悪の手先の俺が正義のヒーロー少女に熱烈なラブコールを受けている話   作:夜行列車予行

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胃痛は治まらない

 これもダメ、あれもダメ。

 頭に浮かんだ妙案が、三分後の自分によって否決される。

 

「はぁ……駄目だ。頭の中が纏まらない……」

 

 俺は書類が並んだ机の上に項垂れる。

 書類は作戦立案の草案、その書きかけだった。

 

 悪の組織『フラスター』の手先である俺は、従幹部室にて次の作戦について考えていた。

 

 従幹部の仕事はそれぞれに特徴がある。そもそも部隊によって異なる役割を持っており、それによって仕事も異なるから当たり前と言えば当たり前だ。

 

 例えば、ヒーローや地上の軍隊との戦闘を主な役割とする戦闘部隊は、地上への侵攻や戦術の考案を行っている。

 

 他にもヒーローの分析を行う情報部隊や戦力の確保を担当する育成部隊など、様々な部隊があるのだが従幹部の仕事は所属部隊に左右されない。

 

 従幹部の仕事はあくまでも幹部の補佐だ。補佐の一環として部隊の仕事を請け負う事があっても、基本は幹部の側で仕える事が役目だ。

 

 だから部隊の運用方針や侵攻作戦を決めるのはあくまでも幹部の役割……のはずなのだが。

 

『うん。秋夜君が全部好きにやっといてください。私も好きにやります』

 

 従幹部に着任して初めての命令がそれだった。

 

 以降、俺はデザイア様からざっくりとした命令を受け、その方針に従って作戦内容の考案、部隊員への命令、技術部としての兵器の考案から製作など諸々を担当することになった。

 

 正直言ってかなりの重労働だ。好きにやれと言われたが、俺まで本当に好き勝手やったら部隊が崩壊する。

 

「……あの方は何を考えてるんだか」

 

 俺は不気味な仮面を思い浮かべながらつぶやく。幹部は大概変人ばかりだが、デザイア様は頭一つ抜けてる。

 

 そんな理不尽な上司のことを考えていると、部屋の扉がノックされる。

 

 俺はその音を聞き、慌てて上げていたバイザーを降ろし、目元を隠す。それから入室を許可した。

 

「入れ」

 

 言うと扉が開いた。それから「失礼します」と告げた部下が部屋へと足を踏み入れる。

 

「アラド様、昨日の戦闘データと改造案を基に特殊銃の改造を行いました。一度ご自身の目で確認していただきたく参りました」

 

 眼鏡を掛けた部下がそう言う。この部下は戦闘員として地上に降りることはせず、天空城にて装備や兵器の開発を担っている。

 

「分かった。すぐ向かおう」

 

 俺は席を立ち、部屋の外へ出て部下の案内に従い城内を進む。

 

 天空城は全部で六つある。中央の一番大きな城と、それを囲う五つの城。

 

 囲う五つの城、それぞれの城主が幹部であり、城内は部隊の活動用施設となっている。

 

 技術部の場合は兵器や装備に関する施設、開発室や点検室などがある。

 

 部下に連れられ今回俺がやって来たのは、兵器や装備の効果の検証を行う試験室だった。

 

「こちらが昨日のものです」

 

 そう言って部下が差しだしてきたのは俺が昨日使用した特殊銃だった。

 

「弾は?」

「既に装填されています」

 

 それを聞いた俺は安全装置を外し、銃口を的に向け、狙いを定めると引き金を引いた。

 

 銃声と共に放たれた弾は直進し、衝突の後外殻が弾け、中身の麻痺液が飛び散る。

 

「外れたな」

 

 俺は真っ白な的と、その横の麻痺液が浴びせられた壁を見て呟く。

 

「やはり命中精度が問題ですね。もっと近づかなければ確実に命中させれない」

「単発だから連射もできない。そもそも昨日の様子だと命中する軌道だとしても拳で払われてお終いだ」

 

 昨日の戦闘時、特殊銃を使用した際のソールの動きを思い出す。

 

 ソールは、はっきり言って異常に強い。

 本人の性質が理由で必要以上に攻撃をしないだけで、その良心がなければ俺達の部隊は半壊してる。

 

「で、例の改造銃はどうだ?」

 

 俺が尋ねると、部下は側に置いてあった縦長の箱を持ち上げ、開きその中身を俺に見せた。

 

「アラド様の改造案の通り製作し、予定通りの出力と狙撃精度を出せる物になったのですが……」

 

 俺は箱の中のそれを見て、設計図と寸分たがわない見た目に感嘆しつつ質問する。

 

「良く出来てるじゃないか。何か問題があるのか?」

 

 聞くと部下は少し表情を陰らせて答えた。

 

「命中精度と耐久性に難がありまして……」

「命中精度に?さっき狙撃精度は想定通りに出せると言っていただろう?」

 

 俺は箱の中から改造した特殊銃を取り出しながら言った。

 

 改造前のは拳銃型だったが、改造したものは狙撃銃の見た目に近かった。

 

「その、理論上は可能というか……実際に使用するには問題があると言うか……」

「ふーむ……」

 

 部下の言葉を聞きつつ、俺は改造した特殊銃を観察する。

 

 考案した時の俺の作戦は、ソールが俺に向かってくる性質(?)を利用して後ろから部下に狙撃させるというものだったのだが……

 

 問題点があるらしい。俺はそれを確かめる意味も込めて実際に使ってみる事にした。

 

 両手を使い、狙いを定めるようにして特殊銃を構える。

 

 スコープで的を捉え、引き金に指を掛けた。

 

「あ、アラド様!?支えもなしに撃ったら体が……!」

「え?」

 

 その言葉を聞いた時には引き金が引かれていた。

 

 爆発音の様な銃声が響くと同時に銃口から弾が放たれた。

 

 そして同時に俺の体は発射の反動に耐えきれず、転がるようにして背後の壁に激突する。

 

「ぐはッ!!」

「あ、アラド様ー!?」

 

 慌てて俺の元に駆け寄る部下。

 俺は自身の肩が外れていないのを確認しつつ立ち上がった。

 

「反動が強すぎる……!」

 

 地上人である事を隠す意味で常に戦闘用の衣装を着ている俺だったが、この衣装を着てなければ怪我をしていたかもしれない。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「あぁ……俺に怪我はないが……銃の方はダメみたいだな……」

 

 俺は地面に転がる特殊銃を見て呟く。

 特殊銃は銃身が明らかに破裂しており、もう使用の続行は不可能だった。

 

「これじゃ実戦で使うのは無理だな……もっと威力を抑えて反動を弱められないのか?」

「今までの戦闘データの数値を元に考えると、これがソールに反応されること無く命中させる事ができる最低限の出力です……」

 

 俺と部下の間に気まずい沈黙が流れる。一つため息を吐いてから俺は告げた。

 

「失敗作だな。もっと別の案を考える事にする。残った試作品は後で処分するから倉庫に入れといてくれ……」

 

 俺はそう言って半壊した特殊銃を拾い、部下に手渡した。

 

「あ、あの……アラド様……」

 

 すると部下が何かを言いたそうな顔でこちらを見てきた。

 

「ん?何か別の改善案か?存分に言ってくれ、凄く助かる」

 

 俺はそう訊くが、部下は言いづらそうに何度も口を動かした後、静かに話し始めた。

 

「その、銃の方は後々改善するとして、弾の方ですが……」

 

 俺が主に提案したのは特殊銃の方であり、特殊弾の方は新しい改造銃に合わせて改造する程度で、新たな要素は無かった。

 

「今の案だと銃弾は命中と同時に麻痺弾を浴びせる仕組みですが……その、もっと殺傷力を高めたものにした方が有効なんじゃないかと……」

 

 その言葉に俺はハッとする。頭に冷水を掛けられたような衝撃で、記憶が蘇る。

 

『ヒーローは敵、でしょ?……近いうちに、私が殺すから』

 

 それは昨日の夜聞いた優月の言葉だった。

 

 ヒーローは敵。

 

 俺は頭の中に響くその言葉を反芻した後、おもむろに口を開いた。

 

「そう、だな……そうだよな」

 

 元が地上人だからか、それとも俺の性根が腑抜けているからか、俺は無意識に作戦や兵器開発にそういった、殺傷能力を省いていた。

 

 俺は従幹部という立場でありながら作戦指揮を執るため、俺の考えや方針が部隊全体の行動に影響するわけだが……

 

 眼鏡をつけた部下は不安そうな面持ちで俺の顔を見ていた。

 

「……すまない、少し甘えていたかもしれない。これからは、もっと攻撃的な作戦や兵器案を増やす。だから……」

 

 だから、その続きが出てこなかった。俺は結局、どうしたいのだろうか?

 

 俺には優月が全てだ。それ以外は要らないと、あの日にこれまでの全てを捨てたはずだった。

 

 なのに、まだ全てを捨てきれていなかった。自分が心底情けなく、不甲斐なく感じる。

 

「あ、あの!先程はあんな提案しておいて変な事を言うのですが……私は、その……アラド様のこれまでの考えも、悪くはないと、思います……」

 

 自分の考えを纏められず口ごもる俺に、部下がそう言葉を投げかけた。

 

「私は、いえ、私達の部隊の多くはフラスターに所属しながらも、戦闘に参加せずに後方支援に徹してます。その理由は、一概には言えないのですが、戦うのが、他者を傷つけるのが怖いからであると思うんです……」

 

 部下は俯きながらも、精一杯声を出すように続けた。

 

「勿論そんな考えを持つ方が異端だとは分かっているのですが……アラド様の平和的な考えに救われた者も多いと思います」

 

 部下は懐から円形の装備を取り出すと言った。

 

「これも、アラド様が考案した転送装置によって多くの戦闘員が助かってますし、誰かを傷つけなくても、フラスターに貢献は出来ていると思います……その、だから!」

 

 言葉の続きを言おうと部下が大きく口を開いた時だった。

 

「おや、ここに居ましたか」

 

 無機質な声が部屋に響いた。

 声の方に振り返ると、そこには技術部隊の幹部、デザイア様が試験室の入り口で立っていた。

 

 デザイア様は四つの内の一つの腕と手を手招くように動かして言った。

 

「アラド、急用が入りました。貴方もついて来てください」

 

 俺は直ぐには動けなかった。

 部下との話の途中だったからと言う理由もあるが、一番の理由は予感だった。

 

 デザイア様が唐突にやって来る、大体それは事件が起こる前触れだった。

 

「何の、用でしょうか」

 

 俺はたどたどしい声で尋ねた。

 

「幹部会議の招集です。従幹部も連れて来いとの命令です」

 

 その言葉に俺は目を見開く。

 幹部会議は定期的に行われる部隊同士の方針や問題ついて報告する会議だ。それ自体は特別驚く事じゃない。

 

 驚いたのは、従幹部も連れて、という点だった。

 

「従幹部も伴って、ですか……?」

「えぇ、どうやら何か起きる様です」

 

 「ワクワクしますね」デザイア様はそう言うが、俺の胸中は穏やかじゃなかった。

 

 通常の幹部会議は幹部同士でのみ行われる。そこに従幹部が伴う際は、五部隊の同意が必要な何か大きな作戦や提案を行う会議となる。

 

 つまり現在、五部隊の同意を必要とした作戦を幹部の誰かが提案しようとしていると言う事だ。

 

 この会議が行われた場合は、大規模な地上への侵攻が行われる事になる。

 

 俺は固唾を飲み、デザイア様を見つめた。

 

「私ではありませんよ?今回の会議の要求は他の幹部ですね」

 

 俺の内心を推し量り発言するデザイア様、俺は部下に向け告げる。

 

「会話の途中ですまないが、会議に向かう……後の片づけ、頼む」

 

 俺が言うと、困惑を隠しきれない部下は目線を俺とデザイア様の間で往復させた後、頷いた。

 

 俺はその姿を確認した後、部屋の入口へと向かう。

 

「では行きましょうか」

「はい、デザイア様」

 

 デザイア様の後ろを歩くようにして幹部会議が行われる中央城へ向かう。

 

「そうそう、前回の幹部会議で戦闘部隊と情報部隊の幹部が君に感謝を言っていましたよ」

 

 デザイア様は振り返らずに話した。

 

「君の開発した転送装置に関しての感謝でした」

 

 転送装置。その言葉に俺は先程の部下の言葉を思い出した。

 

 俺の開発が多くの戦闘員を助けているとか言う言葉だった。

 

「『これのお陰で多くのヒーローの戦闘データが集まり、効果的にヒーローを追い込む作戦が立てられる』それから『これの活用で何度もヒーローに挑めるし、多くの地上人を殺せる』とのことでした」

 

 聞こえた言葉の意味を脳が理解すると同時に、俺の足は止まる。

 

 そんな俺の様子に気づいたデザイア様は振り返り、俺に声を掛けた。

 

「どうしました?気分が優れませんか?貴方の活躍で地上への侵攻がぐっと進んでいる。フラスターに忠誠を誓った身としては、これ以上ない幸福だと思いますが」

 

 俺はどこを見るでもなく、虚ろを眺めていた。

 

 思い出したのは、あの日、俺の両親や親戚が全員死んだ日の、瓦礫と死体の山の光景だった。

 

 胃から込み上げてこようとするものを必死に堪えるよう、俯いて喉を抑える。

 

「なんでも、ありません。立ち眩みがして……」

 

 俺は誤魔化すようそう言った。それからデザイア様の声が聞こえた。

 

「そうですか、普段から君には苦労をかけていますからね。私も君には感謝していますよ、アル・アラド君」

 

 名前を呼ばれ、俺は顔を上げる。

 目に映るのは、俺がアル・アラドとして生きる事になったきっかけの姿。

 

 仮面の奥の表情は見えない。そもそも顔があるのかも分からないだが、雰囲気で分かった。

 

「……早く、行きましょう。他の幹部の方々も待っているかもしれません」

 

 俺は立ち止まる足を動かし、前に進む。

 

「えぇ、そうしましょうか」

 

 そう言うとデザイア様は正面を向き、俺の目には背中だけが映った。

 

 顔が見えなくても十分に理解できた。この人は、この状況を愉しんでいる。

 

 異質な歓喜の感情が、肌を通して感じ取ることが出来た。

 

 それから俺は吐き気と胃の痛みに耐えながら、デザイア様の後ろを歩いた。

 

 会議の行われる部屋にたどり着いても、胃痛は治まらなかった。

 

 

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