフォーマンス的な動きもない。
だというのに、優月は何が面白いのか楽しそうに俺の料理姿を眺めていた。
「面白くはないけど……嬉しいかな」
優月のその言葉を聞き、俺は返事をすることはなく、淡々とフライパンをコンロの上に乗せ、スイッチを押した。
嬉しいってのは、料理を作ってくれてありがとう、的な意味だろうか。
俺も優月が当番の時はもちろん感謝してるが、別に料理してる姿を見続けるような行動はしない。
何だか違和感を感じつつ、でもそれに気づく必要はないと自分に言い聞かせ、俺は作業に集中した。
フライパンを火にかけ、材料を入れ、炒める。
完成したそれを大皿によそい、それから優月が待つ部屋の机の上に置く。
「ほい、お待ちどおさま」
「わっ!炒飯だ!ボク、兄さんの作った炒飯大好き!」
二人分の取り皿とスプーンを机の上に置き、優月の対面に座る。
「別に大したもんでもないけどな。本当は……」
言いかけて途中で口を閉じる。
「本当は?」
その様子が不自然に見えたのか、優月が続きを促すように聞き返した。
「……本当は、優月くらい美味いもの作れるようになりたいんだけどな」
心の声を隠すように、俺は笑顔で取り繕って答えた。
「ふふっ、ボクは兄さんの料理も違った美味しさがあっていいと思うけどな」
「そうか、ありがとな。じゃあ、冷める前に食べよう」
俺はそう言って両手を合わせ「いただきます」と呟く。優月も俺に倣うように手を合わせ、同じよう言ってから炒飯を取り皿によそった。
俺も自分の分の炒飯をよそいながら、先程言いかけた言葉を心の中で呟く。
本当は、もっと栄養が摂れるよう、サラダでも用意した方がいいんだろうけど。
呑み込んだその言葉は、優月には言う必要のないもので、俺は誤魔化した。
優月は俺の弟だ。年齢は三つ離れて
優月は美しくも可愛らしい少女だ。
艶やかな髪に、絹の様にきめ細やかな肌と、美少女と形容するに相応しい美しさを持っている。
だが、生まれてからずっとこんなにきれいな少女であった訳でなかった。
――――――――――――
優月は俺の弟だ。妹ではなく、男同士の兄弟だった。
俺より三年後に生まれた弟は、小さいときからずっと俺の後をついてくる、気弱で泣き虫な奴だった。
煩わしいと感じたこともあった。同年代の友達と遊びに誘われたのに、弟を理由に断った事も幾度とあり、その度ため息をこぼした。
弟に嫌気がさすことも、喧嘩したことも、何回もあった。
だがそれでも、俺にとっては大切な弟だった。
事件が起きたのは、俺が中学生の時だった。
俺は友達に誘われて、中学ではサッカー部に入っていた。
その頃には弟もずっと俺の後ろをついて回るようなこともなく、俺は部活や友達との時間に夢中になっていた。
その日も部活の練習日で、もうすぐ大会が近いという事で夕方遅くまで練習をしてた。
部活仲間と一緒に家への帰り道を歩いていた時、事件が起きた。
遠くで大きな煙があがった。
それは唐突な出来事で、爆発音を伴って現れた。
煙の方向は、家のある方向だった。
嫌な汗が頬を伝った。鼓動がうるさくて、最悪の想像を振り払うよう、俺は走り出した。
俺を呼び止める部活仲間の声を無視して、とにかく走った。
視界の端でオレンジ色の太陽が沈んでいくのが見えた。俺はその太陽に向け、沈むなと心の中で叫び続けた。
家へ向かう途中、コンビニやスーパーに火の手が回っているのが見えた。
被害の様子は家に近づくほど酷くなり、半壊した家屋やひっくり返るトラックや車などがあった。
まるで事態の渦の中心がその先にあるかのように、俺が家に近づくほど被害の程度が大きくなっていた。
家に着いたのは、もう太陽が沈み切る直前頃だった。
もうその付近に建物と言えるものはなく、死体と瓦礫が転がっているだけだった。
息を切らして、それでも前へ進んだ。家族の姿を探していた。
記憶を頼りに、家だった残骸たちを観察する。
あれは高橋さん家だ。確か最近子供が生まれた。
あっちは紅林さんの家。あんまり関りはないけど、昔一度だけお年玉をもらった。
観察すればするほど、転がる死体に見覚えがある気がした。
それでも俺は家族の無事を祈って、辺りを探している時だった。
何かが崩れる音がした。
目を向けると、赤い屋根の家の残骸があった。
それの屋根の色は俺の家の屋根に酷似していた。
急いで近づくと、その付近に転がる死体が目に入った。
父親だった。
この時間、父は仕事に出てるのに、なんで。
考える俺の目に、色鮮やかな帽子が見えた。誕生日を祝うような、そんなパーティ用の帽子。
それを見て気づいた。
今日は俺の誕生日だった。
父さんは俺を驚かそうと、早めに家に帰り、俺を祝うための準備をしていたのだ。
「…………ぁ……に、ちゃ……」
茫然と立ち尽くす俺の耳に、声が聞こえた。
俺は反射的に声の方を見た。
そこには、屋根に押しつぶされるように横たわる弟、優月の姿があった。
「優月っ!!」
俺は優月に駆け寄り、声を呼んだ。
しかし優月は返事をすることはなく、ただ虚ろな目で地面を見つめていた。
俺は手を取り、優月を瓦礫の下から引きずり出そうとした。
「あぁ゛……や……やめ……」
苦しそうな優月のうめき声に俺は手を放した。
よく見ると優月の下半身はほぼ埋まっている状態で、無理に引きずり出そうとしても優月の身体が引き千切られるだけだった。
瓦礫の隙間から血が流れ出るのを、ただ見ていた。
「優月……優月っ……!!」
どうすればいいのか分からない俺は、ただ名前を呼ぶことしかできなかった。
優月が死んでしまう。そう考えた時、俺の後ろから声が聞こえた。
「あなたは地上人……後ろのは、家族でしょうか?」
無機質な感情のない声だった。
聞こえた瞬間鳥肌が立ったが、そんなのが気にならない程俺は動転してた。
振り返るとそこには誰かが立っていた。沈む寸前の夕日の光が逆光になり、顔が良く見えなかった。
だけど、誰でもよかった。
その人物が助けに来た大人だと思った俺は、縋る様に叫んだ。
「ゆ、優月が!助けてください!家族が……弟が死にそうなんです!」
俺は精一杯叫ぶ。その人物は俺の言葉を聞き、優月の方を見て言った。
「ふむ……下半身が完全に埋もれていますね。出血も酷い。後数分もすれば意識を失い、完全に死に絶えるでしょう」
その人物は淡々と事実を述べ、その先で待つ結末を話した。
「そんな……!」
俺は言葉を失い、ただただ優月を見つめた。
先程まで呻いていた優月はもう言葉を発する事はなく、ただ静かに呼吸していた。
「そうですねぇ……普通ならもう助けるのは不可能ですが、私なら彼を救う事が出来るでしょう」
その言葉は正に地獄の底へと垂らされた希望の糸だった。
俺はその人物に向き直り、地面に頭をこすりつけ、土下座をして懇願した。
「お願いします!弟を、優月を助けてください!」
ただひたすら叫んだ。無力な自分にはそれしか出来なかった。
「構いませんが……条件があります。あなた達は今後私の部隊のサンプル――」
頭を上げ、言葉を遮るよう叫ぶ。
「なんでもいい!なんでもします!だから、俺がどうなっても……弟だけは、助けてください!」
気付くと涙が溢れていた。どんな条件が、どんな仕打ちが待っていても構わなかった。
優月が助かるなら、何が起きてもいいと思った。
「ならば、ええ、助けましょう。彼が望むよう、その命を与えましょう」
その声には、喜びの感情が含まれている気がした。
その人物が手を翳すと、謎の光の球が優月へと放たれた。
紫色の、不気味な印象の光だった。光が優月へ近づくと、段々と優月の身体を覆うように光が広がっていった。
「……優月っ!」
その光景に、俺は取り返しのつかない事をしてしまったのではと、手を伸ばす。
しかしその手を遮るよう、光を放った人物が俺の目の前に立つ。
「見てください。私も地上人で試すのは初めてでしてね。どうなるのか……非常に興味深いじゃありませんか」
その言葉に俺はようやく理解した。希望の糸が、誰によって垂らされていたのか。
陽が完全に沈みきり、暗がりの中その姿を確認した。
白いローブを被り、不気味な仮面をつけた四つ腕の大男が告げた。
「……おめでとうございます。君の大事な弟さんは無事助かりましたよ……いや、これからは弟ではありませんが」
仮面の奥で、くつくつと喉を鳴らして笑う声が聞こえた。
俺は男の前に出て、優月の姿を確認した。
「え……なにこれ……なんで僕……」
鈴のなるような声が聞こえた。
優月が居たはずの場所に優月の姿は見えず、代わりと言わんばかりに一人の少女が居た。
そこにあったはずの瓦礫の群れは全て塵となり、少女はその上にただ座っていた。
「兄ちゃん……」
華奢な体躯で不安そうに俺の顔を見つめるその瞳は間違いなく優月のものだった。
弟は妹になった。
――――――――――――――――
『~~~!』
『ー!ーー、~~!』
テレビから笑い声が聞こえる。なんてことない、普通のワイドショーだ。
内容は人気の店の料理の味がどうのとか言う話だった。
腹も減ってないし、好きな芸人も芸能人もいない俺にとっては興味のない内容だったが、過ぎる昔の光景を掻き消すには丁度良かった。
「このパスタ、おいしそうだね」
隣で見ていた優月が感想を言う。俺はその言葉に頷く。
「そうだな。明日の夕飯はパスタにするか」
「するって、明日は作るのボクでしょ~?」
そう言って口をとがらせる優月に俺は笑みを返す。
そんなやり取りをしてると、話題の内容がパスタからニュースへと変わる。
最近起きた事件や出来事について語っていた。
テロップで表示された『ヒーロー』の文字を確認した俺は、リモコンを手に取り電源ボタンを押した。
「そろそろ、寝るか」
俺は自然な声色を意識して話す。優月の様子を確認すると、優月は目を細めて笑っていた。
「……うん。そうだね」
それから俺達は布団を敷いて、明かりを消すと布団の中に入った。
明日は、今日の戦闘データをもとに兵器の改善案を考え、それとは別に転送装置の点検もして、それから……
なるべく明日の事だけを考えるようにして目を閉じて横になっていると、段々と眠気がやって来た。
もう意識を手放して眠ってしまおう。そう思った時だった。
背中に暖かい感触を感じる。その刺激に意識が眠気から解放される。
「ねぇ」
囁くような小さな声だった。耳元から聞こえたのは優月の声だった。
「今日、兄さん話しかけられてたね」
「……誰に?」
曖昧な質問に、俺は若干察しながらも尋ねる。
「ヒーロー。ソールとか言う、あの女」
冷えた声だった。耳に伝わる息は暖かいのに、籠められた感情が酷く冷たかった。
「そう、だな……」
俺は何故か後ろめたい感情に襲われながら、その事実を肯定した。
そのまましばらく無言が続き、やがて背中全体に暖かい感触が訪れる。
柔らかな肌の感触が、服越しに感じ取れた。
「兄さんのこと、ずっと呼んでたよね。あなたはそんな人じゃないー、とか何とか」
「……見てたのか」
俺は今日の戦闘の様子を思い返してた。
地上に降りると同時に現れた、俺へ改心を呼びかけるヒーローの少女。
彼女の姿が頭に浮かんでいた。
「殺すから」
その言葉に、俺の意識ははっきりと覚醒する。
唐突に告げられた宣言、その言葉が嘘や冗談でないことは、声に籠められた殺意が伝えていた。
「ヒーローは敵、でしょ?……近いうちに、
その言葉を、ただただ黙って聞く。
今優月がどんな顔をしているのか、頭の中で想像を巡らせる。
「兄さんは……私の味方、だよね……?」
震えるその声に、俺は体の向きを変え、優月の方を見るとその体を抱きしめる。
「俺はいつでも優月の味方だよ」
その言葉に嘘はなかった。
親は死んで、社会の居場所もなくなり、俺に残ったのは唯一の家族、優月だけだった。
だから、優月さえ居れば誰が死のうが、誰が生きようがどうでもいい……どうでもいいはずだった。
俺の胸の奥には言いようもない痛みが響いていた。
脳裏に浮かんでいたのは、俺への愛を叫ぶヒーロー少女だった。
「ありがとう……嬉しい」
そう言って優月は俺の腕の中から身体を離す。
それから俺の目を見つめる優月。その表情には艶めかしい笑みが浮かべられていた。
暗く妖しいその笑顔から目を逸らすよう、俺は天井を向いて目を閉じた。
「……おやすみ、優月」
言うと、暗闇の中、優月の声が聞こえた。
「おやすみ、兄さん」
おやすみ。その言葉を何度も頭の中で反芻しながら、俺は眠った。
――――――――――――
兄さんが眠った。静かに寝息を立てて、目を閉じていた。
あるいは寝たふりかもしれない。それでも良かった。ボクは兄さんに聞こえるかどうかと言う声量で話す。
「兄さん……ボク、本当に嬉しいんだ」
言葉は、兄さんへの感謝の内容だった。
「兄さんが料理を作ってくれるのが好き。ボク、食べる必要もないのに」
ボクには栄養が必要ない。何を原動力に動いているのか不明だったが、それに愛と名付けてみると気分が良かった。
成長もしない。兄さんはあれから背も伸びて、筋肉もついて、立派な大人の男の人と呼べる位になったが、ボクは全くだった。
身長は一ミリも伸びず、どれだけ食べても一切糧にはならない。
「兄さんが戦う姿が好き。本当は、誰も傷つけたくないのに、ボクの為に戦ってくれる」
昔から争いが嫌いな兄さんだった。喧嘩をするきっかけは大体ボクが兄さんに不満をぶつける時だ。
時には血を流して、苦痛に顔を歪ませる。それがボクのものだと考えると、興奮した。
「兄さんがなるべくボクに普通の日常を演出してくれるのが好き。今日も、ヒーローの話題が出た途端、テレビの電源を落としてくれたね」
兄さんはずっと、ボクが悲劇のヒロインだと信じている。
その胸の奥にどれくらいどす黒い感情があるのか、少し気づいても、気づかないフリで日常を保とうとする。
全部、ボクのためだ。
兄さんにはボクしかいなくて、ボクには兄さんしかない。
ボクは再び兄さんに近づき、その腕に抱き付き耳元で囁く。
「好きだよ。兄さんがこんなに変わったボクの事を家族として扱ってくれる事が」
それと同時に、酷くもどかしかった。この現状を、壊してしまいたい。
その顔を両手でつかんで、顔を近づけて、家族では決してしないような、キスをしたい。
その時の兄さんの表情を、声を、動きを想像するだけで身体が熱くなる。
おへその下の辺りがぐつぐつと煮えたぎるようだった。
「好きだよ。……
兄さんの腕に身体を押し付けるようにして、兄さんの肩に顔を埋める。
私は、多くの人を殺した。これからももっと多くの人を殺して、奪って、犯して、罪を重ねる。
それはもう、償いきれないくらいの罪を背負うだろう。
そしたらきっと、私は地獄に落ちるのだろう。兄さんと昔読んだ絵本に、そう描いてあった気がする。
輪廻の輪から外れ、永遠と地獄の炎に身を焼かれる。
きっと、そこに兄さんも居る。これまでがそうだったように、地獄に落ちても兄さんはずっと私の傍で一緒に苦しみ続ける。
自然と口角が上がる。
「一緒に地獄に落ちようね……?」
とても甘美な響きだった。
誰かが兄さんを一生愛すとして、死んでからは愛せない。
私は違う。死んでもずっと、兄さんを愛し続け、兄さんも私を愛し続ける。
この身体になってから夢を見ることはない。眠りを必要としないから、寝ることが無かった。
それでも、兄さんとの未来について考えると夢を見てるようだった。
地獄の底で、私は兄さんと生き続ける。
「好きだよ。死んでも」
叶うなら、この悪夢が醒めないで欲しい。そう切実に願った。