まるで恋に落ちちまった乙女みたいな顔してるぜ?
雨の降る屋上からデンジ君のいる教室に戻っている最中、私は脳内であの男の発言を何度も反復していた。私が恋に落ちた乙女?3流の殺し屋のジョークにしては面白い、私は国の命令でチェンソーの心臓を奪い取る為に彼へ接近しているだけだ。そこに私情など1ミリも混じっていない、ましてや恋愛感情なんて論外。でもどうしてだろ……目をつむると。
「―――デンジ君が思い浮んじゃうよ」
さっきプールで遊んでいたとき、私はデンジ君のコロコロ変わる表情を目を離さずずっと追ってしまって。いや正確には……何故か目を離せなかったという方が正しいか、絶対に認めたくないけど彼が可愛くてカッコいいなんて感じた自分がいる。
「間違いだと思いたくて屋上に逃げたのに、むしろ悪化しちゃった」
この任務が全く上手くいかずに空回りだらけなのも、デンジ君を見ていると体温が上がって触れたら心臓がドキドキするのも、ずっとどうしてか分からなかったけど……こんな形で腑に落ちてしまった。家族や友情すら私には遥か遠い世界の話なのに、誰かを好きになる恋を私は今して―――
「や、やっぱりただの気のせいだよね……わわっ、私が恋とかそんな馬鹿な感情に落ちるわけないかな??」
デンジ君のいる教室の前まで着いた、この心臓の高鳴りも頬の熱も多分爆弾の悪魔と契約しているこの体のせいだ。その、何かちょっと不具合でボムにならなくても熱くなっちゃってます的な……アレだよ。
そう自分自身へ必死に言い聞かせながら、私は教室のドアを勢いよく開けて。
「―――デンジくーん!いやいや待たせちゃってごめんね~?」
「お、やっと戻ってきたぜ!」
「……ちょっと待って一旦閉めるよ」
「ええ~!?」
驚きの声を上げるデンジ君をスルーして私はドアを閉めた―――何これ、彼の顔を一瞬視界に入れただけで胸をギュッと抑えないといけないくらいドキドキが止まらなくなっちゃった。ば、爆弾の悪魔は私の体に変な不具合起こすの迷惑だからやめてよ?
改めて教室へ再度入ろうとしたそのとき、突然向こう側から物がこちらへ投げ込まれてきた。一瞬何かと身構えたけどよく見れば。
「……タオル?」
「何でか分かんねぇけどレゼびしょ濡れだっただろ?拭くもの探しに行こうとしてたならその必要はないぜ、まぁオレが座ってる席の机に置いてあったもんだけどそれでいいなら使えよー!」
教室の中から響いてくるデンジ君の声、そういえば私の体って今濡れてるんだっけ。色々雑念が多すぎて意識が及んでなかった。
頭の中ぐちゃぐちゃだったけど今ので少し冷静さを取り戻せた、とりあえず濡れた服を拭く為に私は床に落ちているタオルを掴み……何かちょっと濡れてるけどどうして?
「あっ言い忘れたけどなーそれ俺が先に全身拭いたからまだ少し濡れてるかもしんね「デ、デンジ君のエロ男!」
ホントにさ、キミはデリカシーが欠けすぎだよ……まぁ仕方ないから使おうかな。
別に私はそういうの全然気にしないからね。
「……デンジ君の匂いがする」
気にしないからね。
「―――タオルありがとうございまーす!!」
「何か怒ってね」
「……別にですけど~?」
「プールでのレゼは何か雰囲気違って見えたんだけどよ、結局いつも通りだなァ……まぁそういう所がレゼらしくて面白いぜ!ギャハハ!」
「う、うるさいなぁ」
強く反論する力もなく小声で言い返し、悔しくなったので彼から目を逸らし外を見れば雨はまだ降り続いていた。
「雨やまねぇな」
「まだまだ降ると思うよ」
嘘、もうじき台風の悪魔は去るだろうから雨も止むはずだ。静かな教室で2人で窓の外を眺める中……私は。
「デンジ君はさ、田舎のネズミと都会のネズミ。どっちがいい?」
「……なにそれ?」
「イソップ寓話の一つなんだ」
田舎のネズミは安全に暮らせるけど都会のように美味しい食事はできない、都会のネズミは美味しい食事をできるけど人や猫に殺される可能性が高い。
この話を振ったのも元からプランに組み込んでいたから―――目的はデンジ君の心情を知る事、彼が今の現状についてどう認識してるのか?どういう思いでデビルハンターというイカれた職と向き合っているのか?4日後のお祭り、そこで私は心臓を奪うつもりだ。その決定に当然変更はない、ただ正直に言うとプラン以外でも私は純粋にデンジ君の返しを気になってしまっている。それにどこかで微かな期待も抱いていて、田舎か都会……何で私は彼に田舎を選んでほしいと思ってるんだろ?
でも返答は。
「俺ぁ都会のネズミがいーな」
「……」
「レゼ?」
「どうして?田舎のネズミの方が絶対、絶対にいいよ……」
「都会の方がウマいモンあるし楽しそうじゃん、食えればそれで幸せだかんな……って何か顔色悪いぜ。どうしたんだよ」
ただの寓話の一つに過ぎないのに、私は何故かデンジ君が都会のネズミを選んだ事に強いショックを受けてしまった。キミと私の境遇は似ているのに、私は武器人間の体やこんな人生なんて望んでいなかったしどうしようもないけどもし出来るなら……平和で普通の暮らしをしたいとふと思ってしまった事があるよ?
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だから……」
本当はこの流れでお祭りに誘おうとしたのにその言葉が出てきてくれない、どうやら核心部分を自ら掘り返してつついてしまったみたい。本当にデンジ君と出会ってからの私は……自分の情けなさに心底嫌気が指していた中。
「ここに戻ってくるまでの廊下に貼ってあったんだけどよ―――4日後にお祭りあるらしいんだ、レゼも一緒にいかね?」
「えっ」
お祭りというワードが出てきて呆気に取られる中、デンジ君は楽しそうな表情を浮かべながら。
「何か元気ねぇみたいだけど、ウマいモン食えば絶対元気出るぜ!」
「……私を励ましてくれるの?」
「オレんは女に気遣える心を持つ男だからよ!」
アホみたいなキメ顔で言い放つ彼を見て……私は自分がこんなに苦しんでるのが何だか馬鹿らしくなった。そして思わず。
「―――アハハハハハッ!デリカシーないくせによく言いますよ~!」
「おい!せっかく励ましてやったのにその態度は酷くねぇか!?」
「バ~カ!変態男!」
「ヒドオ!?」
一通り笑った後、私は真正面からデンジ君の瞳を覗き込むように見つめて。
「いいよ、私……デンジ君となら行きたいな?」
「……お、おう」
その瞬間、任務の事は頭になく……私は純粋に喜びを感じていた。