チェンソーの心臓を手に入れろ―――上から今回のはかなり重要性が高いと告げられても私にとってはどうでもよかった、何故なら淡々と任務をこなし尽くしたくもない国の繁栄に貢献する意味ではいつもと同じだからだ。メビウスの輪のループに囚われ続ける人生、でも幼い頃から感情を殺し続けてきたからそれに対し怒りや悲しみなんてもはや沸かない。そう思っていた、デンジ君と関わるまでは。
プランの空回り、頬の熱や胸の高鳴り、私が体験した事のない感情の連続。最初は理解できずに怒りで声を荒げていたけど……いつから何だろう、それも悪くないという思いが芽生えていたのは?喫茶店でのくだらないやり取りも学校のプールで遊んだのも元はデンジ君を堕とす計画の過程でしかないのに私は心の中で同時に楽しさを感じていた。最後に彼からお祭りに誘われたときなんて任務など頭から抜け落ちていた始末だ。
嘘や気のせいだと今更言い訳するつもりはない、でも……そんな日々は今日のお祭りで全て終わりを迎える。
「レゼ、その浴衣んどうしたんだ?」
「マスターが祭りに行くなら浴衣は必要だよって安いレンタル店を進めてくれたんだ、どう?似合ってるかな?」
「ま、まぁ……悪くはねぇんじゃね」
本当は浴衣の予定なんて無かったけど、デンジ君からの反応は良く意味はあったと思う。下にいつもの服も着てるし、心臓を奪いボムになる前に……悪いけど浴衣ごと破らせてもらうつもりだよ。
「アハハハハ!!デンジ君顔真っ赤ですよ、少しは素直になるのをオススメしますけどねぇ~」
「意味分かんねぇ事言ったりやったりするから分からなくなるんだけどよ、水着とかそういう浴衣姿見てっと―――レゼってホントはめっちゃ可愛いんだよなァって思うぜ」
「……キミは失礼だなぁ」
今まで散々馬鹿にしてきたくせに、急に直球で褒めてくるのどうかと思うよ?でも嬉しいな。デンジ君が可愛いって言ってくれたん、だ……
「こんなんじゃあ、あの男に言い返す言葉がないよ」
自嘲するように言ったつもりなのに、まるで上機嫌と言わんばかりに私の声は弾んでいた。
「―――へいへーい!デンジ君ビビってるー!」
「う、うるせぇな射的とか始めてなんだよ!残り1回で決めるから!あの一番デケェやつを狙って……アッ!?」
「へたっぴ」
「つ、次の金魚すくいじゃ泳いでる金魚全部獲ってやっから!明日の朝飯は金魚定食だぜ~!」
楽しい。
「んっ……チョコバナナ美味しいよ!デンジ君も一口食べる?」
「……」
「デンジ君さぁ、私の食べる姿見て何の想像したんですか~」
「ナ、ナニの想像なんてしてねぇ「エロ男!」ヒドオ!?」
楽しい。
「たこ焼き初めて食べたけどマジで中にタコ入ってんだな」
「デビルハンターのデンジ君はタコの悪魔と遭遇したらどうするつもりなの」
「殺して焼いて食う!」
「そう言うと思ったよ!キミの脳内には食べる事しかないのかな~?」
「―――おう!」
……楽しいよ。
こうして一通り回った後、花火の時間が近づいているのを確認しマスターが教えてくれた花火が一番見えて……誰もこないという私にとって都合の良い場所へとデンジ君を連れて行く事に。いざ着くと今までの騒がしさが嘘かのように人の気配はなく、本人にそんな意図はないにしてもマスターには感謝したかった。
デンジ君は木の柵に肘をついてボーッと花火の打ち上げを待っており、場所と時間が共に条件を満たしたのでついにこの時が訪れる。
「ねぇデンジ君」
「ん?」
「色々考えたんだけどさ、やっぱり今のデンジ君の状況おかしいよ。16歳で学校にも行かせないで悪魔と殺し合いさせるなんて、そんなの国が許していい事じゃない」
そう言って私は両手でデンジ君の手を優しく包み込むように握る、電話ボックスや学校でも二度握った彼の手。私は人の温もりなんて知らないけど、それでもデンジ君の手は温かくて……チェンソーマンであるのに普通の人間と変わらないように思えた。
「レ、レゼ?」
デンジ君は顔を赤くし困惑していて、私もまた頬に熱が集まっているのを感じた……彼と同じだとしても今はどうでもいい。
「仕事やめて……私と一緒に逃げない?私がデンジ君を幸せにしてあげる、一生守ってあげる。お願い」
プランを練った段階でこの言葉を考えたときは実行するつもりなんて当然ない、心の籠ってない完全な嘘のつもりだった。でも。
「に、逃げるってどこに?」
「知り合いに頼めば絶対に公安から見つからない場所があるの、そこだったら……すぐは無理でもいつか一緒に学校行けるよ」
「なんでレゼがそんなコト……」
―――発する声に無意識に力が入る、こんなの心が籠ってないとは間違っても言えない。分からないよ、私は彼にどう言ってほしいんだろ……?
目的は心臓を奪い逃げるはずなのにこれではあまりに矛盾している、だからか次に決めていた台詞も違った形でしか口から出てきてくれなかった。
「デンジ君は私の事どう思ってる?」
「どうって……」
「……お願い、教えて」
「……始めはツラいいけど変な女だと思ってさ、オレんは散々女に振り回されてるからめんどくさくて関わるのはいっかって初めて会った日は喫茶店に行かなかったんだよ。でも次の日にまた誘われてウマイもん目的で釣られちまったけど」
デンジ君は照れているのか顔を真っ赤にさせて。
「そこからレゼと関わってくうちにおもしれー女だと楽しくなってきて、変なトコはあるけど時々めちゃくちゃすっげー可愛いし―――気づいたらオレはレゼが好きになっちまってた」
その言葉を聞いた瞬間、今まで体験した事のない程の大きな喜びで全身が震えた。そして同時にこう思ってしまって―――それなら彼は一緒に逃げてくれるんじゃないかと。
私はチェンソーの心臓など頭から抜け落ちていた、でもそんな幻想は。
「だけど……最近仕事が認められてきてさ?監視が行けなくても遠くへ行けるようになったし、クソみたいな性格のバディの扱いもだんだん分かってきた。それにイヤ~な先輩ともやっと仲良くなってきたんだ」
「……」
「仕事の目標みてぇなモンも見つけてさ、だんだん楽しくなってきてんだ今。だからここで仕事を続けながら……レゼと会うのじゃダメか?」
打ち砕かれた―――どうして一瞬でもあんな期待しちゃったんだろ、これで道は一つ……いや元からそうだ。私は何を言っているのか?
そろそろ花火が打ち上がる、そのタイミングでデンジ君にキスをして舌を噛み切り出血で動けなくさせて心臓を奪う。キスに対し何か他の手段がないかと悶々と悩んでいた自分が心底馬鹿みたい。もう……いいや。
花火が空へ打ちあがるのが見える、舌を噛みちぎってキミの心臓貰うね?俯いていた私は無心で顔を上げデンジ君を見て……
「あっ」
その瞬間、初対面からこのときまでの1週間の記憶が滝のように勢いよく流れ込んできた。彼の楽しそうに笑う顔、怒った顔、変な事考えてる間抜けで可愛い顔、感情豊かな彼の全てが……私。
「……きない」
「レゼ……?」
「デンジ君を傷つけるなんて私、できないよ……」
―――デンジ君が好きだ。
花火の音と同時に私は涙を流しながら足腰の力が抜けていき、立っていられずそのまま崩れ落ちてしまった。