いきなり勇者となった男には、大きな使命と無敵で万能なスーパーパワーが与えられた。 ただし代償は、「はい」しか喋れない。

1 / 1
俺は勇者、メチャ強だ、ただし「はい」しか喋れない

 俺は勇者となった。

 勇者ったら勇者だ、なっちまったもんは仕方ない。

 下校の最中、光る霧に呑み込まれたと思ったら次の瞬間には神殿らしい建物に居た。

 生贄でも捧げそうな台座の上には純白の花弁が敷かれ、その上に俺はいた。

 葬式かよ。

 

「勇者様! どうか魔王に侵されしこの世界をお救い下さい」

 

 名も知らぬ金髪美女が涙ながらに訴える。

 この時俺は現実を受け止めきれずボーッとしていただけのはずなのに、勝手に口が動いていた。

 

「はい」

 

 いつの間にか了承してた俺は金髪美女に手を引かれるがままお城へと連れていかれた。

 立派な玉座に座るお爺さん、王様が俺に語り掛ける。

 

「勇者よ、世界を救ってはくれまいか。魔王を滅ぼし、平和を取り戻して欲しいのだ」

 

「はい」

 

 俺は一言も喋ってないはずだ。

 

 はい、と答えた次の瞬間には身体が勝手に動いて城の外に向かって歩き出していた。

 王様が慌てて俺を呼び止める。

 

「な! 装備や路銀は要らぬと申すのか!? 」

 

「はい」

 

 いるいるいる! 

 どうなってるか分からないが、周囲の人々がおお、とか流石、とか言ってるので少しばかり気を良くして進み続けた。

 

 城から出た瞬間、自由となる。

 

 振り返ると、涙ながらに見送る金髪美女。

 名前を聞くのを忘れていた。

 

「……え」

 

 何も知らない世界に着の身着のままで放り出されてしまった。

 

 王様が言っていた装備だとか路銀、要らないと言ったけれど俺は欲しい。

 城に入ろうとするが、門を潜ることは出来なかった。

 見えない壁に阻まれ、一歩も進めない。

 金髪美女は、は? みたいな顔をして城に戻ってしまう。

 

「あ、あの勇者様! 」

 

 城門の前でぽけっとしていた俺に誰かが話しかける。

 振り向くとチャーミングな女の子が居た、長旅の途中なのか服や靴はボロボロだ。

 

「勇者様ですよね! どうか助けて頂きたいのです! 西にある私の村には毒を吐く悪竜が居座りみな困っています……どうか討伐して頂けませんか! 」

 

「はい」

 

 俺は女の子の手を握ると歩き出していた。

 城から真っ直ぐ西に進み始める。

 

「あ、あわわ勇者様! 」

 

 城から離れ、街を抜け、整備されていない道を進み続ける。

 

「勇者様、魔物が! 」

 

「はい」

 

 魔物? 

 そう言えば先程から薄暗い。

 

 雨雲でもかかったのかと見上げれば、巨大な狼がこちらを睥睨していた。

 グルグルと唸り、完全な臨戦態勢に入っている。

 

「勇者様! 逃げてー! 」

 

「はい」

 

 逃げていた。

 そりゃあ、早い。風の如し。

 瞬きの間にあれだけ大きかった狼は豆粒程にしか見えない位遠のき、女の子も同じくその場に置き去りにしていた。

 

 微かにキャーっと悲鳴が聞こえてくる。

 

 アホか俺!

 こうしちゃおれん、とさっき走って逃げた道を逆走し、そのまま狼に飛び膝蹴りを食らわす。

 

 狼は爆ぜた。

 胴より前が柘榴みたいに弾け、土煙を巻き上げながら残った下半身が沈みこんだ。

 

「ゆ、勇者様いきなりいなくなるのでビックリしました……この為の助走だったんですね! 」

 

 え、うんうん。

 

「はい」

 

 なるほど。

 俺はようやく事態を理解した。

 

 俺は勇者、メチャつよだ、ただし「はい」しか喋れない。

 

 巨大な狼を屠る怪力や超スピードは勇者の能力らしいが、「はい」しか喋れないのはデメリットが大き過ぎるのでは? 

 

 これからは誰かが何か言う前に相手を仕留めよう。

 

「さあ勇者様! 行きましょう! 」

 

「はい」

 

 テンションの上がった女の子に導かれるままに歩き出した、目指すは悪竜に脅かされているという西の村だ。

 

 道中の1週間。

 女の子が「もう休みましょう……」と口に出すまで2日間歩き通し。

 女の子が「流石にそろそろ行きませんか? 」と口に出すまで3日間休み続ける。

 

 俺の自由意志は完全に奪われていた。

 女の子の言いなりとも言える道中はちょっと興奮した。

 トイレや食事も女の子が言い出すまで出来ないからまるで介護プレイだ、凄く興奮した。

 

「勇者様、ここが私の住む村です。酷い……私の出発する前よりみんな症状が……」

 

 村人らは皆一様にやせ細り、出歩いている者は僅かしかいなかった。

 村に足を踏み入れた途端、ボロ布を纏った老婆が俺に縋り付く。

 

「どうかお恵みを! 」

 

「はい」

 

 俺はポケットの中に入っていた財布をひっくり返して全財産5680円を老婆に与えていた。

 薬局のポイントカードや図書カードまで全部渡す。

 

「なんじゃこりゃ、どこの貨幣じゃ? 」

 

「長老! 勇者様に物乞いなんてしないで下さい! 勇者様もそんな簡単に渡さないで下さい! 」

 

「なんと! 勇者様! これは大変失礼いたしました……」

 

 老婆改め、西の村の長老が何か話し始めるが、俺の足は止まらない。

 多分、1週間前にされたお願い「悪竜を倒して」がまだ有効なんだろう。

 俺は誰にも止められねぇぜ! 

 

「お、お待ちください! 長旅でお疲れでしょう! せめて、大したもてなしは出来ませんが宿でお休みください! 」

 

 あっさり止められた。

 俺は勇者、風見鶏さ。

 

 言葉に甘える事となった。

 こじんまりとしているが手入れの行き届いた宿屋でゆっくりと休むこと……1週間。

 

「あの……そろそろ討伐をお願いしたいのですが」

 

 待ってました。

 

 俺は山を登る。

 着の身着のまま、登山道具も魔物を相手するための装備も何も無し。

 

 学生服と運動靴で、雲より高い山頂を目指して進み続ける。

 少し後ろを、辛うじて女の子が着いて来ていた、凄いぞ! 

 

「はぁ……はぁ……流石、勇者様……ですね! まさかドラゴン相手に素手で、挑まれるなんて! 」

 

「はい」

 

 好きで素手って訳じゃないやい! 

 許されるなら勇者の聖剣だとか鎧が欲しい、全部断って来ちゃったけど。

 

 そんなこんなで、山頂へとやって来た。

 

 毒吐く竜。

 正しくその通りの毒気立ち上るドラゴンと言った風体であり、俺が視界に入るや否や、ドス黒い瘴気を口から放ってきた。

 

 慌てて回避して、1度山道を振り返る。

 

 女の子はヒーヒー言いながらまだ暫く後ろで登山の真っ最中だった。

 こりゃあいい、女の子が来る前に、正確にはあの子が余計な事を俺に言う前に竜を倒してしまおう。

 

「ぐははは! 人間の癖にやるではないか! 」

 

 お前が喋るんかーい! 

 竜はぐはぐは笑いながら毒のブレスを吐き、猛毒滴る爪や尻尾を振り回す。

 口の構造とか絶対人間と違う癖になんであんな流暢に話せるだ、納得がいかない。

 

 それにしても、やはり竜。

 毒もそうだがシンプルに強かった。

 攻撃を躱すのがやっとで、その度に背後で爆炎が如き土煙が上がる。

 

「流石! もしやお前が噂に聞く勇者か? 」

 

「はい」

 

 謎の勇者パワーのお陰で高速の回避を息も切らさず連続で行えるが、中々反撃の隙が無い。

 何とかこの猛攻を突破せねば、女の子が山頂に辿り着いてしまう。

 

「素晴らしい! 我と相対してこれほどまでに生きている人間は始めてた! ではこれは……どうかな? 」

 

 竜が動きを止める。

 その口内には黒い太陽と見紛うような、圧縮された毒が見え隠れしていた。

 

 ……不味い。

 この流れは不味い気がする。

 あの攻撃が、と言うより、この流れ。

 

「さあ、勇者よ! 我が最強の一撃を……」

 

 やめろ! それを言うな!! マジで! 

 慌ててその場から逃げ出す、間に合うか分からない。

 

()()()!! 」

 

 あっ────!!! 

 

「はい」

 

 俺は足を止める所か、竜の放つブレスが態々当たる様に猛スピードで移動し……

 

 致死と容易に想像出来る、猛毒の奔流を真正面から受け止めていた。

 口を開けて。

 多分、喰らえってそう言う意味じゃないけど。

 

 意識が飛ぶ。

 激痛で覚醒し、再度毒によって死へと突き落とされる。

 

 真っ暗だった。

 かっ開いていた目が毒でやられたんだろう。

 口の中なんかもう、ドロドロに解けた何やらで只管気持ち悪かった。

 

「……」

 

「ぐはははは! 」

 

 遠くで竜の得意げな笑い声が響く。

 多分そんなに遠くないが、耳やその奥の器官が駄目になったからだろう。

 

 もう、無理かも。

 

 痛みすら遠い。

 

「どうした勇者! 蓋を開けてみれば、戦闘が始まってから逃げてばかりではないか! 戦士ならば」

 

 お。

 

「一撃」

 

 もう一声。

 

「我に食らわしてみろ!! 」

 

 そう言ってくれると助かる。

 

「はい」

 

 俺は意識を手放したが、最後に思いっきり竜に向かって駆け出したのを覚えている。

 

 

 

「う、うう。勇者様……私が、私が勇者様にこんなことをお願いしたばかりに……」

 

 目も耳も殆ど機能しない闇の中。

 女の子の声が微かに響いた、暖かな涙が頬に触れる。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……勇者様……」

 

 人の為にこんなに真剣に泣けるこの子は、なんて良い子なんだろう。

 この子を残して死ぬのは少しばかり悔やまれる、せめて、名前を聞いておけば良かった。

 

「どうか……死なないで」

 

 

 

 

 はいはい死にませんよっ。

 元気ピンピン一晩寝たら激闘が嘘の様、傷も毒も何も無い状態で目が覚めていた。

 

 俺の物であろう墓石を用意して穴を掘っていた女の子に無事を伝えると、泣きながら泡を吹いて倒れてしまう。

 

 なんとか意識を取り戻した彼女を引き連れ、俺は村を出ていた。

 出ていきたかった訳じゃない、引き連れて行きたかった訳でもない、ただ「貴方様の足を止めることは我々に出来ないのでしょう」とか言うので宛もないのに村を飛び出してしまったのだ、相変わらず、着の身着のまま。

 ただ、女の子が大荷物を抱えて後から追いかけてくる。

 

「勇者様! これ! 竜の亡骸から出てきたそうです! 勇者様は徒手で戦うスタイルですが、せめてお役に立てればと……」

 

 女の子は抱える程に大きい、ドス黒い大剣を俺に手渡した。

 いらね……返そうにも、贈り物を返すコマンドは俺にはない。

 

「はい」

 

「良かった! 強力な竜から生まれた武器ですから、きっと凄い武器のはずです! 」

 

 大剣を掴むと、微かに脈打ち切っ先からは毒が滴っていた。

 振り向くと、女の子の足跡とは別に毒によって草木が枯れた跡が点々と存在している。

 

『勇者は毒吐く竜の大剣を手に入れた』

 

 い、いらねぇ。

 

 

 

 

 さて、竜を討伐してから大体1ヶ月位が過ぎた。

 その間に3つの街を訪問し、30以上の頼まれ事を解決し、恋人が24人、将来を誓った女性が6人、妻が8人、旅の仲間が500人増えた。

 

 増えたんだよ、増えた。

 俺のせいじゃねえし。

 

 もはや旅と言うより遠征軍だ。

 隣を歩く女の子の視線は3人目の妻が出来てから耐え難い程に鋭くなっていた。

 

「勇者様……別に、英雄色を好むと言いますし止めろとは言いませんが……」

 

 好んじゃいねえんだ信じてくれ。

 

 町長の娘、裏町の姉御、お忍びで町に来ていたら攫われた貴族の令嬢、勇者の噂を聞いて名を上げようと襲ってきた流浪の女剣士、魔王軍幹部蠱惑のマリアンヌ、聖堂の大神官サーシャ、隣国の王妃(人妻)

 

 特に隣国の王妃はやばかった。

 この略奪愛が原因で俺を召喚した国と隣国が戦争を始めてしまったくらいだ、今や俺の首には何億もの懸賞金がかかっている。

 魔王を倒してもチャラになるか怪しい金額だ。

 

「はぁ、そうですよね、勇者様は寡黙な方ですものね」

 

「はい」

 

「……そろそろ次の街に着きます、何でもこの度の戦乱で逃げ出した兵士が徒党を組み大規模な山賊団となり、街を狙っているようです。この戦乱の原因は勇者様ですから、何とかする義務がありますよね」

 

「まぁまぁ、勇者も困っておるではないか。あまり攻めてやらないでくれんかのう」

 

「王妃様は馬車の中に戻っていて下さい! 」

 

 王妃がおお怖い怖いと言いながら豪華な馬車に帰って行った。

 あの人にも困ったもんだ。

 襲われていた所を助けたら、褒美に何でもやろう、妾が欲しいと言っても叶えてやるぞなんていうから。

 

 攫っちゃった。

 

 うん、俺が悪いや。

 あの人の国に着いたら謝って返しにいこう。

 

 街に着くと早速情報収集を始める。

 とは言え、もはや遠征軍の旗印である俺自らは聞き込みなんてしない。

 

 勝手についてきた自称部下弟子子分奴隷の方々が情報を集め、女の子が俺に報告する。

 女の子も、ただの村娘だったのに俺に同行しているうちに随分成長したもんだ、今や遠征軍の副長と言ってもいい。

 

「勇者様、どうやら山賊団は古い坑道を根城にしている様です。数は30人ほど、恐るるに足りません! 行きましょう! 」

 

 恐るるよ、恐るるけど行くよ、行きましょうって言われちゃったら。

 

「はい」

 

 わらわらと後に続く軍団を置いて、全速力で俺は駆け出した。

 すぐ隣を女の子が並走する。

 彼女曰く、慣れだという。

 他にも戦闘出来る強い人達は沢山いるが、着いてこれるのはこの子くらいだ。

 

 森の木々を薙ぎ倒しながら直進し、あっという間に噂の坑道跡に来ていた。

 少し遅れて何人かも到着する。

 

 女の子が恐るるに足りず、なんか言っちゃうせいで、俺は正面からのっしのっしと歩いていくしか出来なくなっていた。

 

 当然ながら見張りをしていた山賊が、血相を変えて仲間を呼んでくる。

 

「なんだ敵襲だって言うから来たが、たった数人じゃねえか! それに、随分別嬪さんも多いなぁ」

 

 身長2mはあろう、巨体の男が窮屈そうな坑道から這い出てきた、手には血と脂で濡れた太い棍棒が握られている。

 

 こいつが頭目です、と女の子が耳打ちしてくれた。

 うん、それっぽいね。

 

 舌なめずりしながら、女の子や後ろに控える俺の妻と恋人達を品定めし始めた。

 流石に気分が悪いので、視線を遮るように立つ。

 

「あぁ!? 野郎なんかに用はねえんだよぉ! それともなんだぁ……? 」

 

 頭目は脂ぎった顔を醜く歪め、下卑た目で挑発した。

 

「お前がこの女共の代わりに俺達の夜の相手をしてくれるのかぁ!? ぎゃははは! 」

 

 うっそだろ。

 お前。

 嘘? 

 

「はい」

 

「ぎゃはは……え? 」

 

 

 

 おう。

 

 してやったぞ。

 30人全員、頭目含めて。

 

 三日三晩、虐め抜いてやった。

 そりゃぁ、凄いぜ、なんせ勇者だ、ひんひん言わせてやった。

 威勢が良いのは最初の1日だけで、全員が雌となるまで2日とかからなかった。

 

 かくして、魔王討伐遠征軍は山賊団を加えて530名余り。

 

 そう言えば、俺の戦闘スタイルはこの旅路で大きな変貌を遂げていた。

 最初は殴る蹴る、大剣を手に入れてからは斬ったり刺したりしていたのだが、魔物が跋扈する世界ならではの武術というか戦闘法がこの世界には多く存在していた。

 

 街で絡んで悪漢をKOした際に勧誘された王道の対魔物戦闘術、王妃を攫った際に差し向けられた刺客を逆に仲間にした時に教えてくれた暗殺術、酔っぱらいが教えくれた有りもしない架空の無敵無双流、村の子ども達が考えた最強かっこいい必殺剣。

 

 それら全て、使って! と頼まれるものだから、マスターした、謎勇者パワー恐るべし。

 

 本当に存在する戦闘術ならば師や教本があるのでなんとかなったが、酔っ払いや子どもの空想を現実に落とし込むのには本当に苦労した。

 だが、はい、と答えてしまい動いてしまうこの身体はそれを可能とした、してしまった。

 今や、短時間なら物理法則を無視する事すら出来る。

 きも。

 

 これだけ強くなればもう怖いものなんて無いだろう、と、途中で隣国にお邪魔して王妃様を返そうとしたら聞く耳持って貰えず正規軍5000名に追いかけられてしまった。

 

 こいつらが強いのなんの。

 勇者である俺と同じくらい強い騎士団長や、数人で陣形を組めば俺を足止め出来る団員達、ちょっと自信無くすぜ。

 

 と言うか、彼らは現在もすぐ後ろから追いかけて来ている。

 なので、500名+それを追いかける軍隊5000名だ。

 

 いつの間にか一行に加わっていた魔王軍幹部の案内の元、我らは遂に魔王城へと辿り着いたのだった。

 

 暗雲が太陽を遮る魔王城。

 薄暗い、瘴気漂う城門の両端には巨人が2体、此処を通りたくば……とか言い出したので殴り飛ばして門をこじ開ける。

 

 中は薄暗く、常人であれば卒倒する程の闇の魔力が漂っていた。

 漂っているらしい、魔王軍幹部蠱惑のマリアンヌさん談である。

 実際、魔王討伐遠征軍の殆どは城門を潜る事すら出来ずに気絶してしまった。

 

 残ったのは俺と女の子、遠征軍の中では強い部類の10数名(妻恋人含む)、そして隣国の軍隊の中の精鋭が100名程。

 

「ふっ、勇者は難なく立っていられるようだな。貴様を殺すのは魔王を討伐してからにしてやろう、それまで……死ぬんじゃないぞ」

 

「はい」

 

 隣国の騎士団長がツンデレっぽく言う。

 長い追いかけっこの末に友情とか芽生えていたらしい、知らなかった。

 

 魔王城、魔王軍の総本山であるここをそう楽に通れる訳もなく。

 門を通って直ぐに大量の魔物に取り囲まれる事となった。

 こちらも精鋭だが、彼らも強い、どちらかと言うと押されている。

 

 魔物を10体倒す頃には、味方の誰かが倒れていた。

 

「勇者! ここは良いから行けぇ! お前の使命は、魔王を倒す事だろうがぁ! 」

 

「はい! 」

 

 ここまで来たら退けない。

 これが人類最後の攻勢となってしまうかもしれない。

 

 立ち塞がる魔物、その度に味方の誰かが足止めの為に減っていき。

 そして。

 

 魔王の間。

 別にそう表札が掲げられている訳でもないが、扉越しに放たれる威圧感が、此処に魔王が居ると告げていた。

 

「ここに……魔王が」

 

 俺と、女の子の2人だけがこの魔王の間に辿り着いた。

 

 ノックする間柄でもない。

 全力で扉を蹴破り、中に殴り込んだ。

 蹴るのに殴るとはこれ如何に。

 

「……あれ」

 

 魔王の間、そう表現する他ない空間。

 暗く、厳かで、大きな玉座が鎮座する部屋。

 

 しかし誰も居ない。

 魔王も、それを守る兵士も。

 

 魔剣、毒吐く竜の大剣を構えてジリジリと進む。

 今、1番恐ろしいのは魔王がお喋りな奴だった場合だ。

 

 世界の半分をやろう、なんて言われてしまったら俺は世界半分を本当に貰ってしまう。

 

 少しずつ、油断なく進む。

 

 そして、とうとう玉座まで辿り着いてしまった。

 近くで見ると、デカい。

 黒曜石を継ぎ目なく切り出したかのようなソレは、玉座と言うより祭壇と言われ方がしっくりくる。

 

「……」

 

 誰も居ない。

 

「ゆ、うしゃ様」

 

 女の子が俺を呼ぶ。

 振り返ると、部屋の中央に彼女は立っていた。

 立っているのだが、重心がフラフラと落ち着かない。

 

「に、げ……」

 

 なにか言おうとした彼女の声を、耳をつんざくような高く不快な笑い声が遮った。

 

「ギャハハ! 」

 

 笑い声の主が徐々に姿を現す。

 ソレは、不定形のガスの様で、タールの様に粘度高く、蠢き、女の子の身体を這いずり回っていた。

 

「我は、魔王」

 

 女の子の口から、男とも女とも、幼きとも老いているとも取れる声が響く。

 

「勇者よ、人の身で良くぞそこまで力を練り上げた、もはや、魔王たる我とて正面からでは勝ち目の無い程に、お前は強い」

 

 嗚呼くそ、お喋りな奴だ。

 しかし、それより。

 

 魔王は俺の考えうるの最悪を超えていた。

 

「この娘の身体は乗っ取った。今までの旅路を見ていたぞ、この娘は特に大事なのであろう」

 

 女の子は虚ろな目で魔王の操り人形に徹していた。

 

「お前の力に敬意を評し、最大限の悪意を持って相対そう。勇者よ……この娘の命、惜しくば」

 

 俺は剣を下ろしていた。

 魔王が何か言うのを、待っていた。

 諦めていた。

 

 全てを肯定してしまう呪いのような縛りがなくとも、こんなの、ズルい。

 

「貴様の命を……グゥ!? 」

 

 魔王が、正確には女の子が苦しそうに藻掻く。

 数秒の苦悶の後、俺を見る彼女の目には確かに理性が戻っていた。

 

「勇者様……不覚を、とってしまい……申し訳、ありません」

 

 女の子は魔王と意識の奪い合いをしているようだった。

 言葉の節々で、魔王の物と思わしき声が混じる。

 

「勇者様は、こんな時、きっと自分より私を優先してしまうから、どんな事にもはいと答えてしまう、優しい方だから……勇者様、どうか」

 

 それを言わせてはいけない。

 駆け出すより早く、彼女が言い終えた。

 

「私ごと魔王を殺してください」

 

 不快な笑い声が響く。

 女の子の懇願を最後に、魔王は彼女の意識を完全に乗っ取ったようだ。

 

「……」

 

「ギャハハ! それもまた、良し、もはや我では止められぬ勇者が愛するものを自ら殺し、自責の念で苦しむのも、また良し! 」

 

「……」

 

「さあどうする勇者よ! こいつを殺し我も殺すが良い! ギャハハ 」

 

「……え」

 

「うん? 聞こえぬぞ、人類の希望よ、肯定の勇者。殺すと言え! 」

 

「いいえ」

 

「……なに」

 

 嫌だね。

 はっきりと断った。

 同時に俺を勇者たらしめていた、無敵で万能の力が抜けていく。

 俺がただの俺になっていく。

 

「なんだ? 勇者、お前は勇者か? 何故力が萎んでゆく? 」

 

 不定形の魔王は勇者のシステムを理解しきってはいなかった、理解に苦しみユラユラと蠢いている。

 

 俺だって理解していない。

 いいえって言えたの? 断れたの? 

 断ったからこうなったの? 

 

 まあ昔の事だ、どうでもい。

 

 もう、持つのすらやっとの大剣を構える。

 

 力関係は完全に逆転した。

 ただの学生と、魔王だ、ちょっとばかし分が悪い。

 

 でも、何でもかんでも「はい」と肯定し続けた俺の旅路は消えずに残っている。

 

 対魔物戦闘術、隣国に伝わる暗殺術、酔っ払いの架空無敵無双流、子どもの夢見る必殺剣、そして毒吐く悪竜から生まれし大剣。

 

 全て纏めて、対魔王必殺剣。

 

 微かに残る、勇者の力の残滓を掻き集め。

 ほんの少しだけ、物理法則にごめんなさい。

 

 斬るが斬らず、刺すが刺さず。

 在る物を斬らず、無い物を斬る。

 

 早く、遅く、速度では表せぬ斬撃という概念となった大剣を振るう。

 

「……ぎ」

 

 女の子を両断する、しかし斬れず。

 

「ぎゃ」

 

 その奥、揺蕩う魔王の不定形を捉え。

 ぶった斬った。

 斬ったんだよ、斬った。

 

 うるせぇ俺が斬ったと言えば斬ったんだ。

 

 概念の押し付け合いだ、剣術勝負ではない。

 言ったもん勝ちのマウントバトル。

 

「ぎゃああああ!! 」

 

 何も言わせず、させずに斬る。

 得意だ、ずっとやってきた。

 

「馬鹿な……」

 

 魔王が薄くなり、霧散し、消えた。

 

 糸の切れた人形のように女の子が倒れて、慌ててそれを抱き留める。

 もう軽くとは行かない、無様にも一緒になって転び込む。

 

「ゆ、うしゃ様? 」

 

 微かに目を開ける女の子。

 

 出会ってから初めての自由、色々と言いたい事、聞きたい事が込み上げてくる。

 とりあえず、1番気になっていた事を聞いてみた。

 

「可愛いね、君、名前教えてよ」

 

「え? あ……えへへ」

 

 はい。

 と頷き彼女は話し出した。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。